2018年7月15日日曜日

巡る世界から

2017年夏

勘違いであって欲しいことを耳にした。

少なくともお盆休みに入る前だったことは確実。

3回もあった。

1回は、会社の人事のあり方について、ある男性社員と長い年配の事務員さんが話してたことだった。

あるポジションに対して年齢がどうだのこうだのと話していて、年齢が低ければ低いほど重圧だし色んな周りとの兼ね合いで難しいとかなんとか言ってた。

ああいう時って何でか予感みたいなのがある。

しかも、会社の方針を批判しつつも、その批判してることが現実のものになる、と言わんばかりの話になってた。

その話を紐解くと、その男性社員がまさにその年齢的におかしいと感じるポジションになる前提の話をしてた。

そのポジションは1人しかいない。

2人で兼務するものじゃない。

その人がそうなるということは…。

私は気のせいだと思うことにした。

聞き間違いだろうと思うことにした。

2回目は、何か業務上の変更があって、それの確認の電話がかかってきていた。

その時に電話を取った同じ事務員さんの口から出た。

「うちもいつまで今の人がそのポジションかわかんないからさ〜、どうするんだろう?」

えっ⁉︎と思った。

これも単なる予想とか、そのやり取りが面倒で言ってるのかな?と都合よく考えた。

3回目はこうだった。

取引先か何か知らないけれど電話が来た。

その人は出張で不在だった。

電話を切った後、今回の会議、最後かもね、と事務員さん同士で言ってた。

何言ってんの?と思った。

それがどの程度のペースで開催されるのかわからないけれど、おかしいと思った。

っていうかそんなことを1、2週間の間で3回も聞いたくせして、私は気のせいにして、そして自分は自分の計画の遂行のために頭を使い始めてた。

計画を練り、練習もして、私は私のペースで進んだ。

もしその時に異動が確定していたとするなら、私は動かなかった。

動かずにその最後の時を迎えた。

私は勝手がわからなかったから、わからないことはわからないことにしておいた。

言い方も今すぐ云々ではなくいずれは…みたいなニュアンスだったから、まぁそれは最初の日にいつかは異動する人というのは聞いていたから、私はその「いつかは」と同じレベルで解釈していた。

それはすぐに起こる感じでもなく、いつかはそうなるね、ぐらいの体なのかと思ってた。

しかもその話に私が首を突っ込むのはどう考えてもおかしいから、まぁ本当にそうなったら何かしら言われるだろうと思って無視した。

だからある意味全ては本当に寸分の狂いもなく起こっていた。

私は友達の結婚式でさえも、この計画にあったんじゃないかと思ったほどだった。

4月か5月に8月の結婚式の招待を受けた。

その時は単純に8月なんだ〜ぐらいな、何の意味も感じなかったけれど、後々8月にあったのはとっても大事だった。

7月でも又は9月でもなく、8月のあの最終週辺りだった。

7月ならまだ私は動くことを考えていなかった。

9月では遅過ぎた。

色んなことがわかっていなかった8月だったから動けたんだと今振り返って思う。

私は話すきっかけがどうしても欲しかった。

だけど、本当に絡みもなければ、元々静かな人で自らあれこれ話しかけてくるタイプでもなかったから、私は何かのきっかけが欲しかった。

私も基本的に自らベラベラと話しかけたりしないから、話す機会は皆無だった。

きっかけがないことにはどうにもならなかったのと、そして私はまだその時「私の勘違いかもしれない。勘違いであって欲しいから、勘違いと知るためにも一度会って話したらどうか?」という、非常に自分勝手なことを考えていた。

勘違いというのは、私自身の気持ちが勘違いかと思ってた。

そこで私はふと、土産を使うことを思い付いた。

土産なら全員に配るし怪しまれない。

何なら私は行く前になんとネットでご当地土産の紹介ページのようなものを探して、私の計画を形にしてくれるものがあるかどうかまで探す徹底ぶりだった。

行き当たりばったりの私が、人生で初めて土産を現地に行く前から調べた。

だから、私は行く前から土産をどれにするかは決めてた。

そして実際の土産屋では、その計画の一部のものも持って行って、私の計画が本当に遂行可能かどうかまでもチェックした。

想像以上にピッタリサイズで、私はその場でガッツポーズをしたいぐらいだった。

その時の私は、お盆前に耳にした話はすっかり忘れていて、とにかく自分の計画しか見ていなかった。

計画はおかしな方向に行ったし、さらにはそれからしばらくしないうちに異動のお知らせが来た。

異動のお知らせを聞かされた時、私の頭は真っ白になった。

聞きたいことは色々あったけれど、とりあえず聞いたのはいつの日付での異動なのかだけだった。

時間が伸びた。

あの日の時間ののっぺりとした重たい感覚は覚えてる。

べたーっと貼り付いて動かないみたいな感じだった。

震度6の地震の時と同じ感じの時間の流れだった。

あの恐怖に満ち満ちた時間は、たかが10秒でも長い。

いつ終わるのかわからないぐらいの長さになる。

ショックや恐怖にさらされると、時間の流れ方は変わる。

その感覚が大きければ大きいほど、時間はゆっくり流れる。

決して気持ちが安らぐゆったりさではない。

常に緊張や恐怖が走って、いっときも気が休まらない、あのゆっくりとした感じ。

もう時間は止まってもくれないし、かと言って軽快にも流れてくれない。

私は呆然としながらその日の午前中を過ごした。

時計の秒針が聞こえるわけじゃないのに、秒針の音が聞こえるかのような静けさだった。

その人がいる場所からその時の私は2メートルないし3メートルのところにいた。

手を動かしていても、心と体がバラバラで、手だけが動いてるみたいだった。

心は鉛のように重たい。

電話がかかって来たと思う。

その人の声が耳に届いた。

もうこうやってこの声を聞けないんだなと思ったら、私はその場で一気に両目に涙が盛り上がって出てきた。

私はキャビネットの方を向いていて扉が私を隠してくれていたから、誰にも知られずに済んでいたけれど、本当にショック過ぎて頭が働かなかった。

そして、すべてが終わりに近付くこと、終わってそれが永遠になくなってしまうこと、それに対して何にも術がないこと、あまりにも受け入れられなくて、私はただただそこに立っている又は仕事をしているふりをするのに精一杯だった。

この手が届かなくてももしかしたら届くかもしれない距離から、本当に届かない距離に行ってしまうんだというのが信じられなかった。



もし異動がわかっていたのなら、私は土産を使う計画も含め、その後全部起こしたこと、行動に移したことは、1つとしてやらなかった。

元々が自分の気持ちに対してものすごい否定と疑いだらけで、そんなわけないと思いたかったこともあったから、絶対に無視したなと思う。

いなくなるなら、波風を自ら立てるなんていうそんな自分にとってもリスクにしかならないこと、絶対にしなかった。

静かにしれ〜っとして見送ったと思う。

私は当時のことを箇条書きにしてノートに書いている。

どこかの出来事がちょっとでもタイミングがズレていたとするのなら、今はなかった。

当時の私は、その後に突き動かされるように動いていた。

ダメ元でもいいからアタック!とかそんなんじゃなくて(相手にはそう映ったとしても)、意味のわからない激情で考える前に動いていた。

躊躇しないわけでもなかった。

自分でも自分のことが重たいとか鬱陶しいと思った。

相手はそれ以上だろうなぁとも思った。

それでも私が選んだのは「動く」だった。



1メートルよりも近付いたことがあったかな…と思う。

思い出したのは、私がコピー機前を占領していて、相手が自分の印刷物を取りに来た時ぐらいだった。

2、3回そんなことがあったと思うけれど(もちろんすごくドキドキした)、それ以外は私は近寄れなかった。

単純に身体的距離が近くなるチャンスは時々転がっていたけれど、私は全部をわざと無視した。

無視したくてしたんじゃなくて、近付きたいのに近付き難かった、近寄れなかった。

1メートルの距離が遠いなぁといつも思った。

一度ある書類を見せに行ったことがあった。

私はその時どうするのが正しいのかわからなくて、黙って相手が見終わるのを待っていた。

初めてその人の手を手の指をじっくりと見た。

きれいな指で、その人の全体の骨格と指の形がマッチしていて、その人の手って感じだった。

もっとじっくりと見ていたいのは山々だったけれど、あっという間に書類に目を通して、そのスペシャルタイムは終わった。

残念ながら、指や手の形は記憶に残らなかった。

そんな思い出も全部終わってしまった。



本当のところはわからない。

だけど、相手の人は異動になってこの町を離れることは全く寂しくないと言ってた、と人づてに後から聞いた。

あぁそうだよね、寂しくなんかないよね、と思った。

思ったけれど、私はものすごく胸が痛くなった。

今書いていてももう一度痛くなった。

痛みって記憶できるんだな、と感心した。



最後の瞬間、私は違うことを感じた。

最後の最後、私にはどうしてもこれが最後とは思えなかった。

次があるとか、また会えるとか、そんな期待値みたいなことは思わなかったけれど、代わりにこれが最後とも思えなかった。

手段や方法なんて一切思いつかないし、すごい馬鹿げた発想だとも思ったけれど、どうしても今生の別れというのが信じられなかった。



「『引越し無事終わりましたか?』ってそんな悪い質問です?
僕、そんなに悪いこと、怒らせるようなこと聞きました?」

用事で電話した人が電話が終わった後、半泣きになりながら訴えてた。

元々自分のことを人に言わないタイプだし、デートしてるかもしれないんだから、そんなこと聞いちゃいけないよ、いいところ邪魔だったんじゃない?などと言われていた。

それを聞いて、私は胸がキュッとした。

なんかよくわからなかったけれど、全て自分の勘違いで動いてたのかもしれない…、全て勘違いだった…、そう思い込もうとした。


週が明けた月曜日もたしか電話していた。

普通にやり取りしたような様子で、無事に引越したんだなとわかった。

私が無事を確認したところでどうするの?と思いつつも、無事に引越したとわかって良かったと思った。

もう世界は交わらなくても私は祈った。

何がどうであろうと、私は自分が祈りたい限り祈り続けることにした。

ちなみに私が墓参りで無事をお願いする時、私はこの春先までその人のことは名前を言うくせに自分のことは祈ってなかったことに気付いて、それ以降は家族+その人+最後に自分のことを祈ってる。

自己満足の祈りは、私には届いてる届いてないがわからなくても本当に伝わっているのならいい。

それは今でも思っている。

悪いこと祈ってるわけじゃないから、祈るぐらい許されるかなと思ってる。

祈ったところで相手が知るわけでもない。

何も祈らないより、祈る方が落ち着く。



2018年夏

秋、冬、春と巡って、また夏が来た。

1つ1つの日にちを通過する。

去年の今頃はこうだった、ああだったと振り返りながら、ちょっとだけ楽しく思い出す。

かけがえのない瞬間を思い出すのはたしかに楽しい。

だけどそれ以上に寂しくなる。

そこに戻りたいとは思わない。

だけど、その人のいない世界に今もこれからも生きるのかと思うと、とてつもなく寂しい。

いつか慣れるのかなと思った。

生きていけないわけじゃない。

そもそも去年の夏がイレギュラーだったから、今は通常運転に転じただけ。

だけどいつまで経っても私は慣れない。

日々生きているし、何かあれば目の前のことに集中もしている。

だけど、その人の存在しないところに自分が生きてるというのが、どうしても慣れないままになっている。


この文章をこれで終わらせるか、まだもう少し書き足すかを迷って1時間近くになる。

上の「慣れないままになっている」の後にももちろん色んな気持ちがあってそれで終わりじゃない。

だけど、それをどう表現していいのかがわからない。

だからさっきから手が止まっている。

今生の別れというのが信じられなかった気持ちは、実はそのままこの夏まで継続された。

信じていないのではなく、信じられない。

それは私の一方的な願望からくるものなのかもしれない。

だからここまでずっとずっと沈黙が保たれたのは、もうそれが答えだから認めなさい、というサインかもしれない。

その一方で、私はいくつ季節が巡って、どんどんその人がいた世界から離れても、サインは変わらずに色んな形でやってきている。

体に出るサインも続いている。

今月に入ってからはほぼ毎日と言ってもいいぐらい。

何もないと結論づけるには、あまりにもサインが多すぎる。

真偽は確認する術がないから(本人が喋ってくれたら話は別)、とりあえず自分が信じたいものを信じる。

世界の中心がある。

そこにはその人からの影響が強く出ている。

そしてその中には生きることの真実が含まれてる気がしてならない。

生きていること、命があること、人を大切に想うこと、その全てがそこにぎゅっと凝縮されている、そんな風に感じている。

葛藤

昨日の夕方、妹から電話が来た。

この電話はある意味研究材料として非常にありがたい電話だった。

今妹は週に何日かパートに出ている。

その職場で困ったことを話してた。

何が研究材料だったかと言うと、話してる最中に相手の潜在意識からもたらされるヒントが出てくるのかどうか、どんな風にわかるのか、それを見たかった。

今回ももれなく出てきたし、相変わらずわかりにくいなと思いながら聞いてた。

わかりにくいというのは、それが私の思考なのか、それとも妹(相手)の潜在意識からもたらされた情報なのか、その辺りの差がわからない。

しかも、情報によっては、私も大いに賛成するみたいなのもあるから、余計と判断がつきにくい。

昨日妹に伝えたことは、

・相手の人たちがバカだから、相手にしないこと。
相手にしたり、何か物申すともっと面倒なことや、妹にとってしんどいものが来るから、とにかく距離を上手く置いてそのバカな人たちとは関わり合いにならないこと。

・ストレスが溜まりやすい人的状況だから、自分を守る術をきちんと持つこと。

・妹が感じてることは合ってるし社会的に正しい判断だから、自分の感じたことに対して自分のためにそれで良かったんだと思ってあげること。

・上のことに合わせて、妹が自分が悪いとか何か間違えたことをしたとかいう考えを持たないように気をつけること。

上の4つだった。
(私は相手をバカ呼ばわりしたけれど、妹はそんな風に呼んでいない)

身内びいきではないけれど、妹が説明する状況は私からしてはっきり言ってあり得なくて、妹の私情を抜いて事実だけを見た時にも明らかに色んなことがおかしいことも伝えた。

私個人としては、その状況を生み出す会社の体制がどうかと思ったけれど(責任者不在で←名ばかりの責任者はいる、責任者的立場のポジションは20代前半の秋には辞める契約社員の子らしい)、まぁそれで動いてるのが奇跡的でそのうちその部門潰れるでしょと思った。
7/15 7:14


↑上のことを書いたのは、6月6日に書き途中になっていて、早々とアップしてしまいたい記事があったから。

それがこちら↓


6月6日 18:03

・アドバイスされたくないと言われたこと
・「人の人生に踏み込んではいけない」と思っていること

今日はこの2つについて、回想を。

これは私の個人的な体質ととても深く関わってたから、余計と自分の中でずっと長いこと悶々としてたんだとわかった。

以前書いたように、私はこれまで気付かないうちに、相手からの情報をキャッチして、それはまるで私には単なる自分の考えで思い浮かんだと勘違いして、それをそのまま伝えることをしてた。

私は透視もできないし、何かが聞こえるようなこともない。

ただ、相手の人がその人の状況や心情を私に話すと、一瞬でパッと答えみたいなものが出てくる。

私は直感で「これはその人に必要なこと」と何の疑いもなく思っていて、大抵の場合は話の返答のごとくそのままを言っていたし、本人の心情と相反するような時は、時を見て伝えたり、言う言わないも様子を見ながら考えてた。

「僕のお母さんが僕を妊娠してる時、ドラッグをしてたから、僕の手はこんな風にずっと震えが止まらないんだよ」
「おじさんが私のパンツを脱がせて、触ってきたんだよ」
「この間子どもを精神科に連れて行ったら、○○障害と診断されました」
「祈祷師の方針で、我が子の名前を改名することになりました」
「あの子が万引きしてると知ったんですが、その子のお母さんには言っていません」

ヘビーなことばかりをいくつか書いたけれど、これリアルに私は目の前で全部どれもこれも言われたこと。

そんなことばかりを10数年対応してたから、目の前で即座に反応しなきゃいけないことは日常茶飯事だった。

しかも「正解」がない。

強いて言うなら相手を否定しないこと。

それ以外で絶対の正解なんてないから、あとは自分の感覚で都度都度対応するしかない。

しかも「無視」は当たり前だけどできないから、何かしらは反応、ただ相槌を打つでも自分の感じたことをそのまま伝えるでもする必要があった。

いちいち考えたりする余裕なんかない。

ヘビー系の話はもう一発勝負だから、自分がそのまま感じたことを表現するしかない。

だって相手もやっと告白してるのに、まさか「次回までに私の返しを考えときます」なんてわけにいかない。

こんな風だったから、先日の(癒しのレシピ)モニターの人に対しての現実的な心理&身体的なアプローチのヒントのプロセスは、私からすると朝飯前みたいなことだった。

相手の人が私に数行のメールで自分の現状を伝えてきた。

私はそれを読んだ直後1〜2分で今のその人に必要と思われることを19個ヒントとしてキャッチした。

そしてその思い浮かんだことを淡々とメールに書いた。

自分は体が絶不調で布団の中にいたにも関わらず、その作業は全く疲れることなくやれた。

それって結局のところ、私は単なる受信機みたいなもので、私が受信してるのは相手の潜在意識からの情報。

だから、答えもぽんぽん出てくるし、何も見えないけれど相手の潜在意識が伝えてくるものだからそりゃまるで一部始終を見てたかのような正確さにもなるなと思った。

だけど。

私は自分のこういう部分を超積極的に活用してるかと言えば、特に30代になってからは相当気をつけて使ったり、反対にあえて触れなかったりしてた。

それが最初に書いた

・アドバイスされたくないと言われたこと
・「人の人生に踏み込んではいけない」と思っていること

の2つに関係している。

アドバイスされたくないと何人かから言われたことがある。

私はアドバイスしたつもりがなくても相手はそう解釈してしまう以上仕方ないと思ってる。

ちなみにそれを言われる時、私は毎回心外で本気で驚く。

言い方なのか、伝え方なのか、全然わからなくて、でも伝わる人には伝わるし、そうして否定する人は否定するから、それらは人の捉え方の違いなのかと思ってた。

でも、これは私が今回の色んなことを体験して思ったのは、多分「アドバイスされたくない」的なことを言ってきた人たちは、あまりに内容が図星過ぎたからなのかなと思った。

私が言うことのほとんどは、あまり自分の思考を介してないものが多い。

相手から見て、私が言ってる風にしか見えないとは思うけれど、実際には私の考えにはないことも多い。

話を聞く時に、瞬時にパッと出てくるから、それらを今振り返ると確かに私の脳みそが考えたとするなら随分と優秀すぎる。

しかも私が発信してるというより、その人の潜在意識がその人のために私を使って伝えてる、そう思う方がとても自然な感じがする。

だからわかりやすいのが、自分と日々対話してるような人たちからは非常に喜ばれるし、反対にそういう習慣のない人たちからは非常に不評になりやすい、傾向として。

でもこの分析ができるようになったのは今週(6月第1週)に入ってからで、これまで何年にも渡ってそこがわからなかった。

だから私は相手から訳のわからない返答や攻撃の矢が飛んでくるくらいなら、何も言わないのが1番と考えるところもあった。


もう1つ。

「人の人生に踏み込む」ことを私は絶対にしてはいけないと思ってるところがある。

その人の人生はその人自身のもので、私が生きられるわけじゃないんだから、というものだった。

それだけじゃなく、怒られたこともある。

それもあまりに不意打ちで、さすがに私はその時は反論した。

はっきりと覚えている。

その人は何年か前に私のお試しのコーチングセッションを受けてくれた人だった。

何人かしてみて気付いたことは、どういうわけかみんな「心の闇」的なところを私に話す。

私は一切の誘導もしないし、「○○について話してください」なんてこともお願いしない。

なんとなく今頭に浮かんだものを話してもらう。

話し手は、私のこのブログ以上にみんなあちこちに思考や思いが飛ぶ。

大体話し手の人は、話の飛び方に自分で嫌悪感を示すけれど、私は気にせずに話してくださいとお願いする。

一見飛んでるようでも、実は全部1つのテーマに繋がってたり、そこを起点に他の大切なものが引き出される通過地点になったりするから、飛ぶのは私は全く気にならないし、むしろ1つ1つが大事だと思うからそのまま話してもらう。

だからその人が自分の何を語るかなんて私にも当然わからないけれど、本人にも「えっ⁉︎」ってなるぐらいにわからないんだと思う。

理性強めな人ほど「こんなこと話すつもりじゃなかった」と言われる。

口に出しては絶対に言わないけれど、私は心の中で「言えて良かったね」と思ってる。

こんなこと話すつもりじゃなかったというのは、大抵眉唾ものの話が多い。

例にして出すと、ある男性は自分の浮気願望について話をした。

これにはきちんと理由がある。

この人がしたいのは浮気じゃないのが話を聞いててわかったから、それは全部フィードバックして返した。

フィードバックして返したと言っても、私は単に本人の口から飛び出した言葉を全部繋げただけだから、本人も自分の心の奥底にある願いがわかって満足してた。

でもその人がその話を当初するのはすごくためらってた。

私は何のことが頭をかすめたのか知らないから、とりあえず「その頭をかすめたことを言ってください」とそれだけは指示を出して話してもらった。

確か当時、転職が決まった時で引越しも伴うから、大きく人生が変わる直前だった。

だから本人は最初、それにまつわることをテーマにしようとしてた。

だけど、別のことが頭をよぎって、「ちょっと今パッと思いついたことがあるんだけど、あんまり言いたくないし、ましてやテーマにしたくない」と言った。

だから私はそのあんまり言いたくないけれど、頭で考えたことを飛び越してまでパッと瞬時に浮かぶ内容の方がどう考えても重要なんだろうなぁと思った。

相手が気乗りしないのはわかってたけれど、「その頭をかすめたことを言ってください」とお願いしたのはそういう理由からだった。

その方は浮気願望が止まらないのが何なのかを知りたがった。

奥さんのことは大切だし、浮気もしていない。

だけど常に浮気したいというのがなぜかあって、自分でもそれが何を意味してるのかわからなくて混乱するとのことだった。

私がその浮気願望について今日は掘り下げようと言ったら相手は最初難色を示した。

話題として適当じゃないと思ったんだと思う。

だけど私は、それが多分絶対にその人にとっての大事なテーマが含まれているから、と半ば強引にそのテーマで行くと言った(←一度ピンと来たら、内容はさておきそれにしようと私は言う)。

ちなみにこれは私が自分の観察によって得た法則みたいなもので、本人が触れたくないというところほど超絶大事なテーマが含まれている。

あと、入口ははっきり言って何でも良くて、それはその大切なところに繋がるための最初のヒントで、その奥に本当に大切なものがある。

だから浮気願望上等!と思った。

その時も読みは大当たりで、その人の浮気願望という最初の入口からは考えられない壮大なその人の人生のテーマが含まれていた。

私もそこに繋がるんだ!と驚いたけれど、最後は本人が自分で自分の答えを言ってた。

私はメモしてるだけだったから、後から本人にも見せた。

本人もものすごく驚いていたけれど、納得してたし、当初の浮気願望も全く違う理由で自分の中に願望があるとわかったから安心されてた。

という説明をしてたら良かったんだと思うけれど、その何年か前の時は説明もせずに始めたから、相手の人は私にものすごく怒ってきた。

「武士俣さんは僕にネガティブな話ばかりをさせたいんですか?
さっきから僕の口から出てくるものは、自分の中で絶対に嫌だと思ってるものばかりで、武士俣さんはそれをわざと引き出してるんですか?」

ここまで言われた。

私はこの人に関しては個人的な事情や背景が全くわからなかったから、相手のペースに完全に合わせた。

浮気願望の時みたいにそれにしましょうなんて話もしなかった。

ひたすら相手が言うことをただただ聞いていた。

そうしたら上のように相手の人が怒ってきた。

私は今でもその内容をはっきりと覚えているし、その人がなぜそこまで私に怒らなければいけなかったのかわからなかったし今もわからない。

↑ここまでが6月6日に書いた内容。

最後に書いたことにいくつか付け足すと。

さすがに私は言い返した。

人の話を聞く時に私が守っていることの1つに、私は誘導をしない。

何を語るのかは、相手に全部権限があるから、私は内容も操作しないし、そもそもその人じゃないからその人に何があって何を思っているのかなんて私には知る由もない。

だから、特定のこと、ネガティブなことを話させるための誘導は一切していないことははっきりと伝えた。

相手が何を自分の人生で体験してるのかもわからないから、質問も基本的にしない。

だから、誘導して私がある特定の話やネガティブなことを引き出すというのはできないことも伝えた。

私からすると、何を話すかは話し手である本人が選んでいるとしか思えないから、私が不快にさせたとするなら謝るけれども、その過程の選択に関しては私の選択は一ミリも含まれないことも伝えた。

ちなみにその方は、多分一番吐き出したかったことは、自分が暴力を振るってしまうことだった。

その自分を心底嫌っていて心底憎んでいる。

それは毎日自分の中にいて、自分でもそれゆえに色々わだかまりが常にあるんだと思う。

内容が内容なだけに、普通には理解されない。

これも何でその話を本人が私にしたのかなんて私もわからない。

だけど、聞く必要があったからそうなっただろうし、実は私はその人が最初の暴力の告白者ではなかったから、これだけは知ってた。

その人たちも癒されたいこと。

加害者でありながら、その前に被害者の体験を持ってることが多いから、全部ひっくるめて癒されたいこと。


色々書いていて、何で6月の時にこれを必死で書こうとしたのかを振り返ってみた。

・アドバイスされたくないと言われたこと
・「人の人生に踏み込んではいけない」と思っていること

私にとって、その2つは怖いものでもあるし、言い訳のように使うこともあるし、そして最後はそこを乗り越えるなり折り合いをつけるなりして上手くやる道が必要なこともなんとなくわかってる。

私の力のようなものがオンになる時、それはアドバイスになることもあるし、人の人生に足を踏み込むようなことにもなる。

妹に伝えたことを見てもわかる通り、基本的に超現実的なヒントが相手からくる。

私はただ思い浮かんだことを言うに過ぎないし、基本的にアドバイスする気もない。

そんなの各個人で考えて解決して!と思ってしまう。

だけど、人によって受け取り方は様々だし、私としても言われたくない言葉が返ってくることもある。

さらにその行為は、小さくても相手の人生に少し踏み込む要素がある。

その辺りも私はかなり躊躇する。

妹ならそんなの気にならないけれど(妹は自分の気に入ったものだけ聞いて気に入らないものは流してくれるから、私も気兼ねせずに言える)、それ以外の人となれば私が気になってしまう。

私は人と関わることに怖さを持っている。

時々、本気で怖くなってすべてから目を背けたくなることもある。

だから色んな言い訳を自分でもする。

未だに色んなことから逃げたい自分もいる。

忘れもしない12日の朝。

私は夢の中で、なんと会ったこともない女性の家を訪ねていて(誰かから届け物をお願いされた)、そこがDVの夫とやたらと骨折ばかりする子どもが4人いるという家庭で、私は見ず知らずのその女性に相手の今を決して否定しないようにしながら相手の意識から飛んできた情報を言葉を選びながら伝えていた。

夢の中でその行為に及んだのは初めてだった。

目覚めは、気が重たいものだった。

現実的に逃げようとすると今度は夢で体験する、その流れに引いた。

そんなこんなのことが重なっているから、今は丁寧に自分の中を見ていくしかないと思ってる。

それが過去への時間旅行に繋がるし、どういうわけかこのタイミングで自分にとっては入りやすい入り口も手に入れて、ますますそのための道具まで揃ってしまった。

これも後手後手になって書き途中の別の話にも繋がるけれど、私は今普通ならお金払って習いに行かなきゃいけないようなことをタダで教えてもらってる。

しかも完全に私側が知りたいことにフォーカスを置いて、色々教えてもらってる。

普通ならあり得ないことが起こる時というのは、100%必要があってしか起こらないことは私もさすがに認めている。

怖い怖いと言って逃げれるところまで逃げてるけれど、多分逃げれない。

何が言いたかったのかもはや着地点も見えなくなったこの話だけれど、これをこのまま一時保存してもいつまでもアップできないからアップしてしまおう!

この私の中の色んな葛藤を「こんな風に解決しました!」と早く言えるようになりたい‼︎‼︎←切実

過去への時間旅行

時々、自分の今いる場所がわからなくなる。

なんなら年齢がわからなくなる。

1歳程度前後して間違うのではなく、本当に自分の年齢が今何歳なのか実感を伴わず、39歳だよね?合ってるよね?、ここは新潟だよね?合ってるよね?と自問自答することがちょいちょい続いてる。

今の生活を始めてから、私は視覚的に自分の居場所を感じていない気がする。

建て直された家はきれいだし便利なんだけど、毎日ここで寝起きしても、まるで知らない場所にいるような、そういう感じが実は引っ越してからずっと抜けない。

そのうち見慣れるのかと思ったけれど、それが全くで、何なら今使わせてもらってる部屋も自分のもので溢れてはいるけれど、木のテーブル以外は何も家具もなく、そしてテーブルも使う時以外は部屋の隅に立てて置くから、いまいち自分の部屋という感じがしない。

だからなのか、とにかく「居る」という感覚がとてつもなく薄い。

この間家の裏側に行った時なんか、本当に「ここどこ?」と思ったぐらいに景色が違っていて、すごく変な感じがした。

私が今自分を確認できるものは、家や空間ではなく、自分の持ち物だったりする。

自分のノートを見て、今を確認する。

ノートには過去があって、その過去を見て、そこを通り抜けた自分を確認して、自分がいるとわかる、そんなおかしなことになってる。

私が記録にこだわるのは、そうでもしないと自分がいる毎日がぼやけてわけがわからなくなるからじゃないかと思ってる。

その記録も途絶えがちだけれど、思いついた時だけでもいいから書くようにしている。

ちなみに、この枠のない感じは、現実的に心もとないけれど、過去の振り返りや自分の感情に飛び込む分にはすごく状態的には良い。

時間の概念が若干飛んでるから、過去のある地点を思い出す時にはそこにポンと飛んでいきやすい。

癒す必要のあるものも見つけやすい。

「カルマ的な膿出し」だとか「過去世から来ている膿出し」だとか、実は未だに意味がよくわかっていないけれど、今この時期に色んなものの輪郭がぼやけるのはそれとも関係している気がする。

年齢も場所もぼやけることで、言うならば夢の中のおかしな組み合わせに身を置いてるみたいな感じに近くなる。

例えば、昨日おとといなんかは悲しみの記憶に飛んでみた。

私はその入り口が好きだった。

この手の個人ワーク的なことをする時は、概ね「好き」という感覚は持てないものばかりに囲まれる。

だから、「好き」と感じる入り口を持てたのは、私にしたら超奇跡だった。

ギフトと呼んでもいい。

マニアックな話だけれど、入り口の場所は入り口でしかなくて、奥に深く入れば入るほど、「悲しみ」という感情にまつわる過去の他の記憶や体験も浮上する。

大体が忘れられている。

普段生きてる中で出てこない記憶たち。

だけど、一度でもいいからその記憶に戻って寄り添うことをすると、記憶はある程度癒される。

そういう中に入るには、どうしても入り口となる体験が必要になる。

これまでの私の入り口の体験は、はっきり言ってどれもこれも痛みを伴うものばかりで、思い出すのも嫌なものばかりだった。

もちろん無理にする必要はないんだけれど、そんなのは放置しても勝手に治癒されることはまずないから、どこかで手当てしてあげる方が絶対にいい。

そんな中、今回新たに手にした入り口は、過去最高に良いもので、思い出す度に気持ちもそれだけでほぐされるものでもあるから、私は一発で好きになった。

だからこれからは過去の扉を開く時には、そのことを使わせてもらおうと思った。

悲しいだけではないものだから、その他の部分も一緒にセットで思い出せる。

気が良い意味で緩んだところで、もっと奥に入っていく。

ちなみに思い出したら何するかと言えば、何もしない。

ただ思い出して、上手くいけばその時のリアルな感情がやってきてくれるからそれを感じて終わり。

感じることは大切で、感じないと手を替え品を替えそれを感じさせるための強烈な出来事が起こりやすくなる。

だから無視しないで自分の気持ちに寄り添って帰ってくる。

1人でやる時の注意点は、それはすでに終わっていて、今の現実でまたは今目の前で起こって自分を苦しめてるわけではない、ということをきちんと知っておくこと。

もう全ては終わっていて、だからその過去の癒されない場所に戻っても、今の自分は絶対に安全だという感覚だけは持ち続けること。

そこがあれば、1人で過去に飛んでも大丈夫。

怖くはない。

とまぁ、そんな風にして、過去への回帰を今している。

2018年7月14日土曜日

夏色の月

外の音に耳を澄ますと、セミの鳴き声のような虫の声が聞こえた。

もし本当にセミの鳴き声だったら、それは今年初の鳴き声になる。

そこは今年初めて桜を見たスポットでもあった。

毎年、梅雨明け宣言よりも、私はセミの鳴き声を聞いて「本格的な夏が始まった」と感じる。

今年はやたらと早い梅雨明け宣言だったけれど、そして暑いには暑いけれど、まだセミの鳴き声は聞こえない。

100台近く停められる駐車場に戻ると、私の斜め前ぐらいの場所に1台の事業用の車が止まっていた。

PROBOXとかそんな名前の車だと思う。

そこに40代、中間管理職的な感じのおじさんがいた。

熊みたいな体型で、太ってはないけれど、ガッシリとぽっちゃりが混在したような体型の人。

その人が多分カップのアイスクリームを食べてた。

小さなスプーンと思しきものを何回か口に運んでるのを見た。

その姿が本当にかわいらしくて、私はじっと見てしまった。

おじさんだから外見は全くかわいくないんだけど、その風貌とその体からするととても小さなスプーンのミスマッチ、そしてアイスらしきものをこぼさないように丁寧に口に運ぶ様が本当にかわいらしくて私はガン見してしまった。

私とすれ違った女の人たちは、みんな夏の装いで涼しそうだった。

ペディキュア(足のマニキュア)や、サンダル、薄めの生地の服、キュッと結ばれた髪の毛、どれも夏っぽくて「あぁ夏なんだな」と思った。

私は去年半額以上の大幅値下げのセールの時に買った、オレンジとピンクの間の色のロングスカートを履いていた。

足首まで隠れるぐらいのロングスカート。

私はそのスカートが風に吹かれる様がすごく好きで、昨日も風に乗ってフワフワしてる時に、「いい感じ♪」と1人心の中でニンマリしていた。

新月だった昨日、新月の特徴を調べていた。

ある時から、新月や満月の日は、流れと似たことを体験するようになってることに気付いた。

それぞれの新月や満月には、その時々でテーマが違ってくる。

その時のテーマと私の人生の流れそのものがやたらとマッチしている、それに気付いた。

一番初めに気付いたのは、2015年の春分の日だった。

すごい倦怠感とだるさ、どんどん広がる原因不明の湿疹、メンタルがやられてるのか何なのか寝込んで、それでおかしいと思って色々調べていたら、春分とかの季節の変わり目もそうだし月の満ち欠けもそうだけど、人間の体のリズムにすごく影響が出るから具合が悪くなったりすることもあると知った。

決して悪い意味ではなく、体の不要なエネルギーを外に出してスッキリさせるための不具合みたいなものだった。

そういうことに詳しい人にも聞いたら、自分の内面や心の動き・体に対して丁寧に見るようになると、ますますそういうことの影響を良くも悪くも受けやすいと教えてもらった。

春先にホロスコープの去年1年の動きをある本で読んだ時に、その動きと自分の人生の流れとがあまりにも重なるから、それからは新月・満月をそれまで以上に意識するようになった。

今回の新月のテーマは、「過去からの傷の癒し」だった。

傷や痛み、悲しみなんかと向き合って手放してく、と何人もの占星術家が言ってたから、あぁなるほど、と思った。

やたらと自分の中にずっとあったものたちがどんどん出てくる、しかもそんなこと知らずに勝手にどんどん出てきた。

それはその時に封印した心の奥の痛みや悲しみも伴った。

ようやくそれを自分が感じられるだけの準備が整ったんだと思う。

出して出し切ったかな…というあたりで、私は自分の言葉で自分の真実を語りたいんだとわかった。

周りの反応を気にして言葉を選んだり、オブラートに包んだ物言いをしたり、世間一般の価値観に合わせて自分の人生に起こったことをねじ曲げようとしたり…、そういうのが嫌なんだとわかった。

アイスクリームを食べてる熊みたいなおじさんの姿のかわいさとか、風でフワフワするスカートの感じとか、そのどちらも他の人たちには理解できない感じだと思う。

でもそうした感覚を私は自分は大事にしたい、と今ようやく素直に思えるようになってきた。

そういう意味で、去年の夏はもったいないことしちゃったなと感じる。

私は自分の中に自然と湧き上がるものを、それは変だとか社会的におかしいとか、とにかく色んな理由をつけて全力で否定しようとしてた。

でもおじさんのアイスクリーム食べてる姿やスカートのフワフワ感みたいに、そんな風にもっともっと楽しめば良かったと思った。

私の心のおしゃべりに気を取られて、肝心な自分の気持ちを忘れてた。

何せ仕事中だったから、まずそれがおかしいと思ってた。

ずっと静かにしてるから、その分心の動きはそのまま私自身にダイレクトに響いてきた。

だけど、「今仕事中だから!」と自分に毎日毎日突っ込んだりもした。

私はそれまでの数々の職場で、ときめくなんていう体験をしたことが一度もなかったから、そして職場結婚の人たちを見て、よくそんなにときめくことができたなと半分バカにしてた。

仕事中にときめくというのが私にはさっぱり理解できなかった。

私は基本的に仕事の時は、完全に心を仕事モードにする。

その時にどんなに私生活で悩みがあっても、全部遮断して仕事をする。

っていうか、そこまで徹底しないと仕事ができないものばかりだったから、余計なことを考える余裕もなかった。

人の命を預かる仕事もあったから、余計に気持ちをあちこちに飛ばしてる場合じゃなかった。

そして私は職場の男性というのは、男性として見る前に人として見るから、まず仕事のできない人はそれだけで私は興味が失せる。

できる人はどうかと言うと、尊敬する→ますます人としてすごいと思う、という今度は性差を超えた人としての魅力に取りつかれるから、これもまたときめきからは程遠い。

だから去年の夏、そんな人生初体験みたいなことになった時、私はものすごく混乱した。

仕事での絡みもなければ、不慣れな仕事で自分にあたふたしてた頃、私はその人を見る余裕なんて全くなかった。

後々になって、最初から声に惹かれて、その人の声を無意識に一生懸命聴こうとはしてたことがわかったけれど、表面きって気持ちが動く様子は微塵もなかった。

声フェチとかじゃないし、そんなのはこれまでに起きたことのない現象だったから、余計と私は気付けなかった。

それがちょっとしたことをきっかけに、一気に気持ちにスイッチが入って、私は混乱しまくった。

はっと何回我に返ったか知らない。

自然とその人を目で追い、耳をそばだてて、そして単に同じ空間にいるというだけで心臓がバクバクして、さらには色んな気持ちがもっと錯綜した。

気持ちの暴走は凄すぎた。

これまでの人生で好きになった人たちが何なのかと思ったぐらいに、最初から次元が違いすぎた。

自然に湧き出てくる気持ちは、単なる好きとかそういうのとはずい分と違っていて、これまでに体感したことのない感情だった。

あまりにも違っていたから、私は今でもその時に何を思って何を感じてたのか説明できるぐらい(さすがに口に出す勇気はない、あまりにも変だから)。

ときめきのない時間を何年も過ごすとこういうことになるのか?とか、とうとう頭がいかれておかしな感情に走るようになったのか?とか、これは何か勘違いによって別の脳内物質が過剰に出てるんじゃないか?とか、まぁあれこれ考えた。

私は最初から最後まで自分の気持ちに対して、疑いとか戸惑いが強かった。

だけど、今思うのは、その感覚で合ってたというか正解なんだと思う。

あの抗えない感じや自然に湧き出る感じは誰でも彼でも出てくるわけじゃない。

むしろそんな感じになった人、これまで誰もいなかったんだから、それを純粋に楽しんだら良かったな…と今さらになって思う。

色んなことが不測の事態だった去年の夏、私は楽しむ前に否定、認める前に言い訳ばかりしてた。

昨日車を運転しながら色んなことを回想していた。

悲しい瞬間は、たしかに心が一定のベクトルの方向に動くは動く。

だけど、それら全部を映画を見るようにしてもっと外側から見た時に、私は自分が持ってる思い出の種類、映画で言うところのフィルムの種類に気付いた。

例えば、人生にはたくさんの脚本を元にした映画のストーリーが存在するとする。

どのフィルムを選ぶかは個人の自由で、その日その時の気分で、じゃあ今回はこの映画を、という風に選ぶ。

私が去年の夏に選んだフィルムは、すっごく素敵だった。

悲しいわ、ハッピーエンドではないわ、ストーリーへの満足度100点とはいかなくても、それでもとても特別なフィルムだった。

それって絶対に持てたものなのかはわからない。

結果的に持てたけれども、最初から予定されてた上映フィルムだったのかは知らない。

でも去年の夏は、たまたま紛れ込んだのか、私の人生セレクションには存在していた。

車の中でアイスを小さなスプーンで口に運ぶおじさんを見る、それが自分では作り出せなかったストーリーと同じで、私がその人に去年の夏出逢うというのも自分では設定できなかった。

自分の人生に勝手に登場もさせられない。

お願いも設定もしてない中、ある日突然その人は私の人生に現れた。

そして現れても当初は相手の存在すら認識できてなかった私に(いるのは知ってたけれど、私の中ではその他の人たちとみんな同じ位置にいた)、ここにいますよ、と本人はアピールした気ゼロでも私には十分なアピール力だった。

多分その瞬間がそもそも存在しなければ、その人には気付けなかった。

そして、その瞬間は、いつからその土地に事務所を構えたのか知らないけれど、少なくとも事務所を構えてから初めて行われたことだと他の人から教えてもらった。

さらに、その日いくつものボタンの掛け違いみたいなことが起こってのその瞬間だった。

それは本当に小さな小さな選択、レベルで言えば、その日何を着るとか、誰がどの順番でするとか、そうしたことたちで、重要でもなんでもない。

その重要ではないことがいくつも重なって、初めてその瞬間が生まれた。

だから一瞬でも1つでもズレてはいけなかった。

例えばたった1つ、順番がズレたとしたら、その瞬間のストーリーは存在さえできなかった。

その一瞬だけのことで、私の人生は想像もしていなかった方向に転がり出した。

その時を境に、無意識に声を聴くみたいなのではなく、意識的にその人の存在を意識するようになった。

だからその瞬間なしでは、多分私は相手の存在、根源的な存在感に気付けなかったんじゃないかと思う。

その過程全部を振り返ると、そもそも出逢わなければ存在すらしなかった悲しみで、それって特別なんだとわかった。

例えば今この瞬間に、その悲しみを見たいからもう一度同じことを体験させてください、などと願っても体験できない。

その人も私ももうその舞台にさえいない。

そして例えば「悲しいストーリー」を見たいとなれば、一応種類は何通りどころか無限大にある。

だけど私が手にした悲しみのストーリーは、その人が入ってるもので、他のストーリーではなくあえてその人が存在しているストーリーを選べたことがすごいことだとわかった。

そしてそれゆえの悲しみであれば、その特別感のおかげで私は悲しいだけじゃない、その悲しみも含めての「言葉では表せない」もっと特別な何かを手に入れた。

「言葉では表せない」と書いたのは、本当に表せないから。

色んな言葉を頭の中で当てはめてみた。

最終的に「もっと特別な何か」としたけれども、本当に言葉では言い表せなかった。

特別だけでもまだまだ足りなくて、もっと他の言い方はないかと頭でいくつもいくつも言葉を当てはめてみたけれど、やっぱりない。

そんなものが、去年の夏私の人生に紛れ込んでくれたおかげで、私の人生にはこれまでにない唯一無二のかけがえのない瞬間がもたらされた。

もう二度とは戻れなくても、その瞬間はこれから先もずっとずっと私の中で生き続けるんだと思う。

去年の夏は、セミの鳴き声も、他の夏の風物詩も何にも記憶にない。

その人のことで頭も心もいっぱいで、そこに集中し過ぎて他はないも同然だった。

名古屋にいた頃、私は初めてセミたちも木を選ぶことを知った。

何せ一軒家とアパート・マンションが乱立する地域だったから、一面コンクリートしかなかった。

一軒家のお宅の庭とか、街路樹とか、それぐらいしか木はなかった。

であれば、どの木にもセミがいてもおかしくない。

そもそもの木の数が少ないんだから、どの木にも一定数のセミがいてもおかしくなかった。

なのに、セミたちは毎年決まって、止まる木と止まらない木があって、それだけは絶対に変わらなかった。

今年のセミが来年もまた生きるわけじゃないから、セミの遺伝子の中に、もしくは自然界の仕組みでそうなる摂理があるとしか思えなかった。

去年の夏のことは、そういうレベルのものだった。

細胞とか遺伝子のレベルで、その人という人を私は認識してた。

その時の感じを「細胞がオン」になってると仮定すると、普段生活してる中で、細胞がオンになることは滅多にどころか私の場合はその時までなかった。

だから普通の恋愛とはずい分最初から違っていたし、あまりに違いすぎて私は戸惑った。

細胞という細胞が目覚める、本当にそんな風だった。

相手はどうだったのかわからないけれど、少なくとも私側は相当強烈だった。

その細胞のスイッチがオンになった場所からこの夏の悲しみの振り返りはもたらされている。

付き合うのに苦手な感情の1つではあるけれど、その人と関係のあるストーリーだから、特別感がある。

それを知らない人生よりも、たとえ悲しみを伴っても知ってる人生の方が絶対にいい。

2018年7月12日木曜日

サヨナラの背中

悲しみは癒えてないんだと知った。

今日アップするつもりで途中まで書いた記事がある。

過去のある場面を書いていた。

最後の挨拶の時だった。

思い出したら、なんとその時のリアルな感情と同じものが出てきた。

書くのを止めた。

私の中で、多少回想するにしても淡々と文章を綴るのかと思ってた。

その予定でいた。

だけど違ってた。

思い出してるつもりが、突然その瞬間にワープした。

あの時の苦しい感じも、悲しい感じも、押し潰されそうな感じも、泣きそうな感じも、認めたくない感じも、これが最後とは思えなかった感じも、相手の冷たい感じも、それを前にうろたえそうになってる感じも、そんなのが全部一度に集結したあの時の感じがなんと蘇ってきた。

書くのを止めた。

もうそこはそこで癒えていて、結構平気なのかと思っていた。

全然想像と違ってた。

リアル過ぎる部分は、今はまだ思い出したくなかった。

シーン全体は普通に見れる。

だけど、それをきちんと1秒1秒切り取ったようにして見ることはできない。

私はまだ悲しんでた。

多分その時は気持ちを全部奥に追いやって、蓋をしたんだと思う。

だから今、1秒ごとのシーンを書いてたら、強烈にその当時の感情が一瞬で浮かび上がってきた。

こんな大きな悲しみの塊、ずっとずっと自分の中に溜め込んでたんだなと今初めて知った。

てっきり、時間の経過と共にそこも癒されたのかと思ってた。

当時、自分に言い聞かせるようにしてたことは覚えてる。

もう終わったから大丈夫とか、最後までがんばったとか、自分を労わるようにしたことは覚えてる。

でも多分私は労わるふりして、傷や悲しみを隠したんだと思う。

もちろん自分を労わることは大事な仕事だったけれど、それと同じぐらいかそれ以上にそのままの自分の気持ちを自分の中で受け止めるのが大事だったんだと思う。


1秒1秒のシーンを記憶したのは、ショックだったからじゃないと思う。

多分私はそれの全部を記憶したかった。

その人がいる瞬間瞬間を記憶したかった。

だから1秒ごとのシーンが記憶に生々しく残っていたんだと思う。

これを書いてる途中で私はうたた寝的な昼寝をした。

時間にして40分も寝てなかったと思う。

夢の内容は覚えていない。

だけど、起きた瞬間、出てきた言葉がある。

【私は知らなければいけなかった。
それを理解してあげられるのは私しかいないから。】

同じ言葉がずっとずっと何回も出てきた。

あぁメモしなきゃメモしなきゃ…と目を閉じたまま、ぼんやりとした頭で思った。

すぐにしなかったら、本当にその言葉の通りか忘れた。

でも大体【】の中に書いたようなことだったと思う。
7/12 16:52



【私は知らなければいけなかった。
それを理解してあげられるのは私しかいないから。】

2つ目の文章…私は「してあげる」とか「してあげられる」という言い方が好きじゃない。

だけど、今回は素直に出てきたままの言葉を書いた。

してあげられるなんて思ってないけれど、理解はしたいと思ってる。


11月の終わりのある朝。

私は朝車の中でペンジュラムに聞いた。

「○○さんは(私とのことで)自分の選択したことを後悔していません」

その質問をいつから始めたのかは覚えていない。

でも始めた当初から一貫してNOだった。

私にはどうしてもどうしても納得がいかなかった。

本当の本当に、本人が望んで私の誘いも断り、私とは本人の最善を尽くして距離を置いたのか、違和感だった。

私の勘違いかもしれないけれど、とにかく私には違和感として映るものがどうしても払拭できなかった。

だからある時思いついてその質問をペンジュラムにしたんだと思う。
(注:本来、『ペンジュラムに本人の了承も取らず自分以外の第三者のことは聞いてはいけません』というのを後から教えてもらって知った。
言い訳じゃないけれど、基本的にその人のことしか興味がないから、第三者のことは頼まれない限りは聞かない)

その日の朝も信号待ちの時に質問した(その信号は長い)。

その時に突然見たことのない動きをペンジュラムは始めた。

時計と反対回りに回り始めた。

そしてその動きを確認した直後、おなかがいきなりとてつもなく痛くなった。

これは今年の春以降にわかったことだけれど、私の場合、潜在能力的な力というかそれまでできなかったことができるようになると、その時に必ず具合を何かしらの症状で悪くする。

おなかを下すこともあれば、発熱、異常な疲労感や眠気といった感じ。

だからその時も、これまで通ってなかったエネルギーが通るようになって、古いエネルギーを落とすためにいきなり具合が悪くなったと思う。

それがペンジュラムがスーパーNOのサインを教えてくれた最初の質問だった。

余談だけれど、2ヶ月前くらいに出て来たペンジュラムのスーパーYESのサインも、その人にまつわる質問だった。

どうもその人は、私の力を引き上げてくれる役割もしてくれてるらしい。

話が余談だらけになったけれど、その時に知った。

ペンジュラムが本当のことを伝えてくれてるとしたら、その人は自分の下した決断に後悔してることを。

それもとても後悔してることを。



2月にホロスコープの鑑定を受けた時に、過去のシーンが初めて意味の通るものになった。

ここからは私の完全なる妄想劇場。

妄想だけれど、そう考える方が自然な流れというか、とても自分の都合の良い解釈みたいだけど多分そちらが正解な気がした。

私は当時のことを最初『アルヘニの背中』として2017年10月20日にアップしている。

アルヘニの話は実話だけれど、あれはアルヘニの背中について語るのが目的なんじゃなくて、アルヘニの背中と同じ背中を表現したくて、それのカモフラージュのための話だった。

でもその考えもすぐに隅に追いやった。

だけど、それ妄想じゃなくて本当にそうかもと確信したのがそれから4ヶ月以上経過した今年の2月のホロスコープの鑑定の後だった。
(当時の記事『魂の再会』2018年2月12日)

この鑑定士さんは特殊な体質で、私に私の過去世と思しきものを伝えてくれた人だった。

そしてその時に、その人と私は、その過去世の中で強い繋がりがあったのではないかということも教えてくれた(彼女には何か画像のようなものが視えるらしく、その視えたものを教えてくれた)。

その人の最後の姿は、私に背中を向けてる姿だった。

99%は「嫌い」とか「迷惑」とか「顔を合わせたくない」の意思表示だと思ってる。

でも残りの1%は私は違う風に思ってた。

私が立ち去る瞬間を見たくなかったんじゃないかなと。

その1%はあまりにも自分の都合が良すぎる解釈で、多分そうじゃないだろうとすぐにその考えを奥に追いやった。

いつも通りにしていたのなら、私が立ち去る姿が見える。

自分の席に座ってれば、少なくとも横目で私が立ち去る姿が見える。

そして、普段ならその人は人と立ち話でも座りながらでも話し合う時は、必ず相手と横並びになる。

向かい合うことをしない。

だけど、その日その私が帰るという瞬間、その人は私にガッツリ背中を向けるようにして、相手と向かい合って話してた。

本人ももう仕事道具は基本的に片付けて無くなっているし、あと1時間とかで恐らく退社するだろう時で、そこで長々と立ち話をしてまで打ち合わせしなければもしくは確認しなければいけないことが本当にあったのかは知らない。

しかも時間が長いのに、立ってるのが変だった。

一言で終わらないような話の時は、基本その人は隣りの空いてる椅子に座るか、年配の方相手ならその人の真横でひざまずいてその相手の目線より自分を少し下にして話す。

だからその時の格好は、明らかに不自然だった。

しかも立っている位置も変で、どの方向から向かうとその場所にその向きで立つことになるのか知らないけれど、けっこう無理無理感が出ていた。

無理矢理その位置に立とうとしてるせいか、相手の男性との距離はキスしようと思ったらできるんじゃないかというぐらいに近かった。

そこそんなにスペースない場所じゃないから!と突っ込みたくなるぐらいに近かった。

相手の人は自分の席のところで立ってるからその位置でおかしくなかったけれど、その人は明らかに「何でそんな狭いところにわざわざ立つの?」という感じだった。

私の動きが見えることにはなるけれど、その相手の真後ろとか斜め横とか、もっとスペースが空いていて立つのもそんな至近距離にならない場所があった。

だけどそのスペース的に余裕のある場所ではなくて、あえて私から思いっきり背中を向けられるその位置にわざと立ってるのかと思った場所に立って話していた。

私は最初ものすごい拒絶されたのかと思った。

そんな絶対に見えないように立ってまでも私のことが嫌なのかと思った。

だけど、例えばの話。

鑑定士さんの話はこうだった。

過去世の中では、10歳ぐらいだった私が先に死んでる。

その人は私より少しだけ年上なのかな?、だけど同じように大人ではなくてまだ成人する前の子ども。

同じ家に暮らしていたと思われる。

思春期ぐらいなんだろうか。

年はいいとしても、そのぐらいの多感な時に、自分の近しい人が死にゆく瞬間を見届けるというのは、どれだけの痛みを伴うんだろうと思う。

痛みにも色んなレベルがある。

私は過去世や魂レベルの痛みと今世や現在の痛みの差はわからないし、区別もつけられない。

でもそうしたヒーリングを施す人いわく、痛み(心に刻まれた傷み)に関して言えば、本人が認識できないレベルの古い記憶になればなるほど、相当な傷みとして記憶には残っているらしい。

例えば、40歳の大人からしたら、ここ数年の傷みよりも幼少期、幼少期よりも乳児期、そして乳児期よりも過去世から来てるものの方が傷が深くて重い。

乳幼児期はもちろん、過去世から来ている傷みは、基本的に誰しもが内容は覚えていない。

その原因となるものや出来事は記憶としては持っていない。

だけど、傷みそのものの感覚や恐怖とかだけは感覚として深いところに記憶されている。

例えば、閉所恐怖症とか犬の恐怖症なんてわかりやすい形で現れるものは、それ相応の恐怖感を過去のどこかで体験している。

そして人間には防衛反応が本能的についてるから、その傷が浮上してこようものなら必死で回避や抵抗をする。

その回避・抵抗の仕方は、当の本人でさえ気付かないぐらいに、「どうしてそんな行動に出るのか」わからないレベルのことが多い。

自分じゃその傷を認識できない場合は、特にそうだと思う。

あの日私が帰った時というのは、「別れる」「離れる」=「永遠の別れ」ということをものすごく強く彷彿させるもので、それゆえにとっさの防衛反応であんな風に不自然な形で背中を向けてたんじゃないかなと。

過去世では死にゆく人を見送らなければいけなかったとしたら、そんな傷みを再体験するなんて嫌だろうから、それであんな不自然な位置に立って私に背中を向けたのかなと。

もちろん、99%の確率の「単に私が嫌だから」そうしたと言うのでも十分あり得るけれど。

鑑定士さんの話を聞いた後、初めてもう一度自分の1%の違和感を引っ張り出してきて見てみた。

あの瞬間、単なる嫌だけの感情であそこまでのおかしな格好をするよりも、それよりもっと根深い感情や心の傷があっての行動なら、そちらの方がむしろ自然な気がした。


私はその人のことをとても不器用な人だと思ってる。

仕事はとてもできる人だし、責任感も強いし、よく気がついて俊敏に動いているし、物腰も柔らかい。

仕事の能力はすごく高い人だというのは見ていたらわかる。

少なくとも、直接でも間接的にでも、私は5人の人がその人の仕事ぶりを高く評価してるのを聞いた。

いずれも私から聞いたんじゃなくて、そのうちの3人が勝手にみんな喋ってくれて、それで知った。

そのうちの1人が、その他の2人の人たちもそう言ってるということを、聞いてもいないのにある時教えてくれた。

私が言う不器用というのは、自分自身のことや、自分の気持ちを外に出すことにおいて不器用ということ。

だから、背中にしても、ペンジュラムが伝えたスーパーNOにしても、その人らしい。

その人は上手く立ち回って、私と適度に波風立たないようにするなんてことはできない人だった。

本当に嫌いだったのかもしれないけれど、本当はもっと別の気持ちや考えがあって、でもそうはできなくて結局は私が見たようなそういう行動になったと考えてもおかしくはない。

あの一連の流れを思い返すとわかる。

自分のことを表現することがとても怖いのか、とにかく内にこもるタイプの人だった。

でもそういうタイプの人たちは、これまで私が関わった人たちの例で言えば、1人の例外もなく本当はすごく豊かな感性を持っていて、繊細な視点は本当に色んなことを詳細に多角的に把握できる能力に長けているし、人が気付かないような細部にまで目を行き渡らせる、そしてそれを感じ取れる力を持っている。

ただ、そうしたものをそれぞれの人の理由で外にはあまり出さないとか、表現することそのものに苦手意識があるだけのことだった。

その人もそういう感性そのものは持ち合わせてるんじゃないかな…というのは仕事をしている時の姿を見て思った。

私のように元々精神世界について興味があって勉強もして色んな人たちから学んで…という人でさえも、その人を介してもたらされる色んなことは本気で強烈だった。

私は過去にこれほどまでに自分の感情が開きまくったことはない。

プラスの方にもマイナスの方にも、それはそれは強く揺さぶられた。

ものすごい混乱と不安や不信なんてものが自分の中から山ほど出てくる。

いくら感情や自分の内面と向き合う術を専門的に知っていて、これまでも日常的に実践してても、そんなのでは太刀打ちできないぐらいのインパクトがあった。

もし同じような体験をその人もしてたとするなら、そしてその原因と思えるものが私だとするなら、避けたくもなるかもしれない。

傷みも恐怖も不安も、普段蓋をしていられたものが開くのは、あんなのは誰でも怖いし戸惑う。

あの人の最後の背中は何を伝えていたのかは本人じゃないから知らない。

だけど、本当に単に嫌でそうしてたと言うよりかは、もっと別の理由なのかな…とだいぶ冷静になった今は思う。

本当のところ、誰しもが誰かを理解するなんて、究極できないと私は思っている。

だけど、それでもできることは、誰かを理解したいと思うこと、そして理解したくて自分の考えを捨てて相手の話を聞いたり相手の沈黙を見つめることではないかと思っている。

できないからあきらめるんじゃなくて、できなくてもできることをしたいと思うのは私のワガママかもしれない。

でも私は知りたかった。

その人の本当のところを知りたかった。
7/12 18:47




『サヨナラの背中』(本文)


自分が生まれた病院が完全に解体されて、跡形もなくなった。

今は解体して出た残骸の片付け作業をしているようだった。

そこは今度ドクターヘリの止まる場所になるとのもっぱらの噂。

周りは密集した住宅街で、怖いねなどと言われてる。


春先に全国ニュースになるような大きな火事があった。

3軒の店舗兼住宅が燃えて、何人か死者も出た。

そこも解体が終わって、最後の片付けが始まっていた。


みんな新しいものに生まれ変わるために、古いものが一掃された。

私の心の中に少し似ている気がした。

今いくつもの過去が行ったり来たりしている。


『サヨナラの背中』


これが2軒の解体作業を横目で見た時に出てきたフレーズだった。

サヨナラの背中はこうだった。

私が最後に見たその人の姿だった。

私はその日1日の様子をそれはそれは事細かに書いていた。

本当はその場面はそのノートを見なくてもそらでスラスラと言えるぐらいに記憶に残っている。

私はその時のその時間のことはわざと仕組まれたんじゃないかと思っている。

私が帰る時間はいつも決まっていた。

よほどのことがない限り、残業ゼロの仕事だった。

その日もご多聞にもれず、いつも通り定時上がりの予定でいた。

その会社はある意味とても緩くて、普段は楽チンだった。

送別会を欠席しても私の場合は問題なくて、他にもキッチリと決まりきった社内ルールもなく、気楽だった。

ただ、こういう会社は、何かイレギュラーなことがあると、その時の対応もルールがなかったりするから、その時になって初めて困ったことになったな…とは思った。

異動の人が出る。

送別会は早々と開かれ(私は欠席)、そして本人出勤最終日を迎えたその日、私は終業間際になって、この会社に長年勤めてる私の教育係的な人に聞いた。

最後はみんなで見送ったりとか、何か挨拶的なものがあるんですか?と。

絶対にないだろうと思っていた通り、「うちの会社、全体の見送りはないし、本人もいつ帰るのかわかんないから、個人的に挨拶して帰っていいよ」と返ってきた。

自分の気まずさも手伝って、最後は本人が全体に挨拶してサヨナラの方がいいなぁと勝手なことは思ってた。

そんな勝手が通じるわけもなく、もはや逃げられない状況だった。

もちろん逃げて挨拶せずに帰るという究極の選択肢もないわけでもなかった。

でもそれしたら、私は自分が一生後悔しそうなことは目に見えてたから、それだけは止めた。

涙腺が緩んだらいつでも泣いてしまいそうだった私は、何日か前から最後の挨拶の時に泣きそうになったら笑うための秘策も練りに練った。

私は今でもその秘策を覚えている。

ぬぼーっとした男の子がいた(「ぬぼーっ」と表現したけれど、これが癒しになる人で私は悪い意味では言っていない)。

男の子とか言ったけど、30歳ぐらい。

でも本当に少年みたいな男性だった。

その彼がある時、私の作業机に置いてあった徳島産のすだちの箱を手に取って、1、2分ずっとずっと眺めてたことがあった。

本当に穴が開くほど、その箱を自分の鼻から10センチ程度のところに近付けてまでじっと見ていた。

180度反対側の位置から私がその様子をずっと見てるのも気付かずに、とにかくずっとその箱を飽きもせずに眺めてた。

その姿があまりにシュールで、私は息ができないほど大笑いしてた。

多分箱にあったご当地のゆるキャラを見てたんだと思うけれど、本当にわざわざ足を止めてまで見ていて、そんなに見たかったんだと驚きながらもとにかく私は笑いが止まらなかった。

泣きそうになったらそのシーンを思い出そうと考えた。

でもそのシーンは使わなかった。

なぜなら、秘策起用を考えた時に、それがその人がいなくなる時を想像してとてつもなく悲しくなる、なんなら私はそれで泣いたりもしたから、それを思い出すとその悲しい気持ちの方が出てきて使えなくなってしまった。

ちなみに今は、その両方を覚えていて、そのどちらも等しく大切な思い出に変わった。

あの大笑いした瞬間の可笑しさも、それを秘策起用しようとして悲しくなってしまった切ない気持ちも、両方大事に胸の中にある。

そんな状況を見越して数日前から心と言葉の準備をして、さぁあとは挨拶するだけという頃合いになった時、本人不在のまま時間だけが過ぎた。

待てど暮らせど戻ってくる気配がなく、私は意を決してその人がいるだろう階下へと向かった。

それもそれで本当に嫌だったけれど、逆に他の人たちもいるとなれば気が引き締まるし、余計な私情がむくむくと湧き出なくていいかもと思った。

おかげで私の中の悲しみは吹き飛んで、その他の人たちもいる前で挨拶するだろう覚悟や想像をするのに忙しくなれた。

階段を降りようとドアを開けたら、目の前に階段を上がってきたその人がいた。
7/12 14:53

さっきはここ(↑)で書けなくなった。

書けなくなって、その時の感情が押し寄せて来て、それで書くのを止めた。

でも私は、今どうでもこれを書ききらないと自分が気持ち悪いのと、手紙の時同様、今書く必要があると感じていて、だからこれからまたこの先を書き続ける。
7/12 20:50

≫階段を降りようとドアを開けたら、目の前に階段を上がってきたその人がいた。

まさかそんなところで遭遇するとは思わず、私は何かを言って本人を引き止めた。

帰る前に挨拶しようと思ってとか、いなかったので探しに行こうとしてたとか、そんなことを言った気がする。

何を言ったのかはもはや覚えていない。

お世話になりましたとか、ありがとうございましたとか、本当にありきたりな言葉を並べた。

舌打ちされそうな感じの重苦しい空気が漂っていた。

舌打ちするというか、何だろう、とにかくこの状況に嫌悪感を抱いている、できれば関わり合いになりたくないというような空気だった。

感情をすべて捨てたような、「お世話になりました。ありがとうございました」という相手の言葉が耳に入って来た。

私の知ってるその人の声ではなかった。

声質が普段とは全く違っていて、私はその声を聞いて真っ先に浮かんだのは「私のこと、本当に嫌いなんだな」だった。

相手に壁を作る時の声と言えばいいんだろうか、そういうタイプの声だった。

息が詰まりそうな苦しさだった。

最後まで目を逸らされてしまうかもしれない、というのは何日も前から覚悟に覚悟を重ねていた。

とにかく色んな最悪のパターンを想定して、そのどれが来ても最後まで普通に振る舞えるように、それだけは心掛けようとずっとずっと自分に言い聞かせてた。

一瞬だけその人は私の目を見た。

とても冷たい目だった。

また思った。

「私のこと、本当に嫌いなんだな」って。

手紙を渡したことも後悔した。

誘ったことも後悔した。

自分のしたこと全てを後悔した。

何もしなきゃ良かったと思った。

何もしなければ、最後は心の耳でいつも聴いていたあの声と、その人特有の透き通った目を見納めることができたのに…と思った。

その人は先に事務所に入って、私も即座に入ることはできたけれど、少し間を置いてから戻った。

その時にはすでに私側からは背中を向けてる格好で他の人と話をしてた。

その人は私のことを見ることもなく、私は横目でその背中を見て、いつものように「お先に失礼します。お疲れ様です」と全体に言って事務所を出た。

その人がさっき上ってきた階段を降りて、靴履き替えて、玄関出て、その人の車を見納めて、そしてその人の名前が貼ってある知らせを見てから車に乗り込んだ。

サヨナラ。

サヨナラだった。


私はその日のことをもう一度文字と共に振り返りたくて、日記と日々の記録を書いたノートと両方を今さっき読んだ。

読んでたら、何で今こんなに涙が出るのかわかった。

その日のことは、仕事の後、3〜4時間かけて日記やノートに書いていった。

だから、すごい詳細にわかるし、その時に私が自分に対してどんな言葉を掛けたのかも読めばわかる。

だけど私は肝心なことを何1つ書いてなかった。

自分がその時に感じたことを1つも書いてなかった。

本当は胸が押し潰されそうなぐらいにショックだったことや、悲しくて悲しくてどうしていいのかわからなかったことや、明日から会えないことが信じられなくて実は動揺しまくってたことや、もしかしてもしかして…と最後まで希望を捨てられない自分がみじめだと思ってたことや、嫌われてると思って本気で辛かったことや、そうした苦しくて出口も答えもなくて自分でもどうにもできなかったことがどこにも書いてなかった。

私はそれこそ全力で防衛していた。

何もかもが悲しすぎて受け入れられなくて、そしてそんな状況でもまだ相手を想う自分が本当にアホらしくて、感情は荒れに荒れてた。

だけど私は蓋をした。

あの目も声も背中も、全部が全部、拒絶のサインのようだった。

私が帰る時間を真ん中にして、前後30分弱席を外してた。

そこまでして避けられてたんだな私…と思った。
7/12 21:26



今朝目にした解体が終わった2つの地点。

どちらも子どもの頃から見慣れた風景が、今このタイミングでがれきを撤去しつつ更地になろうとしてた。

『サヨナラの背中』はどうリンクしているのかわからないけれど、なぜか真っ先に出てきた言葉だった。

この一連のことを何回かに分けて書いた時、私は想定している読者1人ももちろん頭に常にあったけれど、それとは別に自分に気を使った。

自分の真実を自分の言葉で語りたかった。

それが正しいか合ってるかとかはどちらでも良くて、自分の気持ちや自分の中の真実をなるべくまっすぐに言葉を盛らず誤魔化さずありのまま書きたかった。

私はこれまでその時のことはとても変だと思おうとしてた。

実際に変は変だったし、自分でも相当理解に苦しんだ。

でも、世間から見ての目線とか、40歳という年齢を考えての常識的な振る舞い方や考え方とか、一般的な恋愛の流れとか、そんなの全部を取っ払って、私はまず自分が何を感じて何を思って何を本当に大切だと思ったのか、そこに目を向けるようにした。

私の中の真実は、世界中でただ1人、私しか語れない。

私はその真実を色んな形でぼやかそうとしたり、世間で受け入れられるような形にしようとしてたこともあった。

だけど、それは私が苦しくなるだけで、あまり良い方向には向いてくれなかった。

仮に、相手の人が本当に私をうざがって嫌って拒絶したい人No. 1に思ってたとしても、それでも私だけは私の真実を語れる自分でありたかった。

勘違いでも痛い人でもいい。

私は私の体験に堂々としてたらいいんだ、ってやっとやっと思えるようになった。

書いていて恥ずかしいなぁと思ったこともある。

これ読む人からどんな風に映るんだろう?と思うと、言葉を茶化そうとか違う言葉を選ぼうとした自分もかなり出てきた。

それでも私は私の体験を私の想いを私の真実を私の言葉で綴りたかった。

他の誰でもない自分で。

これは私にしかできない。

そこが私の今のところの到達ポイントなんだと感じてる。


日記を読み返した時に、去年の8月の終わりに九州で友達の結婚式があって、その時のことが書いてあるページも見つけてついでに読んだ。

先に言う。

この時の新郎と、式で席が隣りになった男友達の2人は、たしかその年だったと思うけれど、たまたま私の誕生日の日に2人で会ってて電話をくれた。

誕生日おめでとうの最初の出だし以降、2時間のうちほぼ9割、電話の向こうで下ネタを延々と話され、話すぐらいならいいけれど、そのうち「ぶっしー、前戯好き?何が好き?」と超絶ふざけたことばかりを言ってくる2人組だった。
(私の名誉のために言うけれど、私は話は聞くけれど何を聞かれても何も答えない)

席が隣りになった友達とのやり取りを私はこう書いてた。

【○○くんにイケメン上司にメモを渡して連絡先を交換する話の相談に乗ってもらう。
「ちょっと待った。真剣に考えるから待ってて」と言う。
相変わらずこういう人に対しての優しさ、オンオフの切り替えがとても上手い人だと思う。
○○くんからは直接ごはんに誘え、そっちの方がいいと言われる。】

先に書いた通り、普段は超絶ふざけまくってる。

下ネタだけじゃなく、人をからかうことも大好きだし、私は色んな意味で格好の餌食になっている。

だけどあの時、その友達は私を一切からかわなかった。

そんなことそもそも相談もしたことがないから驚いたのもあったのかもしれない。

でも友達はふざけることはなくて、本気で考えてた。

好きなお酒を少しの間ストップさせて、真剣に考えてくれた姿は今でもはっきりと覚えている。

私が真剣に考えてたのが即わかったんだと思う。

その後、一度何かの連絡の折にどうなった?と聞いてくれた気もする。

ダメだったとか言ったと思うけれど、それもからかわなかった。

友達はその辺りの線引きが天才的だし、人は本当に良いからそれをネタとかにもしないけれど、そうやってわかってくれる人がいたんだと、1年後の今日記を読んで気付いた。

私のことだから、相手のことに対しての気持ちをものすごくまどろっこしく説明したと思うけれど、それさえも突っ込まれなかったような気がする。

それぐらいに私も真剣だったし、友達も真剣に考えてくれた。

そうしたことももたらしてくれた人だった。

そのぐらいのすごい人に出逢えたんだから、私はもっと堂々として良かったんだと今になって思う。

周りの目ではなく、自分の目でまっすぐに見つめた時、そこには純粋に相手を想う気持ちだけで、それが全てだった。

純粋さは時に「これっておかしい」とか「手が届かないからやめたら」とか、まぁ色んな世俗的な考えにすぐ染まりそうになってたけれど、それでも最後まで変わらずに残ったのは、その人に対する気持ちだけだった。

そんな人に出逢えた。

そしてそのおかげで、私は今ようやく自分の言葉で自分の真実を語れるようになった。

今までの私なら誤魔化してた。

そっちの方が傷付かないと思っていたから。

でも今気付いた。

誤魔化す方が自分が傷付くって。

自分に正直である方が、自分自身と繋がれるとわかった。

この人はそういう人だった。

見えない部分で本当に私を変えるパワーを秘めた人だった。

私を変えると言うよりも、素直に自分を表現できるように、それの大きなきっかけとなる人だった。

連投で書き続けてわかった。

何でこんなにもその人のことが自分の中に残って、そして色々変わっていく中でもずっとずっと残り続けるのか。

その人は、ここに書いた全てを引き出してくれる人だから。

そしてそれは私が最も自分の人生の中で大切にしたいと考えているもので、それに気付かせてくれた人だからだと思う。

言葉で書こうとするとおかしくなる。

その人がその人だから、だから残ってる。

一番は、その人だったから私は惹かれたと思ってる。

その不器用なところも他の色んなところも全部含めてその人だから、その人を形作ってる全てに私は出逢いたくて出逢ったんだと思う。

サヨナラ背中のシーンで、色々後悔した私が出てくる。

でも今は後悔していない。

そんな人と出逢わせてもらえたことを本気で感謝してる。

本当に出逢えて良かったから。

その人に出逢えて本当に私はしあわせを感じてた。

たとえ1人のままでも、しあわせを感じるという究極のしあわせを味わったから。
7/12 23:56

2018年7月11日水曜日

つれづれ記【仮】

残ったもの。

色んなことがあって、記録も追いつかなければ、記憶も追いつかない。

どんどん忘れていく。

色々あれば当然気持ちもぐるぐると動く。

あっちに行ったりこっちに行ったり。

とにかく動きまくり。

そして新しい事件的な出来事があれば、記憶は即座に刷新される。

前のことは忘れたわけじゃないんだろうけれど、消える。

頭の中から消える。

そんなこんなの9ヶ月半を通り抜けて、それでも残ったもの。

その人への気持ちだった。

当初1、2ヶ月とはいかなくても、せいぜい半年もすれば気持ちが薄れるんじゃないかと期待した。

うっかりまだあっても、例えば0日目を100としたら、半年後は50とか30とか10とかね。

そのぐらい減るんじゃないかと予想した。

さっき、これがあって、あれがあって…と過去の関係のないあれこれを振り返った時、もう手元にないものたちがいかにたくさんあるのかに気付いた。

そうだよね、それだけ時間が過ぎれば、そして今がその時と違っていれば、残ってなくても不思議じゃないなと。

だけど、その人に関しては、何も変わってない、むしろもっとパワーアップした⁉︎まさか⁉︎…

0日目が100なら、もう少しで300日目の今日、100か、認めたくないけれど、100オーバーの域なんじゃないかと。

本当に色々あったのに、その人の場所は固定されたかのようにずっとある。

例えばはまりまくって宣伝しまくったオルゴナイト。

今はそもそもの物がないから、ブーム終了。

仕事はものすごい速さでやり方を忘れていった(想定通り)。

色んなことが変わる中で、変わらないものがそれだった。

当時の日記を読んだ。

読んでてわかった。

体が記憶している。

心で感じたことを、頭とか言葉で記憶してなくて、体の感覚で記憶している。

だから今もずっとずっと残っている。
7/10 23:25


「こんな風に誰かに出逢って誰かを想うようになるなんて思ってなかった。しかも、まともに喋ったことが一度もない!中学生かと思った。38才にもなって、そんな風な形で誰かをいいって思うなんて想像すらできなかった。でもそれって、五感で体や心の感覚だけでいいって思ってるってことだから、逆に信頼があるのかもとも思う。」
2017/9/15(金)

日記を開いたらそうあった。

88888の記事を書くにあたって、去年の夏の数少ない記録を書いたノートを探した。

想像以上に当時の記録は少なくて、そして相手の人の転勤がわかって、手紙も渡して、スーパーグダグダなあたりから私は日記を書き始めた。

本当に私は相手の人のことを何も知らなかった。

ゼロとは言わない。

だけど限りなくゼロに近いぐらいに知らなくて、なのに気持ちはどんどんこちらがお願いもしてない方向に引っ張られるから、本気で困ってた。

だから、私は昨日みたいに書いた。

去年の夏の出逢いは、頭とか思考で選んだものじゃなくて、体が先に反応した。

頭と思考はそれを否定するためにフル稼働してくれていたけれど、そんなことでは止まらなかった。

今朝になって若い頃の付き合いを思い出してた。

私は当時、自分の気持ちも相手のことも大切にしていなかった。

大切にしていたのは、相手との関係だけだった。

だから私はその人に対しては、去年の夏の私とは真逆のことをしていた。

若かった私は、その人を好きになれるところを必死に探した。

その人を好きになる努力をしてた。

だから、好きじゃないのに無理矢理好きになろうとしてた。

無意識でいると、その人の嫌なところばかりが目について、それで我に返って、好きなところを探そうと必死だった。

去年の夏は真逆だった。

無意識でいるとどんどん気持ちは勝手に膨らむし、どんどん相手のことばかりになっていくし、どんどん惹きつけられてどうしようかと思ってた。

だから、私はなんと相手の粗探しを超真剣にしてた。

その人を嫌いになるとか、幻滅するとか、気持ちが一気に冷めてくれるとか、そんなことを私は真面目に望んで、だから少しでも「これは嫌」と感じるポイントを見つけると私は狂喜乱舞じゃないけれど、喜んでた。

その後も「このまま冷めてくれますように」とおかしなことを祈って願った。

そういう時が3回あったと思う。

残念すぎるぐらいに、もって数時間だった。

そして相手はうまい具合に、私がタイプとする男性の真逆のものばかりを持っていた。

苦手なタイプだったのは間違いない。

普段なら絶対に近寄らない。

私は不倫とかに一切興味がないから、男の人で左の薬指に指輪をしてる人を見ると、ものすごい速さでシャッターが降りる。

自動で相手の生物学上の「異性」という枠がなくなって、人としてしか見なくなる。

その人は指輪こそしてなかったけれど、目に見えるものでわかってるものは、その指輪と同じぐらいの速さで、本来ならシャターが降りる相手だった。

これも勝手な話だけども、私は名古屋で朝活に参加したことと自分も株式会社と呼ばれるところで男性9割みたいなところで働いて感じたことがある。

朝活では、色んな業種のサラリーマンの方たちに会った。

みんな最後は捨てたけれど、私は朝活に行くたびに名刺をもらって、みんなそれぞれすごい人たちが集まっているんだなと思ってた。

話は面白いし、人として付き合う分には何の問題もないけれど、私は基本的にサラリーマンの男性の9割は苦手だとわかった。

共通の話題も共通の言語もあるから普段はそれでいいし、人として話すのは普通に私がツボる人なら別に職業も関係なかった。

だけど、明らかに言葉では言いようのないズレと根本的な価値観が基本的に真逆並みに違うから、だから異性として本当に惹かれることは普段ならまずはなかった。

男友達も何人かサラリーマンでも、彼らは若干違っている(社内でも多かれ少なかれ浮いてる←本人談)。

サラリーマンがダメなのではなくて、むしろそういう人たちいてこその日本経済だと思ってるから、敬う気持ちは持っている。

でもそういう意味ではなくて、何かが違うから、そういう意味で去年の出逢いは、本来なら即座にシャターが降りる予定のものだった。

だけど、シャッターは故障したらしく、そんなことでも降りてはくれなかった。

相手がイケメンなのも、十分相手に惹かれないための大切な要素だったにも関わらず、それさえも効力をさっぱり発揮してくれなくて困った。

話さなくてもわかる要素だけを並べたら、その人ははっきり言って私の中で論外中の論外だった。

苦手なタイプとして挙げるなら、その人はそれで百点満点、全項目クリアの人だった。

だから、私はとても混乱した。

苦手なのに、どう考えても苦手なのに、そして話してもないのにどんどん相手の占める面積がデカくなる。

だから私は毎日耳にタコができるくらい「これは気のせい」だと自分に言い聞かせた。

私は次は、話して幻滅するということを狙った。

条件や冷めポイントでもあまりというか全く効力がないとわかって、そこは次は話して幻滅の線がいい気がした。

今ならまだ引き返せる、私は本気でそう思ってた。

話したらもっとその人の個性が出るから、それを見て幻滅したらいいんだと、色んな意味で本末転倒だったけれど、私は本当にそれを望んだ。

相手を知りたい気持ちと、知って幻滅して一気に冷めてくれないかな、とあらぬ期待を寄せた。

でも、そんな瞬間は訪れることがなかった。

誘ったそのタイミングは、どちらが先なのかは謎に包まれたままだったけれど、私が内示を他の人から聞く時とほとんど重なっていた。

その人がいなくなることを。

たとえその人がいたとしても、私は断られたと思うし、それで気持ちも冷めてくれたら良かった。

想い続けても先は見えない。

繋がれるわけでもない。

だけど、そんなこんなのことは関係なくしてその人に惹かれてた。

そして、その人の場合は、条件とか人柄とか外見とかそういう外的な要素で惹かれてるのでは全くなかった。

自分でも未だによくわかっていない。

私はとうとう妄想の恋でも自分がするようになったかと当初は思ってた。

だってそうとしか言いようのないことばかりが揃ってたから。

でもそうではなかったんだと思う。

一時の迷いなら、今頃気持ちはきれいに冷めて、そしてその人を忘れる時間がどんどん増えていたと思う。

本当に色んなことがあって、スピ的な力というか、みんながみんな持ち合わせてはいないような若干変わった力みたいなのはどんどん出てくるわ、それに伴ってなのかおかしな出来事やシンクロもバンバン起こるわ、そして物も人もそちらに傾倒したものがどんどん人生の中に現れてくるわで、色々変化がめまぐるしかった。

あれこれ色んなことがこの1年余りの中で起こったわけだけれど、唯一変わらなかったのは、その人への気持ちだった。

だから驚いた。

もう会えなくて、私の日常にその人の姿を見ることもなくて、今は当時の仕事も辞めたからますますその人の情報を知ることはなくなった。

ますますと言うよりも皆無になった。

元気かどうかも知らないし、今その異動したところにいるのかも知らないし、とにかく何にも知らない。

その何にも知らない人をずっと心の中で想い続けるというのは、はっきり言ってとってもおかしなことだと私は自分で思ってる。

ロマンスのない日常がこうした勘違いを生み出してるんじゃないかと思ったことももちろんかなりある。

否定することは100あっても、肯定できることは何もない。

何もないけれど、気付いたらもう何ヶ月も経って、別々の道の上にそれぞれが立って、今後も何も見通しの立たない関係さえないものだけれど、それでも気持ちは一緒だった。

驚いた。

私はその人に幻滅することはない気がしている。

合わないことはなんとなくわかるし、多分共通点探す方が難しい。

だけど、そんな次元で判断できるようなものではなくて、もっと深いところで私はその人を忘れられないんだと思う。

自分でさえもわからないぐらいに深いところでその人のことを見ていて、その人を想っている、そんな風な気がする。

そういう意味でも、魂の繋がり云々の情報は、それが嘘か本当かはさておいても、私の心を幾分か軽くしてくれた。

おかしなことばかりで、自分の気持ちはその中でも最大級におかしくて、自分でも否定ざんまいだったから、そんな時にその説明は役に立った。

私を楽にしてくれるという意味で、本当に助けてくれた。

ちなみに関係ないけれど、北斗晶が夫婦円満のコツということで挙げてたことが印象的だった。

好きなものは違っていても大丈夫と。

好きなものはもしかしたらその人と一緒にいることで、自分も好きになるかもしれないから。

だけど、それよりも大切なのは「何が嫌い」とか「何が許せない」とかそういう部分が一緒なことだと。

北斗晶は健介とはそこが一緒だから、こうして長く一緒にいられるみたいな言い方をしていた。

そういうことも含めて全部全部知らなさすぎた。

あまりにも知らなさすぎた。

だけど、自分でもどうにもできなかった。

その人を前に、その人が強力な磁石でも持っているのか、とにかく異常な磁場みたいなのが働いてた。

理屈ではずっとずっとわかってた。

今だってわかってる。

だけどそうじゃない。

自分でも止められなくて、どうしていいのかわからなくて途方に暮れた。
7/11 11:50


嫌いになれそうなきっかけは、ありがたいことに相手が与えてくれた。

最後に見たその人の笑顔からは急降下、私はその後本気で無視された。

本当に私が嫌だったか、私には近付いて欲しくなかったか、その理由はわからない。

わからないけれど、相手は私を避けて(仕事の用事でも)、私はそれ見て仕事中なのに泣くかと思った。

すっごい厄介だったのは私の方だった。

そこまでの状況を突きつけられたにも関わらず、なんと私は次なる行動を起こした。

自分でも自分に驚いた。

行動を起こしたのは確かに私で、それを決めたのも私だったけれど、普段の生活からは考えられないところからパワーが出ていた。

パワーが出ていたと言うよりも、自分でも何かはわからないものによって突き動かされてたという風だった。

その人に逢えたことを、そのことが私にとってとても大切であったことを伝えなきゃいけないと思った。

迷惑なのもわかってた。

本気でどうかしてると思った。

だけど、今でないといけないし、もう生きてるうちに今しかない、直接伝えられるのは今しかないと思った。

今日はこの道の気分じゃないから、いつもとは違う道で行こう!

そんな風に思って事故を免れた人とかの話はテレビとかでよく聞く。

あれは虫の知らせじゃないけれど、大切な何かを直感的に感じ取ったメッセージだと思う、今振り返ると。

それとは違うにしても、その人に対して伝えなきゃというのは、冷静になると根拠もなければ、何でそんなことまでしたの?と思う。

やり過ぎな上に、普通は「迷惑行為」と呼ぶ。

だけど、あれはどう考えても、心の奥底から湧き上がるもので、それを伝えずにはいられない、という激しい感情を伴ったものだった。

普段理性で抑え込んでる時には出てこないようなもの。

だけどあの時は、身の危険じゃないけれど、差し迫った何かを感じてそのように自分が動いた。

魂云々のことを調べたのは、そのさらに後で、その人がいなくなる1週間ぐらい前だったと思う。

あまりにも色々おかしかったから、私は男女の関係や恋愛アドバイス的なものを相当調べた。

調べたけれど、どれを読んでもピンとこなかった。

一般的なサイトだと、私は完全に振られた人でその後も何か言い寄るなんてのはウザい他の何でもないし、一般男性からしてもそんな女重たくて嫌だとか迷惑だとかその程度の情報しか得られなかった。

でも、そういうことではなくて、そんな普通のありきたりのことではなくて、この言葉では説明ができない激情についての説明が欲しかった。

自分でもおかしいのは百も承知で、それについて言い訳もできないこともわかってた。

だけど、何1つ自分の中で納得できるものがなくて、ひたすら感情に突き動かされるだけで、私はその混乱を少しでも鎮めたかった。

それであれこれ探しているうちに、魂的な繋がりの話をしているサイトに辿り着いた。

そこを皮切りに色んな人たちが発信しているソウルメイト情報を見て回った(私は最終的に「ツインレイ」というのを調べ倒したけれど、他にもツインソウルとか色んな言い方がある)。

多分2ヶ月ぐらいはその後も毎日調べまくったと思う。

本当にそれなのかはわからない。

だけど、あまりにも色んなことが当てはまっていて、そこでようやく私はよくわからないことたちの説明が少しは自分に対してできるようになったから、その分は楽になれた。

でも確証もなかったし、そのうちにそんなことはどうでも良くなった。

仮にそうだとしても、そんなの相手に伝えられるわけもないし、じゃあ仮に魂的な繋がりが何もなかったらその人に対する気持ちも冷めてくれるのかと言えば、そういうことでもなかった。

粗探しをしたように、魂的な繋がりはないと誰かから言ってもらって気持ちが冷めてくれるのなら、その方がよほど楽だった。

こんなにも身も蓋もない、どこにも行きようのない気持ちに、先の見えない関係とも呼べないものは、ない方が確実に楽になれるから。

そうとはわかってても、どうにもできなかったこの9ヶ月半だった。

でも、おかしなもので、つい昨日かおととい、色んなことが変わっていく中で残ったのがその人への気持ちだけだったとわかった時に、私は嬉しかった。

そんな良きものを私は人生でプレゼントしてもらえたんだなとわかって、本当の本当に嬉しかった。
7/11 13:52


このブログで何回か書いた、ホロスコープの鑑定の話。

2月4日、節分の翌日、立春の日だった。

その相手とも私とも全く面識のない私より少し年上の鑑定士さんの口から、まさかその人の話を聞くことになるとは思わなかった。

その方は、霊媒体質だった幼少期を経て、二十歳過ぎてからは体質が変わって何かが見えたり聞こえたりはしなくなった成人期に突入、それ以降、外部からコンタクトがある時だけ何かしらのメッセージをキャッチする方だった。

私の時もそうで、見ようと思って見えるわけではなくて、その人がキャッチする話に関わる人たちから伝えて欲しいというような要望があった時、初めて見えたりするとのこと。

要望と言っても、要望を出してる本人がきちんと把握してるかと言えばそうでもないと思う。

それこそ無意識や魂レベルで、その鑑定士さんにコンタクトを取ってるんじゃないかと私は思った。

その時に鑑定士さんが教えてくれたのは、その人と私が魂的な繋がりを元々持っていて、そしてそれはペンジュラムを使っていた10歳ぐらいまでしか生きられなかった体の弱い少年だった時の過去世に関わってるというようなことだった。

みなしご的な私は、血の繋がらない祖父母のような人たちの家に預けられていて、そのご夫婦の本当の孫が彼のようだった。

こういう情報は、その話に関わる人たちからもたらされるもので、今回の場合、史子さんではなく相手の方の方から伝えて欲しくて来てるもののような気がしますと言われた。

私は、今この7月の11日になって気付いたけれど。

よくよく考えたら、ペンジュラムそのものは私が2年前に新潟に戻る直前に、お世話になった人たちにプレゼントするしおりを探したついでに見つけたものだった。

その時まで私はペンジュラムを探してもいなければ、買う予定にもなかった。

新潟での私の生活をサポートするがために突如現れたようなものだった。

そしてその新潟で、その人に出逢って、そして魂的な繋がりの話も新潟で聞くことになった。

まるで何かを示し合わせたように、物事は起こっていた。

世の中にホロスコープの鑑定士さんはたくさん存在するけれど、そういう体質の人でそんな風に私に関わる重大なことを伝えてくれる人は他にいない。

その話の真実は証明できないけれど、少なくとも私が過去世でペンジュラムを使ってたのは間違いない。

だって、通常人が何万円も払ってペンジュラムの使い方講座を受けて手にする技術や知識を、私は誰に教えられたわけでもなく知っていて使えているから。

その時に初めて私は、全くの見知らぬ第三者からその人との関係について触れてもらえた。

しかもそれを教えて下さいとお願いしたわけでもないのに。

その時は、何ヶ月も霧がかった事が初めて私の妄想ではない域を脱したみたいで、本当に嬉しかった。

とまあ、そんなことを真冬に教えてもらったわけだけど、それを知ったところで相手から連絡がくるわけでもなく、何が変わるわけでもなく今に至る。

私は魂関連の調べ物はもうすでに止めていて、時々気になることがあると調べる程度になった。

さっきも書いた通り、別にもうそれに関してはどちらでも良いと思ってる。

このまま何もないから繋がりがなかったとも思わないし、反対にこれから先の未来、現実に再会できたとしても、それは繋がりがあったからだけだとも思わない。

魂の繋がりがあれば再会するということでもないみたいだから。

もし本当にこれから先の人生で再会できることがあるとするなら、それはその人も私も両方が望んだことで成り立つことだと思ってる。

私にはとって大事なのは、今現在においても、その人が自分の中ではとても大切だということに尽きる。

世の中のソウルメイト的なロマンチックなものではなくて、単純にどうにもならないぐらいに惹かれたということと、そしてその出逢いを機に色んなことが身の回りで起きるようになったということ。

88888のストーリーなんかは、もうそれ何ですか?の世界だった。

誰の何の差し金ですか?という状況を前に、しかも当の本人はもういないし、だから何?みたいなことでも、いなくなってからも存在感のアピールが半端ない。

そう、何1つ私の中で明確な答えも、わかりやすい相手からの反応もないまま、そうした想定外のシンクロやメッセージにだけはずっとずうっと遭遇し続けてる。

そしてそのメッセージは私に元気だとか癒しとかを与え続けてくれてる。
7/11 16:36


昨日私は人工的な庭がある大きな公園に出かけた。

用事はない。

適度に風もあったから、外の暑さと生温(ぬる)い夏の風の両方に触れたくて、それで行ってきた。

私は屋根付きのテラスみたいな場所にあったテーブルと椅子のセットに腰掛けて、その時々で出てきた言葉をノートに綴ったり、小説を読んだりして過ごした。

ふと、1週間前に書いた癒しのレシピが読みたくなった。

書いた時は、何で私もそれを目にするのかいまいちわかっていなかったけれど、今度はそのレシピが私の心にも響いた。

癒しのレシピは、人によって語り口が違ってくる。

語り口や使う言葉は、私が選ぶんじゃない。

私は単に情報をキャッチしたまま、それを文字にして起こすだけだから、確かに書いてるのは私でも、大元の情報は私じゃない。

それはそれを読む本人の元からやってきてる、と私は考えているし、実際に癒しのレシピを手にした他の人からもそのように指摘された。

多分その人の潜在意識とか魂が私を通してメッセージを伝えようとしてるって。

1週間前のレシピは、本当にやさしさが滲み出ているものだった。

その人の魂がやさしいんだなと感じた。

いくつか感情をピックアップしたけれど、最初の2つは特にやさしい。

その人からはそういうものが流れているんだなと思った。

読んでいて、心の奥のスペースに、そっと差し込まれる光みたいな感じがした。

私は癒しのレシピに関しては、人によって辛辣な言葉も綴ったことがあるからわかる。

これまでやった人たちのものは、そういうやさしさみたいなのはなくて、もっと現実的なメッセージばかりだった。

1週間前のものだけがイレギュラーで、それだけは、誰しもが自分の中で大切に守り続けてるもの、そういうものが言葉になって出てきた。

その言葉が私に向いてるものならどんなにいいかと思いながら綴ってた。

3つ目の感情メッセージの中に「ひとり」と出てくる。

「1人」じゃなくて「ひとり」。

何でそこが「ひとり」だったのか知らないけれど(←私は半分無意識みたいな感じで書いてるから、そうした細かな言葉の選択も正直どうしてそうなのかは知らない)、その「ひとり」という言葉も私にはツボだった。
7/11 17:29


書こうとしてたことを思い出した。

その人からその人を嫌いになれそうなものを与えてもらった後のこと。

相手の意図はわからない。

私がきちんと相手から離れてくれるように、最大限の無視とか冷たさを表現したのかもしれない。

「迷惑だから止めてください」とは言えない代わりに私に刺さるほど冷たくしたと思う方が自然な感じもしていた。

冷たくされたら気持ちが冷めるかと、少しだけ期待もした。

悲しい中で、それならいっそうのこと、気持ちも覚めてくれたらいいなと。

私が苦手とする項目を全クリアして満点まで取れる人なのに、私の気持ちはそうはならなかった。

自分のタイプとか好みの人の特徴の真逆にいたら、普通は視界にさえ入らない。

その人はその普通をひるがえした。

そして、話して幻滅するのはどうかと、私は何様かと思うようなひどいことまで考えて、とにかく気持ちが冷めるきっかけを欲しがった。

そしてきっかけだけじゃなく、それがきちんと持続してくれることも私は願った。

誰が見ても、そして私から見ても、不釣り合い過ぎた。

美女と野獣の逆バージョンで、その人と私が並ぶと爽やかイケメンと妖怪なんとかババアみたいな感じだった。

外側だけじゃなくて、他にも色んな面でアンバランスだった。

だから、私はとにかく自分の目が覚めて、そんな足元にも及ばないような人に熱を上げることからいい加減自分も抜けたかった。

話して知り合うきっかけの方ではなく、ものすごく冷たくもしくはまるで私がそこにはいないように振る舞われてしまって、気持ちはどんと落ちた。

頭で考えたら、気持ちが冷めるための材料や条件は揃った。

だけど、私は最後の最後までその人を嫌いにもならなければ気持ちが冷めることもなかった。

気持ちに比例して、全身で悲しみとショックを感じた。

悲しみとショックは悲しみとショックでしかなくて、嫌いになる理由にはならなかった。

あの時嫌いのスイッチとか、気持ちが冷めるスイッチが入ってくれてたとしたら、また今は違っていたのかもしれない。

そんなこと、普通なら言えないと思うけれど、「嫌いで迷惑なのでこれ以上絡まないでください」ぐらいなことを言われたら、私絶対に気持ちが冷めてたな。

そんなこと言われた日には、本気で落ち込んでしばらく立ち直れなかったと思うけれど。
7/11 17:59




ーー今回の私は、どういうわけかこれを書いている。

こんなに赤裸々に話してどうする?というぐらいに。

昨日自分のブログを見て、7月に入るあたりから、やたらとその人のことを綴ってることに気付いた。

私のブログは、完全に思い付きで書いているから、これを書こう!と意気込んでることはほとんどなくて、思いついたままに文章を綴ってる。

それが今回はどうしてかそのことを書きたくなった。

88888のことを書くにあたっては意気込みがあった。

住所を見た罪悪感みたいなのはあったけれど、それさえもないと成立しないことだったから、とりあえず住所は私の胸だけに収めておくことで勘弁してもらおうと思った。

気持ちに関しては、そんなにも公にするつもりは全くなかった。

だけど、その前からなのか勢いがついて、気付けばあれもこれもと書いてる。

そして、色んな変化の中で変わらなかったその人の存在にとにかく驚かされた。
7/11 20:00


「なんだっていいんだ、魔法は、何にでも存在する。コロッケにもパソコンにも電話機にもゴミ箱にも。そこに人との思い出がちゃんと作られていれば、どんなものでも魔法の装置に変わっていくのだ。」

『王国その2 痛み、失われたものの影、そして魔法』p.81
よしもとばなな(著)

さっき風呂の中で読んだ一節。

感嘆のため息が出そうだった。

私がもらったものは、そういうものだった。

勝手に、その人と同じ車とか、同じリュックとか、名前とか、そうしたものを私は魔法に変えたんだと思う。

思い出は、2人じゃなくて1人で勝手に作った。

1年前まで全く知らなかった車種だった。

元々オシャレとかに興味がないから、今の流行りとか知らない私は、その人を通じて初めて知ったリュックのデザインだった。
(ちなみにそれを仕事用に使うのが、私の中ではすごくカッコいいことだと思って見てた)

気が弱ったことは何百回とあった。

私は周りからメンタル強いと思われているようだけど、それは向き合った分、自分との向き合い方が少しわかるだけで強いのとは違う。

基本的に気が弱りやすいし、変に過敏だしで、強いのとは違う。

でも、ひとたびその魔法が登場すると、私は元気や癒しをもらう。

そして気付けば、その人がいなくなる少し前から、メンタルが本当にいかれるかと思った時に、そうしたサインはやってくるようになった。

名前なんかはすごいタイミングでいつも来てた。

当時は、テレビを見てないと言っていいぐらいに見なかった。

その見ないテレビを帰って来たタイミングでパッと目にしたら、その人の名前がドンと出てくる、そんな感じが何日も何日も続いた。

弱ってたり、気持ちが沈むようなことがあったり、ちょっと大きめな決断を要する時とか、そうした時にささっとやってくる。

毎回前触れなんかない。

突然やってくる。

私はその突然に、毎回魔法をかけてもらう。
7/11 22:09


まとまりのないつれづれ記になったけれど、これが私の気持ちのままだから、そういう意味では私そのものと合致している。

私は今日午前中、山の湧き水を汲みに行ってきた(←最近のちょっとしたマイブーム)。

その時に蛇と親子の猿に遭遇した。

蛇は2回目だけれど、親子の猿は初めてだった。

私はまたそこで得意の願掛けをした。

そんな稀なことに遭遇するぐらいだから、どんなこともありかもと思えた。

(親子の猿なんて初!、しかも猿は道路を横断する際、左右の確認をすることも初めて知った!猿は車を運転してる時に見た、というか怖くてわざと止まった)

私はこれが、ここに書かれたことがその人に届くといいなと願った。

もちろん再会も願った。

変わらずにあり続けたもの。

それは同時に、どれだけ私自身が無意識にその人を大切に思っているのかにも気付かされた。
7/11 22:39

2018年7月9日月曜日

2017年~2018年


夜中に目が覚めた私は、ぼーっとした頭のままスマホをいじった。

目が冴えないようにするために、難しい調べ物をしたらいいんだと思って、ヒーリング関係の調べ物を始めた。

その中に1年前、あぁまだ1年経っていない、去年の秋ぐらいにかなり読みこんだサイトがヒットした。

魂の関係について毎日毎日調べまくった時にヒットしたサイトで、私はそのサイトをかなり読んでいた。

男性が書いているもので、この人の最大の特徴は、おそらくこの人自身はそういう人に出逢っていなくて、でもセラピーをする人でそのセラピーにそういうことをテーマに持ってくるお客さんが多いみたいで、それでその人の知識とお客さんたちの動向を掛け合わせて情報を発信してくれてるところだった。

だから私情は全くはさまれていないし、本当にあくまで施術する立場から見えてることを柔らかい口調で文章にしているところが良かった。

っていうかそれ専属のセラピーの人かと勝手に思っていたから、夜別のことを検索した時にその人のサイトがヒットするのがとても意外だった。

しかも何でヒットしたのかを今戻って戻ってを繰り返して大元をたどったら、なんと寝ぼけていて関係のない「関連キーワード」で出てきた言葉をタッチしたようで、それでその人のサイトを見つけた模様。

懐かしいなぁと思って開いて見たら、最新記事の中に魂の関係の話が新たに2018年バージョンとして9記事分あって、今度はどんな内容なのかなと思って読んでみた。

っていうか、この手の話に2017年バージョンとか2018年バージョンとかあるんだと不思議な気持ちで眺めた。

読んで納得した。

たしかに去年の情報とは異なっている。

そして去年仮に公開されていたとしても、私にはその内容の意味が多分わからなかった。

この1年位で色んなことを体験したから、そこに書かれていることがよくわかったけれど、体験なしでは机上の空論状態だった。

あぁ今がまさに読むタイミングだったんだなぁとわかった。

こういう時、何かがいたずらしたかのようにきちんと仕組まれていて、そこ(必要なものや情報)に行き着くようになっていたんだなと思う。

その人いわく、去年あたりから今年にかけて過去世で近しい関係にあった人たち、要は魂の繋がりのある人たちとの今世での再会が増えているとのこと。

(寝ぼけていたからどちらかはわからないけれど、魂同士が今世で再会(=初対面)という意味なのか、そうではなく一度はすでに今世で出逢っていてその後会えなくなってそれで今また会えるようになった(=再会)ということなのかはわからなかった。私は初対面でいいじゃんと思うけれど、こういう世界では区別するために初対面でもわざと「再会」なんて表現する人がいるからややこしい。)

その理由を読んで私はものすごく納得した。

それが起こることでの大きな特徴は、そういう人に出逢うとまずは「好き」とか「大切」とか「愛」というような感情が大きく開かれる。

しかもそれは「好きになりたい」とか「大切にしたい」とか「愛したい」というようなものではなく、気付けば「好き」だし気付けば「大切なもの」「愛する人」で、自分でもコントロールできないぐらいにそういう感情に自動的になってしまう、本来の自分の純粋な気持ちが大きく開かれるようだった。

それは、それまでに蓋をしていたような他の感情に関しても開く手助けとなるもので、それらが開くと否が応でも自分の気持ちに気付きやすくなる。

自分の本当の気持ちに、それまでは蓋をしたり気付かないフリをしていた気持ちに気付きやすくなる。

そういうことに気付きだすと、今度は自分の人生に嘘がつけなくなってくる。

色々葛藤するも、自分の人生を生きようという流れに人生がシフトしてくる。

それと時代の流れとを重ね合わせてその人はその後も説明していたけれど、おおよそそういうことを書いていた(と思う)。

何せ寝ぼけて読んでいたから、もしかしたらその方はそんな風に言ってないかもしれないけれど(苦笑)。

それを読んだ時に、あぁと納得するものが出てきた。

まさに流れはそんな風だった。

私は口では結婚したいとか良い人いたらいいなぁとかは言っていたけれど、実際には多分それを本気で望んでいるかというと、例えば本気で望んでいたとしても、それ以上に誰かと関係を築くことに対してものすごい怖さを持っていた。

傷を増やすぐらいならもう何もない方が身の安全心の安全だとものすごい強い力で信じていたと思う。

「思う」と書いたのは、これはもう深層心理すぎて自分ではわからないから。

心の仕組み、意識の仕組みを勉強すればするほど、自分なんてのは本当にわからなくなる。

頭で思い描いていることの10分の1でもその通りになっていたら、私自身は自分に対して御の字だと思っている。

それ以外の9割以上の部分は、自分の思っていることとは真逆のことが展開しているし、じゃあ私は一体何を望んでいるんだろう?という感じで、そんなわけのわからない領域に関しては、たとえ自分のことでもさじを投げている。

そして積極的に自分の傷だとか恐怖だとかに目を向けたいとも思わない。

さんざんそうした癒しをして、今では「本当にする必要がある時は否が応でもするだろうし、するための道具なり人なりが揃うだろう」ぐらいに思っている。

そしてその否が応でもということでなければ、自らそんな癒しを積極的にしたいとは一切思わないから近寄らない。

嫌でもしないといけない時以外は、傷の癒しに関しては私自身はある程度距離を置いて付き合っていたいと思っている。

でもその人が人生に登場したことで、色んな予期せぬことが人生にもたらされたし、そしてそれこそ否が応でも自分の傷だとか見たくないことにも向き合わざるを得なくなった。

最初はまず気持ちが心がガッと開く。

自分では止められない。

誤って熱いものを触った時に、条件反射でそこからパッと手を離す。

その時にいちいち、「触ったままだと熱いから手を離そう」と考えてから手を離すわけじゃない。

もう反射でパッと手が離れる。

その人に対しては本当にその反射反応みたいなもので、考えたりとか想いを巡らせる前に勝手に惹かれるという感じだった。

すごい不可抗力だった。

そういうものに対して私は悪あがきをして「離れよう」「なるべく近寄らないにしよう」「これは自分の勘違いです」などと頭で一生懸命抑え込もうとしていたけれど、そもそもそんな条件反射並みの吸引力が働いていたわけだから、思考で何とか対処できるレベルではなかった。

頭で考えると不毛すぎた。

いい年した大人が、しかも結婚したいと思っている人が、こんなにも可能性のない誰かをいいと思ってどうする気でいるんだろうと思っていた。

これ良い方向に行くとは到底思えなかったし、そんな危険なところに自ら足を踏み入れるなんてどうかしていると思っていた。

危険というのは、相手の何かが危険なのではなくて、私が冷静に考えて相手の人は私を相手にするとは到底思えなかったから、そういうタイプの人に近付くのは危険という意味。

相手の反応も若干おかしかったし、この人もこの人でどうしたんだろう?と思ったりする場面もあったけれど、私はそこにはあまり目を向けないようにしていた。

そんな小さな可能性に賭けると自分が後で泣きを見そうで、そんなのは自分の気のせいと考えてる方が楽だった。

だから頭で考えたら絶対にやめておいた方がいい人。

なんだけど、不可抗力で心はむき出しみたくなるから、一度顔を出してきたものはもう奥には引っ込んでくれない。

今度は今度でそこと対峙しないといけない。

ちなみに私はそのような葛藤を2ヶ月ほど続けて、それで最後ようやく自分でも「もうダメだ」となったのは夏も終わろうとしている頃だった。
(今読み返して、「もうダメだ」って…(苦笑)。他に言い方ないんだろうか?と思うけれど、これが本音だったんだから仕方ない。)

本当は東京でお世話になったことのあるマッサージのおじさんのところに行きたかった。

私はそのおじさんがとても好きで、力も一流であれば知識も一流、人間性も一流で、その人と知り合えただけで自分までもが良い人なんじゃないかと勘違いできるぐらいの威力を持っている人だった。

友達の結婚式で東京を経由するから、そのおじさんのところに予約しようとした。

ところがその日だけ毎週毎週専属の予約客がいて、私が希望する日時では予約が取れなかった。

残念だけど仕方なくて、それで妹に言ったら妹がヨガに行こうと提案してくれた。

ヨガの時は意識が通常とは異なる状態になる。

一番近いのは、朝目が覚めた時にまだ目は閉じていて頭は徐々に起きる方向に向けて動き出そうとまどろんでる状態の時。

頭は当然働かないし、ぼーっとしている。

ヨガの最中は、私の場合それに近いものがあるけれど、その時に最初から最後まで1秒たりとも休むことなくその人のことがずっとずっと脳裏に浮かんでいた。

脳裏に浮かぶと言うよりも、全身どこもかしこもその人のことで埋め尽くされてるみたいな感じだった。

全身全霊で誰かのことを想うとは、まさにそういう状態のことを指すと思った。

ヨガのポーズで先生が色々指示を出してくれていたけれど、それさえも耳だけ貸して、そして耳から入れた情報で体にもそのように動くように自分で動いてはいたけれど、でも意識はずっとその人のことがぺったりと貼りついて、まるで空気のごとくその人はずっといた。

そこまでの状態になって初めて私は「細胞中でこの人のことをいいと思っている」ということに気付いた。

その時が特別だったのではなく、普段のうるさい頭のおしゃべりが止んだ時に、ようやくそこまでの状態に自分が普段からなっていたとやっとやっと認められた。

そんな全開の感情のまま、今度は本気で相手にしませんという印籠を相手から突き付けられて、それで私にはその感情の大きさに比例して傷やら悲しみやらがもう手には負えないぐらいの大きさで押し寄せてきた。

最初はその人への気持ちからスタートしたけれど、その人が本当にいなくなって、気持ちはすぐには切り替わらなかったけれど、それは徐々に徐々に自分に向くようになっていった。

まだ傷もとっても生々しかった2017年の10月14日。

あれはまだスタートだった。

その日私は「あなたの目を見てメッセージを書きます」みたいな書家の方のイベントを、たまたま立ち寄った大きなショッピングモールで見つけた。

後にも先にもその時にしかそのイベントには遭遇していない。

私は大した期待もせずそれに申し込んだ。

その時に書いてもらったメッセージ。

『絶対的な意志の強さは、使命と共に、生き続けます。
納得を追求して、自分の心の人生を』

(この時のことはまだずっと下書きの途中になってる…。いつ完成させるつもりだろう…)

その人に言われたことは今でもはっきりと覚えてる。

「自分の中の絶対を追求する。
自分の中の納得を大切にする。
もうそれ以外の生き方はできないし、逃げられない。
自分が納得するためにがんばれ」

その人は私の目を見てそこから浮かんだメッセージをそのように伝えてくれた。

この時はその言葉の半分どころか10分の1もわからなかった。

使命って何?自分の中の絶対って何?自分は何だったら納得できるの?とはてなマークのオンパレードだった。

だけどものすごく深いところで響いたし、私は言われた瞬間ぼろぼろぼろっと涙が出た。

たくさん泣けるようになってわかったこと。

涙にも色んな種類があって、その時の涙は「魂に響いてる」タイプの涙。

魂で聞いて、それで魂のところで大切な何かを感じて涙したんだと思ってる。

そこを皮切りに色んなことがどんどん起こってくるようになって、2017年12月2日の土曜日、友達主催の命の授業に参加して大きく心が動かされた。

自分の本音で何かを語りたいし、表現したい。

自分に嘘をついて、自分を誤魔化して、それで何かを表現するのは嫌だとはっきりと感じた。

その辺りから私はこれからも絶対に本名を名乗ってブログを書き続けることと、今度はスピリチュアル的なことも普通に発信しようと決めた。

隠し続けても仕方ないと思ったから。

あの時は単に隠し続けることの方が難しいと判断してそういう想いに至ったけれど、今となってみたら大正解だった。

この半年ほどで、私はそうした内容を発信することに抵抗がなくなった。

しかも発信して、そして周りの人たちへのカミングアウトも亀の歩みのようにゆっくりと始めたけれど、それでさえも随分と抵抗が薄れた。

別に私は私のままで、その私の中にそういうスピ的なことに興味のある部分が存在している、というだけの話。

私にしたら、お酒を好んだり、料理したり、読書したり、書いたり、手芸したりするのと同じ線上にある。

そこを言えなかった一番の理由は、世間的に受け入れられる皿がまだいまいちないのと、「スピリチュアル」とか「精神世界」と言うだけで言葉が独り歩きして超絶怪しくなるのと、そして私はその独り歩きした先入観に基づいて自分もおかしい人と判断されるのが嫌だった。

だけど、その辺りもだいぶ切り離して見れるようになった。

本気で怪しいし、それで怪しい商売をしている人なんて世の中に五万といる。

だけど、私の中で取り入れさせてもらったことは怪しいものではなくて私を本気で助けてくれた考え方だったり、はたまた私以外の人もそれを知ることで健康状態や精神状態がよろしくなったりするきっかけとなるもので、悪いものじゃない。

私は自分が見ている事実と現実だけに目を向けたらいいんだと思った。

怪しいと思う人はどこまでもそう思うだろうし、そして私がそんな風でも私との付き合いを変えない人は変えない。

だから私はその部分だけを大事にしたらいいんだと、この半年ぐらいでわかるようになってきた。

そしてホロスコープの出逢いがあって、自分の人生を生きようという気持ちにもなってきて、でもいざ今度選ぶ段階(←今現在、2018年7月)になって色々怖さがどさっとやってきて怖気づいてるという。

そんな折にヒットした魂の繋がりの解説サイトで、そしてまさにそれを体験するためにその人と知り合った・出逢ったとするならものすごく色んなことに納得できた。

『88888』の記事、前編も後編も書いていた時、それは全力で書いていたし私には曇りの一点すら存在しなかったけれど、でもまだ頭の片隅にはあった。

「これってすっごい痛い人になってる気がする」というのが。

だって、ざっくりと説明するとこうなる。

出逢う→惹かれる→誘う→避けられる→断られる→撃沈→相手の引越し→本当の1人ぼっち→気持ちは変わらないどころかますます強まる→とうとう88888のストーリーに相手を勝手に巻き込む(相手の知らないところで)。

痛いと言うより、一歩間違えたら何かしらの精神疾患と診断されるんじゃないかという際どいところにいる。

だけど、何だか知らないけれど、そういう流れにがっつりとはまっているし、私がいくら否定してそんなの偶然と言ったとしても、偶然にしてはありえないほどの偶然の数で、それは他にどう説明していいのかもわからない。

さすがに全てをこの場でカミングアウトはしないけれど、私はその人との間にあったこともここで書くようになった。

それは隠すよりも書いて表に出す方が私が楽になるというのと、そして小さなとっても小さな可能性に賭けて、もしかしたら届くかもしれないという理由で書いてる。

もう本当に会えないのなら、せめてお互いが生きているうちに私だけでも自分の身にあったことを伝えようと思った。

届く届かないなんてのはわからないけれど、もし届くとするなら私は届けるための発信だけはしようと決めた。

誘う直前のこと。

私はその人の反応を見て「あれ?」と感じた瞬間が確かにあった。

普段のポーカーフェイス的な人からは考えられない反応だった。

それは仕事上のやりとりで、別に特別なことでも何でもなかった。

私は他の人たちにもするようにその人にも同じことをした。

本当にたったそれだけのことだった。

だけど、明らかにその人からは他の人たちにはない反応が返ってきた。

私もその反応を見て自分までもがつられて挙動不審になりそうだった。

それぐらいに「あれ?」という違和感を覚えたものだった。

違和感じゃない。

正しくは、その人が感じてる感情みたいなのが私にも伝染したみたいな感じだった。

相手の人が泣けない時に私が代わりに泣くあの時の感覚に似ていた。

そしてその感覚は、普段私がその人に感じてるものと全く同じだった。

それがなければ私は誘おうなんて考えなかった。

絶対に考えなかった。

だけどそれは私の怖ろしいぐらいの勘違いだったようで、その後はさんざんだった。

勘違いぐらいだったら良かったけれど、本当に迷惑だったんだろうなぁと痛感した。

自分が同じ空間にいて自分も苦しかったけれど、相手はもっとやりにくそうにしてたから自分がそこにいることさえ罪みたいな感じだった。

後悔はずっとしていた。

仕事を休むわけにもいかないから行ってはいたけれど、申し訳ないやら悪いことしたやらでいたたまれなかった。

相手がいなくなるのも悲しかった。

何も知らず何も話さず時間だけがどんどん過ぎていった。

どんどんと言えるほどの時間は残されていなかったけれど、時間だけはペースを変えずに刻一刻と過ぎ去っていった。

そして私は迷惑も顧みず、というかそんな余裕はその時本当になかったから、ものすごい勢いでその人に手紙を書いた。

今伝えないと一生伝わらないと思った。

その人と一緒にいたいというのはもうあきらめなければいけないだろうことはわかっていた。

だからそういうことを言いたくて書いたのではなかった。

そこじゃなくて、出逢ったということをそして出逢って私はそれだけで生きていて良かったということを、そしてそれに対してものすごく感謝していることを、今の瞬間を逃したら一生伝えられないと思った。

今しかないから、もう一生のうち今しかないから、今言わなきゃいけないと思った。

それはラブレターではなかった。

本当にあれは愛の告白とかではない。

私は自分の心の内をひたすら綴った。

自分の気持ちの名前も知らなかったから、私は最後の最後まで好きとも愛とも書かなかった。

それを書いたら逆に薄っぺらい感じがした。

その言葉を使えないぐらいに、そんなこと言っては絶対にいけないと、自分を律した。

押し付けの手紙なのに図々しさまで乗せたけれど、私は書いている時にずっと祈っていた。

もし捨てられずに済むとしたら、その人の元へ行った後、その人が人生で何か苦しい時間を過ごすような時、ちょっとした気休め的な役割を果たしてくれたらいいなぁと。

私から見たその人の良さを綴ることで、世の中に1人は確実にその人の良さを知っている人がいるんだよ、ということが伝わればいいと。

迷惑ばっかりだったから、そしてその手紙も迷惑という代名詞に近いものではあったけれど、せめてそういう役割を果たせるなら私は喜んで果たしたかった。

もしあの時何もせず、あのよくわからない手紙を書くこともせず、おとなしく静かにじっとしていたとするなら、今の私はどこにいたんだろう。

最後まで良い思い出を持てたかもしれない。

素敵な人に出逢えて良かったなぁって。

最後の瞬間は、あの冷たい目といつもとは違う突き刺すような声ではなく、その人の良さが前面に出た目と声を見届けられたかもしれない。

その人と交わした数少ないエピソードを心にそっとしまって、それで私は淡々と生き続けたかもしれない。

でも起こったものは起こったし、私には苦行にしか映らなかったけれど、そこを皮切りにもっともっと色んなことが起こるようになった。

本当におかしなことはどんどんやってきた。

書家の人もそうだったし、友達の命の授業もそうだったけれど、あんなのまさにその時にしかないもので、もうあれ以来私はそのどちらにも居合わせていない。

ちなみに書家の人に会った日、私はたこ焼き屋のおばちゃんから手をぎゅっと握ってもらった。

私はそのぎゅっと握ってもらった瞬間、心の奥底をぎゅっとしてもらったような感覚になって泣きそうになった。

その後2回そのたこ焼き屋さんに行って、そのおばちゃんから同じようにたこ焼きを買った。

私はわざとおつりが出るように払っているけれど、あの日しか手をぎゅっと握っておつりを渡されたことはない。

さらに同じ日の帰り道、季節外れの花火大会があったようで、空に舞う花火も見た。

それこそ本気の偶然でしかなかったけれど、それを見て何だか自分の人生は大丈夫なのかもしれない、自分が思っているよりも実は大丈夫なのかもしれない、と思ったことは覚えている。

その人にとって私は迷惑とか何だこいつは?ぐらいな存在でしかなかったかもしれないけれど、私にとってはその人が私の人生に現れてくれたことで色んなことが一気に表舞台に出てくるようになった。

自分の気持ちも隠せなければ、自分の人生に嘘をつき続けるのも難しいと感じられるようになった。

その人に出逢うまでは、なんとなく社会の枠の中で生きれる道に自分の個性をのせようとしていた。

でも多分もうそれができない(←現在もものすごいこれに関してはもがきまくっている)。

それができないぐらいに自分の本当の気持ちに向き合わせてくれたのは、紛れもなくその人との出逢いが関係している。

その人が私の固く閉じた気持ちを、それも人間として一番大事で温かい部分を開け放ってくれた人だった。

想い的なものは私の一方通行だったとしても、その想いの最初の部分を開けたのはその人だった。

その人なくしては私の気持ちは開かなかった。

傷つくことが怖かったから、だからずっと自分から殻にこもってた。

そうしてる方が楽だったから。

傷つかない方が生きやすくて、そして自分を守れたから。

だけど、その人と出逢って、たしかにまた1つ傷も増えたかもしれないけれど、私はその傷は勲章だとさえ思っている。

大切だと思える誰かに出逢えて、そしてその人を想ったことでやってきた傷だから、それは傷がつかないようにずっと自分の殻に閉じこもったままよりも素敵なことだった。

その人と出逢ってその人を知ってその人にどんどん惹かれてその人を大切に想う気持ちは、一生の宝物になった。

おかげで私は1つだけ自信を持てるようになった。

私にはまだ誰かを大切に想える気持ちがあるってことを。

そんなのもう一生縁がないとばかり思っていたけれど、少なくとも自分の中に人間として生まれて当たり前にみんなが持ってそうなものを私も持てるんだって感動さえした。

そのサイトにあった通りの人生が展開している。

最後ぐらいその人のあの透き通った目といつも心に響いていた声に触れていたかったなぁと、それは思う。

だけど、私の人生がこんな風に展開した今、後悔は多分ない。

色々はちゃめちゃ過ぎたけれど、それが私そのものだし、もう今さら過ぎ去ってしまったことをどうにもできない。

そしてこれだけ色んなことを経て、77777も88888も含めて色んなストーリーを人生で体験させてもらって、奇跡もたくさんたくさんもらって、私はその人で良かったと思っている。

色んなことが悲しかったし苦しかったけれど、その悲しみや苦しみの原因を作っている人がその人で良かった。

切ないのも会いたくて仕方ないと思う気持ちも、その大元はその人だというのが本当に良かった。

他の誰かじゃなくて、良いこともそうでないことも、それらをもたらしてる人がその人だというのが、本当にうれしい。

私は人生の中に存在している奇跡を、その人のおかげで信じられるようになった。


 
書家の方からのメッセージ
 

秋の花火(2017年10月14日)

 

3月に金沢に行った時の姪っ子の本棚(2018年3月23日)
 

3年前の秋の日記(2015年9月14日)