2013年12月16日月曜日

派遣の窓から見える世界

10月の第2週から行き出した仕事。
何一つ自分のこれからを決められず、「これ!」と言ってやりたい!ということもなく。
かと言って、働かず0円生活なんてできるわけもなく。
派遣会社を数社回って、ようやく自分の条件と8、9割合致したのが今の仕事だった。


会社自体の業種で言えば、これまで一度も足を踏み入れたことのない分野だった。


今も変わらず、興味も湧かない、多分一生湧かないようなところに身を置いて
早10週間が経過した。



話は変わるが、
大型書店に行くと、あの高さは2メートル以上あって、それが両脇に何メートルも立ちはだかり、その巨大な本棚には溢れんばかりのビジネス書…
という光景がいつも不思議は不思議だった。


しかもそれが1列だけではない。
何列かビジネス書が続く。


あんなにたくさんの情報をどうするのだろうかと思っていた。


今の職場に行って、あれらのビジネス書が必要なんだろうと妙に納得してしまった。


どういうことかというと、
感情や個人の独創性なんかをもろに出していては仕事にならない。


ものすごく個人的な感想になってしまうけど、
数十年、もしくは一世紀以上読み継がれているビジネス書はさておき、
来年には本棚には並ばなそうな本たちは、
往々にして「how to本」の類いになってる。


全部が全部、how to本ではないにしても、
大半は、ビジネスのある特定の分野の特定のピンポイントにおけるhow to攻略のようになっている。


そこに感情だとか個人の独創性なんかをわんさか盛り込んだら
そしてそれを推奨したりなんかしたら
多分、日本の経済界は回らない。


how toは、どこか没個性を推進させるにおいがする。


当たり前だけど、
人間で、感情があって、おのおの思うことがあって…
そんなの当たり前だとこれまで思っていたし今も思っているけれど、
それらを押し殺さないと仕事にならない仕事がこの世にあるとは
今の仕事を始めるまで想像だにしていなかった。


職場の中をよく観察していると、
ひとりひとり個性があるし、
多分それぞれ感じてることや思ってることがあるだろうことも伝わってくる。


だけど、そういうことよりも
会社が定めた規定やマニュアルが最優先される。
その最優先されたものに、人間が合わせるしかない事態に陥っている。


規定やマニュアルももちろん誰か人間が作成したものではあるけれど、
それは売上とか効率とかを最重要視して作られたものに他ならないだろうという気がする。
人間が人間として備わっている「喜怒哀楽」をどこか隠してする仕事、
機械のように無機質になることを推奨しているかのような雰囲気、
わたしはいつまでそこに違和感を感じ続けられるのだろうかと自分が心配になる。


11年、12年の社会人生活を振り返る。
どんな仕事をしていても、基本的にわたしは感情をもろに剥き出し、
もちろん猫をかぶったり営業用の笑顔も声も作る場面だって多少あったけど、
それでもずっと自分をある程度丸出しにしてたんだなぁと思う。


だから、そうではない環境に今身を置いて違和感を覚える。



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