「今は膿出しの時期です」は本当だったと思う。
ホロスコープ講座のU先生からは5月に、そしてヒーラーのOさんからは6月に言われた。
7月の終わりから、いよいよ本格的な膿出しが始まった。
見通しの甘さを感じる。
8月に入る頃、私は何かしら自分の方向性を出してるのかと思ってた。
それが全くで、どうするつもりでいるんだろう?と思った。
何日かあたふたした。
そして昨日7月31日から少し方向性を変えた。
多分外側を固めても今回はダメだろうこと。
とことん自分の内側を見ないと突破しないことに気付いた。
そこで今日(8月)1日の夜からは、ものすごいエグいことをしている。
自分が嫌だと思ってる自分や今の問題点をとにかく思いつくままに書き出している。
ここはまだエグくない。
エグいのはこの後。
「私がその全部が欲しくてそうした負のものたちを手にしてるとしたら、それでどんな私の願いが叶っている?」
おかしな質問だけれど、ここまで困った状況になってでもそれをある意味受け入れてる自分がいて、これは間違いなく潜在意識が見せてくれてる私の心の中なわけで、その意図を今見ようとしている。
頭ではそんなの欲しくないって思ってる。
でも現実手にしてるのは、その欲しくないものばかり。
もう小手先の解決法じゃダメだとわかったから、自分の中を見まくってる。
この困った状況を前に、私自身が本当に欲しいものも同時に手にしている。
それがわからないことには次適当に動いても多分また途中で息が切れる。
だから、もう徹底的に自分と向き合おうと思った。
8/2 0:53
毒出し何日目か知らないけれど、かなりいい線にまでたどり着けた!
久しぶりにかなりガッツリとワークをした。
ワークと言っても、すべて思いつきで、思いついたことをとにかくやった。
常に自分の中だけ見てると、精神的にかなりダメージを食らうから(1日中筋トレできないのと一緒)、行き詰まったら休んだり逃げたりしながらやった。
数日やった中で1つだけ決断できたこと。
とにかく自分のペースでいいから、今自分の頭の中にある方向で動いていくこと。
少しずつでもいいから、とにかくそちらに向かうこと。
ホロスコープもかなり調べた。
持ってる本の中で、ここ20年前後の日食と月食の一覧表があったから、それを見て色々調べた。
先月ホロスコープ鑑定のS先生の話を聞いた時、日食や月食の角度と自分の個人天体の角度がほぼぴったり重なるのは18年に1回ぐらいの確率と聞いてはきた。
私の見間違いとか間違えた解釈の可能性も十分にあるけれど、私の場合、元々天体自体が360度の円の中のあちこちに散らばってることもあって、18年に1回どころか毎年ぐらいな勢いで日食や月食が起こるたびに何かしらの天体と重なりを見せてた。
蝕が起こるたびに影響は出やすいだろうし(確かに結構なビッグイベントの時期と重なってた)、この確率具合だと18年なんて待つこともなくその前に何かしらの影響を受けやすいことだけはわかった。
さらに色々突き詰めていくと、はっきり言って「逃げられない」というのが私の感想だった。
話は少し変わるけれど、こんなことまでホロスコープに出てるの⁉︎と思ったことがあった。
今指折り数えて39ヶ月=3年3ヶ月、もしかしたら3年半ぐらい私は社会人になって以降トータルで働いてない期間がある。
出産・育児とか介護、療養、進学とかならわかる。
私の場合そうじゃない。
いわゆるニートの期間がトータル3年以上ある。
ちなみにこれ30歳過ぎてからの話。
働き方そのものは、0か100みたいな働き方をする。
例外的に3月までしてた仕事はそういう感じではなかったけれど、社会人になってから就いた仕事は、基本的に100と言うより100以上のエネルギーを使う感じだった。
(ちなみに3月までしてた仕事は、仕事では100のエネルギーは要らなかったけれど、別の部分に膨大なエネルギーが注がれた。)
私はそういう自分の働き方についてもかなり納得できないというか、自分で自分が何をしてるんだろう?と疑問に思ったり自分を責めたりしたことはかなりある。
そんなことを調べてたわけではなく、別のことを調べていたら、なんとその理由が出てきた。
しかも、何人もの占星術家が言うということは、かなり鉄板な法則なんだと思う。
私の持ってる星の特徴の1つは、働き方が0か100の両極端になりやすいということだった。
(ちなみにこの配置は、冥王星6ハウス。「冥王星とバーテックスの合」を調べていたら、そちらではなく0か100の働き方の話がやたらとヒットした。)
だからブラック企業みたいなところでも働いたし、能力以上の仕事が回ってくることも多々あった。
私どんだけ優等生なの⁉︎というぐらいに、働き方は星に出てる通りの働き方をしていた。
ちなみに引きこもりやすいこともしっかり出てるし、そういうのを好む傾向があることも、本当に嫌になるぐらいホロスコープに自分の性格や性質が出ている。
ちなみに引きこもりではなく、自分と志を同じにするような人たちと繋がっていくことがテーマとしてあるから、このすぐに引きこもるのも課題の1つだと思う。
多分だけれど、私がこれから少しずつでも本格的にやることは、多分死ぬまですること。
そして、私の場合、好きですると言うより、やらざるを得ないというような感じでやるんだと思う。
もうそういうタイプの相もはっきりとホロスコープに出ている。
(さっきの「バーテックス」と冥王星、そこに太陽と月、他にもいくつかの主要なものたちがコラボして、そういうタイプの意味を生み出してる。)
「そういう可能性もあります」じゃなくて、私のは「そうなっていきます」の方だった。
で、わかる。
そうなっていきますに相応しいアイテムがこれまでの人生の中でもたらされていたこと。
そして、その天体に合う自分の使い方を始めたら、私の場合は死ぬまで100の方向に行くと思う。
ガンガン働くと言うよりも、自分を捧げるぐらいな勢いで何かをやっていく、そしてそういうことがS先生が言う「プライベートがない」にも繋がっていくと思う。
プライベートなく仕事をするんじゃなくて、今このブログを書くみたいに、個人の活動の領域と社会活動の領域が常に表裏一体みたいな風になるんじゃないかと思ってる。
その境界線がなくなるとか、そんなイメージを勝手に持ってる(イメージと言うよりむしろそうなって欲しいという希望)。
これはまだ動いてないから、想像の域の話。
話が飛躍しないように気をつけるけれど、この数ヶ月でわかってきた自分の特質的なもの、能力と呼ぶにはずい分と抵抗があるけれど、そうしたものが何で(手元に)あるのか?ということもかなり考えた。
私の場合、欲しくてそれを手にしたわけでもなく、自分で必要と感じて習得したわけでもない。
気付いたらもうそうなっていたし、しかも私は気付くのに少なくとも10年はかかってる。
今回毒出しの時に、視点を変えてみた。
もしかして私が選んだんじゃなくて、その特質的なものの方からそれをする人を選んだんじゃないかと思った。
選民意識もないし、むしろもっと適当な人いるでしょう?と本気で思っているけれど、もうどういうわけか私のところにきた。
もしこれが与えられてるものだとするなら、使わなくていいから与えられてるとは考えにくい。
使うために与えられてるとするなら、余計と「使わない」選択肢はなくなる。
鑑定の時S先生も言ってたなと思った。
私が星を使うんじゃなくて、星にどうぞ私を使ってください、みたいな生き方だと説明された。
多分このことだと思う。
もっと言うと、30代以降出逢った人たちというのが、実はすごい特殊な人たちだと気付いたのは最近だった。
そういう「自分を使ってください」的な生き方の見本みたいな人たちに何人か出逢えた。
心理学でもコーチングでもカウンセリングでもヒーリングでも、とにかく今は色んなスクールや講座が溢れ返っている。
カオスなのは間違いない。
そして怪しいものや根拠のない詐欺まがいなものも横行してるのは知ってる。
そんな中、私が知り合った先生や個人事業の人たちは、みんな総じて何かの能力に秀でていて、そしてその秀でてるものは誰にも真似できないものだった。
各自がオリジナルで、そのオリジナルの感じは他に類を見なかった。
例えば、私が2年ほど受け続けたコーチングの個人セッションは、世間一般で認識されてるコーチングとはずい分と違っていた。
そのコーチングは、自分の深い意識にどんどん入っていくような、不思議な感覚のものだった。
やってることは、本当に話をしてるだけだった。
しかもかなり支離滅裂に。
目標は1つも立てなかったし、宿題や課題もなかったけれど、なんと私はその何もしない状況で、体の病気は良くなるわ、仕事の売上や契約率は上がるわ、働き方も良い風に自然に変わっていくわで、これが何なのだろう?と思っていた。
だから、その秘密が知りたくて、私はコーチングのスクールにその後2年ぐらい毎週通った。
一般に広く知れ渡ってるだろうコーチングも受けに行ったことがある。
あまりの違いに驚いた。
ちなみに、これは超主観だけれど、世間一般のコーチングで「本物」の力を持ってる人たちはごく一部だと思う。
今思い出した人が1人いて、ブログを見てきた。
こう言ってはなんだけど、はっきりと「深さ」が違うというのがわかったコーチの人がいた。
違うというのは、「こんなレベルでお金もらえるんだ⁉︎」という、失礼極まりないことを思った人だった。
私は話してすぐに「この人にはわかってもらえないし、多分話したところで表面的なことしか言えないだろうなぁ」と感じた人だった。
発する言葉にも考え方にも奥行きがなくて、表面だけきれいに生きてきた人、言葉は悪いけれどそう感じた。
その人自身も不妊治療しても子を授かれなかったという体験がある。
だけど、それ以外は順風満帆みたいな人で、コーチングも単に本人がしたくて始めましたというものだったから、何かが根本的にズレてた。
私の入り方が良いとは言わないけれど、私の場合、このままいくと人生がヤバすぎる!という生きてることそのものの恐怖感から藁にもすがる思いで受けたのがきっかけだった。
だから、受けたいとか興味があったとかではなく、もう何でもいいからこの状況を何とかしたい!という感じだった。
相手の人の人生が順風満帆かはわからないけれど、話してる時の感じでわかる。
この人には込み入った話は、どこをどう切り取ってもできる雰囲気は皆無だった。
そして深い話をしたとしても、多分この人返せないし、本当に私が必要とするフィードバックはできないと踏んだ。
だから私は当たり障りないテーマにして、その時間をやり過ごした。
コーチングではなく、ダメな例を学びに行ったお金だと割り切った。
で、その人。
名前も忘れたから、そこの地名とコーチングで検索して見た。
直近のコラムも読んだ。
本当に当時と何も変わってなくて、変わってないのに値段だけはビックリするぐらい高くなってた 苦笑。
ダメな例はさておき、私が「この人凄い!」と思った人たちは、もう何をどうしたらそんなことができるの?という人たちばかりだった。
同じようなジャンルなら、その人の右に出る人はいないだろうなぁというか、その人と同じことなんか誰もできないと思った。
その中には、本人が望む望まないは別にして、何かしらの技能を持っていて、それで仕事をしてる人たちもいた。
その中の1人が言っていた言葉があった。
そもそも見えない世界のことを仕事にする人というのは、本人がしたいとかしたくないとかいうレベルではなくて、やらざるを得ない流れになるし、その流れに行くまでにもそれ相応の体験をすると。
私はそれを聞いて「私はそちらから呼ばれてないからやらない」と思った。
それを思ったのは2015年と2016年の春。
今2018年になって、半信半疑で、自分もその体験をする側なんではないかと思い始めてる。
その人の言う霊的な世界とは交信しないけれど、人の心という意味では見えないものだから、そうした方向に行く、それもかなり深く入っていく、そんな気がする。
もう少し言うと、私は周りの人たちからそれとなくそういうことは言われてた。
私は言われるたびに気のせいだと流した。
私が凄いと思った人たちのようには到底できないし、足元にも及ばないどころか活動域が違うと言えども同じレベルの土俵になんて上がれそうにもない。
なんだけれども、気付くと私が今持ってることたちというのは、体験・経験という意味では世間一般ではあまりそんなに幾つも当たりカードを出すなんてないわけで、でもその当たりカードがいつの間にかかなり揃ってた。
例えば先に出した、私が低レベルだと感じたコーチングとかカウンセリングなんてのは、私の場合、対比材料として時々は体験してくる。
だけど、本物の方が体験した中の全体の9割以上を占める。
見えない世界のものを扱ってる人たちの9割はニセモノで、1割以下しか本物はいないと言われている。
その1割しかいないとされる本物たちに、私は9割の確率で当たる。
そしてニセモノの9割には、1割程度の確率でごくたまに当たる。
袋の中に、白い玉が1つ、黒い玉が9つあったとして、その中で無作為に選んだら毎回白なんて普通はありえない。
だけど私にはありえた。
それは見る必要や知る必要があったからだと思う。
でなければ、前情報を何も知らないのに毎回毎回そんな風に本物に当たるなんて普通はない。
さらに言えば、私はその中で自分が探し当てた人は多分2人だけ。
あとは全員人からの紹介だった。
探し当てたのだって、その後実際に流れた風な展開を期待して探したんじゃない。
先のコーチングのように自分に困ったことが起きて、それを何とかするべくプロの力を借りようと考えた先にいる人たちだった。
そうしたら、それ以上の何かを持ってる人たちで、心底驚いた。
もうそろそろそういう自分の生き方を受け入れざるを得ないところに来ている。
今も疑う気持ちも気のせいだと思う気持ちもある。
少しずつそちらに動こうと考え出した今、私の中で勝手に思っていることがある。
もし方向性が違えば、容赦なく違いますよのサインが来るだろうし、結果もついていかない。
違ってたらその時にまた仕切り直せばいいかと思った。
もうここまで来て今さら安定の仕事に就けるわけもない。
自分を生きていくしかない、そういう気持ちを徹底的に自分の中で確認した時間だった。
そんなこんなのことを毒出しとしてやっていた。
今さらだけど、自分がこれまで手にしてきた、心の中を見ていく手段もホロスコープもとても大活躍した。
自分の中を見るのは、最初はすごく抵抗が出るし、見たくない自分はじゃんじゃか出てくるし、できれば楽しく愉快に自分とは付き合いたい。
でも痛みだけは、自分に向き合った分、そこから少しずつ癒しのプロセスが始まる。
私は体を動かすことは興味がないからストレッチでも運動でも長続きしないけれど、心の中を見て自分に付き合うのはそうしない方が自分にとって毒だとわかるから継続して取り組めたし、これからも取り組むと思う。
そして何よりも、自分が楽になれる。
うやむやにして不安や恐怖を自分の中で拡大させるよりは、さっさと見てとりあえず知っておくだけでもいいから何かしらタッチしておけば、後々自分にとって楽になる。
そしてホロスコープ。
これは私の中で最高の自己肯定材料だと思ってる。
過去の色んな体験、そして社会的に後ろ指差されるような体験、又は自分でも扱いづらいと思う自分自身、それら全部がホロスコープには刻まれている。
大人の発達障害の人たちが大人になってから自分の障害を知って、自分の特性は障害だったと知ってホッとしたというのは、私は直接当事者からも聞いたことがあるし、テレビや書面での記事なんかでも見る。
私はあの気持ちがわかる気がする。
私のホロスコープにあるものは、まさに私で、自分はそういう設定で生まれてる、又はそういう人生を決めて生まれてきた、と思う方が本当に楽になれる。
ある意味あきらめがつくし、自分を責める必要がなくなる。
代わりに、今度はその自分で楽しめる方法を模索しつつ色んな方法を試しつつ生きたらいい。
世間一般で良しとするような生き方には多分ならない。
人と同じような生き方をしようとしても、どこか無理がある。
世間とか周りの人たちからもたらされた価値観ではなく、自分の中の価値観で自分を見ることができるのが、ホロスコープだと思う。
心理的なアプローチだけでは私なんかはどこか自分を疑う気持ちが消えないけれど、ホロスコープで私はこういうところを持ってると客観的に言われたら「そうなんだ」と納得しやすい。
訳のわからない能力的なものだって、そういうものを持って生まれてるとわかれば、もう仕方ないかと思える(気がする)。
↑多分ここまでが8/5書いた気がする
毒出し続行中。
やっと終わった!いいところまできた!と思ったけれど、そうではなかったらしい。
この心の具合の悪さは、日食の影響ということにしよう!と仮定してる。
そう思う方が自分責めなくてよくなるから。
今回の日食のテーマは、さすがに調べた。
普段は「あ〜、日食なんだね〜」ぐらいな緩い感じで、知ったとしてもスルーしてたけれど、今回は色々内側から毒的なものがどんどん出てくるから調べた。
ビンゴで、今はそういう時期らしい。
だから、この毒出しでぐったりしてるのは、日食の影響ということにした。
こういう時、感情のアップダウンの振り幅はかなりでかくなる。
アップよりもダウン側に↓↓↓。
これは何回体験しても未だに慣れない。
毎回強烈に不安になる。
もう一生このままならどうしようかと途方に暮れる。
落ちる時の振り幅はデカイくせして、上がる時は微々たるもので自分でも気をつけて見ないとわからないぐらい。
8/6 23:00
今日(8/7)も多分引き続き毒を出す作業をすると思う。
昨日も相当具合が悪かったけれど、日中に1つ、そして夜になってまた1つ、これまで自分が捉えてなかったヒント的なサイトにポンと突然アクセスできた。
私は行き詰まると、ネットサーフィンをする。
こういう時はそもそも弱ってるから、余計と言葉に対するセンサーが高まっていて、自分にとって良いものにアクセスできる可能性が高くなる気がしている。
このアクセスは大切で、自分の毒出し的な状況だけを見ても良くなったのかそれともまだ停滞したままなのかはわからない。
だけど、アクセスしたものたちを見て、毒出ししたことでスペースができたなと思った。
入って来た情報の質が自分の心のバロメーター的な役割を果たす。
これまでにない視点だったから、あぁそんな見方があるんだと目からウロコだった。
それは毎回私が毒出し的なことをする度に引っかかるポイントで、そのポイントはもう一生付き合って自分を少しずつでも緩めていくしかないかな…というものだった。
自己否定する力に色んな負の力と負の価値観が引っ付いて、それを私は日々見えないところで自分で自分に与えてる。
これまでも色んな形でメスを入れてきたけれど、もうそういう自分と上手く付き合うしかないかなと思ってた。
本当にそれはその通りなんだけど、今回確実に今まで思ってもいなかった形でのヒントが来て、とにかく驚いた。
心の反発も半端なく出るだろうことは想像できるけれど、どっちみち毒出しなんてのは反発や抵抗が出るから、それならそうと、ちょっと違うのを試してみようかな、という感じ。
毒出し日記はまだまだ続くから、とりあえずここで1回アップしてしまおうと思う。
8/7 7:06
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