2019年2月21日木曜日

奇跡の果実(16)空飛ぶ種

私ももし霊視とかができるなら聞いてみたい。

おじいちゃんがOさんと私の電話中に現れたその時、その後から今に至るまでの色んなことは計画済みだったの?って。

私は少なくとも、その時にその後起こる色んなことを1つとして想像できなかった。

おじいちゃんの登場は、私の知らない誰かの人生にも大きな希望をもたらすことになった。

思ってもみなかった展開に、私は心底驚いた。

今日2/21現在、すでにその知らない誰かの物語は完結している。

あっという間に事は動いた。

私はもちろんその展開を知って、このタイトルを『奇跡の果実』にしたわけじゃない。

『奇跡の果実』はその名に相応しく、色んな果実をつけて、そして色んな人たちに奇跡の物語を届けている。

もはや物語の方が一人歩きをして、色んな人たちの元へ果実をプレゼントしている状態。

今日はその中の1つの奇跡の果実の話。



Oさんから、おじいちゃんとおじいちゃんの家族を結ぶために共同作業した際、私に対してのあれこれ納得のいかなかったことを伝えられたことは、(14)と(15)のところで話した。

それで私は数年ぶりに怒りを大爆発させて、冷静な判断ができなくなっていた。

その時に、名古屋の頃からお世話になっているSさんから色々相談に乗ってもらったことも書いた。

そのSさんとの電話の時にSさんから聞かれたことが今回の奇跡の果実の発端だった。

それは1月の17日か18日のことだった。

その時まで、Sさんとはずっとすれ違いで電話できなくて、だから私はおじいちゃんの霊魂が現れてそれでOさんと共同でご家族向けにその旨案内するために動いていたことは言っていなかった。

それらしきことはちょっとだけこのブログには書いていたけれども、詳細は書いていなかった。

だからSさんは何も知らないかと思いきや、私のブログを読んでくれていて、ブログに書かれている範囲で知ってくれていた。

大元はOさんとのおじいちゃん一家に向けてのやりとりの相談だったけれども、Sさんから「ぶっしーちゃん、1つお願いできるか確認したいんだけど」と電話越しに切り出された。

「あのね、Oさんいるでしょう?Oさんがされる霊視って言えばいいのかな?死者の方からメッセージを下ろしてもらうそれ、他の子も頼めないか、ぶっしーちゃんからOさんに聞いてもらえる?」

私は二つ返事ではいと答えて、聞いてまた連絡しますとSさんに言った。

Sさんには、Oさんが言われていた注意事項だけ予め伝えて、それだけは今回の依頼者の方に先に伝えてくださいとお願いした。

ちなみに注意事項というのは、Oさんいわく、死者の方の魂と繋がる際、必ずしも繋がるとは限らないということ。

霊界側も必要と判断しないと死者の魂がこちらの人間界には下りてこないらしく、いくら生きている側が望んでもその要望に応えられるかどうかはその時になってみないとわからないと言われていた。

Sさんの話はこうだった。

Sさんはその日たまたま仕事が急遽休みになった。

そんな時に見知らぬ番号から連絡が入って電話を取ってみると、2〜3年ほど前にある講座で一緒になった方からだった。

Sさんはその電話自体をそもそもすごい不思議がっていた。

Sさんは、何かしらの不具合があると携帯電話がよく壊れる人で、この何年かの間で何回か電話を替えている。

番号が変わる時ももちろんあって、その時は当然連絡先がそのまま途絶える人もいる。

今回連絡が来た人は、そういう意味で本当なら繋がりようがなかったはずなのに何故か繋がった、と言っていた。

ちょうど休みで空いていたから、そのままランチをしようということになって、それで急遽ランチをすることになったらしい。

これ休みに今日ならなかったら、そもそもランチも出かけられなかったんだよね、と言われていた。

その時に相手の方から話を切り出されたようだった。

相手の方は、子どもの頃にご両親が離婚されて、姉は父に自分は母にそれぞれついていって一家がバラバラになったらしい。

大人になってからはお父さんとも時々やりとりはしていたようだけれど、この1年ぐらいの間で最後は孤独死されたようだった。

あまりに腐敗が凄すぎて、警察側の配慮で家族の誰もお父さんの最期を見届けることはできなかったらしい。

普通なら誰かしら家族が本人確認をするけれど、あまりにもご遺体が酷い状態だったらしく、警察もDNA鑑定か何かで照合をしてそれで終わりになったようだった。

両親の離婚によりなのか別の理由なのかで姉とは不仲で、お父さんの死後、お父さんに関して全くやりとりができずに数ヶ月が経過。

その方はお父さんに最期どうしても聞きたかった質問が2つ3つあったらしく、それで全国各地のそういった死者の方とコンタクトが取れる人を探して、ようやく東北の方だったかの人を見つけたようだった。

ただ、子どもを1人にして家には置いてはいけないとのことで(1人で留守番はまだ年齢的に厳しいんだと思う)、行くのは春休み、2人分の交通費と宿泊費を出して行くんだみたいな話をされていたとのこと。

それを聞いたSさんは、私がブログでOさんを通じて山で行方不明になったおじいちゃんの霊魂とやりとりしていることを思い出して、それでOさん側はどう返事するかは知らないけれども、聞いてみるねと言って帰ってきた、と話してくれた。

Sさんはしみじみと、こんなことってあるんだね、と言っていた。

要は、本来なら連絡を取り合うような相手ではなかったのになぜか繋がって、繋がったらこういう不思議なご縁が生まれようとしている…、それをSさんはすごくびっくりしながら話されていた。

しかも、そんなことを私が知るわけもなく、私は私でOさんからおじいちゃんの家族への対応の仕方であれこれ言われて憤慨していたから、Sさんにその件でその日の夜にLINEに質問を投げかけた。

今回だけは自分一人で抱え込んで判断するのは非常にまずい、相手に迷惑をかけると思って、それでSさんに連絡を取った。

だから、Sさんとその方がランチで会った半日後には、Sさんと私が電話することになった。

そもそも電話も予定していたものでは全くなかった。

私がOさんからの指摘のあれこれにとにかく全く納得がいかないどころか、数年ぶりに怒りのスイッチが入って、怒り全開となった。

普段なら私は1人で自己完結をするけれども、今回はOさんと私だけのことじゃなくて、おじいちゃんのご家族を巻き込んでのことだから、そのままにはしておけなかった。

話が少し脇道に逸れるけれども、私がそこまで動いた理由がきちんとある。

Oさんから、Oさんがおじいちゃんのご家族とやりとりして、もし本当にOさんが新潟に来て捜索のための霊視をする時は、私に「サニワ」をして欲しいと言われた。

Oさんの説明はこうだった。

霊視で捜索に協力するとなると、Oさんは自分の感覚を全部100%開いて霊界とやりとりをするらしい。

それはとても危険な行為らしく、感覚だけで全部判断するから、客観的に見てそれが正しいかどうか、判断を誤ってないかどうかを第三者から見てもらわないといけないらしい。

その部分を私にやって欲しいとのことだった。

霊感のかけらもない私がしていいのかどうかはさておいて、状況的にご家族も受け入れられてOさんも頼める人となると、消去法で私しかいないわけで、しかも私はペンジュラムでおじいちゃんの居場所を特定することはしたけれどそれで失敗もしているから、せめてもの罪滅ぼしでそれは必要があればボランティアでやりますとはOさんに言ってあった。

それが春以降捜索再開の時に本当に必要となった場合、私はもう一度Oさんと共同作業をすることになる。

Oさんだけなら私の怒りに関しては1人で何とかしたけれど、事が事だったから、おじいちゃんのご家族も関係していて、2人の考え方が揃ってないのはまずいと思った。

本当に私が間違っていておかしいのであれば私は自分を改めないといけないし、そうではなくOさんが何か違っているとするならまたそれは話し合う必要があると私は当時判断した。

ちなみにこの全く相容れないOさんと私の考え方は、最終的に「適材適所」という素晴らしい案で解決することとなった。

Oさんは霊視を担当、私はご家族への細々とした対応や配慮の部分を担当、そうすることでお互いが自分の役割がはっきりするし、ぶつかることもなく、むしろ相乗効果が期待できるやり方に落ち着いた。

話は戻って、1月の17日か18日のSさんとやりとりしていた時のこと。

その時はまだOさんとのやりとりに関しては何にも解決はしていなかったから、私はこれは第三者の意見が必要だと思った。

Sさんはそういうことに関して、個人の感情を一切挟まずにそのことを冷静沈着な目と心で話を聞いて、そして的確な判断をしてくれる。

私が間違っていたらそれも指摘してくれるし、そこに関わる人たちにとって何が大切かを見極める審美眼を持っている。

しかも、色んな立場での経験もあるから、臨機応変に立場を変えての視点から物事を眺めたり、もしくは高い視点から全体像を眺めてそこから細部を見て必要な部分が何かを判断したり、そういうことが損得勘定抜きで真っ直ぐにできるから、私も安心して話ができる。

それで私の対応のあり方とOさんが感じた私のあり方で納得のいかなかったところをそうとは言わずに、あくまでも色んな人的対応に関しての一般的な質問をSさんに投げかけて答えを待つことにした。

そうしたら逆にSさんから電話が来て「ごめんね、何を聞かれているのか、何となくはわかるんだけれど、全然違うことを答えても悪いからどういうことを聞こうとしているのか教えてもらってもいい?」と返ってきた。

それでSさんと私は電話することになった。

だから、当時の私は、そんな別の人とOさんを繋げるためにやりとりをしたのではなく、私側の事情を何とかしなくてはいけないからSさんと電話したに過ぎなかった。

それがまさかのタイミングで、SさんはSさんで、その知り合いの方がOさんの力を必要とする件で私に連絡を取りたがっていたところだった。

こんな風にして、まさかのタイミングで色んなことが繋がって、最終的にはSさんとOさん、そしてSさん経由でSさんの知人の方とOさんが繋がった。

すでにSさんの知人の方はOさんと実際にお会いして、亡くなったお父さんからのメッセージを無事もらえたとのことだった。

しかも、他のお客さんもOさんのサービスを受けることになって、それらを同じ日に合わせてOさんを愛知の方に呼び寄せてセッションをしたとのことだった。

自分たちが東京に行く代わりとして、受ける方たちでOさん1人の交通費を折半して来てもらったようで、その方は仕事の合間を縫って子どものことも心配せずにセッションを受けることができ、さらに当初高額な交通費と宿泊費がかかる予定のところ、それに比べたら格安の値段で済んでとても喜ばれていたとのことだった。

そうやって、必要なものたちはどんどん私の知らないところで繋がっていって、新しい奇跡の果実をもたらしていた。



Oさんにも聞かれたけれども、Oさんがおじいちゃんの霊視の一部を失敗したにも関わらず、どうしてSさんがOさんを紹介することを了承されたのか、ここで触れておきたい。

Sさんがまず何よりも大事にしているのは、必要な人と人とを繋げることで、繋がった人にとって大切なものをきちんと体験するなり手にするなりすることだった。

Sさんがいつも大事にしているのは、「目の前の人にとっての1番」の部分になる。

だからそこに個人的な私情とか想いは一切はさまない。

目の前の人にとってのベストなら、そのベストのためにSさんは私も含めて色んな人たちのために尽力する。

今回の場合で言えば、Sさんの知人の方は、亡くなられたお父さんと繋がることを求めていた。

それはその知人の方にとったら、残りの人生において本人が絶対的に必要としていて、そのためならお金も時間もいとわないぐらいに望んでいたことだった。

Sさんは少なくとも、私のブログからOさんの霊視力は知っていたし、そもそもそれ以前にも私がOさんの話をSさんに時々していたから、Oさんの能力そのものを冷静に判断して評価していた。

私がOさんとのやりとりで(怒りながら)相談した時も、私は最後にこんな内輪の話を聞かせてしまって、それでもSさんがOさんと他の人たちとを繋げていく意思に変わりないかどうかを確認した。

Sさんは、ぶっしーちゃんの話はぶっしーちゃんの話だし、他の人たちの件は他の人たちの件で別物だから、ときっぱりと分けて考えてくれた。

おかげで、Oさんの力を必要としてくれる人と人とが繋がった。

そして、その時に言われた。

「Oさんを自信を持って他の人に紹介できるのは、ぶっしーちゃんの紹介だからだよ!
ぶっしーちゃんは、絶対に変な人とは繋がらないから、そしてそのぶっしーちゃんが本物だと判断した人でしょう。
だから私も大丈夫ってわかるの」

そう言われてとても嬉しかった。

同時に私も気付かされた。

Oさんに限らず私も今後色んな形で人と知り合っていく際、必要な情報を私が持っている時はきちんと相手に差し出そうと。

その情報をどうするかは相手次第であっても、私自身は少なくとも「伝える」「(情報を)共有する」ところまではやりきろう、そう思った。



内容は割愛するけれども、その当時はもっと別の流れがあった。

当初はそれを書く予定でいたけれども、流れはこの2週間ほどで別の流れに入っていったからこの部分はだいぶ内容が変わった。

結局残ったのは、本当に必要な流れだけだった。

そう、もう時の流れは個人の力ではどうにもならないぐらいに、本物は確実に残る道を、不必要なもの・まがいものは淘汰される道をひた進んでいる。

そして残らなかった方の道は、現時点では消えて無くなる方向に事は動いているから、今回はカットした。

それは残ってはいけなかった、ということだと思うから。

で、少なくとも、本当に必要なものは確実に残っているし、私の知らないところでも新しい奇跡の果実を実らせている。

その事実が全てだから、私は見たまま聞いたままのことを伝えるのが私にできることのすべてだと思って、それで今回は淘汰されつつある方に関してはそのままそっとしておくことにした。

多分そちらはもう復活しないと思うけれども、もし復活することがあれば、その時にまた記事にしてこのブログでお披露目したいと考えている。



話はまたすごい飛ぶけれど、私はこれを書きながらすごいことを思い出して、1人で「あーーーーーー!(◎_◎;)!!」となってた。

「サニワ」と書きながら思い出したことがあった。

そして、それを思い出したら、また色んな点だった出来事たちが全部1つの線で繋がった。

本当はそれもここに書こうと思ったけれど、それ書くとめちゃくちゃ長くなるからその「あーーーーーー!(◎_◎;)!!」となったことは、次の記事で書いてアップする予定。

0 件のコメント:

コメントを投稿