自分にとって落ち着ける、大切な人と共にある
そんな世界を作っていく
↑私、こんな風に文章を書いていたんだと、今当時のブログを直接見てきて確認した。
これだけじゃなくどのブログもそうだけど、写真の下の説明文やメッセージは、いつの時も写真をブログに挿入した後にその時にパッと出てきた言葉を入れている。
本文は下書きするけれど、写真の下のメッセージはその場で書くから、上のメッセージもその時パパッと出てきた通りに書いたものになる。
【拝啓・背景】
拝啓…つつしんで申し上げるの意
↑今、今調べた。
イケメン上司向けのこの1年のメッセージをアップしたのが3月の終わり。
舞台裏をちょくちょく書いてはアップしていたけれど、ピタリと止まること早2ヶ月( ̄∀ ̄;)。
ようやくエンジンが復活してまた本編を書き始めたから、とりあえず書き終えたところまでを一区切りにしてアップすることにした。
もしかしたら、他の記事とかぶっている部分もあるけれど、またいつものごとく思いついたままツラツラと書き綴ったんだなと思ってもらえたら…と早くも言い訳からスタート( ̄∀ ̄;)。
この下に書いた出だしの部分は、春分の日が過ぎたあたりからイケメン上司の誕生日までの間、まだメッセージを書き下ろしていない時に書き始めている。
後半の方になると、メッセージはアップし終わって4月のいつかに書いている。
続きをつい2日前くらい(5/25)から書き始めて、でもそれはまた終わりが見えないから、とりあえず書き終えた前半部分だけでも先にアップしようと決めた。
2022/05/27
*
2022年3月、春分の日を過ぎたあたり
何から書こうかな…と思案しつつ、とりあえず書き始める。
これは、カードリーディングをするために
1:カードを引いた
2:ざっくりとカードを眺めての第一印象をメモした
3:本格的にカードを読み解いた
4:ブログを書いてアップした
の中の2が終わって3に入ろうとする前に書いている。
こんな裏事情、お知らせしなさんな…とも思うけれども、書かなきゃ私もカードを読めないくらいに狼狽えて(うろたえて)、パニックになって、なんならもれなく激頭痛な体調不良もやってきて、頭が痛いのは二日酔いでも疲れでもなく、新しいものを自分の中に入れるために古い考えや価値観を捨てようとしている・壊そうとしているがゆえの頭痛で、その古い考えや価値観を私にわかるように表に出してくれたのが今回のカードリーディングだということまでは、ペンジュラムに聞いてわかった。
書いてもOK!となったからこうして書いてる。
やっぱり時系列に書いていこう。
頭の中を整理しながら書こう。
後から出てくるけれど、これを書く直前、ちょっと頭の痛みが和らいだ時で、私は64枚のオラクルカード、表・裏合わせて全部で128個の英語のメッセージをチェックして、それで確証を得たところ。
メッセージを確認せざるを得ないくらいにすごい強力過ぎるカードが出てきたから、そこから始まっての今裏事情ブログを書くところに至っている。
*
自分の誕生日過ぎたあたりから、本格的にどうしようかな…と考え出した。
その前からもチラチラ気にはなっていたけれど、「まぁ先のことだからそのうち決めたらいいか」と深くは考えずにスルーした。
誕生日過ぎたあたりから日にちが迫るから、さてはてどうしようかと考える。
今年は色々バタバタとしていたことも手伝って、しばらくはのんきに放置していた。
いよいよ迫ってきてそろそろ決めないとだなぁ…となったのが春分の日を過ぎてのいつかの平日の日。
正直な気持ち、もし私がしてもいいのならやりたい!という気持ちは最初からあるし今もある。
それはある。
けれど、それ以上に「私がやっていいのかな?」の不安や怖れの方が強くて、始める前はかなりああでもない、こうでもない、と行きつ戻りつの思考ループにハマっていた。
まず、何よりものネックは「頼まれてない」こと。
私は頼まれてないカードリーディングをする趣味がない。
基本的に、カードリーディング界では、頼まれてないカードリーディングをやるのはご法度とされてる。
なんなら頼まれてもやりたくないこともあるし、他の人たちから「この人何かして欲しいんだろうな…」の空気を感じても知らんぷりする場合もある。
だけど、イケメン上司だけは本当にその点においても違っていて、何か私にできることがあるならやりたいし、今回のように頼まれてもないことでも無視をすることもできない。
こういう時はペンジュラムに聞くに限ると思って、私はカードリーディングをするしないをペンジュラムに聞いた。
今ノートを見たら、26日の土曜日の午前中に聞いていた。
ホテルに泊まりに行く前に聞いた。
最初、とても小さくYESが出た。
さらに不安になった。
私のペンジュラムは基本的に間髪入れずすぐにYES NOを出してくるし、YESもNOもものすごくはっきりと示される。
なのに最初は静止して、ようやくゆっくりと静かに小さくYESだった。
実績からの分析を言うと、他の人たちや他のことの時は基本的にものすごくはっきりとYES NOが出るし、反応が弱い時はタイミングかやり方が違うよのサインの場合が多いけれど、イケメン上司のことは不思議な動きを見せることがとても多い。
例えば最初NOなのに同じ質問をもう一度聞くとはっきりとYESとか( ̄∀ ̄;)。
これ、わかりやすいくらいにイケメン上司の時しか起こらないから、彼特有の何かと関連してるんだと思う。
占星術講座の時に先生がある1つの特徴を説明してくれた中に、「本当はおいしいと思っているのに、このタイプの人は『この味、嫌いじゃない』とわかりにくい表現をする傾向があります」というのがあって、イケメン上司はホロスコープ上にその特徴を持っている。
もう少し端的に言うと、本音を真っ直ぐに表現せずに回り道したような言い方や逆説的な表現をしがちだと、そんな感じの説明をされていた。
それと関係しているのかどうかなんてわからないし、私の妄想だと言われたら反論もできないけれども、ペンジュラムの出方がその星の特徴と少し似てるなぁなんて思って見ている。
その時はNOこそ出なかったけれども、あまりに弱いYESで、だからもう一度ペンジュラムに聞いた。
今度はYESが出て、そのYESがペンジュラムの回転と共に重みを増した。
どんどん重い感覚がやってきた。
今度は私もはっきりとYESだとわかった。
これもまた頭のおかしな人みたいな話の1つだけれど、ペンジュラムの重量など変わるわけないと思うけれど、何か重要な内容だとペンジュラムが回る時に重くなる。
感覚的なものでしかないし、それこそ証拠など何一つ示すことはできないけれど、何か重みを感じる。
これはイケメン上司のことではなくても他の事柄でも普段から時々あることだから間違いない。
今書きながら思いついて、占星術講座のクラスメイトだった友人ノムの誕生日(初夏)の時に星読みをするかどうかを聞いた。
普通にYESだったけれど、ノムのことを聞いた時は重くならなかった。
イケメン上司のものは星読みじゃなくてカードリーディングだけど、こちらはやっぱり重みのあるYESが相変わらず出た。
土曜日にペンジュラムに聞いたことに戻ると、ペンジュラムはこんな風に答えた。
・誕生日のメッセージが欲しい YES
・書いてアップする YES
・(特定のタロットカードの引き方を指して)これは私の主観で選んでる NO
・イケメン上司の魂の合意は取れてる YES
(本人の意志はYESでもNOでもなく、まだ気付いてないと出た)
タロットカードを引く時に、あらかじめ別のオラクルカードからもメッセージをもらうかどうかを聞いたらYESが出た。
そのカードこそが私の中の根底をひっくり返すくらいに強いメッセージを私にも届けてきた。
そこからまた個人的な迷走が始まった。
*
金曜日の昼休みに、とある英語のタロットサイトを見た。
この間初めてそのサイトで1枚引きなるものをして、あまりにもドンピシャな答えを教えてもらえてすごく良かった。
だから今回もこの週末のホテル宿泊することについて、水面下ではどんな意図があってそのような運びになっているかを聞いた。
そこで出てきたのが「女教皇」と呼ばれる、巫女の長とかスピリチュアル的な実践を施す女性の祭司みたいなイメージで私は捉えている。
中身の英語をGoogle翻訳にかけて読んで思ったことは、「今回のホテル宿泊は、自分の中のさらなる見えない部分のスピリチュアル的な力を引き出したり使ったりするんだな」だった。
前回(のホテル宿泊)は翌日に新潟駅近くでの買物も予定していてプチ旅行みたいな感じだったけれど、今回はそういう予定もなくてひたすらホテルにこもってのんびりしたりカードをしたりタロットの動画を見たりするんだなと思った。
そんなことをしていたことはかなり忘れていたけれど、ホテルに泊まった次の日、朝起きてしばらくしてから頭が痛いことに気付いて、そしてその頭の痛みがカードリーディングに起因するとわかって、そこでようやく金曜日に引いたカードのことを思い出した。
まさに、自分の眠らせていた力を起こすみたいなことになっている。
そしてそれを起こすためには、やっぱり余分なもの、それは力を引き出して使っていく上で邪魔になる価値観や思い込みを一掃する必要がある。
そりゃ頭も痛くなるし、カードも見えない力を指すようなメッセージを示してきて当然だなと思った。
*
土曜日の午前中(3/26)にイケメン上司に向けたメッセージを引き出すために引いたカードの話に戻る。
何をカードに聞くかは、私が最近見つけて気に入った誕生日にちなんだタロットカードのスプレッドと呼ばれるカードの展開法にすることでOKかどうかをペンジュラムに聞いた。
ペンジュラムはYESだった。
そして全部で12問あるけれど、それは私的に多いと思ったのといくつかの質問はあまりにも個人的な部分すぎてそこに触れることに躊躇を覚えたこともあって、ここでもペンジュラムにどの質問をするかを選んでもらった。
全部で6問、ペンジュラムは選んだ。
さらにはタロットカードとは別のカードからもメッセージをもらうかを聞いてYESが出て、どのカードにするかを聞いた。
ペンジュラムが指したのは、
『How to love yourself cards』(Louise Hay・著)
だった。
これの使い方としては、『今回のカードリーディング全体に通じる、肝となるメッセージ、全体の軸となるメッセージ』として使うことがこれまたペンジュラムから示唆された。
しつこいくらいに「ペンジュラム」「ペンジュラム」と書いて、実際に聞いてるわけだけど、これは私なりの一番自分の思念や個人的感情を除去することができる方法で純粋にカードを選べて、そしてその人やテーマに一番ピッタリなものを自分の忖度なしに選べるからそうしている。
ペンジュラムこそ忖度なしにカードを選ぶから、私はそれに対して全幅の信頼を寄せている。
カードの細かい話はメッセージ側にきちんと書くだろうからここでは割愛するけれど、その軸となるカードには度肝を抜かれた。
そのカードはどれも表と裏にそれぞれメッセージが書いてある。
ペンジュラムが選んだ1枚にも、当然表と裏がある。
ペンジュラムにどちらの面なのかを聞いた。
表の面だけでも十分に面食らっていたけれど、ペンジュラムは裏側だと言う。
裏側を見た。
「I create the world where it is safe for us to love each other.」
(引用:『How to love yourself cards』)
卒倒しそうなくらいに、しばらくメッセージを見て私は呆然とした。
直訳すると、「私は世界を作る、私たちにとってお互いに愛し合うことが安全である世界を」となる。
これ、私の話じゃない。
あくまでも、イケメン上司側のカードリーディングをして、その中でペンジュラムがわざわざこのカードデッキだよと指したカードで、さらには箱から出して最初の数回は束を2つに分けてどちらに必要なメッセージが入っているかをペンジュラムに聞いて、違う方は脇に置いて、残った方をまた2つに分けて同じ質問をして、そして最後数枚(多くても5枚)になったら1枚ずつ広げてどのカードなのかペンジュラムがYESを指す1枚を探る。
いつの時もペンジュラムは即答だし迷うこともないしスパッと選んでくる。
今回のものは表も裏もメッセージがあるから、選ぶ時はメッセージが目に入らないようにした。
だからペンジュラムがこれだと指すまでは私は何が書いてあるのかを一切見なかった。
これだという1枚も裏の方だと言うから、そうわかってからペラリとめくって見てみたら上に書いたメッセージが書いてあった。
色々違和感というか疑問がありまくりだった。
まず今回使われたカードは基本的にセルフケアや自己愛についてのメッセージばかりで、メッセージは一人称になる。
だからそもそも「us」だの「each other」だのと自分以外の誰かも含めて「私たち」という意味になるような言葉が入ることがない。
冒頭に書いたように、気になって私が64枚表裏合わせて128のメッセージをチェックしたのは、他のカードにも「私たち」的なweとかusだとかいう単語が含まれているかどうかだった。
見たけれど、やっぱりその1枚だけだった。
しかもそれは片面だけで、もう片面は似たような愛のメッセージだけれど、そこには自分以外のもう1人の存在は書かれていなかった。
それはホテルから戻ってからしか調べられなかったけれど、そのカードが出てホテルにいる間も気になったのは、「us」の方だった。
「us」は当たり前だけど「私たち」になる。
二人称で私たち。
2人のうちの1人はイケメン上司のカードリーディングだからイケメン上司が確定しているけれど、もう片割れは誰なんだろう?と思った。
私!?!?!?!?!?
というのも浮上しなかったわけじゃないし、他の誰かというのも思わなかったわけじゃない。
そんなのはイケメン上司本人にしかわからない。
でもそれが私だろうと他の誰かだろうと、もはやカードリーディングが続けられるほどの冷静さや落ち着きなど一切なく、私側は私情や主観丸出しになってしまったから、そこで一旦カードリーディングをストップした。
自分がブレブレなのもカードに集中できてないのもわかったから、続けるよりも一旦カードから離れて気持ちを落ち着けてから再開することに決めた。
いつの時も、特に自分以外の第三者の人向けにメッセージをキャッチする時、私が何よりも大事にしているのは、自分は単なるメッセージをキャッチする受信機のようなものになれるように、自分側の意識をクリアにして余計な私情や感情を挟まないようにすること。
これまでだって色んなメッセージをカードでも何にもないところに突然キャッチすることも、または星読みの時でも、色んな機会があって、中にはとてつもなく伝えにくいメッセージなんかもあるにはあった。
だけど、今回ほど自分の感情がものすごく動いて、もはや軸もなければひたすらに動揺しまくりで、とてもじゃないけれど、カードに集中もできなければ、メッセージを受信できるような状態にもなかった。
ここまでブレブレなのは本当に今回が初めてで、それについてもかなり面食らった。
*
ちょっとここからはカードリーディングの話から離れて、私の中の気持ちを書きたいと思う。
とにかく「私たち」と出て、普通に考えてこの場合はイケメン上司と私になる。
だけどそれだととてつもなく受け入れ難く、とっさに私は、イケメン上司には他に誰かいるんじゃないかと思うようにした。
私は自分が逃げていることもよくわかる。
でも「私たち」の片割れが私だと思うことの方があまりにもおかしいと言うよりも、そうだと私が本当に怖くて、咄嗟の防衛反応でそのようになっていたと思う。(この1文を書いているのは4/16)
ホテルで見た動画の話をしたい。
今回泊まることに決まってから、前回3月の初めに泊まった時に見つけたタロットカードのリーディングをする方の動画を見たいと思っていた。
普段動画を見ることはしないけれど、Wi-Fi使い放題の環境に1人で身を置く時はわりかしカードリーディング系の動画をこの数年見ることが多い。
私が家にWi-Fiを入れない最大の理由はそれで、いくらでも動画を見れる環境になってしまうと際限なく見てしまって自分の時間が取れなくなるから、だから今どうでも見なくてもいいものを見られないようにする意図が私にはあってわざと申込みしていない。
で、どんどん動画を携帯で見る人口が増えてきたことで、携帯会社も大容量ギガのプランを打ち出したりして、さらにWi-Fiがなくても何とかなるようになってきたから(携帯プランは切り替えてないけれど)、だから私は普段はWi-Fiのない環境を保つことで自分の時間を確保することに成功している。
そんな中、今回のホテル宿泊では普段見ない動画を厳選して見たいと思っていた。
今回はタロットカードのリーディングの参考にしたい方のものではなく、男性タロットカードリーダーの方のものを見た。
全部で3本くらい見たかと思う。
その中でとても印象的なことが3つあった。
1つは、ここに来るまでイケメン上司も私もものすごくたくさんの時間をかけてきたということ。
気付いたら5年とか経過していて、もはや私にだってどこに向かっているのかわからない状態ではあるけれど、男性のタロットリーダーさんに言われて気付いたのは、「普通なら理解もできないし待たないです。でもあなたは待った人で、それをしてくれる人というのは普通にいないです。もうそれだけでもとても特別な人なんですよ、あなたは」というくだりがあった。
イケメン上司からどのように映っているのかはわからないけれども、私も待つ待たないとかではなく、気付いたらこうなっていたという結果論でしかないけれども、その時に初めて私が時間をかけたようにイケメン上司もなんだかんだと同じ時間をかけてくれていたんだなとその視点が初めて手に入った。
イケメン上司にしても気付いたらこうなってたというだけでしかないかもしれないけれど、なんだかんだとブログは定期的にずっとずっとチェックしてくれてる風で、それに私はずっとずっと救われてきた。
ヘンテコな繋がり方だけれど、それで自分の心に光が射すならそれはありだしとってもありがたいことだと思っている。
2つ目に印象的だったのは、「自分を落とさない」ということ。
3つくらい見て、どれもこれも全く別視点でのカードリーディングのはずなのに、言われる内容に共通点があって、その1つが「自分を落とさない」ということだった。
自分が悪いんじゃないかとか、自分が負担になったり迷惑になってないかとか、何かやってはいけないことをやっているんじゃないかとか、そうやって相手の反応がイマイチだとか冷たいものだからって自分を悪く思う必要は一切ないとどの動画でも私は言われていた。
そのままの自分でいいんだよ、何にも変わらなくていいんだよ、というメッセージに自分の心が救われた。
(ここから4/16に再開して書いている。)
ここまで通しで読んで、「3つ」印象的なことがあったのに3つ目が思い出せない。
多分これだろう…となんとなく記憶にあるもので合っているかをペンジュラムに聞いたらYESが出たから、3つ目を書きたいと思う。
これを書きながら記憶が繋がってきた。
3つ目はこれで正解だと思う。
3つ目は、私自身がイケメン上司とのことに関して、向き合ってる風で実は逃げているということ。
今書いてて思い出したのは、当時の私はその辺りから超激痛の頭痛に見舞われて、その後も数日どころか2週間近くなんとなく頭が痛重いみたいな感じで、さらには特徴的だったのはこの3つ目に気付いたことのために自分で自分のことをケアすると徐々に治まっていくみたいなことが続いていた。
イケメン上司のことから逃げてるというよりも、自分自身こそが特定の誰かと関係を築くことに並々ならぬ恐怖や不安を抱いていることに気付いた。
相手が私を傷つけてるわけじゃなくても、自分が何かに反応して傷つくみたいなのも嫌だし、それによってズルズルといつまでも引きずるみたいな状態も嫌だし、じゃあそれなら一層のこと、誰とももう深く関わらなきゃいい、みたいな回路を私は心の奥深いところに持っている。
だから、ある意味イケメン上司とのこの距離感こそが自分は一番安全でいられるというのも本当と言えば本当だから、私自身もイケメン上司のことなど何も言えないくらいに、何か色々と抱えすぎてるところがある。
これは別記事に書くのかわからないけれど、ちょっとだけかいつまんで言うと、私は今回頭が痛くなるまではもうヒーリングとか自分癒しなどやらなくて良いと思っていた。
収穫した米を集める収納庫みたいなところでバイトした2019年の夏、あの時に私ははっきりと「もう自分のことを癒さなくても大丈夫」と思った。
その話もいつかは書きたいと思って今は気付けば2022年(꒪ꇴ꒪〣)。
その時の「癒さなくても大丈夫」は本当にとても良い意味で自分が吹っ切れた。
話が逸れすぎない程度に言うと、その施設の中に私が子どもの頃身体的ないじめを受けた場所とそっくりな感じの場所があった。
そこは避けて通れない場所で、当然過去の記憶もよみがえる。
で、それよりも前の私なら、自分をまだまだ癒さなきゃいけない、ってなったと思う。
でもその時の私は、癒すのではなくて、その傷を抱えた自分と残りの人生を歩んでいく、それも楽しむことも忘れずに残りの人生を生きていく、そちらにシフトしたらいいんだと思った。
だから癒さなくてもいいというのは、自分を無視することじゃなくて、もう十二分にそれまでの人生でそのことに向き合ってきたから、もう癒さなくても大丈夫、代わりにその傷を持ったままの自分と二人三脚で歩めばいい、そう思った。
だから、自分癒しをすることはもう自分の選択肢の中にずっとなかった。
日常も差し支えないし、自分を癒す必要ももう無いと思っていた。
何かあれば、その都度その都度癒しを行えばいいわけで、過去のことをわざわざほじくり返してまで癒しを意図的に行わなくて良い、本気でそう思った。
だけど、今回イケメン上司へのメッセージをカードを使ってキャッチして書いて…という一連のことをした時に、自分の頭も痛くなって、それが特定の誰かと関係を築くことに並々ならぬ恐怖と抵抗みたいなのを自分がずっと持っているとわかって、さすがに何かしらはしないと自分の身体が辛すぎるとなって、そこでようやく観念して自分ケア、自分癒しをすることに決めた。
私のことだから、身体の方に不具合が出なければ、また逃げただろうなと思う。
自分の傷をわざわざ蒸し返すようなことはしたくないし、面倒くさいし(←自分のことなのにひどい)、やらずに済むのならそれでいいじゃん!って感じだった。
だけど、身体が先に悲鳴を上げて、さすがに無視するわけにもいかず、それでようやく私が超避けまくっていた恋愛やら愛やらパートナー的なことやら全般の傷や痛みと向き合おうと思った。
不思議な流れではあったけれど、同時に私自身もそうしたことに向き合ってもいい、そういう段階に自分側の準備が整ったのかもしれないなと感じた。
*
2022/05/27
【拝啓・背景】の後から上のところまで読んで、けっこう中途半端な感じになって終わっているけれど、カードリーディングをしていた当時のことがリアルに描かれているから、このままにすることにした。
カードリーディングをしていた最中を振り返ってのところは、ここ2日くらい前から再開して書いているから、その話はこの後に続いていく。
今さら感な話なのかもしれないし、真面目にこんなの需要があるんだろうか…というのは何度も何度も思った。
だけど、せっかく書いたし、そしてかなり強いメッセージが実際に書き綴られてアップされたから、メッセージだけだとあれは何だ!?ともなりかねないから、見えない舞台裏の話をしようと思いついた。
もっと今さらだけれど、『A Message for You 2022』と題された記事は、イケメン上司向けに私の主観や私情は抜きで主にタロットカードやオラクルカード(日本語で言うと、「神託」という意味になるらしい、オラクルは)を使ってから読み解いたこの1年の、はたまたここから先の人生に向けてのメッセージになる。
だからタイトルを『A Message for You 2022』にした。
さすがに当日だったし、イケメン上司も自分に向けて書かれたものだというのはわかるだろうと思って、それで書いた。
で、これらが舞台裏の話になる。
この中の何か1つでも伝わったら幸いだし、伝わらなくても「ふーん、そういうことね」と合点が少しでもいったのならいい。
まぁ今回ももれなくかなり自己満足というか自分本位な文章に仕上がっているけれど(書いて満足するタイプ)、色々気にしていたのなら何も書けなくなっちゃうから、そこは目を瞑って(つむって)このままアップしようと思っている。
質問はいつでもウェルカムだし、クレーム的な文句だっていつでも喜んで受け付けるのにと思う。
クレームが来なきゃ私なんか自分が興味が無くなって書かなくなるまで書き続けるよと思っている。
だから、こんな風に公の電波を使って誰でも見れるところに書かないで欲しいなんていう注文があれば、私はいつでも受け付けるしそして本当にこんな個人的な部分に触れることを書くのはやめる。
そういう諸々の希望なり意見なりがあれば、いつでもどうぞ(。•̀ᴗ-)✧
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