・その人無口な人ですね
・霊性が高い人です
・霊性が高いからと言って、そうした見えない世界に興味があるかと言えば、多分興味がないタイプだと思います
・その人がいるとその場の空気が浄化されます
・その人自身がまとってる空気が軽いです、だからそういう人がその場にいると場が軽くなって良い風になります
・その人がいた場所はそんなふうじゃなかったですか?
・全体的に女性が苦手なタイプの人だと思います
・繊細な人です
・細かいことによく気がつきます、人が気付かないようなところまで気付くタイプだと思います
・色々感じてしまうタイプだから、自分で相手に何かを感じると自分から相手と距離を置くタイプかと思います
・武士俣さんがぐいぐいいくとそこに怖れを感じて遮断するような感じじゃないですか?
度肝を抜かれた。
ホロスコープの講座の後、ヒーラーのOさんと会って勉強会を開いた。
Oさんに言われたことが上のことだった。
「僕には顔が見えるわけでもないし、その人の性格も知りません」と前置きされた上で言われたことが上のことだった。
私は上の特徴を持った人の話は一度もOさんにしたことがない。
あまりにも個人的な話だから、勉強会には全く関係ないし、それについて話を聞いて欲しいとか癒して欲しいとかそんなこと一切思ったことがないから、それを今日話の中でOさんから突然切り出された時には度肝を抜かれた。
「武士俣さん言ってもいいですか?」と。
「実は前回7月に会った時から気付いていました」とまで言われた。
Oさんが気付いていても何もなかったかのように素知らぬ顔をしてくれてたことに最大の感謝と敬意を表した。
というか、何1つ話もせず、その気配すら1ミリも出さなかったのに、何でOさんにはわかるのか、どう見えてるのか不思議で仕方なかったけれど、もう開いた口が塞がらないとはこのことだった。
私は最後に聞いた。
私が変な念を相手に飛ばしたりしてないか、と。
Oさんに言われた。
変な念ではないけれど、相手のことを思い浮かべれば多かれ少なかれそこに質量を帯びます。
良い悪いはないですが、どうしても思いが乗ればその分その思いに質量を帯びるのは避けられません。
僕が奥さんや子どものことを考えたらそこに何かしら質量を帯びるのと一緒です。
と説明された。
これまで好き放題に書いていたけれど、その部分だけは控えようと思った。
書いてしまったことは今さらなかったことにはできないし、とりあえずそのままにしておこうと思ってる。
だけど、私が相手に負担となるものを与えるのは、私としてもやりたいことじゃない。
Oさんみたいに見えないエネルギーに精通してる人が、何の情報もなしにそれだけのことを言ってくるわけだから、相手に変な風に影響が出てもおかしくないし、もしそうならそれはいけないと思った。
ごめんなさい、なんて言葉を言うのも変かなと思ったり、じゃあありがとうと言うのもこれまた変かな…と思った。
もちろん、その人にはものすごく感謝している。
生きる喜びや生きる力を私から引き出してもらえたから。
だけどそれはそれだし、そこでその人に変なものを送っても良いとは思わない。
悪くはなくても、良いというのとも違うんだろうなぁと。
今日も目の前で目に見えないエネルギーがどんな風に影響するかの実演を見せてもらって(←見るだけ。習ったりはしてないしできない)、見えないからと言ってないわけじゃないことを立証してもらった。
自分でもどう整理していいのかよくわからないけれど、少なくとも本当に変な負担にだけはたとえ見えなくても生み出したくはないから、それだけは気をつけようと思う。
とりあえず一番手っ取り早くできるのは、綴らないこと、書かないことだから、それは守ろうと思う。
私の行き過ぎた部分は今さらどうにもできないけれど、今この瞬間からは気をつけられるから、それだけは気をつける。
私は確かにものすごい量の言葉を書く。
量としては異常過ぎるぐらいかもしれない。
ただ、すべての書く行為の中で、その人にまつわることは、他の書き物とは全く違っていた。
大切な命の時間だった。
自分の中で、他の書き物にはない何か特別な感じを常に持っていた。
そうした特別な時間を特別なものを私は得ていた、そして感じていた。
今のこの文章も同じ。
ごちゃごちゃ考え出すと、また余計なことを書きそうになるからこのままアップしよう。
ありがとうの気持ちは多分これからも消えない。
そこだけぶれないように、努めようと思う。
同じ時代に生きて逢えた喜びをもらったわけだから、それに対してありがとうの気持ちはこれから先も変わらない。
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