17時半と言えば真っ暗に近い夜空に、黄金色の三日月が浮かんでいた。
その三日月を見て、別のブログで小学生の男の子と一緒に見た三日月の話を書こうと決めた。
その男の子の名前をどんな仮名にしようか考えて、「フウ」にすることに決めた。
「フウ」とカタカナで出てきたから最初はぴんとこなかったけれど、「フウ」を「ふぅ」とその韻を頭の中
で反芻したら「あ!」と初めて気付いた。
世の中でたった一人だけわたしを「ふぅ」と呼ぶ人がいる。
母の妹であるおばさんの一人だ。
おばさんは、わたしは「ふぅ」、妹は「ゆぅ」、いとこの一人は「みぃ」と呼ぶ。
他の甥っ子姪っ子はそのまま呼び捨てだったり、「ちゃん」をつけたりする。
わたしたち3人だけがなぜか名前の頭文字を伸ばした形で呼ばれる。
妹の「ゆぅ」は、父もそう呼ぶことがあるから特別珍しくはない。
いとこの「みぃ」も他にそう呼ぶ人はいる。
だけどわたしだけは、そのおばさん以外に「ふぅ」と呼ばれることはない。
これまで出逢った人の数が一体どのくらいかなんて想像もつかないけれど、その中でもわたしを
「ふぅ」と呼ぶのはおばさんだけだ。
突然、「ふぅ」という韻がとても特別な響きに聞こえ、そして泣ける位に心いっぱいに広がった。
自分が生まれた時からそうやって呼ばれてきたんだと思う。
気付けばいつもそう呼ばれる。
大人になった今ももちろん同じ呼び方で呼ばれる。
「愛されている」なんて普段考えもしないけれど、「愛されている」自分の存在をものすごく強く
感じた。
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