前々日の夜、共通の友達が、時速100キロ出したら怖い!!という車を300キロほど走らせて名古屋に遊びにきてくれ、
その翌日、仮病を理由に仕事を欠勤し遊びに飲みにいそしみ、
さすがに2日も休めず次の日は仕事に出た朝だ。
3人で寝泊まりした朝。
ひとりは、これから1時間後に控えている人生の修羅場を前に眠い頭の中を総動員させている。
この家の主だけど、わたしともう一人の友達をかまっている余裕はなさそうだった。
遠方から来た友達の方は、
朝早く起きる理由なんてひとつもないからまだまだ眠っていられたのに、
わたしのがさごそする音や「行きたくない」という愚痴に付き合わされて起きた形だ。
もう行かないとやばい。という時間になってようやくその場をあとにしようとしたところ。
家主でもない友達が、玄関までわたしを見送ってくれた。
その時は、布団からぬくっと起き出して、
わたしがドアを開けて廊下を歩くうしろから一緒に歩いてくれて
眠そうな顔をしながらも見送ってくれた。
ぼさぼさの頭と、
運転と飲みと長距離移動で疲れた顔と、
でもそんなことおかまいなしに、
とても自然に見送る姿。
わたしは、その後10時間仕事に拘束されるのだけど、
その10時間のあいだ、何度朝の見送りの風景を思い出したかわからない。
上の文章は、2013年の12月24日の日付でずっと一時保存してあった記事だ。
保存箱を整理したら出てきた。
読んでびっくりした。
1年以上前のことなのに、読んでいて昨日のことのように思い出した。
そこに出てくる友達が誰と誰で、場所はどこで、そしてあの朝の見送りの風景、
全部全部覚えてる。
時間にして1分にも満たない朝の見送り風景が、さぁーっとよみがえる。
クレジットカードのCMで「プライスレス」という言葉が出てきたものがあったけど、
こういう瞬間こそプライスレスだ。
もうその時にしか存在しなくて、しかも何か脚本があるわけでもなく、その時その場に居合わせた
人たちが思い思いに動いた結果織りなされたドラマだ。
「買えない風景」というタイトルも、当時付けたもの。
1億円積んでも買えない風景がそこにはあった。
買えない風景、元気がない時のエネルギーチャージにぴったりな薬だ。
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