ついさっき読んだ本の中に、肉体ばかりでなく魂にも食べ物を与えよ、
というような表現があった。
大元は、エレクトリックトランペッター(ってトランペットの仲間??)近藤等則さんという方の
言葉らしい。
この魂にやる食べ物というのが、個人的にとてもすとんと入ってきた。
わくわくしよう!とか、楽しいことしよう!とか、体と心に良いものを取り入れよう!とか、
そういう風に表現されるものよりも、遥かにわかりやすかった。
同じことを言っているのかもしれないけど、
言葉が違うだけで、こうも自分への入り方が違うことにも驚いた。
ちょうど本を読んでいた時間、10月の夕暮れ時の時間帯で、
ベランダに干してあった足ふきマットに夕日が照らされて、足ふきマットがきらきらと光っていた。
それを見て、「魂に今ひとつ食べ物をやった」と思った。
色んな条件が重なってたまたま生まれた瞬間に、目と心の両方が奪われた。
ここ1~2年は特にそうだけど、自分で何をしていると楽しかったり、
心身共々全身が満たされるような感じなのかがわからなくなりつつある。
何をしていても違うように感じたりすることさえある。
いきなり大きなものをどんとつかまえようとか意気込むのではなく、
こういう日々の小さな魂への栄養補給を、くりかえし、くりかえししていくことが
大事なのかもしれない。
おなかが空いたら何かを食べるように、
魂が空いたら何かを食べたらいい。
(執筆:2014年10月7日)
ぶっしーご無沙汰してました(^^)
返信削除久々に、コメントお邪魔します♪
「魂に食べ物をやる」って、体に沁みるような深い表現だねぇ。
よく言われる「わくわく・ときめき」ってゆうイメージに限定して
自分を満たし続けようとすると、意外とパワーがいる(私だけ?)
ような気がするけれど、
魂は、もっともっと日常的でありふれたものにも「美味しさ」を感じて
栄養にすることができる、繊細かつ精妙な味覚を持っているのかも。
ちなみに、私が最近たましいに小さな栄養補給をしたのは、
例の「昨夜のカレー、明日のパン」というドラマからです。
ドラマに毎回登場する高山なおみさんの料理が、
22時過ぎにもかかわらず、私のお腹を空かせまくる・・・(笑)。
そして、原作者(木皿泉)が担当する脚本は、
毎回必ず「名セリフ」が用意されていて、見終わったあとに、
じんわり、しんみり、ちょっと悲しいんだけれど、悲しいのになぜか
明日への力がほのかに湧くような・・・そんなドラマで、
毎週楽しみに見てます。 原作読まなきゃ!って思ってる♪
先日の日記にあった「自分が興味のないものは、興味のあるものより
はっきりわかる」っていう言葉と、この「魂にも食べ物を与える」という言葉、
いまの私にとって、すごく参考になりました! ありがとう(^^)♪
さんごさんへ。
返信削除コメントありがとう^^
今色々動きがあって落ち着かない時期なのかもしれないけど、
さんごさんのコメントが爽快で、読了感がさわやかな感じで気持ちいい♪
細かいニュアンスをとても丁寧に伝えてくれるところとか、
そういうのが毎回とてもうれしいです。
さんごさん、どうもありがとう!
ちなみに。
今日さきほどアップしたところに出てくる太朗さんも、さんごさんと同じように
例のドラマを大絶賛していた!
それでかる~く2時間は演説するがごとく、良さを語りまくってた後、
このさんごさんからも推薦が出て、あぁ本当にいいドラマなんだろうなぁと思った。
わたしはDVD発売を待とうと思います(涙)。
ちなみに、今木皿さんの『二度寝で番茶』というエッセイを借りて読んでいるけど、
これもめちゃくちゃいい!
おススメです♪
名古屋も寒くなってきた・・・
お互い温かくして冬への準備しましょ♪
さんごさん、特に冷えには気をつけて(笑)