2019年3月25日月曜日

奇跡の果実▷ウラ話⦅18⦆Messages from …








【写真説明】※すべて詳細は本文

1枚目:カードを迎えて初めてのセルフリーディングの結果

2枚目:うわさのゴブリン

3枚目:カードが私に一番伝えたいメッセージ

4枚目:カードから見た私の第一印象

5枚目:38のカード

6枚目:39のカード



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【おことわり】

今回も長編です。内容は、時間をかけて読む価値があるかと聞かれると、超微妙です。オラクルカードとかメッセージと呼ばれるものにご興味があれば、多少は時間をかける価値があるかもしれません( ̄∀ ̄;)。
とにかく、価値など保証できないので、とりあえず先に【おことわり】を付けました。
あえて言うなら、眠れない時にはその辺の睡眠薬よりもよほど眠気を誘ってくれるかと思われます←書いてる途中で何度も寝落ちした実績あり( ̄∀ ̄;)。

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40歳の誕生日プレゼント、『The Enchanted Map Oracle Cards』(オラクルカード)を迎えた時のセルフリーディング。

セルフリーディングとは、自分でカードから自分宛てのメッセージを読み解くことを指すと私は理解している。

特に、カードを初めて迎えた時に、そのカードの特色や自分へのメッセージや印象をカードに聞くのは大切なようで、きちんと基礎基本をしっかりやっているカードリーダーさんは必ずやっている。

常識みたいな感じかと思いきや、それは私が見た2人のカードリーディングされる方たちがたまたまそうだったようで、ネットで検索してもその情報は出てこなかった。

『奇跡の果実』シリーズが終わった時に、正式にカードリーディングされる方の紹介をしようと計画中。←ご本人にも問い合わせて了解を得た(♡´艸`)♡

たまたまカードを迎えた時の儀式的なことを知ったと言えども、すっごく使えていいなぁと思うから、今後オラクルカードとかをお迎えされる方はぜひお試しください!

私は2人の合わせ技を使ってしていて、それをするだけでカードと仲良くなれる気がする!

そして、それは一生の中で一度しか引くことのできない機会だから、この上なく大切な機会と捉えている。

場の清め方とかシャッフルの仕方とか色々流儀が存在するのかもだけど、私はわからないから自分流でやっている。
(2人のうち1人は特定のシャッフルのやり方がある模様だった。もう1人は、ものすごいたくさん見てるけれど、カードが到着した時にカード本体を浄化するようで、それ以外は自由な感じ。というか浄化さえも本人が自由に発想してやっている感じ)

私は部屋と自分の手をきれいにして、一応これからデートに行く!ぐらいな服を着て小綺麗にして、それからカードを開封している。

自分なりに「あなたに会えるのすごい楽しみです♡╰(*´︶`*)╯♡」感を出してみる。

実際に本当に楽しみだからそうしてるだけで、本気で「おまえさん、デートに行くのかい?」並みに気合いが入っている 笑。

そこまでした後に、実際に開封して、まずはカード1枚1枚を見ていく。

それが終わってから、セルフリーディングを始める。(←『セルフリーディング』というだけで、なんだかすごいできる人みたい( ̄∀ ̄))

カードをおうぎ形にして胸に当てるとか、色々とやり方が細かくあるけれど、私は心の中で「よろしくお願いします」とご挨拶して、束ねたものを胸の前に持ってきたかもだし、すぐに切り始めたかもだし忘れた。

とにかく切って、4枚出す。

1枚目と2〜4枚目は意図が違うから、1枚目を引いた後に戻してから2〜4枚目を引いてもいいし、そうせずに4枚まとめて引いてもいいと思う。

私は1枚出すごとにシャッフルしていたけれど、それも特には決まりがないと思う。

私は正式に勉強してないから、完全に我流だということをお忘れなく、読み進めてください!

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1枚目:カード本体の特色・性格・役割

2枚目:カードが私の元にどうして来てくれたのか?

3枚目:カードが私に今一番伝えたいメッセージは?

4枚目:カードから見た私の第一印象

ボトムカード:4枚目を出した後に束になっているカードの一番下になっているカードを指す。
そこから、1〜4又は2〜4枚目に対して全体的なメッセージをもらう。

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ジャンピング:カードが切っている途中に飛び出して来た場合、ジャンピングとしてもいいし、そのままその時に出そうとしていたカードにしてもいいと思う。

今回のカード、やたらとでかくてジャンピング2枚来て、でも私はそれを3枚目4枚目にはせず、ジャンピングにした。
(ジャンピングだったのは、1枚目の写真の中の下段の左と真ん中)

あと、1枚目は私へのメッセージではなくて、カードの特色を見るものだから、そういう意味で2〜4枚目とは違う。

カードリーディングの方いわく、同じカードセットであっても、AさんにいくのとBさんにいくのと他の人たちにいくのとでは、全く性格やその人の元に行く目的や理由が違うらしい。

だから、それを1枚目に私は聞くようにしている。

他に大切なポイントは、見るからにネガティブな感じのカードが来た時。

前回のルノルマンカードの時がそうだった。
(参照:『奇跡の果実(13)1ヶ月早い誕生日プレゼント』←これがネガティブなカードが出てきた時のリアルな体験談
https://viva-vivir.blogspot.com/2019/02/13.html?m=1
『奇跡の果実▷ウラ話⑩ルノルマンカードと前世療法』←こちらの方が詳しくセルフリーディングを解説している
https://viva-vivir.blogspot.com/2019/02/blog-post_18.html?m=1 )

ネガティブな意味合いのものが来た時に大事なのは、そのカードのポジティブな面を見るようにすることだと思う。

私はルノルマンカードを迎えた時に、4枚も凶ないし大凶みたいなカードを引き続けて←引き良すぎ( ̄ཀ ̄;;)、それでもそこから自分に本当に必要なメッセージを出すことに成功した。

だから、カードそのものに惑わされず、明るい側面、どんなことにもプラスの面があることを探すのが大事だと思った。

そしてプラスのことを探そうとすると、その後から今もずっと必要な情報が何かとヒットしている!(もちろんポジティブな解釈)

あと、これはセルフリーディングとは関係ないけれど、最初にカードを見た時の印象やそこからふと浮かんだメッセージがあれば、それをメモしておくのもオススメ、とそれはネットの何かで見た。

メモが大変なら頭の片隅に入れておくとか。

私は元々自分の感覚で読みたかったからノートをそれぞれのカードに1冊ずつ用意して、全カードの第一印象から出てきたものを書いている。

一気には無理だから、少しずつやっている。

あと、途中で新しい情報が出てきたら、それもその都度付け足して書いている。

最初の印象から受けたメッセージは大切だから、それを残しておくのは私はとても理に適っていると思っている。

あと、ガイドブックは後からにして、まずはカードそのものから受ける印象やイメージを大切にすると良いとあった。

そして、ガイドブックはあくまでもガイドブックですべてではないから、参考にするのはいいけれど、そこからすべてをそのまま受け取らなくてもいいんだなとは思った。

カードリーディングされる方の中にはガイドブックを一切使わないという人たちもいた(直感力を磨くためらしい)。

その辺りは個人の好きずきでいいのかなと私は思う。

私は言葉から出てくるインスピレーションも大切だから、ガイドブックももちろん使うし参考にする。

ガイドブックの特定の単語から何かを連想したなら、その連想した内容も私はメモに書き加えている。

とにかく自分が感じたことを大切にしている。



大事な話がもう1つ抜けてた。

どうして私がカードを使いたいのか。

世の中では、オラクルカードの類いは「占い」にジャンル分けされている。

過去の私もだけど、「占い」という言葉に縛られてカードを使わないのは本当にもったいないと思う。

占いを疑う気持ちはなくても、胡散臭さが先に立ってしまって、私は数年前までカードの類いを「まやかし」だと思っていた。

信じる信じないは個人の自由だけど、カードほどわかりやすい形で潜在意識や魂の願いやテーマを見せてくれるヒントはないと思う。

はっきり言って、占いなんていう可愛いものじゃなくて、ガチで色んな事を示されるから怖い面もある。

だから軽い気持ちでなんて私は引けないし、うわっ痛いところ突かれた…とか、あぁ見抜かれたなぁ…とか、かなりな確率で起こる。

本当にカードさん私のこと見てました?って感じが私は毎回する。

仮にその時はわからなくても、後になってわかることも往々にしてある。

ホロスコープは確かに魂や人生の計画、道筋、強みや弱み、人間関係の特徴、お金の稼ぎ方の傾向、パートナーシップ、仕事、家族、親子関係、社会的な顔…など色々なことを明らかにする。

だけど、ホロスコープはかなりざっくりとしかわからない。

例えば、私の『見えない世界の力を継承する』ことはホロスコープから読み解けても、具体的にどんな力なんてのはわからない。
(ちなみにそれはカードも他の誰かも読み解けないから、自分で気付く他ない)

例が悪かった。

例えば、「中年の危機」とされる星の配置はホロスコープからわかる。

じゃあその中年の危機の時期とどう自分が向き合うのかはわからない、私のホロスコープ知識では。

そういう時に、カードが役立つ。

カードからその都度ヒントをもらう。

私は今3種類のカードを手元に置いている。

3種類それぞれ使い道や目的は違っている。

今回のマップオラクルカードは、自分の今の状況や流れ、立ち位置、課題に関して、明確な説明とヒントを得ることができる。

ガイドブックから言葉を引用すると

【カードは、一枚一枚があなたに向けたメッセージを伝え、人生を切り開く知恵を与えてくれるでしょう。
人生は冒険だと考えれば、たとえ暗闇の中にいても神秘を解き明かし、美を見出すことができるでしょう。あなたが再び道に迷うことがないように、このカードは魔法の地図を示し、人生を迷わずに歩くための導き手になるでしょう。】

1ヶ月前に名古屋のSさんから贈られた1ヶ月早い誕生日プレゼント「ルノルマンカード」は、それに対して今できることへのもっと具体的なヒントを出すのに優れている。

数年前にSさんから譲り受けたオラクルカード(『Daily Guidance』ドリーン・バーチュー著)は、今の自分に向けての抽象的な柔らかいメッセージを得ることができる。

それぞれ少しずつ使い方や性格が違うから、それをうまく組み合わせて使っている。



前置きが長くなったけれど、ここからがセルフリーディングした時の結果。


【カードの特色・性格】
・1枚目写真の1番上のカタツムリみたいな女の人のカード

ゆっくり着実に進む様子が伺える。

真っ直ぐ前を向いて進む様子から、信念を持ってはばたく、安定した心持ちで目的に向かって進むことがわかる。

ガイドブックの中から、《“何をしたか”ではなく“どう生きたか”をサポート》とあった。

カードの性格として、一歩一歩信念に基づいて着実に進む堅実さと、カードという媒体を通じて生きることへのサポートをしてくれるものだと私は解釈した。


【カードが私のところへ来てくれた理由】
・中段左、女の人がすごいバランスを取りながら地球を持っているみたいなカード

力を与える、自分に力があるよってことを気付かせる、女性的な力を目覚めさせる、自然と自分の一体化、知力・精神力・耐久力、支え・拠り所、自分の力を信じる

上に書いたのが私が絵を見ての第一印象。

ガイドブックより
《あなたは宇宙の力とつながり、自分を通じてそれを発揮することができる。》

他にも、自分のアイデアやひらめき、発想に磨きがかかって、創造エネルギーが拡大するという意味もあった。

そうしたことをもたらすために、やってきてくれたカードなんだとここでは解釈する。


【私に今一番伝えたいメッセージ】
・3枚目の2羽のフラミンゴのカード

これはめちゃくちゃ嬉しかった。

このカードの意味は『大変容』になる。

まさにずっとキツイ時間を過ごしていて、この混沌とした心の状態や身の回りのことはいつ収束してくれるのかと日々首を長くして待ちわびているけれど、まさにそういう状況で流れは合っているよと言われてるみたいで、本気で私はその意味を知って涙さえ出た。

しかもこれは裏向きのまま、ジャンピングで出てきた。

そうまでして伝えたいメッセージなんだと知ったから、余計とカードが必死に私に伝えてくれてるのがわかった。


【私の第一印象】
・4枚目の写真のフクロウがタンポポの綿毛を口にくわえているカード

これは少しだけズルをした。

最初『ゴブリン』が飛び出てきた。(写真2枚目)

しかもわざわざ裏表ひっくり返って、見える形で出てきた。

『ゴブリン』名前はかわいいけれど、中身は小鬼とかいたずら好きで意地悪な小悪魔みたいな意味( ̄∀ ̄;)。

誰の心にも住み着いている「おまえなんかダメダメだぞー!」とか「おまえは価値ないんだぞー!」とか言って脅しまくりな、下げまくりな、もしくは威嚇しまくりな心のブツブツ部門の担当者。

でも、最初に1枚1枚にご挨拶した時、私はゴブリンにはあまり悪い印象を持っていなくて、むしろ「見つけてごらん!」とか「見つけてよ!」という感じがしたのと、きちんと表舞台を用意してあげたらゴブリンご満悦的なイメージと、あとは「本当は愛されたい」願望の甘えっ子ちゃんみたいな、そういう感じを受けたから、決して悪くはないし、大切にしようとは思った。

でも、私の第一印象がゴブリンはイヤ( ̄∀ ̄;)。

そこでもう1枚引いた。

一応すぐそばにあったペンジュラムを引き寄せて、ペンジュラムに「これ私の第一印象?」と聞いたらNOが出たから、それでもう1枚引いた( ̄∀ ̄)。

それで出てきたカード。

私の中から最初に出てきた言葉たち。

神の使い、メッセンジャー、可能性が生まれようとしている、自分の力で立っている、知恵の宝庫、伝える人、意図を正しく設定できる人、志を誇り高く持っている

ガイドブックから譲り受けた言葉は、
・私の意志には世界を変える力がある
・他の人たちと繋がってその意志を実現していく
・揺るがない意志と主体性の持ち主
・私の動機には誠実さがある
だった。

(補足:これはあくまでも「カードから見た私の第一印象」で、私から見た私自身ではない)



ここからは、セルフリーディング以外のカードの話。

ある時カードを見ていて面白いことに気付いて、「まさに!」と思ったことがあったからそれを紹介。

カードの上に番号がある。

38・39と出ているものを見た時に、私は即座に「これ自分の年齢とリンクしている!」ということに気付いた。
(写真5枚目と6枚目)

38歳の時に私はものすごく癒された。

ある人が人生に現れてくれたことで、本当に絵のごとく、癒された。

絵のように触ってもらったわけではないけれど、本当の本当に私は癒された。

10年以上抱えていたものよりも遥かに上回る出来事、それは時間にして1分もなかった、その1分のことで私は一気に傷が癒され、さらに自分の心が開いた。

そして、それがきっかけで今の私になる。

かけがえのない時間だった。

一生忘れることのない、そして後生大事にしていく瞬間になった。

その時のことがなければ、私はこのカードもだけど、ペンジュラムの力が増すことも、それに伴い山で遭難した人を探して欲しいと頼まれることも、そしてこの『奇跡の果実』シリーズを書くこともなかった。

絵柄ほどそんなに穏やかな空気ではなかったけれど、少なくとも私は自分の身を本当にそのまま差し出すような、そういうことが自然にできていた。

心が勝手に動いてしまうことも、自分の中がさらけ出てしまうのも、もう最後は仕方ないとお手上げ状態だった。

素直ではない私はどこまでも抵抗と否定を繰り返したけれど、でも本当に自分の深い部分はとても静かに癒されていた。

アライグマが花を持っているけれど、本当に私は花を手渡してもらった。

もちろん「花」は比喩だけども、本当に一輪の花を手渡してもらったような、そういうとても意味の深いものをもらった。

それだけで私の長いこと1人で抱え込んでいた傷が癒された。

私の中ではもう一生付き合う覚悟があった傷だった。

それがたった1人の人が花のようなものを私に差し出してくれたことで癒された。

それが38歳の出来事だった。

39歳の私は、ちょうどこの1年の自分自身になる。

傘を差して自分の宝物が濡れないように必死で守っている。

きつくてたまらない自分との向き合いだけど、それに向き合う理由は1つで、自分の中で絶対に守りたいものを守りたいからだった。

そして、それができた1番の理由は、38歳の出来事があったからだった。

自分に向き合うことは、その前にまず自分が癒されないといけない。

大きな傷を持ち続けたまま自分に向き合えないこともないけれど、精神的にそれはキツイ。

傷が癒されると、そこにずっと注がれていたエネルギーが要らなくなるから、代わりにそれを他のところに使えるようになる。

まさに、私がこの1年でやり続けたことの象徴だった。



当初この記事全体をここまで書く気はなかった。

サクッとカードからのメッセージを書いて終わりにするつもりでいた。

だけど、なんとなくそのようになってしまったし、公益性のないあまりにも私個人の話だから、ペンジュラムにもこのままアップする?と聞いてみた。

ペンジュラムは勢いよくYESになって、今度は反対に「アップしなくてもいい?」と聞いたら即座にNOになった。

ということは、書いてアップすることが必要なんだろう…と、私には理由がわからないけれど、まぁ何かに繋がるのかもしれないし、カードの開封の時のことに至ってはあまり情報としてたくさんは出てないみたいだから、それを残してもいいかなと思った。

『カードを初めて迎える時』とか、『セルフリーディング』とか、『オラクルカード 初めて』とか、『オラクルカード 迎える』とか、色んな言葉で検索したけれど、ここで紹介したような内容はなかなか出てこない。

もしかしたら動画だと普通にたくさん出てくるかもだけど(※『開封動画』で検索するとヒットします)、文面での情報は私は見つけられなかった。

とにかくマニアックな情報だけど、良かったら参考までにどうぞ☆

カードに全く興味のない方もここまでお読みいただきありがとうございました♡(*´︶`*)♡



あともう1つ。

こんなの本当に私の自己満足でしかないけれど。

私は自分の持ってる情報を見えるように表現して、そしてそれが誰か1人でもいい、その誰かに伝わることにめちゃくちゃ興奮する。

心がそれで本当に満たされる。

私は自分の感覚が世間一般とは随分とズレているのも知っているし、人によっては「変」だの「変わってる」だの「おかしい」だのと評されることも知っている。

でも、それが私の当たり前だから、私は変えられない。

もちろん人の評価も変えられるとも思っていない。

だけど、私の感覚に誰か1人でも共感してくれたり、「私も俺もそうだからわかるよー!」と言ってもらえたりすると、それは私にとってこれ以上ない喜びになる。

私の中ではそんなすごい情報だと思っていなくても、他の誰かからしたら喉から手が出るほど欲しい情報だったら、それもまた嬉しい。

そういうことを実験してるような感覚なのかもしれない、ここに書いたことは。

100人じゃ足りない、1000人ぐらい集めたら初めて1人ぐらいは「それいいね!」って言ってくれるような情報だと思う、私が発信してることは。

でも、それでもいいから、その限りなくゼロに近いような可能性でもいいから、私は自分が自分の思ったことをそのまま発信したいんだなぁと思った。

私にとってそれというのはすごい怖い行為だった。

否定されるのは仕方ない、相手側の事情や考え方だから仕方ない、そう自分にいつも言い聞かせていた。

でも本当はわかって欲しいし、相手が大切な人であればあるほど分かり合えたらいいなぁとは思っている。

でもこの1年ぐらいで私の中もずいぶんと変わった。

相手にわかって欲しい、伝わって欲しいからこそ、そのままの自分でいようと。

誰かにもしくは大勢の人たちに気に入ってもらうために自分を変えてまで表現しなくていい。

私は私のまま言葉を書いて発信して、それでその自分でいいよって言ってもらいたいんだなって。

違う自分を評価されても、その自分を次も作らないといけない。

それは嫌だから、だからそのままの自分を出して、わかってもらえなくても、もしくは批判されたり否定されても、それは仕方ない。

でも、そのままの自分を相手が「いいね」なんて言ってくれたら、私はそのままの自分でいられる。

少なくともそういう人たちの前では私でいられる。

私が欲しいのは後者で、そしてそのために自分を偽らずそのまま差し出す、そのまま表現する、そのことに私はようやく覚悟が決まった。


ウラ話[完]
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ここから先はもっと個人のウラ話でさらに意味とか意義などないので、ご理解のほどよろしくお願いします(´︶`)


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《1月24日下書きより》

『奇跡の果実』シリーズの途中だけど、どうしても書きたくなったからそれを1つ。

あの年の秋、このブログを再開した時のこと。



と書き出したまま、気付けば2ヶ月も過ぎていた( ̄∀ ̄;)。

ずっといつかは書こうと思ってはいたけれど、タイミングを上手く掴めず、今になった。

だけど今のこのタイミングなんだろうと思う。

「メッセージ」という枠で、視点は違えど(目的も違えど( ̄∀ ̄;))、ここなら入れてしまってもいいかなと思った。

2ヶ月ずっと書こうと思っただけあって、内容は新しくもないけれど、かと言って古くなってもいない。

常に現在進行形で、そして今書くのに気が熟した、そんな印象さえ受ける。

今感じるのは、時間がそれなりに積み重ならないとわからないこともあるということ。

よく3次元は何かを願ってから叶うまで時間がかかるというのが法則だけど、本当にその通りだった。

だけど、時間がかかってもいいから、叶うことのすごさを知った。

叶うというか、届いた。

それも思ってもいなかった形で。



私が書き物を再開した時、4つの文章をひたすら書いた。

3つは私の独り言をブツブツと書いた。

最後のひとつだけ、他の3つとは全く違っていた。

当時はあまりにいっぱいいっぱいで気付かなかったけれど、明らかに最後のひとつだけは全く別の感覚で書いていた。

4つとももちろん届いて欲しいから伝わって欲しいから書いていた。

けれど、3つは単純に私側の話。

ひとつだけ、そこにはほぼ私は登場しないし、私の気持ちや考えも極力排除したし、そして届けたい相手のことも何一つ触れなかった。

だけど、そのひとつは、この広い世界の中で私はたった1人の人だけに宛てて書いた。

ぱっと見、他の3つの方が特定の1人に宛てていて、残りのひとつが対大勢という風に見える。

でも、私の中の想定読者は1人だった。

想定読者も何も、それこそ個人宛のメッセージのようなものだった。

他の3つは最悪スルーされても、そのひとつだけは絶対に届いて欲しかった。

他の3つは私の独り言みたいなものだから無視されても仕方なかった。

だけど、影に隠れるようにこっそりと書かれたひとつこそが、本当の本当に私がその人に伝えたい言葉だったように思う。

私から見たその人を、書いて届けたかった。

他の人たちにご出演いただいて、他の人たちの話だけをひたすら書いた。

他の人たちに共通している雰囲気とその人の姿とを重ねた。

なんとなくだけど、その人はその部分の自分のことをあまり良くは思っていないことや、そのことによる自分の不器用さみたいなのに対してももどかしかったりやるせなかったりするのかもしれない、そんな風に私には見えた。

真相は知らない。

あくまでも私の中の感じ方にしか過ぎない。

だけど、そんな風にも感じていたから、だからそのもうひとつの文章を書いた。

私はそれを悪く捉えてないし、むしろその奥に隠されたそういう性質の人たちに共通するものをその人も多分持っているだろうと感じていたから、その性質の方を何とか言葉にしたかった。

そしてせめてそれは本人に伝わって欲しかった。

本人は否定するかもしれないけれど、そういう部分は黙っていてもわかる。

言葉がないから伝わらないなんてことはない。

言葉がなくても、普段の行いに現れている。

私はひたすらそういうものも含めてその人を見ていたから、多分私の読みはそんなには外れてはないと思う。

とにかくその部分を私から見るとどう映るのか、そしてそれはその人が捉えそうな悪い意味ではなく、もっと良いものだということを知って欲しかった。

あの時は訳もわからずに書いていたけれど、と言うよりも「書くべきこと」みたいな立ち位置にあって、書きたいの半分、書く必要に駆られたの半分、そんな風だった。

何せこのブログにはジャンルが存在しない。

何をどう書くのかはすべて私の采配に任されている。

だから無限大にある中から、その時その時で「これだ!」というものを自分の感覚に従って書いている。

『奇跡の果実』シリーズは情報が多すぎるから、来たものを1つ1つノートにメモしておくけれども、普段の私はそんなことしない。

パッと来たものをそのまま言葉に起こしているだけ。

まさに一期一会状態で文章を生み出している。

だから当時も、私側が何を書くかは完全に自由で、選択肢は無限大にあった。

ある意味テーマは何でも良かったはずなのに、私にはそれしか頭の中になかった。

それ以外何を書くの?と疑問に思うことさえなかった。

書くことはすでにどこかで決まっていて、もしくは決められていて(by私ではない何か別の存在)、私はひたすらその頭の中にあるもの・心の中にあるものを言葉にして紡ぐだけだった。

伝わって欲しかった。

その人にそれだけは伝わって欲しかった。

それはその人に向けて、全身全霊を懸けて書いたものだったから。

もう一生会えないなら、せめてその言葉を贈りたかった。



多分だけど。

目を背けたかったものは、私というよりも私がいることであれこれ出てきてしまう自分の中のものだったのかな…なんて思ってしまう。

自分の中のものというのは、自分の気持ちだけじゃなくて、自分が見たくない自分とか、自分の中で許せていない自分とか、そういうもの。

私と関わらなければ、そういうものに蓋をすることができたのかもしれない。

その人がいない時間が始まって、私の人生に起こったのは、出来事もだけどそれ以上に自分との向き合いだった。

出来事は起こることに対応するからいいけれど、自分との向き合いはどこまでも答えもなければ、逃げてもまたやってくるし、向き合う対象はひたすら自分でしんどいとしか言いようがない。

だから、私もそうだったけど、私がいることでその人の中で何か別の感覚が生まれるとするなら、その感覚に目を背けたくなったのかもしれない。

色々意味不明過ぎるし、ニコニコばかりもしていられない。

というより、変なものをあれこれ突き付けられるから、逃げたくて仕方なかったのか、ないことにしたくなったのか、そんなのはわからないけれど、決して前向きに向き合いたいものではなかったんじゃないかなと予想している。

ペンジュラムが新しい動きを見せた日の瞬間を私はものすごくよく覚えている。

朝の出勤の途中だった。

赤信号で止まっていた。

まだ雪が降っていないから秋の終わり頃だったと思う。

そこで新しい動きを突然見せた。

スーパーNOのサイン誕生の瞬間だった。

〇〇さんは後悔していません、と同じ質問を100回以上は聞いてた。

それがその日の朝、突然それまでに見たことのない動きをペンジュラムがして驚いた。

でもその直後、私は強烈な腹痛に襲われて本気で脂汗流すような痛みの中にいた。

人生でもそう何度もは経験しないタイプの超激痛だった。

幸楽苑とかしまむらが並んでいるところの近くと言えば伝わるだろうか。

あそこから会社まで10分かからない。

その10分もかからないその時間を、私はひたすら痛みに耐えた。

頭の中で「変なものは食べてない」と思った。

あれはペンジュラムがバージョンアップしたことによる不調だけではなかったと思う。

負のエネルギーの塊になっていたものがもう終わりにしたいという意味もあった気がする。

よくよく考えて、これは私の予想だけど。

この1年も何かに気付く度に体調不良に陥る、要は古いエネルギーや細胞では対処しきれないから好転反応みたいなものだったと思っているけれど、他のものたちとその時とは症状が全く違った。

他の時の体調不良は、発熱、異常な眠気、異常な頭痛、異常なダルさだった。

おなかにくることは、ゼロとは言い切れなくてもそういう記憶がないからあまりなかったと思う。

あの時は、ペンジュラムの進化だけじゃなくて、私はその人側の何かも一緒にキャッチしていたのかもしれない。

もちろんそんなのは証明のしようがないけれど、もう思い詰めなくていいよのサインだったのかな…、そんな風にも感じる。

後悔というのは、きちんと言葉にしていたのなら…という後悔。

言葉の中身までは知らないけれど、少なくともその人は本音ではないことを私に言って、そして最後は私を無視なり避けるなりしていたと思う。

だって矛盾してる。

その人は私に時間を作ることは「できない」と言った。

目の前でそう言われた。

だけどその人は、この土地を去ってからブログという場所で時間を作っている。

それも1回2回じゃない。

数え上げられないぐらいの時間をここにかけてくれてるのは知ってる。

だから、あの時の言葉が、最後の挨拶の時も含めて、そこにその人の心からの本当の言葉はなかったんだと思う。

どういう事情や理由で時間を作ることができないと言ったのかは知らないけれど、少なくとも後悔に繋がるような何かはその人の中に残った気がする。

ペンジュラムの動きと私の激痛以外は完全に妄想みたいな話だけど、4つ目の文章について今回書こうと思った時、そのこともなぜか一緒に記憶に出てきた。

私はその人を追いつめたくて書いてるのとは違う。

その人に「大丈夫だよ」と言いたいだけで書いてる。

追いつめたり後悔するパートは本人が本人にどこまでもキツく迫る。

だけど、私はそんな風に思ってないし、私が追いつめて何とかなるならいくらでも追いつめるけれど、何なら超得意ワザだけど( ̄∀ ̄;)、そうじゃないと言いたい。

その人が本当に後悔しているのかはわからない。

だけど、言葉にできない、言葉にすることを拒んだ奥に、何か別の理由があるのかな…というのは思った。

あの時は無我夢中で書いていたけれども、私はその部分を何となく汲み取って言葉をその人に向けて紡いだ感覚がある。

あれだけは私の私情は抜きにして、真っ直ぐにその人だけに向けて書いた。

その人に大丈夫だよって言うために。

その人に、そういうところも含めてのその人で、私はその全部に対して大切だと思っていることを伝えるために。



その時に放たれたメッセージは、思わぬ結果を呼び込んだ。

本人の元に届いた。

頭では絶対に考えられないことだった。

そんなこと起こるわけないと思った。

でも、本当に必要なことはどんな手段を得てでも起こる。

人間の頭で計算できるような、人間の思考で計画できるようなことじゃない。

その人は知ってるんだろうか。

私のこのブログは、何でなのかは知らないけれど、普通に私の名前で検索しても出てこないことがあるらしい。

私は2人からこの1年ぐらいの中で言われたから、本当にそうなんだろうと思う。

名古屋のSさんもとても嬉しいことを言ってくれたことが数回ある。

私のブログ、特に今回の『奇跡の果実』シリーズは読む側の本人の準備が整わないと出会わないようになってる、と。

読みたいだけでは読めない、普通に探してヒットするものじゃない、そういう内容だよと言われた。

それはなんとなくわかる。

その人が本当の最初、どんな風にして私のブログに行き着いたのかは知らない。

3つブログを展開しているのと(当時は3つとも休止してたけれど)、他にも私の名前でヒットする別のことたちがある。

だけど、すぐのすぐにきれいにヒットするかと言うと微妙だと思う。

どんな風でもいいけれども、それがきれいにヒットしてくれて、そして本当に伝えたいメッセージが伝わるなんて、それは神のみぞ知るの領域。

仮にヒットしたとしても、ヒットしたから伝わるじゃない。

伝わるためには、まずは見つけてもらうこと、そして見つけてもらったら時間を作って読んでもらうこと、そして最後は本人がそこから何かを感じ取ること、そのすべてがきれいに揃わないと伝わらない。

ましてや長い私の文章、まとってる雰囲気がそれぞれ違っている中で、そこからピンポイントで特定の文章だけが繰り返し読まれるなんて、どれだけの確率なのかと思う。

でも、本当に必要なことは、そんなありえない確率をくぐり抜けてでも起こる。

そしてそれがこの世における見えない世界の法則なのかもしれない。

見えないところと見えないところの特殊な接着剤は、私たち人間の想像を遥かに超えている。

しかもこれは今の時代だからこそ可能なこと。

昭和の時代には考えられない、少なくとも私がインターネットというツールを知る大学入る前まではこんなことありえないことだった。

あのメッセージから10数ヶ月が過ぎた。

あの記事は、過去の記事となり、時系列で言えば古株に仲間入りしている。

にも関わらず、今でも時々読まれているし、そして私の数年間で書いた900を超えた記事の中で、読まれた回数はトップ10入りしている。

この『奇跡の果実』シリーズが2ヶ月以上続いている中でもそのメッセージが読まれていると知った時、私は本当に嬉しかった。

それはちょうどアップされてる記事とは違うから、検索するなりブックマークするなりしないと読めない。

その労力をかけても読んでもいいものだということだろうと私は理解している。

一番届いて欲しいと願っているものが届くことの奇跡、これは奇跡以上のものだと思う。

ネットで「奇跡」の語源を調べたら、こんな風に出てきた。

「通常では起こりえない神の行い」

そういう領域のことだとわかる。

言葉が生まれてメッセージを織り成す瞬間、そこに至るまでに色んなことが重なって初めて誕生する。

自分だけが書きたいだけではダメで、必ずその先には人がいる。

人間が文字を発達させたのは、その文字という道具を使って大切なことを大切な人たちに繋げていく又は伝えて(伝承して)いくためだったと、どこかで読んだことがある。

私がしたことは本当にそういうことだった。

だけど、自分側の熱量と相手側の熱量が同じなんてことは、はっきり言ってそんなことが起こること自体ものすごい稀なことだと思う。

自分だけがいくら大切だと思って、そしてその大切な人に向けて大切なメッセージを紡いでも、それがきちんと届くとは限らない。

少なくとも、私に「そんなことは有り得ないと思う」とはっきりと言い切った人もいた。

もちろん気分は良くなかったけれど、でもそれが99%以上の当たり前の可能性の方だった。

可能性がゼロにならなかったのは、単に私が行動に移したという、それだけでゼロではなくなったに過ぎなかった。

昨日かおととい、「行動する」の本当の意味を解説してくれてるブログに行き着いた。

現代人は「行動する」と言うと、何か目的や計画が先にあって、その目的や計画に基づいて動いていくことを行動だと捉える。

でもそのブログの人は全然違う観点から「行動する」ということを説いていた。

本物の行動は、理由もわからない、計画なんかもしていない、何が何だかわからないまま、衝動に突き動かされるように動いた結果の部分を行動と呼ぶと。

私にはすぐ意味がわかった。

なぜならその人の前での私がそうだったから。

とても恥ずかしくてここには書けないけれども、その人に対してしたことはすべて計画も目的もなかった。

何が何だかわからないまま、すべて感覚でやっていた。

感覚というよりも、何だかよくわからないものに突き動かされたという感じだった。

さっき書いた、時間をくださいと言ったのも、色々ありえなかった。

その風景を私は今でもよく覚えているけれど、本当にすべてが色々おかしかった。

その人がいなくなった後、その場所は大幅に変更されて当時の面影がないぐらいになっていたけれど、私はその面影のない方の風景は覚えてない。

段ボール置場の風景も随分と変わった。

どちらの場面もその部分だけ切り取ったみたいにして記憶に残っている。

風景だけじゃなくて、私の体がよくそんな風に動いてそして口がよくそんな風に喋ったかと思うと、自分のことだけど自分のことじゃないみたいな感覚がある。

「魂の衝動」とはすごく便利な言葉だと思ったぐらいに、そういうものによる行動としか思えない、今となっては( ̄∀ ̄;)。

当時その人だけに向けたメッセージもそうだった。

思いついて書きたいから書く、だけどそれしてどうなんの?って感じだった。

無駄だとは思わなかったけれど、代わりにそれが未来のいつかものすごい威力を発揮するなんてのも全く思わなかった。

その本当の意味を知るのは、長い時間をかけた今だった。

メッセージは届くと知った。

純粋なメッセージは、きちんと必要な人の元に届けられると知った。

本当に必要なら、本当に縁があるなら、どんなに小さなメッセージでも、距離も時間も超えていく。

それが「出逢う」ということなんだと思う。

2019年3月23日土曜日

奇跡の果実(23)40歳の誕生日プレゼント






【写真説明】

1枚目:40歳の誕生日プレゼント
『The Enchanted Map Oracle Cards』

2枚目:『Details, Detailsー細部にこだわる』のカード。これを見て、『奇跡の果実』を細部にまで目を向けて、そこに宿るすべてのメッセージを引き出して書こう!と決めた。
絵の中の虫めがねみたいなもので拡大された部分の英単語は「重要なものを明らかにする」と書いてある。

3枚目:『Magic Streamー魔法の小川』のカード。このカードが色んなシンクロを引き連れてくることに!(詳細は本編)
余談だけど、この絵「小川」よりも「滝」という感じを受けるのは私だけだろうか( ̄∀ ̄)

4枚目:『魔法の小川』の解説書。
左側で重石の役を買っているのは、私の高校時代からの愛用辞書のジーニアス。この英和辞典1本でこれまでの英語力を重ねた、とっても優秀な辞書。

5枚目:『魔法の小川』とホロスコープに関係する「サビアンシンボル」の『清らかな山の小川』のコラボ。詳細は本編。
左下のジーニアスの辞書に貼ってあるヤクルトのシールは2歳だった姪っ子が貼り付けてくれたもの(о´∀`о)シールが切れてようがかまわないv( ̄∀ ̄)v



2019/03/17  23:45

忘れちゃいそうだから、先にこれを書いてしまおうと思う。

誕生日の当日、私は自分の誕生日を盛大に祝えるぐらいの余裕ある懐状況ではなかった。

40歳という節目だったから、本当は盛大にお祝いしたかったけれども、財布の中を気にしながらお祝いするのも気が進まなかった。

色々考え抜いて、こうした。

当日はお金をかけないお祝いを自分のためにして、余裕が生まれた時に改めてお祝いしようと。

さすがに何もないのは後から後悔しそうだったから、私は自分のために花を一輪買いに行った。

「ご自宅用ですか?」と聞かれて「はい」と何も考えずに答えたら、「新聞紙でいいですか?」と聞かれて、心の中は「うわっ、しまった!自宅用って言って一輪のために包んでくれって言いにくい…」という想いを抱きながら、現実の口は「はい大丈夫です」と答えた。

せめてプレゼント用に包んでもらえば良かったと後悔した。

夜遅くになって、両親から1万円を誕生日祝いとしてもらった。

それを持って自分の部屋に行ってから私は泣いた。

働かない自分やそのお金は携帯とかの支払いに代わるのかと思ったらすごく嫌だったし、他にも大打撃なことが続いた1日で、40にもなってまともな社会生活・社会参加をしていない自分に対して色んな気持ちが渦巻いた。

色々アンバランスでおかしいのはわかっているものの、私はこの1年だけはすべての活動を遮断してでも自分の内側にひたすらこもることをしなければいけなかったと思っていて、本気で必要で本気で自分の選んだことに後悔はしてないものの、社会的にはアウトなわけで、そのギャップの前に自分もどう反応していいのかわからなかった。

人との関わりを最小限に抑えて、社会との接点も最低限にして、当初意図的にそうしたのではなかったけれども、結局はそうしなければいけないことで溢れ返っていた。

自分のこの変わった体質を受け入れるのも受け取るのも精査するのも磨くのも反対に余計なものを削ぎ落とすのも、とにかく自分の内側にこもるしかない感じだった。

普通に働いてたら私は流す。

流すというよりも、それが特殊な体質だなんてこれまで一度も思ったことがなかった。

実際に今までは流してた、というより気付かなかった。

そんな体質が特殊だと知ったのは1年前の年度末に仕事を辞めてからだった。

そして、自分で気付けば気付くほど、もっと奥が深いこともわかれば、何か細胞的な入れ替えがあるのかもれなく具合も悪くなって、発熱や下痢・頭痛とかいう体の不調はじめメンタルの落ち方も半端なかった。

そんなことを繰り返していたから、通常の生活、1日あたり8時間週5で働くのはかなり厳しかった。

私は体力もあるし働けないわけではなかったけれども、何だかんだと延びに延びて今になった。

だから、本当に危うい感じの、何も決まってはいない状態で40歳になるという、私の中でもあまりよろしくない感じで誕生日を迎えた。

そして、一万円札を前に泣くという、これまたおかしな気持ちのまましばらくそれを見つめた。

普段はその手のお金は絶対に別にして、自分の生活費なんかとは分ける。

そして何か意味あるものに変える。

物の時もあるし体験の時もある。

ただ今回は、携帯代という目下の支払いが控えていて、そこに充てないといけないような状況でもあった。

翌日になって少し気持ちが落ち着いてから、考え方を変えた。

一万円札をそっくりそのまま取っておいても今は経済的不安もでかくなるだけ、かと言ってそれを自分の生活費に変えるのも嫌だった。

だからそこで別案を考えた。

たしかに一部は携帯代に使わせてもらうけれども、一部はそれで何か意味あるものに変えようと。

そして今回は40歳だから、一生モノにしたかった。

これから死ぬまで使い続けるもの、もしくは手元に置いて大切にできるもの、それを考えた。

その日の夜、カードの購入を真剣に検討し始めた。

思い出した。

その前に私はものすごく丁寧に自分のことを癒して癒して癒しまくって、それで心の中が晴れたら【カードを迎える】ことがポッと出てきたんだった。

で、その癒しのプロセスを今書いてる途中だということも思い出した( ̄◇ ̄;)。

話が通じるように、癒しのプロセスを先にアップしよう。
(↑アップ済み。これらが『奇跡の果実』の
・Lesson7『カルマの解消』
・(22)40歳の誕生日、心が決壊した日
・Lesson8『【自分を知ること】で自分を癒す)

話を戻してカードの話。

財布の中を見た。

申し分ない、ピッタリの金額が揃っていた。



10月におばを電車の駅まで車で送った。

我が家が建て替えになったから、うちにもう1人のおば夫婦とおじとが集まって、みんなで家で飲み食いをした。

おばはそのまま泊まって、普段なら車で来るけれども今回はもう1人のおば夫婦の車に乗って我が家に来たから、それでおばは車がなかった。

だから私が電車の駅まで送ることになった。

その車の中でおばは私が生まれてすぐの頃にも電車で祖母と一緒に我が家に来たことを教えてくれた。

農家に丁稚奉公に出されたおばが、3月の休耕期ということで休みをもらって、それで自分の母親と一緒に電車に乗って生まれたばかりの姪っ子である私を見に来た。

成人してない当時のおばが自分の貴重な休みを使ってまで新しい命に私に会いに来てくれたんだと思ったら、私は泣いてしまいそうだった。

その時は私の父親が電車の駅までおばを送ったとのこと。

約40年後、今度その役割はあの時赤ちゃんだった私に回ってきた。

人がほとんどいないその電車の駅の券売機でおばは切符を買った。

私も隣りで機械操作を手伝ったりしてたから、財布が見えた。

おばは千円札を最初入れようとしたけれど、やめてあえて五千円札を入れた。

そしてお釣りが出てきたうちの1枚の千円札を私に差し出して、「おこづかいね!送ってもらったお礼」と笑って言って渡してくれた。

それがまたきれいな新札みたいな千円札で、私はお礼を言って受け取って、ずっと財布の中に入れて持ち歩いた。



山で行方不明になったおじいちゃんをペンジュラムで探して欲しいと11月に頼まれてやったけれども、失敗に終わった。

そう、この『奇跡の果実』を始動させる何よりものキッカケになったおじいちゃん。

『奇跡の果実』の①か②あたりで出てくる、おじいちゃんの霊こそがこの山で行方不明になったおじいちゃん。

11月の当時、ペンジュラムで居場所を出せなかったことに対して色々納得できなかったから、私は家族にお願いしてもう一度ペンジュラムを使って場所の特定をしたいと申し出た。

今度は現地に直接行きたいことと、完全に私の意思で行くからボランティアでさせて欲しいことも言い添えた。

これが結局のところおじいちゃん一家全員と顔を合わせることになったわけだけど、その時の帰り道、おじいちゃん家族の窓口になっているAさんが「これ持ってって!」と言って千円分の商品券を私に持たせてくれた。

申し訳なかったけれども、お礼を言ってありがたく受け取ってきた。

そして、今年の年明け、仕事始めとしてそして私が自らの口で自分のサービスを宣伝して初めて得たお金の最後の千円札が財布に同じように入ってた。

それは私のこの体質を存分に活かして得た初めてのお金だった。

財布には2千円と千円分の商品券が入っていた。

そして両親からの40歳の誕生祝いのお金の一部を足せば、確実にカードが買える。

商品券が含まれているから、Amazonとかではなく店頭で尚且つ商品券OKな店でないといけなかった。

近隣の中で一番の所蔵数を誇る大型書店で使えるようだったことと、そしてそこはオラクルカードを置いているところだった。

しかも、『奇跡の果実』のヒントをくれたカード(Details, Details ー細部にこだわる)も入っている。

あといつかの『奇跡の果実』でも書いた『魔法の小川』のカードも同じカードセットの中に入っている。

これ以上ない条件が揃ったカードだった。

やっぱりそれでいいのかどうかを確かめたくて、私のお気に入りのカードリーダーさんの動画も改めて見た。

同じセットを使っての動画があったから、それを見た。

Amazonのレビューやブログでそのカードを紹介している人のサイトを片っ端から見ていった。

本当に私にカードからメッセージが下ろせるかはわからなかったけれども、見ていくうちになんとなくいける気がした。

1ヶ月前に名古屋のSさんからルノルマンカードと呼ばれるカードを1ヶ月早い誕生日プレゼントとして贈ってもらった。

あれから毎日絵柄と英語で書かれたガイドブックを使ってカードからのメッセージをひたすら読み解いてる。

自分で言うのもなんだけど、私はセンスがある。

確実に深い部分まで自分の心の目を下ろして、そこからいくらでもメッセージを引っ張ってこれる。

だから今度もいける気がした。

携帯代を口座振込して、そこでお金を崩して、残りをカードの購入代金に充てた。

振込の時、外は雨が降っていた。

でも私の気持ちは随分と晴れやかだった。

色々いただけない状況ではあるけれど、私はそういうお金との付き合い方が上手くない自分とこれからも生きていけるし、そういう自分でスタートしてもいいんだと思えた。

そして私はそういう自分がダメだとはもう思わなくなっていた。

しばらくきちんと稼げるようになるまでは結構しんどい思いもするかもだし、本当に自分の力で自分が稼げるのかどうかもわからないし、色々やらかすかもしれないとも思ったけれども、それでもだからと言って私は自分のことを否定しなくなった自分に気付いた。

そういう性質を帯びた自分と付き合う、少しでも心地よく付き合うことを模索したらいいんだと思った。

これはこれまでの人生で初めての感覚で、そういう気持ちになれたのが本当に嬉しかった。

こんなのは余談だけど、私は多分、本当に自分の人生で決めてきたことをしない限りはお金をきちんと稼げないと思っている。

というのは、普通に楽しく暮らせる程度に稼げるのなら、私はその道で十分満足できるし、何かをもっと極めようなんて思わない。

基本楽をしたいから、普通の働き方で色々守られるなら、その範疇で楽しみながらゆっくり過ごす。

間違えてもこもったりとか仕事辞めてボーッとするなんてしない。

私のお金の入り方はすごいアンバランスで、お金はある程度もらえても働き方が超ブラックで心身共々壊してしまいそうになったり、反対に仕事内容や職場には大満足していてもお金が恐ろしいほど低すぎたり。

福祉の仕事の安すぎる賃金がニュースによく上がるけれど、あれ本気で何とかしないとまずいと思う。

福祉の離職率の高さは、仕事がヘビーなのにそして働き方もシフト制で夜勤あったり土日休みではないどころか盆正月返上、そんな風なのに異常なほど安い賃金は何なんだろう?と思った。

ぶっちゃけると、私は人の命を預かる仕事よりも派遣でする人々の嗜好部分をサポートする仕事の方がお金をもらえることに心底驚いた。

とにかく、私は自分の生き方を何回も見直さないといけないようなことが続いていて、その中でわかったのは多分普通には稼がせてもらえないということ。

安定していて福利厚生もバッチリできちんと休めて…みたいな仕事だと、私の性格上そこに居座る。

だけどそこに居座ると、本来人生で「これをやるために生まれてきた」的な目的を果たそうとしないから、だからどの仕事も長くは居座れないようにこれまでなっていたんだと思う。



2019/03/23

上の続きから書く。

仕事にしても人間関係にしても学びにしても、私の人生を客観的に眺めると、ある1つの方向性に向かって動いて行っているように感じる。

言葉を変えると、本命以外はどんなに自分が望もうが欲しかろうがそんなのは関係なく切り落とされる。

こんなことを説明しても99%の人にはわかってもらえないと思うから普段はあまり口にさえしないけれども、不可抗力的な力がかなり働いている、私の人生は。

人生の中には変えられることと変えられないことがある。

変えられないことの部分が、私の場合かなり多いように感じる。

その変えられない部分をこれまでは知らずに何とかしようとしていたからかなりしっちゃかめっちゃかだったけれど、今は変えられない部分を何とかするんじゃなくてそれが何かと知るようにしようと努めている。

変えられない部分を知ること、そして受け入れることで、自分が生きやすくなるだろうと最近は思っている。

その部分は生きている限り私と共にあるもので、そしてそれを使いこなすまでに訓練や受け入れるのに時間はかかるけれども、少なくとも私がそこにきちんと向き合うなら向き合っただけの答えはもらえるように思う。

お金の稼ぎ方の話が途中になっていたけれども、そこもなんとなく自分のことを知っていくことが鍵になるような気がしている。

その変えられない部分に関して、少しだけ嬉しいことがある。

40歳の誕生日プレゼントとして買わせてもらったカードのこと。

人様の善意に基づいて買えることになって、私の元に迎えたそのカード。

こういうものも「人生に必要」と判断されたんだと思う。

判断されたというのは、天でも宇宙でも神様でも大いなる意図でもサムシンググレートでも何でもいいけれど、そういう自分以外の意志の力も大いに働いていたと思う。

たしかに私も欲しいとは思った。

だけど、これは多分欲しいだけでは迎えられないものだったと思う。

おばからおこづかいをもらった辺りからカードを手にする予定は立てていた。

「カード」に的を絞ったのは、一生手元に置いて使えると思ったことと、そして何となく自分のライフワーク的にスーパーアシストしてくれる助っ人になってくれそうと思ったから。

特におばからもらった千円だけは、何が何でも「自分の命」を感じられるものに変えたかった。

それを見るたびに、おばの人生だったり、亡くなったばばちゃん(母方祖母)だったり、若かりし頃の両親だったりを思い出せる、そしてそういう人たちに支えられての今の自分の人生なんだと、その気持ちを忘れないようにするために、特別な意味のあるものに変えたかった。
(じゃないと、何かあった時にすぐやさぐれるから、そのやさぐれヘタレなところをケアする意味でも( ̄∀ ̄;))

先月からは、さらに検索範囲を広げて、私は海外製のカードをひたすらネットサーフィンして見ていた。

Sさんから1ヶ月早い誕生日プレゼントとしてルノルマンカードを贈ってもらってから、英語のガイドブックの方が言葉に広がりがあって解釈の自由度も高いとわかって、そしてあまり人が持ってないカードへの憧れも手伝って、それで海外製のものをひたすら見ていた。

だから、ずっと海外製のものを買うとばかり思っていた。

だけど、おじいちゃん経由での商品券が含まれていたことと、急遽両親からの40歳の誕生日祝いのお金を使うことになったことで、海外製のものは今回は取り止めた(いつかは何かしら迎えたい野望はあるから、いつかは買うかもしれない)。

(注釈:海外製のものは個人輸入みたいな感じになってカード決済オンリーだから、商品券は使えない)

そうやって色んなことを加味して最終的に迎えたのが、今回の『The Enchanted Map Oracle Cards』だった。

よくよく考えたら、このカードはこれ以上ない物語を内にたくさん秘めたカードだった。

っていうか今スケジュール帳を見てビックリした。

スケジュール帳の話はこの記事の中のもう少し後で書くけれど、とりあえずスケジュール帳を見る前に私の方ですでに気付いていた物語を先に紹介。

今回の『奇跡の果実』をここまで詳細に書くことを決めた理由は、1月22日に妹を駅まで送った日の帰りにそのカードを見たことに端を発する。

『奇跡の果実①プロローグ』にその時のことが書いてある。

ちなみに当時心に残って携帯メモに残したのはこうだった。


【Details, Details
細部にこだわる

最も美しい模様は、
細部にほどこされています。
注目してください。
今は、あなたの人生の細部に目を向ける時期です。大枠は後にして、細部に注目しましょう。
あなたが知るべき大切なことは細部にあります。
一瞬(の表情など)を観察するだけで、全体像が見えて理解が深まります。】

『The Enchanted Map Oracle Cards』ガイドブックより引用


この言葉のおかげで、私は『奇跡の果実』をここまで細分化させて書くことを決めた。

だから、この言葉に出会わなければ、私は多分もっと大雑把にざっくりとまとめて奇跡の果実は終わらせて、今頃別のブログを書いていたと思う。

年明けにおじいちゃんの霊魂が登場した後から色んなことが起こって、『奇跡の果実』の素案を得た。

それを発展させてくれるきっかけとなったのが、この『細部にこだわる』のカードだった。

さらにそのカードを手に入れるためにおじいちゃんの縁経由で得た商品券も使えるとなれば、これ以上ないお金の循環、エネルギーの循環だと感じた。

これがこのカードを迎える最も大きな決め手となった。

さっきのスケジュール帳の話に戻る。

迎えるかどうかを判断するために、私はそのカードを紹介してくれてる動画を前の日に見た。

カードは全部で54枚ある。

動画で何が引かれるかはわからない。

その動画の中で引かれたのは、8枚。

そして4枚目の時に『魔法の小川』カードが出てきた。

このカードのことだけは私はよく覚えていた。

なぜなら、私はそのカードをもっと前に見たことがあって、それでそのカードに書かれていた内容をひどく気に入っていたから。

「あの時のカードと同じカードだ!」と動画を見てすぐに気付いた。

そして、今さっき(3/23)のスケジュール帳の話。

私は『魔法の小川』に関しても、携帯メモにメモした記憶があった。

あったよね?と思って探したら出てきた。


【Magic Stream
魔法の小川

すべては、意識という宇宙の流れを通じてつながっています。

あなたの経験する出来事はそれぞれが独立した物語で、始まりと終わりがあるように見えるかもしれません。けれども、一つひとつの出来事を切り離して考えることは危険です。実はすべてが、連続する大きな進化の一部だからです。

絶えず流れる魔法の小川のように、あなたの経験したことが、徐々に世界全体に染み渡っていきます。ひとつの経験がもうひとつの経験へつながり、情報を伝え、影響を及ぼしています。】

『The Enchanted Map Oracle Cards』ガイドブックより引用


メモの日付を見た。

見覚えのある日付だった。

まさかね?と思ってスケジュール帳を見た。

『魔法の小川』のカードを見つけたのは、おじいちゃんのご家族の窓口となっているAさんと初めて会った日と同じ日だった。

私が初めてペンジュラムを使って人の捜索をしたその日で、そして今回の商品券が私の手元にくるきっかけとなった日だった。

その時は今ほどに物事の全容は見えていなかったけれども、少なくともすごい有り得ない確率の上で物事が起こっていることは知っていた。

そして、1つ1つは独立した出来事でも、その出来事と出来事の間は見えない接着剤できちんと繋がれていて、そしてそれら全部で壮大なストーリーを紡いでいるのはわかった。

っていうか、そんなメッセージを含んだカードを見つけた日が、この『奇跡の果実』の世界のはじまりだったなんて、本当に言葉もない。

まさに『魔法の小川』の名に相応しく『魔法』としか言いようがない。

しかも、この文章の最後に書くけれど、このカードを手にした瞬間のホロスコープも出してみた。

もうこれ以上ないぐらいのストーリーを紡いでいてそれさえも驚きだったところ…。

なんとホロスコープの方のメッセージと『魔法の小川』が、そう全く関係のない2つのものがそこでもシンクロすることになった。

ホロスコープを読み解く際に、「サビアンシンボル」と呼ばれるものもよく使う。

私はホロスコープの読み解きよりも、サビアンシンボルの読み解きの方がわかりやすくて好きだったりする。

そのサビアンシンボルとは、360度の円を12星座で割ると各星座ごとに30度ずつの割り当てになって、その1度1度にそれぞれメッセージを付けたものを指す。

だから、サビアンシンボルは全部で360個ある。

当たり前だけど、私が「このメッセージがいいからこれにしよう!」とかはできない。

あくまでもその瞬間の空の天体たちが何座の何度に位置していたかで、それぞれのサビアンシンボルは決まる。

だから、私個人の人間の力でどうこうできるものじゃない。

というサビアンシンボル。

360個ある中の1つ、今回のカードを買った瞬間の天王星のサビアンシンボルが『清らかな山の小川』になる。

『魔法の小川』に『清らかな山の小川』。

今調べたら『小川』という言葉の入ったサビアンシンボルは360個中それ1つしかないことが判明した。

もっと言うと、2017年の12月最初の日曜日、フラリと入ったスープカレーのお店で、まだ占星術なんて何も知らなかった時に私はサビアンシンボルの本『未来事典』(松村潔・著)に初めて出会った。

お店の人から、「そんなに本の内容が気に入ったのなら近くにコンビニがあるからコピーしてきていいですよ」と言われてコピーをした。

その時は単に1年ごとのテーマを知れると思ってコピーしたに過ぎなかったけれど、その中の1つ、41歳の私のテーマが『清らかな山の小川』に描かれたテーマだったから、私はそんなことが未来の何かとリンクしてるなんて知らずにコピーを取ってきた。

まさかその約1年後に、『清らかな山の小川』と『魔法の小川』がリンクして、それぞれを意味するものたちが私の元に集結するなんて、さらには人と人とが繋がって壮大なストーリーを生むなんて、当然想像さえできなかった。

さらに余談だけど、2017年の『清らかな山の小川』に行き着いた日というのが、私が今生こうした見えない世界のことに関して自分を使っていくのにその【資質が発芽】したと言われる翌々日のことだった。

そう教えてもらってからも特段何にもなかったなぁぐらいにしか思っていなかったけれど、ここに来て一気に色んなことが繋がった。

だから、今回のカード、54枚ある中の1枚『魔法の小川』はこれだけたくさんのストーリーを引き連れて来ている、有り得ないシンクロを兼ね備えたものになっている。

この記事の最後にカードが手元に来た瞬間のホロスコープからのメッセージを書くけれど、それらも全部踏まえて、「来るべくして来たカード」なんだと私は感じる。

先に話した「変えられない部分」というのは、こういう出会いも含まれている。

このカードに関しては、欲しいだけではなく、私の人生にとって必要と判断されてやってきてくれたものだと思う。

しかも手に取って絵を1枚1枚見てわかった。

このカードは、私の資質や強みを最大限活かすことのできるカードだということ。

私は決まりきった教科書通り的なカードの読み解きはものすごく苦手で、例えば『魔法の小川』のカードにある「鳥」などと言われても、鳥を教科書通りにどう読み解いていいのかわからない。

(注釈:タロットカードや典型的なルノルマンカードは、それぞれのカードやシンボルに意味が充てがわれていて、その決められた意味を深く読み解くスタイルになっている。)

決まりきったものを読み解くのは苦手でも、カードに描かれている絵を見てそこからメッセージをキャッチするのと、あとガイドブックを見てそこからピンときたメッセージや言葉を拾ってそこからまた自分なりの解釈を加えるのはものすごく得意。

今回迎えたカードは、そういう私の特性にものすごく合ったものだった。

しかも、色んな人たちの善意が形になったもの。

そして私の当初からの希望で、一生モノになる。

それは私が人生で初めて買ったカードでもあった。

今手元にある他の2つは、名古屋のSさんからいただいたもの。

だから、初めてのカードは今回のカードになる。

自分の人生の中で苦行や修行みたいなものがやたらと多いけれど(←この部分こそ変えたい)、それに勝るぐらいのギフトもやってくる。

ギフトも自分で選んでいるようであまりそうではない部分の方が多い気がしなくもないけれど、とにかくとびっきりのギフトがやってくる。

そんな風にしてやってきた40歳の誕生日プレゼントだった。



ここから先は興味ある方どうぞ!

『The Enchanted Map Oracle Cards』が私のところにやってきた瞬間のホロスコープからのメッセージ。

メッセージというよりも、このカードの性格をよく表したものだと感じる。

もうまさに!という内容ばかりで、とても感動した!

手元のカードは下に書いたような性格の持ち主で、そして本当にカードそのままだなぁと感じる。

そのカードの性格や強みを発揮できるように、使い手である私が正しく使えるようにしたいと思っている。



『未来事典』より引用

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

・偏見を捨て平等の精神で純粋な子供の目で物事を見てみる

・広い世界にメッセージを発信していく

・何か良いもの、面白いものを他の人にも教えて喜びを共有する

・自らを観察者として、ひとつの事柄を色々な角度から隅々まで観察する
(事柄は、重要なこともそうでないことも、楽しいこともつまらないことも、すべて含まれる)

・人と切磋琢磨して自分自身を高めていく

・ありきたりの日常の大切さを感じ取る

・辛い状況、暗い心の状態でも、周りの人たちを祝福し、愛と幸せを届ける(←これは引用ではなく、他のサイトを参考にしたもの)

・自分の得意技を知り、生かす

・今ある自分からの脱皮、新しい風を吹き込む

・状況把握に優れ、常に新しい情報を現状に取り込める才能がある

・原点に戻る、自然や世界全体の中にうまく溶け込む

・ただひたすら己を見つめる

・自分のもっとも大切なもの、人生における心の目的を理解している

・自由な生命力が解放されていく

・人間の持てる潜在的な可能性の多彩さを見る

・ためこんでいた重荷や秘密を解き放ち楽になる

・魂の深層にまで理性的で冷静且つ知性的な資質が完全に形成される

・先人の優れた知恵を受け取り、人々と共有する

・資質・才能・持って生まれた強い個性を軸に、直感を信じてチャンスをつかむ
(↑これは私が内容を自分の言葉でまとめた。そしてこれが『清らかな山の小川』のメッセージ)

・自分の心の中に幸福が宿っている
(↑これも私がアレンジ)

・納得が行くまで人とコミュニケーションしていく

・平凡のものの中にある良さに気付き、地に足がついた堅実な活動ができる

・想像力や感情、表現能力などが豊かで、そのような力を必要とする分野において成功する

・内面の感情や心理の部分を成長させようと努力する

・社会的に与えられた責任、大きな目的を果たす

・物事を偏った側面のみで判断せず、色々な角度から捉える力がある。どんな物事でも良い面と悪い面が必ず存在すること、そして両者が揃ってはじめてものの面白さや充実感が得られることを知っている

・たくさんの可能性から質の高いものを選ぶ

・他者の精神状態や場の雰囲気を読みとる力に優れている

・素直な心で観察する

・人間の本質的な部分を見抜く力は抜群

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

2019年3月21日木曜日

奇跡の果実▷ウラ話⦅17⦆自分にとっての正解


題名:『春が来た』今年も梅の花が咲いた☆



私の話を聴く力がどこから生まれて、どう積み上げられたのか、今日まざまざと知った。

聞き上手とは自分で思わないけれど、これだけ色んな人たちが不意打ちに自分の何かを打ち明けていくところを見ると、けっこうなレベルの聴く力があるんだと思う。

もしくは、「この人になら話しても大丈夫」オーラを出してるか 笑。

どちらでもいいけれど、すごい納得したことがあった。

両親に自分の体質のことを打ち明けてみた。

もう黙っていても仕方ないと思ったから言ってみた。(何をしてるのかさっぱりわからない私を見かねて、「話し合いの時間が欲しい」と言われたことに端を発する)

想像以上に、こちらも返答に困る返答が返ってきて、話は平行線どころか、片方は日本語、片方は何語かもわからないぐらいの言葉で互いにやりとりしてる風だった。

見事なぐらいに交わらなくて、そもそも理解してもらおうなんて思ってなかったからそこは想定通りだったけれど、とりあえずわかったのは、すべて自分たちの価値観で言葉を捉えているから、こちらの辞書にはない新しい解釈で何かが返ってくる。

私が自分の体質を説明する際、「霊能力とは違うけれども、人のことがわかってしまう」と言った。

自分でもかなり無理があるなぁとは感じつつも、「人の潜在意識や魂から情報がくる」と言うよりもわかるかなと思ってそう言った。

父はそこはスルーで「俺にはよくわからない感覚だけど」程度の返答でまだ良かった。

母は「それはストレスと一緒だ。みんなストレスがある、誰しもが人生色々ある…」とか始まって、治したいなら医者に行けばいいとまで言いだした。

それはさすがに訂正した。

医者に行って治るものじゃなく、私が死ぬまで付き合っていかなきゃいけない体質のようなものだということ。

一事が万事そんな風だったから、私はその辺りの話はさっさと切り上げた。

3歳の姪っ子と話す方がよほど通じ合えてる気さえした。

それを見て思った。

子どもの頃から両親に何一つ外であったことを話さなかったのは、心配をかけたくないという子どもながらに健気な気持ちでいたのかと思っていたけれど、違う。

話してもわかってもらえないどころか自分が否定されると肌で感じていたからだと思う。

何かあると、私のがんばりが足りないだとか、相手には相手の事情があるだとか、とにかく全く自分の気持ちに寄り添ってもらえた記憶がない。

だから、わかってなんかもらえないし、大丈夫なんて言ってもらえないし、それなら自分1人で抱え込んでいる方が安全だと、あれは防衛本能のように働いていたと思う。

これは大人になってからもそうで、相手が私のためを思って何か言ってくれていても、私は重箱の隅をつつくように気付いてしまう。

この人、私のあり方だとか私の価値観を否定してるって。

もちろんそんなのは私の主観になるわけだけど、私はこれまでその自分の主観が「被害妄想」とか「自分の都合の良いように解釈している」と思っていて、あまり良い風には捉えていなかった。

だけど、この1年ほど、特に秋以降数ヶ月は何度も自分の主観を大事にしなさいよ的な出来事が相次いだ。

相手のことを否定するのは良くないと考え、私の捉え方の問題だと思おうとし、だけどモヤモヤすることが続いた。

自分の自信のなさや誰かを否定することは悪いことだと信じる心が、私をますます窮屈にさせていた。

ここに来て、私の主観で私の感覚でいいんだ、って思えた。

相手にその気がなくても、私は少なくとも不快だったり、グサッと心に言葉や態度が刺さったり、小骨が喉につっかえたみたいに違和感を覚えたり。

その自分の感覚でいいし、それを信じて大丈夫って思えた。

表面上面倒なことは嫌だから、余程のことでない限り相手に言ったりはしないにしても、自分の中で自分が感じたことはそのまま大事にしていいなぁって。

こういう感覚を、子どもの頃から育む環境に自分がいたんだなぁと思った。

そして、今はそれが財産だと思っている、大真面目に。

ふと思った。

もしうちの両親が聞き上手で気持ちに寄り添う術を持っている人たちだったなら、多分私は今の私とは違っていたと思う。

中学卒業ぐらいまで本当に家でも外でも自分の本音を言える場所がなかったから、私は自分の中に溜める術をマスターした。

それは、ただでさえ傷がいっぱいになっているところ、もっと傷を増やすようなことを外側からもたらされたくなかったから。

そうやって防御を固める術を身につけてきた。

そして、ようやくこの年になって、自分の感覚で良いんだなって、やっと自分が自分の感覚を心から受け入れて信じられるようになった。

私の感覚が正しいかどうかなんて他の人たちのものさしで計ったら違うかもしれない。

でも、私の感覚は私にとっては絶対なもので、それはとりあえず一旦はすべて受け入れよう、そう思った。

不具合があるならまたその都度その都度、見て感じたらいい。

私は自分のその外には言葉を出せない子どもの頃からの習慣があったから、人の話を聞く時は多分相当気をつけている。

否定の言葉は何も語尾が否定形とは限らない。

まるで肯定して一見寄り添う風でも、それでも言葉は凶器になったりする。

相手の人が何か自分のことを私に打ち明ける時、私はそれだけですごい勇気が必要なのを知っているから、だから基本的には黙って聞くことぐらいしかできない。

何か言うとしても、相手の体験したことがもし私の体験だとするなら何て言われたいか、そういう視点でパッと出てくるものがあれば言う。

でも、そんなのは大体何を言うにしても難しいから、とにかく黙って話を聞くに限る。

それって結局、私自身が一番されたかったことだから、それをしている。

それが良いか悪いかじゃなくて、もう究極のところそれしかできない。

話が少しそれるけれど、コーチングやカウンセリングの実践のための勉強をする時、必ず「質問力」というのが出てくる。

たしかに質問はすごく使えるツールだし、質問1つで世界が変わる場合もある。

私も質問に救われた体験はある。

だけど私は思う。

「質問する力」よりも大事なのは「質問しない力」だと思う。

質問しないで相手の話をうんうんと聞くのは、かなり能力が必要だと私は思っている。

質問もせず、ひたすらうんうんと話を聞いてもらうことの癒しの力と言ったらない。

ただただ聞いてもらえるだけで、どれだけ自分が癒されるか。

だから質問する力よりも質問しない力、質問しないで話を黙って聴く力の方が、私なんかはすごいと思っている。

そして、質問する力に関しても、相手の中から何かを引き出したい時は、コツがいると思う。

これに関して私は2つ思うことがある。

さりげに私は、「どうやって質問を思いついているのか」とか「どうやって質問を考えているのか」と何人かから聞かれたことがある。

結論から言うと「質問を考えていない」。

そう答えた時もあると記憶している。

聞かれたから気になって自分で観察してみたところ、私が聞く時は「単に私が聞きたいから」聞いている。

相手の話や考え方に興味を持って、それでふと気になったことを聞いてるだけだった。

だから、質問力を高めたいなら、相手の話に興味を持てば多分質問は浮かぶ←ザ・適当( ̄∀ ̄)

もう1つ。

これはされてめちゃくちゃ不快だったことで学んだ質問する力。

コーチングスクールでペアを組んで質問を使ってのカウンセリング的なことをした時や、実際に何人かの個人セッションを受けた時に感じたこと。

「良い質問をしよう」と考えながら質問している人は、肌で感じる。

そういう人は自分のことしか見てないから、私の話なんてさっぱり聞いていない。

話聞いてる風だけど、実際は違うことがすぐにわかる。

そして「いかに良い質問をして相手に気付きを与えるか」とかそんなことばかりを考えているのが丸見えだから、私の話はどうでもいいんだと私なんかは即シャッターを下ろす。

この人は私の話に興味があって質問しているのか、そうではない別の理由で質問しているのかはわかってしまう。

だから頭で考えたような質問をしても、結局は何も心に響かないどころか心を閉じてしまう要因になってしまう。

好き勝手に書いたけれども、人と人とは所詮分かり合えないと思いつつも、分かり合いたい、少しでも何かを共有したいと思っている私もいる。

それは自分の殻に閉じこもる時間が長かった私にとって、人と分かり合えたとかわかってもらえたという時の感覚はこれ以上ないぐらいに感動的で、私はすごくすごく満たされる。

何がしあわせか?ってランキングがあるとするなら、自分を他の誰かにわかってもらえたというのは私の中で相当高い順位にランクインしている。



すごいまとめ方だけど。

この話を『奇跡の果実』に入れたのは、【「自分の感覚で良いんだ」という感覚】を手に入れたことを書きたかったから。

『奇跡の果実』シリーズは本当に色んなことを私にプレゼントしてくれてる。

私の中では、『奇跡の果実⑧覚醒』に書いた

【自分にとって何が快で不快なのか
そうした全てで形作られている自分というものに気付いていくこと】

この部分に連動していると思っている。

メッセージに近いものだと私は感じている。

この私だけの感覚こそが私にとっての正解だったりヒントだったりする。

私はこれまで色んな怖さや不安や自信のなさから、自分の感覚でいいと思えないことが多かった。

でもここまで色んなことを体験していく中で、自分の感覚で大丈夫って、それを感じられておかげで楽になれたり安心できたりするスペースが心の中に増えた。

Lessonとも言い難かったからとりあえずウラ話に盛り込んだ。

またホロスコープ話だけど、今回の春分の日は、潜在意識や魂意識、集合意識、自分では周りの目から隠している心の奥深いところなんかに魂の傷やテーマを表す「キロン」という天体が来ている。

「魂の傷」じゃわかりにくいから言い換えると、自分の中で自信がないことや不安なことと言ってもいい。

キロンは癒すことで、強さや真の力を取り戻させてくれるものとされている。

春分の日の天体配置はこれから来年の春分の日の前日まで影響するとされているから、これから個人レベルでもそうした心の奥深いところへの揺さぶりがワッサワサとやってくる可能性がとても高い。

そうした時に、その傷を癒してさらにそこからメッセージを受け取ったり、その傷があったおかげで自分の何か才能とか資質に結びついていたりするものに気付けるととても強い。

ちなみに、今回の春分の日の天体配置、すごい強烈だったようで(←どうだと強烈でどうだと強烈ではないのか、その辺りの見極め方がさっぱりわからない)、体調不良やメンタル的にしんどい時間を過ごした人も多いとあった。

しばらくまだキツイらしく、私も無理せずにいこうと思っている。

2019年3月20日水曜日

奇跡の果実* Lesson8『【自分を知ること】で自分を癒す』




奇跡の果実(22)40歳の誕生日、心が決壊した日(☆)
↑リンク飛びます

上の話の続き。

40歳の誕生日当日にfacebook開けたら、いきなり友達の第二子出産の投稿を見て、超ショックやら虚しさやらやり切れなさやらを存分に味わった後の話。

生物学的には子を産めるのに、それを使っていない自分への罪悪感をはじめ、自分の女としての生きる道や女としての部分へのダメ出しを猛烈に始めた。

さぁダメ出しを始めようか!ではなく、自動的に反応して「なんで自分は結婚もできず、子も産めず、かと言って社会的に活動してるわけでもなく、何をしているんだろう自分は…」とどんどんネガティブ思考にはまっていった。

もう凄いぐらいのネガティブ思考だった。

しかもそれだけではなく、もう1つ大きなテーマ(お金にまつわること)も同じ日にやってきて、自分で自分の首をこれ以上ないぐらいに絞めた。

まるで生き殺しの刑( ̄ཀ ̄;;)…。

そこからどうやって自分を癒したか、そのプロセスを紹介。

あくまでも私のやり方なので、良いなぁとかできそうだなぁとかいうところをヒントにしてもらえたら嬉しいです!

あと、この後に紹介する方法や考え方は、とりあえず自分の感情をこれ以上ないぐらいに感じた後のプロセスです。

その部分をかっ飛ばすと自分がもっと傷付いてしまうので、苦しくて悶絶しそうだけど、自分のためにちゃんと苦しんであげてください。

それすると、自分の奥の方が満たされて、時間の経過と共に楽になります!



◯「自分が本当に欲しいものって何だろう?」
と自分に聞く

私の例を挙げてこの後具体的なプロセスの説明をするけれど、その前にこの質問を自分にする時のコツについて。

1つは、手に入れてないとかできてないとか、そういう部分はとりあえず無視して、【質問にだけ集中すること!】

例えば、「結婚できてないから私はダメなんだ」になると、そのダメなところには目が向いても「結婚の先に私は何を求めているんだろう?」の部分が全く見えなくなる。

この質問は、「私は何を求めているんだろう?」を知ることが目的だから、そこにいちいち余計な思考をくっつけると進まないどころかアリ地獄状態になって、ドツボにはまって出られなくなる( ̄∀ ̄;)。

だから、余計なことはとりあえず考えずに質問にだけ集中することが大事。

もう1つは、フツフツと感情が湧いて出てきたら、ひとまず考えることは後でもできるから、出てきた気持ちを感じてあげること!

感情や感覚は何をキッカケに出てくるかはわからないから、出てきた時は無視せずに感じてあげる方が絶対に良い。

これから説明することは、言葉だけ読むとすごいスムーズだけど、渦中にいた頃の私は何回もビービー泣いてたし、ノート閉じて目も閉じて体を横にしてひたすら感情の嵐が過ぎ去るのを待ったり、コーヒー淹れたりして気分転換したり。

なので、一気にやると言うよりも、のらりくらり自分の心の状態や許容スペースを見ながら進めることが私は大切だと思っている。



この質問「自分が本当に欲しいものって何だろう?」の最終目標は、
【自分の欲の奥にある本当に満たしたい感情に目を向けること】
【本当に欲しいもの(=特定の感情)が何かを知ること】
になる。

私はそこで止めたけれども、もっとやりたい人は、本当に欲しいものが何かわかったら、その欲しいものを満たすために他の方法や手段がないかをチェックして、そしてやれることがあればやったらいいと思う。

そしてやれることは、自分1人でできることが望ましい。

例えば「結婚する」とかにしちゃうと、相手なしでは無理なことになってしまう。

でも、自分の心を満たすために「誰かと一緒に住んでると想定してお気に入りの皿を探しに行く」なら1人でもできる。
(↑何年もそういうことをしてた人( ̄∀ ̄;))



私の時の例。

「好きな人と結婚して、その人との子どもが欲しかった」
    ↓
「何で子どもが欲しいんだろう?」
    ↓
「子どもを持つことで、私は何を持てるんだろう?」
    ↓
「1日1日、瞬間瞬間、違うもので成り立っていて、それがとてつもなく面白い」
    ↓
「そういう一期一会の瞬間が毎日の生活の中に欲しい」

こんな風にして、自分が本当に求めているものが何かを知ることで、執着の矛先が「結婚・出産・子ども」から逸れて、代わりに自分の求めている気持ちや感覚を知れるようになる。

それを知ったからと言って状況が好転したりとか、パートナーを引き寄せたりとかじゃない。

だけど、自分に向き合うことで自分が楽になれたり、息が詰まりそうなほど苦しかったのがだいぶ落ち着く。

自分の心の状態を安定させたり緩和させたりする目的が大きい。



▷寄り道話だけど、すごいヒントになったこと

誕生日の翌日の夜ぐらいに、私はすごい発見をした。

ホロスコープの中で「金星」は女性、「火星」は男性を表すとされている。

誰しもが生まれた瞬間のホロスコープに金星も火星も含んでいる。

だから、1人の人の中に女性的な面も男性的な面も両方含まれる。

生物学上「女」であっても、男性性とされる行動力とか情熱とか勇気とかがある。

反対に生物学上「男」であっても、女性性とされる美的感覚とか自分の内側にある愛とか甘えたい気持ちとかがある。

人間である以上は、どちらの性であっても色んな面を持ってのその人になる。

話を戻して金星と火星の話。

私の金星は水瓶座で、火星は魚座になる。

12星座は色んな区分があるけれど、その1つに男性サインと女性サインの2つの要素に分けて解釈する理論がある。

水瓶座は男性サインで、魚座は女性サインになる。

だから、私は女性を表す金星が男性サインで、男性を表す火星が女性サインになる。

いわば、あべこべな組み合わせが私の中にあるということ。
(これに限らず、ものすごいたくさんのあべこべな組み合わせを私は自分のホロスコープの中に持っている←生きづらさの原因の1つだと感じる)

これの超わかりやすい例を思いついた。

梅沢富美男みたいな篠原涼子が私の金星で、
乙葉みたいな松岡修造が私の火星になる。

超個性が強くて相容れない2人がセットになって金星なり火星になっている。

特に乙葉みたいな松岡修造は本当に強烈だと思う。

そう考えた時に、乙葉の良さも松岡修造の良さも両方取って、両方を活かすあり方を模索するのが大事なんだなと思った。

そして、それに気付いた時に、ずっと避けていた自分のホロスコープの金星について目を向けてみようと考えた。

これが私を癒すプロセスを一気に加速させてくれることになった。



私が金星を苦手としていた理由はいくつかある。

一般的に占星術の教科書やサイトで説明されている「金星」は、「恋愛、美、お金、美的センス、金銭感覚、愛、ファッション、求愛活動、芸術、快楽、恋人、魅力、人間関係」などを表すとされている。

恋愛もお金もファッションも、とにかく私にとって苦手なことばかりが含まれる金星は、触りたくないテーマナンバー1だった。

占星術では制限とか訓練とか責任を意味する土星は全体的に嫌われがちだけど、私は土星の方がよほど自分にとっては扱いやすいテーマに感じている。

しかも私の土星は、オカルト的な感覚を整えるという意味もあって、自分に直で関係することだから、かなり真面目に取り組んでいるテーマだと思う。

今回のように、妊娠とかお金とかいう自分を揺さぶるぐらいの出来事が起こった時に、いつまでも無視もしていられないから嫌だけど向き合うか…とやっと少し心を決めた。

まず驚いたのが、金星の意味を探っていくうちに、あるサイトで目からウロコの意味が示されていた。

金星を【自尊心・存在価値】として見ていくとあった。

他の苦手な意味たちはとりあえず脇に置いて、自尊心や存在価値として金星を見ることはできそう!と思った。

そうやって自分の金星の性質を見た時に、これまでとは全く別の視点で自分のことを見ることができた。

天変地異並みに金星の意味が変わったし、そしてその金星の意味こそ私そのものだった。

この後話が続くけれど、その中で手にしたメッセージを先に2つ紹介。



◯何をどうやったって、自分は自分でしか埋められない

◯【自分を知ること】で自分を癒す



私は自分の金星の意味を調べた。

そうした時に出てきたキーワードが
・大局的な視野で情報をキャッチする
・俯瞰的な見方、そしてそれに基づいて道筋を立てる
・五感をフル活用しての情報収集
→常識や社会規範ではなく、自分の感覚重視
・自分の欲しいものにターゲットを絞って情報収集する
・自分のところに集まった情報を役立たせる
・予定通りにいかない時はその場で臨機応変に対応する
・効率重視
・冷静に物事を見る
・記号やサインを読み解く

この性質を知って、ものすごく納得した。

私は上に書いたようなことに「美」を感じるし、そこに価値を置いたり見出したりしている。

そして気付かされた。

私がいかに狭い視野で、もっと言うと社会的に主流となっている価値観で物事を見ていたのかということ。

「金星」とか「恋愛」と言われると、どうも私は勝手にキラキラしたものを思い浮かべて、淡いピンクが好きでフワッとしたそれこそ乙葉さんや原田知世さんみたいな女性や、きれいな黒木瞳さんとか、そういうものを思い浮かべてばかりいたから、自分の本質とは異なるものを追い求めようとしていた。

「美」と言われると、とっさに化粧品とか服とかアクセサリーとかの小物とか、そういうのを思いついていた(←こちらもかなり興味関心が低い)。

でも実際の私は、情報収集だの俯瞰的な視野だの自由な発想力だのに価値を感じて惹かれる。

化粧品に見向きもしなくても、情報収集に欠かせない書きやすいノートやペンだのは必死で探し回るし、色々な製品を試して使いやすいものを追求する。

そういうことは自分が気になるポイントだから、自然体でずっと追求できる。

「美を研究しよう!」なんて思わなくても、勝手に気になることは調べるし、そしてそういう自分を私はものすごく自然に無意識に自分の中に取り入れていた。

そういう自分を受け取っていて、受容どころか大活用している。

「女性性」の中に「受け取ること」も含まれている。

私は受け取り下手で甘え下手だと思っていたけれど、自分の美意識に適ったことならじゃんじゃん受け取っている。

受け取り下手ではなくて、「特定の分野」に対して受け取り下手なのであって、全くもってすべて苦手ということではなかったんだと知った。

自分を着飾るとか、恋愛で女子力を超発揮するとか、世間一般で認識されているような女子力は本当に低いけれども、自分の美意識の視点から見ると私はめちゃくちゃ金星力が高い☆*:.。.\(*⁰▿⁰*)/.。.:*☆

他にも私の金星力として、「記号やサインを読み解く」というのがある。

カードの絵柄からメッセージを読み解くとか、星の動きと今の自分を重ね合わせて読み解くとか、本の中で心に残った言葉をノートに書き写すとか、そういうことはものすごくしている。

じゃなきゃ、ノートを100冊以上も所持するわけない。←知識・情報命の人!

『あぁ私これで良かったんだ』
と初めて本当に心の底から思えた。

だからこんな風に情報発信することも書くことも自分の中でやたらとテンションが上がる。

自分が有益だと感じる情報を表現・発信することも、私の金星のテーマにある。

こうしたことを知って、ずっと苦手意識しかなかった金星が、突然身近なものに感じられるようになった。



このことに気付いたことで、もう1つ大きな変化があった。

嫌味ではなくいつもちょこちょこ小さく引っかかっていたことで、男の人たちから「頭が良い」と褒められるといつも微妙な気持ちがコッソリと湧いていた。

相手は褒めてくれてるし、そんなの素直に受け取っておけばいい。

もちろん「ありがとう」とは言っていたし、本当に私の何を見てそんな風に思ってくれるのかは知らないけれど、ありがたいはありがたい。

だけど、どこか素直に喜べない自分がいたのも本当だった。

それも、この金星だの女性性だのの外からの情報を鵜呑みにしていたことと関係していた。

私の思い込みの1つに、男の人たちというのは自分よりも相手の方が少しバカだったり劣っていたりする方がかわいいとか良いと思ってくれる、という無意識の思い込みがあった。

実際に、私の方が何か秀でていてあからさまに嫌な顔をする男の人たちもいたから、余計とその思い込みは強くなった。

今思えば、そんな器の小さい人たちは無視しておけば良かったのに、私も私で自分に自信がないから、相手の反応1つで自分の評価もコロコロ変動する心の弱さがあった。

でもそれも私の思い込みで、周りの人たちは純粋に私の何かを見てそのように評価してくれていた。

もしそれが私の執念のような情報収集によるものなら、そういう意味で特定の分野にはたしかに長けてはいるから、だからそう言われたのかなと思う。

私の地頭は昔に比べたら相当良くなったけれども基本は頭の良い人じゃない。

一般教養なんてさせたら末恐ろしいことになる。

で、何が言いたかったかと言えば、もうそういう勘違いをしなくていいということ。

自分の美意識のポイントが1つわかったから、それにかかることで褒められたら、これからはもっともっと素直に喜べる。



今回書いているテーマに関して、昨日今日で出てきた言葉をそのまま紹介したい。

自分がノートに書いたままを転記する。


◯女性性ー色んな生き方があっていいんだ。
すっごい落ち込んで色々ダメすぎるかもしれない生き方でも一生懸命生きてる。それでいい。それ「が」いいとは言えなくても、今のままでもそれもありだよって自分に言えるようになった。

◯自分の人生に恋する、自分の人生と恋に落ちる


ーー レッスン(完)ーー


[写真説明]
40歳の誕生日に自分に買ったお花。
2日後の朝に写真を撮ったら、朝日がきれいに差し込んだ幻想的な写真が撮れた♪٩((*⁰▿⁰*))۶♪




【私サイド】
(これから書くことはレッスン本編と同時進行だったけれども、レッスンではありません。言うなれば「私信」)


「女性性」と言われる度にドキッとしていた私。

結婚・妊娠・出産はもう魔のワードとしか思えないぐらいにタブーワードだった。

女としての自分はどうなってるんだ?と自分を責めるようにして思っていて、女であることの楽しさまで捨て去ろうとしていた。

でも、そんなに自分いじめをしなくていいなと思った。

今回気付かされたのが、たしかに自分の感情が引き出されたきっかけ(友達の出産を知る)は自分にとって目を伏せたいものだったけれども、今回気付いて良かったということ。

自分の気持ちを隠していることにさえ気付かず、平気じゃないのに平気なフリしてずっと流していたら大爆発した。
(丸一日は本当に廃人のごとく落ちまくっていた)

今回まずは溜め込んだ感情が大爆発して、そして「癒さないとまずい( ̄ཀ ̄;;)」となって、そして金星の新しい解釈が手に入って、そこからスルスルと色んなことがほどかれていった。

そして、細かく見ていくうちに自分の気持ちがどんどん癒されていった。

バラバラの自分の声を拾うことで自分を1つにできた気分だった。

これは他の部分にも波紋が及んだ。

私はその友達の出産のfacebook投稿を見た時、もう1つ、もう会えそうにもない人をずっとずっと忘れられなくて何ならますます存在が自分の中で大きくなって、そんな風に想ってるのもいかがなものかと思った。
(負のエネルギーの伝導率の高さと速さと言ったらない((((;゚Д゚))))))))

数えられないぐらいの回数、自分にずっとずっと言い続けていた。

私なんか相手にするわけない、って。

色々不釣り合いで、対等になんかなれないとか、っていうか相手は私のごはんの誘いを断って転勤でいなくなってそのままだとか。

こんな不毛なことにエネルギー使っても結婚もできないし、何にも発展しないよとか。

そういう言葉を毎日毎日呪いのように唱え続けていて、自分の中でも相手を大切に感じる気持ちと絶望とが行き来していた、この1年半以上毎日。

そしてそのfacebook投稿を見たことにより、その辺りもますますマイナスに働いて、自分をものすごく否定した。

ひっそりと自分の誕生日を1つの区切りに考えていた私は「ほらやっぱりね。縁なんかなかったんだよ」と思った。

それが他のことが癒されたおかげでそこも変わった。

ホワイトデーの日だった。

ホワイトデー、いくら義理と言えども社内で配ったりしてるんだろうか…とか想像した。

そんなのは私の余計な想像だからいいとして、その日の午後、どう考えても仕事をしている時間に絶対にその人しか読まないだろうなぁという記事がいくつか読まれていると知った。

どういう理由で読んだのかは知らないけれど、少なくとも私のブログが優先されたこと、そこに時間を割いてもいいと本人の中で許可が出ていることに、私は本当の本当に繋がりを心から感じられた。

去年の6月に体のエネルギーを整えてもらうヒーリングを受けた時のこと。

自分の意識の状態は寝落ちする時みたいな感じだったけれど、その時にたった1つだけはっきりと自分の中に出てきたものがあった。

「生きる世界が違う」

閉じた目から涙が何粒か頰を伝って流れた。

本当に強烈だった。

私はその時に「一緒に生きていけない」と解釈した。

生きる世界があまりに違いすぎて、交わりそうにもなかった。

その頃にはもうオカルト要素が色々人生に入り込んでいて、自分の体質にも気付き始めていたから、自分のこれから関わる世界は相当特殊なのかな…という予感はあった。

その人がいる世界は、1は1だし、プラスはプラス、マイナスはマイナス、それぞれがはっきりとしている。

私の見ている世界は、1は有限にもなれば無限にもなり、はたまた蛇足にもなればラッキーアイテムにもなって、いくらでも解釈の幅が広がる。

その人がいる場所が「社会」だとするなら、私がいる場所は「オカルトな怪しい世界」になる。

それがあったから、「生きる世界が違う」と感じた時に、私にはその人とのことに関しては絶望しかなかった。

11月の初旬に木星がさそり座から射手座に移動した時、第二の「やっぱりダメだった」絶望が来た。

占星術を知らなければスルーできたけれど、占星術を知ったからスルーできなかった。

さそり座は、12星座の中で「破壊と再生」「変容」にまつわることを一番強くテーマとして持っている。

天体たちは今、人生の中で必要なものしか残さない時代の流れを生み出し続けている。

11月の木星移動時に、まずは不要なものを手放しさせられる流れにあった。

私自身もそうだった。

その時、これから何年と会えないと思っていた友達との再会がその丁度切り替わる前日に実現したこともあって、余計とその人との繋がりのなさが決定的となった。

今繋がらないということは、もう繋がらないんだと、そうは思いたくなくてもそうだった。

明日に控えた春分は、またその不要なものは根こそぎ排除される流れが強くて、それはこれから2020年に行くまで徹底的に繰り返されて、最後は本当に必要なものだけが残る流れがますます加速する。

だから、私は先週の誕生日から明日の春分の日までが1つのヤマ場だと思って見ていた。

これはラストチャンスみたいな感じもあった。

ここで本当に何も繋がらないなら、もう自分の中を本気で整理しなきゃいけない流れが来るだろうことは予想できた。

そのタイミングで男性の紹介の話まできたから、余計と私は焦った。

その話をブログに書いたあたりから誕生日近くにかけて「もしかして…」と思うことが増えた。

そしてホワイトデーの辺りに本当に繋がってる、と確信できた。

それはその人の仕事の仕方を知っているからだった。

私からしたら異例だった。

実際は有給だったのかもしれないけれど、もし仕事中なら仕事よりも私のブログが優先されたことになる。

その人は基本的にそういうことはしない。

人が見てないような所さえも手抜きをせず基本をしっかりと守る人だから、勤務中に私のブログを開くとは考えにくい。

だけどどういうわけかチェックしていたのはわかったから、そしてそのチェックされたものを見て、私は過去最高に繋がりを感じることができた。

その日の記録に書いている。
(最近はすごいサボり気味だったから、重要なことだけを書くようにしている)

X 一緒に生きていけない
◯ ちがっていても共に生きていける

むしろ違っていることが財産だとさえ感じる。



話は飛んで昨日3/19の朝。

金星と女性性とその他自分の生き方や考え方、気持ちを癒しまくって1週間ほど経った。

「◯◯さんと一緒にいたいと思った気持ちまで否定しなくていい」

ポロッと出てきた。

そう思うことさえダメな気がしていたから、それは叶う叶わないじゃなくて、自分の気持ちのままでいいんじゃないかと思った。

自分の気持ちを本当に真っ直ぐ受け止めたい、せめて私だけはその気持ちを否定せずに真っ直ぐ受け入れたい、そう思った。

そして今日は今日でこんな風に朝書いてる。

「これまで縁がないことが正解
→誰かと結婚していたら◯◯さんには出逢えなかった」

「◯◯さんがどうであっても、私の気持ちは変わらない。
それがはっきりとわかった。
連絡くれないから嫌だとかあきらめるとかそれは違う。
連絡なかろうが私の中にあるものは変わらない。」

私はその人と現実的に見える形で繋がっていなくても、自分がどれだけ助けられているかを知っている。

思い出の中に生きるとかいうのとは全く異なっていて、その人に出逢えたことで私が得たものは、これから死ぬまで自分が持ち続けるものをずっと支えてくれる一番の根幹となる部分にあるもの。

それがわかったこともあって、今日起きたらあれだけ繋がってる繋がってないが気になっていた執着・執念みたいなのが、今日だけかもだけど、ずいぶんと薄まった。

それよりも私はこれから幕が明ける2019年そして2020年に向けて、その人の存在を本当に実感できるその心の部分がものすごく心強い。

繋がりを本当に感じられることで、もっと自分のことに集中できる。

そういうことまで感じられるぐらいに、私は癒された。

見えるものがすべてではない世界に生きている今、見えない部分でいかに繋がることができるか、その貴重さを感じ始めている。

とにかくこの大きな切り替わりのタイミングで繋がりを実感できたことはとっても大きい。

この1年半の間で1番のプレゼントだと言ってもいいぐらい。

色々キツイことのオンパレードだった中で最後に来たものは、私にとっての絶対の正解だった。

2019年3月19日火曜日

奇跡の果実(22)40歳の誕生日、心が決壊した日

>>>2019/03/10 22時過ぎ

湯船に浸かった自分のつま先を見ながら、「39歳もう少しで終わりだなぁ」と感慨深い気持ちでいた。

色々あったし、色々ありまくりのまま40代に引き継がれていくけれども、自分がここまでがんばったなぁと思ったら、涙が出そうなぐらいに色んな想いが去来した。

29歳最後の日を思い出していた。

私は30歳になる時、世間では恐れられる年齢なのに、むしろ楽しみにしていた。

どんな30代になるんだろう…って。

それが突然3日ぐらい前から、30歳になるのが怖くなった。

何が怖かったのかは言葉にできないけれども、突然足元がグラグラで1人じゃ不安でたまらない自分がニョッと顔を出した。

前日は友達何人かが住んでいる町に遊びに行ってお祝いしてもらい、そのままその日は友達2人と牢獄みたいなホテルに泊まった。

ワインを飲もうと買ってあったのに、日付が変わって早々私の手が当たって、ワインを床に落として割ってしまった。

30代凄い幕開けだなと思った。

友達2人からも「これ見てドッと疲れた」などと言われながら、そのまま寝た。

朝誰よりも早く起きた私は、暗い洗面所の鏡の前に立った。

鏡の中の自分を見てたら泣けてきた。

辛い時こそ笑うんだよ、と私に教えてくれた人の声が聞こえてきそうだった。

一瞬しか泣いてないのに、目が真っ赤になっていた。

友達に見られちゃまずいと思って、必死で顔を洗った。

職場には「今日は急用で行けなくなった」と言ってサボりの電話を入れ、私は高速バスを降りた後、今度は海に行くバスに乗って海に行った。

あれから10年、本当に頑張って走り抜けたなぁ…、そう思いながら自分のつま先を見た。

この体が39歳の自分まで引っ張ってきてくれたんだなと思ったら、自分に対して感謝の気持ちが湧き出た。

「ありがとう、本当にありがとう」と心の中で何度も自分にお礼を言った。

色々思い通りではなさすぎたけれども、それでもがんばっての今だとたくさん気付かされた。

そしてこの自分で明日からの40代もがんばれそう、この自分と生きていけそう、そう思えた。

29歳最後の夜とは違って、穏やかな気持ちで30代最後の夜を迎えることができた。



上の部分は、3/19すでに40歳になった自分が書いた。

下の文章は正真正銘、まだギリギリ39歳の私が書いた。



>>>2019/03/11  1:17

まだまだ39歳。

あと7時間少しで40歳。

30代はちゃめちゃ過ぎてどうなるかと思っていたけれども、終わってみたらものすごく大きなものを手にした10年間だった。

何も後悔していない。

39歳最後の夜、ものすごく満たされて眠りに就く。

ゼロからのスタート。

40歳は自分1人でスタート。

これまでの自分がここまで連れてきてくれたから、その自分で新たなはじまりを迎えられる。

どんな風になるのか楽しみ。

39年間走り続けた自分におつかれさまとありがとうの気持ちでいっぱい。

そういう穏やかな気持ちで39歳を締められて、そして次の40歳を迎えられるのはとっても嬉しい。

本当に嬉しい。

祝☆39年間の命のバトン
祝☆40歳からの自分



>>>2019/03/11 午前中

明るい気持ちで8:36を迎えた。

本当に40歳になった。

40歳どんな風にお祝いできるかな…と考えて、自分のためにカードとホロスコープからメッセージをもらうことを考えた。

そんなお祝いの仕方は初めてだったから、心はウキウキした。

友達から誕生日のメッセージもいただいて、心はじわじわと満たされていた。



ここから先に書くことが誕生日当日の凄まじかった時間のこと。

その凄まじかった時間の中の1つの方を今日は書く。



>>>2019/03/11 自分の心が決壊した時

facebookというツールは、そもそも同じ大学内のクラスメートたちだったかサークル内の仲間たちだったかが互いにすぐに全員と連絡を取れるようにしたくて作られたシステムだとどこかで読んだことがある。

そこから爆発的に発展したfacebookは、今やものすごい勢いで色んな人やものを瞬時に繋ぐ。

日本どころか世界のどこにいたって人と人とが繋がる。

30代のいつからか、私はfacebookを見なくなった。

自分の人生がとことん訳の分からない袋小路にハマって、自分でどうにかできるレベルを超え始めた。

望んだことは叶わないし、反対に願ってもないことは起こるしで、何か自分が本当に悪いことでもしてそれの罰ゲームでも受けてるのかと思った。

周りが結婚だの子どもだのキャリアだのと発展的に生きているように見える中、私はすべて後ろ向きなぐらい後ろというか、もう何をどうしたらいいのかわからなくて、途方に暮れた。

そんな時に周りの人たちの上手くいってるもしくは楽しくしてる様を、たとえfacebook上でも見るのはきつかった。

だから私はfacebookから離れた。

少なくとも見なければ心は揺さぶられない。

知らぬが仏とはこのことで、知らないままでいられる方が良いこともある。

そうやって離れてすでに数年が経過した。

ただ、facebookのすごいところは、誕生日になるとそれを「今日は武士俣史子さんの誕生日です」と繋がっている人たちに知らせてくるシステムがあること。

2年か3年前に、私は半年以上も経ってからメッセージに気付いて返信したことがあったから(そんなこと知らずにいた)、その時からは誕生日だけはfacebook開けて返信するようには心掛けてる。

という流れの中で開いたfacebookに過ぎなかった。

いつぶりかわからないぐらいにログインした。

ログインするとホームに行く。

ホームには繋がっている人たちの誰かしらの投稿がズラッと並ぶ。

投稿者やその内容は当然私に決められない。

その日のトップは、昔ある時期にとても仲良くしていて一緒に仕事関係でも絡みのある人だった。

つい最近第二子を産んだという投稿だった。

私の中でプツンと糸が切れた。

ギリギリのところでいつも保っていた細い糸が切れて、そこからの私は一気に崩れた。

泣きたいわけでもないのにとめどなく涙が溢れた。

お祝いモードはぶっ飛んで一瞬で掻き消された。

代わりに後悔と否定と羨望と絶望と他のありとあらゆる負の感情がごった煮状態でやってきた。

完全にノックアウトされて打ちのめされた。

誰も悪くないし、その子も私も生まれてきた命も何も誰も悪くない。

頭でわかっていてももう心はズタズタだった。

自分の満たされた気持ちや39歳最後の瞬間「頑張ったな自分」という気持ちが嘘の上に作られた虚像のようなものにしか見えなくなった。



ーー2009年3月11日
結婚・妊娠・出産・育児、30代で一通り経験したいな。20代は自分のためだけに生きてきたから、30代は自分以外の誰かのためにも生きていける人生であって欲しい。ーー

30歳の誕生日に、誕生日日記帳にはそのように書いて締めくくっている。

正直に言うと、30代は結婚と子育て以外のしたいことが私の中に全くなかった。

28〜30歳まで協力隊に行ったことで、私は自分がいかにキャリアとか仕事というものに興味がないのかもわかった。

地球の裏側から私は日本の料理ブロガーの人と手芸作家さんのブログにどハマりして読んでいた(ネット環境がある時)。

料理も手芸も面白い内容だったけれど、私がそれ以上に惹かれていたのは、旦那さんと子どもがいる生活そのものだった。

憧れ方も半端なくて、私はその人たちのブログを見て、超本気で自分もそういう生活を送るところをありありとイメージして、それがいつか叶わないかな…と思った。

ところが、30代蓋を開けてみれば、そういう路線ではない方に人生はどんどん運ばれた。

最初に私を待ち受けていたのは、リーマンショック後の就職活動とどう終わらせていいのかもわからない失恋とそして糸が切れた凧みたいに自分の中で何もやりたいことが思い付かないことへの焦りと…。

就職活動の時に聞かれた忘れられない質問がある。

「武士俣さんはこれからどうしたいですか?」

それはその職場のことではなく、生き方そのものを問われていた。

私は言葉に詰まった。

何て答えていいのかわからなかった。

結婚がなくなり心は撃沈して、でも生きていかなきゃいけないから就職活動してるだけで、将来の希望も展望も皆無だった。

少しなのかだいぶなのかは覚えてないけれど、沈黙の後私はやっと口を開いた。

「すみません、わかりません」

それが本音だったし、それ以上も答えられなかった。

「武士俣さん、例えば南の方に住みたいとかそういう住みたい場所とかでもいいんですよ」

と面接官の方は助け船を出してくれた。

それでも私は
「本当にすみません。住みたい場所もどうしたいかも、本当にどうしたいのかわからないんです」

頭を下げながらそう言った。

そこは不採用になったけれど、今考えてもその人が現れたのは私の人生の軌道修正をしてくれる係の人だったんだと思う。

面接が終わってあとは帰るという時に、面接官の方に言われた。

「武士俣さん、僕たちの会社はどんなにその人が欲しい、その人にうちの会社に来て一緒に働いて欲しいと思っても、その人の人生にとって他に行く必要のあるところがある、その人にとって相応しい場所が他にあるってわかる時、本当に惜しくてたまらないんですが、その方を不採用にすることがあります」

40社以上の会社に応募して何社かは面接にも行ったからわかる。

そんなこと言ってくれた会社はそこだけだった。

そしてそこの会社に後日面接のお礼を書いてメールしたら、担当者から個人的なエールが贈られてきた。

「雨降り族が踊ると必ず雨が降る」という話を教えてくれた。

なぜ雨が降らない土地で雨降り族が踊ると雨が降るかと言えば、【雨が降るまで踊り続けるから】とあった。

武士俣さんの降らせたい雨は何ですか?降らせたい雨を見つけて、そして雨が降るまで武士俣さんも踊り続けてください、僕も10年ほどかけてようやく降らせたい雨が見つかりました、と書き添えられていた。

これ以上ない、すごいエールだった。

多分私を採用したかったんだと思う。

だけどあの時その人の決断で私は不採用になって、そして最終的に名古屋の会社に内定が出た。

名古屋の会社の方は、二次面接の本社の打ち合わせの時にすでに私はやらかしていて、もう行く前から落ちたと思っていた。

仙台の友達に会いに行ってさぁ帰るぞという頃に電話をもらったけれども、なんと充電が切れて電話が途中で切れた。

充電できないから連絡のしようがなく(折り返したくても番号もわからない)、翌日になって謝りながら面接の日程を打ち合わせた。

面接もひどくて、面接担当者は超適当だった。

落ちたんだなと思いながら帰ってきたら採用と言われてビックリした。

それで名古屋に引っ越して、本格的な30代がスタートした。

名古屋での6年半はドタバタだった。

よくわからない人生の流れは年々加速するし、元々「これしたい!」という強い意志もなかった私はますます迷って、自分の人生なのにひたすら混乱しまくっていた。

男の人たちを紹介されても2度目会う人は誰もおらず、誰かを好きになるイメージもなく、結婚どころか恋愛そのものから遠のいた。

今思うとわがまま放題だったけれど、相手が気に入ってくれても自分が何か嫌だと、何だかんだ理由をつけて断った。

自分が選べる立場にもないのに、自分の融通の効かなさには自分でも唖然とした。

年齢も妙齢過ぎて、中途半端に関係が進んだらもっと面倒くさくなると思って、早々と断っていた。

忘れられない人もいる、パートナーが欲しいと口では言いながらも本当は怖かった。

立ち直れないほどの痛手を受けるのが嫌だった。

周りが結婚、妊娠、子育てと進む中、もしくは仕事はじめ生き方の軸を定める中、私は自分がどうしたいのかますますわからなくなり、生きるってこんなにしんどいんだと暗い考えにどっぷりと浸かっていた。



3年か4年前のある日、私よりいくつか年上の女友達と電話で話した。

友達はその時40歳になった。

「40歳になって、やっと少しホッとした。もうさすがにこの年になったら、周りも結婚だの出産だのと言ってこなくなるから、ちょっとだけ気持ちが楽になった!
私、子ども残せない代わりに論文でも残すわ 笑」

電話越しにそんな風に笑いながら言える友達の強さを感じた。

この友達は超活発+姉御肌な人で、そして日本国内でもその分野での有名人みたいな特殊な専門性を研究しているけれど、その表に出ている顔と本人の本音は全く別のところにある。

本人は並々ならぬ家庭生活への憧れと、本当はすごい繊細で女性らしい配慮ができる人なのに、表に出ている顔が男勝りなところがあるからよく勘違いされやすい。

私はそうではない彼女のぬけてる可愛らしい面も知ってはいたけれども、そんなこと指摘したら変な空気が流れそうだから、本人には直接言ったことがない。

だけどある時、うっかり男友達が私に口を滑らせたことで彼女の意外な一面を知った。

男の人に対する理想が高すぎて男友達みんなから「そんな男いねぇよ!」と言われてばかりだったけれど、彼女は本当は本気で好きな人のためならキャリアや自分の資産全部手放してでも相手をサポートする覚悟を持っていた人だった。

男友達の話からそれが全部わかってしまった。

だから彼女のキャリアは本当に日本という国の中では絶対に欠かせないものだし、彼女の研究はこれから100年200年は当たり前に引き継がれていくようなものだけど、本当にそれがなければ普通に結婚してお母さんしたかったんだろうなぁと思う。

結婚とキャリアは別物かもしれないけれども、少なくともこれだけはわかる。

彼女が携わっている分野は、彼女が選んでる風だけど本当は仕事の方から選ばれてるんだろうなぁって。

彼女の専門分野は超現実派のものだけど、そこにも「お役目」を任される人たちがいるとするなら、彼女は間違いなくお役目の人。

多分死ぬまでその分野の人をやり尽くすと思う。

彼女のあきらめと未来への自分の道とを語ったその言葉をふと思い出した。

40代の私は論文を残さず何を残していくんだろう…。

胸の奥が痛かった。



facebookで見た第二子誕生の投稿。

自分が欲しいものがその画面の向こうに全部あった。

自分の中で見ないようにしていたものたちが一気に噴出した。

人の人生は人の人生だし、私の人生にしかないものだって当然ある。

もしかしたら私の持っているものは、他の人から見て羨ましいものだったり欲しいものだったりするかもしれない。

だけど、そんな風に頭で考えて割り切れるものではなかった。

スピリチュアル的なもの、見えない形の資質・体質的なもの、人は羨ましがるかもしれないけれど(実際に言われたこともある)、私は自分が欲して得たものではなかった。

その名古屋に行くことになった仕事が超ブラックな働き方をするところで、 10回近く退職願を出しても辞めさせてもらえず、本当に精神的に超追い詰められて、それで何とかしないとこのままいくと私の人生がものすごくやばいことになる、そう思って門戸を叩いた場所がコーチングで、そして「コーチング」たるものが何かもわからずに行った先にいたコーチとの出会いが私のスピリチュアルな扉を開いた。

当時は1ヶ月無休とかも当たり前だったし、朝は7時に家を出て帰りはその日のうちに帰れたら御の字みたいな生活で、さらに仕事内容も肌に合わないものが大半を占めていた。

余談だけど、そのコーチと出会った日、スピリチュアルな扉が開いたとわかるものがはっきりとホロスコープに出ている。

しかも今時間も調べて当時のホロスコープを出したら、もっと驚いた事実が出てきた。

過去世から今世へと続く魂のテーマ・道を表すものと子午線軸がピッタリと重なり合っていた。

それも360度中1度の誤差もなく重なっていた。(角度差が1度未満で重なると、ホロスコープ上ではウルトラスーパー強烈な影響があるとされている)

子午線軸の両方、社会的な役割の顔を表す側と心の拠り所を表す側と、その両方にピッタリと私の生まれた時のホロスコープが重なる。

もう避けては通れなかった道なんだと今さらながらに知った。

私がスピリチュアルな道に進んでいくのは、少なくとも興味があってそちらを勉強したんじゃなかった。

崩壊寸前と言わんばかりの人生と自分自身を立て直すために、藁にもすがる思いで出かけた説明会で、まさか会話1つで心が軽くなるそんな魔法がこの世に存在するだなんてビックリ仰天で、それでそのコーチが知ってるノウハウを私も知りたくて色々教えてもらったら、それがスピリチュアル的な要素も含んでいることが後々にわかった。

だから、生き方そのものを悩むほどの事態に陥らなければ、私はスピリチュアルなことはおろかコーチングにさえも行き着かなかったと思う。

スピリチュアルなことも、私は自分の許容範囲内でしか最初は触らなかったから、あくまでもスピリチュアルな勉強ではなく、コーチの考え方や視点に惚れ込んでそれを教えてもらったらそれがスピリチュアル的なものだった、という流れで私は入っていった。

まさかそこから自分もある種の特異的な体質だと気付くとか、見えない世界にどんどん入っていくとか、考えられなかった。

そうした自分のオカルトチックな体質のこと、そしてそれは活かすために与えられているものだということを受け入れていくプロセス、それ相応の人生にますますなるだろうことへの覚悟、亀の歩みのようにやっと少しずつそうしたものを受け入れ始めたのがこの1年ほど。

もう逃れられないだろうことや、何だかんだ言いながらもやらなきゃいけないだろうこと、私の魂の設定かどうかは未だにわからなくてももうそのように人生が動き出していること、そういうものにも心を開き始めた。

そちらに自分が開いていくというのは、あくまでもそれ単体でのこと。

本音を言えば、自分が大切に想う人と一緒にいて日々の生活を営む、私が本当に望んでいるのはそれだけで、それ以上のことを望んでるつもりはない。

だけど、人生がそのようではないから、だから自分の願いはそっと自分の胸の奥にしまった。

誰にも見えないような場所へしまって、そしてあとはやってくる出来事たちをひたすら受け入れていく…、そうやって少しずつではあるけれども小さくそちらに歩を進めた矢先のfacebookだった。



38歳の夏、人生の色んなことが曖昧になりながらもとりあえず日々生活を送ることにだけ目一杯だった時、突然1人の男性が私の人生に現れた。

それは想定外なんてものではなかった。

恋愛の「れ」の字もないぐらいに、そしてそもそもそこは職場だったから、私はそこに出会いなんか一切求めていなかった。

私が求めたのは、平穏無事が得られる人的環境と仕事内容だけだった。

恋愛全般にとても臆病になり、そうした色んなことをあきらめた私には信じがたい光景だった。

仕事中気付くとその人を意識している自分に気付いたし、そして気付いた次の瞬間「これは何かの間違いだ」と思って、全力で否定していた。

これまでの人生で起こったことたちと比べても色々おかしいことには気付いたけれども、相手がイケメンだから自分は勘違いしてるだけだとか、そうしたことから長らく離れていたから少しぐらいやさしくされたからと言って自分の中で勝手に盛り上がっているだけだと思い込もうとした。

しばらくそれで悶々としていたけれども、このままじっとしていても仲良くなるチャンスなんて皆無だったから、私は何か行動しようと考えた。

3週間ほど悩みまくって男友達にも相談して、それでやっと動くという状態だった。

勇気振り絞ってごはんに誘ったけれど断られ、さらには無視され、もう最後は辛い時間がたくさん流れまくりだったけれども、それでも私はその人のことを嫌いになれなかった。

その人のことなら何でも許せるというのとは違って、表面に現れる小さなことたちがかすむくらいに、まずはその人がいてくれる、自分の世界の中に存在してくれてる、それが何よりも大切だった。

私はそこまでできた人間でもないし、自分にとって辛いことをされれば普段なら寛容さも包容力もないけれども、その人だけは全く違っていた。

自分が嫌われてもいいとは言わないけれど、それさえも受け入れる心づもりが私にはあった。

絶対に守りたい、他の何からも守りたい、そういう存在感を発揮しまくりな人だった。

そしてその人に出逢うことで私の人生は劇的に変わった。

この人は最初私に、生きる喜びと命に感謝することを授けてくれた。

全く興味もない仕事に行くにも関わらず、毎日「今日も朝が来た☆*:.。.٩((*⁰▿⁰*))۶.。.:*☆」と喜びに満ちた状態で1日を迎えた。

そして夜寝る前には「今日も本当に素敵な1日だった☆*:.。. o(*´꒳`*)o .。.:*☆」と、大げさではなく本当にそんな気持ちで毎日いた。

あれだけ楽しみだった週末はさほど楽しみではなくなり、日曜のサザエさんタイムの頃には俄然月曜日に向けて元気になる、という人生で体験したことのない感覚を味わった。

お盆休みなんかは、「早く終われー!!!」と思ったぐらい、多分もうそんな体験人生で二度とないと思う。

その人がくれたのは、生きる喜びとか命への感謝だけじゃなかった。

「愛」それも究極の形の愛みたいなものだった。(←書いててものすごく恥ずかしい。けれど、書かないとこの先の話が繋がっていかないから書く)

その人からはもらえなかったけれど(T ^ T)、自分の中にあるものを引き出してもらった。

自分の中にそういう感覚を持てるというのは本当に感動した。

そういう感覚さえもう自分は持てないと思っていたから、愛を知らない寂しい人生だなぁなんて思っていた。

ところが、それがガッと勝手に開いて、あんなに色々怖かったのに怖ささえ決壊して、もっと別の温かいものが自分の中から外に向かって溢れ出てきた。

自分でもものすごくビックリした。

そういう感覚になってる自分にも、自分の中にそういう感覚があることにも、とにかく驚いた。

そしてこれまで体験したことのない感覚でどんどんそちらは勝手に開いていった。

その人が転勤でいなくなった数ヶ月後、その人とは過去世でも毎日とても近いところにいた人だと、1年前に受けたホロスコープの鑑定士さんから教えてもらった。

さらにその数ヶ月後の去年の夏にも、霊視ができるヒーラーのOさんからも実に意味深な内容で、一度もOさんに話したこともないその人についての色々な情報を得た。

Oさんに視えてる時点で並々ならぬ関係なのは間違いない。

でも、現実はと言えば、最後は連絡先も交換しなければ何の接点も持たないまま、離れ離れになった。

離れたら気持ちも離れてくれるかとかなり私は期待していたけれども、これは読みが甘かった。

もう1年半になるけれど、存在感は相変わらず半端なく、むしろ大きくなった気がしなくもなく、だけど現実的には何の接点もないまま時間だけがどんどん過ぎていった。



その人の登場はものすごく重要だった。

私の魂が今世、現在の私みたいな体質で見えない世界のことにガッツリと深く関わることを決めて生まれてきたとするなら、何よりもまず感覚を開かないといけない。

感覚というのは、目に見えない部分の感覚、それは心だったり、言葉では説明できない部分の感覚。

自分自身に対して心を開くこと。

そして開いた状態で今度はその体質を受け入れ育てること。

そしてさらに他者に対してその体質や感覚を使う際、絶対基本となるのがその行為を愛を持って行うこと。

見えない世界の力は、悪用しちゃ絶対にいけない。

人間だから当然色んな感情が湧く。

私なんかは基本的に感情の振り幅がでかいから、しょっちゅう自分の感情に振り回される。

そういうものも自分の中で受け入れながら・なだめながら、誰かの人生に居合わせる時はキリッと自分を切り替える。

そして相手の人たちの何か人生における大切なものに関わらせてもらう時、それは愛なしではやれない。

「愛」と思ってはやらないけれど、私がいつもしているのは「相手の力をとことん信じること」と「絶対に大丈夫!と信じること」。

カオス過ぎる自分の人生でも、今この地点に立って、どの時のどんなこともこれ以上ないベストなタイミングでやってくることはわかるようになった。

そうした人生に起こる出来事に対して本気で信じられるようになったのは、その人と出逢えたからだった。

その人との出逢いは、時間が経てば経つほどどれだけの奇跡の上に成り立っていたのかがわかる。

1つのピースも狂ってはいけなかった。

現実的には到底受け入れられない強烈だった出来事たちさえも、その人に出逢うためには1つとして飛ばしちゃいけなかった。

それがなければ、私は自分の予測不能な人生を肯定なんか当然できなかったし、信じることも不可能だったと思う。

人生の流れを信じることと愛を持って人と交わること、この2つの感覚はその人なしには完成しなかった。

今だってオロオロするし不安になる時はガッツリ不安だけど、それでもこれが人に向き合う時、私はガッと切り替わる。

この体質を自覚できるようになって約1年。

この根底にはいつもその人の存在によってもたらされたものたちにずっと支えられてきたし、揺らぎまくりの私が何とかその時その時を全力でいけたのはその人のおかげで得た自分の感覚があったから。

本当に少しずつではあるけれど、自分の感覚を信じて自分の人生に流れ込んでくるものを受け入れて前を向いて小さな歩を進められるようになって…。

それで迎えた39歳・30代最後の夜だった。



facebookに載っていた、今は疎遠になりつつあってもかつてはとても仲良くしていた友達の第二子出産。

私は自分が何をしていたんだろう?と思った。

自分の生き方を間違えてるとも思ったし、本当は好きな人と一緒になることを本気で望んでいるんじゃないの?と思ったし、こんなにも意味不明な道の上を私は歩く気でいたけれども本当はそんな道さえも違うんじゃないの?とか。

生物学的には子を産めるのに、それを使わずにきた自分への罪悪感もものすごい出てきた。

婚活というスタイルそのものに納得できないから何もしなかったけれども、それも自分が頑固で自らの可能性を断っていたのかということも思った。

facebook上の友達の事情も多少知っていたから、余計そうだった。

その子は結婚する際、一度は自分のキャリアを手放した。

彼女の場合、大好きな仕事と大好きな人を一緒には選択できなかった。

どちらか片方しか選べない状況にあった。

彼女は苦渋の決断で大好きな人を選んだ。

そして今がある。

彼女は1つを選ぶ代わりにもう1つの大切なものを手放した。

私は彼女の仕事を近くで何回か見させてもらったし、一緒に組んでやったこともあったから、彼女のその仕事のセンスがものすごいことを知っている。

ああいうのを天職と呼ぶんだと思う。

その天職と大好きな人との両天秤はどう考えてもキツイ。

そのプロセスも知っていたから、私はそれと同じぐらい本気で何かをしてきたんだろうか?と思った。

人と比べるのはおかしいって普段なら思うけれども、もう止まらなかった。

何で私は自分が望む普通のしあわせが手に入らず、なんだかよくわからないことばかりがやってきて、とりあえずそれを受け入れていくしかなさそうで、でもそんなの私は望んだ覚えもない、すべてが嫌すぎた。

誰かの結婚も妊娠も出産も、ギリギリ笑っておめでとうと祝って、誰かの不妊治療の話も真剣に聞いて…。

でも私はずっとずっとそういうことが羨ましくて仕方なかったし、自分にないものを数えても仕方ない…と自分の気持ちに蓋をしまくっていたけれども、本当はそうじゃなかった。

普通に幸せになりたい、女として幸せになりたい、ただただそれだけだった。

ものすごい路線変更だらけの30代でいよいよ逃げてばかりもいられなくなって、その逃げられないことに少しずつでもいいから向き合おう、自分の人生に向き合おう…、そう思っていた矢先の急転直下だった。

自分の30代に何の意味があったんだろう?

全部が虚像みたいだった。

自分も自分の人生も、嘘の上に塗り固められたものみたいに見えた。



ちなみにもう1つ感情をものすごく揺さぶる爆弾的なことが誕生日にあって、そちらとダブルパンチで私はもう完全に廃人のようになってた。

40代も30代と変わらないすごいパンチが飛んできた。

あれから1週間以上経過して、だいぶ回復してきた。

本当は何をしたかをここで一緒に書こうと思ったけれども、長くなるから別々にすることにした。

完全に私の話ばかりで、これが『奇跡の果実』と何の関係があるんだ?状態だけれど、実はこれも連動している。

きっかけは決して望ましいことではなかったけれど、おかげで自分とガッツリ向き合う羽目になって、少しずつ癒されてる。

自分でもこんな超個人的なこと、実際に書いててかなり恥ずかしいところもあるけれど、よく書けるなぁと感心する。

おこがましさ満載だけど、私は1つだけ本気で願いながら書いている。

私が自分の実体験を話すことで、自分が体験した癒しのプロセスを公表することで、それが誰でもいい、誰か1人でもいいからその誰かの心に響いたらいい、一瞬でもその誰かが「自分だけじゃなかった」と思ってくれたらいい、そう思って書いてる。

そしてもう少し欲を言えば、私の話が私の癒しのプロセスが、他の誰かの心をほんの少しでも軽くしてくれたら、もっともっと嬉しい。

何となくわかってきたけれど、私の人生は「負の体験+癒しの体験」が常にセットでやってきて、そしてその両方を経ることでそこから得た知恵をまた他の誰かに渡していく、そういうことが人生の目的の中に入っていると思う。

自分で言うのもなんだけど、私の癒しの体験はものすごくユニークで、形は違えども他の人たちにも応用可能なものだと感じる。

癒しのプロセスは特にそうだけど、自分が体験していないと絶対に伝えられないし伝わらない。

だから、私は自分だけのものにせず、とりあえず誰が読んでくれてるかもわからないけれども(一部は知っている人たちではあるけれど)、自分が得たものはこうしてこれからも発信し続けようと思っている。

私がこの10年ほど、色んな人たちの知恵を借りながら何とかやってこれたように、今度は自分が自分のできることを自分のペースと自分の好きなスタイルでやっていこう、やっと少しずつそういう気持ちになっている。



誕生日の日のfacebookは、なるべくしてなった、水面下でタイミングぴったりに用意されたものだったと思う。

その後2日か3日は同じようにfacebookを開いた。

でも、どんどん投稿はプラスされていくから、出産の投稿は見えなくなっていた。

回復途中で、私は自分側のショックを抜きにすれば、その友達の第二子出産は本当におめでたいことだと思える自分がいることに気付いた。

それはこれまでとは違う自分だった。

それは年齢が上がったからなのかもしれないし、自分の中が癒されたからなのかもしれないし、もっと他の理由かもしれない。

いずれにしても、そう思える自分がいたことに、私は嬉しくなった。

強がりじゃなく、命の誕生を祝える自分がいることに、自分で自分に感動した。

誕生日当日ラスト3分という頃に、友達から誕生日メールが届いた。

まだ絶賛廃人中だった私は、それを読んでものすごく癒された。


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お互い良い時期も悪い時期もあり、いろんな場所でいろんな経験してきたよね。それらの全てがゆっくりとより上げられて繋がって、ぶっしーはいま、未開の険しい道のりを、みんなの先頭を切って進んでいこうとしているように見えます。
人より早い段階で苦しい思いをし、人より早い段階でそこを乗り越え、そして人より早い段階で天分の才能に気付き、…何もかもが世の中や周囲の人より早いタイミングで起きるために、たった一人で悩み、迷い、堪えなくてはならない事も本当に多かったと思う。

でも長い時間を経て、ぶっしーは自分の才能や使命みたいなものを形にするところまでやってきてる。それは生半可なことではなく(ほとんどの人は気が付かないまま死ぬのかもしれない)、満身創痍になっても、それでもぶっしーが魂の望みから目を逸らさずに、覚悟を持ってワイルドサイドを選択してきたからこそ、手に入れることができたものだと思う。

ぶっしーのブログを久しぶりに読んで、「ああ、やっぱりぶっしーは『人に伝える』役割を持ってるんだな」と改めて強く感じたし、ぶっしーを中心にして広がる人と人の繋がりや、そこから生まれるストーリーというのが、本当に鮮やかに、世界のエネルギーの色を変えているのを見ていると本当にワクワクする!

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


ガッツリと(勝手に1人で)落ちたけれども、それに勝るぐらい周りの人たちからたくさんお祝いしてもらった。

友達が書いてくれた言葉に、誕生日当日の最後、私はとっても癒された。

特に、心が決壊して撃沈していたから、余計と友達の言葉が心に沁み入った(T-T)。

私の人生をそんな風に見てくれてる人がいるというのは、ものすごく心強い。

友達の1人は、何の本かはわからないけれども、本を贈るねと連絡をくれた。

それもとっても嬉しかった。

名古屋のSさんは、日付変わってすぐにLINEをくれ、他にもメッセージを何人かからもらいとても温かい誕生日だった。

暴風雪+竜巻+台風みたいになっていたのは、私の心の中だけ( ̄∀ ̄;)。

そして、今回の癒しのプロセスに、この中に書いた人も含まれている。

こちらこそ思わぬ誤算どころか想定外のこと過ぎてびっくりしたけれども、ありがたくいただくことにした。

気にかけてもらえるということが、私にとってはとてつもなく心強いパワーになる。

私は元々メンタル系のことが睡眠にすぐ影響が出るから変な睡眠リズムになりやすいけれど、その人も大丈夫?と思う。

変な影響が出てないといいなぁと思う。

ここ最近は、2時間おきぐらいに目が覚めるから、その都度少し携帯を触るけれど、その時にその人もガッツリと起きていたことがわかった。

私は少なくともブツ切り睡眠でも眠れているからいいけれど、その人は眠れているんだろうか?ともはや心配になった。

体大事にしてね、と思う。

とにかく気にかけてもらえることで本当にパワーもらってます(o´艸`)。

ありがとう。

2019年3月18日月曜日

奇跡の果実* Lesson7『カルマの解消』




(写真説明)
1枚目:こんな風にノートに都度都度思い浮かんだことを書いといて、それを見てブログを書いてる[←自分やってるよアピール( ̄∀ ̄)]

2枚目:いつか載せようと思ってずっと忘れていた、私のテーブルの上のお気に入りスペース。毎朝机をセットしたら、右上の方にメキシコ産の手作り刺繍布を敷いて、そこに自分の大切なものたちをのせる。
左上にルノルマンカードを置いているけれども、その下は個人情報だから隠してるだけで本当は別のお守り的なものを置いている。

その隣りの茶色のカード、スピ力満載のメッセージ。スピ色濃すぎて普通ならスルーするけれど、同じ言葉を書いた女性がそれで自分の魂的なお仕事を始めたという記事を見て、それで真似して書いた。
こんな言葉1つ書いてそんなことになったら苦労しんわ!と思って、冷やかし半分で書いた。
たしか書いてしばらくしたら、山で行方不明になった人をペンジュラムで探して欲しいと依頼がきて、そして今のこの『奇跡の果実』にまで繋がった(O_O)!
それでバカにできないと思って飾り続けてる。

3枚目:普段の様子。ここから『奇跡の果実』が発信されてる。



【カルマの解消】

「カルマ」と聞いて、みんなは何を思い浮かべるんだろう?

スピリチュアル全般が苦手だった私は、「カルマ」も「インナーチャイルド」も「宇宙の法則」も、そういうスピリチュアルあるある的な言葉もとっても苦手で、それは今現在も苦手なままだとつい最近気付いた。

名古屋で数々のスピリチュアル系のぶっ飛んだ勉強会だのワークショップだのに行った時のこと。

そういうのに興味ある人たちの集まりなわけで、そういうところに行くと聞き慣れないスピリチュアル用語がオンパレードする。

「カルマがね…」「カルマの解消が…」「前世から引き継いでるカルマが…」とか、普通に口にしてる人たちがけっこういる。

私は心の中でかなりドン引きしていて、「カルマ」という言葉を聞くだけで、「なにそれ?」といつも心の中で毒付いていた。

これは私の超勝手な自己判断だけど、本当のスピリチュアリズムを実践されている方、その真髄をわかりやすい言葉で説明できる方というのは、基本的にスピリチュアル用語を使わない。

カルマでも業でもいいけれど、そういう言葉を使わない。

個人的に良いなと思った方たちに共通しているのは、誰が聞いてもわかりやすい尚且つ変な抵抗の生まれない言葉を使って説明していること。

そして、その話は知識だけではなく実践に基づいて話されている。

だから、私みたいなアンチスピリチュアルな人間がそうした勉強会に行っても抵抗なく普通に話が聞けたのは、そういう情報提供される講師の方々の言葉のセンスと生き方のセンスのおかげだと思っている。

そうした会はいいけれども、そういうところに行くと必ずいるのが、変な風にスピリチュアル用語かぶれを起こしている人。

そしてそういう人たちに限って、スッキリしている雰囲気が皆無で、今の現状の問題をすべて見えない世界の耳かじった情報のせいにして、その上っ面だけの薄っぺらい理解を軸にとても都合の良いように解釈されている。

ますます私なんかは、顔はニコニコしながら心の中ではドン引いていた。

何回か『奇跡の果実』の中で【前世療法】とか【過去世】という言葉を使っている。

一応私の中では線引きがあって、スピリチュアル用語でも自分が納得している内容のものは使うし、そうでないものは使わない。

ちなみに前世療法は、名古屋のSさんが前世療法に出会ってその話を私にしてくれなければ、一生毛嫌いしていたかと思う。

1年前のホロスコープ鑑定の鑑定士さんに出会うまで、私はそもそも前世でも過去世でもどちらも苦手どころか毛嫌いワードの1つだった。

前世や過去世があるということを疑うとかはなかった。

普通に生まれ変わりとかあるんだろうなぁとは思っていたけれども、私は前世は前世、今世は今世、前世のことは前世で死に終えているからすでに終わって完了しているテーマと捉えていた。
(今現在は色んなことを経て捉え方が変わった)

そう考えていた当時の私の元に現れる前世かぶれな人たちは、「前世で果たせなかった想いがあるから今世この人と出逢ったのよ」と不倫肯定的な発言とか、「前世でも因縁の関係だったから今世でも親子関係が劣悪なんだ」と今の問題を前世のせいにしたりとか、なんかもう絵に描いたように責任転嫁をしていた。

不倫でも構わないから「あの人が大好きで仕方ないの。相手に家庭があるってわかっていても、自分も家庭があるってわかっていても、気持ちが止まらない」と言ってくれる方が、私なんかはよほど気持ち良く話が聞ける。

もしくは、さんざん親子なり家族なりでお互いに向き合って色んなセラピーやカウンセリングも受けてそれでもどうにもならなかった時に「前世療法受けようと思って」と言われたら、私もその気持ちを応援したくなる。

とにかく、前世療法は最初から受けるものじゃないと思っていて、今の現実に向き合えるだけ向き合って、それでも解決しないこと・自分の中で解消されない想いがある時に初めて効力を発揮するものだと思う。

Sさんが教えてくれた前世療法は、そういう感触をものすごく感じた。

そしてSさん自身が本当に色んな形でセラピーでもワークショップでも受けられて、日々色々自分に向き合われて、それでも尚解決しない自分の中の言葉にできない部分を見た時に、初めて「前世療法」の扉が開いた。

Sさんは前世療法で過去世を生きた自分に会いに行ってそこで今の自分に必要なメッセージ的なものを求めている、もしくは自分の中で答えとして欲しいものをそこから受け取りたい、そういう想いに溢れている。

そこで全て解決することを求めているのではなく、より自分を知ること、今世で果たしたい自分の魂の想いを知る糸口が欲しいこと、そういう風に見えるから、話を聞いていても嫌な感じは一切しないし、言葉の1つ1つが私の中にも響くし、そういう捉え方もできることに感動や可能性さえ感じる。

Sさんのそのあり方は私の中の前世療法のイメージをガラッと変えてくれた。

過去世に対して抵抗がなくなったきっかけは、1年前のホロスコープ鑑定にあった。

その時に、鑑定士さんは私に2つのことを教えてくれた。

1つは、過去世でも使っていた自分の資質。

もう1つは、今世でも知り合えた、過去世で繋がっていたと思われる人の存在。

その2つを教えてもらえたことで、私の中の意味不明でバラバラにしか見えなかった数々の過去の体験が1つの物語として繋がった。

この感覚は超重要で、私はどちらも教えてもらえて良かったと感じている。

(注釈:ホロスコープ鑑定のサービスの中に「過去世を伝える」ことは含まれていない。鑑定士さんいわく、伝える必要がある時、その情報が鑑定士さんにもたらされ、それで当人に伝えることになるのだと話されていた。
だから、意図して伝えることはできなくて、魂レベルで必要性が生じると、私みたいに過去世の情報がもたらされるようになってるとのことだった。)

私がここに来て過去世にも目を向けるようになったのは、ペンジュラムの存在が大きい。

ペンジュラムは、私が人生で初めて何の練習も前知識もない中で、いきなり使えただけではなく超使いこなせたものだった。

何でもかんでも人の倍以上努力しないことには何もできなかった私にとって、ペンジュラムの使いこなし方は驚異的だった。

人様は数万円の受講料を払ってでも使えるようになるために習いに行くのに、私は習ってもないのにいきなり普通に使うだけではなく、相当高度な使い方まで即できたから、何で?とは思っていた。

それが過去世でも使っていたことに起因していると知って、ものすごく合点がいった。

今回の記事のカルマの話の後に、今度は延び延びになっていた「自分の才能・資質の見つけ方」について詳しく触れたいと思っているけれど、先に1つだけさっと話してしまいたい。

(追記:才能・資質の話は、もう少し先に延びそう…。別の記事が先にアップされると思う)

こういうのが才能というか生まれた時から備わっていたことなんだろう、と思うことを1つ紹介したい。

私がそもそも【癒しのレシピ】と呼んでいる、各個人の人に合わせたその人だけの癒しのヒントを引き出すその手法を思いつく大元となったものは、一瞬だけ見たペンジュラムの動画の中にあった。

ペンジュラムを持つようになって2年弱になる頃、一度だけ私はペンジュラム協会みたいなところが出している、ペンジュラムの使い方を説明している基礎動画を見た。

単に、一般的にはペンジュラムの使い方をどんな風に教えられているのか、自分と同じところ違うところ、そういったことを知りたくなって、それで見たに過ぎなかった。

4〜5分程度の短い動画で細かいところは全部忘れたけれど、唯一説明もないただの背景部分に私は強烈に惹きつけられた。

紙に円が描かれていて、その中に人が体を丸くしたような、それこそ赤ちゃんがお母さんのお腹の中にいるみたいな図柄で、その上にペンジュラムをかざしている画像だった。

時間にして2〜3秒程度だったと思う。

特に説明もなく、すぐに画面は切り替わった。

だけど、私はその場面が強烈に残って、そしてふと「人の身体にペンジュラムをかざしてその人の不具合とかわかるのかも…」と思った。

そこからもっと具体的な方法で、その不具合部分の特定だけじゃなく、そのことに関してどのようなアプローチができるのか、その情報の引き出し方まで私はぽんぽんと思い付いた。

実際にそれを試して、何年も医者通いしても治らなかった体の症状が良くなった人がいた。

何をしたって、私は単にその人専用の癒しのレシピを書いて送っただけだった。

しかも医者でも医療関係者でもない私が体を治せるわけもなく、その症状が良くなったのはその人自身の潜在意識や魂からこうすると良いよという情報が私の元にやってきて、それを言葉に起こして返したに過ぎない。

あくまで予想だけど、あのひらめき方は多分過去世で何かしらその手法を知っていて使っていたんだと思った。

そうした資質は、努力なしでいける。

変な言い方だけど、やり方を「知ってる」。

基礎が最初から出来上がっている。

何一つ専門的な勉強をしたことがないくせして、いきなりひらめく。

そしてひらめいたものを形にできるし、さらには他の人たちにも役立たせることができる。

そうしたことを経て、私は「過去世」だとか「過去世から引き継がれたもの」というものを自然と受け取れるようになった。

ちなみに、1年前のホロスコープ鑑定の時に、「書くこと」も別の過去世でしていたらしいことを教えてもらったから、こうして書くことが苦にならないのも過去世とかで紐解けるから面白い。

かなり長い前置きになったけれど、そういう体験や何か自分にピッタリとくる説明がないと、私なんかは相変わらずスピリチュアル的なものを受け付けられない、そういうタイプの人間だということをあえて今回は言いたかった。

そして、そういうベースの私が、今自分の中で理解している「カルマの解消」の話をこれからしたい。

何せ毛嫌いしていただけあって、私は「カルマ」の意味もきちんと調べたことがなければ、「カルマの解消法」なんて知ろうとさえしなかった。

その私が、この10ヶ月ほどで「カルマの解消」に目を向けた理由と、自分なりに時間を経て「これが“カルマの解消”ってやつかも…」と思ったこと、そして実際にやったことをこれから書きたい。



その前に、1つ。

「カルマ」に関してわかりやすく説明してくれてる文章があるから先にそれを紹介。

私が人生で出会った一番すごいヒーラーさんの教えで、名前は「藤本明伸」さんという。

通称アキ(Aki)先生に師事された長谷マリさんという方が、先生から学んだ教えを本にしてくれていて、そこから抜粋する。

非常に残念ながら、アキ先生が今どうされているのかは私は知らない。

私は妹が紹介してくれた当時東京でヒーリングをされていた女性からの紹介で、アキ先生のセミナーに3回参加した。
(この女性は、私が30歳の時に名古屋の会社に内定が出たけれども行く行かないで迷っていた時に背中を押してくれた方だった)

アキ先生は本気で凄い実力者で、目の前で具合の悪い人を手かざしで治すし、見ただけでその人が抱えている問題をズバリ言い当ててその解決策を伝えるしで、凄すぎた。

Amazonで今見たら、本が中古で出ていた。

本当の本当に良書だから「癒し」とか「ヒーリング」に興味のある方は是非チェックしてみて下さい!

中は物語風もしくは質疑応答形式で読みやすいし、行間は広いし字も普通から大きめサイズです。

全て「長谷マリ」さんが著者で、私が何度も読んでいる本は
・『ヒーラーへの道』
他に持っているのが
・『本質を観る』第一巻・第二巻

今回のカルマは、『本質を観る』の第一巻より。

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「カルマ」は「因果」と同じです。
原因と結果です。

例えば、
「氷を溶かすと水になる」
「肉体は滅びると塵になる」
「良い意味を与えると、良い結果を得る」

・・・それだけのことで何の意味も価値もありません。

貴方が意味や価値を与えるのです。


カルマの本当の法則は、
「貴方がバランスすると思えばバランスする」です。

貴方が蜜柑一つをもらったとしましょう。
貴方はどう考えるでしょう。
蜜柑一つをもらったのだから、
蜜柑二つを返さないと申し訳ない。

蜜柑一つをもらったのだから、
他の物(例えばリンゴを一つ)を返さなければならない。

蜜柑一つをもらったのだから、
一生恩に着なければならない。

・・・どれでも良いのです。
貴方が決めるのです。

法律が決めるのでも、神様が決めるのでもありません。
他の誰でもなく、貴方が決めるのです。

常識であろうと無かろうと、
貴方が良しとすればそれで良しなのです。
それがカルマのバランスです。

「カルマ」と「カルマのバランス」は別の物です。

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【カルマに向き合おうと思った理由】

まずは、この10ヶ月ほどで「カルマの膿出し」に目を向けた【理由】に触れたい。

これは単純に私が信頼している方たちから立て続けに言われたからだった。

去年の5月から占星術講座を月1で合計7回受けに行ったけれど、その時の先生から初回の5月に「今、武士俣さんはカルマ的な膿出しの時期です」と言われた。

未だにその見方はよくわからないけれど、先生は少なくとも私のホロスコープを見てそう言った。

占星術を学ぶとわかるけれど、占星術は天体の動きや配置からその時その時の状態を読み解いた学問だから、ゆるふわスピリチュアル的な要素は皆無になる。

「占い」という漢字が含まれるけれど、占いとも全然違う。

占星術と言われて、毎朝の朝番組でしている12星座カウントダウンみたいなのを思い浮かべたらとんでもない(←私は最初占星術が何かわかってなかった時は、星占いの延長だと思っていた)。

読み解き方は千差万別でも、怪しいスピリチュアルみたいな根拠のないとりあえず耳触りの良い言葉だけを並べることもなければ、占いカウントダウン的に「今日の1位は魚座のあなた」みたいな軽いノリもない。

むしろ知れば知るほど、自分自身や自分の人生の設定を突き付けられるから、強烈極まりない。

話は戻って、私の占星術の先生は本当に超論理的に説明してくれる先生ゆえ、表現方法は何かしらの根拠に基づいてのものになる。

「うーん、なんとなくカルマかしら?」みたいなことは言わない。

はっきりと「武士俣さんの今のホロスコープを見ると、“カルマ的な膿出し”が先かな…という感じなんだよね」と私の顔ではなく、先生の携帯に入っているホロスコープアプリを見て話される。

先生は、占星術の専門知識を持って解読した内容を言ってるにしか過ぎない。

だから私はその言葉を無視できなかった。

カルマが何を指すのかは知らなくても、何かしら自分の中に積年もしくは世代を超えて引き継がれている負の要素に向き合わないといけないんだろうなぁと思った。

翌月に、今度はヒーラーのOさんが同じことを私に言ってきた。

「これからしばらく大変になります。
過去世から来ている膿出しをするから、しばらく苦しいことが色々出てくると思います」

ーー2人の全く別の人たちからそう言われるということは、今本当に取り組まないといけないことなんだと思う。ーー

と当時のブログに私は書いていたけれど、まさにそうだった。

Oさんも先生も私を怖がらせるために言っていない。

ただ必要なこと、今私が重点的に取り組まないといけないテーマについて言われたに過ぎなかった。

だから、「カルマ的な膿出し」が具体的に何を指すかは知らないけれど、何かしら自分の中にある苦しいテーマと向き合わざるを得ないんだろうなぁということだけは感じた。

「カルマ的な膿出し」なんて言葉を聞いただけでオェーッ( ̄ཀ ̄;;)ってなるし、やりたいとは1ミリも思えなかったけれど、それでも異分野の専門家たちがそんなことをさらりと口にするもんだから、もう避けては通れない、やらなきゃいけないんだろうなぁ…というのがあった。



【“カルマ的な膿出し”とは?ーー私の考察】

「カルマの解消」として書こうと思ったけれども、私の中で「カルマ的な膿出し」の方がしっくりくるから、そちらの言葉で説明。

(タイトルを『カルマの解消』にしたのは、そちらの方が情報を必要とする人たちに届く気がしたから。)

占星術の先生とヒーラーのOさんに言われた「カルマ的な膿出し」をした方が良いのはわかったけれど、じゃあ具体的にそれが何を指すのかがわからなかった。

このことを書くにあたり今初めてネット検索したけれど、少し見ただけで吐き気を催しそうだった( ̄ཀ ̄;;)。

スピリチュアルワードたちの乱立っぷりが半端なかった。

アセンション、宇宙の調和、次元上昇、地球の波動、光、愛、業、カルマの摂理、波動が上がる、波動が低い…

自分で書いてても嫌だけど、本気でそういう言葉をたくさん使っても、一般の普通の感覚を持ち合わせている人なら絶対に受け入れられないから!と言いたくなる。

わざとわかりにくい言葉・怪しい言葉で書いても、外国語で何かを説明されるのと一緒ですけど!と思う。

私が習ったスペイン語の先生は、とても素晴らしい教えを私たち生徒に授けてくれた。

「難しい単語を1つ1つ覚えるんじゃなくて、難しい単語の内容を簡単な言葉で説明できる力を付ける方が良い!」

それは何も外国語の習得だけじゃなく、スピリチュアル的な知識の習得や実践でも同じことが言えると私は思っている。

上に書いたものの中で、例えば「波動が上がる」を例に取るなら、「波動が上がる」という言葉を覚えるよりも、「波動が上がるために何をしたらいいのか」を知ってる方が良い。

で、私が10ヶ月前に人生で初めて言われた「カルマ的な膿出し」を今私なりに解釈しているもの。

「カルマ的な膿出し」=「自分の中で繰り返されている負の思考パターンや負の思い込み、勘違いされたままになっている過去の記憶、ねじれとこじらせを発生して自分自身を苦しくさせている感情、それらに気付いてあげること」

そんな風に解釈している。

例えばどういうことかを私の説明を加えて話したい。 

「負の思考パターンや負の思い込み」の1つに、「私は何をするにしてもすぐにはできないだけではなく、人よりも何かを習得するのに倍以上時間がかかる。そしてそうまでしてでも人並みどころか人並み以下しかできない能力の低い人間」というのがある。

もう1つわかりやすいのを示そう( ̄∀ ̄;)。

「私は女としての魅力がないから、モテないし結婚もできない」

その次に「勘違いされたままの記憶」を上の2つの例に当てはめると。
(注釈:わかりやすくするために、かなりストレートにキツく書いてます)

「何をしても時間がかかって、そして本当に努力しても人よりも全然できなかった」とか「自分は無能な人間だ」とか。

「モテないだけではなく、愛されない。私を良いと言ってくれる男の人はこの世に誰もいない」とか。

そこからさらに、ねじれとこじらせの感情が加わるとこうなる。

「無能な私は世の中で役に立つこともできないし、一生何のために生きているのかわからない生き方を続けて当たり前の人生になる」とか。

「私なんか誰にも愛されなくて、このまま一生独り身で、でも暗いオーラを出すとますます人から見離されるから、それは嫌だからわざと平気なふりをしよう」みたいな。

若干わざと書いているところがあるけれど、要は何かしらの過去からの繰り返しや誤った記憶の仕方によって、自分がめちゃくちゃ苦しくなるパターンがある。

まずはそういう自分に気付いてあげることが「カルマ的な膿出し」に繋がると私は思っている。

この後に書くことがまた違う内容だから、そういうものに対して、確実に個人単位でできることを紹介したい。

実は気付くことには2段階必要なことがある。

まずは、今書いた通り、【自分がどんな風に思っていたり感じていたりするかを知ること】。

それに客観的に気付けるようになるだけでもかなり大きい。

その後もうワンステップある。

それが【本当にそうなのかを検証すること】。

どうやって検証するのかというと、「何をするにも私は本当にすぐにできなかった?」ということが本当かどうかを見る。

・ペンジュラムはすぐに使えた。

・昔からそうだけど、今日何食べよう?となった時、冷蔵庫や家にある食材を見てすぐに献立を立てることができる。

・整理整頓は苦手だけど、掃除はプロに習わなくても自分が快適に過ごせる程度には普通にできる。

・トイレ掃除だって、我流だけどきれいにできる。

・「モテない」と言っても、私と付き合った人たちがいるわけで、その人たちは少なくとも私を好いてはくれた。

・モテなくても、友達から「ぶっしー紹介するよ」と言って何人かの男性を紹介された。

・少なくとも、友達は私に誰かを紹介してもいいと思ってくれてる。

とかいう風にして、とにかく客観的事実を挙げていく。

ちなみに超絶NGなのが、「トイレ掃除なんて誰でもできるもん!そんなのできて当たり前!」とか、「紹介されても相手の人がいいと思ってくれなかった。それは私に魅力がないから私は今も独身」とか、そうやって余計な思考を新たに付け足してしまうこと。

それするといつまで経っても自分が癒されないどころかひたすら自分で自分を落とすことになって余計に苦しくなるからやめた方が良い。

私のごちゃごちゃな説明よりも、ヒーラーのOさんが「カルマ的な膿出し」の際、何をしたらいいかを端的に説明してくれた言葉があったからそれを紹介したい。

「武士俣さん、痛みの中に入って下さい。
それはもっと傷付くという意味でもないし、他の人から傷付けてもらうという意味でもありません。
『痛みの中に入る』というのは、すなわち『今逃げてることから向き合う』ということです。
痛みは、逃げてる自分が許せないことで生まれます。
でもその逃げてることっていうのは、魂レベルでは『逃げたくない・向き合いたい・携わりたい』ことなんです。
魂はそれを本気で望んでいます。
それに向き合いたいんです。
だから向き合わないと、痛みが生じてしまうんです。
痛みの中に入って下さい、というのはそういう意味です。
そして入ってしまえば、痛みは消えます」

これも本当は別記事にして解説したいところだけど、今とりあえずすぐ言えることを紹介したい。

この中で大事なのは『今逃げてることから向き合う』だと思う。

何から逃げているのか、多分各自それはわかると思う。

いきなり体当たりしてそこに向かうだとハードルが高いから、とりあえず「逃げてるな」とか「逃げたいんだな」と自分をそのまま客観視するだけでも全然違う。

逃げてるだけじゃなく、目を覆ってしまうとそのことはますます怖いことになったり、向き合うことすら億劫になってもっと別の逃げ道を作りやすい。

だから、「逃げてる」とか「逃げたいと思っている」、これくらいシンプルに自分を理解することから始めるのが良い。

この後詳しく書くけれど、心の癖や思考パターンの癖を何とかしたいと思ったら、とにかく気長に地道にコツコツと少しずつ向き合える時に向き合うことが大切!!!

間違っても、すぐに結果を求めたり、一瞬で変わるとか、そういう期待はしない方が賢明だし、そんなことしても上手くいかない。

ゆっくりでいいから、本当にできることから少しずつやっていくのがいい。



【“カルマの膿出し”をやると良い理由】

これからカルマの膿出しに取り組むと良い理由を説明。

これは私がやってみての「メリット」だなぁと感じたこと。

そもそも痛みや苦しいものに目を向けるなんて、必要に迫られない限りしない。

そして、そうしたものは避けられるものなら避けたいのも人間だと思う。

ただ、それをすることのメリットがわかれば、取り組む時にモチベーションも上がるかな…と私は思う。

むしろ私がそれをすることのメリットを知りたかった。

メリットがわかれば、渦中の強烈苦しくて何でこんなことしてる?みたいな気持ちになった時に(←これは手応えを感じるまでは私はかなりなった)、その目的を思い出せて良いと思う。

休憩しながら取り組むので全く問題ない。

だけど、せっかく取り組んだらある程度手応えを感じるまではやり続けた方が絶対に自分のためには良い!!!

小休止・大休止しながらでも、自分のために続けてあげるのが超自分の癒しになるから、私は続けることを声を大にして推奨する!

だから、やり続けるためのモチベーションとして、私自身が「これそうだよね〜!」と思うものを思いつく限り紹介。

(余談だけど、「思いつく限り紹介」とか言って大盤振る舞いで情報を外に発信する自分のことはすごい好きだったりする 笑←こういう自分になってきたのも、カルマの膿出しによって得たもの!)


==カルマの膿出しをするメリット==
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

・自分が生きやすくなる

・自分の中で繰り返されている苦しくなるパターンから解放される
(渦中は強烈だけど、苦しいゆえに方法を必死で探すし、そしてそのうち抜けてくる)

・ネガティブなパターンに気付くことで、これまでのネガティブなパターンとは違う選択ができるようになる

・ネガティブなパターンから卒業できるようになる

・良い悪いで自分の悪しきパターンや自分自身を罰しなくなる

・色んな自分がいても、その自分で生きていこう!という覚悟みたいなものが芽生えてくる(がんばらなくても、自然発芽する感じ)

・自己肯定感が高まる
(一番の方法は、ダメな自分をとことん受け入れること!)

・カルマの膿出しをすることで、本当の自分の姿、性格、本音、心の声、願い、望みとかが見えてくる(気付けるようになる)

・自分の才能や資質に気付けるようになる

・(才能・資質に関して)過去世でも使っていたと思われるもので今世でも使えるものを思い出して使えるようになる

・自分の価値基準を大切にできるようになる
(世の中の価値観や世間体に基づいたような価値観に惑わされなくなる)

・バラバラだった自分が1つになっていく

・人生で自分が向き合うべきテーマがどんどんはっきりしてくる
(どこに繋がるのかはその時わからなくても、後々めちゃくちゃ大事なことにはなっていく!)

・自己信頼、要は自分を信じる力が高まる

・自分に対して安心できる、自分といることに心からくつろげるようになってくる

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


カルマの膿出しをする前の私は、上に書いたメリットと真逆のことをひたすら体験していた。

生きづらくて、常に苦しいパターンの中に自分の身を置いて、自分へのジャッジがきつく、すなわち自己否定もバンバンやりまくり、才能なんて何だそれ?状態で、自分のことも自分を取り囲む世界のことも信じることができなかった。

息苦しくて当たり前のことをひたすら自分に与えていた( ̄ཀ ̄;;)。

もちろん、一気にいきなりは良くならないけれども、少しずつ良くなっていくし、息苦しさが減っていく。

そして、対自分比で、以前に比べて「生きづらさ」がだいぶ弱まりつつある。

この後は、そうしたメリットを手にするために実際にやったことを紹介。

これも思いつく限り、紹介♪٩((*⁰▿⁰*))۶♪



【実際にやったこと】

●自分の中の言葉のバリエーションを増やすこと=意味に幅や選択肢を持たせて、自分でも取りかかれるレベルにすること

このすぐ後に「●ひたすら自分と向き合うこと」というのが出てくる。(←当初「自分と向き合うこと」がトップに来ていた)

私はもうかれこれ10年選手だから相当慣れてる、自分への向き合いは。

だけど、「今回初めて自分に向き合います」という人がいるとするなら、「で?なに?何するわけ?」ってなるはず。
(←私はなっていた人…( ̄∀ ̄))

【自分と向き合う】なんて言われても、私みたいにわからない人もいるかもしれない。

そういう時は、まず発想の逆転や連想ゲームみたいなことをする。

向き合うイコール……って考えていく。

例えば
「向き合う」
=自分の考えてることを書き出す
=今の自分はどんな気分か自分に問いかけてみる
=オラクルカードやメッセージカードを使って自分の内面に響くメッセージを見つける
=自分の心に向き合う系のハウツー本を読んでみる
=カウンセリングやコーチングなどプロの力を借りて、自分が思っていることを第三者に話す

とかいう風に、具体的な行動を出していくと良いと思う。

そして、その行動を【自分のために】実際に1つしてみることが大事!!!


●ひたすら自分と向き合うこと

向き合い続ける中で、色んな自分に出会っていくようになる。

「色んな自分」とかきれいな言葉で言っているけれど、実際は下の表情たちみたいに

( ̄ཀ ̄;;)( ̄ཀ ̄;;)( ̄ཀ ̄;;)( ̄ཀ ̄;;)( ̄ཀ ̄;;)
∑(゚Д゚|||)∑(゚Д゚|||)∑(゚Д゚|||)∑(゚Д゚|||)
(T_T)(T_T)(T_T)(T_T)(T_T)(T_T)(T_T)(T_T)
o(`ω´ )oo(`ω´ )oo(`ω´ )oo(`ω´ )o

全然明るさはない!!!!!!!!!!

怒りまくりな自分とか、ズルいことしてる自分とか、逃げてる自分とか、自分責めまくりな自分とか、100%自己否定してばかりな自分とか、もう見たくない自分オンパレード。
((((;゚Д゚)))))))((((;゚Д゚)))))))((((;゚Д゚)))))))

そういう自分に出会いまくってぐったりゲロゲロな感じになった時にすることは次!

(豆知識:私や私の周りだけなのかは知らないけれど、自分と向き合っていると、体調不良を引き起こすこともあるけれど、予後が良好なのが普通の体調不良とは違う。後々、気持ちも軽くなったりする。)


●ゲロゲロな、向き合うだけで超絶超絶超絶しんどい自分の居場所を作ること

「超絶超絶超絶」と3回も書いたのは打ち間違いじゃなくて、わざと強調するために。

「超絶超絶超絶しんどい」のは本当のことだから、強調してみた。

誰だって見たくない・いないことにしたい自分を前に平然となんかしていられない。

でも慣れてくるもので、そういう自分にもきちんと居場所を作ってあげると、自分の中でコントロール不能になるほどの事態は徐々に減ってくる。

ダメだと思っている自分もいていいこと。

そのダメな自分を変えるんじゃなくて、その自分でいいんだよ!、ということを自分自身に伝えていく、それがとっても大事!!!


●ちゃんと苦しむ、自分のために!

それを積み重ねてきたことで、弱い自分や本当にダメだと思っていた自分の居場所ができた。

ちゃんと苦しむのは、自分しか自分のためにしてあげられない。

そのヒントとなる考え方が過去に書いた自分のブログから出てきたからそれを紹介。

(ありがたいことに、誰かがこのブログを最近見てくれて(閲覧歴に出た)、自分でもタイトル見て何を書いたかわからなくて覗いたら、めちゃくちゃ良いこと書いてた!
スペシャルサンクス to 私の足長おじさん♡)

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吉本ばななさんの『吹上奇譚』という小説をたったさっき読んで、その中に出てきた言葉。

「慣れるということと、見ないようにすることの差、(中略)その間には大きな違いがある。」
(p.154〜155)

「慣れる」というのは、目を背けないということだと思う。

背けたいことはたくさんあるし、見ないようにする時もある。

それは間違いではないし、生々しい傷を前にそれをガン見できる人なんてそうそういないと思う。

でも、時間をかけて時々ちょっと見て、また無理ー!となったら蓋をして、また少し見れるかも…となったら蓋を開けて少し見て、また無理ー!となって蓋をして…、そんなのの繰り返しの中で慣れてくるものはある。

それを繰り返した今、癒されるものがやってきた。

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●自分の潜在意識に「安全だよ!大丈夫だよ!」と伝えること

上の「ちゃんと自分のために苦しむ」と関連してくるけれど、自分のために苦しむと自分の中の潜在意識下にある「危険察知システム」がバージョンアップしてくる。

例えば最初は、臭いものには蓋をしろ状態で、自分の見たくないものすべてを無視してたとする。

その時の危険察知システムは、少しでも臭いものがあればすぐに反応して蓋をする。

その時、潜在意識下では「危険度100%」となっていたとする。

だけど、そのものたちに蓋をせず、とりあえず覗くだけでもいいから覗くと「危険度95%」とかになる。

さらにその見たくないものを見ると「危険度80%」になる。

そうしたことを繰り返すと「危険度50%」とかどんどん危険度が下がる。

例えばじゃあ危険度50%まで下がったとして、残りの50%はどうなったかと言うと、「見ても大丈夫だよ!危なくないよ!」に生まれ変わっている。

それが私の言う【自分の潜在意識に「安全だよ!大丈夫だよ!」と伝えること】になる。


●小さな変化に気付いてあげること

心のクセや思考パターンなんてのはすぐのすぐには変わらないし、そのパターン化された時間が長ければ長いほどいきなり超良くなるなんてことは、私の経験上よほどの例外以外はない。

だけど、筋トレと一緒で、やればやるほど心の筋肉みたいなのが鍛えられてくる。

例えば、自分のモヤモヤを書き出すことを取り入れたとする。

最初はまずそれすらも出せないことだってある。

1回目はモヤモヤを1つしか出せなかったとする。

2回目はモヤモヤを2つ出せたなら、前回に比べて良くなっている!

というような小さな変化に自分で気付くようにする。


●自分に感謝する、自分をいたわる、「自分できてる!」評価をすること

これは大げさなぐらいに自分のためにやってあげた方がいい。

間違えても私みたいに、「まだまだ、全然ダメじゃん( #`ω´)( #`ω´)( #`ω´)」という具合に自分にキツく当たるのは良くない!

何年もそんなことしてた…(T ^ T)と気付いたのは多分この数ヶ月Σ(゚д゚lll)。

こういう大事なステップも本に書いといてよ!!!と私は今でも思う。

特に自分にキツく当たる人とか、真面目な人とか、自分に厳しい人とか、本当にそれは自分いじめです!って言ってもいいぐらい。

だから、そういう見たくない自分を見た後は、自分に超感謝する!!!

褒美を用意してもいいとさえ思う。

そして、少しでもできたら、「できた自分」をきちんと評価してあげること。

(↑すげー偉そうに言ってるけれど、そういうことができなくて、というよりしてないことにさえ気付いていなかったから、余計と回り道しまくりだった自分への反省です( ̄∀ ̄;))


●[応用編]苦しいパターンに気付いたら、
①別の好ましいパターンを取り入れてみる
②苦しいパターンから離れてみる

最初に、大切なことを。

この応用編をする場合、まずは上に書いた他のステップをある程度積んでからするのが良い。

筋トレを思い浮かべて欲しい。

私みたいに筋トレを一度もしたことのない人がいきなり超重たくて持てないダンベルを持とうとしたら、絶対にどこか怪我するか体を傷める。

段階っていうものがあるから、いきなり応用編に行っても難しいし、それこそもっと自己否定を強める可能性が高いから、絶対に勧めない。

ちなみに基礎もできてない時から応用編に手を出して痛い目に遭った私は、今なら「そんなに焦らなくてもいいのに」って思う。

自分に向き合う歴10年中最初の9年(←えっ?)、パターンを変えることにばかり力を注いでいた。

その時の自分はどうだったかと言うと、「全っ然変わらない!自分本当にダメダメだわ」と自分に対してこれ以上ないぐらいに駄目出しをしていた。

駄目出しの先には、自己否定するとか自己評価を下げるとか、もうこれ以上ないぐらいに自分に可哀想なことをしていた。

それじゃあ良くなるわけもなく、自分の潜在意識下には「ダメだよ自分」のレッテルだけがどんどん追加されて、ますます自分は弱るという悪循環。

で、これ書いてて、やり方はいくらでも説明できるけれど、私みたいな負傷者が出ては本末転倒だから、ここだけは詳細は割愛。

あえて公表しない。

どうしても知りたい人は、ネットでも本でも調べれば情報がいくらでも出てくるから、そちらで調べてください( ̄∀ ̄)。

ちなみに私の感覚で言うと、上に書いた他のことたちをやっていくと、苦しいパターンに気付けるようになって、なんか知らないうちに変わってる。

頭で何とかしようとしてた時はさっぱり上手くいかなかったけれど(水面下では自分攻撃してる)、上に書いた他のことたちをしていく中で自分への信用度も増して自分にやさしくできるようになってきたから、気付くと前とは違う対応の仕方をしている自分がいる。



【その他ヒント】

「カルマの解消」とか「カルマ的な膿出し」と呼ばれるものは、つまるところ、【自分革命】だと思う。

自分の中で繰り返し起こるネガティブなパターンや出来事は、たしかに「カルマ」と呼べるものだとは思う。

何せ繰り返されているから、そこに向き合うこと自体、痛みもじゃんじゃん出てくるし、恐怖も半端ない。

そうしたものを手放すとか解消するとなれば、並大抵ではない勇気が必要になる。

中には自分の生まれ変わる前の記憶、「過去世の記憶」と呼ばれるものを持っている人もいるけれど、多分そんな人はごく稀で、私含めて一般的な人たちは過去世の記憶なんてない。

カルマと呼ばれるものの中には過去世や前世から持ち越されたものがあるとよく言われる。

それに関しては否定しない。

むしろ、ホロスコープに、繰り返し輪廻転生しているだろう魂に対して「魂のテーマ」とか「魂の傷」と呼ばれる天体(キロン)や、「あの世とこの世を繋ぐ=魂的なテーマを運んでくる」とされる黄道と白道が交わる点(ドラゴンヘッド&ドラゴンテイル)が存在するぐらいだから、過去世はあると私は思う。

そして過去世と今世には、必ず何かしらの因果関係や引き継がれたものもあると思う。

引き継がれたものの中には、才能や資質、人とのご縁というものから、できれば触れたくない傷や課題もあると考えられる。

因果関係はあると思うけれども、そこに原因を求めるのではなく、【自分が良くなっていく方法を探ること】が大事だと思う。

良くなるでも生きるのが楽になるでも言葉は何でもいいけれど、とにかく「カルマ」と呼ばれるものに対して自分がそこに向き合ったり、自分が生きやすくなるための方法を探して実践していくことが大切だと私は考えている。

いくらペンジュラムを使えても、私は当時の過去世の自分の記憶はない。

10歳ぐらいまでしか生きられなかったペンジュラムを大切に持っていたという男の子の記憶は、聞いてから1年以上経つけれど、一度も自分の中で蘇ることは今のところない。

そのすぐ近くにいたとされる男の子のことも記憶に当然ない。
(注釈:鑑定士さんいわく、この男の子が今世で別の人に生まれ変わったとされていて、私はその人に出逢ってからこうした見えない世界のことが加速度的に起こってきた。)

だから、過去世の記憶や過去世でも縁があっただろうとされる人との関係にヒントを求めてカルマを解消しようとしても、かなり無理がある。

だけど、今の人生の今現在の課題には目が向けられるし、そしてその課題こそ自分のテーマなりカルマとリンクして起こっている、そんな風に思う。

そこに向き合うことは、すなわちそこを超えた先に自分の中の「絶対」が出てくる。

その「絶対」は、今生で確実に大切にしたいことや、何回も生まれ変わる中で時間をかけて取り組んできた何か特別なものなんだと思う。

つまるところ、「カルマの膿出し」を通じて何をしているかって、「自分を知る」ことだと私は感じている。

そして「自分を知る」ことの先には、「自分らしく生きるためのヒント」が手招きして待っている。

自分が成長していく過程の中で、親はじめ社会から色んな価値観を教えられる。

良いものもあるし、その教えゆえに苦しくなってしまうものもある。

無意識に吸収していくから、自分と合ってなくてもそのまま取り込んでしまうことも往々にしてある。

それらが大人になると、問題として出てきて「違いますよー、自分と向き合ってくださいね」のお知らせがくる。

問題や親や社会や過去世のせいにしても、はっきり言って何1つ解決しない。

だけど、自分に向き合うことで、自分を楽にする方法は必ず見つかる。

そして先に書いた「カルマ的な膿出しをすることでのメリット」を手に入れていく。

私の考え方が正しいかどうかは知らないけれども、少なくとも私は自分の体験を通じて「そうだった」とは言い切れる。

もちろんまだまだ発展途上ゆえ、自分が向き合う必要のあることは他にもいっぱいあるけれども、それでもそうした向き合いをする前よりうんと良くはなった。

スピリチュアル業界でよく言われる「カルマの解消」とか「カルマ的な膿出し」が何を指すのかはよくわからない。

だけど、少なくとも私が今の自分にできるやり方でやったことは書いた通りだし、そしてやったことで手にしたものも「メリット」で紹介した通りになる。



今年の春分の日の天体図は、相当強烈だということを占術家たちのブログを今日読んで知った。

その瞬間、太陽と魂の傷を表す天体「キロン」がピッタリと重なり合う。
(単純計算して、そんなの年に1回しか起こらないことが、今年は春分の日にやってくる)

それが「自分をどのように打ち出していくか?」という壮大なテーマとくっついている。

だから、自分の心の奥深いところで何かが反応してもおかしくないし、それゆえにメンタル的にかなり参っている人たちも多いと思う。(私も!)

でもこれは自分が偽りの自分ではなくそのままの自分で生きていくのに必要なプロセスで、そして悪くなるためではなく良くなるために引き起こされている、むしろ天体までもが応援しているとも解釈できる。

もう自分には嘘をつけなくなってくる、そういう傾向の強い時代に入っている。

だから、隠していたことや見ないことにしていたことがあぶり出されたりする。

社会的なものの一例として、今日の夕方のニュースで、レオパレス21の工事欠陥による入居者たちの強制引越しとなった経緯と会社の組織的体質について報道されていたけれど、ああいうことはこれからもっともっとメスが入っていくと予想される。

要は悪いことや隠し事がまかり通らなくなって、自然の理にかなっていて筋の通ったものがこれからは残っていく。

社会的にも個人的にも苦しいけれど、私は悪くは取っていない。

何度も何度も落ちて起き上がってを繰り返したからわかるけれども、良くなる前には一度自分の中をきれいにするために苦しい時間がやってくる。

でもそこを静かに自分のことを見つめつつケアしつつしながらやり過ごすと、次は楽な時間がやってくる。

楽というか、以前よりも状態が整った自分になる。

とにかく、「自分をいかに癒せるか」「自分をいかに大切にできるか」がとっても大事だと私は思っている。