『「り」が9こ、から始まる話』の続編チックな話
2023年4月21日〜22日
ずっと温めていたものを突然アップしたくなってアップすることに決めた。
年長の姪っ子はいまや小学校2年生のかわいらしいお姉さんになったし、職場に入ってきた美人な彼女は3月末で辞めてしまった。
一切関わりがない彼女と辞める直前にトイレの中でお互いに共通の同僚の方と3人で井戸端会議的に話を10分程度したことがあって、その一瞬の話で彼女がめちゃくちゃ仕事ができる人だとわかって、最後の日に私は彼女に彼女の強みを書いた手紙を渡した。
お節介も甚だしいことは百も承知で、でも仕事でいくつも悪いことだけが重なってそれだけが記憶に残って終わりではあまりにも残念過ぎると思って、ほぼ知らない彼女に何枚か手紙を書いて渡すという暴挙に出た。
そうしたら4月の半ばくらいの先週に井戸端会議をしたもう1人の同僚の方に内線電話がかかってきて、私も途中で訳が分からずに変わるとその彼女で、まずは手紙のお礼を言ってもらえてさらに読んで号泣したことを教えてくれた。
さらには京都旅行に行ってきてそのお土産があるから渡したいとまで言われた(♡´艸`)♡。
連絡を取り合う約束をして、今度来週連休に入る前にごはんに一緒に行くことになった。
話を戻そう。
東京に行って手芸屋巡りをして占いのおばちゃんにも会えたし一人飲みもできたし初日からコロナ的な症状が出て今ものどの調子と体の調子がイマイチではあるけれど、さっきいつかアップするように今回の戦利品を机に並べて記念撮影もしたけれど、色々思うことがたくさんありすぎて、その中でまずは「過去のブログの下書きをアップしたい」と思った。
手芸屋巡りで1年分くらいの量を歩き回って(足が痛くて歩けなくなるかと思うくらいに歩いた)、どのお店もエキサイティングで心は躍りまくって、散財すると心に決めて行っただけあって予定通り散財もしまくって、色々良かったけれども、それでも最初から最後までいつも通り自分の中にはイケメン上司の存在が普通にあって、変わったことと変わらないことの差をぼんやりと疲れた足を引きずりながら思って、新潟の家に戻ってとにかく体の調子を戻すことが最優先で布団の中で寝まくったりもしているけれど、そんなこんなの中でもやっぱり書き溜めたままになっているイケメン上司のことを書いたものを先にアップしたいと思った。
手芸屋巡りのことも色々面白くて書きたいことはあるけれど、それよりもどういう心の中なのかまずはずっと書いたまま止まっているイケメン上司のテーマの方からアップしたくなった。
今書いている文章はそれに付け足してアップしようかと思っていたけれど(←すでにアップ済みの『「り」が9こ、から始まる話』)、ただでさえ前のものが長いからこれはこれで別にアップしようと決めた。
*
今回の旅は完全なる趣味だしオカルト要素はゼロだし心の寄りどころを求めるような状況とは違ったけれど、どういうわけか最初から最後までイケメン上司を表すサインが初日の浅草橋でも2日目の日暮里でも止まることがなかった。
もちろん「偶然」の一言で片付けることはできるけれども、それにしたって出来過ぎでしょ?な塩梅の具合で、終始止まることなくイケメン上司サインは現れた。
初日の浅草橋の最初に目指した店は、手芸男子ミッチーから教えてもらった「木馬」というリボンの店だった。
そこは何とも言えぬ重厚感漂うリボンのショールームで、また長い大理石のような素材でできたカウンターには課長とか肩書ついてそうな50代っぽいおじさんと私くらいの事務の女の人が仕事をされていた。
おじさん側の方に外線なのか内線なのか電話が入った。
ショールームはシーンとしているから通話の内容は全て筒抜けで、別に聞こうとしなくても自然に耳に入るようになっていた。
商品か伝票のやりとりの問合せで、その問合せのキーマンとなる人の役職名がイケメン上司が新潟にいる時の役職名と同じだった。
その役職名は特段変わったものではないけれども、かと言って部長課長みたいなどこにでもあるものとは違う。
ありそうでなかなか無いその役職名を私が前回聞いたのは、2018年の時に山で行方不明になったおじいちゃんを探すためにとある喫茶店でご家族の前でご家族作成の地図の上でペンジュラムを使っていた時に、その隣りの数人の職場の仲間と思しきおばちゃんたちが自分たちの上司の話をしていてその上司の役職名がイケメン上司の役職名と同じだった時だった。
そのおばちゃんたちの上司は話の中で相当重要な位置にいるらしく、その役職名は何回も何回も連呼されていた。
その時の心強さと言ったらなかったし、今でも風景共々はっきりと思い出せるくらいに鮮明に私の中に残っている。
その時以来に「◯◯長」と呼ぶ役職名を聞いた。
私がいるところとおじさんのいるところは数メートル離れていたけれど、その電話の中でおじさんは何回かその役職名を口にしていた。
リボンの会社とその役職名は仮に取引先の役職名だとしても全く繋がらない感じではあったけれど、突然のその名前、しかも東京に来て最初の買物でそんな風でとても驚いた。
と同時に今回の旅は幸先良いと確信した。
予定もしていなかった形でイケメン上司にまつわる何かと接する時、それはいつの時も「大丈夫だよ」のサインだと私は思っている。
今回も旅の出だしでそうだったからとても嬉しくなった。
ちなみにその後また別の内線電話みたいなのがかかってきて、その時はもうイケメン上司と同じ役職名は出てこなくて、伝票がどうだとか届ける日の確認だとかそんな内容で、あの最初の電話が特別だったんだとわかって、そんな特別な瞬間に居合わせた自分はめちゃくちゃラッキーなんじゃないかと思ってさらに嬉しくなった。
その後もサインは出まくりだった。
ちなみにサインのど出発は、たしか駅降りてすぐくらいの電信柱に「◯◯クリニック」とイケメン上司の名字と同じ名前のクリニックの看板があった。
ちなみにその時は自分が持参した地図と駅前によくある周辺地図とiPhoneのマップとを見比べてまずは行き先の方向がわからなくて迷子になっていた頃で、看板を見てもそれどころじゃないみたいな状態だった( ̄∀ ̄;)。
(立っていた位置から全部で6箇所の道が縦横にあってどの道が自分が目指したい方向なのか地図を見ても皆目見当もつかなかった。)
最初の木馬を皮切りにその後もいくつかの店を回った後、お目当てのはずれにある店まで行ったらなんと休業で、そこに行くまで2駅分を往復するくらいにガッツリ歩いた後で疲れ切ってまた戻る途中、今度は本物の「◯◯クリニック」を見つけた。
朝見た看板のことはすっかり忘れていたけれど、まさかのウロウロした結果でその◯◯クリニックの前を通ることになるだなんてビックリした。
浅草橋は縦横色んな道が細かく網目状に入り組んでいて、だからどの道を通るかは何万通りと選択肢があって、だからピンポイントでそのクリニックの前に行き着くなんていうのは天文学的数字の確率でしかバッタリと行き当たらない。
そんなすごい確率を私はたやすく引き当てた。
足がすでに相当痛かったけれども、それ見て「ラッキー♪」などと思って通過した。
その直後に入ったボタン屋さんでのこと。
ボタン屋さんにしては広い店内だったけれど、コンビニの半分もないような店内ゆえに2人のお店の方の会話やかかってきた電話なんかは私にも筒抜けだった。
そのかかってきた1本目の電話の時にオーナーと思しき男性が「◯◯さん」と電話の向こうの人に呼びかけていること数回あった。
◯◯さんはもちろんイケメン上司の名字。
朝の電話に続いて今度は役職名じゃなくて名字。
どんな日なのかと思った。
ボタンを買って次は浅草橋で寄りたい最後のわりと大きな手芸屋さんに行った。
期待して行った割には大したことなくて、とりあえず現品限りと出ていた特殊な紐レースみたいなのを買おうと見ていると、数階で構成されているその手芸屋さんの中で内線放送がかかった。
「◯◯さん、◯◯さん、Aさんから電話が入っています」
ここでもまたイケメン上司と同じ名前の人が呼ばれていた。
その人は偉い人なのか外注担当なのか、その店にいたのは20分程度だったと思うけれどその間に最低でも2回、記憶が曖昧だけど3回か4回くらいあったかもしれないくらいに内線放送で呼び出されていた。
全国1位の佐藤さんでも2位の鈴木さんでもなく、10位以内にも入っていない何十位というイケメン上司の名字を浅草橋ではこれでもかというくらいにあちらこちらで聞くという、ある意味での摩訶不思議な体験をした。
浅草橋をある程度見て満足した後、わりかし早い午後の時間に日暮里に移動した。
日暮里駅はうちの最寄りの新幹線が止まる駅よりもさらに大きくて、到着早々出口を探すのに迷子になり、ようやく見つけた出口さえも今度は右、左、真っ直ぐなのかがiPhoneの地図を見てもわからず、1人で大パニックだった。
本当はペンジュラムを出して聞きたいところだったけれど、いかんせん人混みがすごくて出すに出せず、仕方ないからその見ていてもよくわからないiPhoneの地図を見ながら、そしてそこそこ人が歩いている方を選びながら入り組んでいる場所を選んで進んだ。
ようやく本当に出たかった場所に着いて(駅から徒歩10秒的なところ(。-_-。))、歩きすぎて足は痛いし喉と頭も痛くてコロナにでもなったかと心配していた時だったその時、ふと目に飛び込んできた「◯◯ビル」の看板。
イケメン上司の名前を探しまくっているわけじゃないのに、全国1位の佐藤さんも敵わないくらいにイケメン上司の名字が町の至るところにあって、色々疲れて思考力はほぼほぼ休眠状態の中にふっと安心できるものを見て、疲れていたけれど自分がホッとして癒されてるのがわかった。
日暮里にいる間、駅近くを何回か通った時にその◯◯ビルの看板や建物の写真を撮った。
話は一気に最終日2日目の終わりに飛ぶけれど、占いの御年89歳のおばちゃんに会いに吉祥寺に行った。
その前にけっこう時間があったから、行ってみたかったCheck & Stripeという有名な手芸屋さんとユザワヤの吉祥寺店に初めて行って、もう浅草橋と日暮里で豪遊したから手芸用品はそんなに買うつもりはなかったのに気付けばその2つで諭吉が1枚旅立って行った( ̄∀ ̄;)。
足はヘロヘロの中、吉祥寺駅に向かって歩いて駅の建物に着いた時、ふとアルファベットの表記が目に入った。
そのアルファベット表記の中にイケメン上司の名前(下の名前)が入っていた。
その事実に気付いた時、占いのおばちゃんや手芸屋に行くための吉祥寺だったけれども、旅の最後を締めくくる地にもイケメン上司の存在を示すものがあって本当に最後の最後まで守られていると感じた東京弾丸ツアーだった。
*
そんなことが起こっていた東京旅、そして占いのおばちゃんに会って人生いつでもチャンスがあると言えども本当にいつでもではなく命というのは限りがあって動ける時に動かないと次はないかもしれないこと、そんなことを強く感じた後、私は2年ぶりくらいに少しだけ加筆して前回アップした『「り」が9こ、から始まる話』をアップしよう、アップしたいと思った。
東京旅の途中に東京での旅を書き始めていたけれど、それをストップしてでもアップした方をアップする方が先だと突如何かに突き動かされるようにそんな風に思ってそれでアップした。
伝えたいももちろんあるけれど「伝えなきゃ」という感覚の方が強い。
手紙を書いた時ほどの強い感じじゃないにしても、自分の中で強く突き動かされる何かがあった。
自分でも上手く説明できないけれど、自分の人生全体の中で「今じゃなきゃダメだ」とか「(突き動かされるように)◯◯しなきゃ」なんて感じる場面は、イケメン上司が絡む事案ばかりで普段の生活の中でそうなることはほぼほぼない。
今色々振り返ってみても、イケメン上司の時だけなんだか特別に目に見えない力みたいなのが働くように感じる。
私は勝手に「魂の領域ね〜」なんて思っているし、そのレベルになると人間としての私よりも魂側の都合が最優先されているように思えてならないし、その域になると私は自分の体を使って自分の魂がどうしても成し遂げたいことを叶えるために動くようになっているんじゃないかとさえ思っている。
いずれにしても「何となく今アップしたいな」なんてのじゃなくて、「今すぐにアップしなきゃ」という何かしら強く突き動かされるものがあっての今回のアップに繋がっている。
*
『「り」が9こ、から始まる話』は、まるで過去に書いたことのリピート記事みたいな部分もよくよく読んでいるとあるけれど、それはネタがないから同じことを繰り返し繰り返し書いているのじゃない。
ずっと同じことを思って同じことを考えているから、それに沿う言葉となるとどうしても書くものが同じになる。
そして書いた時期は2021年になっていたけれども、内容は過去のものでも過ぎ去ったことでもなく、起こる出来事たちは過去でも当時の私が感じていたことと今の私が感じていることに大差がないからこのままアップしようと思った。
だから加筆訂正はほぼしなかったし、そして読んだ時に古くさいとか過去の話だとかいうようなことは一切思わなかった。
これもいつ書けるかわからないからここで書くと、私は1ヶ月に最低でも何回か思うしさらには日常的に自分の中で感じていることだけれど、ここ数年は自分の人生や自分自身が水面下でも目に見えるところでも色んなことが目まぐるしく変わっていると感じる中で唯一イケメン上司の存在感と私が心の寄りどころのようにしているその感覚だけはずっと変わらない、そのことを何回も何回も自分の中で反芻している。
占いのおばちゃんから「あなたは38歳から48歳くらいまで大きな人生の転換の時期にいる」的なことを言われたけれど、38歳の私というのはまさにイケメン上司に出逢えた時の私で、そこから色んなことが起こって変わったというのはわかる。
私生活も仕事を含む社会生活もオカルト的な要素の側面もとにかく色々と変わった。
会ったり電話したりする間柄の人間関係にも変化があったし、今はリバティにハマるという趣味にも変化がある。
本当にたくさんのことが変わった中で唯一イケメン上司の存在や存在感、そして私が感じることには何も変化がなくずっと同じ感じが安定して続いている。
唯一無二と言ってもいい、それくらいの存在感をイケメン上司はいつの時も放っている。
色々と私の一方通行的なもので、反対にイケメン上司から見た時の私というのがそんな風かと想像するとそれはないと思っているけれど、うっかり巻き込まれてイケメン上司からしたら事故みたいなものでも私側は本当に色々良かったなと今でもずっとそのように思っている。
何を書こうとしてたんだっけ?と思って少し前の部分を読んで、そうだったと思い出したことに戻ると。
同じようなことを書いているのは、その変わらないものが自分の中にずっと、常に心臓が動くように毎瞬毎瞬呼吸をするように、あり続けるからだから同じことが繰り返し書かれる。
その同じことを感じる部分は私に安心感とか心がすっと通るところを与えてくれる。
イケメン上司にもう迷惑もかけないからいいかと開き直って、私は自分の感じることを自由にそのまま泳がせている。
自分の気持ちが少しでも楽になるなら、安心できるなら、その方を自分のために選択したいと思っている。
そしていつの時も思う。
その安心とか自分が安堵できる先にイケメン上司の存在があるというのは、本当の本当に恵まれていることだと。
関係とも呼べない、形としての関係は何一つ発展させられなかったけれども、それでも自分の人生にイケメン上司が現れてくれてこれだけ長い時間、もう本当に6年間という時間を繋いで心の潤い的な部分をずっとずっと支えてもらっている、そんな人に人生で出逢えたことはものすごく幸運だと当時も今も思っている。
2023年4月28日朝