2018年10月6日土曜日

真夜中の独り言

たまたま行き着いた料理ブログ。

久しぶりにそういうのに当たったな…と思った。

器使いにすごく凝っている人のブログで、どうやらプロのようだった。

一部の主婦から絶大な人気を誇っているようで、ちょっと気になって検索かけたけれど、塵1つ出てこないクリーンな人のようで、私の思い違いかもしれない。

でも滅多にそういう感覚にはならないから、うーん、多分私が感じてるものをその人自身気付いているかいないかはわからないけれど、多分持っていると思う。

感じたのはこうだった。

すごい人気を誇る器使いなのかもしれないけれど、私が真っ先に感じたのは「気が休まらない」だった。

私はさっき数えてきたけれども、器だけで1人当たり15個とか使う。

料理の数は20ぐらい。
(料理数は、料理名が列挙されてて、その数を数えた)

これは一食分の器の数に料理の数。

だから仮に2人で食べたら食器だけで30個以上ある計算になる。

作り置きは平均して30品作る。

小さなおかずを料亭や温泉旅館なんかで出る前菜盛り合わせ風に、大きな平皿に小さな豆皿をいくつも乗せたり、お重のようにしたり、かごの中に豆皿を並べたり…。

料理ブログをかなり見ていて、色んな人たちの器使いも見る。

そういう盛り付けをする家庭もある。

だけど、他の人たちの時には感じない感覚で、見ていて「大丈夫かな?」と感じた。

野菜なんかも飾り切りをしていて、花や細かな模様を施した、日本料理風な感じになっている。

作り置きも「それは何だろう?」みたいな、見た目にはさっぱり料理の味も名前も想像がつかないような、ちょっと変わったものが必ず何品かある。

トマトのお茶漬けとか、塩レモン味の麺とか、女子ウケしそうなチョイスだけれど、これ旦那さんも食べるんだろうか?と余計なお世話だけど思った。

旦那さんは普通にチェーン店のカレーを食べに行きたいような人みたいで(検索した時に出てきた昔の記事)、そういう人が果たしてそんな凝った料理を家で食べたいんだろうか?と思った。

テーブルセッティングというか食器のセッティングが半端なく疲れるもので、とにかく隙がない。

すごい繊細な料理と繊細な盛り付け、当然器も気を使いながら使うものがいくつかある。

外で特別な日のごはんならわかる。

それが日常って…という、批判とは違うけれど変な黒い感情みたいなのが出てくる。

私が好きな料理ブログの中に超セレブな人がいる。

東京のデパートでそのお宅で使われてる食器と多分同じものが八万円?六万円?値段忘れたけれど、皿までセレブ皿などと思ったのは覚えている。

そんなの間違って割ったらどうしよう?という不安や心配は出るかもしれないけれど、でもギスギス感は全くなくて、その人なら百均の皿もウン万円の高級皿も気持ち良く使っているのがわかる。

むしろそんな高級皿は普段使いのカジュアル感があるのに、作家さんのお皿の一点物とかにはすごく大切にしようと心を配りながら使ってるのがわかる。

他の好きな料理ブロガーの人たちもみんなそれぞれのセンスが光っていて、今読んでも素敵だなと思う。

だけどその引っかかってしまった料理家の方は違っていて、いくつか記事を読んでも違和感は増すばかりで、料理より変なよくわからない気持ちの方が伝わってきてしまった。

他人様のブログを読んでそういうのを感じる時はあんまりない。

だけど今回はどういうわけか響きまくった。

これは私の勝手な予想だけれど。

あまりに気になって過去の開始当初のブログも見た。

私の方がよほどストーカーじみていて怖いわと思う(苦笑)。

でもそうしたくなるほどに何かを放っているブログだったから、チェックせずにはいられなかった。

実はその人は、元々料理家ではない別のお仕事を個人事業でされていた。

ここからは想像だけれど、その延長で楽しんだデコ弁(デコレーションを施した弁当)に白羽の矢が立った。

それで出版をすることになったようで、その辺りから料理が変わった。

それまでは「家族に作る」ごはんだった。

家族のために作っていた。

だけどそれから年を追うごとに「見せるための」料理、「不特定多数の読者にウケる」料理、そういうのに変わっていった。

写真にその証拠が出ていて、たかが3年ぐらいの間でごはんのテーストが大きく変わっていた。

もちろん私の主観だけれど、多分家族はそれに気付いているんじゃないかな…と思う。

好きなブロガーさんたちは、何年も前のものを見ても、基本は変わっていない。

その人の好みはその時々で変わるし、家族構成や家族の食べ方(小さな子どもが体育会系の部活に入るとか)、そういうものは変化する。

でも、その人自身は変わってないし、ごはんも安定している。

定番メニューもあれば作らなくなったもの、反対に新メニュー登場も色々あっても、やっぱりその人の料理でその人のうちごはんというのがわかる。

だけど、その引っかかってしまった料理家の方は、その自分の軸みたいなのが別のところに行ってしまわれた感じだった。

もっと言うと、見せる用にものすごい手間暇がかかるわけで、どちらが先かは知らないけれど、そこに費やす時間が増えて家族間が冷えてるか、もしくは元々冷えてた家族間の穴を埋めるのがその完璧な器使いたちで、そこに力を注ぐ代わりに本当の傷を見ないようにしているのか。

私は一体何様だ?という感じだけれど、どうしてもその感覚が抜けなかった。

完璧で人気の器使いの向こうには、虚無感みたいなのが広がっている風に見える。

すごい気を使った割にごはんは美味しそうに見えないし、それこそインスタ映えみたいな、見せて終わりのような哀愁さえ漂っている。

普段こういう感覚にはならないから、すごい珍しい体験だった。

しかも体験しても、その後は何もない。

その人に会うことはないだろうし、こんな風にブツブツと言ったところで何にもならない。

もっとはっきり言うと、その人が多分一番欲しいのは、旦那さんに愛されることだと思う。

そのこじれ加減が、何も書いてない不自然さから余計と出ている。

これが私の妄想なのか、そうじゃなくあの私の変わった体質で相手の中が情報として来てしまっているのかそれはわからない。

だけど、やけにリアル過ぎる。

その人は自分の親も兄弟も子どもたちもすごい大切にしている。

それはちょっとした文章でわかった。

唯一旦那だけ出てこなくて離婚でもしたのかと思ったら、最近の記事に旦那が本当に「いた」とわかる感じで一瞬だけ出てきた。

しかも「旦那」という言い方をしていなくて、他の家族のことは「娘」とか「母」と言うのに、旦那だけは呼ばない。

昔の記事には普通に出ていたけれど、今はいない。

だからいるとわかったのも、私みたいに重箱の隅をつつくようなチェック癖がある人じゃないと気付かないと思う。

何かがすれ違ったのかな…と思う。

あの料理なら旦那浮気しててもおかしくないなぁと思う。

しかも浮気するなら、普通にインスタントラーメンを煮てくれる女だと思う。

もしくは永谷園のお茶漬けを出してくれる女だと思う。

私もあの料理見てたら、お腹いっぱいで、インスタントラーメンとか、ごはんに単にたらこや筋子をのせて食べたい。

もしくはコテコテのソース味の焼きそばを食べたい。

目玉焼きの目玉が崩れたものとか、いびつな形の手作りハンバーグやコロッケとか、そういうのに憧れてしまいそうだった。
10/6 1:41


すごいことを夜中にダダッと書いていた…。

しかも30分弱で一気に書いてしまったと思う。

もうそのブログは見ないけれど、その人が家族の話をする時だけは本当にその人の気持ちや思いが文章から出ていた。

それは読者に見せるのでも誰に言いたいのでもなく、その人の本当に心の中にある話だった。

どこの誰かも知らない人だけれど、そして自分のことを棚に上げて言うのもおかしなことだけれど、せっかくステキな感性を持ってる人だからそれが前面に出たらいいのになぁ、外の自分と中の自分にギャップが少しでも減ったらいいだろうなぁと思わずにはいられなかった。

全て私の妄想みたいな話だけれど、写真越し・文章越しに感じるぐらいだから、リアル料理はもっと強くその感じを出してると思う。

ごはんは毎日のことだから、たとえ職業でも手を抜きたい時や疲れた時はそうしていいのになぁ…なんて思ってしまった。

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