2019年2月1日金曜日

奇跡の果実⑥失敗のない世界

Aさんと約2ヶ月ぶりに再会した。

今回は、Aさんたちご家族から元々ペンジュラムでの捜索依頼を受けた山で行方不明になったおじいちゃんの霊と繋がって、そのおじいちゃんから伝えられてたことやそのおじいちゃんの霊視をしてくれてるヒーラーのOさんを紹介するために会った。

私の方からその超絶怪しい話をAさんにするためにわざわざ時間を作ってもらって、それでようやく実現したことだった。

そこだけを切り取って書くと、「そうなんだ」で終わってしまうけれども、実際にはそうじゃない。

その前からも色んなことがまるで緻密に計算されたかのように起こっていたし、そしてその後はその後で色んなことが起こりまくってまた新しい展開が始まった。

すごい余談だけど、このAさんとの再会とその前後24時間ほどのところ、ここもまたすごい情報量だからどうやって書くのか自分の中で考えが全くまとまっていない。

色々内容が盛りだくさん過ぎるから、もしかしたらまた2つぐらいに分けるかもしれない。

必ず書きたいシーンが
・時間の流れ方
・自分自身のあり方
・終わってから24時間の中で感じたこと
の主に3つで、それとは別にAさんに会うことになったことで気付かされた自分の特性やそれと今回のことがどう関係しているのかも、それは当初の予定通り別記事で書く予定。
(後述:今この文章書き終えたけれど、上の3つは1つとして書けなかった 汗。だから、上の内容は⑦へ引き継ぎ。)

ちなみにこれが半分の地点かと思っていたら、今のところこの記事含めて残り9記事を書いてアップする予定でいる。←昨日残りは何を書くか箇条書きしたら全部で9個もあった( ´Д`)。

それぐらいの大容量で色んなことが起こりまくったから(多分今も起きている)、頭の中は今もしっちゃかめっちゃかになっている。

当時は事の成り行きが全くわからなくて、ずいぶんと先になった約束の日を前に、ちょっとだけ「何でそんなにも先なんだろう?今回は」と思った。

初回は連絡をした翌日、なんなら半日後ぐらいにはもう会っていた。

今回は1週間も先で、忙しいのもあるだろうし、単純に話が怪し過ぎるからAさんからしてもあまり関わり合いたくないのかな…とか、私が言ってきたから気乗りしないけれど時間を作ってくれたのかな…とか、色々思った。

今振り返ると、その本当の理由が何であれ、すべては絶妙なバランスとタイミングできちんと予定通りに物事は動いていた。

「予定通り」というのは、「予定調和」という意味で、人間の私からはその予定調和的な側面は全て終わってからでないと見えないから、渦中の時は「スーパーカオスな中にいる自分」しか見えず、日々悪戦苦闘してる風だった。

余談だけど、この間「カオス」の意味を人に聞かれたから、ここはグーグル先生にご登場いただくと。

【カオス…天地創造以前の世界の状態・混沌・混乱】

最初の意味、天地創造云々のところは今回初めて知った。

そうした当時を振り返って今見えていることをこの後書いていきたい。



【1週間という時間の意味】

私は最初何で1週間も空いたのか、それは単にAさんから半信半疑であまり時間をこのことに割きたくないと思われているんじゃないか…、しかもOさんが霊視した内容の一部を伝えたらそれがおじいちゃんご本人のことと違っていることが発覚して、すべてが嘘の情報だと思われてるのかもしれない…、そもそも私の話を聞くのも気が進まないのかもしれない…、そんな心配や懸念が山ほどあった。

私は今回の一連のことで確信できたことの1つに、『タイミングは絶対である』ということ。

1週間という時間はどうしても必要だった。

さらに、Oさんの当初の霊視の一部が外れることも必要だった。

そうしたことは、例えば私なんかは「1週間も先で相手はそもそもこの会合に気が進まないのかも」とか、「Oさんの霊視が外れたことは言い訳できない中で、謝ることはいくらでもできるけれども、その状態で信じてもらうって無理じゃない?」とか、もうひたすら目先のことにしか目が向いていない。

でも、今回の一連の流れを見てはっきりとわかったことは、一見不都合に見えることでも実はそうでなければいけない別の理由が必ず存在していて、そしてその別の理由こそ本当に大事なことを運んでくるための中核だということ。

その中核の部分に行き着くために、多少の不具合や問題は現実的に起こってくる。

例えば、わかりやすい今回の例で言えば、Oさんが霊視の内容の一部を外したことがそれに当てはまる。

Oさんが外すことで、Oさん自身も自信を削がれるわけだし、その内容を伝えられたAさんは不信感を抱いただろうし、私は私でそのどちらの状況も見て気持ちが塞ぎ込んだ。

ぱっと見、誰も良い思いをしていない、むしろマイナスだらけになっている。

でも、これは例えば私たち3人なら3人で、それぞれが別のことに気付いていくための一通過点でしかない。

Oさんはそれを機に、これまでのやり方を手放し、自分の霊視能力を一気に変えてそれをまたグーンと伸ばした。

Aさんには直接聞いてないから私が見たままをいえば、最初不信感という黒いオセロだったものが、その後「信用してみよう」となって同じものが白いオセロにひっくり返った。

私は、そのことを機に、これから書くことたちに全部気付かせてもらう機会をもらい、そして本当に大切なことに気付くことができた。

そんな風になっていて、不都合や問題もそこに真摯に取り組むと別の意味が生まれてくるし、その別の意味にたどり着くと「だからそれ(問題)が必要だったんだ」ということがわかる。



約束した次の日から会うその前の日までちょうど7日間あった。

Oさんの霊視が外れてると発覚したのが、4日目の夕方、その後3日間の時間で怒涛の快進撃が始まった。

しかもその3日間は、私にしては珍しく忙しかった。

人と会う約束だの電話の約束だの両親の買物の付き添いだの、本当にあれこれ盛りだくさんだった。

その合間合間を縫って、おじいちゃんの件に関しては全精力を傾けた。

そして、時間も限られていたからこそ、一心不乱にそこに注力することができたし、余計なことを考えてる時間もなくて、ただひたすら目の前のことを1つ1つやっていくしかなかった。

5日目、Oさんと私は2回に分けてトータルで4時間以上電話で徹底的に色んなことを分析した。

ご家族に渡す音声データももう一度録り直した。

その合間に、私はご家族に渡すための資料を作り始めた。

OさんはOさんで、自分の霊視の手法を徹底的に分析して、見直して、手法を変えて練習したりしていた。

そして、その変えた手法で再度霊視を試みた。

6日目も7日目最終日も、なんなら当日の朝も私はとにかくひたすら資料を作った。

最後バタバタしながら、途中からは時間が足りず一発本番でおじいちゃんのご家族向けに手紙も書いた。

私の作戦はこうだった。

「おじいちゃんの霊と繋がった」というそもそも超絶怪しい話+霊能者を紹介+霊能者の霊視の内容が間違っている
=怪しい・怪しい・怪しい・怪しい・怪しい

怪しい以外は、詐欺とか欺瞞とかいたずらとかおちょくりとか、もうどう考えてもプラスの要素がなさすぎた。

だから、私は逆でいくことにした。

怪しいからこそ、相手の心に訴える方法を採ることにした。

最終的に、これも伝えた方がいいとか、あれも伝えた方がいいとかなって、資料が思いの外多くなった。

Wordで作ったものが3部、合計13枚。

私が絵も入れながら解説したものが、合計4枚。

そして、手書きの手紙が、無印のレターセットで7〜8枚。←数える暇がなくて、番号を7か8まで振った記憶がある。

他に、Oさんと一緒に録ったご家族向けへの音声データが約1時間分。

だから、目に見える資料は合計3点[Word資料+手書き資料+手書きの手紙]、そこに音声データがついて、ご家族に行き渡るものは合計4点用意することができた。

相手が見る見ないはこの際どちらでも良くて、とりあえず量を見える形で提示することで、「この状況が異常だ」ということを相手に通じるようにしたいと思った。

今回は完全に私の方で勝手にやっている。

ご家族からは一切依頼もされていない。

むしろ、私はペンジュラムでおじいちゃんを見つけることができなかった人だから、ご家族からしても私のことはそもそも信用ならないと思う。

そういう人が、わざわざご家族を呼び立て、大量の資料を渡してくる、しかもそれを無料でやって、さらには無料で霊能者を紹介する。

この事態が異常だということは、多少なりとも感じてもらえると思った。

それだけを狙った。

要は、本当に手段は私からすると何でも良くて、最終的にOさんとご家族を繋いで、そしてOさんからご家族とおじいちゃんの橋渡し・通訳的なことをしてもらう、そのところまでを確実にできるようにすることしか私は興味がなかった。

おじいちゃんとご家族を繋げられるのは、そこに全部がかかっていたから、だからそこさえ何とかクリアすれば、あとはOさんに専門的なことはお願いすれば良かった。

Oさんと私の前に現れた霊が本当におじいちゃんだとするなら、私たちが手を引いてしまったらおじいちゃんをご家族には繋げてあげられなくなる。

そしてそのために、私のやることは失敗が絶対に許されなかった。

何が何でもまずはOさんをご家族に繋げないといけない。

それが私にできる最大のことで、それで足りない脳みそで考えたところ、私は「量」と「見える化」で勝負することにした。

量で訴えて、ご家族に「あれ?もしかして本当におじいちゃん?」と思ってもらうのが大事で、さらには「じゃあ武士俣さんの紹介する霊能者と一度話してみるか」というところまで持っていくこと、それが大事で、とりあえずその時の最終目標だった。

この作戦は、大成功だった。

すべてが終わった後、ご家族のAさんから「私からまず第一報の連絡をOさんに入れて、そして家族全員とOさんとの時間を調整してOさんと電話できるようにします」と言われた。

ようやく、おじいちゃんと家族が繋がる、それがわかって私はようやく安堵した。



Aさんは、本当に素敵な方で、私がペンジュラムで失敗しているにも関わらず、こうして普通に会ってくれる。

しかも、本当に私の失敗を気にしてないようで、普通に接してくれる。

Aさんが形だけそうしてるのではなく、本当にそう自然に振る舞ってくれてるのが伝わる。

Aさんに開口一番に言われた。

「私たち家族でやりとりして決めたのが、まずは史子さんから話を聞こうと。そして聞いてから家族みんなでどうするかを決めよう、と。その史子さんが紹介してくれる霊能者の方に実際にお願いするかは、話を聞いてから決めようって」

うわわわわ“( ̄ω ̄;;)੭ꠥ⁾⁾、と内心超絶焦りながら、そして責任重大過ぎると思いながらも、とりあえず話を聞いてもらえることにホッと胸を撫で下ろした。

そして、とりあえず話を何はともあれ聞いてくれようとするAさんに心からの感謝が湧き起こった。

これはお会いする前に連絡を取り合っていた時からAさんはずっと一貫して、「まずは史子さんから話を聞いてからどうするかを決めたい」と言われていた。

Aさんはこうも続けた。

本当は私をAさんたちの家に呼んで、そこで私がおじいちゃんが出てきた時の音声を流してそれをご家族向けに解説してもらう、という方法も考えてくれたらしい。

だけどそれだと、私が片道1時間近くかけて30キロ以上離れたAさん宅に行く=私の手間になるし、そもそも家族みんなのスケジュールを合わせるのも大変だから、現実的に難しいなぁとAさんは思われた。

それで、まずはAさんが代表で私の話を聞いて、それからその聞いた話を家族みんなに伝えて、その後霊能者の人とやりとりした方がいいと判断すれば繋いでもらう、そう考えている旨を教えてもらった。

少し話が脇道に逸れるけれども、私はつくづく自分の過去の選択と行動に心から感謝した。

実は私は、おじいちゃんのご家族全員に目の前でペンジュラムをかざしている様子を見てもらっている。

別に見せようと意図したわけではなく、流れでそうなっただけだった。

初回Aさんに初めて会った時は、地図とかを持ってきてもらって、2時間近くかけてその地図からペンジュラムで読み解きをAさんの前でしていた。

Aさんには少なくともペンジュラムの説明から入って、実際にAさんにはペンジュラムを持ってもらってどういう感じなのかも見てもらった気がする。

細かくは忘れたけれども、そうやって実演した。

その時の読み解きを元にご家族はじめ関係者で捜索したけれどもおじいちゃんの体は見つからず、後日私はAさんに連絡を入れて、もう一度今度は現地でペンジュラムで確認させてもらえないかと思って、ご家族と相談して欲しいとお願いした。

そして本当に了解が取れて、今度はご家族全員に挨拶してから、実際の山にご家族の男性陣たちとAさんと私とで行って、そこでも目の前でずっとペンジュラムを回していた。

ついでの話だけれど、ご家族の男性陣+Aさん+私で、おじいちゃんがいなくなったとされる山のごく一部を回っていた時のエピソードを1つ紹介したい。

数人でゾロゾロと車1台通れるような農道のような山道をみんなで歩いていた時、黄色い1羽の蝶々が私たちの周りをずっと飛んでいた。

一瞬ではなく、しばらくずっと私たちの周りにいた。

私はその時一番後ろにいて、他の人たちと私の丁度間ぐらいにいたから、その蝶々は私にしか見えていなかった。

本当にずっと私たちが動くのと一緒に付いて回って飛んでいたから、もしやその方の霊でも今来てくれてるんだろうか?と思った。

だけど、ペンジュラムで一度間違えてる身としては、こうしたことを言ってまたご家族、特に男性陣たちから「またそんなこと言い出して…」とか心の中で思われても嫌だったから、私は口を閉じていた。

そして私たちが曲がる手前でその蝶々は私たちとは反対の方向に飛んで行った。

いつかは忘れたけれど、Oさんとの数回の打ち合わせの中で、その話を出してそれがおじいちゃんだったのかどうかを聞いてもらった。

その蝶々、おじいちゃんだったとのこと。

どう思われても良かったからその時に言っておけば良かったと後悔した。

だって、よく考えたらおかしかった。

いくら晴れてた日と言えども、もう12月目前でいつ雪が降ってもおかしくなかったし、その日も私は山の中がどの程度寒いのかわからず、冬のような重ね着をして、その上に雪かきをする時に使っているジャンパーみたいな登山用の上着を着ていった(←私は登山しないけれど、母が勤める会社のおこぼれで私ももらった)。

今思うと、そんな寒い時に蝶々が舞っていること自体おかしかったわけで、記憶も曖昧だけど、その時にしか蝶々は飛んでなかった気がする。

だから、Oさんからそれはおじいちゃんだったらしいと言われて、私はものすごく納得した。

その景色を第三者的に眺めると、シュール過ぎるけれども、今となっては、ペンジュラム云々よりも私という人物の紹介に行ってきたようなものだった。

しかも、私がずっと一貫してこだわり続けている「本名でやっていく」ということも、この時ほど役立ったと思ったことはなかった。

とりあえず、誰が相手でも私は必ず「武士俣史子です」と言う。

他に名前もないから当たり前と言えば当たり前だけど、スピリチュアル業界では本名でいく人は多分全体の1割程度だと思う。

多くの人は別の名前を自分に付けていて、例えば「プリンセス史子」とか「エンジェル史子」みたいな。
↑自分で言っててドン引き((((;゚Д゚)))))))

なんなら友達の1人にカミングアウトした時にこんな風にも言われた。

「怪しい名前にしないんだ(笑)。どうせなら叶姉妹みたいな格好でやって!私の昔ギャグで使ってた占い師名あげるから。ルナリアン・デ・キン」

ルナリアン・デ・ぶっしーとか?

おふざけはそれぐらいにして、とにかくそんな風にして、ご家族の前、特に絶対にそういうことに興味がないどころかそんなもの世の中にあることさえ知らなかっただろう、真っ当な社会で至極真っ当にお仕事されて家庭も持たれている男性陣たちに、私のペンジュラムを紹介した。

針のむしろのような気持ちで私はその場にいたけれども、ペンジュラムはとにかくとして武士俣史子そのものを紹介してきたことは良かったと心底思った。

超どうでもいい話だけれど、Aさんは私と初回会った後、関係者に嫁候補として私を人に紹介したいと思った!と言ってくれたほど、とりあえず人としての部分はクリアしていた(結婚は未だもって全くけの字も感じられないぐらいに何もないけれども(  ̄Д ̄;))。

Aさんとの会合に話は戻る。

Aさんは1つ1つをきちんと聞いてくれた。

細かくは聞かれなかったけれども、とりあえずOさんには連絡を必ず一度入れるし、家族全員でスケジュールを合わせてOさんと電話でやりとりはすることをその場で決めてくれた。

作っていった資料のほとんどは、その場では紹介できなかった。

ざっと概要だけを伝えて、Aさんの方で気になったところだけ質問されて、そこは1つ1つ答えていった。

その時は何せ時間が限られていたから、絶対に伝えないといけないことだけを先に伝えた。

だからAさんも手渡された資料にはほとんど目を通すこともできなかった。

その中で例のWordで作った13枚の資料の1つをパラパラっとめくって、最後にあった「陶芸(仮名称)」というキーワードを見て、それについて私に聞いてきた。

ちなみにキーワードは、個人情報の観点から、本当に私が書いたキーワードではない言葉をここでは書いている。

Aさんは「陶芸ね…、陶芸ってなんだろう?」と最初は呟く程度だった。

これは唯一、おじいちゃんの霊視をしたヒーラーのOさんと私とで賭けて出したキーワードだった。

実はそれを出すのは直前まで迷って、あまり覚えていないけれど、そのキーワードを資料に載せる載せないについてもペンジュラムでYES NOを取った記憶がある。

Oさんが霊視の一部を外した後、それまで10年以上使っていたやり方を一旦全部ゼロにして、その後このやり方ならいけるという方法で再度出したキーワードだった。

Oさんの方で、「もしこれが外れたなら、僕はもうこのおじいちゃんの霊視はやれないです。僕では間違えた情報しか下ろせない、という意味になってしまうから、これを外したのなら僕はこの件から手を引きます」と言われていたことだった。

だから、本気でそのキーワードは賭けなんてもんではなかった。

ちなみに何がヒントになったかと言うと、Oさんはことごとく私のことに関しては百発百中と言わんばかりに当てまくりで、その私のことや私の周りに関して霊視する時のやり方を参考にしたと言っていた。

なんなら私の場合、一度もOさんに話したことのない私しか知らない人(前の職場の上司)のことに関してもOさんは当てている。

おじいちゃんとのやりとりの時も、Oさんはおじいちゃんの家の外観からわかるものとかを当てている。

直接現地の山に行った時に、先におじいちゃんの家の前でご家族に挨拶をしたから、私もその一瞬だけ見た景色は覚えている。

その一瞬で見た中できちんと記憶にあったものをOさんは何の情報もないまま当てている。

私の部屋のどこにおじいちゃんがいるかについてを霊視した時も、私の部屋の特徴4つを見事に全て言い当てて、度肝を抜かれた。

Oさんはうちに遊びに来たこともなければ、私と部屋の様子を話したこともないわけだから、私の部屋のことなんてわかるわけもない。

なのに当てていて、その時のやり方だとかなりな高確率で正しい情報を下ろせるとわかって、それでOさんがそのやり方でおじいちゃんを再度霊視した時に出てきたのが「陶芸(仮名称)」だった。

だから、これが外れるとなると、もうOさんとしては自分は完全に技術がないということになるわけだから、だからご家族には絶対に迷惑をかけられないから、僕はこの件から手を引きますというのはそういう意味からだった。

一か八かの勝負ではあったけれども、もうそれでいくしかなかった。

そして私は私で姑息な手を使ったつもりで、それをダラダラと長い説明が続く説明の文章の5枚目の最後にしれっと書いた。

いざとなれば、「私、変な言葉書いてますね…、あれ?なんか間違えて書いたかもしれません」とか言えるように←考えた言い訳が酷すぎる(  ̄Д ̄;)。

こういう時に限って、私側の心の声がダダ漏れだったのか、Aさんはそこだけ注視して「陶芸って…?」とか言い出した。

うわっ(°▽°;;;)ってなった。

よりにもよってそこ!?と思った。

今振り返ると、そこ以外でAさんから資料の内容に関して質問は受けていない。

そこにももう少し説明を書いていたけれども、それをOさんから言った通りの言葉で説明した。

「あ!?もしかして、このこと?」

Aさんが言った。

Aさんが教えてくれたおじいちゃんのエピソードとOさんが出してきたキーワード「陶芸(仮名称)」がここで繋がった。

Oさんと事前に打ち合わせをした時に、当然私たちは「陶芸(仮名称)」の意味がわからなかった。

なんならOさんに「武士俣さん、何かそれに関連したこと知ってます?」と聞かれて、Oさんには「私は、今回おじいちゃんが出てくるまでおじいちゃんに会ったこともなければどんな人物だったのかも全く知らないです。ご家族からも、捜索に関しての話ばかりで、おじいちゃんがどんな人だったとか話したことありません」と返した。

だから、その辺りは全くわからなくて、たった一言でしかなかったけれども、そこは私たち側の本気の賭け事だった。

だから、それが合ってると知って本当に嬉しかった。

Oさんはやっぱりきちんと霊視できる人なんだとわかった瞬間でもあった。

余談だけど、ちょうど霊的世界に関して探してた本を昨日(1/30)見つけて、そこで初めてそうした世界の検索ワードを本の中から見つけることができた。

その場でネット検索をかけてわかったことだったけれど、本物の霊界通信というのは、全体の5%にしか過ぎないらしく、さらにもっと細かい条件をつけると本当に本物と繋がれるのは一握りの人だけとのことだった。

その情報が信用できたのは、Oさんが自分の霊視を検証した時に、私にいくつか自分で調べた専門知識について説明してくれたことがあって、その時にOさんが私に教えてくれた情報と私が今回ネット検索して出てきた情報が丸っと一致したからだった。

Oさんは、手法だけではなく、そうしたものと繋がる時の危険性や真実と異なるケースの原因とか、本当に幅広く色んな観点から調べてその要約を私に教えてくれてた。

本当にOさんや私と繋がったのは、おじいちゃんの霊だったと今はっきりと確信できた。(1/31)

このAさんの問いかけのおかげで、自分が持っていった資料を使いながら、さらにAさんに詳しく説明できたし、どうしておじいちゃんに関しての誤情報が霊視の中から出てきたのかも説明できた。

色々説明しながら、改めて思い出した。

実は、Oさんのやり方は最初から何も間違えていなかった。

むしろ、この上なくパーフェクトだった。

細かい手法は説明するの難しいから、とりあえずわかりやすくAという手法とBという手法があるという前提で説明すると、こういうことだった。

おじいちゃんの霊視で外した3つのことは、OさんはAの手法でやってた。

そして、陶芸(仮名称)のキーワードを出してきた時はBの手法だった。

他にも、Oさんが私のことや私の部屋、私以外の第三者のことは、完全にBの手法で行なっているとのことだった。

そのBの方法ですると、Oさんの当たる率はすごい確率で上がる。

私が百発百中などと言うと、Oさんは毎回決まって、武士俣さんの評価は単純に嬉しいですが、必ず当たるものでもないので過信しないでくださいと釘を刺される。

僕も間違うということをものすごく強調される。

ただ反対に、Bの方法だとOさんは絶対におじいちゃんには気付けないようになってた。

おじいちゃんと繋がるには、Aのやり方以外なかったわけで、Oさんは最初はそのやり方も使っていたから気付けた。

そう、全てはものすごく上手くいっていた。

Oさんの手法はこんな風だった。

例えば「切る」ということに対し、ハサミもあれば包丁もあればのこぎりもあればカッターもある。

他にもたくさん切る道具はある。

畑になっているなすを使って料理しようとしたとする。

なすを苗木から切り離す時、畑用のハサミを使ってなすをもぎ取る。

そしてまな板に置いたら包丁で切る。

それが苗木の時にのこぎりで、まな板の上でカッターというわけにいかない。

Oさんがしていたことは、なすをもぎ取る時(=おじいちゃん登場の時)は、畑用のハサミを使っていた。

そして、まな板の上(=実際の霊視)では、畑用のハサミも包丁もカッターも使っていて、そして包丁以外の方法の時に霊視が間違えていたということに気付かれた。

だけど、やっぱり最初は畑用のハサミでないと、そもそものなすを手元に置くことができない。

だからOさんは最初から正しいやり方を寸分の狂いもなくやっていて、そして途中過程では方法を混在するのではなくその過程に相応しい1つのやり方で通す方が良いという仮説を導いた。

だから、陶芸(仮名称)をドンピシャで当てた。

この仮説は本当に重要で、その気付きのおかげでOさんの霊視力は格段に伸びた。

それらが全てわかって、私がご家族のAさんに3つのキーワードの正誤を尋ねたのも大正解だったし、そこで間違えてると知って、Oさんの方は自分の霊視を見直して改善・強化し、私は私でこれはきちんと見える形での資料作りをしないとまずいと気付いて、その資料を作った。

そう、1週間必要だった。

その時間なくしては、そしてどのプロセスも寸分違わず起こってくれなければ、今ごろもっとおかしな展開を生み出していたかと思う。

このおじいちゃん関連に関しては、本当にすべてのことが正解なんだとわかる。

一見失敗に見えることさえも、それは次に繋がるための大事な布石なんだと気付かされる。

間違いや失敗は、成長のためだったり、1つの事柄をそこに関わる全員にとって良いものにするために起こっているということがわかる。

私はそれを今回、まざまざと目の前で見せてもらえた。



本当はAさんに会った時の話は1回で終わらせるつもりでいたけれども、残りの部分もこれ以上に大容量過ぎるから、2回に分けることにした。

後半(⑦)では、私がAさんに会った時に気付かされた大事なことや私が感じたことを中心に書きたい。

今回のタイトル『失敗のない世界』は、私が今回の一連の流れで得た教訓の1つ。

たとえ失敗に見えることでも、そこには必ず学びがあるし、そしてその失敗あってこその次のプロセスに繋がっていくわけで、そうなると失敗ももはや失敗ではなくなる。

さらに言うと、そうしたことは、そこに関わる全員にとって良い方向に行くために起こっているということも今回よくわかった。

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