2021年4月22日木曜日

ツイート風ブログ

帰りのバスの中から
2021/04/21

妹たちとおいしい中華を食べに行く前の
自転車置場にて
2021/04/20

帰りのバスに乗る直前の金沢駅
2021/04/21



今の非日常の延長にいるテンションじゃないと書けない気がするから、思うがままに書いてみようと思う。

夫婦でパン屋を営んでいる妹家族のところに5日間行ってきた。


そこで年長の姪っ子を見たり、掃除や洗濯といった家事をしたり、ごはんを作ったのは一度だけ、あとパン屋の手伝いも半日だけした。


パン屋の手伝いは6時間だけだったけれども、想像以上の激務でとにかく驚いたのと、こんなの身内でなければ絶対に体験させてもらえない貴重な経験、まるで大人の社会科見学みたいなことをさせてもらった。


日々の生活はまるっと忘れていたし、ブログを書く気には全くならなかったし、占星術のことも頭の中から消えていた。


人との交流もゼロで誰とも連絡を取らなかったし、誰からも連絡がこなかった。


ちなみにこの間どハマりしたネットは、普段の食べ歩きブログや料理ブログではなく、眞子様との結婚を望んでいる小室圭氏にまつわる数々の記事とそれを読んでの一般市民の感想や意見をひたすら読んでいた。


一連の騒動にやたらと詳しくなってしまった。


そんな風だった5日間を経て、何よりも強く気持ちとして湧き出たものがあった。


妹夫婦のように、一国の城ではないけれども、自分の動く場所を作ってそのものに対して全力投球でいけるような何かを自分も欲しいということ。


例えば今の英訳の仕事ももちろん全力ではしているけれども、私の中には常に「いつかは終わる」ということをものすごく自然にそして揺るがないくらいに強く思っている。


そして、「全力」の全力というのは自分の出せる力を全力でという意味ではやりきり感はあっても、それは自発的にしているのとは全く違う。


外部から求められているものを形にしているものの、それは自分の意志とは違う。


やりたいことでも興味のあることでもない。


人間観察に精を出せる余裕なんかも含めて、気持ちは常に散漫で全然違うところを見ている。


早く昼休みにならないかなとか、今日帰ったら何しようかなとか、今日のつまみは何を作ろうかなとか、そういうことではなくて、寝る間も休む間もないくらいに忙しい中、次の新商品やら仕事をどうしたらもっと自分たちがやりやすく長くやっていけるかを考えたり、はたまたこれから長く町の中でやっていけるようにどうしたらいいかを工夫したり、そういうことを全力でやっている妹夫婦の在り方に私はものすごく憧れた。


自分の人生を賭けて何かをすること、作り出すこと、エネルギーを注ぐこと、そういうことに並々ならぬ憧れのような気持ちを強く持った。


パン屋は絶対に自分のすることではないってわかったけれども、妹夫婦にとっての自分たちのパン屋的なものを私も私の人生で持ちたいという自分の意志を今回は確認した。


色々もっと書きたいけれども、とりあえず仕事に日常に戻らないといけないから、このままアップしてしまおうと思う。


2021/04/22() 6:18

新緑前の快晴

2021年4月14日水曜日

めいっこタイム

2018.3.26
3歳の姪っ子


2020/09/23

姪っ子との時間はいつの時も奇跡だなと感じる。


私が有休を取ってまで向かっていた、うちから70キロ近く離れた皮膚科に行く道中に母から連絡が入った。


4連休中に妹と姪っ子、後半は義理弟もくること。


妹夫婦は、年明けてしばらくしたら自分たちのパン屋をオープンさせることになった。


弟が勤めていたパン屋がコロナが毎日のトップニュースになる前に突然の閉店が決まって、そこから一気にパン屋開店の流れにあれよあれよと決まっていった。


店を出したら早々簡単に帰ってこれないのもあって、妹は直前までみんなの体調を見て帰ってくることに決めた。


だから前日に連絡が入った。


そろそろ5歳になる姪っ子は保育園に通っているし、翌々年の4月には1年生になる。


そんなに長期に帰ってはこれなくなる。


だから、姪っ子が3泊4日という決して長くはないけれど、そこそこ長めの帰省をするのは、かなりな確率で今回が最後になる。


生後2週間くらいの時に「はじめまして」のご対面をして、そして今5歳目前になる頃までを見て、とっても感慨深い気持ちが湧いてくる。


私は子ども相手の仕事をなんだかんだと10年近くやったし、特に施設の時はモロに子どもの日常の中に自分の身を置いていたけれども、姪っ子とこれまで関わった何百人という子どもとは全く違う。


姪っ子の方がかわいいとかそういうことではなくて、ある1人の人間の発達過程を本当にリアルに見たのが姪っ子オンリーになる。


施設の子どもたちも5年半みっちりと見た子もかなりな数でいた。


でもそれはどんなに長くても最長10数時間で、それで夜勤の翌日も出勤になったとしても、どうしても24時間近い「会わない時間」が存在していた。


だから、いつの時もぶつ切りの時間になってしまうし、そして一応職場なわけで私人には100%なれなかった。


私の社会人歴史の中でも私人度は一番高いし、本当にかなり地で仕事をしていたから普段の自分とそんなに多くは違わなかったけれど、それでもやっぱりどこかしらよそ行きの顔は残っていた。


そのことを思うと、姪っ子とは常にお泊まりがついているし、それも長きに渡って私人の自分になっている。


姪っ子も家にいる時と何ら変わらないようで、いつも以上にハイパーテンションになっているとのこと。


甘やかしてくれる大人が増えるぐらいで、あとはもう普段のままいる。


だから、「素の自分」という意味で、何の色も付いていない子どもを数年に渡って見れたのは、姪っ子が唯一で、そしてもしかしたらこのまま姪っ子のみが生涯において唯一無二のそういう子どもかもしれない。


たしかに身内だからかわいいというのはあっても、自分がこれまで出会った子どもたちもこれまた別のかわいさがあるし、面白いこともたくさんあった。


世間一般で言う「身内びいき」みたいなかわいさとはひと味違うものを私は感じている。


そして、これは本当に不思議な感覚だけど、姪っ子の時にしか感じたことがない、「今日、今だけの限定姪っ子」ということと、それがわかるゆえの寂しさは常に裏側に表裏一体である。


子どもだから成長して当たり前だし、いつかはみんな大人になるから体も心も頭も色々と大きくなるのは自然な摂理とわかっていてもやっぱり寂しい。


まず、久しぶりに会って最初のシーン、はにかみながらも「だいすき」と言いながら抱きついてもらえるなんて、人生の中で他に類を見ない体験だった。


朝は3回共にすると、どの日も起きてすぐ私の方を見てニッコリと特大笑顔を向けて、そして私のところにやってくる。


この世の喜びと言わんばかりに、朝イチは笑顔で始まる。


どの日か忘れたけれど、重たくなった姪っ子を抱っこして階段を降りた。


抱っこさせてくれるかな?と心配は杞憂に終わって、姪っ子は全く嫌がらず、むしろ喜んで抱きついてくれた。


16キロ強あるようで、もう抱っこするにはギリギリの重さになっている。


もう次は絶対に抱っこは身体の大きさ的に無理だと思ったから、姪っ子にそれとなく言ってみた。


今回はなるべく抱っこさせてもらえる時は、自らやりたいと言って抱っこした。


姪っ子とは生涯を通じて同じ生活圏内で生きることがないから、だからもう会える時はいつだって今生の別れ並みに思っていないと次がいつかは知らない。


そして、いつの時も、例えば今なら5歳になる前の姪っ子には今の時しか生涯を通じて会えない。


いつかの生まれたばかりの姪っ子、ハイハイしていた時の姪っ子、しゃべり立ての姪っ子、そういう姪っ子にはもう会いたくても会えない。


そして年齢と共に確実に姪っ子には姪っ子の世界が出てきて、伯母など全くもって土俵外になるのは時間の問題だから、本当に今だけだというのがものすごくよくわかる。


「ふみこだいすき!」と言って抱きついてくるなんて、そんな至上の喜びは今限定だと言ってもいい。


そのうちそういう言葉はなくなる。


抱きついてくるなんてのもなくなる。


すべてなくなる。


だから1つ1つがどうしても寂しくなる。






ごはんもお風呂も歯磨きも1人で何でもできるようになって、大人側はものすごく楽チンになった。


たまたまの流れでお風呂は毎日一緒に入った。


最初の日、「もう1人でぜんぶあらえるんだよ」と言われて、実際にそうなのはわかったけれど、仕上げするねとかなんとか言って私もかなり洗った。


次の日からは私がやった方が速いと思ったのか、それとも甘えてみてるのか、その辺りは知らないけれど、私がメインで洗ってあとは姪っ子は手を添える程度に自分の頭や体を洗った。


一番風呂はどうしても熱くて入る時に少しコツがいるのと、これまでは姪っ子を抱っこして少しずつお湯に足元から浸かるようにしていたけれど、今回は入り方を工夫して1人で入れるようになっていた。


たくさんの回数を共にしていたから、もう確実に大人になったんだというのがよくわかった。


そしてもうずっと見張っていなくても、安全にお風呂の中で遊べるようになった。


姪っ子がプリン屋さんごっこするためにあれこれ準備をしてくれてる間に私はさっと自分の頭や身体を洗えた。


おしゃべりしていたような気がするけれど、とにかく話し声と気配を感じながらおしゃべりしているので良かった。


常に目が離せないマンツーな時から目を離しても常にチラ見チェックが必要な時まで段階を経てきたからこそ、今回はものすごく楽でありながらもやっぱり寂しいものがあった。


決してごっこ遊びは楽しくないけれど、ごっこ遊びも今だけなのはよくわかった。


ちなみに今回は、風呂の中では「ねこのプリンパーティー」という設定で、姪っ子は猫に私は犬になって、私は自分の名前は忘れたけれど、姪っ子は自分と私にそれぞれ名前を付けた。


姪っ子は「にゃらにゃんこ」ちゃんで、そして話す時は語尾に「よういできたニャン」などと末尾に「ニャン」をつけた。


私はリーラだったかサーラだったかそんな感じの名前で、語尾は「おじゃましますワン」などと末尾に「ワン」をつけた。


妹の前ではごっこ遊びをしないらしく、妹がぬいぐるみを使って腹話術的なことをするとそれが嘘とわかるからゲラゲラ笑っていたけれど、数々のごっこ遊びという名の苦行を共にした私がぬいぐるみや架空の人物に化けておしゃべりするのは全く違和感がないのか、むしろそうするのを要望されるようにやっていた。


姪っ子の方もぬいぐるみの代わりに自分がぬいぐるみになったつもりでおしゃべりして、そうやってごっこ遊びをしていた。





2021/04/12


上に書いたブログはもう少し何かを書き足したいと思っていたはずだけど、半年以上も経つとすっかり忘れる。


妹たちは無事1月末にパン屋さんを開店させて、3月からはうちの両親が金沢に行って姪っ子の面倒を見ているのと、家の中のことをあれこれ手伝っている。


両親が新潟に少し帰ってくるために今度は私が入れ替わりで16日金曜の夜から21日まで金沢に行く。


今回は妹たちに頼んで、私は水曜日1日を姪っ子と2人で過ごす予定。


夜姪っ子に電話した。


最初なんだかの理由で「いそがしい」などと言っていたけれど(姪っ子の中の最近の流行の言い訳)、すぐ終わるからと言って私は用件を言った。


「ねぇさや、土曜日、保育園に行きたいか史子と2人でいたいかどっちがいい?」


即答で

「ふみこといっしょがいい」

と返ってきた。


この世で私と一緒がいいなんて何の意味や計算もなくどストレートに言ってくれる人は姪っ子くらいなもの。


そして遊びの記憶とはすごくて、こんな風に続けて言われた。


「さや、ししょうとくじびきやさんごっこしたから、ふみこもできるよ」


ししょうとはうちの母で、どうやら2人でくじ引きの紙を作ってやったらしい。


くじびきやさんごっこは姪っ子のお気に入りの遊びの1つ。


新潟に来るたびに散々遊んだし、かれこれ3年くらいの筋金入りのお気に入り。


そういう記憶力の高さは目を見張るくらいにすごい。


色んな子どもたちとごっこ遊びをしてきたけれども、それぞれの子どもとの遊び方というのがあって面白い。


そして子ども側も実によく覚えていて、姪っ子なんかは年に3回会うか会わないかなのに、本当によく記憶している。


1年後は小学生で、さすがに小学生になったら学校は休ませられないし、同じ土日でも宿題があったりして、ただただ遊ぶとかじゃれるとかいうことができるのも今年が最後かなぁと思っている。


ひらがなやカタカナも書けるくらいに字もわかって、口なんかは達者になりすぎなくらいだけれど、本当に今の今しか5歳の姪っ子は存在しないんだなぁと思うとしみじみとする。


生涯を通じて5歳の姪っ子は今しかいない。


いつかは小学生、中学生、高校生、大人になる。


私の胸に飛び込んできたり、抱っこさせてくれるのももう終わりの方が確実に近い。


不老不死など全く憧れたことはないけれども、小さな姪っ子を見てこの今の瞬間が止まったらいいなぁと思ったことはある。


生意気なことも可笑しなことも意地悪いことも色々言うけれど、やっぱり愛おしい存在なのには変わりない。


これをアップしないとアップするタイミングを失いそうだから、これで一旦はアップしようと思う。

2021年4月11日日曜日

引きこもりの準備と中身


人生初のアクアパッツァ

日曜のランチ、白ワインと共に
ランチョンマットはお手製
たしか何十年も前のビンテージの布だったはず
リバーシブルで裏が他の写真にある赤地

スペイン産のにんにく
名古屋でも買ってたなぁと懐かしくなった

アクアパッツァを作るきっかけをくれた
100円の鯛の切身!


人それぞれ休日の計画の立て方は違うけれど、私の場合『引きこもりデー』なるものを必ず設ける。

先々週の週末はコンタクトを買うために眼科に。


それは先週末、美容院に行って矯正縮毛(薬で髪の毛を真っ直ぐにする)をかけるために。


縮毛矯正をかけたら、髪の毛にクセがつかないように、メガネの代わりに次の日と次の次の日はコンタクトにする(自分なりのこだわり)。


で、その肝心のコンタクトがなくて、それで先々週の週末に眼科へ。


先週末は美容院へ。


来週末は金沢に行って姪っ子のお世話。


となると、何もない週末は今週だけで、だから私は完全に引きこもる計画を立てた。


数ヶ月ぶりに連絡がきた人からの誘いを断ってでも私はとにかく引きこもろうと決めた。


この数日、仕事が実におかしなスケジュールが組まれて連日残業していたけれど(上層部の管理ミスというか管理怠惰によって、ありえない締切設定がなされた)、週末に悶々とするのは嫌だから、とにかくキリの良い形に収まるように金曜日はきっちりとやり切った。


気持ち良く引きこもれるように、余計な心配事や懸念事はとことんカットした。


そういうためなら、がんばれる。

(常にやる気なし子)


金曜日、1週間の疲れ+残業合わせた10時間勤務でグッタリなはずなのに!、私は仕事の後、なんと6軒もの店に出かけた(うち1軒は用事)。


引きこもるために、途中で外に出なくてすむよう必要な食料や飲み物を買い込んだ。







続きを書く前に、引きこもりたいのに迷い出してる日曜の朝の今。


晴天。


雲1つない晴天、の日曜の朝6時過ぎ。


遠出は絶対にしないけれど、少しは外に出たくなる天気。


こういう天気が一番困る。


昨日はこの後書くけれど、ほんの一瞬、超面倒ではあったけれども、面倒くささを上回る理由があってささっと出かけてきた。


所要時間5分とか10分。


でも昨日は雲も多くて、何にも気にならなかったけれど、今日は雲1つない。


いくら春でも、ここまで雲がなくて晴れの休日はとっても珍しい。


本当に少しだけ外に出るのでいいんだけれど、いかんせん用事がない。


こんな天気、世の中の人々も外に出たいだろうから、人混みのあるところには出かけたくない。


ウォーキングは気が向かない。


どうしよう


これ書きながらまた続きは考えよう。







上の日曜の朝を書いたついでに、昨日の土曜の少しのお出かけについて書こう。


昨日(4/10土曜)のお出かけは、冒頭の写真のために出かけた。


金曜の夜、数軒お店を巡った1軒で鯛の切身を買った。


高級食材の鯛を買う予定なんか全くなかったけれども、それが身厚でおいしそうな上、値段半額の100円!!!


タラララッララー


私の中で「アクアパッツァ」が即座に思い浮かんだ。


しれっとアクアパッツァとか言っているけれども、冒頭の写真の料理アクアパッツァは人生で初めて作った。


アクアパッツァの正式な日本語訳は知らないけれども、言うなれば魚介の白ワイン蒸しになる。


鯛の切身はアクアパッツァ以外に私の中には思い浮かばなかった。


で、そこまで思い浮かんだくせして、なんならそのスーパーとは別のスーパーで安くなっていたパセリを何の予定もなくカゴに入れたくせして(パセリもアクアパッツァにはあった方がいい)、肝心のにんにくと白ワインを買い忘れた。


白ワインは日本酒で代わりはできるけれども、にんにくは代わりがない。


私は1人暮らしの時はにんにくを絶やすことがなかったけれども、今の親と一緒の家ではにんにくのストックというものがない。


営業マンだった父のこだわりで、にんにくは基本的に食卓に一切上がらなかった。


そして母は、人からにんにくをもらうと、それをすぐに醤油に漬けてにんにく醤油を作るから生のにんにくが残らない。(田舎は農作物をあれこれいただく文化がある。)


だからうちにはにんにくが無い。


だけど、アクアパッツァにはいる。


仕方ない、にんにくを買いに行こう、そしてついでに白ワインも買おうと相なった。


たかがスーパーのために着替えるのも面倒で、部屋着のまま上にニットのカーディガン羽織って出た。


面倒だと感じるとどこまでも適当な自分と、誰にも会わないと思ってすごい格好でも出かけられる自分をあっぱれ半分呆れ半分で見ながら出かけた。


正味20分程度でしかなかったと思う。


ミニトマトまで半額だったのと、大粒の加熱用牡蠣がグラム198円で安かったのとで、それらもかごに入れた。


そして、夜になって初アクアパッツァをネットで見つけたクックパッドの簡単レシピを見て、おおよそその通りに作ったら、もうあまりの美味しさにバクバクと食べた。


何この激うま料理は!!!、と1人で白ワイン開けて、アクアパッツァというより魚介の白ワイン蒸しを食べながら思った。


人生初のアクアパッツァは、何でこれまで一度も作らなかったのかものすごく後悔するくらいにおいしかった。


しかも、味付けはしなくても魚介類から良い出汁が出るし、失敗するところがない。


ホタルイカは大量に入ったものが半額だった時に買っていくつかに分けて冷凍したもので、ホタルイカの刺身は飽きてそのままにしてあったものを使った。


アサリはスーパーで売っている剥きアサリ(中国産)で十分事足りる。


アサリだけは何で中国産しか普段見かけないのか、この間テレビを見て初めて知った。


今日本国内で採れるアサリは、市場に出回る1割しかないとのことで、だからか〜と納得した。


白ワインは安いもので十分だし、とにかく簡単に作れる。


クックパッドいわく、どうでも鯛じゃなくても良いらしく、他の魚でもいけるとのこと。


でも個人的に、人生で食べた鯛の中で一番おいしくいただけたのが今回のアクアパッツァだった。







朝二度寝をしたら、出ることが面倒くさくなって多分このまま出ないと思う。


昼間はトマトソース的なパスタにする予定で、昨日の余った白ワインと一緒に昼飲みしてそのままダラダラとテレビやら録画した番組やらを見て過ごすのもいいなぁと今は思っている。(日曜の正午前)


とにかく私にとって、「誰にも何にも邪魔されない休息日」というのが本当に必要になる。


昨日土曜日も今日日曜日も、自分が気にならない程度の家事はした。


今さっきは荒れに荒れた自分の部屋をそこそこきれいにした。


それで今日1日の家事はやり切った!と思っているから、あとはつまみを作って飲んだりはたまたテレビを見る、またはウトウトうたた寝をするとか、そんなんで十分に満たされる。


誘いを断ったというのもこんな風だった。


「もし出かけたとするなら」と想像を一瞬のうちにした。


そもそも時間とお金を使ってまで会いたい相手なのかというとそうじゃない。


さらには誘われた内容も、自分が確実に疲れることがすぐにわかった。


多くの人はその内容を楽しむイベントだと思うけれど、私は間違いなく気遣いをする。


気遣いをしなければいけない相手ではなくても、自分が自分のペースでは動けないというのは私にとって別の気遣いが必要になる。


人と比べたことがないからわからないけれども、私というのは私にしかわからないペースがある。


すごい動いたかと思えば、突然何もしなくなったり、とにかくON/OFFの切り替えが自分でも読めないくらいに激しい。


何もしなければその激しさに1人で適当に合わせておけばいいけれども、これが自分以外の誰かがいるとなるとそうも言ってられなくなる。


とにかく「自分のペースが一番大事」主義者たちと集うのはものすごく楽だし、そういう人たち相手だと変な気遣いや気兼ねがいらないから、私は私のままだし、相手たちも相手のままでいいから、皆が皆自分のペースのままなのになぜか一体感が生まれているという奇跡的な時間を過ごせる。


今でも長く付き合っている人たちはみんなそのスタイルの人たちばかりだと気付いた。


でも、そういう人たちはとても稀(まれ)であって、それを他の人たち全員に求めていたらキリがなくなる。


今回の誘われた相手はまだ互いにペースも掴めないし、もしかしたら掴めぬままで終わるかもしれなくて、とにかく私は1人で家に完全に引きこもれるように自分の時間を手配した。







これを書こうと思った時に、大学1年の頃の夏休みを思い出した。


秋学期・春学期と1年目を終えると、5月の途中から8月末くらいまで文字通り3ヶ月の夏休みに入る。


その3ヶ月の夏休みが私にとって人生で初めての引きこもり的な時間だった。


親から4年間帰ってくるなと言われていた私には日本帰国の選択肢はもちろんなく、夏学期を取ることも経済的に無理で、まだバイト云々というのも当時はわからなくてやらなかった。(ビザの関係で学生は大学内のみのバイトがOKだった)


ちょうど寮から一人暮らしのアパートに移ったばかりで、私はそのアパートにほぼほぼ1日中いた。


当時の暮らしさえ覚えている。


朝適当な時間に起きてごはんを作って食べて、昼からは超ドロドロのメロドラマを見て(ストーリーの一部も覚えている)、夕方気が向けば近くの河原に散歩に行って、あとはまた家に戻ってごはん食べてシャワー浴びたりなんだりして寝る。


時々友達に会ったけれども、それでも3ヶ月の8〜9割はそのスタイルで過ごした。


メロドラマはすごくて、姉妹で男を奪うわ(片方は不倫)、子どもは物のようにあちらこちらにやられたり、監禁されたり、はたまたクローン人間を作ってそのクローンと本物の妻とで旦那を奪い合うみたいな、壮絶すぎる内容だった。


はちゃめちゃな内容だけど、見るのをやめられない中毒性の高いメロドラマだった。


その時間はテレビ視聴に忙しいから電話には出れないと公言していた。


滅多にかかってこない電話よりも私はメロドラマを優先させる人間で、今こうして書くとけっこうな変わり者だったかもしれないと思った。


こんなこと言うとさらにツッコミどころ満載だけれど、私が「変わり者だったかもしれない」と書くのは、私にとってはそれが普通の日常だったわけで別におかしなことや異端なことをしている気はさらさらなかった。


とにかくそんな風で、私は19歳の夏に早々と引きこもりの素質を開花させていた。


その後からは30代に入るまではノンストップで駆け抜けたと記憶している。


それが初めてだったのかどうかは記憶がないけれど、学習塾の仕事をしていた頃に、私は契約社員になれたことで社員旅行に行かなくて良くなった時があった。


社員なら有無を言わさず強制参加だったけれども(しかも宿に着いたら着いたで各グループごとに出し物の練習をしなきゃいけなくて、全くもってのんびりする時間もなくこんな旅行嫌だと思った)、契約社員は行かなくて良かった。


正社員よりも契約社員の方が絶対に良いと思ったのもその会社の時だった。(世にも珍しい契約社員人気の職場で、私は当時その特殊な雇用形態の第一号みたいな人で、そうなりたい人たち数人からどうしたらその待遇で契約社員になれるかを相談されたりもした。)


それでたしか2連休か3連休になって、それで私は引きこもりを決行した。


あんなにも喜んだ引きこもり時間も多分それまでになくて、今でもその時に引きこもり前に買物に出かけた時の風景や気持ちをよく覚えている。







日曜日の外に出る出ない結論は、最終的に「出る用事」を作った。


近所のドラッグストアに明日以降の朝のパンを買いに行くことにした。


それなら徒歩5分だし、少し外に出れるからいいなぁと思った。


外に出てみて、どうして私が外に出るのがストレスになるのかよくわかった。


まず出ようとしたら、隣りの家のお父さんもちょうど外に出ていて、挨拶するぐらいはいいけれども何とも面倒だと思った。


隣りのお父さんは多分すごい照れ屋さんで、ガッツリ正面からかち合わない限り挨拶を避けたがる。


お父さんが違う方を向いてそちらに歩き出した時に私はさっと家を出た。


本当は隣りの家の前を通る予定でいたけれども、今なら隣りのお父さんに会わずに行けると思って、反対の方から出た。


角を曲がってすぐのところで絶句した。


近所に同級生の小川くんがいる。

(小川くんと呼んだことはない)


白のスバルLEVORGだけが止まっていて、普段のご両親の青い車がなかった。


そして、白のスバルは洗車中だった。


小川くんらしい姿も見えて、何かを取りに行ってる風の時にそそくさとその横を通り過ぎた。


家の玄関を出て1分くらいでどっと疲れた。


子どもの頃の小川くんはスーパーシャイで、そして子どもの頃の私もすごく内気で、そんな2人が今顔を合わせても挨拶することの方がはばかられる。


私を見ても同級生の武士俣だとは気付かない可能性も高い。


というか、そもそも小川くんは今ここには住んでないから、そもそもどうして今日実家に帰省していて、さらには外に出て車の洗車をしているなんて、実家に戻って今年が5年目になるけれど、そんなの初めてのことだった。


よりにもよって何で今なの!?と思ったけれども、一生に一度しか体験し得ないような偶然、小川くんwith白のスバルLEVORG洗車中のすぐ横を通り過ぎる、をうっかり体験してしまった。


予定不調和すぎる。


私が外に出るのが面倒なのはそういうのもあって面倒に感じている。


部屋着のまま外に出たものの、うっかり変なことになって、青空も小春日和な心地よさも味わう前に早くパンを買って早く帰りたいと思った。







今回の引きこもりはプチ引きこもりみたいな感じになったけれども、すごく気持ちは満たされた。


テレビは録り溜めた番組をいくつか見た。


ヒューマンドラマ系をいくつか見て、ゲラゲラ笑ったりウルウルと涙流したり、その自由な感じが良かった。


イタリアン系のメニューの時に、にんにくは最初ではなくて途中で入れる方が香りが立っておいしくなることも知った。


日曜日の昼間はトマトソース風のパスタをそのやり方で作って、自分史上最高においしいパスタができた。


部屋もそこそこ片付いたし、こうして何回かに分けてブログも書けた。


良い風に満たされて、また明日月曜日からがんばれる。


とにかく自分のために自分1人の時間を作ること、そしてその時はとことん自分の欲望のままに全て任せること、そうすると自分が満たされる。

2021年4月9日金曜日

呼んでいる風景

  呼んでいる 胸のどこか奥で♪

『いつも何度でも』〜映画:千と千尋の神隠し主題歌


木村弓さんの生歌をちょうどテレビでやっていた。


上の部分を聞いて、「あぁそういうことだ」と思った。


呼んでいるかどうかは知らないけれども、自分の中で心の真ん中にいつもいる、そういう感じなんだと改めて思った。







昨日(4/8)は何の日かと思うほど、仕事ですごい強烈なことばかりがいくつも重なった日だった。


家に帰ってから昨日のホロスコープを出したほど、何か特別な配置でもあるのかと思った。


いくつもの重たい案件が重なって、どれもこれも言うなれば2週間分くらいの強烈な仕事たちが一気に昨日1日に起こったみたいになっていた。


1日中、調整やら確認やらをひたすらやりまくっていて、重大案件を2つ同時進行するための細々としたことをしつつ、すっかり終わった気でいた他のことも予測さえしていなかった新展開を見せてそれにも呼ばれたり(そしてそんなの今の仕事で初めて遭遇したマニアックなケース)、とにかく本当に頭がオーバーヒートしながら1日過ごしていた。


残業も珍しくして(今は社内景気対策のために、基本は残業禁止)、スーパーで半額で買ってきた刺身と寿司を並べて晩酌していたら、千と千尋の神隠しの主題歌の生歌がテレビから流れた。


というのが冒頭のくだりだった。


そこではっとなった。


その超忙しかった時もだけど、あまりにも色々あってかなり精神的な負担が大きかったものの、いつの時も心の中でふとある人のことを思い出しては落ち着いたり安らいだりしている、その自分やその状態を初めて認識した。


珍しいわけではないけれども、改めてそのことを認識した時に(千と千尋の神隠しの主題歌が流れる中で)、深く納得したというかそういうことなんだと知った。


「いつも心躍る」

「ただ青い空の青さを知る」

「生きている不思議」

「呼んでいる 胸のどこか奥で いつも何度でも」

(『いつも何度でも』より)


自分の心の風景と歌詞とが重なった。


思い出しては心が躍る感覚。


空を見上げては空の青さを、季節の花を見てはその花の生命力や美しさを、街行く人の姿を見てはその中に宿っている人生の色を、とにかく色んなものを見ては世界の色彩を改めて思い出す。


その人の存在というのは、私の見ている景色、生きている世界に本当に色彩を鮮やかに艶やかにした人だった。


世界の色彩、それはいつも見慣れているなんてことない風景なのに、その人はそれを音で言えばオクターブくらい引き上げた人だった。


空の色が本当に変わった。


目の前の景色が本気で光と共に輝き始めた。


細胞が活性化するかのごとく、何かしら自分の生きる世界にビビッドな色彩とやさしい光とをもたらした。


今一生懸命言葉にしようとしているけれども、言葉では言い表せないほどの世界の色彩を本気で変えた人だった。


色彩が変わるって比喩で言ってるのではなく、本気でそうだから言っている。


魔法がこの世に本当に存在するのなら、そういうものこそ究極の魔法だと思う。


そしてそういう境地にまでなったからこそ、生きている不思議をその時はいつも、離れた今も結構な頻度で思うようになった。


同じ時代に同じ場所に毎日のように居合わせるって、そんなの本気の奇跡なんだと数え切れないほどの数思っている。


命が運ばれると書いて「運命」になるけれども、本当にそういう感じだった。


すごい速さで当時の仕事が決まって、何も知らない私は決まった通りの場所に出向いて、やる気など1ミリもないままそこに行って、そして命が運ばれたと感じるような出逢いに居合わせた。


どうやっても計算などできない形で、そこにその人がいて、そもそもその人だって何でこんな新潟の田舎のへんぴな所にいるのか不思議すぎる話だったけれども、運命のいたずらみたいにその人は新潟勤務を命じられて期間限定でそこにいてくれて、そして私も期間限定でそこにいることとなった。


その時から私はずっとずっとその人のことを心の中で胸の中で呼んでいるようなものだなぁと思った。


名前を呼ぶとかそういうことではなくて、存在そのものを呼び寄せるみたいな、無為自然にその人が勝手に思い浮かぶみたいな、そういう感じで今もいるんだと、再認識した。


あまりにもいつも自然にしかも自動的にそういう風になっているから、そのことを特段意識することも普段はないけれども、今回みたいに仕事で大パニックみたいな折にふとひと息つく時はいつもその人がいることに歌を聞きながら思い出した。


心のお守りみたいなもので、その人をいつの時も自分の自由に心の中で呼び寄せられることを思うと、関係性はさておきその自由さに救われてるんだと知った。


その人と私とがどうこうなることもないし、ばったりどこかで会うこともないし、関係はどこをどう切り取ってもゼロではあるけれども、それでも心の中はいくらでも自由にいられることの凄さを感じた。


心の中は特別な関係性も必要なければ、そんなのがなくても自分の好きなように好きなタイミングでそうした色々を想える。


自分の欲しい形とはずいぶん違うけれども、それでもそういう人が1人でも人生に現れたのとそうでないのとでは自分の人生の明るさや濃度がまるっと違う。


その人がいるから頑張れるという順ではなくて、頑張れる時も頑張れない時も心折れそうな時も、とにかくいつの時もいてくれる、もちろんいてくれるのは実態を伴ったものではなく存在の有る無しという意味でのいてくれるになるけれども、しかも私のためにいてくれるわけでは全くないけれども、それでもそんな風にしていてくれることがとても心強い。


その人がいなきゃ生きていけないわけではないし、その人側からしたら私がいなきゃ生きていけないなんて絶対にないけれども、そんなのは関係なくて、自分が価値ある人とか意味ある人である必要なんか全くなくて、ただただ自由に、その人を心の中で呼び寄せるみたいなことができる。


関係とか自分の存在意義とかそんなの全部無視して好きに自由に思い浮かべられるのって、そしてそうやって自分の中のエネルギー補充ができるって本気ですごい。


そういう体験を人生で一度でもできた私は、本当にラッキーな人だと自分では思っている。


もちろん相思相愛みたいなことが一番望ましいものでも、そうでなくてもとにかく台風と暴風雪とが一気にやってきたような大パニックな仕事の1日の色んな場面でその人の存在がいつの時もあったというのはすごく恵まれたことである種のしあわせなことだと思う。


とかいうことを真夜中に目覚めて書いていたらあと1時間後には起きないといけなくて、とりあえず寝ないとこれからの10時間勤務が無理すぎるから、読み返さずこのままアップしてしまおうと思う。


おかしなこと書いてても真夜中の不思議なテンションの中で書いていたから仕方ない。得意の開き直り()