物欲があまりない理由…。
妹の27枚に渡るホロスコープを印刷しようとしたらいきなり紙が詰まってエラー。
説明書片手にやっと直したら、今度はインクが切れてエラー。
白黒印刷ができなくて(カラーインクが切れた)、今日はとりあえず断念。
ちびっ子ギャング(姪とも言う)が来る前に終わらせたかったけれど、仕方ない。
滅多に使用しないプリンターは普段クローゼットの中にある。
今回みたいなことがないと箱から出すことさえしない。
ふと、私が物欲があまりないのは、物が欲しくないというよりも、色々覚えるのが面倒だからじゃないかと思った。
電気系は本当に必要に迫られない限り買わない。
化粧品も使いこなせないものは買わないし使わない。
日用品もそうで、必要最小限。
調味料は揃える方だけれど、基本的に確実に使うものでないと買わない。
ドレッシングとかある程度手作りできるものだから、買わない。
(海外生活のおかげで、ドレッシングは作るものだと学んだ)
服や靴も必要になると買うけれど、そうでなければ買わない。
記憶がかなり曖昧だけど、多分今年に入ってからサンダル1足しか買ってない気がする。
禁欲生活というよりも、物が管理できないから、自分がストレスにならない範疇でないと困る。
そう思ったら、ノートだけはすごい管理できてることがわかる。
ここ3ヶ月ほど使ってるノートだけでも
・日々の記録
・心理のワークノート
・アイデア帳
・ホロスコープスケジュール帳
・ホロスコープまとめノート
・ホロスコープ振り返りノート
・ホロスコープ大切なヒントノート
・ヒーリングまとめノート
・メモ専用ノート
・思考ノート
・吐き出しノート
・日記帳
これら全部を主に使い分けてる。
他にも数冊時々使うものがあるけれど、そんなに頻繁にお出ましにはならないから上のリストからは省いた。
私から見て、1冊1冊は用途が全く異なる。
ここまで分ける理由は、この方が書き物の探し物の時に探しやすいから。
自分が書いたものは、すぐの時もあれば数年越しの時もあるけれど、とにかくよく取り出して見る。
プリンターには用事がほとんどないけれど、ノートたちにはしょっちゅう用事がある。
私の中では全てジャンルが違うから、レシピ本、写真集、小説、絵本ぐらいの差があるから、それぞれに分けて書いておかないと、どこに何があるのかわからなくなる。
ノートを全部変えているから、自分の中で「あのノートに書いた」というのがはっきりとわかる。
ホロスコープスケジュール帳も多分世間一般的なスケジュール帳とは使い方が異なる。
これは今年初めての試みだけれど、各新月・満月でテーマが色々変わるから、その時その時のテーマで印象に残った言葉を主に書き込んでる。
スケジュールは、終わってから書くという、全くスケジュール帳の役割を果たしていない。
でももう3年ぐらいスケジュール帳なしの生活を送っているから、不便にさえ感じない。
ない生活に慣れると、本当に物事がシンプルで楽チンになる。
これからますます複雑怪奇になるデジタル系の物たち。
どうか私がそれを使いこなせるレベルにとどまった物もロングセラーとして残るか、さもなければ要らない生活でいけますように。
上の「物たち」と入力したら、なぜか「物たち」より「物断ち」の方が先に変換候補に出てきた。
心の声がスマホに届いているんだろうか。
「物断ち」なんて一度も使ったことのない言葉なのに。
2018年8月11日土曜日
2018年8月10日金曜日
心の拠り所
「心から安全だと思える場所を探すことに鍵があるように思います」
今さっき、ホロスコープの講座のU先生から質問の答えのメールをいただいた。
質問はあまりにも長いから割愛するけれど、ざっくりと言えば、心の拠り所とか無意識を司るとされる部分に私の場合は色々と複合的なものを持っているから、その解釈の仕方を質問した。
U先生の答えは本当に素晴らしくて、それで一番最後にあったのが冒頭の文章だった。
いい加減何かを決めていかないといけないという今、私はもう色んなことが怖くなって決められずさらに動けなくなった。
こういう時は心の中で色んなものが葛藤してるのはわかるから、そこを丁寧に見ていくしかない。
その中でふと「心の拠り所」の意味となるホロスコープのある部分がやたらと気になって、それで前回のホロスコープ講座の後のカフェタイムの時に出た話と重なったから、U先生に質問をした。
U先生の回答は想像以上に凄かった。
U先生には5、6行ほど自分の育った背景について説明したけれど、それ以外は質問についての説明しか書かなかった。
U先生はあくまで私のホロスコープを客観的に見た時の情報だけを伝えてくれた。
何が驚いたって、たかが4つの天体とそれらが構成する線(角度)、それだけでまるで私の半生を調べたんですか?と言わんばかりの的確な読み解きが出てきたこと。
・どうしても「人に傷付けられがち」で、同時に「非常にセンシティブで、傷付きやすい」部分が出てきます。
また、「"安心""安全"への飢餓感」といったものも強いのではないかと思います。
・(占星術的な説明の後)こういった流れを持つ方は「家庭の中での居場所の無さ」のようなものを抱えていることが多いです。
・「センシティブで閉じた自分」と、「自己顕示欲の強い(認められたい・認めさせたい)自分」との間に強い葛藤を抱えがちなのだと推察できます。
・このIC木星が「何を拡大しているのか」と言うと、「不安感を拡大しがちな、エモーショナルな木星」と考えることができるのです。
U先生が教えてくれたことは、本当に私の生きてきたまんまの道だった。
ホロスコープは喋るわけじゃない。
単に、360度の円の中の点と線だけで見ていくもので、それがこれだけの情報量を与えてくれるのだから、本当にすごい。
そして私では読み解けない難解なところをきれいに読み解いてくれたU先生には感謝しかない。
話が飛ぶけれど、私はここにきてようやく、自分が軸とするものが見えてきた。
前回?前々回?のブログにも書いたけれど、私は外側の何かで自分が満たされないことは自分でも十分にわかっている。
だからもっと何か違うものを自分が欲してるのもわかる。
でもじゃあ欲してるものが何かというのがこれまで本当にわかっていなかったから、そこを探求するのに相当な時間と労力をかけた。
だから冒頭の言葉にある「心が安全だと思える場所を探す」というのが、もうまさに!という感じだった。
そこを基準に考えると、もう少し決断がしやすい。
よくこうした決断をする時に言われるのが、「したいこととしたくないことを明確にして、まずはそのしたくないことをしない」というもの。
これ理論としては合ってるけれど、私はこれだと本当に答えの出せない人だった。
だって「したくない」ことを挙げるなら、私なんかはぶっちゃっけ「何もしたくない」なんていうことになってしまうから。
もちろん細かくは出せる。
だけど、その細かく出したことの最大公約数というか共通項がわからないから、結局自分が何を大事にしたいのかがわからない。
それでもう何年もグルグルしてたけれど、ここに来て「心の拠り所」とか「心が安全だと思える場所を見つける」とかを何よりも大事にしたい、それがわかっただけでもものすごく大きい。
それを軸にしたら、もう少し自分でも選択肢が見えてきそうだし、何とかなりそうな気がする。
長い道のりだとは思うけれど、不安定な土台の上で決断するのではなく、もう少しグラグラ感の少ないところで決断できるかなと思う。
私は今でも忘れない。
塾の仕事の時に初めて表彰された時のこと。
私は栄光を手にした瞬間、同時に挫折も手にした。
「栄光」というのは、あくまで世間的な解釈に合わせた言い方。
誰も数字を出せなかった地域で私は初めて数字を出した人だったらしい。
それが表彰された理由だった。
表彰されても私はちっとも嬉しくなかった。
もちろん一瞬は嬉しいし、報労金的なものももらったから、それは嬉しかったけれど、表彰されたことに関しては気持ちの感動はさっぱりなかった。
むしろ感動したのは、私の1つ年上の幹部の人が、私をきちんと見て評価して推薦してくれたことだった。
その人はめちゃくちゃ仕事のできる人だった。
数字の出し方も半端なかったけれど、それよりもきちんとプロセスを見てくれる人だった。
私が辞めたいことを知っていても、何度も何度も窮地の時に手は出さないけれど目をかけてくれた人だった。
だからそれだけはすごく嬉しかった。
挫折はこうだった。
世間的に認められることを成し遂げても何の満足もなかった私は、もうここでは何も得られない、それがわかってしまった。
絶望に近かった。
これから先、どんなに何かを外側から得ても自分は満たされないとわかってしまった。
それは人生でこれから先何が面白くて生きていったらいいのかわからない、そんな気持ちにも繋がった。
変な話だけれど、当時の表彰+報労金よりも、今こうして自由に言葉を綴れる、たとえそれが何のお金にならなくても、それでも後者の方が断然心の満足度が高い。
社会的なものも、お金も、物も、パートナーも、そうしたものから欲しいものは手に入らないとわかって、私は途方に暮れた。
パートナーは、パートナーそのものがいないから、その先は考えられなかった。
だからパートナーで自分を満たすなんてのは、条件が揃わない限り自分が満たされないことになってしまうから、早くからそこは切り捨てた。
(これは今後誰かと付き合うならすごく役立つと思う。
○○してくれたら私は満たされる、なんていうのを相手に求めることはそんなにしないと思う。)
それ以外にも、外側をどれだけ満たしたところで私のそのよくわかっていなかった中の渇望感は消えないってわかった。
そうなってくると、私は自分の満たし方もわからず、そもそも何かを成し遂げたいなんていう気持ちもなく、自分がどうしたらいいのかわからなくなってしまった。
ちなみにその1、2年後、今度は「楽しむ」ことを人生の軸にしたらいいと思った出来事があった。
それは今でも1つの大切な指針にはしてるけれど、どこか私の中で無理があるというか、何か肝心なものが抜けてるというか。
楽しむはいい。
だけど、楽しむだけでは人生の足元の部分が落ち着かないというか。
根底がしっかりしてないのに、楽しむだけではどこか空しさというか終わるとポカンと穴が空いてしまう感じで、楽しむだけでもダメなんだと感じてた。
だから何年も何年もグルグルと回った。
それがここに来て、「心の拠り所」というキーワードが出てきて、かなり見え方が変わった。
ちなみに最近のマイブームは、氷がグラスに当たってカラカラ音を鳴らす、その音に癒されてる。
私という人は、そういうことで十分に幸せを感じるぐらいの力があるわけで、何も世間で崇められるような凄いものは求めていない。
なのにこの満たされない感は何だろう?となった時に、ようやくわかった。
心の拠り所がグラグラしてたということ。
私は2歳の姪っ子を見ていて思うことがある。
自分はこんな風に周りみんなから愛されていたのかな?と。
(↑ひがみじゃなくて、単純に疑問)
姪っ子は、両家の初孫でさらに唯一の孫・唯一の姪っ子だから、両家共々からものすごく愛されてる。
アイドルなんてものじゃない。
滅多に会わない義弟のお兄さんとその奥さんからもめちゃくちゃ可愛がってもらってる。
そして、何かあってもとにかくありのままで愛されてるのがよくわかる。
特に父と母である義弟と妹から、もうこれ以上ないぐらいに愛されてるのがわかる。
私ももちろんここまで成長したわけで、両親からはよくしてもらったし、家庭的にも恵まれてると思う。
ただ、私は我が一族の最大の弱点を知っている。
何か問題があると、それを特別視して周りからは隠そうとし、解決のみを図ろうとすること、そして当事者の気持ちには寄り添おうとしないこと。
そういう悪いことがあってはいけないではないけれど、そこをもみ消すようなそういう流れを代々続けているような感じだった。
だから問題がない時は何ともないけれど、例えば何か問題が起こった時に私は確実に家族の中での居場所がなくなる感じは半端なかった。
加えて、うちの両親はある意味孤立無援だった。
自分たちで全部何とかしなければいけなくて、ちょっとしたことでも頼れる人たちがいなかった。
だから、やたらと自立を促す子育てになったのは仕方のないことだったと思うし、何かあっても「がんばれ」と言う両親だった。
為せば成るの考え方が強かったし、時代背景的にもその流れが強かった。
さらにこれは私の予想だけれど、父方も母方もそんな風だから、多分両親共に誰かに寄り添ってもらった体験が著しくないまま今に至ったと思う。
だから、寄り添わないんじゃなくて、寄り添い方を知らないんだと今は思う。
寄り添ってもらったことがないだけじゃなく、若い頃大変な時にさらに四面楚歌みたいな状況を経験したら、仕方ないなと思う。
寄り添われたことがないから、自分たちも寄り添えない、そんな気がしてならない。
そんなところに、私という子どもがいる。
「普通」「人並み」が良いとされる時代に、私は本気の落ちこぼれだった。
落ちこぼれるぐらいなら良かったけれど、そこにいじめの標的も重なった。
今いじめなんかで第三者委員会とかが立てられたりするけれど、私のいじめはまさにそれぐらいのレベルのものだった。
だけど、大人になっても記憶に鮮明に残るぐらいの体験なのに、私は両親にも先生にも誰にも一度も相談しなかった。
そんな恥ずかしいことは誰にも言えないと思ったのと、3人の子育てで手一杯の母親の精神的余裕のなさは肌で感じ取っていたから、特に母親には言えなかった。
そこに加えて、母親は私からして全く読めない人だった。
今もそうだけれど、うちの母親は人はすごく良いけれど、どこに感情のスイッチがあるのか全く読めない人で、「えっ⁉︎ここ⁉︎」みたいなところで急に怒ったり不機嫌になったりする。
今は大人になったから良いものの、子どもの頃はその母親のスイッチのありかがわからないだけじゃなく急に怒り出すことも怖くて、何も言えなかった。
そんな読めない大人たちだったから、私は自分のことを話したらどうなるのかなんて想像するだけで怖すぎて発言するなんてできなかった。
だから気持ちに寄り添ってもらうとかもなく、自分の中ではパンクしててもそれは自分1人で抱えるしかないと思い込んでいた。
両親2人の子供時代も、子どもが子どもでいられない過酷な状況下にあったから、私はそれに対して今は理解できる。
でも子どもの私にはわからなかった。
気付けば私の周りの世界は、どこも心が安らげない、そういう風に目に映った。
さらに言うと、私は先生にも恵まれなかった。
担任の先生は、なんと現実とは違う事実をねつ造して、私はクラス全体の前で糾弾された。
自分が悪いならまだしも、自分はやることをやっていたのに、先生の中ではやっていないことになっていて(いないことにさえなっていた!)、さらにはみんなの前で怒られる。
子どもには全く理解のできない状況だった。
(救いだったのは、クラスの女の子が「史子ちゃんそんなことなかったのに、先生まちがってるね」と言ってくれたことだった。)
今なら普通にそれ違いますよと訂正できるし、私は自分が保護者なら、学校に本気の抗議の電話を入れる出来事だった。
他にも色々と理解できないことたちが先生を通して起こっていたから、私の中で理解できない大人、信用できない大人でしかなかった。
しかもうちの家族は見た目には何ら問題がない。
明らかに暴力とか虐待とか浮気とか何でもいいけれど、そういうのがないし、色々させてもらえたし、自由は自由だった。
だから私は、自分がおかしくて自分の考え方が狭くて単に歪んでるのかと思ってた。
自分が間違えていて、ダメだとされる自分を直したり何か自分が正しいことをしたり頑張ることをしたらいいのかと勘違いをした。
だから、自己否定と自分を隠すことと、そうしたことを日常的に繰り返しながら大人になった。
これは大人になってから観察してわかったことだけれど、うちの家族は大変な状況の時ほど解決には尽力するけれど、その時の気持ちには基本誰も寄り添わない。
だから妹たちが何かあると私に連絡してくるのはわかる。
私は反対に解決はしない。
するのはただ話を聞くだけ。
外側の解決なんてのは私は解決じゃないと思っている。
とりあえず事無きを得ても、根本が何か満たされないままだと結局同じことを繰り返す。
これは私が勝手に思っていることだけれど、多分色んな人たちが私に何かを話してくるその理由は、私なら話をそのまま聞いてくれると感じるからじゃないかと思ってる(←自画自賛もはなはだしい)。
自分でもわかるけれど、私は話を聞くことになったら、とりあえずそのことだけに徹する。
そして「正しさ」を振りかざさないようには気をつける。
私がそれをされて散々嫌な思いをしているから、だからそれはしないように心掛けてる。
やっと決心して話したのに、そこで正しさを持ってこられて、聞き手の価値観で何かを言われたら、本気でへこむ。
だから聞く時は、自分の価値観もとりあえず脇によかす。
意見を求められたら何か言うけれど、そしてそれがあまりにも理不尽で相手の体や心に危険のあるものならそれは口をはさむけれど、そうでもなかったら言わない。
パワハラやモラハラ、セクハラ、DVの類いの話の時は言う。
じゃないとその人の命が危ないから。
あと、自分で自分を傷付けるような考え方をしてるとわかった時は、それも言葉を選びながら言う。
でもそうでなければ、基本は黙って話を聞く。
話がだいぶ飛んだけれど、とにかくこの心の拠り所のなさは子どもの頃から延々と続いていて、大人になってからだいぶ緩和はされたものの、それでもやっぱりまだ根っこにはある。
でも今やっとその辺りが見えてきたから、これからはそこを大切に自分のことを守っていけると思う。
まずは心の拠り所を作ること。
それは人がいなくてもできる。
人を混ぜるとややこしくなるから、とりあえず自分で自分を守る、その土台を作る。
ちなみに「傷付く」ということに関して、私なりに編み出した自分を楽にする方法を紹介したい。
相変わらず色んなことに敏感に反応してしまう私だけれど、最近は「傷付いた」と思うことは少なくなった。
それはそうしたことがなくなったということじゃない。
だけど、自分なりに対処する方法を見つけた。
基本、自分が言われたくないことを言われたら傷付く。
もしくはされたくないことをされても傷付く。
だけど、その後落ち着いてから私はもうワンステップ違うことをしている。
言われたこと、されたことはそのまま。
だけど、言われたこと・されたことによって「傷付いた」と選択してるのは自分だから、それは選択を変えられる。
言われて「嫌だった」とか、されて「悲しかった」とか、「ムカついた」とか、そういう風に変える。
別に言われたから「傷付く」必要はない。
相手もそもそもその気がないことの方が多いと思う。
相手は傷付ける気もなかったのに、私の方が1人で勝手に傷付いてる。
それはなんだかおかしいなと思った。
別に自ら傷付かなくてもいいんじゃないかな?と。
だから、言われたりされたりして嫌だったことは、単に「嫌だった」とか「ムカついた」とか「辛かった」とか、とにかく適当な言葉に置き換えている。
そうすると不思議なもので、自分だけの感情にしておくことができるし、傷付いたと思わなくて良くなる。
やたらと反応してしまうのはもはや条件反射みたいなもので変えられない。
だけど、その後の意味付けを私は変えている。
一応、心理系の権威のある人たちも立証してる手法だから、私の独りよがりなものじゃなくて、理論もある。
ちなみに心理学用語で言うと「被害者意識を手放す」ということに該当する。
最後にもう1つ。
これを書きながら気付いた。
よく言われる「今あるものに目を向けて感謝をする」というもの。
そして欠けてるものに注目すればするほど満たされなくなるというもの。
あれは半分正解で、でもそれもちょっと違うとわかった。
欠けてるものというか満たされていないものが何かを知るのは大切だと感じる。
だって、私みたいに心の拠り所がグラグラしてるのに、そこを無視して楽しさでも今あるものでも目を向けたところで解決にはならなかった。
人や状況にもよるけれど、必ずしも欠けてたり満たされてない部分を見ないというのは違うと思う。
私みたいに、それが人生で何よりも欲しいものであるなら尚更だと思う。
満たされていない、欠けてていいんだとわかる。
なぜなら、もう無理して満たされてるフリもしなくていいし、満たされてないのに他の何かは満たされてるから私はそれでいい!なんて自分に嘘はつけない。
むしろ、満たされてないものをこれから満たすことはできる。
大事なのは、自分で作っていくことだと思う、私の場合は。
親がもしくは人が私に寄り添ってくれるんじゃないかなんて期待してたら、そんなのいつまで経っても満たされない。
親は親のスタイルのままでいいし、私は私でそことは違う価値観で生きているからその価値観を大切にする。
そして私の場合、物や人に左右されて満たされる満たされないが変わるものではないから、自分のペースでゆっくり自分を満たすことができる。
それでいいんだなぁとやっとここに来た。
「心の拠り所」良い言葉だなぁと感じる。
今さっき、ホロスコープの講座のU先生から質問の答えのメールをいただいた。
質問はあまりにも長いから割愛するけれど、ざっくりと言えば、心の拠り所とか無意識を司るとされる部分に私の場合は色々と複合的なものを持っているから、その解釈の仕方を質問した。
U先生の答えは本当に素晴らしくて、それで一番最後にあったのが冒頭の文章だった。
いい加減何かを決めていかないといけないという今、私はもう色んなことが怖くなって決められずさらに動けなくなった。
こういう時は心の中で色んなものが葛藤してるのはわかるから、そこを丁寧に見ていくしかない。
その中でふと「心の拠り所」の意味となるホロスコープのある部分がやたらと気になって、それで前回のホロスコープ講座の後のカフェタイムの時に出た話と重なったから、U先生に質問をした。
U先生の回答は想像以上に凄かった。
U先生には5、6行ほど自分の育った背景について説明したけれど、それ以外は質問についての説明しか書かなかった。
U先生はあくまで私のホロスコープを客観的に見た時の情報だけを伝えてくれた。
何が驚いたって、たかが4つの天体とそれらが構成する線(角度)、それだけでまるで私の半生を調べたんですか?と言わんばかりの的確な読み解きが出てきたこと。
・どうしても「人に傷付けられがち」で、同時に「非常にセンシティブで、傷付きやすい」部分が出てきます。
また、「"安心""安全"への飢餓感」といったものも強いのではないかと思います。
・(占星術的な説明の後)こういった流れを持つ方は「家庭の中での居場所の無さ」のようなものを抱えていることが多いです。
・「センシティブで閉じた自分」と、「自己顕示欲の強い(認められたい・認めさせたい)自分」との間に強い葛藤を抱えがちなのだと推察できます。
・このIC木星が「何を拡大しているのか」と言うと、「不安感を拡大しがちな、エモーショナルな木星」と考えることができるのです。
U先生が教えてくれたことは、本当に私の生きてきたまんまの道だった。
ホロスコープは喋るわけじゃない。
単に、360度の円の中の点と線だけで見ていくもので、それがこれだけの情報量を与えてくれるのだから、本当にすごい。
そして私では読み解けない難解なところをきれいに読み解いてくれたU先生には感謝しかない。
話が飛ぶけれど、私はここにきてようやく、自分が軸とするものが見えてきた。
前回?前々回?のブログにも書いたけれど、私は外側の何かで自分が満たされないことは自分でも十分にわかっている。
だからもっと何か違うものを自分が欲してるのもわかる。
でもじゃあ欲してるものが何かというのがこれまで本当にわかっていなかったから、そこを探求するのに相当な時間と労力をかけた。
だから冒頭の言葉にある「心が安全だと思える場所を探す」というのが、もうまさに!という感じだった。
そこを基準に考えると、もう少し決断がしやすい。
よくこうした決断をする時に言われるのが、「したいこととしたくないことを明確にして、まずはそのしたくないことをしない」というもの。
これ理論としては合ってるけれど、私はこれだと本当に答えの出せない人だった。
だって「したくない」ことを挙げるなら、私なんかはぶっちゃっけ「何もしたくない」なんていうことになってしまうから。
もちろん細かくは出せる。
だけど、その細かく出したことの最大公約数というか共通項がわからないから、結局自分が何を大事にしたいのかがわからない。
それでもう何年もグルグルしてたけれど、ここに来て「心の拠り所」とか「心が安全だと思える場所を見つける」とかを何よりも大事にしたい、それがわかっただけでもものすごく大きい。
それを軸にしたら、もう少し自分でも選択肢が見えてきそうだし、何とかなりそうな気がする。
長い道のりだとは思うけれど、不安定な土台の上で決断するのではなく、もう少しグラグラ感の少ないところで決断できるかなと思う。
私は今でも忘れない。
塾の仕事の時に初めて表彰された時のこと。
私は栄光を手にした瞬間、同時に挫折も手にした。
「栄光」というのは、あくまで世間的な解釈に合わせた言い方。
誰も数字を出せなかった地域で私は初めて数字を出した人だったらしい。
それが表彰された理由だった。
表彰されても私はちっとも嬉しくなかった。
もちろん一瞬は嬉しいし、報労金的なものももらったから、それは嬉しかったけれど、表彰されたことに関しては気持ちの感動はさっぱりなかった。
むしろ感動したのは、私の1つ年上の幹部の人が、私をきちんと見て評価して推薦してくれたことだった。
その人はめちゃくちゃ仕事のできる人だった。
数字の出し方も半端なかったけれど、それよりもきちんとプロセスを見てくれる人だった。
私が辞めたいことを知っていても、何度も何度も窮地の時に手は出さないけれど目をかけてくれた人だった。
だからそれだけはすごく嬉しかった。
挫折はこうだった。
世間的に認められることを成し遂げても何の満足もなかった私は、もうここでは何も得られない、それがわかってしまった。
絶望に近かった。
これから先、どんなに何かを外側から得ても自分は満たされないとわかってしまった。
それは人生でこれから先何が面白くて生きていったらいいのかわからない、そんな気持ちにも繋がった。
変な話だけれど、当時の表彰+報労金よりも、今こうして自由に言葉を綴れる、たとえそれが何のお金にならなくても、それでも後者の方が断然心の満足度が高い。
社会的なものも、お金も、物も、パートナーも、そうしたものから欲しいものは手に入らないとわかって、私は途方に暮れた。
パートナーは、パートナーそのものがいないから、その先は考えられなかった。
だからパートナーで自分を満たすなんてのは、条件が揃わない限り自分が満たされないことになってしまうから、早くからそこは切り捨てた。
(これは今後誰かと付き合うならすごく役立つと思う。
○○してくれたら私は満たされる、なんていうのを相手に求めることはそんなにしないと思う。)
それ以外にも、外側をどれだけ満たしたところで私のそのよくわかっていなかった中の渇望感は消えないってわかった。
そうなってくると、私は自分の満たし方もわからず、そもそも何かを成し遂げたいなんていう気持ちもなく、自分がどうしたらいいのかわからなくなってしまった。
ちなみにその1、2年後、今度は「楽しむ」ことを人生の軸にしたらいいと思った出来事があった。
それは今でも1つの大切な指針にはしてるけれど、どこか私の中で無理があるというか、何か肝心なものが抜けてるというか。
楽しむはいい。
だけど、楽しむだけでは人生の足元の部分が落ち着かないというか。
根底がしっかりしてないのに、楽しむだけではどこか空しさというか終わるとポカンと穴が空いてしまう感じで、楽しむだけでもダメなんだと感じてた。
だから何年も何年もグルグルと回った。
それがここに来て、「心の拠り所」というキーワードが出てきて、かなり見え方が変わった。
ちなみに最近のマイブームは、氷がグラスに当たってカラカラ音を鳴らす、その音に癒されてる。
私という人は、そういうことで十分に幸せを感じるぐらいの力があるわけで、何も世間で崇められるような凄いものは求めていない。
なのにこの満たされない感は何だろう?となった時に、ようやくわかった。
心の拠り所がグラグラしてたということ。
私は2歳の姪っ子を見ていて思うことがある。
自分はこんな風に周りみんなから愛されていたのかな?と。
(↑ひがみじゃなくて、単純に疑問)
姪っ子は、両家の初孫でさらに唯一の孫・唯一の姪っ子だから、両家共々からものすごく愛されてる。
アイドルなんてものじゃない。
滅多に会わない義弟のお兄さんとその奥さんからもめちゃくちゃ可愛がってもらってる。
そして、何かあってもとにかくありのままで愛されてるのがよくわかる。
特に父と母である義弟と妹から、もうこれ以上ないぐらいに愛されてるのがわかる。
私ももちろんここまで成長したわけで、両親からはよくしてもらったし、家庭的にも恵まれてると思う。
ただ、私は我が一族の最大の弱点を知っている。
何か問題があると、それを特別視して周りからは隠そうとし、解決のみを図ろうとすること、そして当事者の気持ちには寄り添おうとしないこと。
そういう悪いことがあってはいけないではないけれど、そこをもみ消すようなそういう流れを代々続けているような感じだった。
だから問題がない時は何ともないけれど、例えば何か問題が起こった時に私は確実に家族の中での居場所がなくなる感じは半端なかった。
加えて、うちの両親はある意味孤立無援だった。
自分たちで全部何とかしなければいけなくて、ちょっとしたことでも頼れる人たちがいなかった。
だから、やたらと自立を促す子育てになったのは仕方のないことだったと思うし、何かあっても「がんばれ」と言う両親だった。
為せば成るの考え方が強かったし、時代背景的にもその流れが強かった。
さらにこれは私の予想だけれど、父方も母方もそんな風だから、多分両親共に誰かに寄り添ってもらった体験が著しくないまま今に至ったと思う。
だから、寄り添わないんじゃなくて、寄り添い方を知らないんだと今は思う。
寄り添ってもらったことがないだけじゃなく、若い頃大変な時にさらに四面楚歌みたいな状況を経験したら、仕方ないなと思う。
寄り添われたことがないから、自分たちも寄り添えない、そんな気がしてならない。
そんなところに、私という子どもがいる。
「普通」「人並み」が良いとされる時代に、私は本気の落ちこぼれだった。
落ちこぼれるぐらいなら良かったけれど、そこにいじめの標的も重なった。
今いじめなんかで第三者委員会とかが立てられたりするけれど、私のいじめはまさにそれぐらいのレベルのものだった。
だけど、大人になっても記憶に鮮明に残るぐらいの体験なのに、私は両親にも先生にも誰にも一度も相談しなかった。
そんな恥ずかしいことは誰にも言えないと思ったのと、3人の子育てで手一杯の母親の精神的余裕のなさは肌で感じ取っていたから、特に母親には言えなかった。
そこに加えて、母親は私からして全く読めない人だった。
今もそうだけれど、うちの母親は人はすごく良いけれど、どこに感情のスイッチがあるのか全く読めない人で、「えっ⁉︎ここ⁉︎」みたいなところで急に怒ったり不機嫌になったりする。
今は大人になったから良いものの、子どもの頃はその母親のスイッチのありかがわからないだけじゃなく急に怒り出すことも怖くて、何も言えなかった。
そんな読めない大人たちだったから、私は自分のことを話したらどうなるのかなんて想像するだけで怖すぎて発言するなんてできなかった。
だから気持ちに寄り添ってもらうとかもなく、自分の中ではパンクしててもそれは自分1人で抱えるしかないと思い込んでいた。
両親2人の子供時代も、子どもが子どもでいられない過酷な状況下にあったから、私はそれに対して今は理解できる。
でも子どもの私にはわからなかった。
気付けば私の周りの世界は、どこも心が安らげない、そういう風に目に映った。
さらに言うと、私は先生にも恵まれなかった。
担任の先生は、なんと現実とは違う事実をねつ造して、私はクラス全体の前で糾弾された。
自分が悪いならまだしも、自分はやることをやっていたのに、先生の中ではやっていないことになっていて(いないことにさえなっていた!)、さらにはみんなの前で怒られる。
子どもには全く理解のできない状況だった。
(救いだったのは、クラスの女の子が「史子ちゃんそんなことなかったのに、先生まちがってるね」と言ってくれたことだった。)
今なら普通にそれ違いますよと訂正できるし、私は自分が保護者なら、学校に本気の抗議の電話を入れる出来事だった。
他にも色々と理解できないことたちが先生を通して起こっていたから、私の中で理解できない大人、信用できない大人でしかなかった。
しかもうちの家族は見た目には何ら問題がない。
明らかに暴力とか虐待とか浮気とか何でもいいけれど、そういうのがないし、色々させてもらえたし、自由は自由だった。
だから私は、自分がおかしくて自分の考え方が狭くて単に歪んでるのかと思ってた。
自分が間違えていて、ダメだとされる自分を直したり何か自分が正しいことをしたり頑張ることをしたらいいのかと勘違いをした。
だから、自己否定と自分を隠すことと、そうしたことを日常的に繰り返しながら大人になった。
これは大人になってから観察してわかったことだけれど、うちの家族は大変な状況の時ほど解決には尽力するけれど、その時の気持ちには基本誰も寄り添わない。
だから妹たちが何かあると私に連絡してくるのはわかる。
私は反対に解決はしない。
するのはただ話を聞くだけ。
外側の解決なんてのは私は解決じゃないと思っている。
とりあえず事無きを得ても、根本が何か満たされないままだと結局同じことを繰り返す。
これは私が勝手に思っていることだけれど、多分色んな人たちが私に何かを話してくるその理由は、私なら話をそのまま聞いてくれると感じるからじゃないかと思ってる(←自画自賛もはなはだしい)。
自分でもわかるけれど、私は話を聞くことになったら、とりあえずそのことだけに徹する。
そして「正しさ」を振りかざさないようには気をつける。
私がそれをされて散々嫌な思いをしているから、だからそれはしないように心掛けてる。
やっと決心して話したのに、そこで正しさを持ってこられて、聞き手の価値観で何かを言われたら、本気でへこむ。
だから聞く時は、自分の価値観もとりあえず脇によかす。
意見を求められたら何か言うけれど、そしてそれがあまりにも理不尽で相手の体や心に危険のあるものならそれは口をはさむけれど、そうでもなかったら言わない。
パワハラやモラハラ、セクハラ、DVの類いの話の時は言う。
じゃないとその人の命が危ないから。
あと、自分で自分を傷付けるような考え方をしてるとわかった時は、それも言葉を選びながら言う。
でもそうでなければ、基本は黙って話を聞く。
話がだいぶ飛んだけれど、とにかくこの心の拠り所のなさは子どもの頃から延々と続いていて、大人になってからだいぶ緩和はされたものの、それでもやっぱりまだ根っこにはある。
でも今やっとその辺りが見えてきたから、これからはそこを大切に自分のことを守っていけると思う。
まずは心の拠り所を作ること。
それは人がいなくてもできる。
人を混ぜるとややこしくなるから、とりあえず自分で自分を守る、その土台を作る。
ちなみに「傷付く」ということに関して、私なりに編み出した自分を楽にする方法を紹介したい。
相変わらず色んなことに敏感に反応してしまう私だけれど、最近は「傷付いた」と思うことは少なくなった。
それはそうしたことがなくなったということじゃない。
だけど、自分なりに対処する方法を見つけた。
基本、自分が言われたくないことを言われたら傷付く。
もしくはされたくないことをされても傷付く。
だけど、その後落ち着いてから私はもうワンステップ違うことをしている。
言われたこと、されたことはそのまま。
だけど、言われたこと・されたことによって「傷付いた」と選択してるのは自分だから、それは選択を変えられる。
言われて「嫌だった」とか、されて「悲しかった」とか、「ムカついた」とか、そういう風に変える。
別に言われたから「傷付く」必要はない。
相手もそもそもその気がないことの方が多いと思う。
相手は傷付ける気もなかったのに、私の方が1人で勝手に傷付いてる。
それはなんだかおかしいなと思った。
別に自ら傷付かなくてもいいんじゃないかな?と。
だから、言われたりされたりして嫌だったことは、単に「嫌だった」とか「ムカついた」とか「辛かった」とか、とにかく適当な言葉に置き換えている。
そうすると不思議なもので、自分だけの感情にしておくことができるし、傷付いたと思わなくて良くなる。
やたらと反応してしまうのはもはや条件反射みたいなもので変えられない。
だけど、その後の意味付けを私は変えている。
一応、心理系の権威のある人たちも立証してる手法だから、私の独りよがりなものじゃなくて、理論もある。
ちなみに心理学用語で言うと「被害者意識を手放す」ということに該当する。
最後にもう1つ。
これを書きながら気付いた。
よく言われる「今あるものに目を向けて感謝をする」というもの。
そして欠けてるものに注目すればするほど満たされなくなるというもの。
あれは半分正解で、でもそれもちょっと違うとわかった。
欠けてるものというか満たされていないものが何かを知るのは大切だと感じる。
だって、私みたいに心の拠り所がグラグラしてるのに、そこを無視して楽しさでも今あるものでも目を向けたところで解決にはならなかった。
人や状況にもよるけれど、必ずしも欠けてたり満たされてない部分を見ないというのは違うと思う。
私みたいに、それが人生で何よりも欲しいものであるなら尚更だと思う。
満たされていない、欠けてていいんだとわかる。
なぜなら、もう無理して満たされてるフリもしなくていいし、満たされてないのに他の何かは満たされてるから私はそれでいい!なんて自分に嘘はつけない。
むしろ、満たされてないものをこれから満たすことはできる。
大事なのは、自分で作っていくことだと思う、私の場合は。
親がもしくは人が私に寄り添ってくれるんじゃないかなんて期待してたら、そんなのいつまで経っても満たされない。
親は親のスタイルのままでいいし、私は私でそことは違う価値観で生きているからその価値観を大切にする。
そして私の場合、物や人に左右されて満たされる満たされないが変わるものではないから、自分のペースでゆっくり自分を満たすことができる。
それでいいんだなぁとやっとここに来た。
「心の拠り所」良い言葉だなぁと感じる。
料理本・絵・王国・書くこと
図書館であと少しで読み終わるよしもとばななさんの本をゆったりとしたソファーに座って読んでいた時のこと。
60〜70歳ぐらいの女性が何冊か料理の本を手にして、私の数メートル先の同じ形のソファーに座った。
その人が料理のレシピ本を見る本当の理由は知らない。
だけど、多分、家族に美味しいものを食べさせようという気持ちが底辺にある、そんな風に見えた。
もう何十年と主婦してます、料理してます、という雰囲気が漂っている。
気になったレシピは隅々まで読み込んでいる。
読むだけで頭に入る=普段から料理している人だ。
私はその女性を見ただけで涙が出てしまった。
毒出しはまだまだらしく、昨日(8日)の夜からまた一気にドンと落ちた。
手元にあった占星術の本にあった。
・どうすれば、もっと自分の気持ちに正直になれるのか?
・もはや適切ではないような感情のパターンを追っているのではないか?
・どうすれば、これらを解き放ち、自分をいつくしみ育てるよりよい方法を見つけることができるのか?
(『占星術バイブル』 ジュディ・ホール)
コミュニケーションでも、人間関係でも、責任でも、自己主張でも、自己表現でもなく、今の私はひたすら感情らしい。
上の質問は、蝕が起こる時にどの天体に重なるかで変わる質問みたいなもので、私の場合は今回「月」。
11日新月までこんななのかと思うとゾッとするけれど、もう仕方ない。
自分の中の何とかしたい悪しきパターンを前に、もがいてもがいてもがきまくってる。
と言うよりも、もはや何もしたくなく(けど、これは書ける!)、呆然と時間を過ごした。
私は今のこの時間が何なんだろう?と思ってる。
記憶がかなり曖昧だけど、名古屋にいた頃、ものすごく面白いことをしている絵を描く私より少し?多分離れていても一回りぐらい年上の男性がいた。
官製はがきのサイズの個展のお知らせは、畳2畳分ぐらいの掲示板の中ではとてつもなく小さかった。
だけど、私はある夜の日、23時は回っていたと思う、名古屋ドームのすぐ横にあったその掲示板に釘付けになった。
一度は通り過ぎた。
しかも食料品の買い物もしたから、両の手は重たかった。
なのに、私はスーパーの袋ごと数歩戻って、その妙に存在感のあるはがきサイズの案内を見た。
理由は知らない。
見てすぐにその個展に行きたくなった。
私は後日、その人が出ているという日に、電車を乗り継いであるカフェに行った。
その人は今目の前で私の願いや話を聞いて、そこから得たイメージをそのままはがきに絵を描いてくれた。
1枚千円だったと思う。
その人はそれを全額東日本大震災の寄付金にすると言っていた。
で、その時に多分20分前後やり取りしただけの時に、こんな話をしてくれた。
「僕はこうして目の前の人たちからその人の人生のある1ページを聞かせてもらう。1人の人生には膨大な数のページの脚本がある。その中のたった1つのページを僕にシェアしてくれる。その瞬間が僕にはとても特別なものなんだ」
そんな風に言っていた。
その絵はその後の別の個展で使われた後、白黒の船の切手が貼られて私の手元に戻ってきた。
今もその絵を私は自分の部屋に飾っている。
(以下引用)
・いろんな価値観の人がいるからなあ。それはいいんだよ、戦うことはない。自分の世界を怖そうとしないかぎりは。でも、今回はちょっと壊れそうだったんだろう?そうしたら、ゆずれないことがなんだかわかってきただろう?
・人生は短いから、自分のいやすい場所を見つけたらそこをひたすら清めていくほうがいい。
・なんでなにかを決めなくちゃいけないと思っていたんだろう。風も波頭も気持ちも遠くの緑のざわめきも港に見える船も全部がバランスよくそれぞれに動いているその世界の中で…(中略)何も欠けたものなんかないのに、自分だけ狭い気分になって深刻ぶることさえも、許されているのだと。
(『王国④ アナザー・ワールド』よしもとばなな)
返す直前に読んで、心に残った部分。
今みたいな状況は「待つ、動きたくなるまで待つ」と今朝見たネットの文章にあった。
話は少し変わるけれど、こんな時でも文章はつらつらと書けるんだと感動した。
私にとって書くことは、好きだから書くとかそういうレベルとは違う。
書くことに関しては、それが好きかどうかは考えたことない。
だけど少なくとも20代の前半には生活の中にあったし、30代は自分を助けるために書いてるようなところがある。
しかも書く時の手段は何でもいい。
当初このスマホのメモに打ち込むことも苦手だったけれど、今は慣れた。
書くことに関してだけは慣れるんだなと思った。
だけど、慣れないものもあって、予め書き方が決まっているものは書けない。
一時期ネットライターを人から紹介されて登録したことがあった。
それがもう驚くぐらいに難しかった。
まず、スタイルが決まっている。
内容も自由度が低い。
そして、ビジネスらしく、ある程度読者のニーズに応えるような内容でないといけなくて、これがまた極端に規制がかかる。
どこぞのサイトは、私は体験談は持っているけれど、その型にはまった書き方はできないから辞退しますと連絡をしたら、手のひらを返して「貴方のスタイルで自由に書いてください」と来た。
私の中で、何か大切なものがズレてるとわかって、それっきりにした。
私の体験談は、経験者が少ないものだったから、普通なら知識よりもその体験談の方がリアルに役立つ。
私も調べたから知っていたけれど、その体験談を書いて発信してるなんて人は本当に少なかった。
だけど、変な規制だらけで、書けない。
何でこんなに枠だらけなんだろうと思った。
だからそうしたものたちからは早々と撤収した。
代わりに、決まりも何もないこのブログみたいなのは、ダラダラと書いていられる。
普段のメモノートもだけど、あれも決まりがないから書きやすい。
今手帳の使い方からメモの取り方から、本当に様々な本が書店に並んでいる。
そして、ノートや手帳もそれに合わせてたくさん種類がある。
だけどすごい窮屈な感じをそうしたものを見た時に感じる。
実際に買っている人を見たことがないけれど、商品としてあるということは需要があると仮定できる。
私にとって書くことは、子どもが好きな遊びをエンドレスでずっとやるのと似ている。
2歳の姪っ子のアイスクリーム屋さんごっこみたいな(本人にしかわからない謎のルールがたくさんあって、その謎のルール通りに遊ぶのが大好き)。
だから、多分他の人からしたら何がそんなに楽しいのかわからないと思う。
この書く行為、書くというよりも一種の自己表現活動、私はその型もホロスコープに刻まれている。
で、私の場合、それが長い時間をかけてようやく「これが自分のそうした本質に基づいてる」と気付くのが中年期以降とある。
この続きにピッタリな話が今ほど出てきたけれど、長くなりそうだからここで一旦終了。
60〜70歳ぐらいの女性が何冊か料理の本を手にして、私の数メートル先の同じ形のソファーに座った。
その人が料理のレシピ本を見る本当の理由は知らない。
だけど、多分、家族に美味しいものを食べさせようという気持ちが底辺にある、そんな風に見えた。
もう何十年と主婦してます、料理してます、という雰囲気が漂っている。
気になったレシピは隅々まで読み込んでいる。
読むだけで頭に入る=普段から料理している人だ。
私はその女性を見ただけで涙が出てしまった。
毒出しはまだまだらしく、昨日(8日)の夜からまた一気にドンと落ちた。
手元にあった占星術の本にあった。
・どうすれば、もっと自分の気持ちに正直になれるのか?
・もはや適切ではないような感情のパターンを追っているのではないか?
・どうすれば、これらを解き放ち、自分をいつくしみ育てるよりよい方法を見つけることができるのか?
(『占星術バイブル』 ジュディ・ホール)
コミュニケーションでも、人間関係でも、責任でも、自己主張でも、自己表現でもなく、今の私はひたすら感情らしい。
上の質問は、蝕が起こる時にどの天体に重なるかで変わる質問みたいなもので、私の場合は今回「月」。
11日新月までこんななのかと思うとゾッとするけれど、もう仕方ない。
自分の中の何とかしたい悪しきパターンを前に、もがいてもがいてもがきまくってる。
と言うよりも、もはや何もしたくなく(けど、これは書ける!)、呆然と時間を過ごした。
私は今のこの時間が何なんだろう?と思ってる。
記憶がかなり曖昧だけど、名古屋にいた頃、ものすごく面白いことをしている絵を描く私より少し?多分離れていても一回りぐらい年上の男性がいた。
官製はがきのサイズの個展のお知らせは、畳2畳分ぐらいの掲示板の中ではとてつもなく小さかった。
だけど、私はある夜の日、23時は回っていたと思う、名古屋ドームのすぐ横にあったその掲示板に釘付けになった。
一度は通り過ぎた。
しかも食料品の買い物もしたから、両の手は重たかった。
なのに、私はスーパーの袋ごと数歩戻って、その妙に存在感のあるはがきサイズの案内を見た。
理由は知らない。
見てすぐにその個展に行きたくなった。
私は後日、その人が出ているという日に、電車を乗り継いであるカフェに行った。
その人は今目の前で私の願いや話を聞いて、そこから得たイメージをそのままはがきに絵を描いてくれた。
1枚千円だったと思う。
その人はそれを全額東日本大震災の寄付金にすると言っていた。
で、その時に多分20分前後やり取りしただけの時に、こんな話をしてくれた。
「僕はこうして目の前の人たちからその人の人生のある1ページを聞かせてもらう。1人の人生には膨大な数のページの脚本がある。その中のたった1つのページを僕にシェアしてくれる。その瞬間が僕にはとても特別なものなんだ」
そんな風に言っていた。
その絵はその後の別の個展で使われた後、白黒の船の切手が貼られて私の手元に戻ってきた。
今もその絵を私は自分の部屋に飾っている。
(以下引用)
・いろんな価値観の人がいるからなあ。それはいいんだよ、戦うことはない。自分の世界を怖そうとしないかぎりは。でも、今回はちょっと壊れそうだったんだろう?そうしたら、ゆずれないことがなんだかわかってきただろう?
・人生は短いから、自分のいやすい場所を見つけたらそこをひたすら清めていくほうがいい。
・なんでなにかを決めなくちゃいけないと思っていたんだろう。風も波頭も気持ちも遠くの緑のざわめきも港に見える船も全部がバランスよくそれぞれに動いているその世界の中で…(中略)何も欠けたものなんかないのに、自分だけ狭い気分になって深刻ぶることさえも、許されているのだと。
(『王国④ アナザー・ワールド』よしもとばなな)
返す直前に読んで、心に残った部分。
今みたいな状況は「待つ、動きたくなるまで待つ」と今朝見たネットの文章にあった。
話は少し変わるけれど、こんな時でも文章はつらつらと書けるんだと感動した。
私にとって書くことは、好きだから書くとかそういうレベルとは違う。
書くことに関しては、それが好きかどうかは考えたことない。
だけど少なくとも20代の前半には生活の中にあったし、30代は自分を助けるために書いてるようなところがある。
しかも書く時の手段は何でもいい。
当初このスマホのメモに打ち込むことも苦手だったけれど、今は慣れた。
書くことに関してだけは慣れるんだなと思った。
だけど、慣れないものもあって、予め書き方が決まっているものは書けない。
一時期ネットライターを人から紹介されて登録したことがあった。
それがもう驚くぐらいに難しかった。
まず、スタイルが決まっている。
内容も自由度が低い。
そして、ビジネスらしく、ある程度読者のニーズに応えるような内容でないといけなくて、これがまた極端に規制がかかる。
どこぞのサイトは、私は体験談は持っているけれど、その型にはまった書き方はできないから辞退しますと連絡をしたら、手のひらを返して「貴方のスタイルで自由に書いてください」と来た。
私の中で、何か大切なものがズレてるとわかって、それっきりにした。
私の体験談は、経験者が少ないものだったから、普通なら知識よりもその体験談の方がリアルに役立つ。
私も調べたから知っていたけれど、その体験談を書いて発信してるなんて人は本当に少なかった。
だけど、変な規制だらけで、書けない。
何でこんなに枠だらけなんだろうと思った。
だからそうしたものたちからは早々と撤収した。
代わりに、決まりも何もないこのブログみたいなのは、ダラダラと書いていられる。
普段のメモノートもだけど、あれも決まりがないから書きやすい。
今手帳の使い方からメモの取り方から、本当に様々な本が書店に並んでいる。
そして、ノートや手帳もそれに合わせてたくさん種類がある。
だけどすごい窮屈な感じをそうしたものを見た時に感じる。
実際に買っている人を見たことがないけれど、商品としてあるということは需要があると仮定できる。
私にとって書くことは、子どもが好きな遊びをエンドレスでずっとやるのと似ている。
2歳の姪っ子のアイスクリーム屋さんごっこみたいな(本人にしかわからない謎のルールがたくさんあって、その謎のルール通りに遊ぶのが大好き)。
だから、多分他の人からしたら何がそんなに楽しいのかわからないと思う。
この書く行為、書くというよりも一種の自己表現活動、私はその型もホロスコープに刻まれている。
で、私の場合、それが長い時間をかけてようやく「これが自分のそうした本質に基づいてる」と気付くのが中年期以降とある。
この続きにピッタリな話が今ほど出てきたけれど、長くなりそうだからここで一旦終了。
2018年8月8日水曜日
毒出し効果
毒出し効果が来たーーーーー‼︎
今朝いくつかヒラメキが来て、そのヒラメキ具合に1人で心が頂点に登りそうなぐらい、やったぜー‼︎という感じだった。
忘れると悪いから、洗濯物放り投げて、速攻ノートにダダダッとメモした。
毒出しをしたおかげで、ちょっと心の中がクリアになって、「自分が本気で望んでいるもの」が見えてきた。
これからまたもっと詰めていくけれど、私が欲しいのは一言で言うと、心の安らぎと心からの繋がりだった。
言うのは簡単だけれど、実際は難しい。
「心が安らぐ」というのが私の場合は子どもの頃から脅かされていて、それが結局ズルズルと尾を引いてここまで来てしまった。
ある程度は心が安らぐようなこともたくさん覚えたし、実際にそれで何とかここまで来たわけだから安らぎが全くなかったとは言わないけれど、とにかく根底がグラグラしている。
人には贅沢だとか恵まれてるのに何で?とか言われたりもするけれど、これは私にしかわからない不安定感。
昨日の夜から、これまで一度も注目してこなかったホロスコープの一面を眺めてた。
本来は安心感を表す場所で、さらに私はそこに幸運の星とされる木星まであって、とても恵まれてるはずなのに、どうも違う。
(余談だけど、木星=幸運の星ではない。繁栄とか拡大を意味するから、よく雑誌とかの占いで幸運とされるけれど、実際はそればかりとも限らないとのこと)
実際に葛藤する配置が強く影響してるから、ある意味シナリオ通りな人生になってはいたわけだけれど、それにしてもこの不安定感は何?と思った。
そこで色々と情報を辿るうちに、行き着いた。
私は自分がそのままでいると、どうもよろしくない空気が生まれたり、話も聞いてもらえず一方的に決めつけられたり。
そうなると、自分の気持ちを押し殺すようになって、とりあえず立ち向かうのではなく、事無きを得るようにしてた。
せめて自分だけでも自分の心の声を聞いてあげたら良かったけれど、そんな余力はないまま大人になった。
大人になってからも、そうしたことはゼロにはならなかった。
そうした数々の経験を経て、私の中では知らないうちにこの不安定感が常駐していた。
そりゃおかしくなると思った。
自分のままでいると周りからは違う反応が返ってくる。
自分のままでいてはいけない、そんなこと誰も言っていないけれど、そういう空気感を私はよく感じてた。
かと言って周りを気にして自分を何とかしようとすると、今度は自分がへばる。
今はだいぶ「今の私と仲良くしてもいいと思う人だけ私と仲良くしてください!」のスタンスでいられるようにはなったけれど、それでもクセは残っているから、そしてそこをずい分とそのままにしてたから、今頃になって「あれ?」ってことになった。
私という人は、基本的に世間一般で価値のあるとされるものに興味がない。
物欲もそんなにはないし、出世欲もないし、社会的地位とかもさっぱり。
結婚や子育てなんてのも、もしそんなことを私が人生で体験できたら最高だけれど、そればかりは1人ではどうにもならない。
だから、どんなに外側のものが満たされてても私はちっとも満たされなくて、これは何だろう?と思った。
(読み返したら説明が足りないことがわかった。外側が満たされるほどの社会的地位とかは得ていない 苦笑。でも直す元気がないからこのまま上げてしまう)
私が欲しいのは心の安らぎで、そして人と繋がるのに心と心で繋がっていたい、ただそれだけのことだった。
それらの満たし方は色々ある。
そこをこれから見て色々策を練ってやってみようと思ってる。
ちなみに簡単に書いているけれど、ここに来るまでの毒出しは超強烈だった。
過去の嫌な思い出や傷付いた一言とか、まぁありとあらゆる傷を引っ張り出して見たから、そしてダメな自分を際限なく出してその自分へのさらなる駄目出し。
要はそれらを1つずつ取り出して、じゃあ私は本当はどうして欲しかったの?、何が欲しかったの?、そういうのを見る。
まだまだ書きたいことは色々あるけれど、猛烈に眠い。
ちなみに今日一番感動したのは、重軽の石がある神社でクリップを見つけたこと。
事はこうだった。
足首にベルトがくるタイプのサンダルを履いていた。
なんとベルトのボタンが神社に移動する直前に外れて、「えっ⁉︎」ってなった。
車運転するだけなら問題なかったけれど、それじゃあ歩けない。
そのベルトとサンダル本体を繋ぐためにクリップとかが欲しくなった。
どうしてもクリップが欲しい、それも今すぐ欲しい!となれど、持ち合わせはなく。
家に帰れば確実にあるのに、たかが30分程度の歩行のためにクリップを買うのは嫌だった。
接着剤も家にある。
買えば早いのはわかったけれど、自分の中でそこまでしたくなかった。
1人車の中で、何か良いものはないかと探した。
最終的に、私はペンジュラムの紐をハサミで切って(ハサミは筆入れにいつも入ってる)、それでベルトの応急処置をした。
そうしたら重軽の石の神社に入ってしばらくすると、なんと境内に続く途中の石畳の上にクリップが落ちてた!
もう用事は済んだからその時はいらなかったけれど、それでも自分が「欲しい!」と思ったものが、そういう思わぬ形ですぐに現実に現れたのは感動した。
これこそ引き寄せの法則じゃん!と思った 笑。
ちなみに家に帰ってきてから、ベルトを直した時のこと。
指の腹に瞬間接着剤が付いた。
皮膚も一瞬で硬くなってものすごい焦った。
説明書いわく、無理に剥がさずぬるま湯で剥がすように書いてあった。
ぬるま湯でもすぐには剥がれずあきらめて、お風呂に託すことにした。
お風呂に入ったら8割は取れた。
まだ残っているけれど、多分明日には全部取れそう。
クリップも瞬間接着剤もどちらもアホアホなエピソードだけど、そのアホアホなエピソードも私のある1日で、そういうのを愛せる自分でいたいと思った。
今朝いくつかヒラメキが来て、そのヒラメキ具合に1人で心が頂点に登りそうなぐらい、やったぜー‼︎という感じだった。
忘れると悪いから、洗濯物放り投げて、速攻ノートにダダダッとメモした。
毒出しをしたおかげで、ちょっと心の中がクリアになって、「自分が本気で望んでいるもの」が見えてきた。
これからまたもっと詰めていくけれど、私が欲しいのは一言で言うと、心の安らぎと心からの繋がりだった。
言うのは簡単だけれど、実際は難しい。
「心が安らぐ」というのが私の場合は子どもの頃から脅かされていて、それが結局ズルズルと尾を引いてここまで来てしまった。
ある程度は心が安らぐようなこともたくさん覚えたし、実際にそれで何とかここまで来たわけだから安らぎが全くなかったとは言わないけれど、とにかく根底がグラグラしている。
人には贅沢だとか恵まれてるのに何で?とか言われたりもするけれど、これは私にしかわからない不安定感。
昨日の夜から、これまで一度も注目してこなかったホロスコープの一面を眺めてた。
本来は安心感を表す場所で、さらに私はそこに幸運の星とされる木星まであって、とても恵まれてるはずなのに、どうも違う。
(余談だけど、木星=幸運の星ではない。繁栄とか拡大を意味するから、よく雑誌とかの占いで幸運とされるけれど、実際はそればかりとも限らないとのこと)
実際に葛藤する配置が強く影響してるから、ある意味シナリオ通りな人生になってはいたわけだけれど、それにしてもこの不安定感は何?と思った。
そこで色々と情報を辿るうちに、行き着いた。
私は自分がそのままでいると、どうもよろしくない空気が生まれたり、話も聞いてもらえず一方的に決めつけられたり。
そうなると、自分の気持ちを押し殺すようになって、とりあえず立ち向かうのではなく、事無きを得るようにしてた。
せめて自分だけでも自分の心の声を聞いてあげたら良かったけれど、そんな余力はないまま大人になった。
大人になってからも、そうしたことはゼロにはならなかった。
そうした数々の経験を経て、私の中では知らないうちにこの不安定感が常駐していた。
そりゃおかしくなると思った。
自分のままでいると周りからは違う反応が返ってくる。
自分のままでいてはいけない、そんなこと誰も言っていないけれど、そういう空気感を私はよく感じてた。
かと言って周りを気にして自分を何とかしようとすると、今度は自分がへばる。
今はだいぶ「今の私と仲良くしてもいいと思う人だけ私と仲良くしてください!」のスタンスでいられるようにはなったけれど、それでもクセは残っているから、そしてそこをずい分とそのままにしてたから、今頃になって「あれ?」ってことになった。
私という人は、基本的に世間一般で価値のあるとされるものに興味がない。
物欲もそんなにはないし、出世欲もないし、社会的地位とかもさっぱり。
結婚や子育てなんてのも、もしそんなことを私が人生で体験できたら最高だけれど、そればかりは1人ではどうにもならない。
だから、どんなに外側のものが満たされてても私はちっとも満たされなくて、これは何だろう?と思った。
(読み返したら説明が足りないことがわかった。外側が満たされるほどの社会的地位とかは得ていない 苦笑。でも直す元気がないからこのまま上げてしまう)
私が欲しいのは心の安らぎで、そして人と繋がるのに心と心で繋がっていたい、ただそれだけのことだった。
それらの満たし方は色々ある。
そこをこれから見て色々策を練ってやってみようと思ってる。
ちなみに簡単に書いているけれど、ここに来るまでの毒出しは超強烈だった。
過去の嫌な思い出や傷付いた一言とか、まぁありとあらゆる傷を引っ張り出して見たから、そしてダメな自分を際限なく出してその自分へのさらなる駄目出し。
要はそれらを1つずつ取り出して、じゃあ私は本当はどうして欲しかったの?、何が欲しかったの?、そういうのを見る。
まだまだ書きたいことは色々あるけれど、猛烈に眠い。
ちなみに今日一番感動したのは、重軽の石がある神社でクリップを見つけたこと。
事はこうだった。
足首にベルトがくるタイプのサンダルを履いていた。
なんとベルトのボタンが神社に移動する直前に外れて、「えっ⁉︎」ってなった。
車運転するだけなら問題なかったけれど、それじゃあ歩けない。
そのベルトとサンダル本体を繋ぐためにクリップとかが欲しくなった。
どうしてもクリップが欲しい、それも今すぐ欲しい!となれど、持ち合わせはなく。
家に帰れば確実にあるのに、たかが30分程度の歩行のためにクリップを買うのは嫌だった。
接着剤も家にある。
買えば早いのはわかったけれど、自分の中でそこまでしたくなかった。
1人車の中で、何か良いものはないかと探した。
最終的に、私はペンジュラムの紐をハサミで切って(ハサミは筆入れにいつも入ってる)、それでベルトの応急処置をした。
そうしたら重軽の石の神社に入ってしばらくすると、なんと境内に続く途中の石畳の上にクリップが落ちてた!
もう用事は済んだからその時はいらなかったけれど、それでも自分が「欲しい!」と思ったものが、そういう思わぬ形ですぐに現実に現れたのは感動した。
これこそ引き寄せの法則じゃん!と思った 笑。
ちなみに家に帰ってきてから、ベルトを直した時のこと。
指の腹に瞬間接着剤が付いた。
皮膚も一瞬で硬くなってものすごい焦った。
説明書いわく、無理に剥がさずぬるま湯で剥がすように書いてあった。
ぬるま湯でもすぐには剥がれずあきらめて、お風呂に託すことにした。
お風呂に入ったら8割は取れた。
まだ残っているけれど、多分明日には全部取れそう。
クリップも瞬間接着剤もどちらもアホアホなエピソードだけど、そのアホアホなエピソードも私のある1日で、そういうのを愛せる自分でいたいと思った。
0か100、そして毒出し続行中
働き方が0か100の自分について、このことを言うんじゃ⁉︎と思い当たったエピソード。
仕事が終わる今年の3月のこと。
先々は何も決めていなかったけれど、有休は今使わないと使えないと思った私は、何日か休みをもらって、土日祝日合わせて、後半に6連休を取って妹家族が住んでいる金沢に行った。
行く前はテンション上げ上げだったけれど、現実は2歳の姪っ子の風邪をまんまともらい、激ダルな時間を過ごした。
しかも春分の日からの話で、風邪はきっかけに過ぎず、多分ここ数年毎年恒例の春分の大浄化も掛け合わせての体調不良だったと思う。
妹も具合悪くて、2人で交代しながら姪っ子の担当をしてた(エンドレスアイスクリーム屋ごっこの刑)。
月曜の夕方、高速バスで金沢を出て、3時間かその位で新潟に到着、家に着いて次の日からは普通に出勤。
火曜日。
仕事終わってから、なんと職場からゆうに30キロは離れてるオルゴナイトの店に行って、予約していたオルゴナイトを何個か購入。
そこからまた30キロ以上ある道を運転して帰宅。
だから仕事が終わってからなんと60キロ以上も運転して、普通に1日を終える。
しかも遠出した翌日に。
次の水曜と木曜は、多少残業もしたかもしれない。
それは覚えていないけれど、私はその2日かけて、12人分のお礼の手紙と、そのうちの1人の一番お世話になったSさんにオルゴナイトをプレゼントするにあたりその説明書きも書いて、だから合計13通の手紙を書いた。
記録によると、木曜の夜は睡眠が4時間弱だったらしい。
そして、木曜の仕事終わりに最後に配るお菓子を買いに行ったらなんと店が閉まっていて、仕方なく翌朝、朝早くから開いてる私の中のパワースポット的な洋菓子屋に出勤前に行った。
(世界に1台しかないこの店の車を見ると、いつも何かとシンクロする、そんなすごいパワーのある美味しい洋菓子屋さん)
職場は家から普通に30分かかる。
だから出発をさらにいつもより早めた。
そう、色々切羽詰まってやること満載、むしろ自らやることを増やしていても、私の場合はやれてしまう。
体調不良でも、体に負担のかかるプラスα的なことも、自分さえ納得していたら平気でやってしまう。
むしろ今しかできないとわかるものは、全力でそちらを優先する。
後日Sさんに会った時、手紙の中の1人の人の分は、何を書いたのかを聞かれた。
Sさんと常々文句を言っていた人だったし、私は一度本気でブチ切れて「私辞めるし私がそれ言います!」と言って、Sさんともう1人の事務員さんに全力で止められたぐらい、ちょっと難ありの人だった。
悪い人じゃないけれど、仕事の仕方がズレてるから、それが私や他の人たちの苛立ちを誘発する人だった。
ちなみに私は頭をひねりにひねって、その人が入ってきたことで組織がどう良い方に変化したのかを書いた。
Sさんにそれは素晴らしいアイデアだととても褒められた。
(とても文句をつらつらと言ってたとは思えないぐらいに良いことを書いた。)
1人すごくぶっきらぼうで絡みゼロの人もいたけれど、私はその人の方が断然書きやすかったし、書くエピソードまであった。
ちなみにその人とは挨拶だけは最初から誰よりもとっても普通に交わしていて、だから私はその人の社内でのぶっきらぼうな感じよりも挨拶を私がしづらそうに思ってても普通にしてくれる人だったから、そっちの印象の方が強かった。
そのギャップたるやすごかったから、私は個人的にその人が口を開いたらどんな風なのかすごく興味津々だった。
話がそれた。
ちなみにその中の4人には本当にお世話になったから、本当にありったけの気持ちを込めて書いた。
っていうようなことをやった時のことを思い出して、「これが100のことを言うんじゃないか?」と思った。
ちなみに100の方に動いている時は、いつもよりも体力の限界値が上がるようで、色々やれてしまう。
これに似たエピソードをたくさん思い出すけれど、20代前半の自分も、40歳目前にした今もさほど変わらない。
体は基本頑丈だし、妙な体力もある。
無理はしようと思わないけれど、無理をしなきゃいけない時は、今はまだできる。
これがあと10年、20年後の自分はわからないけれど、気力だけは変わらなさそうだから案外いけてしまうかもしれない。
体に無理をさせないように気をつけたいとは思う。
子どもの頃からスーパー運動音痴だから、運動神経の良い人たちがあれもできなくなった、これもできなくなった、年だー!と嘆く気持ちが私にはさっぱりわからない。
反対に、年になればなるほど、「年だから」という素晴らしい言い訳が成り立つから、私なんかは今逆に自分のできないあれこれを年のせいにできて嬉しい。
体力的には、10代20代の頃とあんまり差がないから(元々持久力とかは強い)、だから無茶も未だに普通にしてしまう傾向がある。
そう言えばホロスコープの本やブログに書かれていた気がする。
何せ100の方にも行ってしまうから、過労とかにならないように気をつけてと。
【当時の記録より】
・仕事中、これが最後だなと、この景色を見れるのも最後なんだなと思ったら涙が出そうになった。特にSさんのとなりで作業して夕陽がトイレの前辺りをさしてキラキラオレンジ色に光ってた時、○○さんを思い出した。○○さんの周りはいつも空気がすっとしていて、目がキラキラしてて、そこだけ透明感がハンパなくて。あの感じに似てて、そしてもうそういうのも見ながら回想できないんだと思ったらとっても寂しくなった。
場所に対して涙するのはここが初めてだった。
・(毎週金曜日の仕事が)遅くなったけれど、そのおかげで「○○○○」の名前(表紙)をたくさん見れた。そしてそれが最後の仕事になった。
【毒出し日記 8/7】
色んな気持ちが交錯する。
今さっきネットを見て思い出した。
私のことだから何かを触ったのかもしれないけれど、最近やたらと表示される広告が「家やマンション」と「(私のような行き遅れの人向け)婚活パーティー」。
家やマンションはすごいよ。
今日思わず「15800万円」って何?となって、「あっ⁉︎1億5800万円ってこと⁉︎」と気付いた。
Googleさん、あのぉー、表示してる人間違えてるよ、と言いたい。
私、すごいお金持ちになるらしい 笑。
そんな1億もする物件なんて検索もしたことがないのに、どういうわけかこの毒出しの辺りから出てきた。
婚活パーティーもそうで、何で表示されるようになったのかはわからない。
場所はなぜか高松(四国?)。
上がってきた広告の中で個人的に惹かれたのは、「男性30代、女性40代の真剣婚活」みたいなのだった。
今はそういうのもあるんだ!と。
40過ぎて本気で結婚したくて何とかしよう!となったら、そういうのに出たいなと思った。
そういう前提なら、年齢で勝負しなくて良さそうだから。
そして私自身も、年下の人の方が気が楽チンでいい。
下の方に年が離れていれば離れているほど、本当に素晴らしい気遣いを男性側はしてくれる。
しかも私がして欲しいことやされると嬉しいことをさらりとしてくれると悶絶しそうなぐらいに嬉しくなる。
これは同い年や年上の男性からはされないもので、年下の人限定のスペシャルなものに私は感じる。
勝手な想像だけれど、ただでさえ年上というだけで負い目みたいなのがあるから、それを感じさせないように、むしろそれをプラスにしてくれてるんだと思う。
しかも私は女である自分のコンプレックスが異常なほど強いから、そういうのも和らげてくれる。
むしろそういう私を良いとしてくれるわけだから、最初から心が安らぐ。
だから最初からそんな年齢設定の婚活なら、いいなぁと思った。
年齢は関係ないと私が思っても、今でも年下の若い女性が好まれる社会的風潮はなんだろう?と思う。
もちろんみんなじゃないけれど、あの若さ信仰のような日本の文化を、私は若かりし頃から変だと思ってた。
婚活で思い出した。
この毒出しの渦中に、友達が結婚した!と連絡をくれた。
すっごい嬉しかった。
2人で去年の夏、彼女の提案で東京都内で有名な縁結びの神社に行った。
その時はまだ今の旦那様には彼女は出逢っていなかったけれど、それからほどなくして出逢って、そして最近入籍したらしい。
私はその子の元彼2人にも会ったことがあったから、多分結婚した人もさぞかし素敵なんだろうなぁと思った。
ちなみにその子は、去年の私の話を、「ぶっしー、上手く言えないけれど、私それ聞いてすごく嬉しい!」と本当に喜んでくれた。
だから縁結びの神社に行こう!と提案してくれたかどうかまでは覚えていないけれど、本当に素敵な時間と語らいを彼女は私にプレゼントしてくれた。
だから、この毒出しで本当に具合悪くなってた中、その友達の明るいニュースはさらに一層嬉しかった。
しかも自分のメンタルがかなり落ちてるにも関わらず、本気で嬉しくなってる自分を見て、それも感動した。
それを聞いてねたんだり、自分はダメだな〜なんて思うことが1ミリもなく、本気で友達の結婚を心から喜べた!
毒出しは一進一退だけれど、せっかくここまでやったから、もう少し飽きるまで?嫌になるまで?やってみようと思ってる。
毒の方は本当に「毒」過ぎて、新たにまたは改めて浮上するたびに本当に落ちるけれど、結局そういうものを普段見て見ぬフリしてたわけだから、やらずに放置するよりもとりあえず見るだけ見た方がいいかなと思ってる。
引きこもりの毒出しからちょっと抜け出して、明日というか今日(8/8)は小旅行してくる。
また重軽の石のある神社にも行って、今度はもっと色々と聞きたいことを詰め込んで聞いてこようと思ってる。
仕事が終わる今年の3月のこと。
先々は何も決めていなかったけれど、有休は今使わないと使えないと思った私は、何日か休みをもらって、土日祝日合わせて、後半に6連休を取って妹家族が住んでいる金沢に行った。
行く前はテンション上げ上げだったけれど、現実は2歳の姪っ子の風邪をまんまともらい、激ダルな時間を過ごした。
しかも春分の日からの話で、風邪はきっかけに過ぎず、多分ここ数年毎年恒例の春分の大浄化も掛け合わせての体調不良だったと思う。
妹も具合悪くて、2人で交代しながら姪っ子の担当をしてた(エンドレスアイスクリーム屋ごっこの刑)。
月曜の夕方、高速バスで金沢を出て、3時間かその位で新潟に到着、家に着いて次の日からは普通に出勤。
火曜日。
仕事終わってから、なんと職場からゆうに30キロは離れてるオルゴナイトの店に行って、予約していたオルゴナイトを何個か購入。
そこからまた30キロ以上ある道を運転して帰宅。
だから仕事が終わってからなんと60キロ以上も運転して、普通に1日を終える。
しかも遠出した翌日に。
次の水曜と木曜は、多少残業もしたかもしれない。
それは覚えていないけれど、私はその2日かけて、12人分のお礼の手紙と、そのうちの1人の一番お世話になったSさんにオルゴナイトをプレゼントするにあたりその説明書きも書いて、だから合計13通の手紙を書いた。
記録によると、木曜の夜は睡眠が4時間弱だったらしい。
そして、木曜の仕事終わりに最後に配るお菓子を買いに行ったらなんと店が閉まっていて、仕方なく翌朝、朝早くから開いてる私の中のパワースポット的な洋菓子屋に出勤前に行った。
(世界に1台しかないこの店の車を見ると、いつも何かとシンクロする、そんなすごいパワーのある美味しい洋菓子屋さん)
職場は家から普通に30分かかる。
だから出発をさらにいつもより早めた。
そう、色々切羽詰まってやること満載、むしろ自らやることを増やしていても、私の場合はやれてしまう。
体調不良でも、体に負担のかかるプラスα的なことも、自分さえ納得していたら平気でやってしまう。
むしろ今しかできないとわかるものは、全力でそちらを優先する。
後日Sさんに会った時、手紙の中の1人の人の分は、何を書いたのかを聞かれた。
Sさんと常々文句を言っていた人だったし、私は一度本気でブチ切れて「私辞めるし私がそれ言います!」と言って、Sさんともう1人の事務員さんに全力で止められたぐらい、ちょっと難ありの人だった。
悪い人じゃないけれど、仕事の仕方がズレてるから、それが私や他の人たちの苛立ちを誘発する人だった。
ちなみに私は頭をひねりにひねって、その人が入ってきたことで組織がどう良い方に変化したのかを書いた。
Sさんにそれは素晴らしいアイデアだととても褒められた。
(とても文句をつらつらと言ってたとは思えないぐらいに良いことを書いた。)
1人すごくぶっきらぼうで絡みゼロの人もいたけれど、私はその人の方が断然書きやすかったし、書くエピソードまであった。
ちなみにその人とは挨拶だけは最初から誰よりもとっても普通に交わしていて、だから私はその人の社内でのぶっきらぼうな感じよりも挨拶を私がしづらそうに思ってても普通にしてくれる人だったから、そっちの印象の方が強かった。
そのギャップたるやすごかったから、私は個人的にその人が口を開いたらどんな風なのかすごく興味津々だった。
話がそれた。
ちなみにその中の4人には本当にお世話になったから、本当にありったけの気持ちを込めて書いた。
っていうようなことをやった時のことを思い出して、「これが100のことを言うんじゃないか?」と思った。
ちなみに100の方に動いている時は、いつもよりも体力の限界値が上がるようで、色々やれてしまう。
これに似たエピソードをたくさん思い出すけれど、20代前半の自分も、40歳目前にした今もさほど変わらない。
体は基本頑丈だし、妙な体力もある。
無理はしようと思わないけれど、無理をしなきゃいけない時は、今はまだできる。
これがあと10年、20年後の自分はわからないけれど、気力だけは変わらなさそうだから案外いけてしまうかもしれない。
体に無理をさせないように気をつけたいとは思う。
子どもの頃からスーパー運動音痴だから、運動神経の良い人たちがあれもできなくなった、これもできなくなった、年だー!と嘆く気持ちが私にはさっぱりわからない。
反対に、年になればなるほど、「年だから」という素晴らしい言い訳が成り立つから、私なんかは今逆に自分のできないあれこれを年のせいにできて嬉しい。
体力的には、10代20代の頃とあんまり差がないから(元々持久力とかは強い)、だから無茶も未だに普通にしてしまう傾向がある。
そう言えばホロスコープの本やブログに書かれていた気がする。
何せ100の方にも行ってしまうから、過労とかにならないように気をつけてと。
【当時の記録より】
・仕事中、これが最後だなと、この景色を見れるのも最後なんだなと思ったら涙が出そうになった。特にSさんのとなりで作業して夕陽がトイレの前辺りをさしてキラキラオレンジ色に光ってた時、○○さんを思い出した。○○さんの周りはいつも空気がすっとしていて、目がキラキラしてて、そこだけ透明感がハンパなくて。あの感じに似てて、そしてもうそういうのも見ながら回想できないんだと思ったらとっても寂しくなった。
場所に対して涙するのはここが初めてだった。
・(毎週金曜日の仕事が)遅くなったけれど、そのおかげで「○○○○」の名前(表紙)をたくさん見れた。そしてそれが最後の仕事になった。
【毒出し日記 8/7】
色んな気持ちが交錯する。
今さっきネットを見て思い出した。
私のことだから何かを触ったのかもしれないけれど、最近やたらと表示される広告が「家やマンション」と「(私のような行き遅れの人向け)婚活パーティー」。
家やマンションはすごいよ。
今日思わず「15800万円」って何?となって、「あっ⁉︎1億5800万円ってこと⁉︎」と気付いた。
Googleさん、あのぉー、表示してる人間違えてるよ、と言いたい。
私、すごいお金持ちになるらしい 笑。
そんな1億もする物件なんて検索もしたことがないのに、どういうわけかこの毒出しの辺りから出てきた。
婚活パーティーもそうで、何で表示されるようになったのかはわからない。
場所はなぜか高松(四国?)。
上がってきた広告の中で個人的に惹かれたのは、「男性30代、女性40代の真剣婚活」みたいなのだった。
今はそういうのもあるんだ!と。
40過ぎて本気で結婚したくて何とかしよう!となったら、そういうのに出たいなと思った。
そういう前提なら、年齢で勝負しなくて良さそうだから。
そして私自身も、年下の人の方が気が楽チンでいい。
下の方に年が離れていれば離れているほど、本当に素晴らしい気遣いを男性側はしてくれる。
しかも私がして欲しいことやされると嬉しいことをさらりとしてくれると悶絶しそうなぐらいに嬉しくなる。
これは同い年や年上の男性からはされないもので、年下の人限定のスペシャルなものに私は感じる。
勝手な想像だけれど、ただでさえ年上というだけで負い目みたいなのがあるから、それを感じさせないように、むしろそれをプラスにしてくれてるんだと思う。
しかも私は女である自分のコンプレックスが異常なほど強いから、そういうのも和らげてくれる。
むしろそういう私を良いとしてくれるわけだから、最初から心が安らぐ。
だから最初からそんな年齢設定の婚活なら、いいなぁと思った。
年齢は関係ないと私が思っても、今でも年下の若い女性が好まれる社会的風潮はなんだろう?と思う。
もちろんみんなじゃないけれど、あの若さ信仰のような日本の文化を、私は若かりし頃から変だと思ってた。
婚活で思い出した。
この毒出しの渦中に、友達が結婚した!と連絡をくれた。
すっごい嬉しかった。
2人で去年の夏、彼女の提案で東京都内で有名な縁結びの神社に行った。
その時はまだ今の旦那様には彼女は出逢っていなかったけれど、それからほどなくして出逢って、そして最近入籍したらしい。
私はその子の元彼2人にも会ったことがあったから、多分結婚した人もさぞかし素敵なんだろうなぁと思った。
ちなみにその子は、去年の私の話を、「ぶっしー、上手く言えないけれど、私それ聞いてすごく嬉しい!」と本当に喜んでくれた。
だから縁結びの神社に行こう!と提案してくれたかどうかまでは覚えていないけれど、本当に素敵な時間と語らいを彼女は私にプレゼントしてくれた。
だから、この毒出しで本当に具合悪くなってた中、その友達の明るいニュースはさらに一層嬉しかった。
しかも自分のメンタルがかなり落ちてるにも関わらず、本気で嬉しくなってる自分を見て、それも感動した。
それを聞いてねたんだり、自分はダメだな〜なんて思うことが1ミリもなく、本気で友達の結婚を心から喜べた!
毒出しは一進一退だけれど、せっかくここまでやったから、もう少し飽きるまで?嫌になるまで?やってみようと思ってる。
毒の方は本当に「毒」過ぎて、新たにまたは改めて浮上するたびに本当に落ちるけれど、結局そういうものを普段見て見ぬフリしてたわけだから、やらずに放置するよりもとりあえず見るだけ見た方がいいかなと思ってる。
引きこもりの毒出しからちょっと抜け出して、明日というか今日(8/8)は小旅行してくる。
また重軽の石のある神社にも行って、今度はもっと色々と聞きたいことを詰め込んで聞いてこようと思ってる。
2018年8月7日火曜日
毒出し日記
「今は膿出しの時期です」は本当だったと思う。
ホロスコープ講座のU先生からは5月に、そしてヒーラーのOさんからは6月に言われた。
7月の終わりから、いよいよ本格的な膿出しが始まった。
見通しの甘さを感じる。
8月に入る頃、私は何かしら自分の方向性を出してるのかと思ってた。
それが全くで、どうするつもりでいるんだろう?と思った。
何日かあたふたした。
そして昨日7月31日から少し方向性を変えた。
多分外側を固めても今回はダメだろうこと。
とことん自分の内側を見ないと突破しないことに気付いた。
そこで今日(8月)1日の夜からは、ものすごいエグいことをしている。
自分が嫌だと思ってる自分や今の問題点をとにかく思いつくままに書き出している。
ここはまだエグくない。
エグいのはこの後。
「私がその全部が欲しくてそうした負のものたちを手にしてるとしたら、それでどんな私の願いが叶っている?」
おかしな質問だけれど、ここまで困った状況になってでもそれをある意味受け入れてる自分がいて、これは間違いなく潜在意識が見せてくれてる私の心の中なわけで、その意図を今見ようとしている。
頭ではそんなの欲しくないって思ってる。
でも現実手にしてるのは、その欲しくないものばかり。
もう小手先の解決法じゃダメだとわかったから、自分の中を見まくってる。
この困った状況を前に、私自身が本当に欲しいものも同時に手にしている。
それがわからないことには次適当に動いても多分また途中で息が切れる。
だから、もう徹底的に自分と向き合おうと思った。
8/2 0:53
毒出し何日目か知らないけれど、かなりいい線にまでたどり着けた!
久しぶりにかなりガッツリとワークをした。
ワークと言っても、すべて思いつきで、思いついたことをとにかくやった。
常に自分の中だけ見てると、精神的にかなりダメージを食らうから(1日中筋トレできないのと一緒)、行き詰まったら休んだり逃げたりしながらやった。
数日やった中で1つだけ決断できたこと。
とにかく自分のペースでいいから、今自分の頭の中にある方向で動いていくこと。
少しずつでもいいから、とにかくそちらに向かうこと。
ホロスコープもかなり調べた。
持ってる本の中で、ここ20年前後の日食と月食の一覧表があったから、それを見て色々調べた。
先月ホロスコープ鑑定のS先生の話を聞いた時、日食や月食の角度と自分の個人天体の角度がほぼぴったり重なるのは18年に1回ぐらいの確率と聞いてはきた。
私の見間違いとか間違えた解釈の可能性も十分にあるけれど、私の場合、元々天体自体が360度の円の中のあちこちに散らばってることもあって、18年に1回どころか毎年ぐらいな勢いで日食や月食が起こるたびに何かしらの天体と重なりを見せてた。
蝕が起こるたびに影響は出やすいだろうし(確かに結構なビッグイベントの時期と重なってた)、この確率具合だと18年なんて待つこともなくその前に何かしらの影響を受けやすいことだけはわかった。
さらに色々突き詰めていくと、はっきり言って「逃げられない」というのが私の感想だった。
話は少し変わるけれど、こんなことまでホロスコープに出てるの⁉︎と思ったことがあった。
今指折り数えて39ヶ月=3年3ヶ月、もしかしたら3年半ぐらい私は社会人になって以降トータルで働いてない期間がある。
出産・育児とか介護、療養、進学とかならわかる。
私の場合そうじゃない。
いわゆるニートの期間がトータル3年以上ある。
ちなみにこれ30歳過ぎてからの話。
働き方そのものは、0か100みたいな働き方をする。
例外的に3月までしてた仕事はそういう感じではなかったけれど、社会人になってから就いた仕事は、基本的に100と言うより100以上のエネルギーを使う感じだった。
(ちなみに3月までしてた仕事は、仕事では100のエネルギーは要らなかったけれど、別の部分に膨大なエネルギーが注がれた。)
私はそういう自分の働き方についてもかなり納得できないというか、自分で自分が何をしてるんだろう?と疑問に思ったり自分を責めたりしたことはかなりある。
そんなことを調べてたわけではなく、別のことを調べていたら、なんとその理由が出てきた。
しかも、何人もの占星術家が言うということは、かなり鉄板な法則なんだと思う。
私の持ってる星の特徴の1つは、働き方が0か100の両極端になりやすいということだった。
(ちなみにこの配置は、冥王星6ハウス。「冥王星とバーテックスの合」を調べていたら、そちらではなく0か100の働き方の話がやたらとヒットした。)
だからブラック企業みたいなところでも働いたし、能力以上の仕事が回ってくることも多々あった。
私どんだけ優等生なの⁉︎というぐらいに、働き方は星に出てる通りの働き方をしていた。
ちなみに引きこもりやすいこともしっかり出てるし、そういうのを好む傾向があることも、本当に嫌になるぐらいホロスコープに自分の性格や性質が出ている。
ちなみに引きこもりではなく、自分と志を同じにするような人たちと繋がっていくことがテーマとしてあるから、このすぐに引きこもるのも課題の1つだと思う。
多分だけれど、私がこれから少しずつでも本格的にやることは、多分死ぬまですること。
そして、私の場合、好きですると言うより、やらざるを得ないというような感じでやるんだと思う。
もうそういうタイプの相もはっきりとホロスコープに出ている。
(さっきの「バーテックス」と冥王星、そこに太陽と月、他にもいくつかの主要なものたちがコラボして、そういうタイプの意味を生み出してる。)
「そういう可能性もあります」じゃなくて、私のは「そうなっていきます」の方だった。
で、わかる。
そうなっていきますに相応しいアイテムがこれまでの人生の中でもたらされていたこと。
そして、その天体に合う自分の使い方を始めたら、私の場合は死ぬまで100の方向に行くと思う。
ガンガン働くと言うよりも、自分を捧げるぐらいな勢いで何かをやっていく、そしてそういうことがS先生が言う「プライベートがない」にも繋がっていくと思う。
プライベートなく仕事をするんじゃなくて、今このブログを書くみたいに、個人の活動の領域と社会活動の領域が常に表裏一体みたいな風になるんじゃないかと思ってる。
その境界線がなくなるとか、そんなイメージを勝手に持ってる(イメージと言うよりむしろそうなって欲しいという希望)。
これはまだ動いてないから、想像の域の話。
話が飛躍しないように気をつけるけれど、この数ヶ月でわかってきた自分の特質的なもの、能力と呼ぶにはずい分と抵抗があるけれど、そうしたものが何で(手元に)あるのか?ということもかなり考えた。
私の場合、欲しくてそれを手にしたわけでもなく、自分で必要と感じて習得したわけでもない。
気付いたらもうそうなっていたし、しかも私は気付くのに少なくとも10年はかかってる。
今回毒出しの時に、視点を変えてみた。
もしかして私が選んだんじゃなくて、その特質的なものの方からそれをする人を選んだんじゃないかと思った。
選民意識もないし、むしろもっと適当な人いるでしょう?と本気で思っているけれど、もうどういうわけか私のところにきた。
もしこれが与えられてるものだとするなら、使わなくていいから与えられてるとは考えにくい。
使うために与えられてるとするなら、余計と「使わない」選択肢はなくなる。
鑑定の時S先生も言ってたなと思った。
私が星を使うんじゃなくて、星にどうぞ私を使ってください、みたいな生き方だと説明された。
多分このことだと思う。
もっと言うと、30代以降出逢った人たちというのが、実はすごい特殊な人たちだと気付いたのは最近だった。
そういう「自分を使ってください」的な生き方の見本みたいな人たちに何人か出逢えた。
心理学でもコーチングでもカウンセリングでもヒーリングでも、とにかく今は色んなスクールや講座が溢れ返っている。
カオスなのは間違いない。
そして怪しいものや根拠のない詐欺まがいなものも横行してるのは知ってる。
そんな中、私が知り合った先生や個人事業の人たちは、みんな総じて何かの能力に秀でていて、そしてその秀でてるものは誰にも真似できないものだった。
各自がオリジナルで、そのオリジナルの感じは他に類を見なかった。
例えば、私が2年ほど受け続けたコーチングの個人セッションは、世間一般で認識されてるコーチングとはずい分と違っていた。
そのコーチングは、自分の深い意識にどんどん入っていくような、不思議な感覚のものだった。
やってることは、本当に話をしてるだけだった。
しかもかなり支離滅裂に。
目標は1つも立てなかったし、宿題や課題もなかったけれど、なんと私はその何もしない状況で、体の病気は良くなるわ、仕事の売上や契約率は上がるわ、働き方も良い風に自然に変わっていくわで、これが何なのだろう?と思っていた。
だから、その秘密が知りたくて、私はコーチングのスクールにその後2年ぐらい毎週通った。
一般に広く知れ渡ってるだろうコーチングも受けに行ったことがある。
あまりの違いに驚いた。
ちなみに、これは超主観だけれど、世間一般のコーチングで「本物」の力を持ってる人たちはごく一部だと思う。
今思い出した人が1人いて、ブログを見てきた。
こう言ってはなんだけど、はっきりと「深さ」が違うというのがわかったコーチの人がいた。
違うというのは、「こんなレベルでお金もらえるんだ⁉︎」という、失礼極まりないことを思った人だった。
私は話してすぐに「この人にはわかってもらえないし、多分話したところで表面的なことしか言えないだろうなぁ」と感じた人だった。
発する言葉にも考え方にも奥行きがなくて、表面だけきれいに生きてきた人、言葉は悪いけれどそう感じた。
その人自身も不妊治療しても子を授かれなかったという体験がある。
だけど、それ以外は順風満帆みたいな人で、コーチングも単に本人がしたくて始めましたというものだったから、何かが根本的にズレてた。
私の入り方が良いとは言わないけれど、私の場合、このままいくと人生がヤバすぎる!という生きてることそのものの恐怖感から藁にもすがる思いで受けたのがきっかけだった。
だから、受けたいとか興味があったとかではなく、もう何でもいいからこの状況を何とかしたい!という感じだった。
相手の人の人生が順風満帆かはわからないけれど、話してる時の感じでわかる。
この人には込み入った話は、どこをどう切り取ってもできる雰囲気は皆無だった。
そして深い話をしたとしても、多分この人返せないし、本当に私が必要とするフィードバックはできないと踏んだ。
だから私は当たり障りないテーマにして、その時間をやり過ごした。
コーチングではなく、ダメな例を学びに行ったお金だと割り切った。
で、その人。
名前も忘れたから、そこの地名とコーチングで検索して見た。
直近のコラムも読んだ。
本当に当時と何も変わってなくて、変わってないのに値段だけはビックリするぐらい高くなってた 苦笑。
ダメな例はさておき、私が「この人凄い!」と思った人たちは、もう何をどうしたらそんなことができるの?という人たちばかりだった。
同じようなジャンルなら、その人の右に出る人はいないだろうなぁというか、その人と同じことなんか誰もできないと思った。
その中には、本人が望む望まないは別にして、何かしらの技能を持っていて、それで仕事をしてる人たちもいた。
その中の1人が言っていた言葉があった。
そもそも見えない世界のことを仕事にする人というのは、本人がしたいとかしたくないとかいうレベルではなくて、やらざるを得ない流れになるし、その流れに行くまでにもそれ相応の体験をすると。
私はそれを聞いて「私はそちらから呼ばれてないからやらない」と思った。
それを思ったのは2015年と2016年の春。
今2018年になって、半信半疑で、自分もその体験をする側なんではないかと思い始めてる。
その人の言う霊的な世界とは交信しないけれど、人の心という意味では見えないものだから、そうした方向に行く、それもかなり深く入っていく、そんな気がする。
もう少し言うと、私は周りの人たちからそれとなくそういうことは言われてた。
私は言われるたびに気のせいだと流した。
私が凄いと思った人たちのようには到底できないし、足元にも及ばないどころか活動域が違うと言えども同じレベルの土俵になんて上がれそうにもない。
なんだけれども、気付くと私が今持ってることたちというのは、体験・経験という意味では世間一般ではあまりそんなに幾つも当たりカードを出すなんてないわけで、でもその当たりカードがいつの間にかかなり揃ってた。
例えば先に出した、私が低レベルだと感じたコーチングとかカウンセリングなんてのは、私の場合、対比材料として時々は体験してくる。
だけど、本物の方が体験した中の全体の9割以上を占める。
見えない世界のものを扱ってる人たちの9割はニセモノで、1割以下しか本物はいないと言われている。
その1割しかいないとされる本物たちに、私は9割の確率で当たる。
そしてニセモノの9割には、1割程度の確率でごくたまに当たる。
袋の中に、白い玉が1つ、黒い玉が9つあったとして、その中で無作為に選んだら毎回白なんて普通はありえない。
だけど私にはありえた。
それは見る必要や知る必要があったからだと思う。
でなければ、前情報を何も知らないのに毎回毎回そんな風に本物に当たるなんて普通はない。
さらに言えば、私はその中で自分が探し当てた人は多分2人だけ。
あとは全員人からの紹介だった。
探し当てたのだって、その後実際に流れた風な展開を期待して探したんじゃない。
先のコーチングのように自分に困ったことが起きて、それを何とかするべくプロの力を借りようと考えた先にいる人たちだった。
そうしたら、それ以上の何かを持ってる人たちで、心底驚いた。
もうそろそろそういう自分の生き方を受け入れざるを得ないところに来ている。
今も疑う気持ちも気のせいだと思う気持ちもある。
少しずつそちらに動こうと考え出した今、私の中で勝手に思っていることがある。
もし方向性が違えば、容赦なく違いますよのサインが来るだろうし、結果もついていかない。
違ってたらその時にまた仕切り直せばいいかと思った。
もうここまで来て今さら安定の仕事に就けるわけもない。
自分を生きていくしかない、そういう気持ちを徹底的に自分の中で確認した時間だった。
そんなこんなのことを毒出しとしてやっていた。
今さらだけど、自分がこれまで手にしてきた、心の中を見ていく手段もホロスコープもとても大活躍した。
自分の中を見るのは、最初はすごく抵抗が出るし、見たくない自分はじゃんじゃか出てくるし、できれば楽しく愉快に自分とは付き合いたい。
でも痛みだけは、自分に向き合った分、そこから少しずつ癒しのプロセスが始まる。
私は体を動かすことは興味がないからストレッチでも運動でも長続きしないけれど、心の中を見て自分に付き合うのはそうしない方が自分にとって毒だとわかるから継続して取り組めたし、これからも取り組むと思う。
そして何よりも、自分が楽になれる。
うやむやにして不安や恐怖を自分の中で拡大させるよりは、さっさと見てとりあえず知っておくだけでもいいから何かしらタッチしておけば、後々自分にとって楽になる。
そしてホロスコープ。
これは私の中で最高の自己肯定材料だと思ってる。
過去の色んな体験、そして社会的に後ろ指差されるような体験、又は自分でも扱いづらいと思う自分自身、それら全部がホロスコープには刻まれている。
大人の発達障害の人たちが大人になってから自分の障害を知って、自分の特性は障害だったと知ってホッとしたというのは、私は直接当事者からも聞いたことがあるし、テレビや書面での記事なんかでも見る。
私はあの気持ちがわかる気がする。
私のホロスコープにあるものは、まさに私で、自分はそういう設定で生まれてる、又はそういう人生を決めて生まれてきた、と思う方が本当に楽になれる。
ある意味あきらめがつくし、自分を責める必要がなくなる。
代わりに、今度はその自分で楽しめる方法を模索しつつ色んな方法を試しつつ生きたらいい。
世間一般で良しとするような生き方には多分ならない。
人と同じような生き方をしようとしても、どこか無理がある。
世間とか周りの人たちからもたらされた価値観ではなく、自分の中の価値観で自分を見ることができるのが、ホロスコープだと思う。
心理的なアプローチだけでは私なんかはどこか自分を疑う気持ちが消えないけれど、ホロスコープで私はこういうところを持ってると客観的に言われたら「そうなんだ」と納得しやすい。
訳のわからない能力的なものだって、そういうものを持って生まれてるとわかれば、もう仕方ないかと思える(気がする)。
↑多分ここまでが8/5書いた気がする
毒出し続行中。
やっと終わった!いいところまできた!と思ったけれど、そうではなかったらしい。
この心の具合の悪さは、日食の影響ということにしよう!と仮定してる。
そう思う方が自分責めなくてよくなるから。
今回の日食のテーマは、さすがに調べた。
普段は「あ〜、日食なんだね〜」ぐらいな緩い感じで、知ったとしてもスルーしてたけれど、今回は色々内側から毒的なものがどんどん出てくるから調べた。
ビンゴで、今はそういう時期らしい。
だから、この毒出しでぐったりしてるのは、日食の影響ということにした。
こういう時、感情のアップダウンの振り幅はかなりでかくなる。
アップよりもダウン側に↓↓↓。
これは何回体験しても未だに慣れない。
毎回強烈に不安になる。
もう一生このままならどうしようかと途方に暮れる。
落ちる時の振り幅はデカイくせして、上がる時は微々たるもので自分でも気をつけて見ないとわからないぐらい。
8/6 23:00
今日(8/7)も多分引き続き毒を出す作業をすると思う。
昨日も相当具合が悪かったけれど、日中に1つ、そして夜になってまた1つ、これまで自分が捉えてなかったヒント的なサイトにポンと突然アクセスできた。
私は行き詰まると、ネットサーフィンをする。
こういう時はそもそも弱ってるから、余計と言葉に対するセンサーが高まっていて、自分にとって良いものにアクセスできる可能性が高くなる気がしている。
このアクセスは大切で、自分の毒出し的な状況だけを見ても良くなったのかそれともまだ停滞したままなのかはわからない。
だけど、アクセスしたものたちを見て、毒出ししたことでスペースができたなと思った。
入って来た情報の質が自分の心のバロメーター的な役割を果たす。
これまでにない視点だったから、あぁそんな見方があるんだと目からウロコだった。
それは毎回私が毒出し的なことをする度に引っかかるポイントで、そのポイントはもう一生付き合って自分を少しずつでも緩めていくしかないかな…というものだった。
自己否定する力に色んな負の力と負の価値観が引っ付いて、それを私は日々見えないところで自分で自分に与えてる。
これまでも色んな形でメスを入れてきたけれど、もうそういう自分と上手く付き合うしかないかなと思ってた。
本当にそれはその通りなんだけど、今回確実に今まで思ってもいなかった形でのヒントが来て、とにかく驚いた。
心の反発も半端なく出るだろうことは想像できるけれど、どっちみち毒出しなんてのは反発や抵抗が出るから、それならそうと、ちょっと違うのを試してみようかな、という感じ。
毒出し日記はまだまだ続くから、とりあえずここで1回アップしてしまおうと思う。
8/7 7:06
ホロスコープ講座のU先生からは5月に、そしてヒーラーのOさんからは6月に言われた。
7月の終わりから、いよいよ本格的な膿出しが始まった。
見通しの甘さを感じる。
8月に入る頃、私は何かしら自分の方向性を出してるのかと思ってた。
それが全くで、どうするつもりでいるんだろう?と思った。
何日かあたふたした。
そして昨日7月31日から少し方向性を変えた。
多分外側を固めても今回はダメだろうこと。
とことん自分の内側を見ないと突破しないことに気付いた。
そこで今日(8月)1日の夜からは、ものすごいエグいことをしている。
自分が嫌だと思ってる自分や今の問題点をとにかく思いつくままに書き出している。
ここはまだエグくない。
エグいのはこの後。
「私がその全部が欲しくてそうした負のものたちを手にしてるとしたら、それでどんな私の願いが叶っている?」
おかしな質問だけれど、ここまで困った状況になってでもそれをある意味受け入れてる自分がいて、これは間違いなく潜在意識が見せてくれてる私の心の中なわけで、その意図を今見ようとしている。
頭ではそんなの欲しくないって思ってる。
でも現実手にしてるのは、その欲しくないものばかり。
もう小手先の解決法じゃダメだとわかったから、自分の中を見まくってる。
この困った状況を前に、私自身が本当に欲しいものも同時に手にしている。
それがわからないことには次適当に動いても多分また途中で息が切れる。
だから、もう徹底的に自分と向き合おうと思った。
8/2 0:53
毒出し何日目か知らないけれど、かなりいい線にまでたどり着けた!
久しぶりにかなりガッツリとワークをした。
ワークと言っても、すべて思いつきで、思いついたことをとにかくやった。
常に自分の中だけ見てると、精神的にかなりダメージを食らうから(1日中筋トレできないのと一緒)、行き詰まったら休んだり逃げたりしながらやった。
数日やった中で1つだけ決断できたこと。
とにかく自分のペースでいいから、今自分の頭の中にある方向で動いていくこと。
少しずつでもいいから、とにかくそちらに向かうこと。
ホロスコープもかなり調べた。
持ってる本の中で、ここ20年前後の日食と月食の一覧表があったから、それを見て色々調べた。
先月ホロスコープ鑑定のS先生の話を聞いた時、日食や月食の角度と自分の個人天体の角度がほぼぴったり重なるのは18年に1回ぐらいの確率と聞いてはきた。
私の見間違いとか間違えた解釈の可能性も十分にあるけれど、私の場合、元々天体自体が360度の円の中のあちこちに散らばってることもあって、18年に1回どころか毎年ぐらいな勢いで日食や月食が起こるたびに何かしらの天体と重なりを見せてた。
蝕が起こるたびに影響は出やすいだろうし(確かに結構なビッグイベントの時期と重なってた)、この確率具合だと18年なんて待つこともなくその前に何かしらの影響を受けやすいことだけはわかった。
さらに色々突き詰めていくと、はっきり言って「逃げられない」というのが私の感想だった。
話は少し変わるけれど、こんなことまでホロスコープに出てるの⁉︎と思ったことがあった。
今指折り数えて39ヶ月=3年3ヶ月、もしかしたら3年半ぐらい私は社会人になって以降トータルで働いてない期間がある。
出産・育児とか介護、療養、進学とかならわかる。
私の場合そうじゃない。
いわゆるニートの期間がトータル3年以上ある。
ちなみにこれ30歳過ぎてからの話。
働き方そのものは、0か100みたいな働き方をする。
例外的に3月までしてた仕事はそういう感じではなかったけれど、社会人になってから就いた仕事は、基本的に100と言うより100以上のエネルギーを使う感じだった。
(ちなみに3月までしてた仕事は、仕事では100のエネルギーは要らなかったけれど、別の部分に膨大なエネルギーが注がれた。)
私はそういう自分の働き方についてもかなり納得できないというか、自分で自分が何をしてるんだろう?と疑問に思ったり自分を責めたりしたことはかなりある。
そんなことを調べてたわけではなく、別のことを調べていたら、なんとその理由が出てきた。
しかも、何人もの占星術家が言うということは、かなり鉄板な法則なんだと思う。
私の持ってる星の特徴の1つは、働き方が0か100の両極端になりやすいということだった。
(ちなみにこの配置は、冥王星6ハウス。「冥王星とバーテックスの合」を調べていたら、そちらではなく0か100の働き方の話がやたらとヒットした。)
だからブラック企業みたいなところでも働いたし、能力以上の仕事が回ってくることも多々あった。
私どんだけ優等生なの⁉︎というぐらいに、働き方は星に出てる通りの働き方をしていた。
ちなみに引きこもりやすいこともしっかり出てるし、そういうのを好む傾向があることも、本当に嫌になるぐらいホロスコープに自分の性格や性質が出ている。
ちなみに引きこもりではなく、自分と志を同じにするような人たちと繋がっていくことがテーマとしてあるから、このすぐに引きこもるのも課題の1つだと思う。
多分だけれど、私がこれから少しずつでも本格的にやることは、多分死ぬまですること。
そして、私の場合、好きですると言うより、やらざるを得ないというような感じでやるんだと思う。
もうそういうタイプの相もはっきりとホロスコープに出ている。
(さっきの「バーテックス」と冥王星、そこに太陽と月、他にもいくつかの主要なものたちがコラボして、そういうタイプの意味を生み出してる。)
「そういう可能性もあります」じゃなくて、私のは「そうなっていきます」の方だった。
で、わかる。
そうなっていきますに相応しいアイテムがこれまでの人生の中でもたらされていたこと。
そして、その天体に合う自分の使い方を始めたら、私の場合は死ぬまで100の方向に行くと思う。
ガンガン働くと言うよりも、自分を捧げるぐらいな勢いで何かをやっていく、そしてそういうことがS先生が言う「プライベートがない」にも繋がっていくと思う。
プライベートなく仕事をするんじゃなくて、今このブログを書くみたいに、個人の活動の領域と社会活動の領域が常に表裏一体みたいな風になるんじゃないかと思ってる。
その境界線がなくなるとか、そんなイメージを勝手に持ってる(イメージと言うよりむしろそうなって欲しいという希望)。
これはまだ動いてないから、想像の域の話。
話が飛躍しないように気をつけるけれど、この数ヶ月でわかってきた自分の特質的なもの、能力と呼ぶにはずい分と抵抗があるけれど、そうしたものが何で(手元に)あるのか?ということもかなり考えた。
私の場合、欲しくてそれを手にしたわけでもなく、自分で必要と感じて習得したわけでもない。
気付いたらもうそうなっていたし、しかも私は気付くのに少なくとも10年はかかってる。
今回毒出しの時に、視点を変えてみた。
もしかして私が選んだんじゃなくて、その特質的なものの方からそれをする人を選んだんじゃないかと思った。
選民意識もないし、むしろもっと適当な人いるでしょう?と本気で思っているけれど、もうどういうわけか私のところにきた。
もしこれが与えられてるものだとするなら、使わなくていいから与えられてるとは考えにくい。
使うために与えられてるとするなら、余計と「使わない」選択肢はなくなる。
鑑定の時S先生も言ってたなと思った。
私が星を使うんじゃなくて、星にどうぞ私を使ってください、みたいな生き方だと説明された。
多分このことだと思う。
もっと言うと、30代以降出逢った人たちというのが、実はすごい特殊な人たちだと気付いたのは最近だった。
そういう「自分を使ってください」的な生き方の見本みたいな人たちに何人か出逢えた。
心理学でもコーチングでもカウンセリングでもヒーリングでも、とにかく今は色んなスクールや講座が溢れ返っている。
カオスなのは間違いない。
そして怪しいものや根拠のない詐欺まがいなものも横行してるのは知ってる。
そんな中、私が知り合った先生や個人事業の人たちは、みんな総じて何かの能力に秀でていて、そしてその秀でてるものは誰にも真似できないものだった。
各自がオリジナルで、そのオリジナルの感じは他に類を見なかった。
例えば、私が2年ほど受け続けたコーチングの個人セッションは、世間一般で認識されてるコーチングとはずい分と違っていた。
そのコーチングは、自分の深い意識にどんどん入っていくような、不思議な感覚のものだった。
やってることは、本当に話をしてるだけだった。
しかもかなり支離滅裂に。
目標は1つも立てなかったし、宿題や課題もなかったけれど、なんと私はその何もしない状況で、体の病気は良くなるわ、仕事の売上や契約率は上がるわ、働き方も良い風に自然に変わっていくわで、これが何なのだろう?と思っていた。
だから、その秘密が知りたくて、私はコーチングのスクールにその後2年ぐらい毎週通った。
一般に広く知れ渡ってるだろうコーチングも受けに行ったことがある。
あまりの違いに驚いた。
ちなみに、これは超主観だけれど、世間一般のコーチングで「本物」の力を持ってる人たちはごく一部だと思う。
今思い出した人が1人いて、ブログを見てきた。
こう言ってはなんだけど、はっきりと「深さ」が違うというのがわかったコーチの人がいた。
違うというのは、「こんなレベルでお金もらえるんだ⁉︎」という、失礼極まりないことを思った人だった。
私は話してすぐに「この人にはわかってもらえないし、多分話したところで表面的なことしか言えないだろうなぁ」と感じた人だった。
発する言葉にも考え方にも奥行きがなくて、表面だけきれいに生きてきた人、言葉は悪いけれどそう感じた。
その人自身も不妊治療しても子を授かれなかったという体験がある。
だけど、それ以外は順風満帆みたいな人で、コーチングも単に本人がしたくて始めましたというものだったから、何かが根本的にズレてた。
私の入り方が良いとは言わないけれど、私の場合、このままいくと人生がヤバすぎる!という生きてることそのものの恐怖感から藁にもすがる思いで受けたのがきっかけだった。
だから、受けたいとか興味があったとかではなく、もう何でもいいからこの状況を何とかしたい!という感じだった。
相手の人の人生が順風満帆かはわからないけれど、話してる時の感じでわかる。
この人には込み入った話は、どこをどう切り取ってもできる雰囲気は皆無だった。
そして深い話をしたとしても、多分この人返せないし、本当に私が必要とするフィードバックはできないと踏んだ。
だから私は当たり障りないテーマにして、その時間をやり過ごした。
コーチングではなく、ダメな例を学びに行ったお金だと割り切った。
で、その人。
名前も忘れたから、そこの地名とコーチングで検索して見た。
直近のコラムも読んだ。
本当に当時と何も変わってなくて、変わってないのに値段だけはビックリするぐらい高くなってた 苦笑。
ダメな例はさておき、私が「この人凄い!」と思った人たちは、もう何をどうしたらそんなことができるの?という人たちばかりだった。
同じようなジャンルなら、その人の右に出る人はいないだろうなぁというか、その人と同じことなんか誰もできないと思った。
その中には、本人が望む望まないは別にして、何かしらの技能を持っていて、それで仕事をしてる人たちもいた。
その中の1人が言っていた言葉があった。
そもそも見えない世界のことを仕事にする人というのは、本人がしたいとかしたくないとかいうレベルではなくて、やらざるを得ない流れになるし、その流れに行くまでにもそれ相応の体験をすると。
私はそれを聞いて「私はそちらから呼ばれてないからやらない」と思った。
それを思ったのは2015年と2016年の春。
今2018年になって、半信半疑で、自分もその体験をする側なんではないかと思い始めてる。
その人の言う霊的な世界とは交信しないけれど、人の心という意味では見えないものだから、そうした方向に行く、それもかなり深く入っていく、そんな気がする。
もう少し言うと、私は周りの人たちからそれとなくそういうことは言われてた。
私は言われるたびに気のせいだと流した。
私が凄いと思った人たちのようには到底できないし、足元にも及ばないどころか活動域が違うと言えども同じレベルの土俵になんて上がれそうにもない。
なんだけれども、気付くと私が今持ってることたちというのは、体験・経験という意味では世間一般ではあまりそんなに幾つも当たりカードを出すなんてないわけで、でもその当たりカードがいつの間にかかなり揃ってた。
例えば先に出した、私が低レベルだと感じたコーチングとかカウンセリングなんてのは、私の場合、対比材料として時々は体験してくる。
だけど、本物の方が体験した中の全体の9割以上を占める。
見えない世界のものを扱ってる人たちの9割はニセモノで、1割以下しか本物はいないと言われている。
その1割しかいないとされる本物たちに、私は9割の確率で当たる。
そしてニセモノの9割には、1割程度の確率でごくたまに当たる。
袋の中に、白い玉が1つ、黒い玉が9つあったとして、その中で無作為に選んだら毎回白なんて普通はありえない。
だけど私にはありえた。
それは見る必要や知る必要があったからだと思う。
でなければ、前情報を何も知らないのに毎回毎回そんな風に本物に当たるなんて普通はない。
さらに言えば、私はその中で自分が探し当てた人は多分2人だけ。
あとは全員人からの紹介だった。
探し当てたのだって、その後実際に流れた風な展開を期待して探したんじゃない。
先のコーチングのように自分に困ったことが起きて、それを何とかするべくプロの力を借りようと考えた先にいる人たちだった。
そうしたら、それ以上の何かを持ってる人たちで、心底驚いた。
もうそろそろそういう自分の生き方を受け入れざるを得ないところに来ている。
今も疑う気持ちも気のせいだと思う気持ちもある。
少しずつそちらに動こうと考え出した今、私の中で勝手に思っていることがある。
もし方向性が違えば、容赦なく違いますよのサインが来るだろうし、結果もついていかない。
違ってたらその時にまた仕切り直せばいいかと思った。
もうここまで来て今さら安定の仕事に就けるわけもない。
自分を生きていくしかない、そういう気持ちを徹底的に自分の中で確認した時間だった。
そんなこんなのことを毒出しとしてやっていた。
今さらだけど、自分がこれまで手にしてきた、心の中を見ていく手段もホロスコープもとても大活躍した。
自分の中を見るのは、最初はすごく抵抗が出るし、見たくない自分はじゃんじゃか出てくるし、できれば楽しく愉快に自分とは付き合いたい。
でも痛みだけは、自分に向き合った分、そこから少しずつ癒しのプロセスが始まる。
私は体を動かすことは興味がないからストレッチでも運動でも長続きしないけれど、心の中を見て自分に付き合うのはそうしない方が自分にとって毒だとわかるから継続して取り組めたし、これからも取り組むと思う。
そして何よりも、自分が楽になれる。
うやむやにして不安や恐怖を自分の中で拡大させるよりは、さっさと見てとりあえず知っておくだけでもいいから何かしらタッチしておけば、後々自分にとって楽になる。
そしてホロスコープ。
これは私の中で最高の自己肯定材料だと思ってる。
過去の色んな体験、そして社会的に後ろ指差されるような体験、又は自分でも扱いづらいと思う自分自身、それら全部がホロスコープには刻まれている。
大人の発達障害の人たちが大人になってから自分の障害を知って、自分の特性は障害だったと知ってホッとしたというのは、私は直接当事者からも聞いたことがあるし、テレビや書面での記事なんかでも見る。
私はあの気持ちがわかる気がする。
私のホロスコープにあるものは、まさに私で、自分はそういう設定で生まれてる、又はそういう人生を決めて生まれてきた、と思う方が本当に楽になれる。
ある意味あきらめがつくし、自分を責める必要がなくなる。
代わりに、今度はその自分で楽しめる方法を模索しつつ色んな方法を試しつつ生きたらいい。
世間一般で良しとするような生き方には多分ならない。
人と同じような生き方をしようとしても、どこか無理がある。
世間とか周りの人たちからもたらされた価値観ではなく、自分の中の価値観で自分を見ることができるのが、ホロスコープだと思う。
心理的なアプローチだけでは私なんかはどこか自分を疑う気持ちが消えないけれど、ホロスコープで私はこういうところを持ってると客観的に言われたら「そうなんだ」と納得しやすい。
訳のわからない能力的なものだって、そういうものを持って生まれてるとわかれば、もう仕方ないかと思える(気がする)。
↑多分ここまでが8/5書いた気がする
毒出し続行中。
やっと終わった!いいところまできた!と思ったけれど、そうではなかったらしい。
この心の具合の悪さは、日食の影響ということにしよう!と仮定してる。
そう思う方が自分責めなくてよくなるから。
今回の日食のテーマは、さすがに調べた。
普段は「あ〜、日食なんだね〜」ぐらいな緩い感じで、知ったとしてもスルーしてたけれど、今回は色々内側から毒的なものがどんどん出てくるから調べた。
ビンゴで、今はそういう時期らしい。
だから、この毒出しでぐったりしてるのは、日食の影響ということにした。
こういう時、感情のアップダウンの振り幅はかなりでかくなる。
アップよりもダウン側に↓↓↓。
これは何回体験しても未だに慣れない。
毎回強烈に不安になる。
もう一生このままならどうしようかと途方に暮れる。
落ちる時の振り幅はデカイくせして、上がる時は微々たるもので自分でも気をつけて見ないとわからないぐらい。
8/6 23:00
今日(8/7)も多分引き続き毒を出す作業をすると思う。
昨日も相当具合が悪かったけれど、日中に1つ、そして夜になってまた1つ、これまで自分が捉えてなかったヒント的なサイトにポンと突然アクセスできた。
私は行き詰まると、ネットサーフィンをする。
こういう時はそもそも弱ってるから、余計と言葉に対するセンサーが高まっていて、自分にとって良いものにアクセスできる可能性が高くなる気がしている。
このアクセスは大切で、自分の毒出し的な状況だけを見ても良くなったのかそれともまだ停滞したままなのかはわからない。
だけど、アクセスしたものたちを見て、毒出ししたことでスペースができたなと思った。
入って来た情報の質が自分の心のバロメーター的な役割を果たす。
これまでにない視点だったから、あぁそんな見方があるんだと目からウロコだった。
それは毎回私が毒出し的なことをする度に引っかかるポイントで、そのポイントはもう一生付き合って自分を少しずつでも緩めていくしかないかな…というものだった。
自己否定する力に色んな負の力と負の価値観が引っ付いて、それを私は日々見えないところで自分で自分に与えてる。
これまでも色んな形でメスを入れてきたけれど、もうそういう自分と上手く付き合うしかないかなと思ってた。
本当にそれはその通りなんだけど、今回確実に今まで思ってもいなかった形でのヒントが来て、とにかく驚いた。
心の反発も半端なく出るだろうことは想像できるけれど、どっちみち毒出しなんてのは反発や抵抗が出るから、それならそうと、ちょっと違うのを試してみようかな、という感じ。
毒出し日記はまだまだ続くから、とりあえずここで1回アップしてしまおうと思う。
8/7 7:06
2018年8月3日金曜日
想いをのせる打ち上げ花火
〜2017年9月15日以降の日記より〜
・不安しかなかったあの最初の日、私○○さんの笑顔に本気で救われた。この人、こんな人がいたら大丈夫って本気で思えた。
今思ったらあの○○さんは相当がんばっていたのか、普段の感じとはずい分違うって気付いたのはもっと後。
・私人生で1人でこれからずっと生きていくことになっても、小さな幸せたくさん見つけたり感じたりしながらも生きていける自信がある。どんなこともそこをくぐり抜けて生きていける、そういう自信さえある。○○さんのいない世界だってそれに慣れたらまたその慣れた新しい日常が始まっていくことも想像できる。生きていけないなんて思わない。だけど、心が寂しいのは埋められない。
・“あぁまた今日も朝がきてしまった”と思っていた自分に教えてあげたい。未来のある日、私はその日1日を元気に迎えられることに心から喜んで、そして会いたい人に会える喜びいっぱいで仕事に行く日がくるって。
・すべてのピース、過去の失敗もつまずきもそれで良かったんだよって自分を全面的に肯定できる。それ位の威力がある出逢いだった。
・○○さんが何であってもいい。そのどれか1つか2つが私の中で究極嫌なところだったとしても、それでも一緒にいたい人、毎日の中に一緒の時間や空間を共有したい人、そう思わせる人だということ。
・○○さんの日常の適当さというか無頓着な感じを思うと、あの時さっと△△を手渡してくれたのは、トイレの中に隕石が落ちてくるよりももっともっと確率低い気がする。他にも人はたくさんいた。だけど、あの時○○さんがしてくれたのはたとえ偶然であったとしても○○さんしか、○○さんだけがしてくれた出来事だった。
・自分の色んなこと、それをさらけ出したり、隠し事できないとか、実際に会って何話すの?とか。そういうことがもう全てどうでもよくないけど二の次になって、それよりも今ここで繋がれるかどうかの瀬戸際なんだと思ったら、「手紙書くしかない」って。いつ渡すとか、渡し方とかそんなの後で考えたらいいって。それよりもまずは心の中にあるものを文字に置きかえて伝わるようにしなきゃって。迷いなんかなかった。他に選択肢も思い付かなかった。それしか頭になかった。
・傷付いたりとか失望したりとか、そんなの自分の問題だから自分で何とか時間かけて自分をケアしたらいい。でも想いをどんな形でも伝えるって、それは一生のうちで今しか与えられていないチャンス。本当にいなくなってからではもう何もできない。
・後悔はない。結果がどうであろうと、出逢うべくして出逢った人、そういう感じがするから。
・私は単に○○さんと離れたくない、想いが届かなくても日常の中に○○さんの存在があって欲しい、それ位シンプルなものだって気付かされた。
・いつか○○さんに伝言頼まれて、目も合わせてもらえなかった時、あれさえも嫌は嫌だったけど愛おしい時間だったなと思う。あの超ド級の不器用さ加減も○○さんの一部だと思うと、そしてそれを知り得たと思うだけで、嫌だったことさえ何か別の新しい意味が今は加わってる。
・私ずっと書いてるけど、こんなにも書くことがあるんだ。それ位色んなこと感じて、心の中で色んなことが起きてる。
(その日だけで13ページ書いてた。普段は1〜2ページ、長くて4ページ)
・異動の話聞いてもうこの世の終わりみたくなった。
・○○さんのこと見たいのに見ちゃまずいって思って遠慮した。
・あの辺りから時間が伸びた。確実に時間の感覚が変わった。
○○さんとの時間を体に魂に刻もうと細胞が全身中でフル回転してる。寝ても覚めても○○さん一色になってる今、それを体に残そうと記憶に残そうとしてる。
・自分の中にある気持ちを大事にしたい。現実の別れがあと72時間の中で本当に訪れたとしても。
・いっぱいがんばって何とかなることなら、私はどれだけでもがんばれてしまうと思う。そう思えるだけの人に出逢えたということ。
・40代に入らないと次の恋はしないんだろうなってずっとずっと思ってたから、だからこんな風にいきなり心の中に現れられたらびっくりする。
私はずっと自分1人で生きていく生き方を思い描いてた。誰かパートナーが欲しいって思ってても、私の頭の中の計画は常に私1人しかいなかった。誰かと生きていきたいって全く考えていなかった。だからこんなにも色んなことが突然起こって、頭や思考の理解はついていかなくて、でも現実に心は全力で反応してる。
ただただ一緒にいたいです。
・こんな変な出来事が人生の中にありましたよって、相手の人生にわざと足跡残す。
・あの手の手紙は未だかつてない。せめて、あんなに長い手紙を書いて渡した初めての女になりたいな、○○さんの人生の中で。
・心に痛みを覚えたり寂しくなったりしても、とにかく毎日毎日顔を合わせられる奇跡。それって、私が思っている以上に本当はとってもすごいことなんだと思う。出逢いももちろん、そしてそうやって毎日逢えるということも。
・“never end”って今アムロのYouTube見てたらそう言った。私の心の代弁だ。この日常が終わって欲しくない。
・止まらない時間、嫌でも来てしまう明日。
・私本当に何も知らない。知ってることは数えたら両手使っても余るかも。それ位、知らない。狂気の沙汰かと思った。ねぇ知らないんだよ、相手のこと、あなたの勘違いじゃない⁇って自分に何回も何回も問いかけてみた。
・○○さんの目に映ってる日々の景色とか、口の中に入る好きな食べ物の味とか、無意識にしてしまうクセとか。そういうのを知りたい自分がいる。
・(最後の挨拶のために)1分だけ普通にふるまえるパワーをください。
(最終日)
・多分私は遅かれ早かれ今みたいに動き出してたと思う。○○さんに近付きたくて、○○さんをもっともっと知りたかったから。
・○○さんは最後まで気まずそうだった。
・○○さんのダウンがなくなった時、景色が大きく変わった。たった1枚の服がこんなにも存在感を持ってたなんてびっくりする位。あの時寂しさがまたグーンと上がった。
・あそこに書いたことが○○さんの心に魂に届いてたらいい。それが届いてるなら、もう十分。一緒にいることが叶わないなら、それがいつかのどこかのタイミングで○○さんに届いたら御の字。
・今日(最終日)29.9.××の○○印を押した。それも事務さんに頼まれて!返す前に記念に押しておこうと思って(別の紙に)押して持ち帰ってきた。
・お父さんのおばあちゃんの旧姓、○○さんの最後の文字と一緒だ。今朝気付いた。
まだこの後も続く。
その日が来たからと言って時間や人生が止まるわけじゃない。
今伝えなきゃいけない気がして、突如日記を読んで書き始めた。
私の「〜〜しなきゃいけない気がする」の気が自分の中に昇ってくる時、基本その根拠も理由もない。
ただそういう感情が湧いて出てきたというだけ。
そういう時はもう理屈とか目的とかそんなの関係なくて、体が先に動く。
自分でもどうしてそうするのかなんて言葉では説明できない。
1つだけわかっていること。
それは、ここに書いたことを知ってて欲しい人がいて、その人に届けたいから私は書くということ。
ちなみに文中の40代に入らないと次の恋はしないと書いたのには理由がある。
私が何回か見てもらった占いのおばちゃんが言ってたことだった。
おばちゃんの言うことはいちいち当たるから、もう怖いぐらいだけれど、私はその何回にも渡って言われ続けたことがあった。
おばちゃんは私にある年齢のあたりで結婚話が浮上すると言っていた。
ただしそれを逃した場合、次は40何歳か忘れたけれど、ずい分と先になって、とにかく晩婚の域なんか超えて結婚できて良かったねみたいな感じになることは、かなり記憶にはっきりと残った。
ちなみに結婚話は浮上しなかったけれど、おばちゃんがピンポイントで言ってた年齢の時、確かにずい分と不思議な人間関係を私はある男性と関わることで持つことになった。
異性とかパートナーシップとかいう類いの関係ではなく、自分の人生の道筋が明らかになったり、自分の泥々した感情が表出するような、どちらかと言えば受け取りたくないタイプのものがたくさん出てくる人間関係を体験した。
だから相手云々というよりも、自分自身と向き合うきっかけをくれた人という感じだった。
「自分自身と繋がる」という意味で結婚と出たのかな?と後からかなり思った。
そんなこんなのことがあったから、おばちゃんが次は40何歳かに相当する西暦何年が結婚に繋がるみたいな話をしてたから、私はもう30代で誰かに出逢うことはない、と頑なに思ってた。
自分の生き方に向き合えってことなんだろうなぁ、気が重いなぁと思ったから、よく覚えてる。
だから、去年の夏は想定外過ぎた。
自分の辿った足あとをこうしてまた言葉に起こす。
恥ずかしくて仕方ないけれど、他に手段が思いつかないから、私は「有る」とも言えない小さな可能性に賭けて書く。
届いて欲しいから。
伝わって欲しいから。
(以降、いなくなってからの日記)
・私ずっと事務所の掃除機を避けてた。○○さんの机に近付きたかったけど、もういつかいなくなる○○さんの机の変化、それも存在を消していく方の変化を目の当たりにするのが嫌だったから。自分なりに抵抗してた。
(辞める時までそれは同じ気持ちで、私はその後も他の人からたまには交代しましょう!と言われた1回ないし2回しか事務所の担当はしなかった。)
・○○さん、下駄箱なくて良かった。知らないから、下駄箱見る必要ないから。思い出が少ない方が傷が浅くて済むって学んだから私なりの防御策。
(ないわけないと思うけれど、私はその場所がどこか知らなかった)
・○○さんのあの拒絶してますよアピールには心へこみかなり参ったけど、それでも一度も○○さんのこと嫌にならなかった。嫌いになれなかった。
・振り向いてもらえなくても、避けられても、私の気持ちは止まらなかった。近付きたい気持ちも、ドキドキしてしまうのも、自分で心臓の動きを止められないのと一緒で、もう1つ1つどうにもできなかった。そういう人に出逢えただけで奇跡で、それで満足できたらいいのにね。もっと一緒にいたくて、もっともっと知りたくて、そういう気持ちは増すばかりで困った。
・○○さん不在の1日目。○○さんの机を何度も何度も見た。もう送るだろう荷物しかない机の上。きれいに前向いて収まってる椅子。当たり前だけど、駐車場に車もない。
・時間がとてつもなく長くて、こんなにも時間の流れってゆっくりだったんだと驚いた。午前中なんて、いくら仕事をこなしてもちっとも時間が過ぎなくて愕然とした。時計を何度も見てしまった。
・(不在1日目)Sさんから、○○さん某趣味が大好きで、その中の☆☆というのが好きで、だから私の名字が武士俣でものすごいテンション上げてたって教えてもらった。
・「○○○○あ」も常連だったらしい。私もしあそこ採用されてたとしても、そこでは○○さんと知り合えなかった。出会いの場は想像もつかない方法で導かれる。
(10月以降)
・今日ノートを買った。一万年以上永久保存がきくと謳っているノート。そこに○○さんとの様々なことを残そうと思った。
・私が見た光景をひたすら綴ってる。頭の中にある思い出を文字で綴ってしまえば、またそれをいつでも振り返れる。
・毎日毎日奇跡は起きてて、ちょっとしたことでもその通りに物事が運ばないと○○さんとのやりとりは生まれなかったことを知る。
・Sさんが趣味繋がりで○○さんと仲良くしてくれてたおかげで、○○さん情報を色々教えてくれた。その情報だって、私がSさんの隣りの席で作業しなかったら仲良くすることもなかったから、しかもみんなから離れてひそひそ話できる環境も大事で。
本当に縁があって人生で出逢えた人なんだと思う。縁がない人とはいくら隣りにいても心も体も動かない。そしてこんな風に記憶に残らない。
・本音はもっと近付きたかったし、もっと一緒にいたかった。色んなことを共有してみたかったし、反対の部分があるなら、似ているところがあるなら、全部全部知りたかった。
・仕事はきっちりしたい信念の私が、心が勝手に乱されて、しょっちゅう集中力を欠いてた。○○さんに近付くだけで、○○さんが近くに来るたび、心臓が飛び出る位ドキドキした。
・恋とも愛とも呼ぶのに抵抗があって、唯一自分の中で抵抗なく受け入れられたのが、ある日でてきた「愛おしい人」だった。何がどう愛おしいのかなんてわからないけど、それだけはしっくりときた。
・○○さんの空気とか波動みたいなものがまだ残っている事務所は、どこか自分の中でぬくもりを感じる。ここが職場で良かった。
・涙の理由はうまく説明できないし、自分でも正直わからない。でも○○さんの姿、記憶から消えてしまいそうな思い出のワンシーンを思い出すと胸の奥の方から色んなものが出てきて、それと同時に涙も出る。どういう感情なのか自分でもよくわからない。そのよくわからない気持ちと涙が連動している。
・見えないところで繋がっていてタイミングが来たら再会できるならそれを信じたい。
・(ファイルの片付けをした時に書き込みを見つけた)1日で最大5ヶ所回るわけで、だから1つ1つの作業はわりかし短時間の短工程なんだろうけど、そこに手も抜かず、1つ1つきちんとするところにものすごーく好感が持てた。そういう誰も見ないところも手抜きしないのがいい。
・○○さんの字すごく好きだな。決してきれいではない。だけど○○さんの文字は○○さんが書いているからいい。初めて見た時から“こんな字書くんだ”って感動があって、そこに○○さんの存在を感じられるからさらにプラスαで感動してる。きれいな字は他にいくらでもある。でも○○さんの字は世の中にたった1つだから、それがいい。
・ある人のブログ読んですっごく納得したこと。ドキドキしようと思ってドキドキはできないこと。勝手にドキドキしてしまうこと、そしてそのドキドキのおかげで相手が自分にとって特別って気付けるようになっていること。
・ハートで魂で体中の細胞で○○さんに惹かれたのは本当だからそれだけは自信を持ってそうだったって言える。
・朝車の中でダウンジャケットのことを思い出した。私はなぜかあのダウンに最初から目が行った。最初は季節外れのダウンだから目が行ったのかと思ってた。だけど色んな意識が薄れていく中で、そこだけは切り取ったように風景を思い出せる。そしてそれがなくなったこと、その日の衝撃もすさまじかった。広い空間の中にたった1枚の服が姿を消すだけでこんなにも悲しく切ないことがあるんだろうかと思った。
・そろそろ1ヶ月になろうとしているけれど、あの頃と変わらずに毎日毎瞬○○さんのこと考えたり想ったり、いないのが寂しいのは同じで、前より心のうんと奥の方から勝手に涙が溢れるということ。忘れることも気持ちが離れることもなかった。
・あの瞬間の○○さん、今でも思い出せる。○○さんは無意識だったかもしれない。自分で自分のことに気付いてないかもしれない。でもあの時、確実に○○さんは思いっきり心をさらけ出してた。さらけ出そうとしたと言うより、隠せなかったんだと思う。
・なんだか不思議。○○さんはそばにいないのに、寝ても覚めても思い出すのは○○さんで、そして、それに伴い大切なことをたくさん思い出し始めてる。
・○○さんがいなくなってからの方が○○さんの姿をたくさん思い出すようになった。目で見えない分、心で心の目で見ている感じ。
・自分でも感心する位に観察していた。背格好とか歩き方とかよく覚えてる。今も同じ歩き方なんだろうなぁって想像できる。
・○○さんのことを思い出すと涙が出てくる。前よりもたくさん泣いてる気がする。私ってこんなに泣き虫だった⁇って自分でも驚く。言葉にできない想いがいつも広がっている。涙が出る時は、寂しいのか悲しいのか切ないのか他の何かなのか、どれかなんて知らないけれど、涙が出てくる。
・貸出簿の○○さんのサイン見てもえる。そこに確実に手書きの文字があって一人でもえてる。○○さんの文字見るだけでほっこりする。
・変な感動だけど、○○さんの存在を忘れてる時間がある(笑)!今日K市の雑貨屋が入ってるビルに入ってた時、ふと気付いた。「あっ、私今○○さんのこと忘れてた!」って。
・人生であんなにトキメキを覚えたのなんて、あれが1番。あのトキメキなくしては○○さんの存在には気付けなかった。
・○○さんの視界に入りたくて、○○さんの世界に自分の居場所が欲しくて、だから…。
・お互いにたくさんの前世があって、そしてお互いにたくさんの30数年分の今生の軌跡があって、そして今やっと出逢えた。
物静かな○○さんの存在に気付けるように、物事はたくさん設定された。本当なら接点なんてないはずなのに。Tさんに代わってから1ヶ月経ったけれど、どれだけ○○さんとの間で起こったことがイレギュラーだったかがよくわかる。
・私は後悔してない。伝えなければもっともっと後悔してた。ようやく出逢えたこと、それは○○さんに伝えたかったから。もうこのまま生涯を通じて再会できなかったとしても、それでも伝えて正解なんだと思う。自分が生きてるうちに、出逢えたことの奇跡とそれに対しての感謝や想いを伝える、それって絶対に大事。それが○○さんに私が伝わって欲しい方法で伝わらない結果が出てきても、そういうことじゃない。伝えるのが大切だったから。
・心の中でいつもいつも“○○さん”って呼びかけてる。○○さんと繋がりたくて、○○さんの顔見たくて、多分会えない今に絶望して、思い出を思い出してふっと何かに包まれたり、○○さんのことを想うとボロボロ泣けて…忙しい。○○さんのことでとにかく忙しい。
・どんな言葉遣いで、どんな声のトーンで、どんなテンションで、どんな表情で、どんな仕草で話してたんだろう。知りたいことは無限大にある。知れないことがこんなにも物足りないことなんて他にない。
・私は○○さんに何されても嫌いになれなかった。苦しい気持ちがどんなに湧いて、気まずくなって、早くこの瞬間が終われ!と思っても嫌いにもならなければ気持ちも薄れなかった。
・今の人生で出逢うことのなかった私のご先祖様たち。その3人の命無くしては今の私の命は存在しない。受け継がれた今があって、そして○○さんに出逢えた。私の人生に現れてくれた大切な人。心から大切な人。
・どうか○○○○さんと人生でお互いに生きているうちに再会させてください。
・どうにもならないことの方が、自分のことをさらけ出さなくていいし、かくしたいことはそのままにできるし、傷付くことも避けられるし、そちらの方がいいのかなぁと思ったけど、それは違うってわかった。ただただ近くにいたくて、一緒にいたくて、それだけで私はすごく幸せだった。自分の世界の中に○○さんがいるだけで、本当の本当に幸せだった。○○さんに会えるだけで仕事に行くのも、自分がただただ生きていることも、全てのことが愛おしくて特別だった。
・4人から名刺をもらった時、フリガナまでふってくれたTさんより、○○さんの“*”の字の方が印象的だった。4人の中で一番変わったところのない名前なのに、私が心にとめたのは○○さんの“*”の字だった。
・このテーブルの上で○○さん時々書き物してた。唯一共有して使っていたものかもしれない。
・この間考えてみたら、私だけ社内メールもないから、(業務)メールをもらうこともない。本当に見える形での繋がりは1つもないんだと改めて認識した。そういうものが1つもなくても、ずっとずっといる、このずっとずっと心の中というか頭の中というか、とにかくずっといる感じもなんだろう?って思う。
・今朝(11月下旬)仕事に行ったらSさんからメモがきてた。そこに「BUSHI様」とあって思わず笑ってしまった。Sさんのところに行って、その話をしたら、「そうですよ!私の中で武士俣さんの字はBUSHIです!そしてそれ○○さんも一緒ですよ!」と言ってもらえた。それだけで私はうれしくて、今日1日そのことを思い返してはニタニタしてた。
・好きとか愛してるとか言葉は逆に言えなくて、それだと何か限定的で、そうではないそれ以上の言葉では言い表せないような気持ちが溢れてる。
・今日から12月。○○さんがいなくなったのは秋の終わりの9月。冬の格好の○○さん見たかったな。Sさんいわく、シャカシャカなるパンツをいつもはいてて、そしてはきものは長靴。
・今日また新しい情報。○○さん、Kさん並みに整理整頓に励んでたんだって。私が聞き間違いかと思ったとSさんに言ったら、「たしかに!あの机見たらそう思うよね」って笑って言ってた。やっぱりあの(事務所全体が)汚いの気になるみたいですごいやってたって。
・(Sさんと旧体制と新体制についての違いを話す)見えるところと見えないところ、そのどちらに力を入れているか(が差になって表れている)で、私は○○さんみたいに見てないところでもしっかりしてる、そういうのを大切にしてる○○さんの方が信用できると言ったらSさんに「すっごいわかりやすい!そうだよね」って言ってもらえた。
・昼休み、これ耳にあててみてって言われて耳にして、最初よく聞こえなくて、でもよく聞いたら○○さんの携帯の着信音だった。あれだよ!と目をキラッと光らせながら教えてくれたSさん。
・○○さんをまとっていたあの空気の特別感は私だけじゃなくて他の人にも見えてたと思う。色んな人を観察していて、あの空気感は○○さんにしかないのがよくわかる。
・こんな風に誰かを想えるって、すごいしあわせだ。もう目の前にいなくて、切なくなって、会いたくても会えない現実に泣きそうになることもあるけれど、それでも○○さんを想う時間は本当にしあわせで、体の奥の方から温かい感じで満たされてる。もう自由に、○○さんの目を気にすることもなく、自分が想いたいように想える。自分で納得するまで、あきるまで、想い続けよう、もう止まらないんだからって、自分で自分に言えるようになった。
・もう生涯通じて会えない人かもしれないのに、そんなの関係なくして本当に大切な人。
・この日記の中では○○さんの前でさえ素直になれなかった私をそのまま出せる。色んな想いに溢れていて、その想いを感じたまま吐き出せる。よく書いたな、ここまで。この日記の半分が○○さんで占められてる。すごい存在感。
・おととい○○さんの同期の男の人が地方の事務所を一度も見たことないから見たいと言ってひょっこりやってきた。今は同じ課にいるらしい。いくつの地方事務所があるのか知らないけれど、そのポストは1つ。その中でたまたま新潟のここに異動になるなんてどれ位の確率なんだろう。しかも○○さんが会社にそもそも入社しないとだし、私だってあの会社に行かないといけない。そう考えると、本当の本当にめぐり合わせによる出逢いだってわかる。
・(次の日記帳購入)
ちょっと違うけど○○さんのスケジュール帳の感じに似ている。
(スケジュール帳は遠目にしか見たことがないけれど、なんとなくの雰囲気は似てると思った。)
・この夏はすごく特別だった。○○さんのことで全部うめつくされていた。
・2017年10大ニュース
第1位:○○○○さんに出逢えたこと。
・石井ゆかりさんの年占いに「今年はギフトを受け取る」ってあって、本当にギフトを受け取った。一番のギフトは○○さんとの出逢い。
・2017年の一文字は「逢」この一言にすべてが集約される。本当に大切な人と出逢わせてもらえたことが大きい。
・(ホロスコープ鑑定を受けた日)
○○さんとのこともすごく納得できた。過去世で会っていたり、そして近くにいたとするなら、この色んな感覚がよくわかる。そして、生きて年とっていく様をとなりで見ていたいとか、そういうのもよくわかる。私の感覚は、本当に純粋な思いだったことがわかる。
・(日記の文面を読むと、どうやら私は現実の体験と似た体験を夢でも追体験したらしい)
○○さんは資料を探してた。現実の出来事と何ら変わっていなかった。
でも私は(現実と同じことを夢で見たことじゃなくて)そこに数メートルも離れていないあの近距離に○○さんも私もいたことに驚いた。
つい少し前までは、お互いに30数年生きていても何の接点もなくてそれが互いの当たり前の日常だったのに、何の因果か同じ土地の同じ会社の事務所の中にいて、そしてたまたま○○さんは資料探してて、そしてその資料のありかを知らなかった。だから私は声をかけた。何か探してますか?って。しかもあのタイミングだった。私が自分の席でもSさんの隣りでもなく、あの机で何かしらをしていた時だった。
たしかにその10日後にその資料に関する仕事が予定されていたけれど、それだっていつのどのタイミングで誰がそれを発注するのか知らないけれど、そういうことが重なり合っていた。すべてのことが1㎜もずれることなく起こって○○さんもその仕事に実際に行くことになっていて、それで資料を探す。それって当たり前のことじゃない。そこで触れ合えるように、水面下でいろんなことが動いていた。知らない者同士が出逢えるように引き合わせてもらえる。それも自分で探すんじゃない。自分の意思とは全く関係のないようなところで。
・(辞める直前)
Sさんに資料にあった(○○さんとは関係のない全く別人の)2人の名前をくみあわせると“●●(下の名前)”になると言うと「これ、忘れようとするのをじゃましてる感じですね」と言われて笑った。
・(辞めた次の日)
ずっと仕事の机の中にあって、昨日それを初めて家に持ち帰ってきた。ようやく公の顔の任務を終えて、家に来てくつろいでる、そんな風に見えた。この名刺はこれからも大切にしようと思ってる。
・○○○○さんへ。○○さんに会いたいです。○○さんと言葉を交わしたいです。
・ブログに最後aitaiって書いた。○○さんに伝わるように。ユーミンの「目に映るすべてのものがメッセージ」の歌詞をそのままタイトルにして。その文字が目に入るように、そこだけ目立つようにローマ字で書いて。伝わって欲しい。
・昨日は○○さんが私に△△を渡してくれた日から1年だった。あんなにドキドキしたこともなかったな。○○さんよく私がそれ持ってないって気付いたな。すごい鈍そうだし、そしてそういう気遣い、基本しなさそうなのに。たまたまにしてはよくできてた。外でしかも炎天下での作業なんて、はっきり言ってすごく嫌だったし、その時、社内の人とそうでない人の区別もつかなくてそれもイヤだった。誰とも関わらなくていいように、コンテーナーのかげに隠れて、背中向けるようにして作業してた。そんな中、なぜか○○さんだけが私が持ってないことに気付いて、わざわざ持ってきてくれた。そう、○○さんだけが。
鈍くても気付ける位に大きなものを用意してくれてた。
・冥王星パワー全開だった2017年の夏、私は○○さんという1人の人のおかげで無事に乗り越えることができた。
・(ホロスコープ上の冥王星がらみの中年の危機の時というのは、全く想像もしていなかったところから、違う「生きる熱源」という刺激が与えられ、相当びっくりする。
〜『続・まついさんの連絡帳』〜より《2009.11.7アップ分参考》
○○さんはまさに違う“生きる熱源”の人だった。私は新潟に帰って誰かに恋する予定もなかったし、そもそも誰かに出逢えるとは思ってもいなかった。
・知りたかったな、○○さんが本当はどう思っていたのか。私に最初会った日、○○さんはSさんに仕事中ラインをしちゃうほど何かを感じてたのかな。私の名字に反応してたのか、それとも私に反応してたのかな…生きているうちに○○さんの口から聞けるといいな。本当はどう思ってたのか。
(Sさんいわく、○○さんが仕事中にラインするなんて相当有り得ないことだと説明してくれた。その日他にもやること満載で忙しかったと思うけれど、どういうわけか○○さんはSさんにラインをしてた。Sさんが「ほら、これ見てください」と言って、当時のやり取りを見せてくれたほどだった。確かにそれは私の初日の日で午前中だった。)
文中に出てくるSさん。
Sさんには最後仕事を辞める直前に○○さんをいいと思っていたことは話した。
ずっとすっとぼけて色々情報をもらっていて隠し事してるみたいで申し訳なかったのと、その他にもペンジュラムだのオルゴナイトだのを話すのにその話をしないと色々とごちゃごちゃになるのとで、本当に辞める直前に言った。
Sさんは何も気付かずに私に色んな情報を教えてくれてた。
何でそんなことが起こったのかは知らない。
だけど、私は本人から聞けなかった代わりに本人の個人的な趣味やら他のことやらやたらとSさんに聞いてもないのに教えてもらってた。
又聞きのさらに又聞き状態で知り得た例年の年末年始の過ごし方なんてのもあった。
年末の時の話だった。
それを耳にして、私の心は荒れに荒れた。
でもどうにもできないから、私はひたすら時間が過ぎて自分が大丈夫になるのを待つ他なかった。
余談だけれど、この心が荒れ狂った年末の日、ペンジュラムがナビデビューした。
心は大寒波通過中でも、私が私の人生を信じて大丈夫!と言わんばかりに、迷子の私を目的地にしっかりと連れて行ってくれた。
ちなみにその時に聞いた話をうんと後日に友達に言ったら、友達は面白いことを言い出した。
それって、すごい変な言い方だけど、その同僚の人も言わせられたのかもしれないよ、と。
友達のぶっ飛んだ予想はこうだった。
人の意識と意識は見えないところでも繋がっている。
その見えないところで、例えば相手がどう思うかとかどう反応するかを見たい!と思ったら、その思いがとりあえず空に放たれる。
そこでその放たれた意図とは知らずに、今回で言えばSさんの口を通じてぶっしーが知ることになる。
ぶっしーは知りたくなかったわけだけど知ることになって反応して、しかもブログにそれらしいこと書いたんだよね?
最終的に無意識にでも意図した本人に、例えばぶっしーの実際の反応がブログを通じて届いててもおかしくないと思う。
友達はそう言った。
ちなみにこの友達は、他にも色んなメッセージを私に何回か伝えてくれたけれど、1つ面白いことがある。
1年前の打ち上げ花火の日。
○○さんも他県からヘルプで一時的に事務所にいた年下の男の子を伴って花火を見に行ったとされる日、私もその友達と花火を見に行った。
偶然と言えば偶然だったかもしれない。
その偶然が重なった日、○○さんも友達も私も少なくとも1キロ2キロ圏内にはお互い近くにいたと思う。
その時に磁場が重なったのか何なのかはわからない。
でもそれから数ヶ月後、友達は私に不思議なことを何回かに分けて伝えてきた。
それもなぜか友達からしたら全く関係もなければ接点もない○○さんについて、○○さんに関する話や○○さんを連想させるものだった。
友達は予知とか見えないものを読み解くとかそういうことができる人じゃない。
本人もこれ私じゃないから、と言っていた。
友達の言葉を借りると「私、これをぶっしーに伝えるために言わされてる気がする」とのこと。
あの打ち上げ花火さえも、一体全体何を一瞬で繋げてしまったのか、今もって謎すぎる(←私の発言の方がおかしいかも…)。
本来繋がりのないものたちが繋がり出すという、本当に不思議なことがいくつもいくつもあった。
だからと言ってまとめるのはかなり無茶苦茶だけど、私はこのブログがある意味伝言板のような役割をしてくれるような気がしている。
○○さんの登場によって私の人生は、本当に想像もしていなかった方向にどんどん進んだ。
「違う生きる熱源」というのが、大げさでも何でもなく、○○さんはその存在だけじゃなく、本当にたくさんの旋風を巻き起こす原動力的な人物だったと思う。
そして私は見えない部分でも色んなことが繋がっているということを、○○さんに出逢って以降、主にペンジュラムやオルゴナイトを通じて見ることになった。
あんなのは映画や小説だけの世界かと思ったらそうではなかった。
見えなくても、携帯電話が電波を拾って世界中の誰とでも繋がるように、それ以外にも人と人とが見えないところで繋がることをたくさん見た1年だった。
そして電波なんていうのは、個人個人の力で設置してるのではなく、あるプロ集団の人たちがそれを設定してくれてる。
○○さんと私の間にあったことも、○○さんや私が意図したというのとは別に、見えないところで見えない電波みたいなものによって引き合わされたような感じも私は少なくともしている。
だから、このブログを通じて○○さんにきちんと伝わることも、私はそれはもしかしたら本当にそうなるかもしれないと予感している。
限りなく0に近くても、本当に0%ではないと思っている。
十分起こりうる可能性の中にあることだと思っている。
今日の打ち上げ花火の1番のメインの時、平原綾香の『Jupiter』が流れる。
“Every day I listen to my heart
ひとりじゃない
深い胸の奥でつながってる
果てしない時を超えて輝く星が
出会えた奇跡教えてくれる”
去年○○さんも見ただろう花火。
今年も同じ花火が同じ場所で上がる。
そして、私はその花火に託すように想いをのせる。
届けたい人に向かって想いを放つ。
出逢えた奇跡があるなら、また別の奇跡もあっていいと信じてる
・不安しかなかったあの最初の日、私○○さんの笑顔に本気で救われた。この人、こんな人がいたら大丈夫って本気で思えた。
今思ったらあの○○さんは相当がんばっていたのか、普段の感じとはずい分違うって気付いたのはもっと後。
・私人生で1人でこれからずっと生きていくことになっても、小さな幸せたくさん見つけたり感じたりしながらも生きていける自信がある。どんなこともそこをくぐり抜けて生きていける、そういう自信さえある。○○さんのいない世界だってそれに慣れたらまたその慣れた新しい日常が始まっていくことも想像できる。生きていけないなんて思わない。だけど、心が寂しいのは埋められない。
・“あぁまた今日も朝がきてしまった”と思っていた自分に教えてあげたい。未来のある日、私はその日1日を元気に迎えられることに心から喜んで、そして会いたい人に会える喜びいっぱいで仕事に行く日がくるって。
・すべてのピース、過去の失敗もつまずきもそれで良かったんだよって自分を全面的に肯定できる。それ位の威力がある出逢いだった。
・○○さんが何であってもいい。そのどれか1つか2つが私の中で究極嫌なところだったとしても、それでも一緒にいたい人、毎日の中に一緒の時間や空間を共有したい人、そう思わせる人だということ。
・○○さんの日常の適当さというか無頓着な感じを思うと、あの時さっと△△を手渡してくれたのは、トイレの中に隕石が落ちてくるよりももっともっと確率低い気がする。他にも人はたくさんいた。だけど、あの時○○さんがしてくれたのはたとえ偶然であったとしても○○さんしか、○○さんだけがしてくれた出来事だった。
・自分の色んなこと、それをさらけ出したり、隠し事できないとか、実際に会って何話すの?とか。そういうことがもう全てどうでもよくないけど二の次になって、それよりも今ここで繋がれるかどうかの瀬戸際なんだと思ったら、「手紙書くしかない」って。いつ渡すとか、渡し方とかそんなの後で考えたらいいって。それよりもまずは心の中にあるものを文字に置きかえて伝わるようにしなきゃって。迷いなんかなかった。他に選択肢も思い付かなかった。それしか頭になかった。
・傷付いたりとか失望したりとか、そんなの自分の問題だから自分で何とか時間かけて自分をケアしたらいい。でも想いをどんな形でも伝えるって、それは一生のうちで今しか与えられていないチャンス。本当にいなくなってからではもう何もできない。
・後悔はない。結果がどうであろうと、出逢うべくして出逢った人、そういう感じがするから。
・私は単に○○さんと離れたくない、想いが届かなくても日常の中に○○さんの存在があって欲しい、それ位シンプルなものだって気付かされた。
・いつか○○さんに伝言頼まれて、目も合わせてもらえなかった時、あれさえも嫌は嫌だったけど愛おしい時間だったなと思う。あの超ド級の不器用さ加減も○○さんの一部だと思うと、そしてそれを知り得たと思うだけで、嫌だったことさえ何か別の新しい意味が今は加わってる。
・私ずっと書いてるけど、こんなにも書くことがあるんだ。それ位色んなこと感じて、心の中で色んなことが起きてる。
(その日だけで13ページ書いてた。普段は1〜2ページ、長くて4ページ)
・異動の話聞いてもうこの世の終わりみたくなった。
・○○さんのこと見たいのに見ちゃまずいって思って遠慮した。
・あの辺りから時間が伸びた。確実に時間の感覚が変わった。
○○さんとの時間を体に魂に刻もうと細胞が全身中でフル回転してる。寝ても覚めても○○さん一色になってる今、それを体に残そうと記憶に残そうとしてる。
・自分の中にある気持ちを大事にしたい。現実の別れがあと72時間の中で本当に訪れたとしても。
・いっぱいがんばって何とかなることなら、私はどれだけでもがんばれてしまうと思う。そう思えるだけの人に出逢えたということ。
・40代に入らないと次の恋はしないんだろうなってずっとずっと思ってたから、だからこんな風にいきなり心の中に現れられたらびっくりする。
私はずっと自分1人で生きていく生き方を思い描いてた。誰かパートナーが欲しいって思ってても、私の頭の中の計画は常に私1人しかいなかった。誰かと生きていきたいって全く考えていなかった。だからこんなにも色んなことが突然起こって、頭や思考の理解はついていかなくて、でも現実に心は全力で反応してる。
ただただ一緒にいたいです。
・こんな変な出来事が人生の中にありましたよって、相手の人生にわざと足跡残す。
・あの手の手紙は未だかつてない。せめて、あんなに長い手紙を書いて渡した初めての女になりたいな、○○さんの人生の中で。
・心に痛みを覚えたり寂しくなったりしても、とにかく毎日毎日顔を合わせられる奇跡。それって、私が思っている以上に本当はとってもすごいことなんだと思う。出逢いももちろん、そしてそうやって毎日逢えるということも。
・“never end”って今アムロのYouTube見てたらそう言った。私の心の代弁だ。この日常が終わって欲しくない。
・止まらない時間、嫌でも来てしまう明日。
・私本当に何も知らない。知ってることは数えたら両手使っても余るかも。それ位、知らない。狂気の沙汰かと思った。ねぇ知らないんだよ、相手のこと、あなたの勘違いじゃない⁇って自分に何回も何回も問いかけてみた。
・○○さんの目に映ってる日々の景色とか、口の中に入る好きな食べ物の味とか、無意識にしてしまうクセとか。そういうのを知りたい自分がいる。
・(最後の挨拶のために)1分だけ普通にふるまえるパワーをください。
(最終日)
・多分私は遅かれ早かれ今みたいに動き出してたと思う。○○さんに近付きたくて、○○さんをもっともっと知りたかったから。
・○○さんは最後まで気まずそうだった。
・○○さんのダウンがなくなった時、景色が大きく変わった。たった1枚の服がこんなにも存在感を持ってたなんてびっくりする位。あの時寂しさがまたグーンと上がった。
・あそこに書いたことが○○さんの心に魂に届いてたらいい。それが届いてるなら、もう十分。一緒にいることが叶わないなら、それがいつかのどこかのタイミングで○○さんに届いたら御の字。
・今日(最終日)29.9.××の○○印を押した。それも事務さんに頼まれて!返す前に記念に押しておこうと思って(別の紙に)押して持ち帰ってきた。
・お父さんのおばあちゃんの旧姓、○○さんの最後の文字と一緒だ。今朝気付いた。
まだこの後も続く。
その日が来たからと言って時間や人生が止まるわけじゃない。
今伝えなきゃいけない気がして、突如日記を読んで書き始めた。
私の「〜〜しなきゃいけない気がする」の気が自分の中に昇ってくる時、基本その根拠も理由もない。
ただそういう感情が湧いて出てきたというだけ。
そういう時はもう理屈とか目的とかそんなの関係なくて、体が先に動く。
自分でもどうしてそうするのかなんて言葉では説明できない。
1つだけわかっていること。
それは、ここに書いたことを知ってて欲しい人がいて、その人に届けたいから私は書くということ。
ちなみに文中の40代に入らないと次の恋はしないと書いたのには理由がある。
私が何回か見てもらった占いのおばちゃんが言ってたことだった。
おばちゃんの言うことはいちいち当たるから、もう怖いぐらいだけれど、私はその何回にも渡って言われ続けたことがあった。
おばちゃんは私にある年齢のあたりで結婚話が浮上すると言っていた。
ただしそれを逃した場合、次は40何歳か忘れたけれど、ずい分と先になって、とにかく晩婚の域なんか超えて結婚できて良かったねみたいな感じになることは、かなり記憶にはっきりと残った。
ちなみに結婚話は浮上しなかったけれど、おばちゃんがピンポイントで言ってた年齢の時、確かにずい分と不思議な人間関係を私はある男性と関わることで持つことになった。
異性とかパートナーシップとかいう類いの関係ではなく、自分の人生の道筋が明らかになったり、自分の泥々した感情が表出するような、どちらかと言えば受け取りたくないタイプのものがたくさん出てくる人間関係を体験した。
だから相手云々というよりも、自分自身と向き合うきっかけをくれた人という感じだった。
「自分自身と繋がる」という意味で結婚と出たのかな?と後からかなり思った。
そんなこんなのことがあったから、おばちゃんが次は40何歳かに相当する西暦何年が結婚に繋がるみたいな話をしてたから、私はもう30代で誰かに出逢うことはない、と頑なに思ってた。
自分の生き方に向き合えってことなんだろうなぁ、気が重いなぁと思ったから、よく覚えてる。
だから、去年の夏は想定外過ぎた。
自分の辿った足あとをこうしてまた言葉に起こす。
恥ずかしくて仕方ないけれど、他に手段が思いつかないから、私は「有る」とも言えない小さな可能性に賭けて書く。
届いて欲しいから。
伝わって欲しいから。
(以降、いなくなってからの日記)
・私ずっと事務所の掃除機を避けてた。○○さんの机に近付きたかったけど、もういつかいなくなる○○さんの机の変化、それも存在を消していく方の変化を目の当たりにするのが嫌だったから。自分なりに抵抗してた。
(辞める時までそれは同じ気持ちで、私はその後も他の人からたまには交代しましょう!と言われた1回ないし2回しか事務所の担当はしなかった。)
・○○さん、下駄箱なくて良かった。知らないから、下駄箱見る必要ないから。思い出が少ない方が傷が浅くて済むって学んだから私なりの防御策。
(ないわけないと思うけれど、私はその場所がどこか知らなかった)
・○○さんのあの拒絶してますよアピールには心へこみかなり参ったけど、それでも一度も○○さんのこと嫌にならなかった。嫌いになれなかった。
・振り向いてもらえなくても、避けられても、私の気持ちは止まらなかった。近付きたい気持ちも、ドキドキしてしまうのも、自分で心臓の動きを止められないのと一緒で、もう1つ1つどうにもできなかった。そういう人に出逢えただけで奇跡で、それで満足できたらいいのにね。もっと一緒にいたくて、もっともっと知りたくて、そういう気持ちは増すばかりで困った。
・○○さん不在の1日目。○○さんの机を何度も何度も見た。もう送るだろう荷物しかない机の上。きれいに前向いて収まってる椅子。当たり前だけど、駐車場に車もない。
・時間がとてつもなく長くて、こんなにも時間の流れってゆっくりだったんだと驚いた。午前中なんて、いくら仕事をこなしてもちっとも時間が過ぎなくて愕然とした。時計を何度も見てしまった。
・(不在1日目)Sさんから、○○さん某趣味が大好きで、その中の☆☆というのが好きで、だから私の名字が武士俣でものすごいテンション上げてたって教えてもらった。
・「○○○○あ」も常連だったらしい。私もしあそこ採用されてたとしても、そこでは○○さんと知り合えなかった。出会いの場は想像もつかない方法で導かれる。
(10月以降)
・今日ノートを買った。一万年以上永久保存がきくと謳っているノート。そこに○○さんとの様々なことを残そうと思った。
・私が見た光景をひたすら綴ってる。頭の中にある思い出を文字で綴ってしまえば、またそれをいつでも振り返れる。
・毎日毎日奇跡は起きてて、ちょっとしたことでもその通りに物事が運ばないと○○さんとのやりとりは生まれなかったことを知る。
・Sさんが趣味繋がりで○○さんと仲良くしてくれてたおかげで、○○さん情報を色々教えてくれた。その情報だって、私がSさんの隣りの席で作業しなかったら仲良くすることもなかったから、しかもみんなから離れてひそひそ話できる環境も大事で。
本当に縁があって人生で出逢えた人なんだと思う。縁がない人とはいくら隣りにいても心も体も動かない。そしてこんな風に記憶に残らない。
・本音はもっと近付きたかったし、もっと一緒にいたかった。色んなことを共有してみたかったし、反対の部分があるなら、似ているところがあるなら、全部全部知りたかった。
・仕事はきっちりしたい信念の私が、心が勝手に乱されて、しょっちゅう集中力を欠いてた。○○さんに近付くだけで、○○さんが近くに来るたび、心臓が飛び出る位ドキドキした。
・恋とも愛とも呼ぶのに抵抗があって、唯一自分の中で抵抗なく受け入れられたのが、ある日でてきた「愛おしい人」だった。何がどう愛おしいのかなんてわからないけど、それだけはしっくりときた。
・○○さんの空気とか波動みたいなものがまだ残っている事務所は、どこか自分の中でぬくもりを感じる。ここが職場で良かった。
・涙の理由はうまく説明できないし、自分でも正直わからない。でも○○さんの姿、記憶から消えてしまいそうな思い出のワンシーンを思い出すと胸の奥の方から色んなものが出てきて、それと同時に涙も出る。どういう感情なのか自分でもよくわからない。そのよくわからない気持ちと涙が連動している。
・見えないところで繋がっていてタイミングが来たら再会できるならそれを信じたい。
・(ファイルの片付けをした時に書き込みを見つけた)1日で最大5ヶ所回るわけで、だから1つ1つの作業はわりかし短時間の短工程なんだろうけど、そこに手も抜かず、1つ1つきちんとするところにものすごーく好感が持てた。そういう誰も見ないところも手抜きしないのがいい。
・○○さんの字すごく好きだな。決してきれいではない。だけど○○さんの文字は○○さんが書いているからいい。初めて見た時から“こんな字書くんだ”って感動があって、そこに○○さんの存在を感じられるからさらにプラスαで感動してる。きれいな字は他にいくらでもある。でも○○さんの字は世の中にたった1つだから、それがいい。
・ある人のブログ読んですっごく納得したこと。ドキドキしようと思ってドキドキはできないこと。勝手にドキドキしてしまうこと、そしてそのドキドキのおかげで相手が自分にとって特別って気付けるようになっていること。
・ハートで魂で体中の細胞で○○さんに惹かれたのは本当だからそれだけは自信を持ってそうだったって言える。
・朝車の中でダウンジャケットのことを思い出した。私はなぜかあのダウンに最初から目が行った。最初は季節外れのダウンだから目が行ったのかと思ってた。だけど色んな意識が薄れていく中で、そこだけは切り取ったように風景を思い出せる。そしてそれがなくなったこと、その日の衝撃もすさまじかった。広い空間の中にたった1枚の服が姿を消すだけでこんなにも悲しく切ないことがあるんだろうかと思った。
・そろそろ1ヶ月になろうとしているけれど、あの頃と変わらずに毎日毎瞬○○さんのこと考えたり想ったり、いないのが寂しいのは同じで、前より心のうんと奥の方から勝手に涙が溢れるということ。忘れることも気持ちが離れることもなかった。
・あの瞬間の○○さん、今でも思い出せる。○○さんは無意識だったかもしれない。自分で自分のことに気付いてないかもしれない。でもあの時、確実に○○さんは思いっきり心をさらけ出してた。さらけ出そうとしたと言うより、隠せなかったんだと思う。
・なんだか不思議。○○さんはそばにいないのに、寝ても覚めても思い出すのは○○さんで、そして、それに伴い大切なことをたくさん思い出し始めてる。
・○○さんがいなくなってからの方が○○さんの姿をたくさん思い出すようになった。目で見えない分、心で心の目で見ている感じ。
・自分でも感心する位に観察していた。背格好とか歩き方とかよく覚えてる。今も同じ歩き方なんだろうなぁって想像できる。
・○○さんのことを思い出すと涙が出てくる。前よりもたくさん泣いてる気がする。私ってこんなに泣き虫だった⁇って自分でも驚く。言葉にできない想いがいつも広がっている。涙が出る時は、寂しいのか悲しいのか切ないのか他の何かなのか、どれかなんて知らないけれど、涙が出てくる。
・貸出簿の○○さんのサイン見てもえる。そこに確実に手書きの文字があって一人でもえてる。○○さんの文字見るだけでほっこりする。
・変な感動だけど、○○さんの存在を忘れてる時間がある(笑)!今日K市の雑貨屋が入ってるビルに入ってた時、ふと気付いた。「あっ、私今○○さんのこと忘れてた!」って。
・人生であんなにトキメキを覚えたのなんて、あれが1番。あのトキメキなくしては○○さんの存在には気付けなかった。
・○○さんの視界に入りたくて、○○さんの世界に自分の居場所が欲しくて、だから…。
・お互いにたくさんの前世があって、そしてお互いにたくさんの30数年分の今生の軌跡があって、そして今やっと出逢えた。
物静かな○○さんの存在に気付けるように、物事はたくさん設定された。本当なら接点なんてないはずなのに。Tさんに代わってから1ヶ月経ったけれど、どれだけ○○さんとの間で起こったことがイレギュラーだったかがよくわかる。
・私は後悔してない。伝えなければもっともっと後悔してた。ようやく出逢えたこと、それは○○さんに伝えたかったから。もうこのまま生涯を通じて再会できなかったとしても、それでも伝えて正解なんだと思う。自分が生きてるうちに、出逢えたことの奇跡とそれに対しての感謝や想いを伝える、それって絶対に大事。それが○○さんに私が伝わって欲しい方法で伝わらない結果が出てきても、そういうことじゃない。伝えるのが大切だったから。
・心の中でいつもいつも“○○さん”って呼びかけてる。○○さんと繋がりたくて、○○さんの顔見たくて、多分会えない今に絶望して、思い出を思い出してふっと何かに包まれたり、○○さんのことを想うとボロボロ泣けて…忙しい。○○さんのことでとにかく忙しい。
・どんな言葉遣いで、どんな声のトーンで、どんなテンションで、どんな表情で、どんな仕草で話してたんだろう。知りたいことは無限大にある。知れないことがこんなにも物足りないことなんて他にない。
・私は○○さんに何されても嫌いになれなかった。苦しい気持ちがどんなに湧いて、気まずくなって、早くこの瞬間が終われ!と思っても嫌いにもならなければ気持ちも薄れなかった。
・今の人生で出逢うことのなかった私のご先祖様たち。その3人の命無くしては今の私の命は存在しない。受け継がれた今があって、そして○○さんに出逢えた。私の人生に現れてくれた大切な人。心から大切な人。
・どうか○○○○さんと人生でお互いに生きているうちに再会させてください。
・どうにもならないことの方が、自分のことをさらけ出さなくていいし、かくしたいことはそのままにできるし、傷付くことも避けられるし、そちらの方がいいのかなぁと思ったけど、それは違うってわかった。ただただ近くにいたくて、一緒にいたくて、それだけで私はすごく幸せだった。自分の世界の中に○○さんがいるだけで、本当の本当に幸せだった。○○さんに会えるだけで仕事に行くのも、自分がただただ生きていることも、全てのことが愛おしくて特別だった。
・4人から名刺をもらった時、フリガナまでふってくれたTさんより、○○さんの“*”の字の方が印象的だった。4人の中で一番変わったところのない名前なのに、私が心にとめたのは○○さんの“*”の字だった。
・このテーブルの上で○○さん時々書き物してた。唯一共有して使っていたものかもしれない。
・この間考えてみたら、私だけ社内メールもないから、(業務)メールをもらうこともない。本当に見える形での繋がりは1つもないんだと改めて認識した。そういうものが1つもなくても、ずっとずっといる、このずっとずっと心の中というか頭の中というか、とにかくずっといる感じもなんだろう?って思う。
・今朝(11月下旬)仕事に行ったらSさんからメモがきてた。そこに「BUSHI様」とあって思わず笑ってしまった。Sさんのところに行って、その話をしたら、「そうですよ!私の中で武士俣さんの字はBUSHIです!そしてそれ○○さんも一緒ですよ!」と言ってもらえた。それだけで私はうれしくて、今日1日そのことを思い返してはニタニタしてた。
・好きとか愛してるとか言葉は逆に言えなくて、それだと何か限定的で、そうではないそれ以上の言葉では言い表せないような気持ちが溢れてる。
・今日から12月。○○さんがいなくなったのは秋の終わりの9月。冬の格好の○○さん見たかったな。Sさんいわく、シャカシャカなるパンツをいつもはいてて、そしてはきものは長靴。
・今日また新しい情報。○○さん、Kさん並みに整理整頓に励んでたんだって。私が聞き間違いかと思ったとSさんに言ったら、「たしかに!あの机見たらそう思うよね」って笑って言ってた。やっぱりあの(事務所全体が)汚いの気になるみたいですごいやってたって。
・(Sさんと旧体制と新体制についての違いを話す)見えるところと見えないところ、そのどちらに力を入れているか(が差になって表れている)で、私は○○さんみたいに見てないところでもしっかりしてる、そういうのを大切にしてる○○さんの方が信用できると言ったらSさんに「すっごいわかりやすい!そうだよね」って言ってもらえた。
・昼休み、これ耳にあててみてって言われて耳にして、最初よく聞こえなくて、でもよく聞いたら○○さんの携帯の着信音だった。あれだよ!と目をキラッと光らせながら教えてくれたSさん。
・○○さんをまとっていたあの空気の特別感は私だけじゃなくて他の人にも見えてたと思う。色んな人を観察していて、あの空気感は○○さんにしかないのがよくわかる。
・こんな風に誰かを想えるって、すごいしあわせだ。もう目の前にいなくて、切なくなって、会いたくても会えない現実に泣きそうになることもあるけれど、それでも○○さんを想う時間は本当にしあわせで、体の奥の方から温かい感じで満たされてる。もう自由に、○○さんの目を気にすることもなく、自分が想いたいように想える。自分で納得するまで、あきるまで、想い続けよう、もう止まらないんだからって、自分で自分に言えるようになった。
・もう生涯通じて会えない人かもしれないのに、そんなの関係なくして本当に大切な人。
・この日記の中では○○さんの前でさえ素直になれなかった私をそのまま出せる。色んな想いに溢れていて、その想いを感じたまま吐き出せる。よく書いたな、ここまで。この日記の半分が○○さんで占められてる。すごい存在感。
・おととい○○さんの同期の男の人が地方の事務所を一度も見たことないから見たいと言ってひょっこりやってきた。今は同じ課にいるらしい。いくつの地方事務所があるのか知らないけれど、そのポストは1つ。その中でたまたま新潟のここに異動になるなんてどれ位の確率なんだろう。しかも○○さんが会社にそもそも入社しないとだし、私だってあの会社に行かないといけない。そう考えると、本当の本当にめぐり合わせによる出逢いだってわかる。
・(次の日記帳購入)
ちょっと違うけど○○さんのスケジュール帳の感じに似ている。
(スケジュール帳は遠目にしか見たことがないけれど、なんとなくの雰囲気は似てると思った。)
・この夏はすごく特別だった。○○さんのことで全部うめつくされていた。
・2017年10大ニュース
第1位:○○○○さんに出逢えたこと。
・石井ゆかりさんの年占いに「今年はギフトを受け取る」ってあって、本当にギフトを受け取った。一番のギフトは○○さんとの出逢い。
・2017年の一文字は「逢」この一言にすべてが集約される。本当に大切な人と出逢わせてもらえたことが大きい。
・(ホロスコープ鑑定を受けた日)
○○さんとのこともすごく納得できた。過去世で会っていたり、そして近くにいたとするなら、この色んな感覚がよくわかる。そして、生きて年とっていく様をとなりで見ていたいとか、そういうのもよくわかる。私の感覚は、本当に純粋な思いだったことがわかる。
・(日記の文面を読むと、どうやら私は現実の体験と似た体験を夢でも追体験したらしい)
○○さんは資料を探してた。現実の出来事と何ら変わっていなかった。
でも私は(現実と同じことを夢で見たことじゃなくて)そこに数メートルも離れていないあの近距離に○○さんも私もいたことに驚いた。
つい少し前までは、お互いに30数年生きていても何の接点もなくてそれが互いの当たり前の日常だったのに、何の因果か同じ土地の同じ会社の事務所の中にいて、そしてたまたま○○さんは資料探してて、そしてその資料のありかを知らなかった。だから私は声をかけた。何か探してますか?って。しかもあのタイミングだった。私が自分の席でもSさんの隣りでもなく、あの机で何かしらをしていた時だった。
たしかにその10日後にその資料に関する仕事が予定されていたけれど、それだっていつのどのタイミングで誰がそれを発注するのか知らないけれど、そういうことが重なり合っていた。すべてのことが1㎜もずれることなく起こって○○さんもその仕事に実際に行くことになっていて、それで資料を探す。それって当たり前のことじゃない。そこで触れ合えるように、水面下でいろんなことが動いていた。知らない者同士が出逢えるように引き合わせてもらえる。それも自分で探すんじゃない。自分の意思とは全く関係のないようなところで。
・(辞める直前)
Sさんに資料にあった(○○さんとは関係のない全く別人の)2人の名前をくみあわせると“●●(下の名前)”になると言うと「これ、忘れようとするのをじゃましてる感じですね」と言われて笑った。
・(辞めた次の日)
ずっと仕事の机の中にあって、昨日それを初めて家に持ち帰ってきた。ようやく公の顔の任務を終えて、家に来てくつろいでる、そんな風に見えた。この名刺はこれからも大切にしようと思ってる。
・○○○○さんへ。○○さんに会いたいです。○○さんと言葉を交わしたいです。
・ブログに最後aitaiって書いた。○○さんに伝わるように。ユーミンの「目に映るすべてのものがメッセージ」の歌詞をそのままタイトルにして。その文字が目に入るように、そこだけ目立つようにローマ字で書いて。伝わって欲しい。
・昨日は○○さんが私に△△を渡してくれた日から1年だった。あんなにドキドキしたこともなかったな。○○さんよく私がそれ持ってないって気付いたな。すごい鈍そうだし、そしてそういう気遣い、基本しなさそうなのに。たまたまにしてはよくできてた。外でしかも炎天下での作業なんて、はっきり言ってすごく嫌だったし、その時、社内の人とそうでない人の区別もつかなくてそれもイヤだった。誰とも関わらなくていいように、コンテーナーのかげに隠れて、背中向けるようにして作業してた。そんな中、なぜか○○さんだけが私が持ってないことに気付いて、わざわざ持ってきてくれた。そう、○○さんだけが。
鈍くても気付ける位に大きなものを用意してくれてた。
・冥王星パワー全開だった2017年の夏、私は○○さんという1人の人のおかげで無事に乗り越えることができた。
・(ホロスコープ上の冥王星がらみの中年の危機の時というのは、全く想像もしていなかったところから、違う「生きる熱源」という刺激が与えられ、相当びっくりする。
〜『続・まついさんの連絡帳』〜より《2009.11.7アップ分参考》
○○さんはまさに違う“生きる熱源”の人だった。私は新潟に帰って誰かに恋する予定もなかったし、そもそも誰かに出逢えるとは思ってもいなかった。
・知りたかったな、○○さんが本当はどう思っていたのか。私に最初会った日、○○さんはSさんに仕事中ラインをしちゃうほど何かを感じてたのかな。私の名字に反応してたのか、それとも私に反応してたのかな…生きているうちに○○さんの口から聞けるといいな。本当はどう思ってたのか。
(Sさんいわく、○○さんが仕事中にラインするなんて相当有り得ないことだと説明してくれた。その日他にもやること満載で忙しかったと思うけれど、どういうわけか○○さんはSさんにラインをしてた。Sさんが「ほら、これ見てください」と言って、当時のやり取りを見せてくれたほどだった。確かにそれは私の初日の日で午前中だった。)
文中に出てくるSさん。
Sさんには最後仕事を辞める直前に○○さんをいいと思っていたことは話した。
ずっとすっとぼけて色々情報をもらっていて隠し事してるみたいで申し訳なかったのと、その他にもペンジュラムだのオルゴナイトだのを話すのにその話をしないと色々とごちゃごちゃになるのとで、本当に辞める直前に言った。
Sさんは何も気付かずに私に色んな情報を教えてくれてた。
何でそんなことが起こったのかは知らない。
だけど、私は本人から聞けなかった代わりに本人の個人的な趣味やら他のことやらやたらとSさんに聞いてもないのに教えてもらってた。
又聞きのさらに又聞き状態で知り得た例年の年末年始の過ごし方なんてのもあった。
年末の時の話だった。
それを耳にして、私の心は荒れに荒れた。
でもどうにもできないから、私はひたすら時間が過ぎて自分が大丈夫になるのを待つ他なかった。
余談だけれど、この心が荒れ狂った年末の日、ペンジュラムがナビデビューした。
心は大寒波通過中でも、私が私の人生を信じて大丈夫!と言わんばかりに、迷子の私を目的地にしっかりと連れて行ってくれた。
ちなみにその時に聞いた話をうんと後日に友達に言ったら、友達は面白いことを言い出した。
それって、すごい変な言い方だけど、その同僚の人も言わせられたのかもしれないよ、と。
友達のぶっ飛んだ予想はこうだった。
人の意識と意識は見えないところでも繋がっている。
その見えないところで、例えば相手がどう思うかとかどう反応するかを見たい!と思ったら、その思いがとりあえず空に放たれる。
そこでその放たれた意図とは知らずに、今回で言えばSさんの口を通じてぶっしーが知ることになる。
ぶっしーは知りたくなかったわけだけど知ることになって反応して、しかもブログにそれらしいこと書いたんだよね?
最終的に無意識にでも意図した本人に、例えばぶっしーの実際の反応がブログを通じて届いててもおかしくないと思う。
友達はそう言った。
ちなみにこの友達は、他にも色んなメッセージを私に何回か伝えてくれたけれど、1つ面白いことがある。
1年前の打ち上げ花火の日。
○○さんも他県からヘルプで一時的に事務所にいた年下の男の子を伴って花火を見に行ったとされる日、私もその友達と花火を見に行った。
偶然と言えば偶然だったかもしれない。
その偶然が重なった日、○○さんも友達も私も少なくとも1キロ2キロ圏内にはお互い近くにいたと思う。
その時に磁場が重なったのか何なのかはわからない。
でもそれから数ヶ月後、友達は私に不思議なことを何回かに分けて伝えてきた。
それもなぜか友達からしたら全く関係もなければ接点もない○○さんについて、○○さんに関する話や○○さんを連想させるものだった。
友達は予知とか見えないものを読み解くとかそういうことができる人じゃない。
本人もこれ私じゃないから、と言っていた。
友達の言葉を借りると「私、これをぶっしーに伝えるために言わされてる気がする」とのこと。
あの打ち上げ花火さえも、一体全体何を一瞬で繋げてしまったのか、今もって謎すぎる(←私の発言の方がおかしいかも…)。
本来繋がりのないものたちが繋がり出すという、本当に不思議なことがいくつもいくつもあった。
だからと言ってまとめるのはかなり無茶苦茶だけど、私はこのブログがある意味伝言板のような役割をしてくれるような気がしている。
○○さんの登場によって私の人生は、本当に想像もしていなかった方向にどんどん進んだ。
「違う生きる熱源」というのが、大げさでも何でもなく、○○さんはその存在だけじゃなく、本当にたくさんの旋風を巻き起こす原動力的な人物だったと思う。
そして私は見えない部分でも色んなことが繋がっているということを、○○さんに出逢って以降、主にペンジュラムやオルゴナイトを通じて見ることになった。
あんなのは映画や小説だけの世界かと思ったらそうではなかった。
見えなくても、携帯電話が電波を拾って世界中の誰とでも繋がるように、それ以外にも人と人とが見えないところで繋がることをたくさん見た1年だった。
そして電波なんていうのは、個人個人の力で設置してるのではなく、あるプロ集団の人たちがそれを設定してくれてる。
○○さんと私の間にあったことも、○○さんや私が意図したというのとは別に、見えないところで見えない電波みたいなものによって引き合わされたような感じも私は少なくともしている。
だから、このブログを通じて○○さんにきちんと伝わることも、私はそれはもしかしたら本当にそうなるかもしれないと予感している。
限りなく0に近くても、本当に0%ではないと思っている。
十分起こりうる可能性の中にあることだと思っている。
今日の打ち上げ花火の1番のメインの時、平原綾香の『Jupiter』が流れる。
“Every day I listen to my heart
ひとりじゃない
深い胸の奥でつながってる
果てしない時を超えて輝く星が
出会えた奇跡教えてくれる”
去年○○さんも見ただろう花火。
今年も同じ花火が同じ場所で上がる。
そして、私はその花火に託すように想いをのせる。
届けたい人に向かって想いを放つ。
出逢えた奇跡があるなら、また別の奇跡もあっていいと信じてる
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