自分で言うのもなんだけど( ̄∀ ̄;)、自分が過去に書いたブログたちを読み返すとかなり面白い。
自分でわざわざ見ないけれど、直近で読まれた記事の一覧リスト的なページが管理ページにあって、そこに見慣れないブログのタイトルがあると私もその足あとを辿って開いて読む。
「サニワ」という言葉が出てきて、「サニワってなんだ?」と思い「はにわ?」と当時も思ったことと同じことをまた今回も思い、サニワというのは「審神者」と漢字では書いて、その言葉を教えてくれたSさんの言葉を借りると「それって要は、神から来ているものを審査するみたいなお役目で、本物を見極める能力があって初めて任されること」とのこと。
相変わらずピンとは来ていないけれども、ここ1ヶ月ほど本当に仕事で疲弊しきって、そして疲弊する原因的なものとこの言葉のマッチ度がなんだか腑に落ちた。
色々傲慢な言い方になりそうだけれど、偉ぶりたいのでもやってますアピールでもないけれど、とにかく自分が抱えていた仕事は最初からどれだけでも後ろが見えないくらいに大掛かりな仕事で、私にははっきりと何をしなくてはいけないのか箇条書き的に全部頭の中にあって、それを上に伝えても全く理解されないどころか頼まれていないからやらなくていいとまで言われ、それでも私は絶対的に会社と顧客スケジュールで必要と会社の日程表にある決定事項を見た時からやらないと間に合わないと知って、何を言われてもひたすらにやり続けた。(スタートは10月)
決定事項が覆されることは絶対にないから、だから超上の人で私の現場の声を無視してやらなくてもいいと言い放たれてもやり、無理解ゆえの本当にいちいち神経に触る言葉たちも全く流せずに何日どころか数週間単位で根に持ちつつ、それでもとにかく絶対に必要なのだけは私ははっきりとわかっていたからやり続けた。
当たり前だけど決定事項に沿ってやっていたから、その決定事項の日程がまさかの前倒し日程に変わった時(これは誰しもが想定外で、社内でてんやわんやだった)、初めて無理解だった上司も事の重大さに気付いて私に確認して、その後も本当に色々すったもんだをしていたけれど私はとにかく関係者に直談判でお願いに回ってとにかく形にすることに全力を出して、さらには部長以上の人たちで完成2日前に急遽見直しがあって(会社のトップスリーの1人からの指令)、その直しが私のところに全部来た時も、私はそれが法律に接触するほどの重大事項だと聞かされたから、漏れのないようにさらにチェックを追加で「自ら」して、それにより漏れがいくつもあって全部確認を取って、本当に約束のタイムリミットギリギリまで対応して無事形にして送り出した。
本気の功労賞だと思う。
ボーナスもないし、1年目の子たちより全くもらえてないし、なのに異常なほどの重たい仕事ばかりが巡ってきて、自分の具合が悪くなるのは嫌だから大真面目に何でもやって、本当にやりまくりな日々だった。
感謝もないどころかまた謎の仕事のやり方に関して注意を受けて(これはいくら上の人の考えでもスーパー非効率な上に、時間がない中で100%のクオリティが必須であるなら待ったなしの中でやれるギリギリの「確実性」と「スピード」の両方を取るやり方だったし、直でやる人たちは私のやり方の効率性と確実性がわかるからそれに対して反対する人などいなければむしろそれなしでどうするのかという声さえ上がるレベルのもの)、本当に腹が立ちまくり神経が逆撫でされ過ぎだったけれど、とにもかくにも形になって世に旅立ったのは本当に良かった。
とかいう時間を数週間単位で過ごして(今書いてて、本当に酷い状況にいたんだなとわかる)、どんどんどんどん狭い狭い世界に視点が向いてしんどさMAXだったけれど、ペンジュラムだのオルゴナイトだのサニワだのが出てくる自分の過去のブログを読んだらなんだか軽くなれたのと、もっと世界は広いよー!と思えたのと、どうしても本質的なものがわかってしまう風だから、特に仕事のように個人の感情の入りようのないものになればなるほど私は冷静でやたらと客観的になるから、どうしても色々わかってしまうし見えてしまうのは仕方ないけれど、上の意味不明な意見に流されず今回の件は本当に自分の感覚に従って大正解だったなと思った。
もし、「頼まれてないからやらなくていい」と言われて、あの時の私が「上がそう言うならやらない」としたら今頃終わらないどころかトップたちは関係先に謝罪するかもしくは苦しすぎる言い訳を重ねるかになったのは間違いないし、「こんなことまでやらなくていい」と言われたことも仮にやらなければどうやって分単位で多忙な部長以上の人たちが確認できたというのだろう?と思う。
ちなみに私がしたのは、確認を少しでもしやすくするための最大限できる配慮的なことだった。
他にも本当に風当たりの強いどころか凶器になりそうな言葉の当たりの強さもじゃんじゃんやってきて本当にしんどかったけれど、それでも内情をよく知る部長や上席の人たちからは感謝と理解・協力してもらえたことは本気で救いだったし、周りの人たちからもきちんと物事を見れる人たちからはそれを理解応援協力してもらえて本当に心強かった。
とりあえずそのしんどいのが終わってくれたから(年明けは第二弾がすでに予定されてるけれど)、良かったと思うし、もうそれ以外の世界に目を自分のために向けるのも本当に大事!!とここ最近は特に強く思っている。
*
みかんの大箱が安く売ってる職場のすぐ近くのスーパーに行ったら、職場の若い女の子が見たことのない職場の男の子と連れ立って買い物をしていて(制服着てるからすぐわかる)、私の方が気まずかったけれども会釈されたからこちらも会釈してそそくさと買い物を済ませてスーパーを後にした。
どこで接点があったのかは知らないけれど、数ヶ月の間に付き合い始めることもありなんだなと思いつつ、同じ時期に私はあの謎の超絶重たい業務を日々やっていたんだなと思うと「なんだかなぁ」な気持ちになりつつ、色んな気持ちが去来した。
本当に縁がある人たちというのはどうやってでもくっつくし、縁がないというか繋がらない同士はたとえ片方が入れ込んでもどうにもならないんだなと自らの状況を見てそのように思った。
私は修行のような関係など本当に要らないから、仕事帰りにスーパーに一緒に寄るとか、何その楽しいエンターテイメント的な時間!と憧れて仕方ない。
私もそういう時間や経験が欲しい。
*
話があちこちに飛ぶけれど、明日の仕事の年内最終日をもって年明けから他県に異動になる若い男の子がいる。
仕事でたくさん関わって後半はたくさん助けてもらっていたから、ちょっとしたお礼としてパクッと食べれる焼き菓子を奥さんの分と2人分買いに行った。
お礼の手紙でも書こうか一瞬迷ったけれど、面倒になったのとまだ結婚して1年くらいだからたとえおばさん年齢域の私でも奥さんからしたら見知らぬ女だから、そんな女の字で書かれた手書きのお礼の手紙など嫌かなと思って(男側はむしろどうでもいいけれど、奥さんに余計な負荷をかけるのはしたくない)、私が辞める時に社内メールでお礼すればいいかとあっさりと決めて、とにかくそんなこんなの小さなことがある。
それを見た時に、イケメン上司の時とは雲泥の差だなと思った。
日々のカウントダウンは超絶苦しいものだったし、去る間際まで何か買って渡そうかと迷ってなんなら店に行って見に行ったくらいだし(全部は覚えていないけれど、相当に血迷って「引越しとかで体力使うだろうから」と思って消え物の栄養ドリンクをドラッグストアに見に行ったことは覚えている、それも10分近くもしかしたら30分くらい迷って店内をうろうろしたことも)、手紙は想定外の行動だったけれどもあれだって今回みたいな奥さんとかそんなこと一切考えずに動いたりとか、なんなら今回は本人に直接奥さんも行くのかとかもう新潟に戻って来ないのかとかいつが最終日なのかとか、思いつくままにおしゃべりで聞いて、別に知りたいから聞いたんじゃなくて何も聞かない方が変だから聞いたわけで、とにかく全部が全部イケメン上司の異動の時とは全く違った。
彼がいなくなると業務の上でものすごく差し支えることがありすぎてそれは今後たくさん困ることが出てくるのは間違いないけれど、かと言って仕事上の困り事であって個人的には何ら困らない。
イケメン上司の時は、仕事の絡みはゼロだったから何にも困ることは仕事の上ではなかったけれども、個人的には毎日毎日が本当に絶望と苦しみのオンパレードで、仕事をしていてもどこかいつも大きな喪失感と無機質な世界で、あんな時間は二度と経験したくない。
今回の彼はもう二度と人生で会うことがない可能性も高いけれど(営業に異動だから、もしかすると社内の一大行事の時はまた見かけるかもわからない)、それも何とも思わない。
関係ないけれど、私が入ったばかりの頃にものすごくお世話になった部長がいて、本当に右も左もわからない頃に毎回力になってくれて、本来ならもっとペーペーに頼むべきものでも頼む先がわからないからその部長に色々頼んではなんと毎回その部長から仕事をしてもらうというありえないことをお願いしてばかりいた方がいて、1年くらいしてから海外赴任になられて、年に一度くらい休暇も兼ねて戻ってきて2回3回くらい見かけたけれど、1回目はちょうど廊下でばったりすれ違ってその時向こうから「武士俣さん!」と声をかけて立ち話してくれるほどのめちゃくちゃ気さくな方で、縁があるというかこんな風に物理的に離れてもまた再会できる人もいたりして、ちなみにこれがイケメン上司だったのならこちらは超ウキウキでも向こうはガン無視な気もする…(T ^ T)
とにかくイケメン上司の異動は私にとってこの世の終わり級の悲しみと悲しみと悲しみに染まっていたけれど、今回の若い子も気さくな部長もそういう意味では全く違う感じで、当たり前みたいだけれどイケメン上司があまりにも当たり前ではない影響大な存在だったんだなと改めて思う。
*
何日か前、仕事中に読んだ(←おい!)ネット記事に面白いものがあった。
ハイスペ男性が結婚相談所で婚活するも上手くいかなくて、どなたかの紹介でたしか「メタバース」婚活で合っていると思うけれどとにかくそんな感じの婚活をした体験談を結婚相談所の方がご紹介的な感じで書いていたものだった。(何度も言うけれど、仕事中…( ̄∀ ̄;))
その婚活は顔とか相手の素性とかを一切知らない状態でネットでお見合いみたいな、だからハイスペ男性も家でこたつに入りながらジャージ着て婚活みたいなそんな話で、その男性視点が私の興味関心を大いに掻き立てた。
その方は何十人とお見合いをその何とか婚活でした中で、なんと声を聞いただけで相手の方に自分が興味あるかないか即にわかったとのこと。
声だけで「この人は違う」「この人いいかも」とわかって、その中で一瞬で「この人!」とわかった人と関係が進んでそしてある時からリアルにも会うようになって現在進行形みたいな話で。
ちなみに自分が求めるものを彼女はみんな持っていて、その彼は人間性重視で特に自分の世界があってぐいぐい自分の世界を突き進む感じの方が良いと結婚相談所で婚活をしてわかって、結婚相談所は逆に彼を頼りにする女の人とばかり会っていたようで毎回ピンとこなくて…な状態だったようで。
実際に会ってみて彼女は外見で言えば全く好みではなくもし普通のお見合いなら多分彼も彼女の方もお互いを選ばなかっただろう相手だったらしいけれど、その何とか婚活は相手の中身を先に知る婚活ゆえにお互いに中身に惹かれてそして今付き合っているようなそんな内容だった。
ちなみに、彼がその「声」でわかると言ったくだりのところが私には特大ヒットだった。
私はイケメン上司の声にだけは自分でも無意識にかなり最初の頃から耳をそば立てるくらいに聞き入っていたけれど、ちなみにそんなこと過去に誰一人としてなかった未知の体験だったというのはもっと後に気付いたけれど、とにかくイケメン上司の声だけは私の耳には他の人の時にはない不思議な感覚で毎回耳に届いていた。(だから超絶冷たい声の感触も温度の違いがもろにわかるくらいだった…(T ^ T))
これまで反対のことは考えたこともなかったけれど、私の声などもう本当にどんな感じで届いていたのかを想像したらゾッとした。
見知らぬ誰かの婚活日記のようなものを読んで(しかも書き手は結婚相談所の相談員の方)、男性側が声でわかったの体験談は私も「わかるよー!」と共感したのと同時にイケメン上司からした私の声はどうだったんだろう?と初めて思った。
イケメン上司からすると仕事中も喋らないから私の声などほとんど知らないに等しいけれども、当時せめて可も不可もないところだったらいいな…と思った。
知らぬが仏とはまさにこういうことだと思う。
もし心の声が外にダダ漏れになるのが人間の基本スペックだったのなら、「おまえの声、俺聞いてるだけで嫌なんだよ!」とか出てこられても困る。
声はどうやっても変えられないから、声がいいって感じられるのは本物だなと思う。
本能的というかDNAレベルで惹かれているって感じがする。
0 件のコメント:
コメントを投稿