2016年5月30日月曜日

いつかの終わり

日常がマンネリ化すると、それが昨日も今日も明日も同じように続くと信じて疑わない。

1ヶ月前まではその日常がずっと続くと信じていた。

続いてもらわなきゃ困るとさえ思っていた。

でも流れはそちらの方ではなく、別の決断を下すに至った。

今もこうしてこれまでと同じ部屋でブログをアップしている。

部屋の様相がだいぶ様変わりしているけれど、それでもこれまでと同じは同じ。

でも明日の朝を迎えたら、もうこれまでと同じではなくなる。

明日からは進路変更をする。

思ってもいなかった変更で、正直戸惑っている。

この1ヶ月何度もこれで良かったのかと自問自答した。

やっと今、もうこのように決断する方向に向いている以上は仕方ないと思っている。

またどこか新しいところから始めたらいい、何かが始まって行くのだろうと。


昨日は夕方から雨が降り出した。

もっと早くから動けばいいものを、夕方になって所用を足しに近所に出かけた。

小さな雨傘をさして行った。

小雨だったのが幸いだった。

ふとこれがいつまでも続く「雨日和」ではないと思い知った。

雨傘さしていつも見慣れた道を歩くのは、多分昨日が最後。

今日はもう止んでいるし、明日は天気予報を見たら晴れになっていた。

日常に飽きることもないわけではなかったけれど、こうしてこれまでの日常が破られると日常が

とてつもなく特別になる。

当たり前の日常たちが当たり前ではなくなる。

今は頭の中があれやこれやと忙しくて、しんみりと日常を振り返っている場合じゃない。

だけどこの2週間位は、日々の何てことないことたちが特別で、迫りくるカウントダウンに寂しさを

覚えていた。

今という時をまた思い出すだろう。

もう二度とは自分の場所にはならないこの場所を思い出し、そしてそこであったことをまた色々と

心の中で再生するだろう。

日々の小さなこと、それが日常に埋もれたことでも、それはいつだって一期一会の一瞬だったと

今ならわかる。

2016年5月25日水曜日

夕暮れと珈琲とレーズンケーキ

1週間前の水曜日の夕暮れに「夕暮れと珈琲とレーズンケーキ」の3つが揃った。

2人のうちの1人の妹が名古屋に遊びに来て、妹を名古屋駅で送り届け、適当に駅をうろついた

後は家に帰ってきた。

2日間ともあちこちを歩き回ったから体は程良く疲れ、家でのんびりしていた。

前の晩、近所のスーパーで食後に2人で食べようということでレーズンケーキを妹が買ってくれた。

だけど夕食だけでおなかがいっぱいになり、夜のおやつは結局やめた。

また1人になった部屋の中には、夕暮れを知らせるオレンジ色が差し込んでいた。

向かい側のクリーム色のアパートもオレンジ色に染まっていた。

いつかの誕生日に友達が贈ってくれた素敵なマグカップを出し、そこにインスタントコーヒーを淹れ

そして例のレーズンケーキを適当な器に盛り付けた。

窓の向こうに見える夕暮れの色と白い磁器でできたコーヒーカップとレーズンケーキを見比べて、

何とも言えない幸せ感が広がった。

何てことないものたちの集合なのに、そのどれもが欠けてもいけない位にきれいに調和していて、

そしてそれらのものたちと居合わせる瞬間がとてつもなく幸せだった。

レーズンケーキはほのかにレモンの味がして、わたしの好きなタイプの味だった。

夕暮れもそのコーヒーカップもレーズンケーキも、わたしが自分で用意したものは1つもない。

夕暮れは勝手に太陽が沈んでいくものだし、コーヒーカップもレーズンケーキも運んできたのは

わたしじゃない。

友達も妹も、それぞれが用意したものがこんな場所でシンフォニーを奏でるとは思ってないだろう。

夕暮れは毎日同じじゃない。

そもそもその時間帯に家にいられることの方がうんと少ないし、仮にいたとしても毎回晴れて毎回

きれいな夕陽が差すとは限らない。

友達が贈ってくれたカップには、ストーリーがある。

贈ってくれた時に、それで一服してまたさらなる創作活動へのひらめきへと繋がる一小道具として

活躍してくれたらいいという願いを込めてくれている。

そんなストーリーを付けてプレゼントをもらうこと自体すごく少なかったから、それを聞いてわたしは

うんと感動した。

今回妹とわたしは、夜のおやつにありつけなかったけれど、気付けば2人で過ごす夜はいつも

おやつがセットで付いてくる。

わたしが足繁く妹のアパートを訪ねていた頃は、必ず夜のおやつをどこかで購入してきた。

適当にごはんを作って食べて、その後テレビを見ながらまたおやつを分けて食べるのが暗黙の

了解となっていた。

だから今回もそんな流れだけは自然とできていた。

こういうことってどれだけの確率ですべてがきれいにぴったり重なるのだろう、と思う。

夕暮れも、コーヒーカップの贈り物も、レーズンケーキも、本当にたまたま同時多発した。

その時わたしは1人だったけれど、ちっとも寂しくなかったし、むしろこのいくつものことが重なった

ものたちを前に感動さえ覚えていた。

こういう小さな幸せって買えないんだなってわかる。

どれも値段のつけようがない。

そしてどこにも売っていない。

「夕暮れと珈琲とレーズンケーキセット 1000円」とかあるわけがない。

1週間前のことだし、あの時の幸せ感は当然感覚としてはすっかり立ち消えたけど、それでもあの

特別な感じの記憶だけはこの1週間消えることがなかった。

どこにも売っていない夕暮れと珈琲とレーズンケーキのセット、この言葉を頭の中で何度も何度も

繰り返した。

2016年5月15日日曜日

ありそうでないもの

お世話になった人へのプレゼントを探している。

相手の負担にならず普段使いできるもの…と考えて、よく本を読むその人にはしおりにしようと

決めた。

思い出せる限りこれまで5人の人からしおりをプレゼントされたことがある。

1つは若干行方不明中ではあるけれど、残りはすべて現在も活躍中だ。

長いものはプレゼントされてから20年近くが経っている。

ちなみにその20年選手になろうとしているものは、しおり風の誕生日会の招待状だった。

それがとても素敵な紙と手書きの文字とで作られていて、プラスラミネート加工されているから、

しおりとしてぴったりの代物だった(実家に置き去りにしているような気がする行方不明のもの)。

他にももう1人から手作りしおりをもらったことがあって、それはまた別の風合いがあって好きだ。

残りの3つについては、1つはメキシコから、1つはアメリカから、1つは日本の名古屋からと実に

国際色豊かだ。

名古屋からきたしおりは、贈り主からそこに込められたストーリーも聞いているから、さらに素敵さ

が増している。

それぞれのしおりにストーリーがあり、わたしはそれらを思い出す度に甘美な気持ちになる。

使う時はどっぷりと思い出に浸ることはなくても、ふと思い出に浸る時はそれだけで楽しい。

自分がそういう使い方をしているから、本を読むその人にしおりを思い付いたのだった。

我ながらセンスのいい思い付きだと自画自賛したけれど、今日実際に数軒しおりを置いてそうな店

に行ったらものの見事にない。

しおりを置いていないわけじゃない。

置いていない店もあったけれど(しかも大きな文房具売り場を誇るショッピングセンター!)、

置いていたとしてもデザインはマックスで3種類。

しかもそのしおりがどちらかと言えば女性向け。

今回のお世話になってる人というのは年上の男性。

どれもこれもいまいちだった。

中には3000円もするようには見えないしおりもあった。

また個人的に感じたことの1つに、今回見たしおりは全体的に奇抜な形のしおりが多かったけれど

これ絶対に普段しおりを使ってない人がデザインや監修をしているんだろうなぁと思った。

絶対に使いにくそうだし、下手すると持ち運びの途中でしおりが下に落ちそうだ。

しおりがなぜ四角なのか使ってみたらわかる。

四角だと1辺が必ず本の間に上から下まですっぽりと収まるから安定する。

ずるっとしおりが抜け落ちることはまずない。

すごく当たり前のことだけど、これは使ってないと多分わからない。

これまで一度も自分でしおりを買ったことがなかったから気付かなかったけれど、しおりというのは

どこにでも売っているものではないことがわかった。

さらにそれでデザインに優れているもの…となるとさらにハードルは高い。

わたしの手持ちのしおりたちは1つ1つ全く違っていてとても個性的で、さらにはデザインがとても

素敵だ。

どのしおりも、同じものをどこでも見たことがない。

たまたまわたしの元へ運ばれてきたものとは言え、今後もどこかで目にすることはないと思う。

できれば大量生産系よりも、同じものないよねという類いのデザインの方がいい。

明日もう一度探してみるけれど、果たしてお目当てのしおりに出逢えるだろうか…。

2016年5月14日土曜日

甦(よみがえ)るもの

昨日3~4年ぶりに、前職でとってもお世話になった先輩に会ってきた。

まだ当時の職場にいるかわからず、昼下がり先輩が最後担当していた所へ行ってみた。

駐車場には見慣れた車。

歓迎ムードで招き入れてくれ、仕事前の時間を少しいただきおしゃべりし、夜ごはんを食べる約束

を取りつけて一旦は別れた。

絶対にやりたいだろうなぁと思い、夜はオラクルカードと呼ばれるものを持参した。

「オラクル」とは英語でいうところの「予言」に当たるらしい。

基本的な使い方は、その時にしたい質問をしてそのヒントをカードからもらう。

それを持参するにあたり、久しぶりにカード入れのベルベットのような生地の真紅の巾着を出した。

そもそもそのオラクルカードも、自分で購入したのではなく、友達から譲り受けたものだった。

友達はいくつも持っていても自分では使わないから、ぶっしーちゃんの好きなものをあげると

持っている全てのカードのセットを目の前に出し、その中で一番好きなものをいただいてきた。

一番好きなものと言っても中身はどんなか全然知らないために、一番ぴんときたものを選んだ。

そしてカードを保管する用の巾着も一緒にプレゼントしてもらった。

ここ最近は最後いつ使ったのかも思い出せない位に使っていなかったために、巾着にたくさん埃が

付いていた。

ガムテープを適当な長さに切り、巾着についた埃を取り除いた。

ほんの1~2分の作業で巾着はあっという間にきれいになり、ピカピカと光沢を放ち始めた。

ベルベット特有の光沢を取り戻した生地は、本来の持ち味を存分に発揮していた。

一瞬で甦った。

一通りの食事を終えた後、先輩は喜んでカードを引いた。

カードも久々に人に触ってもらってさぞかし嬉しかったことだろうと思う。

しかも、その先輩がどれだけ丁寧にカードを取り扱ってくれるのかを知っているから余計とそう

思えた。

基本的にわたしは、わたしは引かず質問者自身からカードを引いてもらう。

そちらの方がなんとなくより本人の今の状況を反映したカードが引かれるように思うから。

ちなみにカード占いを生業にしている友達いわく、質問者でも占い師でもどちらが引いても基本は

OKと言っていた。

たしかに、その友達からわたしのために引いてもらったカードはこれまで一度も外れたことのない

どんぴしゃのヒントがやってくる。

多分わたしは、質問者自身で引いた方が納得する=わたしが引くことで余計な誤解や異議を

招きたくなくて、それで本人に引いてもらうスタイルを取っているのもある。

昨日の夜も、先輩は実に楽しそうに興味深そうにカードを引いた。

カードの引き方は1つじゃないから、引き方も提案し、そのすべてを試した。

1時間以上カードを引いていたと思う。

カードが伝えてくるメッセージは本当にすごいと思う。

10数文字で書かれた1行の文章で、先輩は「何を言われているのかすぐにわかった」と言って、

その言葉の奥から導いた自分の話を聞かせてくれた。

先輩は興味深そうに話を聞いてくれるもので、わたしが並んだカードから感じたこともそっくりその

まま伝えた。

たった1つのツールが、実にたくさんの会話を生み出し(先輩は、ツールなくても延々とおしゃべり

できる相手ではあるけれど)、そこからさらに深い話に突入していく。

ガムテープで巾着をきれいにした時間を思い返す。

ただぺたぺたとガムテープを巾着に付けては離しを繰り返しただけだった。

見栄えが良くなり、それを好きな人と共有した。

好きな人と共有されたものは、さらにさらに嬉しい気分でいるのじゃないかと思った。

部屋の隅っこで埃をかぶったまま持ち主に放置されているよりも、きれいにされそして本来の使い

方で存分に使われ、そっちの方がものそのものも喜びに包まれるのじゃないかと思う。

2016年5月13日金曜日

赤ちゃんの生態

何年か前に、よしもとばななさんのエッセイでばななさんご自身の子育ての中で気付いたことを

こんな風に紹介されているのを読んだことがある。

赤ちゃんを見て驚いたことの1つに、朝起きた時赤ちゃんと目が合うと赤ちゃんが笑うのだそうだ。

それがほぼほぼ毎日のように笑うらしく、とにかくその赤ちゃんの笑顔に驚いたとあった。

どういうわけかその一文だけすごく印象に残り、わたしもいつかその赤ちゃんの寝起きの笑顔を

見てみたいと思っていた。

それが今回数年ぶりに実現した。

妹が去年の12月に初めての子どもを産み、実家に帰省してきた。

わたしも居合わせ、同じ部屋で妹と姪っ子とわたしの3人で寝た。

夜中の授乳タイムは大抵泣き声を出して起きる。

日中のお目覚めも基本的にあまりよろしくない。

大体は泣くことがセットになっている。

だけど、朝1番のお目覚めだけは違っていた。

本当にエッセイの中で紹介された通り、姪っ子はほぼほぼ毎日起きて妹やわたしの顔を見ると、

それはそれはかわいい笑顔で返してくれるのだった。

目が覚めて1~2分少しぼーっとしながらようやく目を本格的に開ける。

目が開けば、視界に妹とわたしが入る。

それぞれににこっと笑顔を向ける。

姪っ子とほぼ24時間体制で数日過ごす中で、本当に目が合うだけで笑うのはこの朝のお目覚め

の時間だけだった。

他のもっと覚醒した時間だと、大人側が何かしら働きかけないと笑わない。

赤ちゃんを1日中観察してわかったのは、とにかく自由だということ。

自分の存在そのものもまだわかってないような段階だから、とにかく自分の本能のまますべての

動きは決定される。

妹と「宇宙と交信してる」と呼んだ時間があって、それは姪っ子がひとりで宙のある1点をじっと

見つめ、うぅうぅーなどとよくわからない音声を発することもあれば、静かに見つめて終わりのことも

あった。

それを数分単位で行うことが1日の中で何回もあった。

大人が顔を近付けてもその時だけはどういうわけか宙を見つめたまま、自分の世界に完全に

陶酔している。

大人にはさっぱり理解できない不思議な行動でしかなかったけれど、姪っ子には姪っ子にしか

わからない思わずしてしまう行動なのだろう。

5ヶ月にそろそろなるという姪っ子。

早くも嘘泣きというか大人の注意を引くための手段を身につけていた。

本気で泣く時と明らかに違うからすぐにわかる。

妹いわく、今の成長段階で姪っ子が自分の感情を訴えられる唯一の手段は「泣く」だけだから、

だから嘘泣きであっても姪っ子なりの何かの訴えなんだと言っていた。

言われてみればそうだなぁと思う。

姪っ子の場合は、人肌が恋しくて泣く時もあったけれど、反対に自分ひとり床に転がされるのを

好んで泣くこともあった。

抱っこしても嘘泣きみたいなことをしている時は、畳の上の毛布で作った即席布団に転がすと

喜んで、例の宇宙との交信時間やひとり発声時間を楽しんでいた。

気付けば、大人になってから24時間体制で赤ちゃんをじっと見ていられる体験は今回が初めてで

何もかもが新鮮だった。

前回妹の家で姪っ子に会った時は、姪っ子は別室で寝ていたから今回ほど一緒ではなかった。

姪っ子が言葉を発する前に、もっともっとこの赤ちゃん特有の生態系をまた観察したい。

この不思議な感じは、言葉を言葉として理解できない今の時だからこそ見られるもののような気が

する。

大人になった自分や周りを見て、みんなそんな時を通過して今に至るなんてとても思えない位に

赤ちゃんって面白い。

「生きているだけで価値がある」という言葉、姪っ子を見て本当にその通りだと何度も思った。

なぜなら姪っ子は、本当にただただそこにいるだけで、周りをうんとしあわせな気持ちにしてくれる

そんな存在だったから。

2016年5月1日日曜日

再生の時

過去にあきらめたことがあった。

そのあきらめたことは、人生の中で一番の痛みで後悔で絶望に近いものがあった。

なかったことにはもうできなくて、ひたすら前を進むしかなくて、それでもいつも宙ぶらりんになった

ままの自分の気持ちみたいなのだけが残っていた。

とりあえず前を進めるようになったというのがわかり、その残っている気持ちみたいなものは

いつか気にならなくなるまでそのままでいいと思った。

そう思えるようになるだけ楽になれた。

無理になかったことにしたり、色々納得のいかないものを否定したり、そういうことは止めようと、

自分に優しくできるようにもなった。

そうしたらその置き去りにされていた過去から、もう一度チャンスが与えられた。

すでにあるものだから、誕生とは違う。

やり直すのとも違う。

生まれ変わるのとも違う。

「再生」再び生きる、がなんとなく一番しっくりくる、今日時点で。

この年になってみると、癒せない過去の1つや2つはあって当たり前と思うようになってきた。

何も痛みもなく順風満帆な人生を送っている人なんて多分この世に誰もいない。

自分が過去に望んだような再生の形とは違うけれど、まさかそんな機会が巡り巡ってくるとは

一度も考えたことがなかったから、正直おどろいた。

一度も考えたことがなかったというのはちょっと嘘だ。

考えれば考えるほど絶望的になるから、考えないようにしてた。

そう、考えなかったんじゃなくてわざと考えないようにしてた。

そしていつか考えないようにしていることさえ日常に溶け込み、そんなことさえ忘れていた。

そんなことさえ忘れていたら、再生のチャンスが巡ってきた。

もう何も目指さなくていいのが楽かもしれない。

前は目指すものがあった。

今はそれがない。

何もないところにまた1から出発しているようなものだ。

ゴールの形が決まってないから、とりあえずその時その時の感じで自分を出したらいい。

または自分を出さない選択もあり。

直太朗の歌の中に、「真っ白いキャンバスにあなたなら何を描きますか?」という歌詞がある。

本当に真っ白いものを与えられ、描いたり描かなかったり、消したり足したり、自由な感じで

絵を描けるような感じがしている。

直太朗はいつかのライブで、「自分だったら何も描きませんけどね、テヘ」と言っていた。

再生って不思議な言葉だなぁと思う。

これまでの過去、死んでいたわけじゃない。

だけど止まっていた。

ある地点からずっと沈黙を保ったまま止まっていた。

それが今開かずの扉みたいなのがパンと突然開いて(本当に勝手に開いた感じ)、そして止まって

いたものに命が吹きかえされた。

自分ががんばったわけでも、自分から扉を探したわけでもない。

扉が開く直前まで、わたしはそんなこと1つとして意図していなかった。

そして意図していないところに勝手に開いた。

必要があって開いたんだと思う。

じゃなきゃ開くわけがない。

2016年5月1日備忘録として

スーツケースロックの悲劇

多分6年ぶりにスーツケースをクローゼットから出した。

使う用事ができて出し、そして久しぶりに出すから日光浴をさせようと思った。

そのスーツケース自体は、TSAロックと呼ばれる世界統一のロックが導入されて間もない頃に

購入したものだった。

3桁のロックの数字、多分これだろうと思われるもので最初試した。

チャックが2つ付いていて、なぜか1つだけ外れた。

でももう1つはぴくりとも動かず、ということは自分が思っていた数字がロック解除の数字ではない

ということが判明した。

ぎょっとした。

最悪鍵で開けるということも考えたけれど、いかんせんこの6年の中で一度も鍵を見ていない。

そもそも鍵がどこにあるのかもわからない。

実家にあるという可能性も高い。

いくつか見当をつけて探してみたけれど、どこにもなかった。

それで手間はかかるものの1つ1つ000~999まで1000通りの数字を入れて合致するまで

ひたすら数字を当てはめる方式を試すことにした。

もうテンションダダ下がりで、ため息しか出てこなかった。

1つ1つ確かめる前に、この数字なら使いそうという数字をいくつか試した。

どれも開かない。

その使いそうな候補の数字を選ばないとしたら、もうわたしは自分が選んだ数字など想像も

つかない代物になってしまった。

キャッシュカードなんかをはじめ4桁の数字はよくある。

だけど3桁は日常で使うことがほとんどない。

これから990通り近くを試すのは、考えただけで頭がくらくらした。

そこでスマホで、「スーツケース ロック 解除」と検索し、何か他に良い方法がないか調べた。

最初の方にきたページが大ヒットし、本当にその通りのことが起こって今は解決した。

その著者の方も、同じように1000通りを1つずつ試すようにということを書いていた。

ただ1つだけ違ったのは、「10分以内に大体開きます」という文言を入れてくれてたことだった。

わたしは当初日長一日その作業をするのかと勝手に想像していたがためにやる気を失せていた

ものの、10分程度なら平気、できる!となりやり出した。

本当に10分もかからずにヒットした。

ヒットした数字を見て「えぇ、これ!?」とびっくりした。

本当に縁もゆかりもない番号を設定していた。

よくよく考えたら、あぁもしかしたらあそこから取ったものかも・・・と思うものが後から出てきたけど

多分それを頭に置いた上で設定したものではないと思う。

よくぞそんな番号を設定したものだと、自分でしたことなのに狐に包まれた感じだった。

このスーツケースロックの解除に奔走したおかげでスイッチが入り、気の進まない作業も少しずつ

着手し始めた。

最初のロック解除不可の時は悲劇だったけれど、一件落着したら喜劇に変わっていた。

相変わらず単純な自分に笑ってしまう。