>>>その人のいない風景 初日出勤前
3週間弱、雨降り県の新潟で雨がほとんど降らないという謎の快挙を遂げた去年の秋。
もうどうにもならないと感じた私は、手紙を書こうと考えて動き始めた日から毎日欠かさず墓参りを始めた。
その人との全部をご先祖様によろしく、よろしくと頼みまくった。
困った時だけの墓参りという何とも罰当たりな先祖供養を始めた私だったけれど、どういうわけかとにかく毎日晴れか曇りだった。
雨が降った日もゼロではなかったけれど、墓参りの時だけ雨が上がっていた。
私は本気で何かに守られてると感じた。
最後にその人の後ろ姿を見た後、私は日記にこう書いた。
「○○さんが最後私に背中向けてたけど、多分っていうか絶対に私は明日も○○○○さんを見守ってくださいって武士俣家のご先祖様たちにお願いする。そうしたいから。結果は結果、祈りたいことは今日と明日でそう変わらない」
で、予定通り墓参りを敢行するわけだけど、なんとその日は朝から大雨だった。
私の心の天気と同じだった。
その人不在の初日、まさに私の心模様と激しく降る外の空模様が重なった。
大真面目に、私が泣けない分、空が代わりに号泣してくれてると思った。
私はその日の朝、出勤前に朝マックしに行った。
職場の方向とは違う。
その人の最終日の翌日に朝マックしたのは、今回日記を開くまで忘れていた。
読んでもいまいち思い出せなかった。
多分だけど、私は心の中の強い感情たちに触れなくても済むように、わざと自分を忙しくしたんだと思う。
お盆前にも朝マックをした。
ちなみにその日私は少しだけ遅刻した。
まさか朝マックしてたらうっかり遅くなりました、なんて言えないから、しれっと少し遅れますとだけ言うために電話を入れた。
そのお盆の時の朝マックで、私は日記帳にその人のことを初めて書こうかと考えた。
だけど、どういうわけか書かなかった。
書いたら自分の思っていることを認めることになりそうで怖かったのかもしれない。
もしくはまだまだ認めたくなかったのかもしれない。
いずれにしても、明言は避けた。
明言どころかその人を表すような表現も一切書かなかった。
次のページはいきなり北九州になっている。
約3000万年前の歴史が残るスポットに私はいた(そこにそのような説明書きの看板があった)。
日付は8月25日。
「前回から書こうか書かまいかずっと迷ってた。書いてしまうと本当になりそうで、“本当になりそう”って言い方もおかしなものだけど、自分の中で“そうだ”と認識するのにずい分と勇気が必要だった。気の迷いやかん違いじゃないかと思ったこともたくさんある」
新潟から何百キロと離れた土地のところで
その人の名前を初めて日記帳に記した。
手紙を書く1ヶ月前は、まだ朝マックで自分の気持ちは何なのか疑っていて、そしてその人がいなくなる1ヶ月前にようやく日記帳にその人の名前が登場。
私の気持ちのペースはそれぐらいゆっくりだったのに、その人の異動はあまりにも急過ぎた。
その人の名前さえ書けなかったお盆前の朝マックの風景を多分思い返していたんじゃないかと思う。
朝マックの中で、私はその人のいない事務所を想像しては自分のメンタルを整えることに躍起になっていた。
職場の掃除についてもこの時初めて回想している。
かなり早い時期から私は事務所の掃除を避けていた。
週に1回の掃除は、みんなで分担して行う。
場所は決まっていなかったし、その時々でローテーションする仕組みだった。
でも私はかなり最初の頃に2回ないし3回事務所を掃除した後は、とことん避けて違うところ、絶対に誰も代わりたくないだろう階段、そして誰も男性がいない時はもれなくセットの男子トイレを担当した。
私の中で事務所掃除の記憶が本当にきちんと残っているのは1回しかない。
その1回もこんな風だった。
机のごちゃごちゃぶりよりも、角の黒のダウンの方が気になった。
今6月なのに…って。
私はわざわざそちらを向いてガン見した、ダウンの方を。
仕事初めの頃から気にはなっていたけれど、至近距離で見るとより一層気になって仕方なかった。
同時に、それを見てその人は独身かもしれないと思った。
私の脳内変換はこんな風だった。
指輪をしてないのは知ってた(男の人の指輪をチェックするのは、自分でもどうかと思うぐらいに瞬時にしてしまう)。
でも、指輪なし=独身とは限らない。
その人のことが気になっているなんて当時の私は自分のことを全く思っていなかった、そんな時に空想したこと。
奥さんがいたとするなら…
↓
転勤族なら多分奥さん同伴なはず
(これまでの職場で転勤妻たちが多数いたから、転勤族の場合、子どもがある程度の年齢になるまでは夫婦一緒の場合が多いと知った。もちろん例外もあるけれど)
↓
奥さんいたら「ねぇダウンどうしたの?」と聞くはず
↓
ダウンがあるということは、
・本人が我関せず
・奥さんも我関せず
のいずれか
↓
後者は考えにくいから、多分独身なのかな
というすごい数式を頭で立てて見ていた。
余談が過ぎたけれど、そんな余裕ぶっこいて分析できたのはそれ1回きりで、その後は本格的にその掃除の係を避けた。
見たいのは山々だったけれども(机を見たいというよりか、その人らしさが出ているものを目にしたかった)、いつかいなくなるのは知っていたから、見たくないと思った。
今振り返ったら、不思議な通達だったことに気付いた。
仕事初日の日、私の教育係の人は、なぜかその人とその後輩くんのことだけ言及して私に伝えてきた。
「○○さんはいつか異動になるし、●●くんはこの間来たばっかりなんだよ」
今の今まで全く気付かなかったけれど、私は2人とは全く仕事の絡みがない。
なんなら所属さえ違う。
そして本来の所属側の男性陣も異動がある。
なのに、私が説明されたのはその2人のことだけだった。
今考えたらとてもおかしな話で、その説明ははっきり言っていらない。
なのにその人は私にその2人についてだけ説明をした。
だから初日にして私はその人がいつか異動する人だというのは知っていた。
自分の気持ちも全くわかってなかった頃から、「いつかいなくなる人だから、その人がいなくなったとわかる風景だけは絶対に見たくない」という、順番がはちゃめちゃだけど、そういう気持ちがたしかにあった。
そして、異動すると知っていたから、近寄ったら危ない人として私は認識した。
だからわりかし早い時期から、その人と何かが起こるなんて全く考えられなかった。
でも掃除なんてそんなことまで本来想像して取り組む領域ではないはずなのに、今考えたらものすごく無意識にそんなことを思って避けていた。
その人がいる周りの風景だけは同じであって欲しかったんだと思う。
こうして振り返るとわかるけれど、その人に対して感じたことや思ったことは、そんな風にして実は早い時期から始まっていた。
だけど、私がそれを認識して、さらにそう思っている自分の気持ちを受け入れるのに、ものすごく時間がかかっていたから、私が本格的に認識できたのはその人がいなくなる1ヶ月前だった。
もう1つシミュレーションをした。
駐車場と机以外は、多分見てもいなくなったってわからないはず、それはすなわち心へのダメージも最小限にとどめることができるはず…と考えた。
日記には、その人の下駄箱を知らなくて良かったと書いている。
それはかなり良くて、結局最後までその人の下駄箱がどこかわからなかったから、視界に入る「不在」のしるしが少なくて済んだ。
これは私を大いに喜ばせた。
ちなみに、昨日は手元に割れた携帯がなくて確認できなかったけれど、今充電をして駐車場の写真をいつ撮ったのか見た。
その人の最終日の朝、撮影していた。
何日も前じゃなくて、いなくなるその日に朝慌てて撮ったんだと思う。
もう見れない景色だから、残しておきたい、咄嗟にそう思ったんだと思う。
撮影時間は始業4分前になっていた。
朝マックの時に書いた日記より。
「○○さんのあの拒絶してますよアピールには心へこみかなり参ったけど、それでも一度も○○さんのこと嫌にならなかった。嫌いになれなかった。」
「振り向いてもらえなくても、避けられても、私の気持ちは止まらなかった。近付きたい気持ちも、ドキドキしてしまうのも、自分で心臓の動きを止められないのと一緒で、もう1つ1つどうにもできなかった。」
そして日記の最後に、どうして喋らない仕事だったのか、その意味がわかったというようなことを書いていた。
要は喋らない、人と関わらない仕事だったからこそ、自分の心の動きに気付けた、と。
「それも見越して今の仕事が用意されてたとしたらすごい」とあり、「水たまりに石投げると、その波が遠くへ遠くへと広がるけど、その遠い場所のかすかに揺れるところ、そういう部分のキャッチの連続だった」と振り返っていた。
何せ自分の気持ちを否定したり全力でフタをしようとしてたから、本当にかすかな心の動きに気付かないことには全て否定して終わっていたかと思う。
そんな風に振り返ってから、いざ職場へと出発した模様。
その前の日も夜遅くまでコメダで長い日記を書いて、そして翌朝は翌朝で早く家を出て出勤前に朝マック。
あまりにも寂しくて発狂しそうになってたから、そうやって忙しなくすることで自分の寂しさやその人がいない現実を見ないようにしてたんだろうなぁって思う。
もっとサクッと振り返るつもりがやたらと長くなったから、出勤した後の振り返りはまた別の文章にして書こうと思う。
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