朝いつも通りギリギリのくせして、どうしても気になってノートを開いた。
やっぱり今日だった。
「9/7(木)
朝Nさんから◯◯さんの異動(10/1付)を聞かされる」
3年前の今日だった。
ノートを仕事に持って行った。
今の職場も昼休みになると電気を消す。
薄暗い感じが当時と似ている。
いる場所も風景も人もみんな違うけれど、当時と同じ感じを少しでも復元したかった。
ノートをカバンに突っ込んで家を出た。
同じ9月7日が始まる。
3年前と今とでは全然違うけれど、同じ日が始まる。
3年が早かったのか遅かったのかよくわからない。
異常な速さの時もあれば、泥の中を歩くようにねっとりと絡まったみたいに遅く感じる時もあった。
未来なんか何も見えなくて、現実は受け入れられなくて、何もかもすべてが嫌になるくらいのことの方が圧倒的に多かったけれども、それでも3年が経った。
3年も経てば多くのことは忘れていく。
だけど、知らされたその瞬間からその後の色んなことは事細かに覚えている。
別に記憶しようと思ったわけじゃない。
だけど、あまりにも衝撃が大きすぎて、今でもかなりはっきりと覚えている。
その時、Nさんと私だけが事務所の中にいた。
Nさんがいつになく神妙な面持ちで私に話しかけてきた。
普段の感じとは全然違っていて、何の話かと思った。
少しだけ嫌な予感はしていた。
その日は掃除の日で(いつもは水曜日なのに、その週はなぜか木曜日だった)、掃除の時にNさんともう1人の事務さんが送別会の話をしていた。
送別会……。
消去法で、その人しかいなかった。
話が途切れ途切れでよくわからなくて、わからないのをいいことに「その人ではない」ということにとりあえずしようとした。
そうしたらNさんから単刀直入に
「◯◯が異動します」
と言われた。
自分がどんな顔で聞いていたのかもわからないし、ようやく一言言えたのはいついなくなるかだけを聞いた。
1日付で異動。
3週間あるかないか、そして引越しもあるから実際にはいつまでいるかはわからなかった。
今はこんな風にして書いているけれども、その時はあまりの衝撃に本当に卒倒しそうだった。
鈍器で殴られたみたいに頭がドンと重くなって、私の中の色んなものが止まってしまった。
この時ばかりは、喋らなくていい仕事に心底感謝した。
本当は泣きたいくらいに嫌だった。
実際にその日のその人の声を初めて聞いた時、私はロッカーの扉を盾にしてコッソリ涙を浮かべてた。
泣こうと思って泣いたのじゃない。
いつも通りにファイルの片付けか何か書類をしまうかをしていた。
ちょうどその時、2メートルくらい離れたところの自席にいるその人が電話をしていた。
天は一体何物与えたら気が済むのかわからないけれど、その人の声は本当にきれいな声をしている。
透き通っているというか、とにかく声の音色みたいなのがとってもきれいで、顔もイケメン、体格もイケメン、そして声までイケメンと一体何拍子揃ってるのかと思うくらいに、とにかくきれいな声をしている。
声フェチじゃないし、普段人の声を気にかけてなんかいないけれど、その人の声だけは違った。
とにかく耳を澄ましていつも聞いていた。
声が小さいから、お願いだから周りの人たち黙って!!!と思ったくらいに、少しでも声量が私の耳に着実に伝わるように、耳を澄ましていた。
私はキャビネットの扉越しにその人の声を聞いていた。
聞きながら、もうこの声を聞けなくなるんだ…と思ったら涙が出てきた。
今確実に、声が届く距離にお互いがいて、その人が何かを口から発すれば、その声が私の耳に届く。
私に話しかけてなくて良くて(そもそも私に用事なんかないから話しかけられたことは数えるほどしかなかった)、とにかく声が聞けるだけで私は良かった。
透き通るようなその声は、声が単にきれいとかいうことよりも、私はどういうわけかその声を聞いて無意識レベルで安心するところがあって、それでその心の安定剤的なものを求める感じで耳を澄ましていたというのが近い。
声を聞いて安心するなんて本当にこれまで生きてきた中で他に体験したこともなくて、当時はそういう自分にも引いていた。
色んなことを美化したり誇大評価しているのかと思った。
喋ってみたら全然波長が合わなくて幻滅するかもしれない!とかいう、そういうことも思ったことがあった。
で、声の正体というか大きなヒントは、その人がいなくなってだいぶ経ってから知った。
声というのも波動の一種で、それが心地良いとか良いと感じるのは、縁深いということらしい。
頭で考えて導き出せるものではないから、そして相手の声がいいとか私みたいに安心するなんていうのは、自分の細胞内に組み込まれたプログラムみたいなもので、それがきちんと無意識レベル、魂レベルで何かを感じていると解説があったのには、後々ものすごく合点がいった。
話を戻そう。
電話の時、その人は当たり前だけど、私ではない誰かに話しかけている。
だけど、私にはそれが誰相手の電話でも良かった。
声を聞けることが大事だったから。
確実に振動となって耳に伝わるその人の声は、秋が本当に来たなという頃にはもう聞きたくても聞けない距離に行ってしまうんだと思ったら、私は仕事中なのも飛んで、涙がにじんだ。
その人がいなくなるのは、私にとって死によって全てが無くなるみたいな感覚と一緒だった。
大げさな言い方に聞こえるかもしれないけれど、本当にそういう感覚だった。
余命宣告されたみたいな、確実に終わりがくる、それを静かに待つしかないみたいな心情だった。
今この瞬間に耳に届く声はもういなくなって普通に聞こえなくなって後にはもう何も残らない、そんな日が確実にくるとわかっても私には到底受け入れられなかった。
自分を支えてるものが足元から崩れ落ちる、そんな感覚だった。
その人にとって私が何でもないのはわかっていた。
関係とかわかりやすい何かとかそんなのはなくても、せめて私の生きる世界にその人のことを置いてください、と誰に何にお願いしたらいいのかわからなかったけれど、本当にそういう心情だった。
すべてがどうしていいのかわからなくなったあの時から今日で丸3年。
真っ先に「自分がんばったな」と思った。
違った。
それは多分2番目くらいに思ったこと。
多分本当の最初は「繋がった」だった気がする。
まさかの展開だった。
その後さらに拒絶と言わんばかりの態度を次々にくらって、本当に半永久に治らない複雑骨折みたいな心の状態になってしまったわけだけど、受け入れられない現実+その人からのさらなる受け入れられない態度のダブルパンチで本当に心は完全に壊れた。
それが3年くらいすると、ブログを通じて不思議な繋がり方をするなんて、想定外すぎた。
そんな3年先の未来なんて、想定外すぎた。
ちなみに毎回しつこいけれど、「繋がる」とか言っても他に適当な言葉を持ってないからそういうだけで、厳密には何て言うんだろう?ひそかに接点とも呼べないような接する点がある、みたいな感じ。
でもそんなの文章で毎回書いてたらくどいから、だから便宜上「繋がる」と書いてるだけ。
あの日、異動を告げられて、これ以上ないくらいに気持ちが落ちて、もう永遠に交わらないんだと思って死にそうになってた。
「死」という言葉を安易に使うのは普段好きじゃないけれど、本当にそういう気持ちだった。
今日仕事から家に帰る車の中で、当時のことを思い出していた。
身体が覚えていた。
当時の感覚や気が遠くなる感じ、なんなら泣きたくなるその感覚まで、再現できてしまうほどに覚えていた。
大事なことだから記憶したのかショックが大きすぎて記憶したのかはわからない。
だけど、鮮明に覚えているもんだなぁと今振り返って思う。
ちなみにその次に大きく落ちたのは、その人の持ち物が職場から姿を消した時だったなぁ…というのも一緒に出てきた。
たった1枚の防寒具が姿を消しただけで、ものすごい衝撃を私にもたらした。
その時が本当にいなくなってしまうんだ、と実感できた時かもしれない。
今日も今日とてなんなんだこの内容…状態だけれど、今回はなるべくきちんと時間軸に沿ったものをアップしたいから、このまま読み返さずにアップしようと思う。
この週末に行ってきたとある喫茶店の中に置いてあった絵本。
宮沢賢治推しな店のようで、他にも宮沢賢治の雨ニモマケズの本人が書いた紙のコピーみたいな紙が店内に額入りで飾られていた。
絵本の中まで見れなかったけれど、表紙の絵に惹かれて1枚写真を撮ってきた。
色んな意味で惹かれた絵だったけれど、今「だからだ…」と気付いたことがある。
表紙の雨の様子、それがまさに色と言い雨の感じと言い、その人の異動を知らされた日の天気とそっくりだった。
絵にも惹かれたけれど、それは記憶の中のあの日のことと繋がるから、だから惹かれたのもあると思う。
この世の終わりみたいな悲しい感じと、悲しくても雨も降るし日は沈んでまた昇るのも一緒なのも、その中でも生き続けなきゃいけないことへの望みのない感じも、色んな当時の気持ちが織り混ざったまさにその感じと絵とが重なった。
もう1枚の写真は、当時のノートに今日の日付印を記念に押してきた。
何の記念ということもないけれど、なんとなくそうしたくてそうした。
手書きの9/7は今日じゃなくて、3年前の同じ日のこと。
どうでもいいことだけれど、このノートのこのページを私はこの3年間で数え切れないほどの回数目を通した。
二度とは戻らない日々でも、せめてノートの中だけではそれを再現して思い出したくて、何回も何回も飽きることなく開いている。
そうやって私は自分をこの3年間支え続けてきたんだなと思う。
本当にがんばった、真面目にそう思っている。
そして、とても不器用そうなその人もその人にとって怖いことに向き合い続けた3年だったんだと思う。
沈黙を貫きながら何かに向き合い続けた、その3年の重さを思う。
比べることなんてできないけれど、その人はその人のテーマにとことん向き合った苦しさを想像すると、私には想像もできない苦しさやしんどさがあったんじゃないかなと思う。
何度も言うけれど、ホロスコープから知る自分の人生や自分というものを本当に知りたくて、そしてそれを私に読ませてくれるのなら、私はいつでも喜んで星読みをする。
いつでもどうぞ〜。
星読みは星読みという名のその人自身の魂からのメッセージを私が通訳することを依頼されてるように思っているから、私情抜きの公人としてやります。
どこまでも自分をフラットにして、来るメッセージをひたすらキャッチして言葉に紡ぐ、そこに徹するのが私にできる最大のことだと思っている。
もう収集もつかないし眠くなったしで、このままアップ。
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