今の仕事の中にひたすらスタンプを押すという作業がある。
スタンプにも色んな種類がある。
スタンプ置場もある。
そこから必要なスタンプをその都度持ち出して、その時に必要なものを書類に押していく。
数あるスタンプの中で、私はたった1つだけすごく使いたかったスタンプがあった。
私は1日そのスタンプを押せと言われたら、それやれそうと思う位に使いたかったスタンプだった。
だけど、唯一そのスタンプだけは私が使うことはほとんどなかった。
記憶にある限り1ヶ月に一度でも触れられたらいいかなという感じ。
そのスタンプだけは全く用事がなくて、何かしら用事を頼まれたいと思えば思うほど、意に反する現実=それに関しては用事を頼まれない、ばかりがやってきていた。
それを初代スタンプとするなら、今の代用されてるものを2代目としよう。
2代目に代替わりしたら途端にそのスタンプを使っての作業を時折頼まれるようになった。
2代目のスタンプには興味のかけらもないから、さっさと押すとまた元の位置にさっさと戻す。
あぁどうして初代のスタンプの時に、同じ用事を頼まれなかったんだろう…ということが毎回悔やまれてならない。
それが3ヶ月ほど前から、私はその初代スタンプを使える場所を発見した。
書類の整理をしていると、押し忘れがあることにある時気付いた。
「これはチャンス!」と思い、私はその時以来、書類をファイリングする時に押し忘れ=押せるチャンスが転がっていないかと、それこそ血眼になって探している。
ある時なんかは、隣りに座っていた人に
「武士俣さん一生懸命仕事してるから、話しかけられなかった!」
と言われた。
まさかスタンプを押す場所がないかを必死でチェックしていたとは到底言えなかった。
しかもそんな仕事、しなくてもいいし、頼まれてもいない。
単なる私の趣味嗜好で始めた作業だった。
私はたった1つでもその箇所を見つけると、毎回そそくさとスタンプを取りに行き、もう誰もほとんど使わないし2個あるのも知っていたから、自分の作業が終わるまでいつでも使えるように目の前にずっと置いておいた。
書類の整理とか全く興味がなくても、そのスタンプを押したいばかりにその作業だけはものすごい集中力を発揮して毎回やっていた。
関係ないけれど、この間は2人の人の印鑑をひたすら押しまくるという作業を延々と1時間以上していた。
ただでさえ朱肉を使っての押印が苦手な上(銀行では毎回係員の人が代わりに押してくれるぐらいに下手くそ)、興味のかけらもないスタンプ(この場合は印鑑)を押しながら、これがそのスタンプだったらどれだけ楽しかっただろうと思いながら押し続けた。
それぐらいに思い入れの強い、楽しみを仕事中にもたらしてくれるスタンプだった。
それは突然やってきた。
「これもう使わないから、(持ち主に)送り返そうか?」
予定外に早くそして突然やってきたその提案に、私はあれあれあれ???となっていた。
頼まれてもいなかったスタンプの漏れの確認をしてますとも言えず、当然それまでほとんど使ったことがないスタンプなわけだから、突然私が「それ使ってます」とは言えなかった。
何せ週に1~2回、多い時はもっとの回数をこの秋から初冬にかけて使っていたから、私は2つあるうちの1つに不具合が生じていることも知っていた。
持ち主に返すとなれば、状態の良い方を返す方がいいに決まっている。
それだけは申し出て「1つは若干不具合があって使い勝手が悪いです」と言った。
「どっち?」って聞かれたから「見ればすぐにわかります」と言って、両方のスタンプを見た。
すぐに1つは不具合を呈して、不具合のないきれいな方を持ち主に送り返すこととなった。
そして不具合の方はいつもの定位置に戻るのかと思いきや、「もう使うこともないだろうからこっちに移そう」と言って、私も初めて見た保管場所へと移動されてしまった。
いつでも開けられるけれど、そんなところ開けたら確実におかしい場所で、あぁもうこの楽しかったスタンプ遊びもできなくなるんだと知った。
週明けもしくは年明けには持ち主の元へ戻るそのスタンプ。
スタンプが傷まないように、クッション的な役割のプチプチの透明プラスチックに包まれた。
それがそのスタンプを見た最後となった。
愛着を持って使っていたものって不思議だなと思う。
もうそのスタンプを自分の目で見ることはないと思うけれど、目で見なくても心の目で見れるようになっている。
現物はなくても、心の目で記憶しているからその姿かたちをありありと思い浮かべることができる。
何せかなりたくさんの種類のスタンプがあるから、1つ1つの形状やスタンプ本体の色とか覚えていない。
だけど、私がスタンプ遊びに高じたそのスタンプだけは今でもしっかりと目に焼き付いている。
持ち主のところに戻るのが本来の道筋だからそれは仕方ないけれど、私の方が持ち主含めて他の誰よりもそのスタンプを大切に扱えるのに、そしてそのスタンプと遊んであげられるのにと思ってしまう。
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