2022年11月26日土曜日

布団@八王子、デパコス、バス


アンくんとの朝のご挨拶タッチタイム
アンくんは私の手をペロペロと舐めて
私はアンくんの体をモフモフしながら撫でた

3日目の朝、初めてアンくんが
寝ている私のすぐ隣りに来てくれた(♡´艸`)♡

バス停近くの道
私が撮った写真

同じ景色をノムが撮った写真

東京駅前の新しいビルの地下街で1人飲み
運転するまでの時間を逆算して
確実に8時間空くから
1杯だけスパークリングワインを頼んだ


2022/11/25(金)

今、345am


これから寝る。


3時近くまで友人ノムとおしゃべりに高じて(ミッチーは明日というか今日仕事だから0時頃寝支度開始)その後さっとシャワーを借りて、今までうだうだと諸々してて、そして今布団の中。


今回のメインのイベントが終わって、自分の手相から出ているメッセージを読み解いてもらって、過去最高に強烈なパンチを浴びるような自分の手から出ているものを聞いて、コロナよりもさらに手強いものが来てという中で今感じることをとりあえず書いてみようと思う。


新月の日、「はじまり」を意味する日に今回の手相を見てもらう日になったことは素直に喜ばしい。


ただ、見てもらって自分の一番触りたくない、やりたくないテーマをガッツリと言われて、漫画とかのシーンで体中にナイフがグサグサと刺さるみたいな、致命傷的な耳というより心や自分の一番大切なところがグッサリとえぐられるみたいなそうしたことを経て自分の中で1つはっきりと決めたことがあった。


言葉に書き起こして伝えることをしようと。


そんなこといつもしてることじゃん、ではない。


いつもとは方向性が全く違うのと、いつも逃げて蓋をしていた自分の超個人的なテーマに分け入っていくのと、そして後は出たところ勝負じゃないけれど、出てから考えようという感じ。


8月の終わりに占星術鑑定を先生から受けて、その時に言われたこと、それはA面側の話ではなくB面側の内容に直結することが、まさか特大ブーメランのようにさらにパワーアップして今回の自分の手からのメッセージとしてやってくるだなんて想定外過ぎた。


同時に全てのことが完璧だと思った。


A面が自分のオカルト体質と社会的な内容だとするなら、B面は完全に私個人のことになる。


オカルト体質側のことを言えば、私はそちら側を来春あたりから本格的に始めようとは思ったものの(ちなみに先生は今月の皆既月食の時にスタートするのが良いのではと激推しだった)、派遣の仕事を来月12月からは無期雇用に切り替えたことで自分で辞める時期を決められるとわかって、そうなるとすぐのすぐに動かなくて良いといういつもの面倒くさい病と何でも先延ばし癖が出てやらないところにあんのんと腰掛けして、さらに単純に仕事やら他のことやらあれこれ忙しくてそちらに埋没気味になって、と色々重なって結局のところ何もしていないみたいな感じになっていた。


さらに先生イチオシの皆既月食の日は、私はコロナ4日目でぐったりしていて動けなくなっていた。


その時は単純にこんなに体の具合が悪くなるなら今動かなくて正解じゃん!と謎の自分の中の超筋の通る理由ができて、それに妙にホッとしていた自分までいた。


とにかく9月10月と動かず、11月も動かないまま今もうまた月が変わろうとしていて、本当に私(オカルト的なことを職業として)やるんだろうか?などと思ったりもしないわけじゃない。


前置きが長くなったけれども、今回手相から出ている自分のメッセージを聞いて、まずは面倒くさい病やら先延ばし癖とかまぁ世間的には決して「それいいね!」とは絶対に言われないけれど、それらが実は魂が全力で私が動き出すことを阻止してくれていたんじゃないかと思った。


(ここからは一度寝て朝の7時半過ぎに目が覚めて、最初ネットを見ていたけれど、やっぱりこれ書いてしまおうと思って書いている。)


結論から言うと、私は動く順番を変えることにした。


私の中で来春始動に向けてA面の社会的な方は何かしらやろうと思っていたし、もはやそれしか自分に残されている道はないと思っていたし、B面の超パーソナルな領域は正直憧れやら希望やらは色々あってもそちらを行動に変えることなど全く考えていなかった。


B面の私的な部分は、残りの人生でももう一度誰かに出会えたらいいなくらいは思っていたけれど、なんなら年取って1人暮らしは危険となってからの老人ホーム入居後にそこで自分好みのじいさんと恋仲になるでもいいなと大真面目に思うくらい、私はそのくらい自分の中で積極的に関与しない領域、関与しないどころか封印する領域にしていた。


(とうとう、モフモフの彼氏、アンくんが私の布団に入ってきて添い寝してくれること(私が腕枕してあげる風)に成功(♡´`)♡←初日は雨にも関わらず、アンくんは私を危険と感じたのか外で寝て、昨日2日目はとりあえず同じ部屋の別々の場所で寝て、そして今朝3日目の朝、とうとう同じ布団にアンくん自らの意志で入ってきてくれた♡←で、掛け布団を動かしたら布団から逃げられてしまった(T ^ T)


封印していると手相の時も言われたし、なんなら「女のしあわせを求めないんですか?」というようなことまで言われた(グサっ)。


ちなみに手相から出ているものは、もっと辛辣で強烈で心はグッサグッサと致命傷的な深い傷を負う滅多刺し状態だった。


録音したけれど、聞き返すにも相当な覚悟が要るようなそういうレベルだった。


で、B面の超パーソナル領域に関して、私は自分が納得できるようにできることをしようとまずは思った。


なんなら具体案もすでに3つある。


1つまず一番手っ取り早くやれることとして、私は今日「デパコス」ことデパートコスメのカウンターデビューをしてこようと思っている。


ちなみに今日の本当の予定は、午前はおしゃべり可能ならノムとおしゃべりして(ミッチーは仕事があるから顔を少し合わせるところまでかなという感じ)、その後八王子からまずは東京駅に行って大型の荷物たちをコインロッカーに預けて、その後浅草橋という駅に降り立って手芸用品店巡りをして、その後1人飲みして、夜カフェして(日記書きながらの予定)、で、22時台の高速バスで帰るだった。


その予定は基本同じだけれど、東京駅で荷物預けた後に、東京駅前の大丸デパートに寄ってその中のデパートコスメコーナーに立ち寄ってアイシャドーを買う予定。


デパコスに関してどの店に行ったらいいかはヘアとメイクの仕事をかつてはしていたミッチー(男性)に聞いて、なるべく自然由来の素材を使っているところが良いと言ったらミッチーが速攻で1つブランド名をあげてくれて、でも大丸東京に入ってないと知って、大丸の中ならとミッチーは大丸のデパコスフロアの地図をすぐに開いてそこから見つけてくれて、それでとあるブランド名を教えてくれて、そこの商品も見たらとても良さそうでそれを買いに行くことにした。


まさかミッチーにそんなことを聞くとは思ってもいなくて(手相家の彼女とノムとから、デパコスならミッチーに聞いたら良いと言われた)、でも聞いてみるとミッチーはとても良きアドバイザーで、ヘアメイクから離れて3年とか4年になると思うけれど、速攻で私のリクエストに見合うブランド名を上げてくれて感服しきりだった。


(アンくんは、これを書いている間に戻って来てくれて、私の膝の横あたりで丸くなって寝ている(♡´`)♡


とにかくデパコスの予定を入れた。


それがまずはひとつ目のすぐにできること。


3つ思いついたうちの残りの2つは、デパコスに行くみたいなハードルの低いものじゃなく(ハードル高いものだったけれど、残り2つに比べたら30分くらいで登れる山の山登りとエベレストに登る山登りくらいに難易度が全く違う)そちらはエネルギーも時間もかかりまくりなのはやる前からわかっていて、でもそれしなきゃ私自分でも納得できないよねとそれは自分でも感覚的にわかるから、そちらはそちらで真面目にやろうと思う。


余談だけれど、手相の彼女からも夏の終わりに占星術鑑定の時に先生から言われたことと同じこと「婚活したらどうですか?」と言われた。


婚活を本当にするかどうかはさておいて、オカルト体質側のA面の方ではなく、B面の超パーソナルなことをまずはやろう、その切り替わりが今回とっても大きかった。


A面について言えば、今回手から出ているものを言われてそして自分の実体験も含めてわかったけれど、こちらはある種努力を要さないものでいつでもできるもの。


それはこれまでの積み重ねももちろんあるけれども、元々与えられていてそれに気付いた今は時間や場所を問わずいつでも使えることはわかるようになった。


けれど、B面は努力や勇気や覚悟が必要で、こちらはもう別次元の全力投球、しかも全力投球したとて自分の望む方に物事が動くかどうかはもはや神のみぞ知るの領域。


しかもこちらは「パートナー」という本当にそんな人に巡り会えるかどうかもわからない、A面以上に見えないもの。


でも自分でも言われてわかった。


A面はある種思考的で(思考的というのは、オカルト体質のことじゃなくて頭で考えてひねり出してそこから考えて動く感じ)、B面はすごく本能的で考える前に感じたり動いたりするものだということ。


そしてとてつもなく驚いたのは、私の場合、A面が色濃く出ている(?)のが右手で、B面が色濃く出ている(?)のが左手で、左手が本質的なものと説明されたけれども、左手すなわち本質的なものこそ「はなれ型」と呼ばれる手相で天才型の相らしい。


本質を生きること、それこそが一番人生でしあわせになれるものなのに、それをしないだけじゃなく封印している、ずっと置き去りにして目も向けていない、というようなことを言われた。


私は左手は平々凡々な手相でどこにでもある手相、右手は左手とは全く違っていて普通の手相の情報では読み解けないかなり変わった手相だとずっと思っていた。


さらには10年近く前に名古屋ヒルトンで受けた手相鑑定では、右手についてかなりあれこれ言われたけれども左手はほとんど何も言われなかった。

(名古屋ヒルトンとわざと書いたのは、ヒルトンのラウンジと手相鑑定が実に似つかわしくなくシュールだなと今思ったから書いた。ちなみに名古屋ヒルトンは普通に庶民も入りやすいタイプのラウンジでごくたまに私は1人でちょっとだけ気合いを入れてお茶しに行って、あのラグジュアリー感とそこでティータイムしながら日記を書いてる自分に酔いしれるということをしていた。)


今思うのは、ビジネス志向が強い鑑定士さんだということもあったとは思うけれども、それ以上に当時の私が今回言われたみたいなことを言われたとするなら到底受け入れられなかっただろうことと今以上に反発したかさらに封印力を強化したか、いずれにしても今以上に大変になったと思う。


今回聞けたのは、自分側も準備が整ったということに他ならない気がしてならない。







2022/11/25

1910


*¨*•.¸¸☆*・゚デパコスデビュー*¨*•.¸¸☆*・゚


ちなみに超緊張!!!


今、椅子に座って自分の順番を待っている。


色々予定が変更して、浅草橋手芸屋巡りは地図まで用意したけれど行けず(数日分の昼休みを使って地図と店のサイトとを見て探しまくっていた。なんなら仕事のコピー機で地図4枚ほどカラーで出した( ̄∀ ̄;))、そして東京残り時間を見て、「デパコス飲み」ということに変更した。



>デパコスデビュー後


咲山さんという方が担当ですごく良かった。


私が勝手に「アイシャドー」と思っていたものはまさかのアイブロー=眉墨だった。


その中のどれかの色は買いますと先に言ってしまったせいで買わざるを得なくなって(カウンター予約まで取ってしまったから引くに引けなくなってしまった(꒪ꇴ꒪))、眉毛がパープルとかどうなの!?とあまりにも未知のゾーン過ぎてもはや妖怪ババアの誕生がデパコスデビューかとガックリと肩を落とした。


で、いざメイクを施してもらって(色がどんな風か見たいと言うだけではダメで、実際に顔に付けてみたいということまで言わないと美容部員さんから化粧してもらえないというのは、前回デビューしようと試みたけれど挫折して何も買わずに終わった新潟伊勢丹で学んだから今回言ってみた)、未知すぎるパープル+ブラウンは意外と普通に顔に馴染んで綺麗だった。


眉を人生で初めてプロに描いてもらって、みんなそこまで描くのねー、ととても勉強になった。3個の色をのせてさらには色々ブラシだのチップだので塗ったり整えたりする。さらにさらに眉毛用のマスカラで毛並みを整えてそしてペンシルで眉の終わりを描き足す。


それはもちろん営業するからというのもあるけれど、眉毛が形が整っていてしっかりしているからそれだけですごく綺麗になりますね!と言われて(しかも3回ほど!)、それはありがたく言葉を頂戴してありがとうございますと言った。


っていうか本当に必要なアイシャドーをどうしようかと思って、その間にも眉毛用のアイシャドー的なものまで塗ってもらって、もう次はいつどのタイミングでそうしたデパコスに出かけるかわからないからそれも一緒に買おうと決めて(値段もわからないからヒヤヒヤした(苦笑))、そこまで来たのなら「アイシャドーを本当は探してて」と自ら切り出して、複数色と単色があると言われたから、どうせ使いこなせないもしくは使わずに中途半端に残る自分が想像できたから単色を買って帰ろうと決めた。


10数色は確実にある単色のパレット見本を見せてもらって、もはや何が自分に合うのかもわからなくて逆に咲山さんに「どれが私の肌の色に合ってると思いますか?」と聞いて見てもらった。


キラキラしてないのが良いと伝えて、それならとまずは「ピンク系が合う感じがします」と説明されながらピンク系3色を選んで見せてもらってその後オレンジ、ベージュ系を見せてもらった。


単純にピンクが良いと思って、ピンクその1を塗ってもらった。


鏡で見ると全然わからなくて、もっと濃いピンクその2を塗ってもらった。


「ピンク似合いますね」と言われて嬉しかったし、自分でも鏡を見て自分の肌色や顔と合っていた。


いつか女子力高い女友達から「ぶっしーの肌の色なら、濃いピンクも薄い淡いピンクも、とにかくピンクが合うと思う!」と言ってもらえたことを思い出していた。


咲山さんは言う。


「お客様のアイホール(まぶた)は、眉毛と目までの距離が近くて狭めなので、アイシャドーを塗る時は真ん中から塗ると色だけが目立ってしまうので、目尻の方から塗り始めて目元まで塗る方が綺麗に色が出ます」


それを聞いた瞬間、本当にデパートのコスメカウンターに足を運んで美容部員の人から色々してもらって良かったと思った。


咲山さんは最初から最後までとっても素敵な接客をされる方で、すごく素敵女子だった。


しかも、私が新潟の長岡の方から来ていると言ったら(丸の内で仕事されてますか?と聞かれたから)、長岡花火に何回か行ったことがある人で、いつも行くと地元で一番大きいスーパー原信(はらしん)で赤飯を買う、あの赤飯おいしいですよねなんていうことまでおしゃべりしてくれた。

(この辺りの赤飯は醤油で味付けするから、世間一般な炊き込みご飯みたいな味に近い。)


8時閉店後も数分ずれ込んだにも関わらず、本当に申し訳なくてすみませんと言うと「全然です。こちらこそ色々お待たせして長い時間お付き合いいただきありがとうございました!」と何回か言われて、帰りは稼働しているエスカレーターのところまで案内してもらってお見送りまでしてもらった。


私のデパコスデビューはとっても素敵な時間尚且つ色々と大切なことにたくさん気付いて無事終わった。

(気付いたことは別記事に書きたい。)







ノムから晴れて暖かいアトリエの中で、手相関連の諸々を翌日(11/25)一緒に振り返って送ってもらった言葉。



・ピースがはまった状態だからこそ言われたこと

・自分にかけていた呪い、封印を解いていい

・完璧じゃないから人に頼れる

人のありがたみがわかる

弱い自分も知ることも経験、豊かさ

完璧じゃないから自責も体験できる

頼れるありがたさ、頼られるありがたさも体験できる







ミッチーはバイトでいなくてノムからバス停までお見送りしてもらった。


雲の形がすごく綺麗で2人でそれぞれのiPhoneで雲と空と太陽の写真を撮って、それからテクテクとバス停まで歩いた。


最後のおしゃべりに花を咲かせた後、座席は満員っぽいバスが到着した。


ノムにバイバイしてバスに乗り込んだ。


乗り込んだらいきなりすごい展開がやってきた。


小学4年生もしくは5年生くらいの男の子が私が乗ってきたのを見て自分が座ってた席から立ち上がってなんと席を譲ってくれた。


マスク越しに「いいの?」と声を出しても1メートル以上距離があるから声も聞こえないだろうし唇も見えないから何言ってるのかなんてわからないじゃなかったのかなと今になって思うけれど、男の子とアイコンタクトしながら、男の子もまるで私の声が聞こえてるみたいに真っ直ぐに私を見ながら「うん」と多分言いながら頭を縦に振って、その後は入口近いところに立って私に席を譲ってくれた。


この男の子の紳士ぶりな態度にもものすごく感動したのはもちろんのこと、それ以上に度肝を抜かれたのはもっと別のことだった。


男の子はイケメン上司に顔がとても似ていて髪型や髪の長さも同じで、まるで子どもの頃のイケメン上司が現れてやってきたみたいな感じだった。


本当の本当に子ども時代のイケメン上司が過去から今にやってきたのかと思うくらいに本人にとても似ていた。


なんだかそのシーンだけで泣きたくなってしまった。


もし子ども時代のイケメン上司の写真とかを見れるのなら、本当にこんな風かもと思った。


そして私が密かに知りたいと思っていることの1つに、子どもの頃のイケメン上司の容貌やエピソードがある。


特別枠の人ゆえに、知りたいことも色々多岐に渡っていて、形はかなり違うけれども知りたいと願ったことがひょんな形で叶ったみたくなっていた。


冷静になって考えた。


最初私が婆さんにでも見えたかな?と思ったけれどそれは違うだろうと思って、多分荷物が多いからというのと、あとは女性だからというのもあったのかなと思った。


これが例えば高校生の男の子が荷物を持ってきてもその男の子は席を譲ることはしなかったかもしれない。


今回ここには書かないけれど、手相といいその後のデパコスといい、「女」であることの葛藤やら傷やら痛みやらが大噴出みたいな感じでいたから、この男の子がしてくれたことは本当の本当に嬉しかった。


そしてお家でどんな教育が為されているのかわからないけれども、席を譲ることやもしかしたら女の人に気遣うことを教えてくれてるだろうご両親にも心底感謝したくなった。


男の子は長い時間立っていて、私はイケメン上司に似ているという理由も手伝って何度も男の子をチラ見した。


もし降りるのが同じ八王子駅前ならもう一度お礼を言おうと思ったけれど、駅より2つか3つ前のバス停で降りてしまった。


運転手さんに私がいるところまで聞こえるくらいのわりと大きな声で「ありがとうございました」と元気はつらつに言って降りて行った。


男の子の背負っていた塾用とかのかばん的な四角い形のリュックに書いてあった。


Get over it


ーそれを乗り越える


私へのエールみたいだった。


本当に神様とかが遣わせてその男の子を私の前に現れるようにしてくれたのかと思ったくらいに凄かった。


そして男の子が席を譲ってくれたことは、イケメン上司が私に夏の暑い日にしてくれたスペシャル親切と同じ感触を私にプレゼントしてくれた。


こんなすごいことが起こるだなんてミラクル過ぎた。


席を譲ってもらっただけじゃなく、それがイケメン上司にそっくりな小学生の男の子で、さらにはそこに自分の傷が疼きやすい女であることへの癒しまで含まれている。


手相からのメッセージで女のしあわせやら自分の女の部分の過去の様々な痛みが大噴出

イケメン上司にそっくりな小学生の男の子にバスの中で席を譲ってもらう

デパコスデビュー

(デパコスによってまた色んな過去に封印していた痛みの記憶が次から次へとよみがえる)


とかいう、男の子の前後は超過激な痛みが出まくりのことがあったわけだけど、その男の子のところだけ癒しがあってさらにはイケメン上司に似ているとは何の因果応報だろうと思う。







とりあえずB面は手始めに今回のデパコスに行った時に気付いたことを書くことから始めて(これは予定になかったけれど、実際に動いてみてわかったしきちんと言葉にして残したい)、その後も色んなことたちの中でできることをやっていこうと思う。


もちろん当初の頭に浮かんだ3つの中のデパコスデビュー以外の2つもやる。


1つだけ前向きでいられる理由は、これからすることたちが自分の癒しになってくれるということ。


結果は思わしくないものになったとしても、どれをしてもそれが自分の癒しに繋がることは想像がつくからそれは良い。


今自分の布団の中で書いているけれど(11/26)、アンくんがいてくれた部屋の布団の中で書いた時と今とでは色々違っている。


個人的には「癒しが始まっている」と感じる。


それだけでも気持ちが明るく前向きでいられる。

2022年11月22日火曜日

心のもごもご

昨日(11/21)の夜、
やっぱり作りたい!となって作った
カードを置くための布製のマット。
真ん中の棒は「妖精のワンド(棒)」
と名付けられた手作りの品で(これは買った)
今回東京に持って行って
カードリーディングの時に指差しのように
使おうと思っている。

リバーシブルスタイルにした。
どちらの柄も気に入っている。
こちらの布は先月横浜某所にある
大きなショッピングセンター内の手芸屋さんで
買ってきた布。
今回はペンジュラム用のボードも持っていく。




色々ブログの記事が渋滞している。

今回は2つほど下書きを進めている。


1つは前回の東京での話、もう1つは長野に1人で日帰りで行ってきた話の続き。


そして明日(11/23)からまた東京に行く。


さらに下書きが渋滞しそうな予感( ̄∀ ̄;)


しばらく書くことが色々あるから、ちょっとここでリアルな現実の小話をしようかと思う。


(追記:『心のもごもご』は昨日11/22の仕事中に思い浮かんだ言葉。言いたいことがあるのにはっきり言えなくて、言葉がもごもごしている感じが「あ!ピッタリ!」と思って選定した。

全てひらがなにしようかと思って実際にひらがなにもしてみたけれど、なんか変だったからやめた。(こころのもごもご)

ちなみに仕事は、まだコロナ罹患後からあまり調子が出ないという最もらしい理由にして、超のんびりマイペースに仕事しているふりをしていた。←えっΣ(꒪◊꒪ )))) ?

なんならうっかり朝の4時に目覚めてしまって、日中は何度も白目を剥きそうになっていた( ̄∀ ̄;)。ちなみにコロナから完全復活しても、仕事への集中力は戻らないと思う。

@特急京王八王子行きの電車の中←東京に着いて、これからオカルト合宿(笑))







東京に3泊4日で行って、長野に1人で日帰りで行ってきて、しばらくするとコロナにかかってと、1年の中でもビッグイベントたちが幾つも重なって体も心も忙しかった。


東京から戻ってきたのが10月17日、長野に行ったのが10月30日、その間くらいの時だったと思う。


ちなみにその辺りは仕事もスーパー激務で何回か11時間12時間勤務になってしまったくらいめちゃくちゃ忙しかった。


余韻やら大きな変化やらによる心の中に去来するものと仕事の激務による日常の余裕の無さとで心の中は忙しいはずだった。


たしかに忙しかった。


けれど、気付いたら私の中にあるものは全く別の存在で、観念したりちょっと呆れたりこれこそブログに書きたいなと思ったり。


東京に出発した行きのバスの中や長野に向かう1人車内の中、過去の色んな場面やそこにいたその時々の自分を思い起こして、自分の気持ちに浸った。


それは今だけじゃない、子どもの頃の自分や学生時代の自分、社会人になってドミニカに行って名古屋に仕事で引っ越してと本当に色んな自分が出まくりだった。


東京での3泊4日は本当に色んなことがてんこ盛りで、今でも書きたいことがまだまだあるくらいに刺激的だった。


そんな中、ずっとずっと変わらずにいて変わらずに気になって仕方なかったのはイケメン上司だった。


何せ色々書くことがあって、ブログにもここ最近は登場していないし(そもそものブログの頻度も落ちてる)、私が東京だ長野だコロナだとなっている時も時間はいつも通り規則正しく過ぎ去っているわけで、それはすなわちイケメン上司がいた世界の時間からさらに時間が過ぎたことを意味するわけで、6年目に突入してしまった今、突然というか徐々にだけれどインパクトとしてはかなり突然のようにイケメン上司がいた世界が「すごい遠い過去」のような立ち位置に変わりつつあることを感じている。


ちょうど丸5年が過ぎて6年目に突入したあたりで東京3泊4日の旅が入ったことも大きい。


何か大きく変わったものが自分の中に出てきて、それはイケメン上司のことではなく、自分側のオカルト的なことや自分の好きなものに気付いたりして、そうした諸々が確実に何か自分の中の変化みたいな、変化というよりもさらに自分自身の輪郭がはっきりしてきたみたいな、そういう感じが強くなった。


それと5年と6年の境い目が重なったこともあって、なんだか突然ものすごく遠い過去みたいに感じる瞬間が最近現れてきた。


なんだけれど、いつの時もどこにいても誰といても何か違うことに忙しくても、やっぱりイケメン上司は私の世界の中心に静かにでもはっきりといて、変わらない存在感を放っている。


そちらは変わらない。


けれども、ブログに書かない時間が増えたのと単純に時間軸の上でのイケメン上司がいない方の時間が増えたのと、そして当然イケメン上司にはイケメン上司の日常があって私など物理的にはどこにもいない土俵外なわけで、私側は不在者なんだろうと思っている。


生きていても存在することができない、そういう位置に自分がいるように感じてならない。


イケメン上司側の世界を想像するとややこしくなるから一旦は脇に置こう。


私側の世界の話だけに集中しよう。


そうした不安とか、不安って言っても別にどうこうなる予定に対しての不安じゃなくて何にもならないことへのさらなるもどかしさへの不安とでも言えばいいんだろうか、とにかくそういう意味不明な不安や怖さは常にあるものの、それらも全部ひっくるめて自分の中にはどこを切り取っても絶対にいるのがイケメン上司で、私はこれは俗に言う執着とかなんだろうか?と思ったりもするけれども何か違うもののようにも感じている。


例えば直近で書いたブログの中に、イケメンエンジニアの硬派さんからコロナ明けの私に向かって私の声の変化をキャッチしてもらって気にかけてもらえて嬉しかったなどと書いたけれど、硬派さんとやりとりした時もそれを文字に起こしてブログに書いた時も思った、そういう現実はイケメン上司との間には起こらないんだなって。


私は自分の声が全然好きじゃないから(嫌いというのとも違ってとにかく好きじゃない)自分の声に注目など全くしていないけれども、硬派さんに気にかけてもらって小さな変化に気付いてもらった時、イケメン上司が今後私の声の変化に目の前で気付くとかその変化を言葉にして私に伝えてくれるとか、そんなおいしすぎる現実は起こらないんだなぁと思っていた。


わりと淡々とそんなことを思いながら、それ寂しいなと思わなかったと言えばそれは違うけれども、そんなこと起こるわけもないと思う自分の方が色濃くて、こうして色々あきらめて自分の中にそのあきらめを定着させてそれが日常と化すんだなと思った。


ちなみに声について言うと、多分この1年くらい特にだけれど、どんな美声やイケ声(イケメンならぬイケ声)でも私にはどれもピンとこない。


「この声じゃない」


いつの時もそれを感じる。


イケメン上司の声を聞くまで他人の声なんてあまり気にしたこともなくて、声に好き嫌いとか心にフィットするとかも考えたことがほぼほぼなかった。


けれど、イケメン上司の声を知ってから変わった。


イケメン上司の声の感じは悲しいくらいに記憶が薄れまくりで自分の脳内での再生は日に日に難しくなってしまっているけれども、声を聞いた時のフィット感や安心感は他に類を見なかったその感覚だけは今でも圧倒的に強く烈しく残っている。


そう、イケメン上司にまつわる記憶は、そういう残り方をしている。


細部はどうしても時間と共に薄れたりする。


けれども、細胞の1つ1つに色濃く刻まれたものはもう一生モノだろうと思っている。


だって、「この声じゃない」と思っている時の私の比較対象は、なぜか勝手にイケメン上司の声が自動設定されている。


あの感覚と同じことには絶対にならない。


イケメン上司の声を一生懸命に聞き取って、それで安心していたあの感覚はイケメン上司以外には感じたことがない。


そうならなくていつも「違う」と思ってしまう。


声の話が盛り上がり過ぎた。


続きを書こう。


東京での様々なことたちは、やさしい色彩を放っている。


やわらかくてやさしくて心の隙間に光を届けてくれる、そんな時間やエピソードが盛り盛りだった。


一方で、イケメン上司がいた最後の1ヶ月はギスギス、とげとげ、劇薬級に激烈、やさしいとかほっこりとかいうことの対極にあるものだったけれど、それさえもAll OKみたいな、その瞬間があったことが今となっては幻のようで、その幻のような時間を思い出した最近、そのことが自分の人生にあって良かったと本気で思った。


もう会えない会わないという現実を前にした時、どんな毛色のものでも「有る」に勝るものはない、常々そう思っている。


やさしくされたいけれども、イケメン上司に求めているものはやさしさじゃないんだと知る。


やさしさじゃなくて、存在してくれること、それこそが本当に欲しいものだというのはこの5年ずっとずっと思っていた。


会えない現実は、冷たくされる心配もないしそれで心がザワザワしたり折れたりする心配もない。


ある意味平和は平和なんだろうけれども、今でも冷たかろうがぞんざいに接されようが、もはや何でもいいから居てくれるのと居てくれないのとでは雲泥の差だと感じている。


東京はオールMENSだったこともあって、そしてついこの間の硬派さんと後輩くんとの飲み会もあって、何でこの人(男性)たちと同じような時間をイケメン上司とは持てなかったんだろうと思った。


同じ目的を持ってどこかに集まるとか飲み交わすとかそういうことで十分だったのに、どれも叶わなかったなと思った。


いきなりごはんとか手紙とかそういう感じが怖すぎて距離をこれ以上ないくらいに置きたかったのは仕方ないかとも思うし、そもそも私と仲良くなりたいなどという願望さえも沸き起こらなかったんだろうなとも思うし、なんだか色々仕方ない、そんな風に思いつつも、形は何でもいいから繋がれたら良かったのにというのもいつもながら思った。


話がいきなり変わるけれども、イケメン上司に押し付けた手紙の瞬間をつい昨日か一昨日くらいにとても鮮明に思い出してそしてあることに気付いた。


あれは、魂が意図した時間だったんだろうと。


霊視ができるヒーラーさんに初めて会った時、説明されたことがあった。


本当に必要なことが起こる時というのは、とにかく時間がギリギリで余裕がなくて、それは別の言い方をすると余裕がないくらいに他のことを考えたりしたりする時間を与えないことで本当に必要なことだけが寸分の狂いもなく起こるようになっている、そのことだけに集中できるようになっている。


そんなことを説明された。


あの日イケメン上司にはどんな風に職場の風景が映っていたのかは知らない。


けれど、私は当日の様子を事細かにノートに書いただけじゃなく、仮にノートに残さなかったとしてもあの日のことはとてもはっきりと覚えている。


あの日は2人の事務員さん以外は、朝フルキャスティングでみんないた。


玄関口から事務所に上がるまでに私はイケメン上司の後輩くんともう1人事務方の男性以外全員とバッティングした。


それはもう月曜日の朝としてはかなり珍しくて、こんなに人がいたらイケメン上司と私しか事務所にいない時間なんて絶対にないと思った。


事務所に入ってからも人が出たり入ったりでバタバタしている。


とりあえずセロハンテープで封筒の口を締めて(本当に外観は事務的で無機質な手紙だった)、一瞬でもイケメン上司だけになったらいいなと全く期待せずに思っていたら、セロハンテープを貼り終わる一瞬の頃、周りを見たら本当にイケメン上司以外誰もいなくて、私は「今だ!」と本能的な感じで感知して、セロハンテープの貼り具合とかもチェックできないまま、今封を閉じたばかりの手紙を持ってイケメン上司の席に一目散に向かって、そしてお願いしますとだけ一言言ってイケメン上司の机の角に置いたら、ちょうどWさんが自分の席に向かおうと私とかち合うような感じでいてギリギリセーフと思った。


時間にして5秒くらいの話だと思う。


秒針を10秒眺めてみて、そんなに長くはなかったなと思った。


そんな風に、超一瞬のことを思い出して、そしてあれは私にプレゼントされた時間だったのと同時に、どうしても必要があって起こるべくして起こったことだったんだなとしみじみと感じた。


最近読んだ吉本ばななさんのエッセイ『人生の旅をゆく 3』の中にあった言葉を1つ紹介したい。


「本や雑誌は呼吸していて、なにかを放っている。訴えたいことをその背中や顔にいっぱいたくして、読まれるべき人のところに行きたがっているのだ。

創った人たちのスピリットのようなものをたたえて本は独自の生命を持ち、だれかの中に入っていって生き続けたいと願っているように思えた。」


ばななさんは本や雑誌の話をしているけれども、私はこの文章を読んだ時に真っ先にその手紙のことが思い浮かんだ。


訴えたいことを背中や顔に貼り付けて、読んで欲しい人の元に行きたがっていて、そして行ったら最後その人の中で生き続けてくれるといい、そんなことを願いながら想いを託しながら私はあの手紙を運んだんだなと思った。


もうあんな風に誰かに手紙を書くことはないだろうし、届けることもないと思う。


いつかどこかにも書いたように思うけれど、あの手紙は今もイケメン上司は持ち続けてくれているように思う。


しかもけっこう大事にしてくれてるんじゃないかと。


もし本当にそうなら嬉しいし、それなら手紙も私の魂も救われる気持ちでいっぱいになる。


捨てられちゃうかもと思いながら書いた手紙だったし、届く方が奇跡で届かない可能性だけが存分にありすぎる手紙でもあった。


だけどもう手段がそんなにはない私にとってあれは全身全霊で無のものを有形化できる唯一の手段だった。


そして、今思うと、私は自分の何かをイケメン上司の方に残したかったんだと思う。


形を持った何かを少なくともイケメン上司が捨てない限りは残り続けてくれる、イケメン上司のそばで生き続けてくれる、そういったものを残したかった気持ちが私にはあったんじゃないかと何年も経った今頃になって初めてそんな風に考えた。


本当にどうしたことか、その手紙を渡した月曜の朝の光景が突然鮮明に出てきて、もうどうにもならなかった現実は仕方ないけれども、あの瞬間が自分の人生にあってくれたことに心から感謝したくなった。


手紙の行方もわからないしイケメン上司のリアル今などもっとわからないけれども、それでも5年前の9月のある月曜日の朝、そこだけ時間が止まったかのように数秒間だけイケメン上司と私しかいない時間と空間が生まれて、そこを逃さずに形としてこの世に自分の手で誕生させた手紙を渡せたことは本当の本当に良かった。


手紙は活躍することもなければ何か新しい繋がりを生んでくれるボンド的な役割も果たすことがなかったけれども、それでもあの瞬間がたしかに私の人生にあって、それと同時にイケメン上司の人生にもあることになった、そうした奇跡の瞬間があったこと、ただそれだけで自分が救われる。


何が書きたいのかよくわからないブログになってきたけれども、色々外側は忙しくてもいつの時もどこで何をしていても、ブログに何も書かない時も、全部ひっくるめてイケメン上司は特別枠で普通にいる。


本当に「特別枠」としか言いようがない。


半日後には東京に着いてまた色々と起こるだろうけれども、それはそれ、でもイケメン上司は変わらずに常に存在感を放ち続けるだろうと予想している。


このペースだと東京や長野の話をして今年はブログ納めになるかもわからないけれど(十二分にありうる)、言葉にしなくてもいるということ。


それだけは東京に行く前に言葉にしておきたいなと思った。


そして今日11/22朝の4時に目覚めてから2時間ほど、そして夜の22時過ぎに支度が終わってからのらりくらりと今まで書いて、そしてこうしてアップするに至っている。


とりあえず書きたいものを書けてわたし的には大満足٩(ˊˋ*)و