2018年8月1日水曜日

8月の名刺

いつからそうしたのかはわからない。

もらった当初から机の中に入れておいた。

だけどある時、自分で意識的に名刺を揃えて机の引き出しの右側の隅にセットした。

いつでも目に触れるように。

その引き出しの中がどんな風だったのか、今となってはきれいさっぱり忘れた。

だけど、名刺のことだけは、そこだけを切り取ったかのように覚えてる。

指サック?ペン?何を入れてたかは忘れたけれど、その引き出しはとにかく1日に何回も開けたり閉めたりするところだった。

だから、開けるたびにその名刺を目にした。

私の中では勝手にお守りぐらいな意味合いのものにいつからかなっていた。

名刺の主がいなくなってからは、より一層存在感が増した。

1日の始まりと終わりには必ずその名刺の名前を見た。

引き出しを開けるのは別に何てことない行為だったけれど、その名前を目にするのが楽しみで、かなり頻繁に用事もないのに引き出しを開けたこともあった。

一時期、何でかは知らなかったけれど、事務員さんたちがとにかくものすごく機嫌が悪くなって、私への当たりが強かった時があった。

1、2週間ぐらいで収まったし、その後は何事もなかったかのように最後までまた最初の頃と変わらずに平和に過ごせていたけれど、そのきつかった時もその名刺は大活躍した。

仕事の確認をどうでもしなきゃいけない時は、用事もないのにまず机の引き出しを開けて、名刺見て、気持ち落ち着かせて、それから用件を話しかけていた。

元気玉になる時もあれば、精神安定剤的なものになる時もあった。

そんな風にして、私にはなくてはならない名刺になっていた。

この名刺、今はもう使えないから、今この世で出回っているのは、私の手元にある1枚とあとは名刺交換した人たちがそのままにして残ってる分だけだと思う。

仕事の最終日、私は3つだけ前の職場から物を家に持ち帰った。

その名刺とメモ帳と週の予定表。

週の予定表は、その人がいた時までの分。

記憶があいまいだけれど、予定表はもしかしたら1週分だけかも。

その週の分だけは、ちょっとしたファイルケースみたいなのに入れた。

そこには、私がその人の存在に気付く行事的な予定が記されているから、それを記念に残した。

最後片付ける時、少なくともその人がいなくなって以降の分はいらないから職場で処分した。

メモ帳は要らなかったけれど、実はそこに仕事のメモでその人の名前を書いていたから、その記念に持ち帰った。

記憶にある限り、2回その人の名前をメモ帳に書いた。

1つは、初日に一番後ろのページに書いた座席表。

もう1つは、いつかの何か新しい仕事の手順で、「○○さんの印を押す」だったかそんな風で、その人の名前を書いた。

書類の作成の仕方か何かだったと思う。

メモの内容とかは忘れたけれど、私はわざと職名ではなくその人の名前を書いたことは覚えてる。

自分が一番わかりやすい言葉で書かないとわからなくなるから、だから私はあえて名前を書いた。

しかも私はそれがページのどの辺りに書かれてあるかまで覚えてる。

見開きの左側のページで、その名前は最初の数行の中にある。

その時の私は多分まだ自分の気持ちに気付いていなかったと思う。

気持ちに気付いていたなら、多分その名前さえも書く時にドキドキしたんじゃないかと思う。

本当はこんなことしてはいけないのは重々承知の上で、私は1枚だけ写真を撮ったものがある。

日付を見ると11月27日になっている。

その日私は頼まれて、受け取り伝票みたいなものにある人の名前を書いた。

その人の名前を書いたところで全くテンションが上がらず、どうせ頼まれるのであればもっと早くに頼まれたかったと思った。

その時に頼んできた事務員さんが、前は本人が書いていたから私たち書かなかったんだよね、みたいなことを言いながら、私に幾つかの指示を出しながら説明をしていた。

書きながら、これってもしかして前の伝票の控えもあるんじゃないかと思った。

何枚かめくった。

あった。

本人の名前直筆の、しかも日付は私がその職場に初めて行った日の日付だった。

私はそれを見た時に、本当に胸に色んなものがこみ上げるぐらいに嬉しかった。

きちんとその人と出逢えたんだな、あの日にきちんと出逢えたんだなと思ったら、そしてその日にその人がその場所にいたんだとわかったら、たった1枚の何てことない伝票がものすごく特別なものに見えた。

悪用しません、本当に私の心の中にあるものの証拠品として記念に撮っておきたいだけです、などと誰に言い訳してるのかわからなかったけれど、昼休みにその伝票をさっと写真に撮った。

伝票の細部ははっきり言ってどうでも良かったから、上の方の日付と本人の直筆の名前の部分だけが写るように撮った。

あの日が本当に人生の中で存在していたこと、それを証明するたった1つの証拠品みたいだった。

その人がいなくなってから私はその人の直筆の本人の名前を至る所で見るようになった。

それまでは全く見る機会がなかったのに、本人がいなくなってからなぜかそうした書類関係の仕事があれこれ回ってきて見かけるようになった。

ずっとずっとどんな字を書くのかな…とは思ってた。

初めて見た時は、ハートを鷲掴みにされそうなぐらいにドキドキした。

私は穴が開くぐらいに注視した。

私は即その字が好きになった。

可愛らしいなんて言ったらおかしいけれど、本当に可愛らしい字を書いていた。

そしてその字を好きだなと思えることにも感動した。

最後の最後まで自分の気持ちに言葉を付けなかった私にとって、その人の何かを「好き」だときちんと言葉を持って感じられるのはとても特別なことだった。

その後も、その文字だけは見飽きることなく、私は毎回新たに見かけると、じっくりとその文字を見た。

毎回同じ癖の中にも少しずつ違うところがわかって、それを見てることすら私は楽しかった。

だから、他の人が代筆しただろう文字はすぐに見分けがついた。

ある時私にチャンスが巡ってきた。

ある書類を整理した時に、その人のサインが必要なのにその人のサインが抜けてるところが数ヶ所見つかった。

別の人の名前も抜けていて、私はその2人の名前を代筆することになった。
(代筆を頼まれた)

もう1人の分は建前で練習したけれど、その人の分は本気で練習をした。

本人の署名を見ながら、その字の癖を真似して書こうと、適当な紙に何回も書いた。

そんな機会、たったの1回しかなかったけれど、私の中で当時の仕事の中で一番思い出に残っている楽しい仕事だった。

練習した紙は、記念に持ち帰った。



今朝「今日から8月かぁ…」と思った時に、名刺と目が合った。

名刺…。

名刺を見た時に、名刺の思い出を書こうと決めた。

月の初めに昨日から続いてる感情の吐き出し的なものは書きたくなかった。

そして同時に、「この名刺、もう少ししたら2回目の季節が始まる」というのもわかった。

季節が二巡もするなんて思ってなかったから、それはそれで複雑な気持ちを連れてきた。

私は自分がその名刺をどうするのかはわからない。

今すぐどうこうということではなくて、生涯を通じてどうするのかということ。

捨てはしないけれど、いつかはどこかに仕舞い込むのかな…なんて考えたりもした。

秋が深まる頃には二巡目の季節がやってくる。

想像すると色々気持ちは複雑だった。

その頃に私が他の人に出逢って恋にでも落ちてれば話は別だけど、そうでなかったら、なんとなく今ある感じをそのまま引き継いでるのかな…なんて思ったら複雑だった。

気持ちなんてのはもうどうこうできないから、あとは流れに身を任せようという今日この頃。

時間が経過するごとにもっともっと鮮明になる。

例えば、引き出しの中の景色なんて丸っと忘れたけれど、右端のその人の名刺がいつも見えてたその位置だけは覚えてる。

繰り返し何十回とした仕事のやり方は忘れても、たった1回その人の名前を代筆した時のことはとてもよく覚えている。

どうでもいいことはどんどん忘れ、自分にとって大切な瞬間だけは記憶にはっきりと残る。

そうした思い出だけが残るのは悲しいなぁと感じる。

とても大切な瞬間を持てたことは嬉しくても、もうそれしか残ってないんだと思うと悲しい。

その人が存在しない現実を今生きてると思うと寂しくなる。

でももうどうにもできないから、無駄に裁いたりあがくことは止めた。

そうなってしまったことはもう仕方ない…。

自分を変に陥れても何の解決にもならないどころか存在さえしてなかった余計な苦しみを生み出すとわかって、もう自分が辛くなるような考え方を自分に押し付けるのはなるべく避けようと思うようになった。

でも季節が二巡することはそんなに歓迎モードではない。

二巡するようになったら、逆に良い風にあきらめていくようになるかもしれない。

もう何もないから、自分に集中しよう!ってなるかもしれない。

まぁそんなの今から考えても仕方ないから、その時になったら考えよう。

多分なるようにしかなっていかないから。

これ書いてて思った。

私は好きこのんで名刺を手元に置いているけれど、私が押し付けた手紙はどうなってるんだろう…と思ったらゾッとした。

あんなの渡されて困るのも想像してたから、私の見えないところでシュレッダーにかけて欲しいというのは書いた。

私からしたら、シュレッダーにかけられることは、今となっては要らないのにどう処分しよう…なんて惑わせるぐらいならシュレッダーなり燃えるゴミに出されてた方がいいなと思ってる。

話は少し違うけれど、昨日私は男の人が書いた恋愛指南書的な記事を1つ読んだ。

言い訳みたいだけど、私が読もうとしてた女の人の顔写真のアイコンが、なぜかその男の人の記事とリンクしてて(どういうカラクリかはわからない)、それでその恋愛指南書に行き着いた次第だった。

それ読んで、色々思うことはあった。

その男の人いわく、一般的に男の人というのは出会って秒速でその目の前の女の人が恋愛対象になるかならないかを判断してるとのこと。

なる人はさておいて、ならない人は基本最後まで恋愛対象にならないとあった。

私、そうだったのかも…と思った。

かなり矛盾した話だけれど、私からしたらその人は本当に特別だったし明らかにこれまで出会ったことのない衝撃度の高い、そしてとてつもない影響の大きかった人なのは間違いなかった。

魂的な繋がりのある人だとする方が色々しっくりくるぐらい。

そういう風に仕立てたいと言うよりも、色々わけのわからない流れは、そういう繋がりがあったからだと説明する方が私的にも納得できるから。

だけど、それは私側の話であって、相手からしたら単なる職場に来た事務の派遣の人ぐらいでしかなかったのかもしれない。

で、その記事ではないけれど、はなから恋愛対象ではないと秒速で判断されたとするなら、あの手紙なんて持ってる方が重苦しいだろうなぁと思った。

ここまでくると、もうそれが適切な形で処分されてる方がいいなとさえ思う。

もちろん邪険にされるより少しでもプラスの意味になってる方が私としては嬉しい。

だけど、そうでなくてネガティブ寄りのものになってるとするなら、一層もうなくなってる方がいい。

月初めだから気持ちが和むことを書きたいと思って書き始めたのに、最後違う方向に行ってしまった。

名刺が大事と言うよりも、唯一その人から受け取ったものがそれだから、そしてそこにあるその名前が特別だから持ってるという感じ。

名前だけは私が妙にこだわって、当時も今もずっと名字にさん付けになってる。

本人に呼びかける時もそうやって呼んでいた。

もしその人のことをもっと別の呼び方をする時がくるなら、その時までの楽しみに取っておこうというのと、たとえ心の中でも違う呼び方をしたら越えてはいけない一線を越えるみたいで抵抗があったから、ずっとずっとスタンダードな呼び方を貫いた。

だから、他の人たちが違う呼び方をしているのがとても羨ましかった。

まぁ他の呼び方をする機会は訪れることなく今に至ったけれど。

関係ないけれど、金沢にいる妹の唯一の友達の名字もそれだし、母の最近の私生活で関係のある方もその名字で、2人とも「○○さんがね」と言って話してくる。

それはその人がいなくなってからの話で、だからやたらとその名前を聞く機会が増えた。

ちなみに最初2人からその名前が出た時は、度肝を抜かれた。

本気で驚いた。

こんな風にして、本人不在のまま、色んなところでその人の名前が私の周りで飛び交う。

それはいつまで経っても慣れない。

名刺の話から随分と飛躍したけれど、今年の夏、最後の月の8月の初めにその人にまつわることを書けたのは良かった。

去年のような心躍る瞬間はなくても、8月の最初の日の朝、その人の名刺と目が合ってそれを文章に紡ぐのは楽しい作業だった。

元気も出た。

いなくなってからもこうして元気玉のような役割をしてもらってる。

人との出逢いをプレゼントだと言った人がいたけれど、本当にその通りだと思う。

その人が私の人生に現れてくれたのは、本当にプレゼントそのものだった。

それはいなくなった今も変わらない。

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