ラベル おいせさんてちょう の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル おいせさんてちょう の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2020年12月26日土曜日

㊾【おいせさん手帳】ホッと一息つく習慣(最終回)




おいせさん手帳第49回目☆最終回☆

担当:私


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


12月26日


自分の平穏のためにできること。

新しい風の時代へ


新しい時代の幕開けは、どうしても不確定要素が多く不安になりやすいです。そうした時に、自分の内側に平穏を見つけることができると、それが自分自身の安心感へと繋がっていきます。ホッと一息つく習慣や心が落ち着くものを、普段から取り入れて自分の安心感を増やすことが、今やこれからの自分の支えとなってくれるでしょう。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




おいせさん手帳も今日で最終回。


最終回にふさわしい、自分がこの1年だけではなく人生全体を通して大切と思っていること、そのために心がけていることをギュッと凝縮した内容になっている。


心の健やかさを作るのに色んな方法がある。


それは基本的な衣食住が満たされることもだし、当然衣食住を整えるのにはお金も必要だし、お金を手にするには何かしらの手段も必要になる。


でも結局のところ一番大事なのは、自分の心に対して自分自身が開いていること、自分の心に自分を向けること、そして不具合があればその不具合を無視したり無かったことにせず心が吐き出す小さなサインにきちんと耳を傾けること、その辺りだと私は思っている。


そしてそれらがいわゆる「自分を大切にする」ことなんじゃないかなと個人的に思う。


これはある時の仕事中に思ったことだった。


実際の理由が何かはわからないけれど、個人的に完全な嫌がらせにしか見えない無視と仕事のことなのに連絡を避けて通達されないということがあった。


その時は冗談抜きで仕事に差し支えるから、私は色んな策を講じて最後は全て事無きを得たけれど、決して気持ちの良いものではなかったし、仕事から離れていても心の中ではその気持ち悪い状況をずっと思い続けて、そのそれも自分で止められなくてしばらくは悶々として過ごした。


その時に思った。


住む家も、体を休める布団も、1人になれる空間も、食べ物も、お金も、仕事も、友達も、家族も、健康も、とにかく元気に過ごすためのものは全て持っている。


仕事だってその人以外は基本的にみんな良くしてくれるし、味方になってくれる人もたくさんいる。


恵まれすぎなくらいに恵まれている。


だけど、たった1人気分を害するほどの嫌がらせをしてくる人がいて、それだけで私の心は乱れに乱れた。


その時に、例えばお金が全てを解決してくれるわけでもなければ、何かを持っているからそれが不具合を掻き消してくれるわけでもないことを本当の意味で理解した。


そして、そうした心のザワザワや不穏さというのは、何とかそれに対して自分自身が対応しなければどうにもならないことだというのも同時に理解した。


対応するというのは何も現実的なことばかりじゃなく、自分の心に薬を塗るみたいなそうした癒し的なこと、風邪っぽいなと思えば早く寝たり体を温めたりするように、心も痛かったら何かしらそうしたことをしてあげないと痛いまま傷ついたままになる。


そういうことを自分のためにしてあげることが本当に大事だというのが身に沁みてわかった。


ついでの後日談というか今現在の話をすると、そのおかしな位に無視されて本当に嫌だったけれど、そして当初は私も目には目を歯には歯をみたいな嫌がらせで返そうかとも思ったけれど、最終的に私が選んだのは「これまで通りにする」だった。


これまで通りにしたし、例えばいつかはポットのお湯が空になって私が水を足した時、その直後にそれを知らない彼がコーヒーを淹れようとしていたけれど、その時とっさに「今水入れてきたばっかりだからもう10分くらい待ってて!」と声をかけたり、他にも小さなやりとりを私はごくごく普通にした。


それが良かったのかどうかはわからないけれど、当時の今すぐにでも爆発しかねない緊張状態は和らいで、そして彼も彼で仕事は私に頼まないけれども連絡は私も含めてすることはするようになった。


仕事は振られなくても気にならないし(最初は気にしたけれど、とりあえず困りはしないからそれに慣れた)、目に見えないところでお互いバチバチするみたいな空気もないに等しいくらいになったと私は感じるし、色々快方に向かって今となる。


小さなことを、自分が無理せずにできることを、コツコツと貯金するかのごとくやり続けることが大事なんだと思った。


別に無視するでも良かったとは思うけれども、それを私があえてしなかったのは、しばらくは今の職場にいるのに無視した場合後々面倒くさくなるのはわかっていたし、相手の幼稚さも知ってそんなことしても自分がさらに悶々とすることが予想できたから、だから無視することは選ばなかった。


その時も自分が選んだのは、「どんな選択なら一番自分に負荷がかからないか」だった。





先日ノムが紹介してくれた「風の時代」。


*¨*•.¸¸☆*・*¨*•.¸¸☆*・゚*¨*•.¸¸☆*・*¨*•.¸¸☆*・゚


12月22日 

触れられる“土”から目に見えぬ“風”へ。

グレートコンジャンクション

 

約20年周期で、木星と土星が空の上でピタリと重なる日があります。

それを「グレートコンジャンクション」と呼び、産業の転換期とされています。

昨日、その大きな節目の日がやってきました。1802年から2014年までは、基本的に土の星座で重なってきた2天体でしたが、今回から2159年までは、風の星座で起こります。いよいよ“風の時代”の始まりです。


*¨*•.¸¸☆*・*¨*•.¸¸☆*・゚*¨*•.¸¸☆*・*¨*•.¸¸☆*・゚




時代は新しいものに切り替わっているし、そこに加えてコロナという世界的にまだ何も解明されていないスーパーウイルスもあって世界中で混乱が続いている。


色んなものが不透明だし安心安全が何かなんてわからない。


つい最近、大手家具メーカーのニトリが241万個の基準値以上のアスベストを含む製品の回収を発表した。


私は使っていないけれど、その製品の利便性の高さは知っている。


バスマットとかは、吸水性や速乾性に優れていて私も欲しいなぁなんて思ったものだった。


そんな風に惹かれて買った人も多いだろうから色んな種類を組み合わせて241万個の大ヒットになってるんだろうと思う。


仮にそのことで不安になったとする。


不安になるのは自然だと思う。


だけれど、時は戻せないし使っていた事実は消せない。


すぐに使用中止をしたからと言って、これまでの使用期間のことはリセットされますとも当然ならない。


じゃあどうするかと言えば、とりあえず手っ取り早くできるのは、自分がどうであれば心穏やかになれるのかを考えて実行するしかない。


これはドミニカにいた頃の話だけれど、農業専門の友達いわく、ドミニカではアメリカでは健康被害が出るとされる危ない成分が入った使用禁止の農薬をアメリカから普通に譲り受けていて、そしてその危ない農薬を普通に使っているから色んな野菜が安全ではないと教えてもらった。


ちなみにその友達はガハガハ笑いながら、「でももう食ってんだから、仕方ねーよね!どれが大丈夫で大丈夫じゃないなんてわかんねえし、仮に大丈夫じゃなくてもそれはその時だよね」と言った。


全くその通りだと私も思ったし、当然安全性なんか目で見たってわからなければ食べていても何にも私にはわからなかった。


そんないわく付きの野菜を2年間食べ続けてから10年以上が経過したけれども、今のところ何の健康被害も出ていない。


何事も見えないところで自分の身に危険が及んでいたとしても、それにどう対処するかは自分次第なところがかなり大きい。


そして見えない心のことは、特に気をつけて自分で見てあげる習慣をつけないと置き去りにされやすい。


不倫をこの度繰り返した宮崎謙介の奥さん金子恵美さんの言葉でとても印象的だったものがある。


彼女がどうして離婚を選ばずに今も夫婦でい続けるのか。


とあるニュース記事で見た中に「(旦那の浮気が)自分にとって絶対に許せないポイントではなかった。私にとっての許せないポイントは他のところにある」みたいなことが書かれていた。


浮気だって良いことでは全くないけれども、彼女にしたら絶対に人として許せないことはそこよりももっと別なところで、そこがギリギリ保たれているから今の状態なんだと妙に納得した。


そんな風に見えない部分の価値観や考え方がますますクローズアップされる時代になっていく。


周りに公表する必要はなくても、少なくとも24時間365日毎日常に一緒にいる自分にはそのことを示していく、自分なりの答えを持てるように自分との対話をたくさんすることが今後ますます大事なことになっていくんじゃないかなと思う。


そして突然すぎる締め方だけれど、自分が続けたい分野はこういう心のケアとか自分ケアなんだと改めて思う。


そういうことにやっぱりものすごく興味があるし、いくら話したり書いたりしても話が尽きない。


小難しい内容ではなく、いつでもどこでも誰でも簡単にできる方法をこれからも私は模索するだろうし、実践実験を重ね続けると思う。


風の時代の答えのないところは不安要素も生みやすいけれども、逆手に取ると自分で決めていい、自分の価値観を第一にすることができる、そういう自分にやさしい時代でもあると思う。


Let’s make ホッと一息つく習慣☆





2020年6月11日木曜日

⒇【おいせさん手帳】傘との一期一会


遅刻寸前のくせして、出社直前に駐車場で
傘の写真撮影会決行
٩( ๑•̀ᴗ-๑ )و 
↑社会人として色々間違えてる人




おいせさん手帳第20回目
担当:私


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

6月11日

一期一会の出会い。
傘の日

雨降りの日が多い、梅雨ならではの雨の愉しみ方があります。まずは、お気に入りの傘を用意します。その中でそっと雨だれの音に耳を澄ませてください。そこにはあなたにだけ届けられた一期一会の雨の音楽があります。ポタポタ、ぴちゃん、ばしゃばしゃ、色んな音があなたを愉しませてくれます。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



今回は最終的に採用された方のタイトル「雨との一期一会」の方が好きだなと、仕事の昼休みでのんびりしている今思う。

私は元々傘を差すことは好きじゃない。

面倒に感じてしまう。

名古屋にいた頃、それならお気に入りの傘を買ったのなら雨の日の傘持ちも楽しくなりそう!と思って、さんざん傘探しをした。

今思い出したけれど、1本とても気に入った紺の傘があった。

色味が本当にきれいな紺で、柄のところが木製で、シンプルさと上質さを兼ね備えたとっても素敵な傘だった。

それを買う買わないを最後まで迷ったのは、そのきれいな紺と値段だった。

諭吉でもまだ足りない金額の傘で、それが100%の納得があったのなら全然払う気満々だった。

たった1つだけ気になったのは、そのきれいな紺だった。

傘を差す時というのは、私の場合、本当の雨の日になる。

ポツポツくらいじゃ差さないことも多い。

ということは、確実な本降りの雨で、それはイコール天気も悪く空の色も暗い。

空の色が灰色で重たいところに、傘まで紺ならどんなにどんよりするんだろう…と思った。

しかも諭吉1枚では足りない超高級傘を一度買ったのなら、私のことだからその後気に入らなかったとしても、値段に心が揺れて納得しないまま使い続ける可能性が高かった。

そこがどうしても引っかかって、デパートの明るくてにぎやかな雰囲気で差す紺色の傘が、どうしても雨の日も楽しそう…というイメージを最後まで私には思い浮かべられなかった。

何度も何度もその売場に行くたびに見た傘だったけれども、とうとう買わずに名古屋を去った。

新潟に戻って、働き出してわりかし早い時期に傘を探したかと思う。

名古屋と違って、新潟で傘無し生活はありえなかったから、とにかく傘を色んな店に行って見て回った。

私は一度「買う!」と決めると、それも傘とか日記帳とか長年使うことになるものの時は、「これだ!」というものに当たるまで10数軒、20数軒、全く気にならずに何軒でも何週間、下手すると1年とかかけて見て回れる。

その時もたしか何軒も回ったかと記憶している。

ただ、新潟の冬は待ったなしだから、そう長くは時間を取れなかった。

いつの時か忘れたけれど、あるお気に入りの雑貨屋さんでその傘を見つけた。

本気で一目惚れだった。

実際にその場で差して、これなら絶対に雨の日に楽しい気持ちにしてもらえそう!と瞬時に想像できた。

しかも、年齢が上がってもずっとそれを気持ち良く、柄やデザインに気後れせず差せそうとも思えた。

値段は忘れたけれど、2000円か3000円くらいで、それも迷う理由なんか1つもないくらいに気に入った。

その傘を買って、それからいくつもの季節を過ごしている。

相変わらず傘を使う日は気持ちが上がるし、柄を見て心が躍る。

こういう傘の日もいいなぁといつも思う。

ただ相変わらず傘を差すのは面倒で、この傘になってからも、本当に雨がしっかりと降っている時にしか使っていない。

濡れる<面倒くさい、の構図は未だに崩れていない。



後記:なんと!上の文章は、今日の昼休みに15分くらいで一気に書き上げたもの。これ、なんちゃって特技認定してもいいかも✧( *ˊᵕˋ)ノ

2020年6月3日水曜日

⒆【おいせさん手帳】心の限界の声を聞き届ける




おいせさん手帳第19回目
担当:ノム

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


‪6月3日‬
‪自分の心をおしはかる1日に。‬
‪測量の日‬
‪ ‬
‪測量には位置関係を測るという意味と、「おしはかる」という意味があります。‬
‪誰かの心情をおしはかる際にはきっと、五感を使い、‬
‪その人の言動を繊細に捉えることを自然としているのではないかと思います。‬
‪その“おしはかり力”を自分に向けたことはありますか?‬
‪心に聴診器をあてるように耳を澄まし、自分の気持ちに寄り添ってあげて。‬


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




書きたい気持ちと疲れた体とせめぎ合いながら書いている。

今日の文章は、最初から「これを書こう!」って決めていたテーマがあった。

今日のテーマは「自殺」。

4月の終わりに、いつもお世話になっている車の整備工場の雇われ代表的存在のNさんが自殺で亡くなった。

それから何度となくNさんのことを思ったし、Nさんの死という名の不在も思ったし、自殺についても考えた。

お願いされて考えてるのとは違って、どうしても考えてしまった。

さらに考えたところで何も変わるものはないし、何がどうなるわけでもない。

もはや何でそんなことを考えるのかもわからずに考えていたけれども、この1ヶ月ちょっとの中で思って、そして今の地点で言うと「考えを改めたこと」について触れたい。

Nさんの死は、私にとって人生哲学的なものの大きな転機となった。

ちょっと楽にもなれたし、今回の気持ちの変化がNさんがもたらしてくれた最後のメッセージなのかな…なんていうのも思っている。





Nさんの死の前も後も、要は今も、基本的に私は自殺はしたくないものだし、自ら命を落とすというのは人としてやっぱりよろしくはないと思っている。

ちなみに私が自殺したくない理由はただ1つ。

もう一度今の人生と同じかもしくはこれ以上辛くて苦しい体験をしたくないから。

自殺願望というよりも、生きていることがしんどくて辛過ぎる時間が数々あった私は、極端なくらいに「生きたい願望」の薄い人だった。

何が楽しくて今日という時間が与えられていて、そして今日という日を全うしなきゃいけないのか、私には色々理解するのが難しかった。

30ぐらいまでは死にたいと思ったことは回数としてたくさんあったし、実際に中学2年生の頃、自殺未遂とまでは言わないけれども、テレビドラマに出てくるみたいに手首を切ってみた。

今なんかのほほんとしているけれども、当時は本気でしんどかったし、あれは人生で5本の指に殿堂入りできる苦しさや辛さだったから、今でも死にたいと考えまくっていた時間を決して忘れたりはしない。

その体験は私にとって大人になった今も1つの大きな通過点だったなぁと感じている。

30過ぎてから私の自殺願望がきれいさっぱりなくなったのは、他のなんでもない、『神との対話』という超有名どころのスピリチュアル本を読んでからだった。

その本の著者はある日突然目に見えない世界の住人とコンタクトが取れるようになって、そこから色んな情報を得て、その得たものを書いたのが『神との対話』だった。

その中で自殺についても取り上げられていて、そこに書かれていた内容が衝撃だった。

もしうっかり自殺して死んだ場合、次の人生はさらに重たいテーマを課せられる、今生よりもさらに生きにくさや辛さが増すとあった。

それ見た瞬間に、ピタッときれいに自殺願望は消え去ってくれた。

生きたいという意思も弱かったけれど、死にたいとはそれ以降思わなくなった。

反対に、絶対の絶対にもう一度今の人生よりきつい人生を送るなんて嫌だから、何が何でも生きようと思った。

それは今も変わらない。

その点に変更はないけれども、自殺に対して思うことが変わった。

Nさんの死を目の当たりにした時、死ぬことさえも人には選ぶ権利があるということを初めて本当に思った。

死ぬことは今ここに書いた理由で薦めないけれども、そしてこれまでの私は生きるのが辛い死にたいと嘆く人がいたのなら、「いや、来世もっときつくなるからやめた方がいいよ」って全力で伝えるけれども、そこはそのままなんだけれど、Nさんのことを見て1つだけ考えが変わった。





Nさんは62歳か63歳だった。

奥さんも子どももいるし、仕事だってきちんとある。

家もあるし、人が持ってるといいなぁと言われそうなものは全部あるように見えた。

町内会長になるくらい人望も熱かったと思う。

仕事だって完全に任せてもらってるようにはたからは見える。

年も年だから、お迎えは早ければ1年としないうちにくる場合だってある。

おそらく前日まで仕事をしていたかと思うから、体の具合が悪かったというのはゼロではなくてもそれが理由というのは考えにくい。

60年以上がんばって生き続けてきて、もう終わりの方が近い年齢に差し掛かっているのに、それでも生きるより死ぬことの方を選ぶことの方が楽な時もあるんだとNさんの死をもって思った。

生きることの方が死ぬことより辛い、苦しい、そういうこともあるんだと、Nさんの死はそれを私に告げた。

そして、本当に限界だと感じるなら、死ぬことも選ぶのはありだと初めて思えた。

私は選ばないけれども(なぜなら次の人生がさらにキツイのは嫌だから)、それでもこれまでの60年分の毎日よりも今日1日をやり過ごすことの方ができないと感じたのなら、死ぬことを選ぶのは仕方ないのかもしれない。

Nさんがもっと若かったら考えも違っていたと思う。

だけど、60年以上生きて、色んなものを手にして、もちろん手にするために色んなことを積み重ねてまたはあきらめて、それで今日という日を日々迎えることをしていたのに、ある日それはもうどうやっても無理になってしまう。

そういうこともあるんだと知った。

寡黙型の人ゆえ、色々自分の中で思うことはあったと思う。

それがもう限界になって爆発してしまって、自分でも自分を止められないくらいの激情が最後は解き放たれたのかと想像したら、Nさんの自殺は本当にどうにもできない、本人が自分に差し出した最後の切り札だったのかもしれない。

だから「死んじゃダメだ」とか「自殺はいけない」とかそんな簡単なことじゃなくて、そうした声が届かないくらいに追い詰められていたとするなら、死ぬことを選ぶのも人間として大切な選択の1つなのかもしれないな…、と本当に初めてそのように思った。

それ以外の生き延びる方法は実際にいくらでもあるけれども、それでも生きてることがあまりにも辛くて何も考えられなくなったら、死はダメなものではなく、本人がその時自分のためにできる最大のことなのかもしれない。

人の辛さや苦しさは推し量れない。

今回亡くなった若い女子プロの方の死は、正直な気持ち、同情もなければ共感もない。

辛かっただろう状況は私の想像に及ぶような範囲を大幅に超えるものだったとは思うし、それは体験した人にしかわからないものも確実にある。

そこじゃなくて、本当に辛かったのなら逃げたら良かろうに…などと全くやさしくないことさえ思っている。

自分の存在を否定されることの惨さ(むごさ)や陰湿さは、本当に強烈だと思う。

だけど、どうしてそこから逃げることをしなかったのか、どうしてその誹謗中傷が全てと思ってしまったのか、私には正直解せなかった。

発信される周りの大人たちのメッセージは、変な意味で死を肯定しているみたいで、私には全く響かない。

当人にしかわからない痛みがあることは重々承知の上で言うと、私は本気であの年齢的なことを思うと「逃げたらいい」と思う。

さらには、色々あっても時間薬が効いてくれたり、心を癒す方法を自分のために取り入れることは残りの人生で可能なことも知っているからこそ、私には解せなかった。

それは自分が全力でやってきたからこそそう思う。

知らない人たちからの誹謗中傷と知っている人たちからの誹謗中傷はもちろん違うし、数としての規模も違う。

だけど、知っている人たちから日々強烈な凶器となる言葉や態度を向けられても(毎日幾つものことを体験することの年単位)、それでも生きる道はきちんとあるし、傷を癒しきれなくても生き延びる方法はある。

本気でそれをくぐり抜けてきたから、厳しいようだけど、私は同情できなかった。

甘ったれてるとは言わない。

だけど、逃げることも傷から離れることも、または癒されなくても笑える日がくることもきちんとあると知り得たからこそ、自分の中でその死は無しだと思っている。

死人に口なしだけど、みんな誹謗中傷や本人を思いやるところの発信が目立つけれども、誰でもいい、「死ぬな」とピシャリと言う人がいないのか、私はあの一件をそんな風に冷めた目で見ている。

だけどNさんのことは違った。

本当にたくさんの日々の積み重ねをひたすらやってきて(それはもちろん誰しもだけど)、それでもどうやっても逃げることも続けることもできなくなってしまう、そんな気持ちを想像したらやるせなくなった。

だから、Nさんのことを「どうして…?」とはあまり思わないけれども、死を選んでまで守りたい自分の中の何かがあったんだろうと想像する。

Nさんは死を通して逃げたと言うよりも、死を選ぶことで自分の何かを守ったのかもしれないと思う。

だって見るからに自分のことは不器用そうだし、その不器用さゆえにこれまでだって生きづらいことなんかたくさんあっただろうと思うから。

一瞬のことでも、死を決意するほどの何かがあって、それは取り返しのつかない選択であっても、もはや過去の60年以上のそれまでの自分のやってきたことでは挽回できないくらいの何かだったんだろうと思う。

色々矛盾しているけれども、そこまで生きて時間的な終わりがある程度見えてきてもおかしくないのに、それでも死ぬことを選んだNさんには、反対に「死ぬな」とは言えない。

死んで楽になったとは思わないけれども、それでももう死ぬことしか見えてなかったくらいの何かが心の内にあったのかと思うと、最後は死を選ぶのもその人の生き様なのかもしれないとさえ思う。

また日を改めてNさんの死の後思った様々なことを書き綴りたい。