2019年5月13日月曜日
【断る力】の抜き打ちテスト
[前回のブログより]
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・2人の人からの頼まれごとを、迷ったのに引き受けたこと
→「断る力」が必要だったんだと今は気付いた
共通点は、自分の本音を言えてない。
頼まれごとは一度引き受けたものの、本当に一番はじめに自分の中に湧いたのは、「引き受けたくない」だった。
ただそれをどう伝えるかを考えたり相手の状況も読みすぎて、「断る」勇気がなかった。
自ら招いたことで、自分で反省しつつ、ちょっと在り方を今後考えるというか今までとは違う行動の選択肢が必要だと感じている。
ちなみに2人目はさすがに自分で気付いて、私ではなく他の方法で解決出来そうなやり方をやんわりと伝えてみた。
そちらで動いてみるとのことで、そこで何とか終わってくれるといいなぁと思っている。
今後それでもまた来た時は、できる範囲で今回はやるけれども次回からは条件付けて引き受けることをはっきりと言おうと思っている。
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この話の続き。
これをアップした3時間後ぐらいに、2人目の友達から連絡が来た。
「断る力」テストが実施された( ̄∀ ̄;)。
もちろん抜き打ちテスト(T_T)。
結果から言うと、私は断ることができただけじゃなく、なんと友達から「ありがとう」とまで言われたv( ̄∀ ̄)v
美談(?)を書こう!そうしよう!と思って書いている。
美談の前に、その美談直後に知り得たことを2つほど。
1つは、もしかして今、「自分の本音を言う」「断る・NOと言う」ことが私だけじゃなく、多くの人のテーマかもしれないということ。
美談の後(←「美談」と呼ぶあたり( ̄∀ ̄;))、毎週日曜日楽しみにしているホロスコープの記事を読もうとそのサイトを開いた。
1週間の星の動きから考えられる影響とその影響を感じるだろう私たちの心とを繋げて素敵な文章を綴る方がいる。
自分で言うのもなんだけど、私そういう文章や情報を見つけるのがとてつもなく上手いv( ̄∀ ̄)v。
その人のこともどうやって行き着いたのかさっぱり覚えていないけれど、たしか今年に入ってから見つけたものだったと思う。
開いてみたら、「番外編」となっていた。
こんなこと初めてで、恒例の週間ガイダンスは休止で、その人の近況が書かれていた。
その方も絶賛体調不良、そしてその体調不良が体そのものよりメンタルから来ている感じだった(←本人談)。
それだけでも驚きだったのに、さらに驚いたのはそのメンタル不調の原因に「伝えられなかった」「言えなかった」ことを挙げていた点。
えっΣ(꒪◊꒪ )))) ??
何このシンクロ???と思った。
体調不良はまだいいとしても、その不調の原因に挙げていることまで重なるって何だ何だ⁇と思った。
ふと気になって今自分で書いた「5月のメッセージ」を読み返した。
【自分の想いを自分の言葉で表現していく】
うん、書いた。
たしかに書いた( ̄∀ ̄;)。
だけどカードを見ていて浮かんできた言葉だけを書いていたから、その言葉の意味は書いている時にはわからなかった。
「自分の想いを自分の言葉で表現していく」って聞こえはいいけれど、これ、私の場合、「断る」とか「NOと言う」という意味だった模様( ̄◇ ̄;)。
これ書きながら、目の前でスズメがピーチクパーチクと絶え間なく鳴いている( ̄∀ ̄;)。
まるで「おまえも喋っとけ!」と背中を押すみたいに…(゚o゚;;)。
だから、自分の思いを外に向けて出すのは、今回の私みたいな「断る」とか「NOと言う」場合も含まれるらしい。
もう1つ知ったのは、ただいま19日満月に向けて大浄化促進期間らしい。
もちろんそんな調べ物じゃなくて、別の調べ物してたら、2人立て続けに「今浄化のエネルギーがとても強いから、体や心にある不要なエネルギーを手放しさせられる」みたいなことを言っていて。
おかしい∑(ΦдΦlll)!!、と思ってきちんと調べたら、どうやら毎年4月下旬から5月のどこかであるさそり座満月を「ウエサク月」と呼ぶらしく、それが天界と地上のエネルギーが互いに行き来する状態になる模様。
きちんと調べてないから気になる方は「ウエサク月」で検索してください(ペコリ)。
私が頭の中で解釈したのは、
[さそり座=支配星冥王星=破壊と再生]
だから、しかも
[さそり座の満月=さそり座の性質が満ちる]
すなわち
[破壊と再生が強調されやすい]
だった。
さそり座の満月は1年通じて1回しかないから、その時に破壊と再生エネルギーが上昇しやすいのは、頭ではなんとなくわかった。
で、【浄化】とか言われてもいまいちわからないけれど(私みたいに体調不良になれば別だけど)、調べた中でキーワードがいくつかあって、それがまさにこれから書くこととも繋がっている。
自分の本心ではないもの、自分が望んでいないもの、もうそれイヤ!となっているもの、断ち切りたい悪しき人間関係や習慣、ドス黒い感情とか、そういうのを一掃するための破壊と再生エネルギーが強く働いている模様。
それを自分の中から吐き出して、そうすると身軽になって新しいスタートを切る準備が整うから、そのための大浄化祭らしい。
渦中は強烈だけど、良き方向に行くための準備運動として受け入れるしかないんだな…と調べながら思った。
論述ばかりしても仕方ないから、「断る力」のその後の話を始めようと思う。
今回の友達からの頼まれごとは、「英語」だった。
最初連絡が来た時に、私はすぐには「はい」と返事しなかった。
ちなみに、最初に思ったのは「やりたくない」だった。
「やりたくない」とストレートに言える時はいいけれど、そこに色んな事情が挟まっている場合、「やりたくない」と即座に言い切れる人は何人いるんだろう。
しかも事情や相手との関係性に色んなものがくっついていたら、より言いにくい。
ちなみに今回の依頼者とは長い付き合いの友達、細かい事情も知っている、無下に断ることは今後の関係性をおかしなものに向かわせるかもしれないから断るにしても超配慮が要る。
というスタートだった。
私の中で断る時に断りにくい断トツの人たちは、「親しい人」とか「お世話になっている人」。
断る時に心苦しさもあり、でも安易に受けると自分の首があとから絞まるから避けたい。
こういう時、人間って面倒くさいなぁと思う。
ロボットならスパッと「それはできません」と言うか「はい、かしこまりました。ご用命の際にはもう一度お呼びください」と感情なくしてやれるんだろうなぁなんて想像する。
私が最終的に一次対応としてしたのは、
・量と内容を見て、すぐ終わる場合はいいけれど、そうでなければ直接伺う+有料
の提案だった。
必殺「返事を濁す」、はいもいいえも言わないことでその場をしのいだ。
上に書いたみたいにストレートには言っていないけれど、友達はその返信にOKだった。
(友達から有料で英語の仕事をまかったことがあるから、お金がかかることを言うのはそこまで大変なケースじゃないのが今回は救いだった)
だけど、私の中でスッキリとしなかった。
細々としたことがある度に私は今後毎回こんな葛藤を体験するのか…と予想できて、それは嫌だと思った。
しかも線引きが難しすぎる。
話がかなり脱線するけれど、私が人に頼めない、頼むことをものすごく苦手とする理由は、実は自分側の体験がものすごく関係している。
最近、それも今年に入ってから気付いたけれど、私が頼めないのは私が頼まれる側をこれまでたくさんしてその時の気持ちを嫌と言うほど味わってきたからだった。
自分が人に頼むことを苦手とするのは30代の途中から気付いて、だからそのこと自体は別に目新しい発見でもなかった。
ただ何で苦手なのかがわからなかった。
親に自立ばかりを促されたから?と思っていたけれど、そうじゃなかった。
人に頼まれることの内容が私の場合、すごい専門性を帯びていて、本来ならお金をもらってやるようなレベルのものを頼まれることが多かったからだった。
若干タチが悪いのは、その専門性の高い内容を私はある程度普通にやれてしまって、自分の中でもそれでお金をもらう発想が長いことなかった。
私がそんな風だから、頼む側の人たちもかなり気軽に頼んできていた。
お金云々と言うよりも、本当にそのことに私もエネルギーを使う、確実にエネルギーを使う、それに対して頼む側の人たちがそのことに対して私と同じかそれ以上に軽視してる節があるのは気付いていた。
だから私はやると確実に疲弊する。
その流れがわかっていたから、だから私は相手に何かを頼むのはその人にとってそれがどんな負担になるのかを考えると頼めなくなる。
自分が頼む側になる時、お金で解決できるものの方がむしろ楽で、お金を介さないものの時ほどどうしていいか毎回かなりな確率で悩む。
ただ今回は完全に専門性を帯びたもので、頼んだ側と私側との温度差がかなりあるのはわかった。
そしてふと気付いたのが、私が「了解!」と一言言うことで相手は私がそれをどう感じてるかさえ思いを馳せず頼んでもいいんだ、ぶっしー嫌がってないし、ってなるんだろうなぁとまで想像した。
それは完全にそう思わせてもおかしくない私側の返答に問題があるとわかった。
今回軽々しく引き受けたら、次も絶対にその流れを継続してしまうと思った。
ヤバイ、手を打とう、そう思った。
で、私は日にちを置いて、次なる作戦に出た。
今回頼まれたことに対して、「とらの巻が市販されてると思うから、探してみて」と連絡した。
私が「やりたくない」と言えない代わりに、私は代替え案を考えた。
困っているのはわかっていたから、その解決策、しかも今回だけじゃなくて長期的な解決策になってくれそうなものをチラつかせるという手段に出た。
友達は喜んでくれたしお礼まで言ってくれて、逆に自分のこの小賢しいやり方にウンザリしつつ、これでちょっと様子を見ようと思った。
友達は週末に探しに行くと言って、実際にゲットして、とりあえず問題解決したことを連絡くれた。
とここまでは良かった。
これは私の心の中の話だけど、私は今回まだはっきりと断るとかNOということをしてないから、多分それをしないといけない状況が来る気がする(ΦдΦlll)とヒッソリと思っていた。
ビンゴーー( ̄∀ ̄;)!!!
友達からとらの巻を買った報告と共に、言い添えられていた。
「もしそれでも解決しなかった時は聞いてもいい?お願いします」
的な返信。
ドタッ←倒れる音。
もう意を決して言うしかない。
30分ぐらいiPhoneとにらめっこしながら文章を書いた。
好きな人に告白するのとは別のすごい緊張を伴う作業だった( ̄∀ ̄;)。←愛の告白はあくまで方便(遠い目)。
寿命が悪い意味で縮まりそうだった。
もう頭の中の知恵を総動員して、なんとか友達に悪い風に伝わらないように、そしてそれは友達に対してどうこう思っているということではなく、私側の負担が増えてそれが私が嫌なことだということも強調した。
過去にも他の人たちから頼まれて、みんなに言っていることでもあることも伝えて、もし今後必要なら私の方は有料対応ですることを提案した。
何に対してごめんねかもわからず、だけど思わず
「本当にごめんね、こんなこと言い出して。
でも、過去に安易に引き受けてあとで自分の首がしまって大変だったから、私側のスタンスを伝えようと思ってね。
私側の勝手な話だから、少しでもわかってもらえたらありがたいです」
と結んで送った。
感謝が湧くように、「ごめんね」も自動的に湧くらしい( ̄∀ ̄;)。
いや、でも本当にごめんなさいとは思った。
友達は良識ある人だし意味不明なことを言いだしたりもしないからその辺りは心配していなかったけれど、それよりも友達がこれで私と距離を置くとかはなるべく避けたいなぁと思った。
そんなことで距離を置かれては私が悲しい。
親しい仲だからこそ、その辺りのさじ加減が難しい。
よく知らない人の方が断りやすいし言いやすい。
だから、何か営業とかされても、私は色々面倒だから即断るのはわりかし得意な方だと思う。
それをどうしたって発揮できないのが親しい人たち。
友達からものすごく丁寧な返信が返ってきた。
内容を要約すると
・ぶっしーに時間をかけてもらうつもりはなかった
・軽い気持ちで送ってしまってごめんね
・本当に困った時は頼りたいけどいい?
・気になるところがあったら言ってね
それに対して私はこれ以上ないぐらいにお礼を伝えて、困った時はまとめての対応ですることで合意は取れた。
さらに、友達から最後に「本当、ぶっしー色々ありがとね!」と来た。
ということで一件落着!!!
実際にやってみてわかったのは、やっぱり言わないと伝わらないこと、わかってもらえないことがあるということ。
引き受けた時点で、相手側はそれをOKだと当然思う。
自分もそれで納得していることならいいけれど、納得できてないことならそこは言う必要がある。
やり終えて真っ先に浮かんだのは、
「体張って自分のことを守れるのは自分しかいない」
ということだった。
もちろん誰かが守ってくれることもあると思う。
だけど、基本的に私に代わって私の不快とするところや苦手とするところ、やりたくないことを毎回毎回察知してくれて、私の代わりに代弁してくれたり守ってくれる人なんて誰もいない。
言い方はもちろん考える必要がある。
相手が大切な人なら尚更のこと。
だけど、相手がどんなに大切でも、やっぱり自分に対して自分が苦となるものはさせられない。
その時は自分のために自分が立ち上がるしかない。
超怖いし、何もしなくても勝手に解決して欲しいけれど、そんなことはない。
自分のために勇気を出すこと、自分のために動くことの大切さを今回は学んだように思う。
[写真説明]
今回の話とは全く関係ないことだけれど、仕事で仲良くなった人がある時私に上の写真を送ってきた。
プロセス好きの人で、応援しているプロレスラーの人が何を言っているのかネットの翻訳システムでもわからなかったから訳して欲しいというものだった。
成人した子どもがいるとはとても思えない綺麗な人で、こういうタイプの女性がモテるのではないかと思った。
いつか男性が書いたコラムで、「ギャップを感じさせる趣味を持ってる女の人はポイント高い」とあって、その趣味の例にプロレス観戦が挙げられていた。
私もモテたかったら、プロレス観戦を趣味に持ったらいいんだろうか( ̄∀ ̄)。←動機がおかしい。
それはいいとして、あの写真のように短い文章を訳すのは、「これ何の苦行ですか?」と思ったぐらいに辛かったし難しかった(T_T)。
知らない単語だけならまだしも、なんと辞書を引いても意味が通じないものがあった。
最後の単語「vibras」。
「振動する」という意味の動詞の名詞形だというのはわかった。
vibrasという単語単体では辞書になくて、それに近いもので、振動する大人のおもちゃの名前はあったΣ(꒪◊꒪ )))) 。
直訳して、「あなたたちのGOODな大人のおもちゃありがとう」では当然おかしなわけで、うっかりそうだったとしてもそんな和訳を送るのは絶対に避けたい。
っていうか、そもそも応援してくれているファンに向けてそれはないでしょう?と思って、私は次なる手に出た。
サイト名は知らないけれど、今世の中には便利な翻訳サイトがあって、「これって〇〇語でどういう意味?」的な質問が誰でもできるようになっていて、そしてそれを母国語で話す一般人の人たちが自由に返信するシステムになっている。
今回みたいな単語や独特の言い回しで辞書にないものは、そのサイトが超重宝する。
これまでスペイン語で使ったことなかったけれど、あまりにもわからないからその単語を入れて検索したら出てきた!
中南米のどこかの国の言い回しで、相手にとっての良いものやgood luck的な意味だということがわかった(今再度調べたら、「コロンビア」の人たちが答えていたから、多分コロンビアのスラングみたいなものだと思う)。
ということを、スペイン語と英語の両方で説明されている文章を読んで、それで最後私が日本語に訳したのがこちら↓↓↓。
【友よ、俺の大腿四頭筋が引き裂かれてしまって約3週間(プロレスから?トレーニングから?)離れなきゃいけなくなった。またすぐに会おう!俺のための応援、本当にありがとう!】
これ訳すの、本気で30分もかかって、お願いしてきた人には今回が最初で最後の翻訳ですということは大変さと共に伝えて了承してもらった。
っていうか、大腿四頭筋ってどこ?
大腿四頭筋がそもそも引き裂かれるものかは知らないけれど、正しい日本語での負傷時の言い回しを知らないから、そこは直訳した。
ニュアンスで肉離れみたいなイメージなんだろうか?
それって3週間で治るの?
とまぁ色々突っ込みどころ満載だったけれど、もはや私には終わることがすべてで中身は何でも良かった。
ちなみにこんなの全然まだかわいいレベルの頼まれ事で、私が過去に引き受けた諸々は全く笑えない、本気でこれは何の得があって?みたいなものが色々来ていた。
「断る力」「NOという勇気」は、今後も私の中で大きなテーマなんだろうなぁ…と思っている。
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