今、クリームシチューを仕込みながらこれを書いている。
今日のお昼は、昨日の夜から「野菜サンド」と決めていた。
夕方寄ったスーパーで「パオ」という名のサンチェみたいなレタスが格安だったから、それで友達
から教えてもらった野菜サンドを作ろうと思っていた。
友達が教えてくれたサンドイッチは、マヨネーズを塗ったパンに、レタス、きゅうり、玉ねぎだけを
挟んで、そしてクレージーソルトを振るというもの。
昨日、レタス抜きで作ったらおいしくて、そうしたら夕方格安レタス見つけて、「これは明日のお昼
にぴったり♪」と思って買ってきたのだった。
今日のお昼前コーヒーを飲みながら、図書館で借りてきた、よしもとばななの『サーカスナイト』の
気に入った言葉たちをひたすらルーズリーフに写していた。
途中で小腹が空いて、友達からもらったドミニカ共和国産のチョコレートを食べた。
硬めのチョコで、最初歯で割って、あとは舐めるようにして食べるのが好きな食べ方だ。
左側の奥歯で最初割り、もうトロントロンに近い状態の時、右側にチョコを移して一噛みした。
そのたった一噛みで、なんと昨日歯医者で詰め物をした詰め物が取れた。
たしかに歯科衛生士の方から注意があった。
今している仮の詰め物は柔らかい素材を使っているから、ガムやキャラメルは取れてしまう可能性
があるから控えて下さい、と。
何だったら、食べる時もなるべくなら右側では噛まないようにと。
チョコはものすごく柔らかくなっていたし、左側だけを意識的に使うのも疲れていて油断した。
まさかその一噛みで詰め物が取れるとは。
さらに最悪なことに、今日はその歯医者さん休診日。
明日9時半の開業に合わせて行くにしても、これからおよそ24時間は何も食べられない。
歯の型を取ったから、もしこれでまた歯が欠けたりすると型を取り直すことになると、昨日一緒に
説明を受けていた。
詰め物は表面だけ取れて、鏡で見たら歯の奥の方は別の硬い詰め物で覆われていた。
それでも、歯が露出していることには変わらず、これで他の部分も欠けると大変なことになる。
「絶食」確定した。
先に野菜サンドを作って食べておけば良かった、というのは後の祭り。
最初は、コーヒー飲んだり、抹茶ラテ飲んだりしていた。
途中用事で外出し、しばらくは絶食を貫き通すつもりでいた。
だけど、歯の詰め物が取れた以外、体の方は健康そのもの。
当たり前だけど、腹が減る。
しかも一度考えだしたら、もう何としてでも何かを食べたくなり、「何だったら食べても大丈夫か?」
の思考が止まらない。
1人でああでもないこうでもないと考えた末、「汁物」が挙がってきた。
最初は、具なしの味噌汁を思い付いた。
だけど、絶対に空腹が満たされないのはすぐに想像がついた。
スープをあれこれ思い浮かべた末、「シチュー」にたどりついた。
最初野菜を入れて水から煮込んで、最後は具とスープを分けて(具は後日使用)、スープにだけ
シチューの素を足したらいいとなった。
カレーも候補に一瞬上ったけど、カレーだとごはんも食べたくなってしまうから、絶対にごはんが
なくても平気なシチューに落ち着いた。
そのために、シチューの素も買いに行った。
買いに行ったスーパーでは、無駄にうろうろと店内を徘徊した。
シチュー以外にも歯を使わずにつるっと食べれる物を探しながら、くまなくスーパーの中をうろうろ
した。
ちなみにかごの中に足したのは、ヨーグルトと炭酸飲料、あとは半額の国内産生ひじき。
ひじきは単にお買い得だったから入れただけ。
ということで、今、玉ねぎ、人参、マッシュルーム入れてスープを作っている。
具なしのシチューでも、飲み物だけで一日を終えるよりはずっとましだと思っている。
歯の詰め物が取れてすったもんだしていても空腹に勝るものはなく、ここ最近では一番頭を使った
ような気がしている。
2016年3月31日木曜日
2016年3月29日火曜日
久しぶりの断捨離と過去の完了
少し思い立って、断捨離をした。
「○○したい」と考える前に動ける感覚に感動を覚えた。
最近は、「さて次どうしようか?何しようか?」と考えてから動くことが多いから、そんな手順を
吹っ飛ばして、「この部分を整理したい」と体が勝手に進めるのが妙に新鮮だった。
そもそも今日の断捨離は少しイレギュラーな断捨離だった。
これまでは「断捨離をしよう!」と思ってから何か手を付けて始めるところ、今日はそういうつもりは
なかったけれど、ふとクローゼットの奥にしまってあった透明の袋を見つけてしまった。
もっと言うと、ティッシュボックスの在庫があるかないかを確認したくて、手探りで探してみた。
ティッシュボックスはなかった。
その辺りには他にも、電化製品の説明書とアパート全般に関する契約関連の書類がひとまとめに
なって置いてある。
日常的には一切必要ないものたちだから、奥の隅っこの場所が丁度良かった。
ところがその例の透明の袋まで置いてあるのが目に入った。
何だ何だ?と思い袋をクローゼットの奥から取り出し、実際に中身を見てみると。
おおよそ4年前+それ以前の思い出の品や大切な情報だけを残しておいたファイルや紙だった。
多分この1~2年で大規模断捨離をして、最後まで捨てられずに取っておいたものたちをまとめて
入れておいたのだろう。
透明の袋は、母親が会社からもらってきたちょっと小洒落た袋だ。
この冬一度も袖を通すことのなかったもらいもののコートを持っていた。
これからも絶対に着ないとわかり、その小洒落た袋の中身を取り出し、代わりにそのコートを入れ
さらにはシンク下より先日引っ越した友達からもらった45Lの名古屋市の可燃ごみ袋に袋ごと
入れた。
さぁ、またこの45Lがいっぱいになるまで少しずつ断捨離をしようとその場で決めた。
袋から取り出した紙やファイルをささっと、時々はじっくりと目を通した。
いくつかはもう「手放して大丈夫」と思い、さっと手放した。
まだ増えそうだったから、先日仕事の人からもらった大きなビニールの袋にその紙たちを入れた。
この後も、また紙関係のゴミが出るような、今だったらさっとゴミとして区分できるような気がした。
4年前、自分が企画した心理系のワーク用のコピーもたくさん出てきた。
原本はハードディスクに保管してあるから、またいつでも印刷できる。
しばらく使わないコピーの紙を見て、メモ用紙にすることを決めた。
気付かないうちにもう4年も経過したことに驚いた。
4年もあればもっと他のこともできただろうという思いもないわけではなかったけれど、それよりも
この4年という月日、本当に自分ががんばったなぁと思った。
何をやっても長続きせず、そんな自分に落ち込み、自分を責めて、どうするつもりなの?と自分に
喝を入れ…。
何もないようで色んなことがあり、さらには否応なしに自分の内面を見る羽目になったけれど、ここ
まで何だかんだとやってきたんだなぁと思ったら、「がんばった、がんばった」とそれが最初に自分
の中に出てきた。
透明の袋の中には、2009年の初めに1人でメキシコに旅した時のチケットやレシートがそのまま
になっているものも入っていた。
小さなノートに自分の軌跡を貼ろうと、ずっとそのままにしていたものだった。
ノートもそれ専用と言わんばかりにメキシコでメキシコ的なデザインのノートを買っておいた。
これまでも何度かやろうと思い、途中まで手を付けてあった。
ふと今やらずまたさらに先延ばしにしてどうするつもりだろう?と思い、30分もあれば終わるかな
と予測して、とりあえずのりを出してきてペタペタとチケットをノートに貼り付けた。
本当にその通り終わって、今とてもきれいな状態に落ち着いている。
そんな昔のものたちを、今も引き継ぎ残しておくことにどんな意味があるのかさっぱりわからない。
だけど、メキシコの軌跡については「捨てる」タイミングではないというのだけはわかった。
そしてもしかすると、一生捨てずに残しておくかもしれないということも。
関係ないけれど、その中の1つに「Gracias」と手書きで書かれたものがあった。
現地の人の文字で、「ありがとう」。
言葉を知ってるっていいなぁと久しぶりに感じた。
ファイルの中に、2005.6.19の日付で配られた資料があった。
この資料だけは、絶対に手放さない資料なんだということがわかった。
それまでの人生の中で、精神的に一番病んだ時に参加した福祉の勉強会でもらった資料だった。
資料そのものを読み返したのは、実は今日が初めてだった。
この資料を手放さない理由がある。
資料の余白にものすごくたくさんの書き込みがしてあるけれど、その書き込みがすごく良い。
落ち込みまくりだった当時、希望や闇の中に光る小さな光を見せてもらえた勉強会だった。
しかも、そのたった一度しか当たらなかった先生だったけれど、初めて福祉の現場で問題解決を
問題点ではなく本人の持ってる強みから解決しようという、当時のわたしにしたら奇想天外な方法
を教えてくれた初めての先生だった。
そしてその先生が実践を通して伝えてくれる言葉は、生き方そのものの大きなヒントがたくさん
詰まっていて、わたしは泣きながらその勉強会に参加したこともよく覚えている。
役目を終える過去、これから先にも続いていく過去、色んな過去と向き合いながら今回の断捨離
をすることになった。
良いものは良いし、いつか廃れるものは廃れる。
それぞれを区別しながら、今日という今をまた過去にする作業を続ける。
「○○したい」と考える前に動ける感覚に感動を覚えた。
最近は、「さて次どうしようか?何しようか?」と考えてから動くことが多いから、そんな手順を
吹っ飛ばして、「この部分を整理したい」と体が勝手に進めるのが妙に新鮮だった。
そもそも今日の断捨離は少しイレギュラーな断捨離だった。
これまでは「断捨離をしよう!」と思ってから何か手を付けて始めるところ、今日はそういうつもりは
なかったけれど、ふとクローゼットの奥にしまってあった透明の袋を見つけてしまった。
もっと言うと、ティッシュボックスの在庫があるかないかを確認したくて、手探りで探してみた。
ティッシュボックスはなかった。
その辺りには他にも、電化製品の説明書とアパート全般に関する契約関連の書類がひとまとめに
なって置いてある。
日常的には一切必要ないものたちだから、奥の隅っこの場所が丁度良かった。
ところがその例の透明の袋まで置いてあるのが目に入った。
何だ何だ?と思い袋をクローゼットの奥から取り出し、実際に中身を見てみると。
おおよそ4年前+それ以前の思い出の品や大切な情報だけを残しておいたファイルや紙だった。
多分この1~2年で大規模断捨離をして、最後まで捨てられずに取っておいたものたちをまとめて
入れておいたのだろう。
透明の袋は、母親が会社からもらってきたちょっと小洒落た袋だ。
この冬一度も袖を通すことのなかったもらいもののコートを持っていた。
これからも絶対に着ないとわかり、その小洒落た袋の中身を取り出し、代わりにそのコートを入れ
さらにはシンク下より先日引っ越した友達からもらった45Lの名古屋市の可燃ごみ袋に袋ごと
入れた。
さぁ、またこの45Lがいっぱいになるまで少しずつ断捨離をしようとその場で決めた。
袋から取り出した紙やファイルをささっと、時々はじっくりと目を通した。
いくつかはもう「手放して大丈夫」と思い、さっと手放した。
まだ増えそうだったから、先日仕事の人からもらった大きなビニールの袋にその紙たちを入れた。
この後も、また紙関係のゴミが出るような、今だったらさっとゴミとして区分できるような気がした。
4年前、自分が企画した心理系のワーク用のコピーもたくさん出てきた。
原本はハードディスクに保管してあるから、またいつでも印刷できる。
しばらく使わないコピーの紙を見て、メモ用紙にすることを決めた。
気付かないうちにもう4年も経過したことに驚いた。
4年もあればもっと他のこともできただろうという思いもないわけではなかったけれど、それよりも
この4年という月日、本当に自分ががんばったなぁと思った。
何をやっても長続きせず、そんな自分に落ち込み、自分を責めて、どうするつもりなの?と自分に
喝を入れ…。
何もないようで色んなことがあり、さらには否応なしに自分の内面を見る羽目になったけれど、ここ
まで何だかんだとやってきたんだなぁと思ったら、「がんばった、がんばった」とそれが最初に自分
の中に出てきた。
透明の袋の中には、2009年の初めに1人でメキシコに旅した時のチケットやレシートがそのまま
になっているものも入っていた。
小さなノートに自分の軌跡を貼ろうと、ずっとそのままにしていたものだった。
ノートもそれ専用と言わんばかりにメキシコでメキシコ的なデザインのノートを買っておいた。
これまでも何度かやろうと思い、途中まで手を付けてあった。
ふと今やらずまたさらに先延ばしにしてどうするつもりだろう?と思い、30分もあれば終わるかな
と予測して、とりあえずのりを出してきてペタペタとチケットをノートに貼り付けた。
本当にその通り終わって、今とてもきれいな状態に落ち着いている。
そんな昔のものたちを、今も引き継ぎ残しておくことにどんな意味があるのかさっぱりわからない。
だけど、メキシコの軌跡については「捨てる」タイミングではないというのだけはわかった。
そしてもしかすると、一生捨てずに残しておくかもしれないということも。
関係ないけれど、その中の1つに「Gracias」と手書きで書かれたものがあった。
現地の人の文字で、「ありがとう」。
言葉を知ってるっていいなぁと久しぶりに感じた。
ファイルの中に、2005.6.19の日付で配られた資料があった。
この資料だけは、絶対に手放さない資料なんだということがわかった。
それまでの人生の中で、精神的に一番病んだ時に参加した福祉の勉強会でもらった資料だった。
資料そのものを読み返したのは、実は今日が初めてだった。
この資料を手放さない理由がある。
資料の余白にものすごくたくさんの書き込みがしてあるけれど、その書き込みがすごく良い。
落ち込みまくりだった当時、希望や闇の中に光る小さな光を見せてもらえた勉強会だった。
しかも、そのたった一度しか当たらなかった先生だったけれど、初めて福祉の現場で問題解決を
問題点ではなく本人の持ってる強みから解決しようという、当時のわたしにしたら奇想天外な方法
を教えてくれた初めての先生だった。
そしてその先生が実践を通して伝えてくれる言葉は、生き方そのものの大きなヒントがたくさん
詰まっていて、わたしは泣きながらその勉強会に参加したこともよく覚えている。
役目を終える過去、これから先にも続いていく過去、色んな過去と向き合いながら今回の断捨離
をすることになった。
良いものは良いし、いつか廃れるものは廃れる。
それぞれを区別しながら、今日という今をまた過去にする作業を続ける。
2016年3月28日月曜日
猫と対峙
近所の大きな公園にはたくさんの野良猫が住んでいる。
捨て猫の名所なのか、野良たち同士が繁殖した結果、数が増えたのかは知らない。
とにかく至る所で猫を見かける。
本を読むのに景色も良く音も無音に近いベンチを探した。
菜の花と青い花がたくさん咲いている花壇を見渡せるベンチに腰を下ろした。
そのベンチは、大きな木の周りをぐるっと一周するような丸い形をしていて、詰めて座ったら20人
くらい座れるんじゃないかと思う。
花壇のさらに向こう芝生の辺り、距離にして5~6メートルは離れているところに野良猫が1匹いる
のが目に入った。
読書をしていると、もそもそと動く物体が目のはじっこに入ってきた。
本から目を離し、そのもそもその正体を確かめようと目をやると、先ほどの野良猫だった。
猫もベンチの上にひょいっと乗り、ひなたぼっこを始めた。
視線を感じて目をやると、わたしの方を向いている。
わたしも花壇ではなく体を90度右側に向き直し、猫と対峙できるような格好をした。
猫1匹とわたしはひたすら無言でお互いの動向を見守った。
ある程度時間が経過し、わたしが危害を加えるわけではないとわかると、猫はうたた寝するかの
ように目を閉じ、頭そのものもわたしと正面で対峙する感じから自分の楽な角度に少し変えた。
途中からわたしの方は、猫の耳に注目していた。
猫の耳は、音のする方向にぴくぴくと反応し向きを変えていた。
頭上からヘリコプターの音がすれば耳は直角に立ち上空の音を拾おうとしていたし、自分の背後
の方から自転車が通り過ぎる音がすれば耳も後ろから前へとぴくぴく忙しく動かし、音のなりゆき
を見守っているようだった。
その猫の耳の特性を観察しているうちに、人間の耳が固定であることにひどく感謝した。
小さいころからの癖で、わたしはたとえ目の前の人と真剣な話をしている最中でも、すぐ隣りや
後ろで他の人たちの会話が聞こえ、さらにその会話が面白かったりすると、話を聞くふりをしつつ
耳はしっかり他人の会話を拾い上げている。
人間の耳は音の方向に合わせて動いたりしないから、多分相手には気付かれない。
だけどもし猫の耳のように、音の方向に合わせて耳が動くなんてなったら、わたしは即座に「話を
聞かない人」の烙印を押されてしまう。
猫は猫が生きていくための、人間は人間が生きていくための、それぞれにとって都合の良い機能
をそれぞれが体の中に持っているんだなぁと感心した。
もしそれぞれが反対なら・・・。
人間は四六時中相手を怒らせることになりかねないし、猫は今度必要な音を拾えず生命の危険
まで出てくるかもしれない。
適材適所ではないけれど、やっぱりそれぞれ一番良いように体の形や機能というのは成り立って
いるんだなぁと1人で結論を出して、もう寒いから読書終了!とその場を去った。
捨て猫の名所なのか、野良たち同士が繁殖した結果、数が増えたのかは知らない。
とにかく至る所で猫を見かける。
本を読むのに景色も良く音も無音に近いベンチを探した。
菜の花と青い花がたくさん咲いている花壇を見渡せるベンチに腰を下ろした。
そのベンチは、大きな木の周りをぐるっと一周するような丸い形をしていて、詰めて座ったら20人
くらい座れるんじゃないかと思う。
花壇のさらに向こう芝生の辺り、距離にして5~6メートルは離れているところに野良猫が1匹いる
のが目に入った。
読書をしていると、もそもそと動く物体が目のはじっこに入ってきた。
本から目を離し、そのもそもその正体を確かめようと目をやると、先ほどの野良猫だった。
猫もベンチの上にひょいっと乗り、ひなたぼっこを始めた。
視線を感じて目をやると、わたしの方を向いている。
わたしも花壇ではなく体を90度右側に向き直し、猫と対峙できるような格好をした。
猫1匹とわたしはひたすら無言でお互いの動向を見守った。
ある程度時間が経過し、わたしが危害を加えるわけではないとわかると、猫はうたた寝するかの
ように目を閉じ、頭そのものもわたしと正面で対峙する感じから自分の楽な角度に少し変えた。
途中からわたしの方は、猫の耳に注目していた。
猫の耳は、音のする方向にぴくぴくと反応し向きを変えていた。
頭上からヘリコプターの音がすれば耳は直角に立ち上空の音を拾おうとしていたし、自分の背後
の方から自転車が通り過ぎる音がすれば耳も後ろから前へとぴくぴく忙しく動かし、音のなりゆき
を見守っているようだった。
その猫の耳の特性を観察しているうちに、人間の耳が固定であることにひどく感謝した。
小さいころからの癖で、わたしはたとえ目の前の人と真剣な話をしている最中でも、すぐ隣りや
後ろで他の人たちの会話が聞こえ、さらにその会話が面白かったりすると、話を聞くふりをしつつ
耳はしっかり他人の会話を拾い上げている。
人間の耳は音の方向に合わせて動いたりしないから、多分相手には気付かれない。
だけどもし猫の耳のように、音の方向に合わせて耳が動くなんてなったら、わたしは即座に「話を
聞かない人」の烙印を押されてしまう。
猫は猫が生きていくための、人間は人間が生きていくための、それぞれにとって都合の良い機能
をそれぞれが体の中に持っているんだなぁと感心した。
もしそれぞれが反対なら・・・。
人間は四六時中相手を怒らせることになりかねないし、猫は今度必要な音を拾えず生命の危険
まで出てくるかもしれない。
適材適所ではないけれど、やっぱりそれぞれ一番良いように体の形や機能というのは成り立って
いるんだなぁと1人で結論を出して、もう寒いから読書終了!とその場を去った。
2016年3月24日木曜日
カーテンの洗濯
2枚あるうちの1枚のメインカーテンを洗濯した。
カーテンを洗濯するだけで部屋の状態が良くなるとまたどこかで読み、早速やってみた。
今日は春一番と言わんばかりの突風の日で、元々乾きやすい素材のカーテンだったけれど、外に
干してわりかしすぐに乾いたと思う。
これまでも片手で数えられる位はカーテンを洗濯したことがあったけれど、一度も気付かなかった
「防炎」と赤字で書かれたマーク。
それがわたしのカーテンにも付いていたとは、今日の今日まで知らなかった。
学校のカーテンや大きな公共関係の建物のカーペットなんかにもよく付いているマークだ。
多分見たら、「あぁあれのことか!」と誰でも一度は目にしたことがあると思う。
わたしもよくは知らないマークだけど、なんとよく知っている方のお父様がその「防炎」の素材の
開発なのか何かに関わって、天皇陛下から表彰される○○勲章的なものをもらったそうだ。
最近ではなく、その導入された当時。
そんなすごいものだとは、わたしも、なんならその方もつい最近まで知らずにいた。
それがわたしの家のカーテンにも付いていて驚いた。
もう1つの薄い半透明のニトリで買ったカーテンには付いていない。
多分きちんとした素材だと付いてくる類いのマークなんだと思う。
たった1つのマークだけど、そこにこんな風に物語が生まれるのは素敵だ。
ちなみにその方もなぜ知ったかと言えば、お父様にしたらお孫さんにあたるその方の息子にその
話を家族の集いの席でしていて、初耳だったわそんなことと言っていられた。
今のアパートに移ってからずっと同じカーテンだけど、一度も飽きたことがない。
メインカーテンは探しに探して、なんと買う予定地にも入っていなかった東京の渋谷のロフトで
買ってきたことは記憶にある。
妹の結婚式のついでにふらふらと立ち寄った記憶がある。
最初ニトリで別のカーテンを買ったけど、取り付けたら気に入らずすぐに返品した。
薄い方のカーテンはとても気に入り、今もずっと使い続けている。
メインカーテンは気に入るまで妥協せずに探すことにしていたから、少しでもカーテンの取り扱い
があれば見て回っていた。
探し回っただけあり、今もずっとお気に入りのままだ。
今日洗濯をしてみて、改めて好きなカーテンだなぁと思った。
友達が紹介してくれた不動産の担当者の人が、遮光1級カーテンだと昼間でも本当によく眠れる
位に光を遮断してくれるからお薦めだよと教えてくれて、本当にその通りなことも何度も体験した。
どうしても昼間に熟睡する必要がある程の睡眠が必要な時は、カーテンを閉め切る。
言葉の通り、本当によく眠れた。
デザインだけではなく機能も抜群の、長年の相棒カーテンだ。
洗濯をしてカーテンを元に戻して気付いたことがある。
本当にただ洗濯をしただけでも、なんとなく部屋の空気が違う。
「清浄」という雰囲気をカーテンがまとってる感じ。
そう思って部屋を見渡した時、おおよそ自分の好きなもので満たした空間だなぁと気付いた。
部分部分、気に入らないところもあるけれど、8割は合格ラインだ。
自分が気に入って大切にしていると、それに物も応えてくれる気がする。
逆にいい加減な扱いをしていると、それまたそっくりそのままそういう表情が物に出てる気がする。
あとどの位お世話になるのか予測も立たないけれど、わたしの手元にある限りは愛でたいと
思っている。
カーテンを洗濯するだけで部屋の状態が良くなるとまたどこかで読み、早速やってみた。
今日は春一番と言わんばかりの突風の日で、元々乾きやすい素材のカーテンだったけれど、外に
干してわりかしすぐに乾いたと思う。
これまでも片手で数えられる位はカーテンを洗濯したことがあったけれど、一度も気付かなかった
「防炎」と赤字で書かれたマーク。
それがわたしのカーテンにも付いていたとは、今日の今日まで知らなかった。
学校のカーテンや大きな公共関係の建物のカーペットなんかにもよく付いているマークだ。
多分見たら、「あぁあれのことか!」と誰でも一度は目にしたことがあると思う。
わたしもよくは知らないマークだけど、なんとよく知っている方のお父様がその「防炎」の素材の
開発なのか何かに関わって、天皇陛下から表彰される○○勲章的なものをもらったそうだ。
最近ではなく、その導入された当時。
そんなすごいものだとは、わたしも、なんならその方もつい最近まで知らずにいた。
それがわたしの家のカーテンにも付いていて驚いた。
もう1つの薄い半透明のニトリで買ったカーテンには付いていない。
多分きちんとした素材だと付いてくる類いのマークなんだと思う。
たった1つのマークだけど、そこにこんな風に物語が生まれるのは素敵だ。
ちなみにその方もなぜ知ったかと言えば、お父様にしたらお孫さんにあたるその方の息子にその
話を家族の集いの席でしていて、初耳だったわそんなことと言っていられた。
今のアパートに移ってからずっと同じカーテンだけど、一度も飽きたことがない。
メインカーテンは探しに探して、なんと買う予定地にも入っていなかった東京の渋谷のロフトで
買ってきたことは記憶にある。
妹の結婚式のついでにふらふらと立ち寄った記憶がある。
最初ニトリで別のカーテンを買ったけど、取り付けたら気に入らずすぐに返品した。
薄い方のカーテンはとても気に入り、今もずっと使い続けている。
メインカーテンは気に入るまで妥協せずに探すことにしていたから、少しでもカーテンの取り扱い
があれば見て回っていた。
探し回っただけあり、今もずっとお気に入りのままだ。
今日洗濯をしてみて、改めて好きなカーテンだなぁと思った。
友達が紹介してくれた不動産の担当者の人が、遮光1級カーテンだと昼間でも本当によく眠れる
位に光を遮断してくれるからお薦めだよと教えてくれて、本当にその通りなことも何度も体験した。
どうしても昼間に熟睡する必要がある程の睡眠が必要な時は、カーテンを閉め切る。
言葉の通り、本当によく眠れた。
デザインだけではなく機能も抜群の、長年の相棒カーテンだ。
洗濯をしてカーテンを元に戻して気付いたことがある。
本当にただ洗濯をしただけでも、なんとなく部屋の空気が違う。
「清浄」という雰囲気をカーテンがまとってる感じ。
そう思って部屋を見渡した時、おおよそ自分の好きなもので満たした空間だなぁと気付いた。
部分部分、気に入らないところもあるけれど、8割は合格ラインだ。
自分が気に入って大切にしていると、それに物も応えてくれる気がする。
逆にいい加減な扱いをしていると、それまたそっくりそのままそういう表情が物に出てる気がする。
あとどの位お世話になるのか予測も立たないけれど、わたしの手元にある限りは愛でたいと
思っている。
2016年3月23日水曜日
他人のフリをする
昨日の夜、見知らぬ番号から電話がかかってきた。
その少し前まで、とても仲良くしている年上の方とその方が2日以内に決定しなければいけない
決断についての話をライン上でしていた。
わたしはその方からされた質問に対し、自分が思ったことと突拍子もない提案とをして終わった。
その方というのが、友人知人の付き合いで携帯を借りている。
事業の経費になるとかなんとかでその方が個人で使用するものとして貸与されているみたいで、
けっこう頻繁に番号が変わる。
毎回後から、「そうそう番号変わったの!」なんていう事後報告が何回もあるから慣れたもので、
決して相手もわたしに教えるのを避けたとかではなく、頻繁すぎて毎回忘れていたということが
これまでにも何回もあった。
丁度話し終わった後ということもあって、もしかしてその人からの電話かなと思って出てみた。
わたしは単に「はい」とだけ言って電話に出た。
その方なら「あー、ぶっしーちゃん!?わたし○○だけど…」と話し始める。
でも電話の向こうはそうは言わず、「Aですけれど、ぶしまたさんですか?」と聞かれた。
Aという名字を聞いて、すぐに誰かわかった。
そしてそのAさんは、わたしがいつだったか「もう生涯連絡を取らない人」認定をして携帯の電話帳
から削除した人だった。
わたしはとっさに「違います」とだけ答えた。
Aさんは続けて「以前この番号は、ぶしまたさんという方の電話だったのですが、違うんですね」
と言われた。
わたしはまたもや「違います」と答え、「すみません、失礼しました」とAさんに言われた。
わたしも失礼しますと言って電話を切った。
こんな風に自分の名字まで言い当てられてるのに、それでも「違います」と他人のフリをしたのは
初めてだった。
すごく変な感じだったけれど、Aさんとは本気でもう関わり合いたくなくて、咄嗟にそうした。
Aさんが困ったさんなのは、自分の扱っているサービスを押し売りしてくるところ。
何度も何度も断って、理路整然となぜ断るのかも全部説明しているのに、病気かと思う位に全く
話が通じない。
よく営業してるなぁと思う位。
とりあえずAさんとはそれっきりだからいいけれど、後から気付いたことがある。
わたしは自分の軸がぶれだすと、必ずと言っていい程こういう手の変な連絡がくる。
それも2年3年ぶりとかに。
Aさんに限っては4~5年ぶりかと思う。
Aさんの電話はわたしにとって、「自分の軸足を見てね」というメッセージだったと思ってる。
他人のフリすることが目的じゃなくて、「どうしたいの?」という問いかけの電話だったように、今
振り返るとそう思う。
今日になって先述の年上の方から別件でラインが来た。
その方が足繁く通っている勉強会なるものがある(わたしも話を聞いている)。
今度それを名古屋でもする流れになっているから、ごく近しい人だけ集めてやろうと思ってる、
そしてぶっしーちゃんを誘いたいという内容だった。
わたしは二つ返事で行くと言った。
つまるところ、普段の人間関係がどういう風かで、相手が紹介するサービスなり会なりにわたしも
参加するかどうかを決める。
例えばAさんともとっても良い関係を普段から築けているのであれば違ったと思う。
でもAさんはわたしをカモとしてしか見ていない。
話を少しするだけでそれはよくわかる。
Aさんのサービスに関しては、それを全く別の人からも話を聞いたことがあるし、なんならわたしは
そのサービスの軸となる書籍まで読んだことがAさんに知り合ううんと前にあったから、決して悪い
ものとは捉えていない。
だけどそうした行き違いから、もう連絡を取ることさえ嫌になってしまう。
1本の電話から色んな事を学んだ2日間だった。
その少し前まで、とても仲良くしている年上の方とその方が2日以内に決定しなければいけない
決断についての話をライン上でしていた。
わたしはその方からされた質問に対し、自分が思ったことと突拍子もない提案とをして終わった。
その方というのが、友人知人の付き合いで携帯を借りている。
事業の経費になるとかなんとかでその方が個人で使用するものとして貸与されているみたいで、
けっこう頻繁に番号が変わる。
毎回後から、「そうそう番号変わったの!」なんていう事後報告が何回もあるから慣れたもので、
決して相手もわたしに教えるのを避けたとかではなく、頻繁すぎて毎回忘れていたということが
これまでにも何回もあった。
丁度話し終わった後ということもあって、もしかしてその人からの電話かなと思って出てみた。
わたしは単に「はい」とだけ言って電話に出た。
その方なら「あー、ぶっしーちゃん!?わたし○○だけど…」と話し始める。
でも電話の向こうはそうは言わず、「Aですけれど、ぶしまたさんですか?」と聞かれた。
Aという名字を聞いて、すぐに誰かわかった。
そしてそのAさんは、わたしがいつだったか「もう生涯連絡を取らない人」認定をして携帯の電話帳
から削除した人だった。
わたしはとっさに「違います」とだけ答えた。
Aさんは続けて「以前この番号は、ぶしまたさんという方の電話だったのですが、違うんですね」
と言われた。
わたしはまたもや「違います」と答え、「すみません、失礼しました」とAさんに言われた。
わたしも失礼しますと言って電話を切った。
こんな風に自分の名字まで言い当てられてるのに、それでも「違います」と他人のフリをしたのは
初めてだった。
すごく変な感じだったけれど、Aさんとは本気でもう関わり合いたくなくて、咄嗟にそうした。
Aさんが困ったさんなのは、自分の扱っているサービスを押し売りしてくるところ。
何度も何度も断って、理路整然となぜ断るのかも全部説明しているのに、病気かと思う位に全く
話が通じない。
よく営業してるなぁと思う位。
とりあえずAさんとはそれっきりだからいいけれど、後から気付いたことがある。
わたしは自分の軸がぶれだすと、必ずと言っていい程こういう手の変な連絡がくる。
それも2年3年ぶりとかに。
Aさんに限っては4~5年ぶりかと思う。
Aさんの電話はわたしにとって、「自分の軸足を見てね」というメッセージだったと思ってる。
他人のフリすることが目的じゃなくて、「どうしたいの?」という問いかけの電話だったように、今
振り返るとそう思う。
今日になって先述の年上の方から別件でラインが来た。
その方が足繁く通っている勉強会なるものがある(わたしも話を聞いている)。
今度それを名古屋でもする流れになっているから、ごく近しい人だけ集めてやろうと思ってる、
そしてぶっしーちゃんを誘いたいという内容だった。
わたしは二つ返事で行くと言った。
つまるところ、普段の人間関係がどういう風かで、相手が紹介するサービスなり会なりにわたしも
参加するかどうかを決める。
例えばAさんともとっても良い関係を普段から築けているのであれば違ったと思う。
でもAさんはわたしをカモとしてしか見ていない。
話を少しするだけでそれはよくわかる。
Aさんのサービスに関しては、それを全く別の人からも話を聞いたことがあるし、なんならわたしは
そのサービスの軸となる書籍まで読んだことがAさんに知り合ううんと前にあったから、決して悪い
ものとは捉えていない。
だけどそうした行き違いから、もう連絡を取ることさえ嫌になってしまう。
1本の電話から色んな事を学んだ2日間だった。
2016年3月22日火曜日
春分の日と体
2015年の春分の日前後は、大きく体調を崩し、さらにどんどん広がる全身の湿疹をどうすること
もできず、最終的に皮膚科に通院した。
春分の日あたりは、とりあえず体調を崩しやすいということがわかり、今年はかなり気をつけて
自分の体調を見守っていた。
今年はパソコントラブルに見舞われたものの、とりあえず体はいつもと変わらない感じだったから、
安心していた。
とにかく無事に春分の日を通過!と思って、昨日の夜、ご飯を食べていた。
ベーコンとエリンギの洋風炊き込みご飯を食べていたら、突然「ゴリっ」とした物体に行き着いた。
農家から直接譲ってもらうお米を両親が送ってくれるため、時々石は入っている。
最初石かと思った。
出してみて、それが石ではないというのがすぐにわかった。
もしや!と思って鏡を見たら、右下の奥歯の歯が半分ほど欠けていた。
昨日は振替休日で、歯科医院は当然休み。
夜も9時近く。
まだ3口程しか食べていなかったけれど、こんな状態で食べて良いものかどうかもわからず、食事
は中断、すぐに歯磨きを開始した。
素人が見ても、虫歯とわかる。
痛みは一切なかったけれど、この数年、時々ストレスや疲れが溜まると痛む歯のところだった。
ずっと痛ければ歯医者に行くものの、すぐに痛みが消失するからずっと放置。
まさかこんなに悪化してるとはゆめゆめ思わなかった。
ネットで調べたら、歯は牛乳につけると良いとあり、本当にたまたま牛乳を持っていたから(普段
常備はしていない)、タッパに歯を入れて牛乳に浸けた。
あとは歯医者を探した。
うちの近所にはいくつか歯医者がある。
ネット検索して知ったことだけれど、コンビニと同じ位、歯医者もあるのだそう。
言われてみれば、うちの近所に、知ってるだけで6軒は確実に場所を知っている。
ネットで調べたら、徒歩圏内だけで20軒以上はヒットしたと思う。
歯医者の口コミなどほとんどなかったけれど、一番近いところの口コミが良かったから、今朝開始
時間に合わせて行ってきた。
待つのかと思いきや、すぐに見てもらえた。
さらに受付の女性、歯科衛生士の女性、男性の歯科医、全員がすごく良い方たちばかりで、本当
にそこにして良かった。
技術の程度とかはわからなかったけれど、こちらが安心できるように話してくれるから良かった。
銀歯になることはほぼ確定だけれど、歯が残せるのは良かった。
神経に達していたら神経を抜くことも言われたけれど、幸いそこは無事だったらしい。
自分のこの丈夫な体、そして丈夫な体を授けてくれた両親に心底感謝した。
自分で言うのもなんだけど、わたしは基本的に体が丈夫だと思う。
1年前の湿疹も困ったけれど、あれ以降は落ち着いている。
高校生の時に発症した椎間板ヘルニアも、今は魔法の腹巻ならぬコルセットのおかげで、本当に
腰痛から解放されている(痛くなったら着用すると、数日の間で治る)。
歯も、今日の歯科衛生士さんから「虫歯になりにくい体質ね。歯強いわね」とお誉めの言葉を
いただいてきた。
頭痛は年に数回しかならないし、おなかは弱めだけど日常生活に支障が出ることはない。
もう何年と発熱もしてなければ風邪も引いていない。
目はメガネやコンタクトがあるから大丈夫。
本当に恵まれている体だなぁと思う。
歯が欠けたことも色々調べていくうちに、とても良い意味付けがあることを知った。
ターニングポイントだとか、古い殻が外れ新しい流れが始まるとか。
不具合は不具合ではあったけれど、それ以上に得るものも大きかった歯の事件だった。
人によって体の状態は様々だと思う。
わたしの場合は、季節の変わり目というなら、春分の日が一番大きく体が反応しているように
思う。
これまで自分の体をきちんと見てこなかっただけに、そういうことを気をつけられるようになった
のは嬉しい。
もできず、最終的に皮膚科に通院した。
春分の日あたりは、とりあえず体調を崩しやすいということがわかり、今年はかなり気をつけて
自分の体調を見守っていた。
今年はパソコントラブルに見舞われたものの、とりあえず体はいつもと変わらない感じだったから、
安心していた。
とにかく無事に春分の日を通過!と思って、昨日の夜、ご飯を食べていた。
ベーコンとエリンギの洋風炊き込みご飯を食べていたら、突然「ゴリっ」とした物体に行き着いた。
農家から直接譲ってもらうお米を両親が送ってくれるため、時々石は入っている。
最初石かと思った。
出してみて、それが石ではないというのがすぐにわかった。
もしや!と思って鏡を見たら、右下の奥歯の歯が半分ほど欠けていた。
昨日は振替休日で、歯科医院は当然休み。
夜も9時近く。
まだ3口程しか食べていなかったけれど、こんな状態で食べて良いものかどうかもわからず、食事
は中断、すぐに歯磨きを開始した。
素人が見ても、虫歯とわかる。
痛みは一切なかったけれど、この数年、時々ストレスや疲れが溜まると痛む歯のところだった。
ずっと痛ければ歯医者に行くものの、すぐに痛みが消失するからずっと放置。
まさかこんなに悪化してるとはゆめゆめ思わなかった。
ネットで調べたら、歯は牛乳につけると良いとあり、本当にたまたま牛乳を持っていたから(普段
常備はしていない)、タッパに歯を入れて牛乳に浸けた。
あとは歯医者を探した。
うちの近所にはいくつか歯医者がある。
ネット検索して知ったことだけれど、コンビニと同じ位、歯医者もあるのだそう。
言われてみれば、うちの近所に、知ってるだけで6軒は確実に場所を知っている。
ネットで調べたら、徒歩圏内だけで20軒以上はヒットしたと思う。
歯医者の口コミなどほとんどなかったけれど、一番近いところの口コミが良かったから、今朝開始
時間に合わせて行ってきた。
待つのかと思いきや、すぐに見てもらえた。
さらに受付の女性、歯科衛生士の女性、男性の歯科医、全員がすごく良い方たちばかりで、本当
にそこにして良かった。
技術の程度とかはわからなかったけれど、こちらが安心できるように話してくれるから良かった。
銀歯になることはほぼ確定だけれど、歯が残せるのは良かった。
神経に達していたら神経を抜くことも言われたけれど、幸いそこは無事だったらしい。
自分のこの丈夫な体、そして丈夫な体を授けてくれた両親に心底感謝した。
自分で言うのもなんだけど、わたしは基本的に体が丈夫だと思う。
1年前の湿疹も困ったけれど、あれ以降は落ち着いている。
高校生の時に発症した椎間板ヘルニアも、今は魔法の腹巻ならぬコルセットのおかげで、本当に
腰痛から解放されている(痛くなったら着用すると、数日の間で治る)。
歯も、今日の歯科衛生士さんから「虫歯になりにくい体質ね。歯強いわね」とお誉めの言葉を
いただいてきた。
頭痛は年に数回しかならないし、おなかは弱めだけど日常生活に支障が出ることはない。
もう何年と発熱もしてなければ風邪も引いていない。
目はメガネやコンタクトがあるから大丈夫。
本当に恵まれている体だなぁと思う。
歯が欠けたことも色々調べていくうちに、とても良い意味付けがあることを知った。
ターニングポイントだとか、古い殻が外れ新しい流れが始まるとか。
不具合は不具合ではあったけれど、それ以上に得るものも大きかった歯の事件だった。
人によって体の状態は様々だと思う。
わたしの場合は、季節の変わり目というなら、春分の日が一番大きく体が反応しているように
思う。
これまで自分の体をきちんと見てこなかっただけに、そういうことを気をつけられるようになった
のは嬉しい。
2016年3月21日月曜日
再生する力
昨日書いた記事の続き(『永遠に失われた文字、そして残ったもの』)
ものすごくうまく書けたと思った文章が、何かの誤作動でパソコンから全て消えてしまった件。
今日書けるかどうか最初は自信がなかったけれど、とりあえず再挑戦してみた。
書けたら嬉しいけれど、書けなくても仕方ないと割り切れる位に今日は気持ちも回復していた。
書き出して気付いたのは、昨日とは違う仕上がりに、昨日とは違う言葉のチョイスに、そして昨日
とはまた違う感情が湧きながらの文章ではあったけれど、自分には忠実に書けていた。
同じものは二度と書けなくても、書いている自分の中に湧きあがるものは一緒だった。
それは絶対になくならないもので、私自身でさえも自分からは奪えないものだった。
最近、心の底辺に居座っている心配事というか懸念事項がある。
かなりしぶとい。
自分でもお手上げに近い状態が続いている。
ところが今、その心の底辺にあるものはそのままで、昨日の文章を再生させた。
自分の書いたこと・書く行為は、心の底辺に居座っているものと何ら関係ない。
むしろそんな状態でも書けることに驚いている。
自分という一人の人間の中にふたつの別の回路が存在しているかのよう。
1つの回路は心の底辺の方で沸々としている。
もう1つの回路は、そんなのおかまいなしに、ひたすら指を使ってパソコンのキーを叩いている。
自分はそんなに器用なはずじゃないのに、器用にこなしている。
そして、最初とはところどころ違った文章が最後完成品となって現れた時、自分の中の再生する
力に目を見張った。
自分が書く文章とも当然一期一会だから、昨日のような全てのデータがぶっ飛んだ時は、もう
どうすることもできない。
それでももう一度わたしは書き直し、半分は新しい気持ちで、残りの半分は昨日の余韻で、ただ
ひたすら出てきたものを綴り続けた。
「再生」これが1つの大きなテーマなんだろう、今書いていてそんな風に思った。
ものすごくうまく書けたと思った文章が、何かの誤作動でパソコンから全て消えてしまった件。
今日書けるかどうか最初は自信がなかったけれど、とりあえず再挑戦してみた。
書けたら嬉しいけれど、書けなくても仕方ないと割り切れる位に今日は気持ちも回復していた。
書き出して気付いたのは、昨日とは違う仕上がりに、昨日とは違う言葉のチョイスに、そして昨日
とはまた違う感情が湧きながらの文章ではあったけれど、自分には忠実に書けていた。
同じものは二度と書けなくても、書いている自分の中に湧きあがるものは一緒だった。
それは絶対になくならないもので、私自身でさえも自分からは奪えないものだった。
最近、心の底辺に居座っている心配事というか懸念事項がある。
かなりしぶとい。
自分でもお手上げに近い状態が続いている。
ところが今、その心の底辺にあるものはそのままで、昨日の文章を再生させた。
自分の書いたこと・書く行為は、心の底辺に居座っているものと何ら関係ない。
むしろそんな状態でも書けることに驚いている。
自分という一人の人間の中にふたつの別の回路が存在しているかのよう。
1つの回路は心の底辺の方で沸々としている。
もう1つの回路は、そんなのおかまいなしに、ひたすら指を使ってパソコンのキーを叩いている。
自分はそんなに器用なはずじゃないのに、器用にこなしている。
そして、最初とはところどころ違った文章が最後完成品となって現れた時、自分の中の再生する
力に目を見張った。
自分が書く文章とも当然一期一会だから、昨日のような全てのデータがぶっ飛んだ時は、もう
どうすることもできない。
それでももう一度わたしは書き直し、半分は新しい気持ちで、残りの半分は昨日の余韻で、ただ
ひたすら出てきたものを綴り続けた。
「再生」これが1つの大きなテーマなんだろう、今書いていてそんな風に思った。
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