2018年10月23日火曜日

振り返りノート>奇跡の出逢い

・伝えたい衝動

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・その世界に生きている

生きて会えることの不思議を思う。

今の私の心情として、伝えるだけ伝えて、それでも何も起こらないなら、もうこのバラバラの人生を送ることが正解なんだろうと思っている。

もちろん相手の意志がある。

それはわからないけれど、人生の計画にないことは私の場合は何をどうやったって叶わない。

普通には有り得ないこともたくさん起こる代わりに、起こってはいけないことは私の個人の希望なんて関係なく、容赦ない現実が目の前に現れる。

だからその人とは出逢うだけ、がもしかしたら人生の計画だったのかもしれない。

それは死ぬまでわからない。

その人と出逢えたことで、自分の人生の中で一番大きかったことは、自分の人生の流れを信用できるようになったこと。

いくら到底理解の及ばないことが起こっていても、それは次なる素敵な目的地へ向かうための道しるべだと知った。

上手くいかないことが正解だと知ったのもその人に出逢えたから。

日記の中で私は過去の選択が上手く運ばなかったことたちを挙げて、そして最後に一言「上手くいかなくて良かった」と書いていた。

上手くいっていたのなら、私は今頃全く別の人生の上に立っていた。

上手く生きられない自分のもどかしさも半端なかったし、周りからはさらに理解されないことだらけだった。

それでも、その人に出逢えた時に、本当に過去の全部が癒された。

上手くいってはいけなかったことを知った。

はたから見た私の人生は、ブラック企業に採用とか、不当な事業解散とか、行き当たりばったりな職業選択とか、意味不明な職場内での嫌がらせとか、明るいものではない。

ダメンズと付き合うとか、好きな人とは一緒になれないとか、パートナーシップもハードな様相を呈している。

もちろんそんな風になっても、私には笑う時間も楽しい時間も満たされた時間も色々ある。

でも、やっぱり自分の不器用な生き方はどこか間違っている気がしていたし、自分の人生の選択も間違えていたのかと思うことも度々、いやかなりな回数あった。

そういうのは全部本人の思い癖や思考による、なんて言われてしまうと、私にはその言葉がさらに凶器にしかならなかった。

一生懸命生きてるつもりなんだけどなぁと思っていた。

だけど、その人に出逢えた時に、過去の全部が丸っとAll OKになった。

2018.10.13(土)  23:02



その人と出逢うには、色んな不毛なこと、自分の意とは全く違うこと、自分個人の力ではどうにもならなかった出来事たち、それら全部が必要だった。

渦中はありがたさのかけらもなかったけれど、むしろ避けられるのであれば全力で避けて通りたかったけれど、もう今となればそれら全てがあってこその出逢いだったから、そのおかげで全ての過去が「◯」になった。

今だったらユーモア交えて話せるけれど、職場の中で仕事に絶対に必要、むしろ紛失したら始末書レベルじゃなく上層部行き対応必須のものを隠された時は、何かと思った。
(数日生きた心地がしなかった。
しかも個人情報だから、書類関係はすべて二重三重に管理されるセキュリティ体制で紛失することは状況的にありえなかった。)

それだけではなかったけれど、そのレベルまでになるともう私もそこまでされて職場に残るなんてできなかったわけで、それで契約更新を断った。

その後もよく考えたらおかしくて、辞めた後に次の派遣の仕事を探したら、派遣の仕事で職場まで足を運んで落とされたところが2ヶ所あった。

しかも2つとも半分内定が出ていたようで、派遣会社の担当者たちからも「うちとしても話が違っていて、どういう事情なのかわかりません」的な説明をされた。

うち1つは急募案件。

基本的に情報は開示することを徹底していた派遣会社だから、派遣会社の人たちも嘘やごまかしといった感じはなく、本気で「どうしたんでしょうね」という感じだった。

ちなみにその人の後輩くんが教えてくれたけれど、派遣社員を派遣先の会社が受け入れる時、基本的に職場見学まで進んだのなら派遣先の会社は法律上断ってはいけないらしい。
(それで後輩くん困ったことになって、私に話を振ってきた。結局、後輩くんが何もすることなく、相手の方から断ってくれて事無きを得ていた。そしてその後もっと可愛い子が入ってきた!)

要は派遣会社と派遣先の会社の間で内々定的な感じにはなっていて、最後に確認するために職場見学というのが本来の流れらしい。

たしかに、職場見学の前に社内選考もあるし、社内選考後も派遣会社側から派遣先に派遣社員の履歴・経歴書が送られて、それでまずは書類選考的なものもある(←この時は断っても問題ないはず)。

そこで合意が得られると、初めて職場見学に行くことになる。

だから内々定的な感じで話が進んでいたのは間違いないと思う。

そんな風だったから、普通は有り得ないことが何だか知らないけれど起こっていた。

しかも、当時は私は何があっても名古屋に残らないといけない事情があった。

仕事ではない個人的な活動で私はある契約を結んだ。

その契約の打ち合わせや形にしていくための作業の関係で、名古屋に住むことはある意味必須だった。

契約先からも契約前にそれは言われていた。

なのに仕事は決まらないし、よくわからないことは起こるし、一応手は尽くすけど、どうにもならない…、本気で四方八方塞がりだった。

仕事も契約もお金もわけのわからない状況を生み出して(お金は私側の管理不行き届きにしても)、それで最終的に親を頼って新潟に帰る決断になった。

これは私の持論だけど、魂絡みのことになると、そういうわけのわからない状況もいくらでも生み出されると思う。

普通にありえないことが有り得てしまう。

要はそこまでの出来事が引き起こされてまで、魂の願いが叶えられる、そういう力を持っているんじゃないかと思う。

だって、新潟に帰ってきてから就いた仕事が当時の名古屋での仕事なら、私は仕事も絶対に自ら辞めなかったし、契約の方も順調に進んだと断言できる。

当然当時は何も知らなかったわけで、何で新潟に帰るかな…と思いながら新潟に戻った。

そうしたことたちは私の中で長いこと解せなかったし、自分の何が悪くてそんなことになってるのかもわからなかったから、気をつけようがなかった。

それらを経てのその人との出逢いだった。

魂がどんなことをしてでも引き合わせたかった、私側の魂がその人に会いたくてたまらなかったんだろうなぁ…と思う。

魂はついでの話だけれど、仮にそんな空想めいた話は本当に私の単なる妄想だったとしても、その人に出逢えたことで私が自分の人生を肯定できて、人生の流れを心から信じられるようになったことには変わりない。

そして、それはあくまでも副産物で、何がどうであってもその人に出逢えたことは本当の本当に良かった。

出逢えたことで得た副産物がなくても、その人に出逢えて良かった。

その人との出逢いは、もう言葉では語り尽くせない、何か根底から生まれ変わるんじゃないかというような威力があった。



余談だけれど、その人の発言は遠くにいてもものすごい威力で私の元へ届いた。

「爆破」という言葉がぴったりなぐらい。

その可愛い子が新しく入ってきた時のこと(本当に可愛い子でそして性格もめちゃくちゃ良い子だった。後輩くんが懇切丁寧に対応してるのもわかるぐらい。本人に指摘したら、そういう意味できちんと教えてるわけじゃないと反論されたけれど)。

Sさんが可愛い子が来たというのをその人にLINEしたらしい。

もちろんLINEしたなんて私は知らなかった。

私が受けた要らぬ報告は、その人が即反応して返ってきた返事の内容のところからだった。

本当に秘密兵器並みの爆薬で、私は本気で泣きそうになりながらも元来の上手に立ち回る営業用の顔を出して、その話を一緒に笑い飛ばしたフリをした。

そんなのいなくなってから半年も後のことで、なのにそんなにも威力があって本当に参った。

劇薬的な威力は、距離も時間も関係ないんだな…と思った。

そして私が本当の本当に嫌だったのは、そのやり取りや可愛い子に反応してるその人ではなくて(それも嫌だったけれど)、全然知らない子で可愛いなら会いたいと冗談でも言ってもらえることだった。

私の場合は冗談で済まされなかったにしても、本当に久しぶりに予期せぬところから爆弾投下がされた…。

書いてたら思い出して涙が出てきたからやめよう、この話。



関係ないけれど、昨日の夜気付いた。

その人が異動になったとされる先の最寄り駅は妹夫婦が10年近く住んでいた沿線上だというのはいつだったか気付いた。

それにも気付いた当初驚いたけれど、昨日の夜に気付いたことはもっと驚いた。

妹は私がわかりやすいようにちょっとだけ遠くなる方のわりかし大きな駅で降りることを教えてくれてたけれど、実は最寄駅はそこじゃなかった。

妹と一緒に電車に乗るなら、最寄駅は別で、そしてその最寄駅をひらがなにするとその人の名前が入っている…ということに昨日の夜気付いた。

何でそんなにも偶然が重なるかな…と思いながら笑いそうになった。

ちなみに妹たちがそこに住んだのは、義弟の職場の関係だった。

パン職人の義弟の職場はそこから夜中の2時でも自転車、最悪徒歩でも行けるところにあった。

世の中にこんなにもたくさんのパン屋さんがある中で、義弟が専門学校卒業後に長く勤めたのがそこだった。

だから妹もそれに合わせてそこに引っ越した。

そんなのもう私が手が出せる範囲はとっくに超えてる。

偶然と片付けることもできる。

でもそんなことのオンパレードだから、それも多分必然だったんだろうなぁと思う。

私が自分で気付けるように、じゃないと自分の勘違い片想いで片付けかねなかったから、あえてわかるようになっていたのかな…と。

日本国内にいくつの駅が存在するのか知らないけれど、そんなにピンポイントで何かが合致するなんて早々有り得ない。

もう私は勘違いだとは思っていない。

本当にそれだけ突き付けられて、自分でも色んなことに気付いて、さらにはありとあらゆることたちが寸分の狂いもなく起こっていたとわかるから。

しかも相手側の転勤もそこにプラスαできちんと組み込まれないといけない。

その会社の転勤がどうやって決められているのか知らないけれど、場所や時期だって外してはいけない。

きちんと新潟県で時期も2017年にかぶるようにしてもらわないといけない。

それぐらい、個人の意思では動かせないことたちばかりが重なって起きた出逢いだったから、私は出逢うことが予定されていた人だと思っている。

だからその人との出逢いは奇跡そのものだった。

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