2018年8月10日金曜日

心の拠り所

「心から安全だと思える場所を探すことに鍵があるように思います」

今さっき、ホロスコープの講座のU先生から質問の答えのメールをいただいた。

質問はあまりにも長いから割愛するけれど、ざっくりと言えば、心の拠り所とか無意識を司るとされる部分に私の場合は色々と複合的なものを持っているから、その解釈の仕方を質問した。

U先生の答えは本当に素晴らしくて、それで一番最後にあったのが冒頭の文章だった。



いい加減何かを決めていかないといけないという今、私はもう色んなことが怖くなって決められずさらに動けなくなった。

こういう時は心の中で色んなものが葛藤してるのはわかるから、そこを丁寧に見ていくしかない。

その中でふと「心の拠り所」の意味となるホロスコープのある部分がやたらと気になって、それで前回のホロスコープ講座の後のカフェタイムの時に出た話と重なったから、U先生に質問をした。

U先生の回答は想像以上に凄かった。

U先生には5、6行ほど自分の育った背景について説明したけれど、それ以外は質問についての説明しか書かなかった。

U先生はあくまで私のホロスコープを客観的に見た時の情報だけを伝えてくれた。

何が驚いたって、たかが4つの天体とそれらが構成する線(角度)、それだけでまるで私の半生を調べたんですか?と言わんばかりの的確な読み解きが出てきたこと。

・どうしても「人に傷付けられがち」で、同時に「非常にセンシティブで、傷付きやすい」部分が出てきます。
また、「"安心""安全"への飢餓感」といったものも強いのではないかと思います。

・(占星術的な説明の後)こういった流れを持つ方は「家庭の中での居場所の無さ」のようなものを抱えていることが多いです。

・「センシティブで閉じた自分」と、「自己顕示欲の強い(認められたい・認めさせたい)自分」との間に強い葛藤を抱えがちなのだと推察できます。

・このIC木星が「何を拡大しているのか」と言うと、「不安感を拡大しがちな、エモーショナルな木星」と考えることができるのです。

U先生が教えてくれたことは、本当に私の生きてきたまんまの道だった。

ホロスコープは喋るわけじゃない。

単に、360度の円の中の点と線だけで見ていくもので、それがこれだけの情報量を与えてくれるのだから、本当にすごい。

そして私では読み解けない難解なところをきれいに読み解いてくれたU先生には感謝しかない。



話が飛ぶけれど、私はここにきてようやく、自分が軸とするものが見えてきた。

前回?前々回?のブログにも書いたけれど、私は外側の何かで自分が満たされないことは自分でも十分にわかっている。

だからもっと何か違うものを自分が欲してるのもわかる。

でもじゃあ欲してるものが何かというのがこれまで本当にわかっていなかったから、そこを探求するのに相当な時間と労力をかけた。

だから冒頭の言葉にある「心が安全だと思える場所を探す」というのが、もうまさに!という感じだった。

そこを基準に考えると、もう少し決断がしやすい。

よくこうした決断をする時に言われるのが、「したいこととしたくないことを明確にして、まずはそのしたくないことをしない」というもの。

これ理論としては合ってるけれど、私はこれだと本当に答えの出せない人だった。

だって「したくない」ことを挙げるなら、私なんかはぶっちゃっけ「何もしたくない」なんていうことになってしまうから。

もちろん細かくは出せる。

だけど、その細かく出したことの最大公約数というか共通項がわからないから、結局自分が何を大事にしたいのかがわからない。

それでもう何年もグルグルしてたけれど、ここに来て「心の拠り所」とか「心が安全だと思える場所を見つける」とかを何よりも大事にしたい、それがわかっただけでもものすごく大きい。

それを軸にしたら、もう少し自分でも選択肢が見えてきそうだし、何とかなりそうな気がする。

長い道のりだとは思うけれど、不安定な土台の上で決断するのではなく、もう少しグラグラ感の少ないところで決断できるかなと思う。



私は今でも忘れない。

塾の仕事の時に初めて表彰された時のこと。

私は栄光を手にした瞬間、同時に挫折も手にした。

「栄光」というのは、あくまで世間的な解釈に合わせた言い方。

誰も数字を出せなかった地域で私は初めて数字を出した人だったらしい。

それが表彰された理由だった。

表彰されても私はちっとも嬉しくなかった。

もちろん一瞬は嬉しいし、報労金的なものももらったから、それは嬉しかったけれど、表彰されたことに関しては気持ちの感動はさっぱりなかった。

むしろ感動したのは、私の1つ年上の幹部の人が、私をきちんと見て評価して推薦してくれたことだった。

その人はめちゃくちゃ仕事のできる人だった。

数字の出し方も半端なかったけれど、それよりもきちんとプロセスを見てくれる人だった。

私が辞めたいことを知っていても、何度も何度も窮地の時に手は出さないけれど目をかけてくれた人だった。

だからそれだけはすごく嬉しかった。

挫折はこうだった。

世間的に認められることを成し遂げても何の満足もなかった私は、もうここでは何も得られない、それがわかってしまった。

絶望に近かった。

これから先、どんなに何かを外側から得ても自分は満たされないとわかってしまった。

それは人生でこれから先何が面白くて生きていったらいいのかわからない、そんな気持ちにも繋がった。

変な話だけれど、当時の表彰+報労金よりも、今こうして自由に言葉を綴れる、たとえそれが何のお金にならなくても、それでも後者の方が断然心の満足度が高い。

社会的なものも、お金も、物も、パートナーも、そうしたものから欲しいものは手に入らないとわかって、私は途方に暮れた。

パートナーは、パートナーそのものがいないから、その先は考えられなかった。

だからパートナーで自分を満たすなんてのは、条件が揃わない限り自分が満たされないことになってしまうから、早くからそこは切り捨てた。

(これは今後誰かと付き合うならすごく役立つと思う。
○○してくれたら私は満たされる、なんていうのを相手に求めることはそんなにしないと思う。)

それ以外にも、外側をどれだけ満たしたところで私のそのよくわかっていなかった中の渇望感は消えないってわかった。

そうなってくると、私は自分の満たし方もわからず、そもそも何かを成し遂げたいなんていう気持ちもなく、自分がどうしたらいいのかわからなくなってしまった。

ちなみにその1、2年後、今度は「楽しむ」ことを人生の軸にしたらいいと思った出来事があった。

それは今でも1つの大切な指針にはしてるけれど、どこか私の中で無理があるというか、何か肝心なものが抜けてるというか。

楽しむはいい。

だけど、楽しむだけでは人生の足元の部分が落ち着かないというか。

根底がしっかりしてないのに、楽しむだけではどこか空しさというか終わるとポカンと穴が空いてしまう感じで、楽しむだけでもダメなんだと感じてた。

だから何年も何年もグルグルと回った。

それがここに来て、「心の拠り所」というキーワードが出てきて、かなり見え方が変わった。

ちなみに最近のマイブームは、氷がグラスに当たってカラカラ音を鳴らす、その音に癒されてる。

私という人は、そういうことで十分に幸せを感じるぐらいの力があるわけで、何も世間で崇められるような凄いものは求めていない。

なのにこの満たされない感は何だろう?となった時に、ようやくわかった。

心の拠り所がグラグラしてたということ。



私は2歳の姪っ子を見ていて思うことがある。

自分はこんな風に周りみんなから愛されていたのかな?と。
(↑ひがみじゃなくて、単純に疑問)

姪っ子は、両家の初孫でさらに唯一の孫・唯一の姪っ子だから、両家共々からものすごく愛されてる。

アイドルなんてものじゃない。

滅多に会わない義弟のお兄さんとその奥さんからもめちゃくちゃ可愛がってもらってる。

そして、何かあってもとにかくありのままで愛されてるのがよくわかる。

特に父と母である義弟と妹から、もうこれ以上ないぐらいに愛されてるのがわかる。

私ももちろんここまで成長したわけで、両親からはよくしてもらったし、家庭的にも恵まれてると思う。

ただ、私は我が一族の最大の弱点を知っている。

何か問題があると、それを特別視して周りからは隠そうとし、解決のみを図ろうとすること、そして当事者の気持ちには寄り添おうとしないこと。

そういう悪いことがあってはいけないではないけれど、そこをもみ消すようなそういう流れを代々続けているような感じだった。

だから問題がない時は何ともないけれど、例えば何か問題が起こった時に私は確実に家族の中での居場所がなくなる感じは半端なかった。

加えて、うちの両親はある意味孤立無援だった。

自分たちで全部何とかしなければいけなくて、ちょっとしたことでも頼れる人たちがいなかった。

だから、やたらと自立を促す子育てになったのは仕方のないことだったと思うし、何かあっても「がんばれ」と言う両親だった。

為せば成るの考え方が強かったし、時代背景的にもその流れが強かった。

さらにこれは私の予想だけれど、父方も母方もそんな風だから、多分両親共に誰かに寄り添ってもらった体験が著しくないまま今に至ったと思う。

だから、寄り添わないんじゃなくて、寄り添い方を知らないんだと今は思う。

寄り添ってもらったことがないだけじゃなく、若い頃大変な時にさらに四面楚歌みたいな状況を経験したら、仕方ないなと思う。

寄り添われたことがないから、自分たちも寄り添えない、そんな気がしてならない。

そんなところに、私という子どもがいる。

「普通」「人並み」が良いとされる時代に、私は本気の落ちこぼれだった。

落ちこぼれるぐらいなら良かったけれど、そこにいじめの標的も重なった。

今いじめなんかで第三者委員会とかが立てられたりするけれど、私のいじめはまさにそれぐらいのレベルのものだった。

だけど、大人になっても記憶に鮮明に残るぐらいの体験なのに、私は両親にも先生にも誰にも一度も相談しなかった。

そんな恥ずかしいことは誰にも言えないと思ったのと、3人の子育てで手一杯の母親の精神的余裕のなさは肌で感じ取っていたから、特に母親には言えなかった。

そこに加えて、母親は私からして全く読めない人だった。

今もそうだけれど、うちの母親は人はすごく良いけれど、どこに感情のスイッチがあるのか全く読めない人で、「えっ⁉︎ここ⁉︎」みたいなところで急に怒ったり不機嫌になったりする。

今は大人になったから良いものの、子どもの頃はその母親のスイッチのありかがわからないだけじゃなく急に怒り出すことも怖くて、何も言えなかった。

そんな読めない大人たちだったから、私は自分のことを話したらどうなるのかなんて想像するだけで怖すぎて発言するなんてできなかった。

だから気持ちに寄り添ってもらうとかもなく、自分の中ではパンクしててもそれは自分1人で抱えるしかないと思い込んでいた。

両親2人の子供時代も、子どもが子どもでいられない過酷な状況下にあったから、私はそれに対して今は理解できる。

でも子どもの私にはわからなかった。

気付けば私の周りの世界は、どこも心が安らげない、そういう風に目に映った。

さらに言うと、私は先生にも恵まれなかった。

担任の先生は、なんと現実とは違う事実をねつ造して、私はクラス全体の前で糾弾された。

自分が悪いならまだしも、自分はやることをやっていたのに、先生の中ではやっていないことになっていて(いないことにさえなっていた!)、さらにはみんなの前で怒られる。

子どもには全く理解のできない状況だった。
(救いだったのは、クラスの女の子が「史子ちゃんそんなことなかったのに、先生まちがってるね」と言ってくれたことだった。)

今なら普通にそれ違いますよと訂正できるし、私は自分が保護者なら、学校に本気の抗議の電話を入れる出来事だった。

他にも色々と理解できないことたちが先生を通して起こっていたから、私の中で理解できない大人、信用できない大人でしかなかった。

しかもうちの家族は見た目には何ら問題がない。

明らかに暴力とか虐待とか浮気とか何でもいいけれど、そういうのがないし、色々させてもらえたし、自由は自由だった。

だから私は、自分がおかしくて自分の考え方が狭くて単に歪んでるのかと思ってた。

自分が間違えていて、ダメだとされる自分を直したり何か自分が正しいことをしたり頑張ることをしたらいいのかと勘違いをした。

だから、自己否定と自分を隠すことと、そうしたことを日常的に繰り返しながら大人になった。

これは大人になってから観察してわかったことだけれど、うちの家族は大変な状況の時ほど解決には尽力するけれど、その時の気持ちには基本誰も寄り添わない。

だから妹たちが何かあると私に連絡してくるのはわかる。

私は反対に解決はしない。

するのはただ話を聞くだけ。

外側の解決なんてのは私は解決じゃないと思っている。

とりあえず事無きを得ても、根本が何か満たされないままだと結局同じことを繰り返す。

これは私が勝手に思っていることだけれど、多分色んな人たちが私に何かを話してくるその理由は、私なら話をそのまま聞いてくれると感じるからじゃないかと思ってる(←自画自賛もはなはだしい)。

自分でもわかるけれど、私は話を聞くことになったら、とりあえずそのことだけに徹する。

そして「正しさ」を振りかざさないようには気をつける。

私がそれをされて散々嫌な思いをしているから、だからそれはしないように心掛けてる。

やっと決心して話したのに、そこで正しさを持ってこられて、聞き手の価値観で何かを言われたら、本気でへこむ。

だから聞く時は、自分の価値観もとりあえず脇によかす。

意見を求められたら何か言うけれど、そしてそれがあまりにも理不尽で相手の体や心に危険のあるものならそれは口をはさむけれど、そうでもなかったら言わない。

パワハラやモラハラ、セクハラ、DVの類いの話の時は言う。

じゃないとその人の命が危ないから。

あと、自分で自分を傷付けるような考え方をしてるとわかった時は、それも言葉を選びながら言う。

でもそうでなければ、基本は黙って話を聞く。

話がだいぶ飛んだけれど、とにかくこの心の拠り所のなさは子どもの頃から延々と続いていて、大人になってからだいぶ緩和はされたものの、それでもやっぱりまだ根っこにはある。

でも今やっとその辺りが見えてきたから、これからはそこを大切に自分のことを守っていけると思う。

まずは心の拠り所を作ること。

それは人がいなくてもできる。

人を混ぜるとややこしくなるから、とりあえず自分で自分を守る、その土台を作る。



ちなみに「傷付く」ということに関して、私なりに編み出した自分を楽にする方法を紹介したい。

相変わらず色んなことに敏感に反応してしまう私だけれど、最近は「傷付いた」と思うことは少なくなった。

それはそうしたことがなくなったということじゃない。

だけど、自分なりに対処する方法を見つけた。

基本、自分が言われたくないことを言われたら傷付く。

もしくはされたくないことをされても傷付く。

だけど、その後落ち着いてから私はもうワンステップ違うことをしている。

言われたこと、されたことはそのまま。

だけど、言われたこと・されたことによって「傷付いた」と選択してるのは自分だから、それは選択を変えられる。

言われて「嫌だった」とか、されて「悲しかった」とか、「ムカついた」とか、そういう風に変える。

別に言われたから「傷付く」必要はない。

相手もそもそもその気がないことの方が多いと思う。

相手は傷付ける気もなかったのに、私の方が1人で勝手に傷付いてる。

それはなんだかおかしいなと思った。

別に自ら傷付かなくてもいいんじゃないかな?と。

だから、言われたりされたりして嫌だったことは、単に「嫌だった」とか「ムカついた」とか「辛かった」とか、とにかく適当な言葉に置き換えている。

そうすると不思議なもので、自分だけの感情にしておくことができるし、傷付いたと思わなくて良くなる。

やたらと反応してしまうのはもはや条件反射みたいなもので変えられない。

だけど、その後の意味付けを私は変えている。

一応、心理系の権威のある人たちも立証してる手法だから、私の独りよがりなものじゃなくて、理論もある。

ちなみに心理学用語で言うと「被害者意識を手放す」ということに該当する。



最後にもう1つ。

これを書きながら気付いた。

よく言われる「今あるものに目を向けて感謝をする」というもの。

そして欠けてるものに注目すればするほど満たされなくなるというもの。

あれは半分正解で、でもそれもちょっと違うとわかった。

欠けてるものというか満たされていないものが何かを知るのは大切だと感じる。

だって、私みたいに心の拠り所がグラグラしてるのに、そこを無視して楽しさでも今あるものでも目を向けたところで解決にはならなかった。

人や状況にもよるけれど、必ずしも欠けてたり満たされてない部分を見ないというのは違うと思う。

私みたいに、それが人生で何よりも欲しいものであるなら尚更だと思う。

満たされていない、欠けてていいんだとわかる。

なぜなら、もう無理して満たされてるフリもしなくていいし、満たされてないのに他の何かは満たされてるから私はそれでいい!なんて自分に嘘はつけない。

むしろ、満たされてないものをこれから満たすことはできる。

大事なのは、自分で作っていくことだと思う、私の場合は。

親がもしくは人が私に寄り添ってくれるんじゃないかなんて期待してたら、そんなのいつまで経っても満たされない。

親は親のスタイルのままでいいし、私は私でそことは違う価値観で生きているからその価値観を大切にする。

そして私の場合、物や人に左右されて満たされる満たされないが変わるものではないから、自分のペースでゆっくり自分を満たすことができる。

それでいいんだなぁとやっとここに来た。

「心の拠り所」良い言葉だなぁと感じる。

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