2015年6月30日火曜日

今年の前半を振り返る

今日の6月30日をもって2015年の半分が終わる。

これまで6月末に「1年の半分を振り返る」なんて一度もしたことがなかった。

例えば、塾に勤めていた頃は、四半期だの半期だのの売上がどうで全体の成約率がどうで

顧客数の増減がどうで・・・なんていう話が年がら年中飛び交っていた。

毎週の会議の度にそれを延々聞かされていたけれど、全く興味のなかったわたしはいつも右から

左どころか右にすら入れず、いつも上の空で別のことを考えていた。

「四半期」も「半期」も存在すらしていなかった、わたしの頭の中。

あれだけ言われていたにも関わらず、3回は通過した6月30日をどうやって過ごしていたのか、

と記憶をたどったら1つ思い出したことがある。

毎年7月8月は地獄を見るように多忙を極めていた。

それが嫌でたまらず、6月も下旬になるとげんなりしていた。

だから、6月下旬に「さぁ今年の半分を振り返ってみようではないか」と思いつくことすらなかった。

そんな風で、さらにその後のここ3年の6月30日も、特に何の気持ちも湧かず通過していた。

今年もその調子でいく流れだったところ、突然この1週間で「この半年を振り返ろう」フレーズを

あちらこちらで見かけるようになった。

しかもその半年を振り返って残りの半年をどう過ごしていきたいかを見つめてみようなんてある。

すぐに感化されやすいわたしは、「さぁ半年を振り返ろう」と思い立ったが吉日、

今日はそんな調子で過ごしている。

さらに、この半年の疲れや澱みを落とすのにソルトバスと言えばかっこいいけど、いわゆる

塩をじゃばじゃばと入れた風呂がいいとどこかで読んで、さっき早速1kgの食塩を買ってきた。

ちなみに使うのは500gでいいらしく、2回はソルトバスを楽しめる算段になっている。

とにかく「良い」とされるものにはすぐに感化されやすいわたし。

昨日はある人から「名古屋に来てお世話になった神社がある。今回も名古屋滞在の時に時間が

できてその神社にお参りしてきた」という話を聞いた。

わたしも真似っこで、今日自分が6年前の秋に名古屋行きを決断した神社に行ってきた。

この神社はいつ出掛けても気持ち良い。

今日はくもりだったけれど、そんな天気すら気にならない位に気持ち良い空気が流れていた。

その神社もたまたま行き着くことになった場所だった。

就職試験の面接で、人生で初めて名古屋に行った。

縁もゆかりもない名古屋。

右も左もわからず、とりあえず会社が指定した駅に辿り着いた。

その日の朝、母親が弁当を作ってくれて持たせてくれた。

その弁当を食べる場所がないかと、指定された駅の近くをうろうろして、数階~十数階のビルが

建ち並ぶ合間にひょっこりと顔を出した神社だった。

それがその神社と出会った瞬間だった。

しかも、その神社というのが自分が子どもの頃遊んでいた社の雰囲気に似ていて、それを見て

名古屋行きを決断できたと言っても過言ではない。

名古屋は熱田神宮が有名だけど、熱田神宮よりそのこじんまりとした神社の方がわたしは好きで

もう何回も通っている。

冗談抜きで、あの日母親が弁当を持たせてくれなければ一生出会うことのなかった神社だ。

そのまま採用されて、会社の本社に通うのに何百回と使った駅ではあるけれど、会社のある

方向と神社のある方向は真逆で、特別に足を運ばない限り神社は行かない場所だった。

300m位しか互いの距離は違わないけれど、この300mは駅―会社間の道で見たら完全な

死角となる。

しかも会社側から神社側の方向を見ると、神社の前にでんと建っているビルたちが神社の存在を

100%消し去っているから、あの母の弁当がなければそこにずっと存在しているにも関わらず、

ないも同然になる。

ちなみに会社で仲良くした人たち数人にその神社の話をしたら、全員が「そんなのがあったなんて

知らなかった」と口を揃えて言っていた。

昨日の話に感化されて、丁度1年の半分の最終日の今日にその神社に行ってこれて良かった。

「残りの半年」を少しでも清々しく歩んでいくのに、新年の誓いじゃないけどそれに似た気持ちを

抱いてその場をあとにした。

今年の後半はどんな風になるのかはわからない。

わからないけれど、「こんな風だといいなぁ」とか「○○ができたらいいなぁ」というちょとした希望や

展望を抱ける今というのが、自分を励ましてくれる。

希望も展望も行方不明になっていた時期が色々あったから、それらを抱けるだけでわたしは

そこから勇気とパワーをもらえる。

2015年6月28日日曜日

流行を取り入れた迷走ファッション

今日たまたま目にした40代50代女性向けのファッションアドバイス。

流行を取り入れて体系もカバーできて、というのが売りのようだった。

けれど一般の方がモデルとなったデモ写真を何枚見ても、「迷走」という言葉しか思い浮かばない

位に変だった。

服が変なわけでもない。

モデルの方が変なわけでもない。

ただ、「流行」をそのまま取り入れているだけの本人に似合っていないものを着せられても、

実際は色んなものが浮いた感じに仕上がってしまう。

これが10代20代の若い子たちならまだまだわかる。

でもある程度の年齢を重ねた女性であれば、流行を取り入れることよりもその人の雰囲気とか

肌の色合いとかそれに似合うものを取り入れている方がうんとおしゃれに見えると個人的に思う。

いつだったか60台後半~70代の素敵マダムに電車のホームで会ったことがある。

一目見て個性的なファッションだというのがわかるけれど、それがもうそれ以上もそれ以下もない

位にそのマダムにぴったりな装いだった。

さらに気になったのは、マダムが手にしていたわたしのお気に入りの雑貨屋の透明袋に入った

リバティー系の花柄の洋服だった。

その布のデザインに目を奪われてわたしはがん見していたのだけれど、そうしたらマダムも私の

強烈な視線に気付いて、それでどちらからともなく話を始めたのだった。

マダムはその場で袋から服を取り出し、自分の胸に当てて「これどうかしら?若すぎやしない?」

などと聞いてきた。

それはワンピースだったのだけれど、そのマダムが着たら絶対に似合う!というものだった。

マダムいわく、店頭でもお店の人に何度も尋ねて、絶対に似合うと言われても自分の中でまだ

迷いがあり、最後ようやく決心して買ってきたとのことだった。

たしかに本体は、20代30代位の世代に向けて作られたものだとは思う。

ただ、そのマダムが着たら、年齢なんかを超えてすごく上品かつスタイリッシュな感じになる。

その後マダムが降りる駅まで数分間おしゃれについてそのマダムと話をする流れになった。

マダムの鞄や靴、メガネ、メガネケースととにかく身につけるもの1つ1つ自分が好きなものを

選んでいることはよくわかった。

そして長年そうしているのだろう、自分に似合うものを自分の目で選んで養ってきたというのが

ひしひしと伝わってきた。

最初の話に戻るけど、「今年の流行」を取り入れるよりも、自分の雰囲気と体系とそれらを考慮

した上で何が似合うかを追い求めていく方がうんとおしゃれに仕上がるように思う。

そして、そのファッションアドバイスを見て、「日本って変に大変な国だなぁ」と改めて感じた。

2015年6月26日金曜日

雨の日の夜の外出

今日は朝からずっと雨が降り続いていた。

小雨じゃなくて、本降りのなかなか激しい雨だ。

ちょっとした用事を足しに外に出たかったけど、とにかく雨が止まない。

少しでも雨が弱まったら徒歩で行ける用事を足しに出ようと決めた。

そうしたらあっという間に夜になってしまった。

近隣は住宅街だけあって、全体的に夜のお休みモードになりつつある。

20時過ぎにわざわざ近所に出掛けるなんて、しかも雨の日に出掛けるなんてそうそうないから、

逆に雨の風景がとても新鮮で心が洗われた。

雨は色んな匂いを強くする作用があると思う。

普段なら何にも匂いを感じない道に、緑の木々の湿った香りと雨特有の匂いとそしてどこかの

おうちからコンソメスープのような匂いも混じって、匂いだけでにぎやかな通りとなった。

お目当ての場所に行くのに大通りの歩道橋を渡った。

歩道橋のすぐ脇に白い電灯があって、それがまるでドラマの雨のシーンのように雨を映し出して

いた。

いつもの道なのに、非日常みたいだった。

雨の透明さと電気の光とビルの看板のライト、色んなものが混ざった色がこれまた幻想的だった。

用事をささっと足して今帰ってきたけれど、たかが20分ほどの外出が特別な外出みたいで、

かなり楽しかった。

別に何がどうということもないのだけれど、こういう日の記録ってうんと後から読み返すとかなり

面白い。

いつかの自分がこれを読み返す時に、こんな雨の日の夜の外出もあったんだよ、という備忘録

のために書いてみた。

ちなみに1、2週間程前、約10年前の自分の記録を読み返して、当時はわかりえなかったもの、

懐かしいとかいうのとはまた違った、時間が経たないと味が出ない独特の気持ちを味わって、

やっぱり記録は大事だと思った。

25歳26歳のわたしが見た景色、感じたもの、それはやっぱり当時のわたしにしかわからない。

そして、当時のわたしを振り返って新しく加わる景色や感じたもの、それは今のわたしへの

ちょっとした贈り物みたいだ。

2015年6月25日木曜日

買い出しメモが好き


基本的に食料品の買物は、その日その時に安いもの(特売品・値引き品)を買っている。

だから買い出し用のメモは、日用品関係か今日のように調味料関係が切れない限りは書かない。

もう何年もこのスタイルを採用しているから、すっかり慣れている。

今日久しぶりに買い出しメモを書いてみて、実はこういうメモを書くのが好きなんだと気付いた。

写真のメモ用紙は、知人の方からのスペイン旅行のおみやげでいただいて、裏が全面マグネット

になっていて普段は冷蔵庫の扉にぴたっと貼ってある。

その都度、なくなった調味料・なくなりそうな調味料を書いておく。

そうすると次の買物に行く時に忘れない。

ちなみに一緒に写っているボールペンは、友達のRがわざわざ職場の備品をプレゼントしてくれた

もので、これももう長いこと重宝している。

このボールペンはパイロット製のものだけど、今手元にあるのは3代目か4代目。

少し前のように仕事で酷使することがなくなったから、このボールペンはとても長生きしている。

メモ帳もボールペンも両方使いやすくて気に入っているのと、なんだろう、買い出しメモの場合は

買い出しメモ特有の雰囲気があってそれが好きだ。

言葉では説明できないけれど、他のメモと違っていてなぜかワクワクする。


いつだったか友達数人とどうやって日々の献立を決めるのかを話したことがある。

メニューを予め決める派とその時その場で決める派と半々だった気がする。

わたしは後者だ。

毎日、冷蔵庫の中身と自分の食欲の欲するところの掛け合わせでメニューを組み立てる。

今日はチキンナゲット(←初めて作る)にしようかと思っていたけれど、体は別のもの、もっと

さっぱりあっさりしたものを欲しているから、冷たい麺類になる気がする。

チキンナゲットも、昨日買物に出た時、半額のはんぺんを購入してそこから決めたものだ。

はんぺんをこれまでに試したことのない方法で調理してみたいと思って調べたら、チキンナゲット

がヒットした。

何せ毎回特売品やら値引き品を買うから、献立も毎回行き当たりばったりだ。

でも、これが個人的にとても好きなスタイルで一番楽ちんだ。

今回のようにアレンジして使いたければ、インターネットという強い味方がいる。

そこから自分で作りたいものを探し出して、実験的な感じで試すのも好きだ。

ただ、どういうわけか実験的な感じで試したメニューが定番化したものはほとんどない。

30近く試して1つ出てくるかこないかだ。

ちなみに他者考案のレシピで定番化するものは、むしろネットではなくて友達や職場の方から

個人的に教えてもらったレシピが多い。

そういうレシピは、個人の人が日々の生活で繰り返し作っているだけあって、真似して作ると

ものすごくおいしい確率が高い。

そしていつの間にかわたしの定番メニューにもなる。


買い出しメモの話から随分とそれたけど、買い出しメモを書くことも、料理の実験も両方とも

とても好きなことにはまちがいない。

2015年6月24日水曜日

ある日突然わかるようになる

一体何月のことか忘れたけど、ある時色々手を出し過ぎたメルマガをあれこれ解除した。

その中でも3つだけは残した。

1つはブログの書き方や組み立て方、パソコン上のテクニック関連のこと。

これは当時も今も同じ位に必要かつわかりやすくてとても助かっている。

1つはコーチングでの起業の企画等を専門にして情報発信されてるもの。

これは理論に弱いわたしの頭でも十分に理解できるわかりやすい実践的なもの。

最後の1つは感情やマインドセットを中心にしたもの。

この最後の1つだけは、あれこれ解除した時に「解除予定」の方に入っていたもの。

今考えたらよくわかることだけど、実は当初「なんだこの考え方は?」といちいち苛立ちを感じて、

でも自分でも何とかしたい感情とかの突破口になるような気もしていて、それで切るに切れない、

そんな感じだった。

とりあえず継続していて、それもけっこういい加減に斜め読みをずっとしていた。

またもや「解除」しようかなと思っていた矢先。

これは、わたしが変わったのか発信者の内容が変わったのか、どちらかはわからない。

だけどこの1週間位で、本当に突然発信者の言わんとしていることを「こういうことなんだろうなぁ」

と感じられるようになった。

これまでものすごく反発しか出てこないようなものだったのに、突然「これわかる」が出てきた。

もちろん今でも「それはありえない」とか「なんだこの頭の中お花畑みたいな発想は!」と、

自分何様かと言わんばかりのことも思ったりする。

だけど2回に1回は、「あれ、これわかるかも」が出てきた。

なんだか知らないけど、突然出てきた。

こういう時に、妄想好きのわたしは思ってしまう。

未来のわたし(=今のわたし)は、数ヶ月前こうなるとわかっていてメルマガをあえて解除しない、

と決めたんじゃないだろうか…と。

当時の自分の気持ちとしては、解除するが99%、そのまま継続が1%位のものだった。

それ位に感情が揺さぶられるわ、全然共感できないわ、さっぱりわけわかめ、という感じだった。

でもこのメルマガだけは、唯一時間をかけないと本当に意味のわからないものだったのでは、

と今は思う。

「これは共感できない」がいくつもいくつも重なる。

だけど、うっすらとだけど「わかるようになりたい」とか「理解したい」というような願望と、

そして表では理解できないのは自分なのに自分ではなく相手への苛立ちやもどかしさを

感じていたのではないかと思う。

今は、少し読むのが楽しみになった。

どこがわかるのか、どこがわからないのか、それを冷静に見ようとしている自分がいる。

2015年6月22日月曜日

夏至

夏至だの冬至だの日本古来の季節の言い回しにさっぱり興味がなかった。

今年は、ここ数日でやたらと「夏至」という言葉を目にして、自分なりに調べたりもした。

今日が1年で一番日の長い日だということは、36歳にして今初めて知った。

今は梅雨だし、本番の夏はこれからだけど、もう今日よりも日の長い日は夏にないんだと思ったら

とても不思議な感じだ。

ただ言われてみれば、たしかに夏の夕暮れ時の方が今の夕暮れ時よりどこか儚い感じはする。

今の夕暮れは夏に向かっている感じの、どちらかというと「陽」の雰囲気が強くて、

さびしさやわびしさよりも「元気な夕方」というイメージだ。

夕日に照らされてキラキラしている木々の葉っぱなんかも生き生きしている。

夏の8月に入ったあたりに一度どーんと暑くなり、その後は徐々に暑さが引き出す頃、夕暮れも

それに合わせてどこかさびしいものが混ざる。

これまで長いことそういう感じを自分で感じ取っていたけれど、今回「夏至」の意味を知って、

ようやく合点がいった。

そう思うと先人の人たちの季節の名前の付け方のなんとセンスのあること。

6月7月8月と西暦上ではなく、夏至・小暑・大暑ときたらもう次は立秋、そうやって微細な変化を

見逃さず、その時節に一番ふさわしい名前を付けていたんだから、本当にすごい。

今年はその二十四節気と呼ばれる日本古来の季節の言い回しに注目して夏を観察してみよう。

自分の中にある感覚と、古来の人たちの感覚、その2つが時空を超えて共鳴するのは面白い。

そして、その季節季節に合わせた体や太陽のエネルギーなんかを感じ取るのも面白そう。

梅干し仕事もそうだけど、こうして大人になってわかる愉しみというのに幾つになっても新しく

出逢えるというのが、とても粋でその雰囲気に酔いしれている。

2015年6月21日日曜日

日本の情報発信内容がすごすぎる件

これは全部の日本国内の情報発信に当てはまるわけではないけれど、

個人的に最近やたらと気になることが1つ。

「体に悪い食べ物」

「体に良いとされる習慣」

「友達が多い人の特徴」

「仕事ができない人の特徴」

「50代でもきれいな人がしていること」

こんな感じのタイトルの情報が巷には溢れ返っている。

とにかく異常な位の情報量。

それも、書く人は同一人物ではなく、日本国内在住の全く別人の方たちが発信されてると思う。

なのに、皆が皆こぞって白黒はっきりつけたがる情報を垂れ流しにしている。

白でもない黒でもないものの方が世の中圧倒的に多いにも関わらず、ある1つのことがとても良く、

それ以外はダメと言わんばかりの情報発信の方法に目を疑いたくなる。

例えば「健康」ひとつとっても、「健康」の定義は人それぞれだ。

「友達」についても、多いことが良いとする人もいれば1人でも信頼できる友達がいたらいいという

人も当然いる。

考え方も価値観も多種多様であっていい今の時代なのに、なぜか最近の情報たちは、ある特定

の価値観に傾倒する傾向が強い。

個人的に怖いなぁと思った記事の1つに、「友達の多い子どもの特徴」みたいなのがあった。

なぜこの記事が怖く感じたかと言えば、これを読む子育て世代のお母さんたちが、

「うちの子引っ込み思案でなかなか友達もできなくて・・・」と悩んでいたら、この記事はもはや

暴力的な内容に近い。

(実際にそういう相談も受けたことあれば、その手のお母さんの気持ちが書かれたブログも

よく見かける)

自分自身を見ていてもそう思うし、それこそ何百人という子どもたちを実際に見ても思ったけど、

友達が多い少ない、社交的内向的、おしゃべり静か、なんていう両極端の一部だけを見て、

子どもの個性の良し悪しなんて判断できない。

それぞれがみんな違ってみんないい、って言うときれいごとみたいだけど、本当にそうだ。

友達が多い子が性格的に明るかったり朗らかだったりするかと言えばそうでもないし、

反対に友達がいるのかいないのかもわからない子が根暗で性格が悪いわけではない。

そういうのも全部ひっくるめた上で「友達が多い子どもの特徴」なんていう情報が発信されている

のであれば問題ない。

だけど、読んでいる限りは、それこそきれいごとばかり言うな!と感じたし、これに当てはまらない

場合はどうしろと言うんだろう?と思ってしまった。

日本人特有の協調性は素晴らしいと思う。

これはなかなか欧米のような個人主義の国ではあまり見られないものだ。

だけど、「協調性」と「みんな一緒がいい」みたいな価値観は別物だ。

それぞれの個性があって、その違う人たち同士が協調するのが協調性であって、

何も同じ価値観を推奨するみたいな、それこそ「友達が多いのがいい」みたいなのは絶対に

違うと思う。

上っ面ばかりの垂れ流し情報に規制をかけることは言論の自由に反するからできないけれど、

せめて人を追い込むような情報ではなくてそれを読んだ人が救われるような情報だといいなぁ

と思いながら読んでいた。

2015年6月20日土曜日

気付かないうちに変化

頭の中であれもこれも書こうと思っていたことがあるけれど、どれも「今書きたい」気分じゃない。

それは梅干しの今年の備忘録だったり、お皿の話だったり、災い転じての話だったりする。

ちなみに、梅干しの備忘録は、一種の憧れも含まれている。

近いうちに確実に記事にするだろうことはわかるけれど、どうも今じゃない。

今日は何も書かないで休もうと思ったところ、朝から気掛かりだったことを今思い出した。

今年が4年目か5年目の観葉植物のこと。

それが一体いつから始まっていたのか、ものすごく長い時間を家の中で過ごしていたのに、

さっぱり気付かぬうちに今日見たら一気に変化を迎えていた。

大中小さまざまな大きさの葉のなる観葉植物。

そのうちの1枚の中サイズの葉が黄色くなっていた。

そして、朝は気付かなかったけど夕方家に戻って見たら、数少ない大サイズの葉も1枚怪しい。

これも黄色くなるかもしれない。

黄色くなった後はもう枯れるしかない。

この観葉植物は、基本的に増殖はしてもほとんど枯れることがない。

いつでもすこぶる元気だ。

とても強い種類のようで、世話なんかほとんどしなくても植物自身の力でどんどん大きくなる。

園芸の知識ゼロのわたしでも十分に対応できる優れものの植物だ。

今さっき見たら、なんとなくここそこと気になる箇所が他にもあった。

なんとか回復してくれるといいけれど、こればかりはわからない。

もう静かに見守るしかない。

そう、ずっと毎日目にしていたのに、気付かぬうちに植物は弱っていた。

もしかしたら根がぐらぐらしていたのも原因かと思って、今日の夕方一度全体を掘り起こして、

まっすぐになるように植え直した。

掘り起こしてびっくりしたのは、植物全体の大きさから見たら根のサイズはその半分以下だった。

こんなに細い根で4年も5年も冬を越し生き延びていたのかと思ったら感動すら覚えた。


どうしても1つ気になっていたから今グーグル先生で調べたら、多分ビンゴの答えかなと思う。

とにかく寒い冬すらも静かに耐え忍んでいたこの観葉植物。

これからますます暑くなる時期にへたばるというのはこれまでの年を振り返ると異常だ。

水をあげすぎたのかな?とも一瞬思ったけど、そんなに普段以上にあげてるかと言えば、

それも違う。

だけど、ただ1つこの1ヶ月位で変化したことがある。

わたし自身の生活リズムが乱れたのと、気持ちが沈むことが多かったこと。

観葉植物は、そういう人間の悪い気を吸い取る性質がある、とどこかで読んだのを思い出した。

記憶がいい加減だから、それを今グーグル先生で調べた。

やっぱりそうらしい。

わたしが自分一人で抱えきれていないものを観葉植物が代わりに取ってくれたのかなと思う。

例えば毎朝起きてから書いていたノートがある。

それをやめて丁度1ヶ月位だということが今ノートを見たらわかった。

眠りの誘導音楽みたいなのがあるけれど(←すごくよく眠れる)、それも長いことお休みしていた。

朝の白湯も暑さと共に飲むことをやめてしまった。

1つ1つは小さなことではあるけれど、多分それらでバランスを取っていたこともあったから、

そのバランスの崩れを含めた生活や心の乱れが植物にいったのかな・・・と思い当たる。

ついでにグーグル先生いわく、人間側が整い出すと植物も復活することがあるとあった。

それに期待をして、朝のノートと白湯も復活させようと思う。

眠りの誘導音楽は、3日前ぐらいから復活させたから、これはそのまま続けよう。

植物が教えてくれた「気付かない変化」に感謝しながら、この植物の生命力に賭けてみよう。

2015年6月18日木曜日

ばばちゃんの手

自分の今の手の爪はものすごく汚い。

今日の昼間、延々と梅干し作りのための赤じその作業をしていた。

その名残だ。

今回はもぎ取られる前の状態の茎付き赤じそを購入してきたから、まずはしそもぎから始めた。

その時はまだきれいな爪の色だった。

赤じその取り扱い方をすっかり忘れたわたしは、またネットでいくつか情報集めをした。

その中の1人が、「赤じそのあく抜きの時は、極力素手で行うこと」と書いていた。

何でそんなことを言うのかわからなかったけど、妙に強調していたから心には残っていた。

しそのあく抜きは、塩を振ってあとはぎゅうぎゅうと手でしそを押してしぼる。

すると、最初はどす黒い色の汁が出てくる。

回数を重ねて、ようやく赤紫色の汁が出てきたら終わり。

あれから3時間ほど経過するけど、全然爪のことは見てもいなかった。

今ぱっと目についてそれでぎょっとしたけど、次の瞬間は「あ、ばばちゃんの手だ」と思った。

ばばちゃんは、8年前に他界した母方の祖母だ。

ばばちゃんは若かりし頃から専業農家をしていたから、爪は常にまっ黒けだった。

どんなに洗っても黒さは落ちないようで、もはやしみのようになっていた爪だ。

自分の手にはぎょっとしたけど、ばばちゃんの手はいつ見てもそうだったから驚きもしなかったし、

汚いとも一度も思わなかった。

土いじりなんかで染まって黒くなった爪がばばちゃんのシンボルのようだった。

今日の赤じその作業は、正直あまり好きではない作業だった。

梅の時はテンションがすごく上がったけど、しそはそうでもなかった。

地道過ぎるのかもしれない。

やってもやっても終わらない感じに飽き飽きとしながら、なんとかやり過ごしていた。

ばばちゃんは、毎年何キロの梅を漬けていたのかは知らないけど、こういう作業を延々と日々

繰り返していたのだろうと思う。

晩年はテレビと新聞にかじりついてほぼ家事は何もしていなかったけど、その前まではとにかく

四六時中手を動かしていたイメージがある。

ある時は豆類のさやとりをし、またある時は乾物の準備をしていたような記憶がある。

だからばばちゃんの黒い爪やごつごつとした手は「働き者」のイメージが強い。

今の自分の手の匂いをかぐと、赤じそ独特の青臭さがする。

この匂いもばばちゃんの手の匂いだ。

そんなに何度もくんくんとかいだのだろうか。

そんなことした記憶がないけれど、でもこの手の匂いはばばちゃんの何かと結びつく。

去年も赤じその作業をしたのに、今年みたいにばばちゃんを思い出すことはなかった。

今年の梅干し作業は、不思議と過去の思い出が数々よみがえってくる。

2015年6月17日水曜日

新生姜~保存食作りにはまる~

梅干しとほぼ同時進行で新生姜も漬けた。

「ガリ」と呼べる代物かわからないけど、一応新生姜の漬けものだ。

夜中小腹が空いて、何か口にするのに適当なものはないかと考えていた折、新生姜を漬けた瓶と

目がかち合った。

まだ漬けてそんなには経ってないから、食べ頃ではない。

でも1つだったら味見してもいいか!と思い、蓋をあけて一番てっぺんの新生姜のスライスを口へ。

びっくりする位に美味しかった。

青梅を買った日に新生姜も安くなっていて一緒に買った。

だけど、それを漬けるかどうかはギリギリまで迷った。

2年前だったと思うけど、新生姜を漬けたらものすごく不味いものが出来上がってしまった。

半端なく不味い。

捨てるのももったいなくて、いつもお好み焼きを作る時に刻んで入れて誤魔化し使っていた。

また失敗するのは嫌だと思い、なかなか漬けることに踏みきれなかった。

ところが、あちらこちらで「梅干し仕込みました」と一緒に「新生姜漬けました」と出ている。

漬けたくてたまらない。

しかも、みんな簡単にやってのけている。

実はあの失敗は、普通にやったらありえないことなのか!?と自問自答。

最後は、わずかながらの成功に賭けて漬けることに決めた。

前回クックパッドのレシピで大失敗したから、今回はクックパッドはあえて避けた。

それで新生姜のレシピが載った一般の方のブログを探した。

わりかし最初の方に出てきた方のレシピを見た。

コメントがたくさん付いていて、「初めてでも上手に漬けれました!」みたいなのが多数ある。

これはいけるかもしれないと思い、その方のレシピを試すことにした。

そのレシピの中にはなかった「生姜の水分をしぼる」は、自分で勝手にアレンジして加えた。

他の方の写真付き工程で「しぼる」というのがあったから、そして前回しぼることは一切して

いなかったから、それも失敗の原因の1つかと思ってあえて手順を加えた。

数時間前のつまみ食いの味は、天にも昇るような気持ちだった。

完全に漬かってはいないものの、味はばっちりだったし、歯ごたえもよかった。

そう、前回は歯ごたえも悪くて、それがさらに不味さを増長させてた。

食べ終わった後、参考にしたレシピを写してもいないし「お気に入りページ」に登録もしていない

ことを思い出した。

慌ててもう一度レシピを検索して、そのサイトに無事行き着いた。

ついでだから、他のレシピものぞいた。

他のレシピをのぞいていくうちに、その方が新潟の方だということが判明した。

今回の漬け汁は、自分の口にぴったりと合っていた。

酢と塩と砂糖の配合が素晴らしいバランスとなっている。

それは、もちろんその方の舌のセンスの良さ故の配合だけど、それとは別に「新潟県民」である

ことが殊のほか大きな要因でもあると思う。

色んな料理ブログが存在するけれど、たまに「これめちゃくちゃ美味しい!」というレシピは、

大元をたどると新潟県在住の方だったりする。

基本的な味付けが、自分が育った中で慣れ親しんだ味にとても似ている。

塩のしょっぱさ>砂糖の甘さが基本だ。

ものすごく甘い味付けというのは、あまり新潟にはないと思う。

新潟含め東北や北の方に位置する地域では、しょっぱいことが味の基本だと何かで読んだことが

ある。

言われてみればそうだなぁと思う。

今年の春から初夏にかけては、塩レモンペースト→梅干し→新生姜の漬けものと保存食作りに

めちゃくちゃはまっている。

単純に日々の食卓に使えるのと、そして工程の1つ1つがやっていて楽しいし、それぞれの経過を

観察するのもこれまた楽しい。

季節ごとに母親が漬けものを漬けたり乾物を作ったりしていた姿を「何が面白いんだろう」と20代

の私は眺めていた。

さらには、その手伝いなんかを頼まれるのは面倒のほか何でもなかった。

だけど、今になってその楽しさがわかるようになり、気付けば自分もやっている。

保存食作りは、大人になってからわかった、と言うよりも、大人にならなければその楽しさは

わからないものかもしれない、と思う。

2015年6月16日火曜日

物事の見え方

このブログとアメブロの方のブログと2つをほぼ同時進行に書いて得た物事の見え方がある。

ある時から、同じ1つの出来事について、2つの違った記事を書くようになった。

例えば、このブログでニベアクリームを使い始めた話()を1ヶ月ほど前に書いた。

その中では単純にニベアクリームを使い始めた話をしている。

そして今日アメブロの方では、同じニベアクリームも登場するけど、全く別の話をしている。

(参照:思い込みの力

それこそたった1つの事でも無数の視点があって、その視点の中でも自分の意識が当たったもの

をそのまま言葉にしている。

今書いていて思い出した。

こうして少しずつ自分の考えていたことが形になっている。

コーチングやNLP(神経言語プログラミングと呼ばれる一種の心理療法)を学んでいる時に常々

思っていたことは、そこで使われる手法をいかに日常生活と結び付けられるのかということだった。

やたらと専門的すぎるのと、わざわざ場面設定して使う方法というのが個人的に気に食わず、

せっかく良い方法だからもっと簡単にぱぱっと使える方法はないものかと思っていた。

最近は去年やおととしみたいに貪るほどのエッセイ本は読まなくなったけど、色々読んだ本たちが

すごく良いヒントになった。

それぞれのエッセイストや作家さんたちは本業は書くことだけど、書いている内容が直接人生の

知恵みたいなエッセンスみたいなものが多数あった。

時には、それがコーチングなんかで学んだ具体的な手法が現実化したものもあった。

そうやって方法と手段を結びつけたらいいんだという見本で、気付いたら今のわたしはそれに

近いことをしている。

普通に考えたら、ニベアクリーム(肌の手入れ)とコーチングの話なんか結びつかない。

だけど見方を変えたら、ニベアクリームもコーチングの中のある手法と全く同じ効果を発揮する。

だからなるべく、普段の生活で感じたこととコーチングで習って自分でも自然に実践していることを

関連付けてこれからも綴っていきたいと思ってる。


最後に余談だけど。

ニベアクリーム、50g250円だったニベアクリーム…。

その10倍はする美容クリームと何ら変わらない効果を発揮している。

さらに言うと、しっとりとさっぱりの両方を兼ね備えているのは、ニベアクリームの方だ。

塗ってすぐはしっとり。

基本ハンドクリーム用だけあって、しっとりからさっぱりするまでの時間が短い。

使えるのはうれしいけど、こうも効果を発揮されては次に購入するクリームも迷ってしまう。

本当は1回きりのお試しのつもりで買ったニベアクリーム。

なのに、想像以上の効果。

むしろ、これまでのクリームの効果について疑いの眼すら噴出。

かと言って、ニベアクリームを半永久的に使うのも本当にいいのだろうか?と半信半疑。

一応、手足用のクリーム。

顔用じゃない。

今すぐなくなるわけじゃないから、次買う時までにいっぱい悩んだらいいけれど…。

何塗っても同じと言われたらそれまでだけど、ニベアクリームを使い続けるほどの意志も今は

持ち合わせておらず。

ちなみに、1ヶ月以上使用した今。

本当にこれまでと何も変わらない肌の状態をキープしている。

2015年6月15日月曜日

24時間365日自分じぶんじぶん

社会的役割から降りて、今月が10ヶ月目。

月を追うごとに会う人の人数が減る。

平気で2週間3週間誰にも会わない、ということも年が明けてからは増えた。

人と会うことも話すことも好きだけど、なんとなく今は別の風が吹いている感じがする。

言葉で表現するのは難しいけど、今毎日目にする自分自身は「こういう私は存在しないことに

したいです」とばっさりと切り捨てたくなる自分だ。

もう逃げられない、道は前にしかないのに後ずさりする、かと言って後ろにも戻れない、

前に進むのは色んな意味で怖すぎる、ダメな自分でいる方が気楽だったりもする、

そういう自分との時間が今のようだ。

これは一人でいてわかることだけど、わたしの場合は他人からの影響で気持ちが揺れ動くよりも、

自分自らの影響で気持ちが揺れ動く方が大きい気がする。

良くも悪くも、「他人は所詮他人」という考えが根強くあって、たとえ他者との間に不愉快なことが

あっても、最終的には「逃げる」手段もあるし、なんとなく適当にごまかせたりもする。

だけど、これが対自分の場合はそうもいかない。

自分から逃げるというのは手段としてあったとしても、24時間365日死ぬまで一緒な自分から

そんなに簡単には逃げさせてもらえない。

自分で自分をごまかしても、そのつけはしっかりと自分のところに戻ってくる。

要りません、返品します、というわけにもいかない。

受け取り拒否したところで行き場もないから、宙をさまよう結果になる。

今まさに「もういいよ、この自分でいいよ、この自分でこれからもいくよ」という覚悟を問われている

気がしてならない。

2015年6月14日日曜日

梅干し雑記帖の愉しみ

昨日から今日に変わった辺りの真夜中に今年の梅干しを塩漬けした。

塩漬けにあたり、去年はどうしていたのか、『梅干し雑記帖』と題して残した去年の記録を開いた。

もしかして来年以降も漬けるかもしれない、それなら今年の諸々の細かなプロセスを残したら将来

役立つかもしれない、そんな気持ちで梅干し1年生の去年あれこれ記録を書いた。

『梅干し雑記帖』というのも、わざわざ名前を考えて自分で付けたもの。

自分ではそのネーミングをとても気に入っている。

この書く作業は想像以上に楽しくて、普段絵なんて描かないわたしがイラストまで描いていた。

実は去年の梅干し雑記帖は、土用干しと言って、梅雨が明けた辺りに3日間ほど梅干しを天日に

当てて干すのだけど、そこから先の記録をさぼって途中になっている。

ただ、真夜中に知りたかった「塩漬け」に関しては、最初の段階とあって細かに書いてあった。

失敗したこと・それを踏まえて気を付けた方がいいことまで書いてあり、ものすごく重宝した。

去年の梅干し雑記帳に助けられながらとりあえず塩漬けを完了し、今年も新たに『梅干し雑記帖 

2015夏』のページを新設し、今年のこれまでの経過を記した。

同じ梅干しでも、去年とはだいぶ違っている手順もあって、それがどう出るのか予測できない。

すべては数ヶ月後の完成の時にしか結果はわからないから、だから今持っている情報に関しては

成功失敗の判断材料のために残しておく。


話は変わって、梅干しを漬けてみて思ったこと。

これは人間にしかできない作業だなとつくづく思った。

今年は購入した時点で、梅は青かった。

ネットで「今年も梅干し漬けました」というベテラン層の方々の情報を探し求めては、漬ける時の

梅の色をじっくりと観察した。

かなり黄色い状態で漬けている。

今年参考にした梅干しのサイトにも、購入時に梅が青かったらしばらく置いて黄色に熟すまで

待つような指示が書いてあった。

今回は約4日半、しばらく床に広げた新聞紙の上に梅を放置しておいた。

1日1日と黄色くなってくるのが本当によくわかった。

しかも、一切陽の当たらない場所なのに、それでもバナナなんかの果物と同じなのか日に日に

熟して、実も全体的に柔らかくなってきた。

いつが漬け頃か素人目には判断が難しかったけど、これ以上待ったら梅が熟すのを通り越して

腐り始めるかな・・・と思い、それで真夜中に梅を漬け込んだ。

ロボットや機械の良さが正確さだとしたら、人間の良さはこういう微細な差を感じ取ってそれを

応用できることじゃないかなと思った。

例えば今回、実質的には4日半の時間を置いたけど、それは4日半が基準なのではなくて、

目で見て手で触ってそれでもうこれ以上待つのは危険かなと感じて、それで次の手順に移るまで

が4日半だったという結果論だ。

当たり前だけど、買ってきたその日に「何日後に全体的に黄色くなります」なんていう予想が立つ

はずもなく、すべては流れに任せる他なかった。

3日目辺りには、梅たちを「熟」・「半熟」・「未熟」の3種類に分けてそれぞれ列にし、「未熟列」が

黄色くなったら塩漬けしようと決めた。

3種類に分類したのは、わたしがわかりやすくするためで、自分オリジナルの手法だ。

そんなこんなも含めて、梅干しを漬けるって人間の手でする作業なんだと、妙な醍醐味を感じて

1人悦に入った。

2015年6月12日金曜日

心に染みる言葉

言葉のシンクロ祭り。

今日は朝からずっと頭の中をぐるぐるしていた言葉がある。

6年前の夏のある日に出逢った言葉。

それをさっきアメブロの方にアップした。

『あなたとわたしが出逢う確率』

わたしの方に新しい出逢いがあったとかそういうのではない。

とにかくその言葉がぐるぐるしていたから、外に出そうと思った。

当然そのためにアメブロのページを開く。

アメブロのトップページには、アメブロで繋がっている人たちの最新記事が出るようになっている。

いつもはそこにあまり惹かれない。

今日は惹かれる記事が2つ。

そこに読者登録をしてくれた人がいて、その人のブログも読んでみる。

三者三様、全く別の話をしている。

3人の共通点は何もない。

だけど、3人のそれぞれの発言が心に染みる。

なんだったら、感動して朝からティッシュで鼻をかむほどに涙を流した。

多分3人とも感動させようと思って書いてはいない。

なのに、ばんばん言葉が伝わってくる。

正しくは、言葉を超えた何かが伝播してくる。

だから涙が出るんだと思う。


アメブロにもちょこっと書いたけど、昨日は大きな書店に行って、その膨大な書籍を前にして、

この中で出逢う1冊出逢う1人の著者との確率ってほんとすごいなぁと思った。

ソクラテスが存在したかと思えば、ソクラテスについて語る人がいて、頭がくらくらするぐらいに

すごい「人・人・人」の思いで溢れ返っていた。

ソクラテスは通りすがりにあった本で、そんな難しそうな哲学の本なぞわたしは読まない。

これだけたくさんの書籍が世の中に紙媒体で出版されていて、もちろんそれ以上の文章が

今の世の中ではブログという便利ツールで発信されていて、だからそんなにたっくさんある中で

出逢える文章も人も限られている。

でも、ひとつだけ「これは絶対」と信じていることがある。

出逢う人も出逢う文章も出逢うタイミングも、実はすべて決まっているんじゃないかということ。

アメブロをしていてもそう思う。

バーチャルな世界だけど、出逢う文章にはきっちりと出逢うようになっている。

3人の共通点わかった。

計算がない。

当たり前だけど、3人とも大人だ。

年齢はいまいちわからないけど、顔写真から推定するに2人は年下の人たち。

こういう文章を書くと、人を惹きつけるかなとか、感動させられるかなとか、そんなの1つも多分

考えていない。

ただまっすぐに自分の思いを発信して、それを読んでどう感じるかは100%読み手に委ねている。

話がとびとびだけど、この3人との文章と出逢うことも決まっていたことと考えると、これが何だか

とてつもなくしあわせな気分になれる。

2015年6月11日木曜日

雨の日のあじさい

出かけたついでに、近所の大きな公園に立ち寄った。

今日みたいな雨の日にあじさいを見るなんてなかなかないだろうと思い、行ってみた。

1km以上のランニングコースを設けているその公園は、平日だろうが関係なく混んでいる。

昼間はわりかし空いていても、それでも必ず大勢の人がいる。

そこにわざわざ車で乗り付けてランニングする人たちもいるほどのスポットだ。

土日の大混雑はさておき、平日でもその公園に行けば少なくとも数十人~100人以上の人と

すれ違う。

ところが、今日みたいな雨の日はその公園に人っ子一人いなかった。

これまで一度も雨の日に行ったことなかったから知らずにいたけど、本当に誰にもすれ違わず、

自分の視界に誰一人入ることもなく、わたし一人大きな公園でぽつんと歩いていた。

一人貸切状態で、それだけでも行って良かったと感激した。

また、雨の日の木々の葉っぱが濡れる感じがすごく好きだ。

色も匂いも、妙に癒される。

お目当てのあじさいの場所へ足を運ぶ。

最初の2枚は、数日前天気の良い日に撮影したあじさい。



晴れの日のあじさいたちが雨の日はこんな風になる。



同じあじさいではないけど、同じ場所に群生しているあじさいだ。

こんなにも雨の似合う花も他にないと思う。

花に詳しい人に聞いたことだけど、あじさいという花はすごい不思議な花で、

地面に生えているあじさいは毎年何も世話や手入れをしなくても勝手に時期がくれば花開くけど、

そのあじさいを切り花として切って活けると、これがあっという間に駄目になってしまうそうだ。

生命力の強い花ではあるけれど、人間側の事情を押してしまうとあっという間に命が絶えてしまう

そういう花なんだよ、と教えてもらった。

その生き物が最大限に命を発揮できる条件というのが存在することをそっと教えてもらったよう

にも感じている。

言われてみれば、あじさいを生け花としてほとんど見ることはない。

公園や人の家の庭にそっと生えている、あの姿が毎年まぶしい。

2015年6月10日水曜日

今年も梅仕事

3時間ほど前、スーパーの梅と目が合ってしまった。

今年もどうしようどうしよう・・・と思いながら、ここ多分2週間位色んなスーパーの梅を眺めていた。

去年初めて手作り梅干しのデビューを果たした。

想像以上に作業は楽しくて、そして部屋中に充満する梅の匂いにもこれまた打ち砕かれた。

年に一度のとっておきの楽しみ、と言っていた料理家高山なおみさんの言葉に大きくうなずいた。

ただ、まだ手元には去年の梅干しが残っているし、梅干し歴40年の母特製の梅干しもある。

これ以上梅干しを増やしてどうすると言うのだろう・・・。

去年の1kg分の梅干しが半分ほど残っている。

これから数ヶ月で一気に消費するとは考えにくい。

ちなみにいまいち消費が進まないのは、硬さが好きな硬さじゃないから。

ほろっと崩れる位に柔らかいのを目指して漬けたけど、そこからは程遠い硬さに仕上がった。

そんなちょっとした失敗も手伝って、今年の梅干しをどうするかずっと考えあぐねていた。

ちなみに、今年の梅に手を出さずに済んだのは、値段が高かったから。

この値段の高さがわたしにストップをかけさせてくれて、それはそれは有難かった。

そして先ほど3時間前の話。

何がいけないのか素人目にはわからないけど、なぜか1kgの和歌山産南高梅が398円だった。

たしかに真っ青ではなく、いくつかは黄色になり始めている。

それでも全体的に青の方がまだうんと強い。

茶色の斑点もゼロではないけど、限りなくゼロに近い。

とりあえずかごに入れて、スーパーを一周しながら考えようと決めた。

ふと、保存用の瓶がないことに気付いた。

梅仕事をやらないための理由が1つ浮かび上がったのに、次の瞬間、そういえば去年も瓶に

移したのは秋以降だったことを思い出し、今すぐは要らないし、秋までには瓶の1つ2つが手に

入るだろう、と1つ目の理由は却下された。

ちなみに1kgしか漬けないわたしは、ジップロックに入れて去年は漬けた。

2つ目の理由を考える間もなく、足は塩売場へと向かった。

これまた丁度良く準備されたかのように、300gの塩が陳列棚にあった。

はかりを持っていないわたしは、基本塩を目分量で測るしかない。

たしか、梅1に対し15~25%位の塩で漬けると思ったけど、300gの袋であれば測りやすい。

やらない理由探しはやめて、300gの塩を1袋かごに入れてそのままレジに向かった。

さきほど、梅たちを透明の袋から床に新聞紙を広げて置いた。

1年ぶりの梅の匂い。

やっぱり買って良かったと思う。

去年の梅干し記録を引っ張り出して見たら、去年より2週間早く購入していることが判明。

細かく梅干しの記録を去年付けておいて良かった。

特に失敗事項をあれこれ書き残していて、今年はその教訓を生かそうと思ってる。

ということで、今年も梅仕事始動。

2015年6月9日火曜日

胸キュンフレーズ

仕事の中の胸キュンな瞬間。 
(仕事は、オール1からオール5までの小中学生を預かる塾のお仕事) 


☆学年順位、後ろから6番目の順位を獲得した男の子に 
その順位表を家の人に見せたのかどうかを聞いた。 

「おれの反応見てわかるでしょう? 
きちんとやった時は、おれすぐに返事するじゃん。 
返事しないってことはさ・・・」 

このセリフ。 

これに胸がキュンとした(笑)。 
その子どもの一言には、二人で通過した歴史を感じさせた。 
その子が言わんとすることは、言葉がなくてもきちんと伝わってきた。 


☆「今日はね~、黒猫1匹だけだったよ」 

塾の建物があるご近所に2匹の黒猫と1匹のしましま模様の猫が住んでいる。 
その猫話で一度盛り上がってからは、毎回来るたびに猫のことを報告してくれる。 

猫がいてもいなくてもどっちでもいいけど、 
この話、毎回ほっこりする。 


☆「ちわ~す」「ありがじゅっぴき!」 

ある子どものあいさつ。 
「ちわ~す」は「お願いします」 
「ありがじゅっぴき」は「ありがとう(蟻が10匹)」 

子どもは、それを聞いた時の私の反応を見て喜んでる。 
特に「ちわ~す」は注意されるから、わざと私の気を引こうとがんばってる。 
それがまた微笑ましい。 


☆「ペンギンどこに行ったの?」 

ペンギンとは修正テープのこと(ペンギン型の修正テープがあった)。 
普通の人が聞いたら、なんのこっちゃ?ということでも、 
その子と私の中では「ペンギン=修正テープ」で通ってる。 

こういうああうんの呼吸がとても好き。 
(あうん?ああうん?どっちだろう?) 


☆「ねぇこれ何て読むか知ってる?」 
ノートには「愛死天瑠」の文字。 

逆に聞いた。 
「何て読むの?これ」 
「えぇ!?俺が言うの?」 
「知ってるから、私に何て読むか聞いてきたんでしょう? 
私わからんから教えてよ」 
「嫌だ、言わん」 

顔を真っ赤にしていてかわいらしかった。 

これを聞いてきた子は、小6でピアスと茶髪デビュー。 
今は中学生で、学年一のチャラ男になってるはず。 
(学年一かどうかはわからないけど、毎日先輩から呼び出しくらったりしてるからトップ3には入ってると思う) 


☆ある時のテストの成績表を持ってきたとき。 

子どもが見せる前に 

「これ見たら先生驚くよ! 
絶対に、『え~、なにこれ!?!?!?』って言うから」 
「とうとう学年最下位取ってきた?」 
「いや、それよりすごい」 
「それよりすごいって何があるの?」 
「見たらわかるって」 

開けてびっくり。 

[-] 
と順位の欄には書かれている。 

「『-』←これなに?」 
「なんだと思う?」 
「うん??」 
「・・・」 

(しばし思案) 
「もしかして、受けてない!?」 
「あったり~!」 


余談だけど。 

今の仕事に就いてから、 
テストの成績を子どもに聞くときには、段階があることを知った。 

第一段階:「受けた?」 
第二段階:「寝なかった?」 
第三段階:「テスト(の点数)どうだった?」 


☆「お母さんに学年順位が60番になったら塾やめてもいい!って言われた!良かった~」 

と電話でわざわざ報告をくれた女の子がいた。 

この子の言う「良かった」は 
「塾をやめずに済んで良かった」の良かった。 

240人くらいいる中で、とうとう200番台突入かと思しき危ういラインに立っていた。 

これ以上下がるなら塾に行っても意味ないと言われ続けていた。 

今回、両手で数えられるくらい順位が上がって、 
そしてお母さんに上のようなことを言われた。 

電話越しで、手放しに喜んでいる様子が伝わってきた。 


☆先日のこと。 

去年1年間見ていた男の子を最寄り駅の改札口で見かけた。 
5メートルくらい離れていて、何人もの人がその間にいたから、 
でかい声でその子の名前を呼んだ。 

その子も私に気付いて、 
改札をくぐったのに、私のいるところにくるために改札を逆戻りしようとして、 
改札バーにひっかかった。 

「何で俺だってわかったの?」 

うれしそうな顔して聞いてきた。 
中学をオール1で卒業して、本当に大丈夫か心配な子だったけど、 
今行っている学校は楽しく行っていることがわかった。 

私にくそばばあだの死ねだの言ったり、 
オール1の通知表を「家族に『でんしんばしら』って言われた」と言って 
それ聞いて私が笑い転げたらひどいと怒ったり、 
「これから自転車盗んだのがばれて警察に行ってくる」と言ったり。 

色んな事を思い出したけど、 
どれもこれもなんだか良かったなぁと思った。 

去年全然気付けなかったものが 
10ヶ月の時を経て私に「これでよかったんだね~」と伝えてくれてるみたいだった。 




1日24時間のほんのちょっとの時間、子どもたちは塾にやってくる。 

もちろん毎日なんて来ない。 

私が子どもたちと一緒にいる時間なんて一瞬。 

会話を交わす時間は、せいぜい数分。 

その中で、「点」をその時その時でつくりだす。 

今40人の子どもが来ている。 

40人いたら、40通りの点ができる。 

一卵性の双子も来ているけど、その双子ですら別々の点を私とつくる。 

そして、ちょっとずつちょっとずつ点と点を結んで線が生まれる。 

その線も当然ひとりひとり違う線が出来上がる。 

「勉強」というものを扱う塾の仕事は、正直嫌だと今でも感じる。 

いまだに、勉強の必要性がわからないまま、子どもに会っている。 

でも、勉強ははっきり言って手段でしかなくて、 

その手段の先にある子どもとの点作りに私はとてつもなく惹かれる。 

子どもたちは、 
私が適当に話を聞き流すことも、 
保護者の前で声や口調が変わることも、 
その日の私のテンションの具合によって子どもにあたる具合が変化することも、 
よく知ってくれている。 

わからないから勉強しに来てるのに、 
「答え見て自分で確認して」 
「まず読む!」 
などとよく言われている。 

オール4やオール5の子どもたちは、明らかに私より賢い。 

この塾、というより、私でいいの?と思うことは多々ある。 

逆にオール1ラインの子どもたちも、全然上がらない。 

下手すると成績が下がる。 

よく子どもと、どうやってそれについてお母さんにフォローをするか、一緒に考える(笑)。 

仕事をやめたくてたまらなかった頃。 

母親に 
「自分は自分、人は人、迷わない。 
生徒が助け舟だすから」 
と言われたことがあった。 

今ならよくわかる。 

いつかの時から、子どもの前で素の自分が出せるようになった。 

もう別に誰にどう思われようと関係なくなってから、 
私の場合は子どもとの関係も安定しだしたように思うし、 
そして営業的な数字も安定しだした。 
むしろ、数字のことを言えば、上がった。 

今は、私が滅入っている時、子どもが助け船を出す。 

今日書いたようなことに救われる。 

胸がキュンとする(笑)。


(※)『胸キュンフレーズ』は2011年12月9日にアップしたもの。

自分の書く文章

元祖ブログデビューは、実はこのブログじゃなくてmixiの日記の方。

今はmixiの代わりがこのブログのような感じになってる。

昨日mixiの方に書いたと思われるある日記を探していた。

日記と言うよりも、過去に一度だけお会いした人生の大先輩の言葉を探していた。

一発で探しあてられるようなものじゃないから、いくつかの日記を開いては閉じ開いては閉じを

繰り返した。

ただ開くだけのつもりだったけど、読み出したら面白くてついでに開いたものは読んだ。

このブログもそうだし、mixiのブログもそうだけど、基本的に力が入っていない。

mixiに書いていた当時は、今よりももっともっと力の抜けた感じで思ったままを書いていた。

それを読んでいて、自分の中でどうしよう状態になってるアメブロの問題点が浮き彫りになった。

アメブロの方は、ひたすらコーチングやNLP(神経言語プログラムという名の一種の心理療法)を

通して自分が学んだことを書いている。

実用的に、そして願わくばそれで自分の仕事の確立を!などと思って書いてるだけあって、無駄な

力をありったけ込め過ぎておかしなことになってる。

文章がおかしいとか内容がおかしいとかではなくて、書いてる自分の状態がおかしな感じ。

力がめきめきと入ってるのはわかる。

書いていて誰に書いているんだろう?と余計なことも考えてる。

そんなこと思ってるからおかしくなるんだろうと思う。

多分、わたし自身の一番の強みは、無意識でぽんぽんと発言している時だと思う。

他人の目も気にならず、支離滅裂だろうが気にならず、聞く人が聞いたらぶっ飛んでる内容でも

それでもその時に感じたことをそのまま口にしている時が一番ストレートなはず。

友達が時々教えてくれる。

「あの時のぶっしーが言った○○という話だけど・・・(続く)」

自分で言うのもおかしいけど、実に良い話をしている。

自分で自分がした話を第三者から聞いても、良い話だなぁと思ってる能天気さ加減。

何度か「それ、本当にわたしが言ったの?」と聞いて怒られたことがある。

「自分で言ったのに覚えてないの?」

「覚えてない」

といった具合。

mixiの日記を読んだ時に同じことが起こっていた。

わたしは何かを意図して書いたのではない。

なんとなく自分の中に残ったことをそのまま書いただけ。

起こった出来事を言葉に書き起こしただけ。

にも関わらず、それを読んでくれた人たちのコメントを読んで、それが第三者にはどんな風に

伝わっていたのかが今になってわかった。

どストレートに、直球一本勝負と言わんばかりに、ただただあったことを書く。

そういうスタイルで、どんなタイプ(内容)のことも書けたらいいなぁと思う。


追記:好評(?)だったmixiの日記⇒ 『胸キュンフレーズ』 2011.12.9

2015年6月8日月曜日

あれから18年

18年前の6月7日というのは、わたしの人生において大きな転換期の出発の日だった。

「門出」という言葉がぴったりな日だと今でも思う。

日曜日だった昨日は、すっかりのんびりだらけモードであまり意識することもなかったけど、

そういえば今日だったなぁと思った瞬間は何度かあった。

ただし、18年も経つと、当時のことは断片的にしか思い出せなくて、ところどころ印象的な部分

だけがそっと記憶に上ってくる。

あの時のわたしと今のわたしは、同じ部分もあるし変化した部分もある。

気付いたら今になっていたと思う時もあれば、18年前がうんと昔に感じることもある。

あそこにわたしは本当にいて、そして18年という歳月をしっかり歩んで、それで今という瞬間に

いるけど、時々自分がどこにいるのかわからなくなる時がある。

18歳のわたしが36歳のわたしの姿の想像なんて到底できるはずもなく、そもそも36歳という

年齢の領域なんて想像する対象にすらなっていなかった当時。

本当に知らぬ間に36歳になっていた、と言っても良い位だ。

18年駆け抜けてみて、この18年はひたすら何かに導かれてるように進んでいた感じはある。

他にも大きな転機がいくつかあったけど、そのひとつひとつなんて一体どうやってわたしは最初の

情報を得ていたのだろうと思う。

例えば、その2年後にわたしはまたもや大きな引っ越しをするのだけど、それだって最初どこで

その情報を手にしたんだろう。

そこに関わった人たちは憶えていても、最初の小さなサインはどうやってもたらされたのか、

今となってはさっぱり思い出せない。

周りでその情報を持っている人は誰もいなかったから、自らその情報に行き着いたはずだけど、

それをどこで見聞きしたのか記憶がごっそりと抜け落ちている。

そんなことの連続だった、この18年。

この18年、すっと飛び込んでくる情報は、いつも突然だし探してもいない時に来ている。

情報とぱっと出くわす、みたいな感じだ。

スーパーに買物に行って、「あら今日は○○が安いのね」位にその時になって突然知る、

そんな風だ。

ここ数ヶ月、自ら探して行き着いた情報たちがある。

なんだろう、探して行き着いているものは、いつもどこかが違っている。

探さないで勝手にやってきた情報とはだいぶ違う。

18年後の今は、なんとなく本命のものが来てない感じがしている。

それも手伝ってこの18年がどんな風だったかをあれこれ頭の中をひっくり返して思い出して、

その感覚と今とを比べて「多分何か違うのかな…」と感じている。

感傷に浸るでもあの時は良かったでもなく、とにかく「GO!」と感じるあの感覚を、自分の中に

ある感覚をひたすら探り当てている。

2015年6月7日日曜日

えんぴつは救世主

昨日の夜、ふと右手の手の平を見ると、手首より少し上の辺りに直径1cmくらいの赤い痕がある

のに気付いた。

何かに強く当たって痕が残ったのだと思った。

それから1時間くらいして、もう一度手の平を見ると、赤い痕は1時間前と何も変わらずに残った

ままになっている。

その痕を押すと、かすかに痛い。

そこでようやく内出血だと気付いたけど、内出血するようなことをした憶えがない。

記憶を少しずつたどっていき、ようやく犯人は「カギ」だと気付く。

ここ1ヶ月程、とにかく玄関のドアのカギの差し込み具合が非常に悪い。

最初の数cmはするするっと鍵穴に入るけど、あと数mmというところで必ず詰まって動かなくなる。

そこでタオル地のハンカチなんかを出してカギを強く押したり方向を変えたりしながら、何とか最後

まで入れ込みカギ掛けを完了する。

昨日は急いでいた。

バス停に行くまで3分もあればいいけど、とりあえず6分前に家を出た。

カギを差し込むのに苦戦してそこでなんと2分ロス。

その際に、たしかに右手の手の平を使った。

焦りも手伝ってかなり強く押したのだろう。

そんなことはすっかり忘れて、それで夜になって赤い痕を発見してようやく思い出した次第。

余談だけど、2分のロスどころでは済まされず3分きってダッシュでバス停に向かったものの、

なんと知らぬ間にダイヤ改正されていて実は10分前にバスが過ぎ去ったことは後の祭りだ。

カギの差し込み問題は、このまま放置しても良くはならないし、また今日のように急ぎの時は

差し込みに1分2分と時間をロスするのは避けたい。

そこでようやくネットを開いて、カギの差し込み問題の対処法を検索した。

幾つかのサイトを見て、確実に今すぐ何も新たに準備しなくてもできるものは、

①歯ブラシでカギの溝部分をブラッシングして汚れを落とす

②えんぴつでその溝の部分をなぞる

の2つだった。

早速試した。

えんぴつは持ち合わせておらず、シャーペンで代用した。

溝の部分をなぞったところで、見た目には何も変わってなくて、こんなんで本当に差し込みやすく

なるものだろうか・・・と半信半疑どころか9割は疑いの目を向けていた。

いざ、差し込み、確認。

確実にすべりやすくなった。

もう少しなぞったら更にすべりやすくならないだろうかと思い、もう一度なぞる。

今度は最初の時よりも更に丁寧になぞる。

さぁ二度目の差し込み、確認。

いやはやびっくり。

「すっ」とはいかないまでも、とりあえず普通に差し込める程までには回復した。

たかがえんぴつというかシャーペンで溝の部分をなぞっただけ。

それなのに、どんなマジックだろう、スムーズに差し込めるようになった。

我が家のカギの救世主は、えんぴつ(シャーペン)という話。

2015年6月6日土曜日

苦手なタイプの人に出くわす

久しぶりに「この人苦手だ」という人に会った。

起業関係の勉強会に参加して、そこの講師だった方がめちゃくちゃ苦手なタイプの人だった。

最初は何が苦手かわからなかったけど、観察していくうちに「話し方」が(も)苦手だとわかった。

異様なほどポジティブな人、ポジティブを装っている人と言ったらいいんだろうか、それに違和感を

感じまくっていた。

さらに、過去の事例を紹介する時に、自分のことを「先生」と呼ぶ。

それにもぞぞぞっとした。

実際に「先生」と呼ばれているんだと思う。

ただ、学校以外で「先生」と自ら名乗る人というのは、わたしの中では要注意の警告が鳴る。

子どもたちが先生を「先生、あのね」と話しかけるのは容易に想像がつく。

そういう状況下のやりとりの紹介ならわかる。

だけど、大人同士のやりとりなのに、片方が「先生」と呼ぶというのはどういうことかと思う。

まるで政治の世界だ。

普段呼ばれ慣れているのだろう、私は「超絶変」と感じていたけど、

本人は何も感じていないようだった。

それがその人の仕事のスタイルなのだろうし、それで通る世界だからいいとは思う。

だけど、3時間もあった勉強会は1分1分が長く、何度時計を見たかわからない。

本当に、学校で授業を受けているみたいだった。

中学や高校の頃も、面白くない授業(面白い授業はほとんどなかった)の時は、時計を何度も

見たり、手紙書いたりマンガ読んだりのやりたい放題だったけど、久しぶりにああいう時の気持ち

を思い出した。

さすがに時計を見る以外のことはしなかったけど、こんなにも9割がた一方的な受講型の勉強

というのも、随分と久しぶりだった。

講演会も何回か行ったことはあるけれど、それこそ100%受講型だけど、つまらないと思った

ものはない。

難しい言葉で説明されてるわけでもなかったし、実用的な話ではあったと思うけど、とにかく

話にまったく惹きこまれないまま終わってしまった。

話し方なのか雰囲気なのか、それとももっと別のものなのか、とにかく違和感感じまくりの3時間

だったことは間違いない。

実は、今回は申込の時点でものすごく迷って迷って迷った末の申込だった。

全5回シリーズで、時間と受講費(←信じられない位に格安!)は問題なかった。

そして知人が以前受けたことがあって、おススメと薦めていたこともあった。

だけど、正直なところ講座のタイトルを見て「知っていた方が得だろう」とは思っても、「面白そう」

とは1ミリも思わなかったし感じなかった。

損得でやるとたいがい失敗するのもわかってはいる。

頭で色々考えて、それで最後は「全然役立たなかった、でもいいから行ってみよう!それを知る

ことも大切」などと自分で勝手に理由を作って、それで申し込んだ。

定員のあるものだったから、ダメでもいいやと思って、なんと申込締切日の夕方4時に申し込んだ。

先方の返事は、「すでに定員に達していますが、お席をご用意できますので是非いらして下さい」

だった。

これは「行け」ということだなと思ってそれで行って、そしてこの一連の出来事に繋がっていく。

たかが紙1枚の案内だったけど、あそこから感じ取ったものをそれ以上に感じた会で、次回以降

どうしようかなと思っている。

講師の方は毎回変わるけど、また同じような感覚を受けてくるのだろうか。

次回は1週間後だから、行く行かないはそれまでに決めたらいいかなと思う。

1つだけはっきりとわかっているのは、当日少しでも具合が悪かったら絶対に行かない、という

選択をしてしまうこと・・・。

2015年6月5日金曜日

超簡単カレールウの使い方

今日はどうしても何かを作る気にならず。

外は大降りの雨で買い物に行く気にもならず。

春先からずっと試したかった新玉ねぎの炊き込みご飯を作ることに決めた。

米を研いで、新玉ねぎはスライスして、あとはコンソメと油足してスイッチオン。

炊いている最中のにおいはとてもおいしそうで、期待はどんどん高まった。

米が炊けましたの音楽と共に、炊飯器を開けてご飯をよそった。

食べて一口。

味は問題ない。

だけど好きじゃない。

それだけで食べ続けるというのは、かなり難しい。

関係ないけど、クックパッドの人気レシピあるあるで、いくら高評価でも必ずしも自分の口に合う

とは限らない。

まずくはない、ただ好きじゃない。

そういうことがけっこうな確率で起こる。

普段ならオムライス・・・となるだろうけど、今日の昼間ちょうど卵をきらした。

ドリアとか面倒すぎて作る気にもならない。

ふと思い付いたのが、カレールウに水を足してレンジでチンしたらカレーになるのか?ということ。

『グリコ2段熟カレー』というルウを常備している。

通常の固体のカレールウは1パックに8個とか、もしくは4個ずつ包装されているけど、このルウは

1個ずつの包装になっているからすごい便利だ。

ちょっとルウが足りない、という時に1個ずつ使えるから、それで常備している。

その1個だけのルウに水を足してレンジでチンをする・・・

考えたらいけそうだけど、いかんせん一度も試したことがない。

失敗してもいいかということで、深めの皿に水を張り、そこにルウを1つ置いて1分加熱。

電気の力はすごくて、たかが1分でも鍋で煮たかのようにグツグツ言っている。

レンジから取り出しスプーンで混ぜると、具なしカレーの出来上がり。

もう少し温めたけど、一瞬でカレーが出来上がった。

そしてそこに先ほどの新玉ねぎの炊き込みご飯を盛って美味しくカレーライスをいただいた。

全く煮込んでいないからもっと粉っぽい味かと思っていたけど、普通においしく出来上がっていた。

これまでカレールウというのは、必ず煮込んで使うものだとずっと思っていた。

おそらくパッケージにもそのように作り方は書いてあると思う。

だけど、こんな風に水を張ってそこにルウを置いてレンジでチンしても、簡単に作れる。

これは面倒な時にはもってこいの調理法だ。

色んなことが災いして出来上がった即席カレーライスだったけど、個人的には人気レシピの

新玉ねぎの炊き込みご飯よりも偉大な新レシピの開拓となった。

2015年6月4日木曜日

贅沢な読書

久しぶりの雲ひとつない晴天の日に恵まれた今日。

本や日記、筆記用具を持って出掛けてきた。

気温もそこそこ高かったとは思うけど、それ以上に風が強くて外はとても気持ち良い空気に

包まれていた。

大きな公園のベンチで読書をしようかと思ったけど、それよりも誰もこないし座りもしない木々の間

の木陰のところで読書したら気持ち良いだろうなぁと思い、実行してみた。

少し離れたグラウンドでは小学生の子どもたちがサッカーしているし、反対側ではランニングや

ウォーキングの大人たちが途切れることなく通っている。

だけど、その木陰の場所だけは、切り取られたかのように静かで誰もいない空間だった。

葉っぱの匂いがものすごく強かった。

何せ休むことなくひっきりなしに風が吹いているから、それに匂いも乗せられてるようでむんむんと

緑いっぱいの空気になっている。

葉っぱのざわざわ感が半端ない。

そよそよ…ではなく、ざわざわ。

上を見上げれば真っ青な空が顔をのぞかせる。


これが午後5時すぎの空だ。

6月って「夏」なんだと思い出す。


ここが読書した木陰の場所。

本を立てかけた木に寄っかかりながら思う存分読書をした。

読んだ物語の中に、丁度今自分がいる場所とリンクする表現が出てきて感動する。

自然の中で好きな作家さん(よしもとばななさん)の本を読むって、ものすごい贅沢だと感じた。

誰にも邪魔されることなく、空見たり本見たり風を感じたりと自由気ままにふるまえるこの時間が

とてつもなく優雅で甘美だった。




上の2枚は読書には関係ないけど、iphoneにしてからの楽しみのひとつ。

iphoneで太陽に向かって写真を撮ると、太陽光の線がきれいに写る。

持っているデジカメだと、この線は写らない。

何でiphoneだと写るのかわからないけど、毎回写真を撮っては感動している。

2015年6月3日水曜日

普段使いの調味料

今日のお昼は、今夏初登場の冷やし中華にした。

先日高級麺(?)がスーパーで半額で売られていて、それを買った時から冷やし中華にしようと

決めていた。

ちなみに高級かはわからないけど、1食分だけやたらとおごそかなパッケージに入っている麺は、

わたしの中では「高級」の麺に分類される。

実際に今日食べてみて美味しかったから、これからも他のシリーズも試したいと思ってる。

さて冷やし中華だけど、わたしは学生の頃から冷やし中華を食べたかったら、たれはいつも手作り

していた。

安全性を謳うとか、食通きどりということでもなく、単にアメリカの片田舎にはそんなものがある

わけではなかったから、現地調達可能な調味料で作るしか術がなかった。

しかも、2000年になる前のインターネットがそこまで普及していない時代、今みたいに手軽に

さくさくっとレシピ調べるなんていう便利な感じでもなかったから、本気の思考錯誤で作っていた。

当時の自炊は、本気で全てが思考錯誤ではあったけど、あの体験が今に生きてると思ってる。

今は日本にいて何でも売ってるけれど、気付けばわたしはあまり「○○のたれ」とか「●●の素」

みたいなのをほとんど買わない。

最低限必要と思う調味料さえ揃えていれば、大抵のものは作れるから。

そして、これまで色んな調味料を使ってみて、使いきれないものとかアレンジの仕方がわからず

使い切るのに苦労したものもあるから、そういうものはもう手を出さない。

ちなみに、わたしが常備している調味料は

・しょうゆ
・塩
・砂糖
・酒
・みりん
・酢
・こしょう(黒コショウとテーブルコショウ)
・味噌
・マヨネーズ
・ケチャップ
・中濃ソース
・和風顆粒だし
・中華だし
・コンソメ
・バター
・油3種(普通のオイル、ごま油、オリーブオイル)
・唐辛子
・白すりごま

(出番は少ないけど常備)
・昆布
・かつおぶし

(気が向いたら時々買うもの)
・豆板醤系の辛い調味料
・オイスターソース

これまで買って使い切るのに奮闘した一度きりの調味料

・ナンプラー
・焼肉のたれ(←多分あと1回で使い切れるはず)
・粒マスタード(現在進行中)
・塩麹
・テンメンジャン(現在進行中)
・ポン酢
・バルサミコ酢
・白ワインビネガー(現在進行中)
・スイートチリソース
・めんつゆ
・和からし(現在進行中)
・はちみつ

上には含んでないけど、いただきものの各種ソースも毎回消費するのにけっこう頭を使う。

塩麹やポン酢、めんつゆなんかは色々バリエーションが利くものだとは思うけど、

長年使わなくても困ったことがないのと、ポン酢・めんつゆは常備組を組み合わせたらそこそこの

代物を手作りできるから、「要らない」となる。

しょうゆはアレンジ無限大でも、「めんつゆ」となると使えるものを選ぶという感じだろうか。

使えるものを限定する可能性の高い調味料は平気で1年近く冷蔵庫や調味料置き場に居座る。

ここ数年、調味料は色々冒険をしたけど、今は本当に使うものだけを厳選するところに

落ち着いている。

つい最近、これからチャンスがあれば作り続けていきたい手作り調味料が新たに仲間入りした。

「塩レモンペースト」だ。

ここ1、2年、あちらこちらで目にした「塩レモン」。

スーパーで買おうかと思ったけど、これがけっこう高い。

しかも使ったことがないから、失敗したら使い切るのに苦労ももれなくついてくる。

だからずっと気になりながらも手にしたことがなかった。

ところが、4月5月「塩レモン作りました」なんていう料理ブロガ―の人たち続出で、余計と気に

なり、手作りでいけるなら・・・と思っていた矢先、瀬戸内産のレモンが3つで200円!で売り出し。

失敗してもいいやということで買ってきて、頼るはクックパッド。

ただ、クックパッドの塩レモンレシピが曲者で、人によって塩の分量が全く違う。

しかも家にははかりがない。

はかりのない私でもできるものでないと困る。

その時に出会ったレシピで、レモン1個に対し大さじ1の塩というありがたいものがあった。

レモンは5ミリぐらいの輪切りにして、種は取り除いて、あとは塩と一緒にミキサーでガ―。

(レモンはたしか湯通しじゃないけど、熱湯をかけて消毒的なことをしたと思う←うろ覚え。)

一瞬で塩レモンペースト完成。

買ったことない塩レモンペーストだから正しい味はわからないけど、これがとてもいけてる。

ドレッシングとしても使えるし、エスニック的な麺のスープにも使えるし、もちろん普通のスープも、

炒め物にも、近々厚切りの肉に塩レモンペーストを塗り込んで焼こうと思ってる。

今回は試しで2個分のレモンでしか作らなかったけど、今度は2倍3倍の量で作ってもいいなぁと

思ってる。

2015年6月2日火曜日

朝顔と風鈴

夕方6時を回ってから買い物がてら散歩に出た。

毎年緑のカーテンに力を入れている内装業の小さな事務所がある。

すでに真夏日みたいな今年も、そこの事務所の前はすでに緑のカーテンが完成している。

そこで今年初めての朝顔を見た。

色は、濃いピンクと紫の中間のような色。

今朝はどうやら2輪咲いたらしい。

夕方だから朝顔はしぼんでいたけれど、もう朝顔が咲く時期なんだとびっくりする。

空は今にも雨が降りそうな色をしていて、時折強めの生ぬるい風が吹いていた。

丁度その事務所の前を通りかかったら、チリンチリンと風鈴の音がする。

よく目をこらして見ると緑のカーテンの朝顔の葉っぱたちの後ろに隠れてガラス製の風鈴がある。

それが葉っぱと葉っぱの間から入ってくる風を受けて、チリンチリンと音を響かせている。

朝顔も風鈴も両方とも子どもの時分から見慣れたものだけど、2つがセットになっていてさらに

丁度風が吹いて風鈴の音も耳にする、なんていうのは初めてじゃないかと思う。

「風情」とか「粋」とかいう言葉がぴったりだ。


話は変わるけど、今日の朝顔と風鈴じゃないけど、そういう季節のものを見て感動するのは

日本人特有の感性らしい。

海外事情に詳しい人たちから何人かそう聞いたし、実際にわたしも個人的にそれに類する話を

聞いたことがある。

ドミニカ共和国にいた頃、日系の移民の方たちにお会いする機会が何回かあった。

あるご夫妻にお会いした時のこと。

二人とも当時で70歳近い年齢だったと予想している。

子どもの頃に移民として日本からドミニカにやってきて、そのままもう50年以上こっちでの生活に

なったよ、というお二人だった。

日本にも親戚はいるから時々日本にも行くとは話されていた。

いつかの年、春の桜の時期に日本に行ったようで、桜の写真を私に見せながら

「桜きれいなのはわかるんだけどねぇ、なんで日本人が毎年『さくら、さくら』ってあんなに桜を

ありがたがって、そして毎年同じ花が咲くのにそれを喜んで見れるのかがわからない。

飽きないもんかねぇ?」

と奥さんの方が言われた。

旦那さんも隣りで、そうだそうだとうなずいていた。

わたしはその二人のぼやきを聞いて、心底驚いた。

たしかに、毎年同じ花が咲くけれども、毎年何とも言えない良さがある。

しかも毎年見ても飽きることなど一度もない。

別にどちらが良い悪いではなく、この発言を聞いた時に初めて「日本に住む日本人特有の感性」

に気付かされた。

同じ日本人でも、海外の生活の方が長く、ましてや幼少の時だけ日本、あとは外国となると、

この桜に感動する感覚がどうもわからないらしい。

たった2人の日本人の方の例だから、どこまで本当かなんてわからないけど、わたしはこういう

感性は好きだからやっぱり知っていて良かったと思っている。

2015年6月1日月曜日

しあわせな報告~慶事続く~

早春ぐらいから続々と結婚・妊娠・出産のニュースが飛び込んできている。

現在進行形で、今日聞いたのが7人目。

これまでの人生の中で一番おめでたニュースが重なっていると思う。

しかもそのうちの3人は同年又は1つ学年が下の女友達。←すごくうれしい!

まさか35歳を過ぎてからこんな風におめでたニュースが重なるとは思わず、びっくりした。

1、2週間前、その7名の方とは違う別の方にお会いした時、「彼氏できた?」と聞かれた。

全くその気配も候補もないですと伝えると、

「なんかそういうおめでたい感じをぶっしーちゃんから感じて、聞こうかどうしようか迷ったぐらい」

と言われた。

そういうものが伝播するのかはわからないけど、勘の良い友達は何かしらを感じ取っていた模様。

7人のうちの1人は、関係が友達の息子さんで遠いけど、残りの6人は人生のどこかで苦楽を

共にしている人たちばかりだ。

その人たちの人生すべてを知っているわけじゃないけど、色んなことがあった上での今なんだな

と感じるから、自分の状況はさておき素直にうれしいと感じた。

人生の中で今ほど宙ぶらりんな状況もないから、こういう状況の時、普段なら喜べない。

絶対に口では「おめでとう」と言いながらも、心の中はぐるぐると色んな感情が噴き出す。

だけど今回はそれもなく、特に今日のおめでたいニュースは殊のほかうれしかった。

それぞれの人たちがそれぞれの生き方をしている。

色んな生き方があるけれど、今回の7人の人たちは皆それぞれの立ち位置で一生懸命生きて

いる人たちばかりで、その流れの中で今のおめでたいニュースが通過点としてあって、

そういうのが伝わってくるから余計と嬉しいのかもしれない。

そして良い意味で、今のわたしへの喝にもなってくれている(←本人たちはそんな気持ち一切

ないと思う)。