2018年の年賀状はある種の賭けに出た。
もう何年も、もらってから出すというやり方をしている。
大きな声では言えないけれど、私の年賀状は年末じゃなくて年始に書くのが慣例となっている。
それで事足りているのと、本当に繋がっている人たちとは一切年賀状のやり取りをしていないから、年賀状自体このままもうやらない方向でいいんじゃないかとさえ思っている。
さかのぼること1年前の正月。
年賀状をやり取りしていた人たちには一切の連絡を普段していないから、名古屋の住所から転送されて今の新潟の住所に届いた。
そう、私が新潟に戻ったことをみんな知らない人たちばかりだった。
そして私は去年、とうとう年賀状を返さないという暴挙に出た。
一番の理由は、色々面倒くさかったから。
色々面倒くさいと言ったけれど、その面倒くさいの代表理由が2つあった。
2つというより、2枚の年賀状が毎年年賀状を憂鬱にさせる元凶だった。
両方に共通するのは、とにかく年賀状以外でやりとりをしていないこと。
その中の1枚はもっとひどくて、本当に印刷されたままの年賀状が届く。
一言でいい。
一言でいいから、何かしらの言葉を添えて欲しい。
今気付いたこと。
多分そのいつも何も書かれない年賀状はおそらくその人の奥さんが毎年準備している。
奥さんには一度も会ったことないから、何も文章がないのは納得。
でもそれならそれで、本人が時間を作ってでも何か一言でいい、書けばいいと私は思ってしまう。
反対にそれさえできないのであれば、もう年賀状を出すことをやめたらいいと思う。
私は子どもの頃から何一つ変わっていないやり方、ALL手書きで年賀状を書いている。
適当にどこかのデザインをネットで見て、真似して描いて、そしてあとは何かしらの言葉を数行書いている。
印刷されたものを買うのも手だし、パソコン使って書くという手ももちろんある。
だけれどそのどちらもいまいち気が進まないのと、何せ30代に入ってからは数枚しか個人的な年賀状を出さないから、もうそのまま手書きでささっと書く方が速かったりする。
パソコンで作ることに関して言えば、したことがないからそもそもどうやって作るのかマニュアルを引っ張ってこないといけないから、それも面倒でやらない。
手書きと言うと大変そうに見えるけれどそうでもない。
「あけましておめでとう」と「今年もよろしくお願いします」と「今年も○○な1年となりますように」の3点セットを書くだけでかなりな行数が必要となるから、残りの文章は多くて2つくらいがせいぜい。
書ける相手であれば、逆にあいさつを最小限にして近況報告を書いたりもする。
だから、とにかく10分もあれば1枚完成する。
それでそのお返しの年賀状で毎年困っていた相手。
とにかく情報がなさすぎて、そしてすでに数年もやりとりがなさすぎて、それであいさつ以外はネタがなかった。
自分の近況で言うようなこともなければ、相手の近況も知らない。
毎年その年賀状を書くのが苦痛だった。
止めればいいのに、私も変に意固地になって書いていた。
一番遠い関係なのに、一番文章を考えるのに時間がかかってしまう相手でもあった。
もう1人は、自分が会いたい意思がない人だから、困っていた。
こちらはとても丁寧な賀状を書いて毎年私の元へ送ってくれていた。
まさかもう会いたくないですとは言えない。
いくら何でもそんなことは言えない。
私は大人になってから良くも悪くも自分が一緒に過ごす人を選ぶようになった。
30歳になって一度がらっと環境を変えてからは、特にその傾向が強くなった。
会いたい人にはどんな風にしてでも会うし、そうでない人には徐々にフェイドアウトする癖がついた。
今過去の記憶をたどり寄せている。
多分私が30代で会っている人たちというのは、皆往々にして自分に忙しい人たちが多い。
それは職業とか年齢とか関係ない。
お互いの近況報告だけで話が終わってしまうような人たちとは会っていない。
近況報告もするけれど、もっともっと色んな話を多岐に渡ってする人たちが多い。
だからいつも最後別れる時は「もっと時間が欲しかったね、足りなかったね」という具合で別れる。
その丁寧な年賀状の相手とは、そういう時間が過ごせないというのがわかってる。
相手も変わっているだろうし、私も変わったところはあると思う。
だけど、多分会っても次もまた会おうねというような感じにはなれない気がしている。
会話のテンポなのか会話の引き出しなのか、何だろう、何かがいつもしっくりこない。
とても気持ちの良い子だし、優しい性格の人だ。
だけどしっくりこないものはしっくりこない。
だから会おうと思えば会えると知っていても、自分からわざわざ連絡を取ってまで会いたいという感じではなかった。
だから毎年やってくる年賀状にどう対応していいのか、必ず新年早々に発生する悩みの1つだった。
話は戻して1年前の年賀状のボイコット。
年賀状を出す=新潟に戻ったことも報告することになる。
それもまた色々何をどう伝えるかを考え出すとさらにややこしく、そしてさすがに住所を書かないわけにはいかないということもわかった。
そこでふと、もし今年(2017)ボイコットする→相手は私の今の住所を知らない→来年(2018)は転送がかからないから年賀状は私に届かないだろう、そうなったら…ということが頭をよぎった。
その一か八かの賭けに出ることにした。
そして迎えた今年。
元旦当日は確信が持てなかった。
だけれど、3が日が過ぎた頃、大学時代の友達で私が新潟にいることも知っている子からラインが来た。
「ふみこに出したけれど前の住所で出しちゃって戻ってきたから写真で失礼します」と言って、わざわざ年賀状の表と裏の両方の写真も添えて送ってきてくれた。
その友達のおかげで、私の名古屋の住所は「宛名不明」扱いになっていることを知った。
1年前の賭けは成功した。
そしてその後、そう言えば毎年年賀状くれてたしこれからも繋がっていく人…と思い当たった2人だけ個別にメールを送った。
若干後ろめたい気持ちが湧いたけれど、もう人生の残りの時間を数えたら、煩わしいと感じる関係は切っていいような気持ちが強くなっている。
そういうところに無駄なエネルギーを注ぐより、本当に繋がっていたい人たちに一言メールでもラインでも何か言う方がうんと大切な気がしているから。
だから今年届いた年賀状というのは、リアルにこれからもずっと続いていく人たちからのものばかりで、その流れになったのが心底嬉しかった。
そしてもう1通。
年賀状ではなく年賀メール。
ものすごい短い文章の年賀メールが今年も大みそかに届いた。
このメールだけは、短ろうが素っ気なかろうが、届いたことにだけただただ感動できる。
相手が節目と思う時に「この人にだけは挨拶をしておこう」と思う相手として捉えてもらえてるんだ、とわかるから。
スクロール不要の短いメッセージ、画面にすっぽり収まるメッセージ。
それを何度か目で読み返す。
今もどこかで元気にやってるんだな、とまずは思う。
その後も色んな思いが交錯するけれど、とりあえず相手の無事と生存確認をしてホッとす
る。
「生存確認」というととても大袈裟に聞こえるけれど、私はガチで生存確認をしている。
私がこの世の中で生存確認するのは、そのフライング年賀メールの人だけかもしれない。
他の人が生きていることはそうそう疑問に思うこともない。
だけれど、その人だけは生きているのかな?といつも思う。
だからどんな内容であれ、メールが来たこと=生存確認ができてホッとした。
年賀状がそもそもどういう起源のものかはわからないけれど、もしかしたら最初の頃はご挨拶というよりも普段なかなか会えない相手に対し「生きてますよ。あなたも生きていますか?生きていたらまたお会いしましょうね」みたいな、お互いの生存確認の意味が強かったのかもしれない。
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