2019年6月16日日曜日

封筒の結末

初めてのホロスコープ鑑定書を無事発送し終えてホッとしたら、力が抜けたように眠りに落ちた。

本当にまさかの展開だったけれど、白黒印刷&手引き蛍光マーカー&手書きの書き足しを郵便局で指摘されてくるなんて、想像していなかった。

そして、「A4サイズの封筒がない!」と最後の最後に気付いて、わざわざ日傘差して買いに行った封筒も、「何このオチ…( ̄∀ ̄;)」という結末に。

書類系を送るのに何か安く送れるサービスがあった気がする!と、珍しく何かの記憶がささっとヒットして、色々調べた。

まーさーかー、これがとんでもない悲劇というか珍劇を生むなんて、思ってもいなかった。

郵便局のホームページもわかりにくくて、「印刷物」みたいな書かれ方をしていて、私の手元の鑑定書は印刷物だけどそれに該当するのかしないのかはっきりしなかった。

だから、私はどうとでもできるように、封筒は封筒のまま、鑑定書は鑑定書のまま、宛名シールは宛名シールのまま、という具合に何もセットせずに布袋に入れて持って行った。

袋は春に新装オープンした肉屋さんからいただいたもの。

A4サイズがきれいに入って重宝している。

宛名シールはオシャレなシールで、前によくリピート買いしていたレターセットに入っていたもので、いつも封筒とシールが余るから、オシャレにしたい時に使う専用にしている。

郵便局に到着して、見慣れたおじさんに◯◯というサービスをネットで見たけれど、それでいけるのかどうかわからなくて、もしそれでいけるのならそれでいきたいと伝えた。

おじさんも私の手元の書類たちを見て、「うーん、これはどうなんだろう…」と言いながら迷い始めた。

私も同じように迷ったからわかる。

文章の言い回しだと、該当する。

だけど、それも該当するの?という疑問も残る。

それでおじさんは同僚の女性に聞こうとしたけれど、他のお客さん対応中で、「今郵便部に確認するんで、この資料1つ持って行ってもいいですか?」と聞かれたから、よろしくお願いしますと言って持って行ってもらった。

まさかそれがその後の珍劇に繋がるなんて、その時は思ってもいなかった。




おじさんを待っていた間、もう1人の女性担当者は、何とも形容しがたい格好の還暦近くのおばさんの対応をしていた。

おばさんは黄色っぽい小さな紙を手に持っていて、これがポストに入っていたんですけれど、どういう意味かわからなくて…と言いながら紙を差し出していた。

担当者が「あ〜これですね。住所と名前から以前そちらのご住所にお住いの方だと思われるんですが、その方宛に郵便物が届いていて、それを配達しても良いものかどうかを確認するために入れさせてもらったものです」と言っていた。

紙を預かって「確認してきます」と言って奥に引っ込んで、担当者は戻ってくると「確認したら、『ユキコ』さんという方宛のものでしたが…」と言うと、おばさんの口からまさかの言葉が出てきた。

「うちの主人の前の奥さんです」

私は名前を聞いて、てっきり進学か就職か結婚で家を出た娘なのかと思っていたから、想定外の答えで1人で驚いてた。

わざわざ足を運んで確認して、その先に前の奥さんの名前を聞くなんて嫌だな…とその様子を見ていて思った。

もっともそのおばさんは気にしてない風ではあったけれど。

慣れてるやりとりなのかは知らないけれど、普通に受け答えをしていたのが印象的だった。

再婚するまでどういうプロセスがあったのかは知らないけれど、そういうことも覚悟して再婚したのかもしれないなぁ…なんて思いながら見ていた。

要らないから郵便局側に引き取りをお願いして話は片が付いた。

おばさんのことを見て、再婚というより「恋愛進行形」という感じがした。

髪の毛は金髪みたいな色で、でもボサボサで、格好はきれいな洋服なんだろうけれど、全体の雰囲気からきれいではなくなってしまうみたいな、とにかく不思議な空気感の人だった。

そして足元は、田舎なのにヒール靴で、そのヒールが全て物語っている風だった。

ヒールが悪いわけじゃないし変ではないけれども、この辺りで日常的にヒールをましてや還暦世代の人が20〜30代前半位の女の人が履くようなヒールを履いてたら、単純に目立つ。

多分私が感じた不思議な空気感は、苦手な「女が女を出す空気感」なんだと気付いた。

そのおばさんに悪い印象は全く覚えなかったけれど、女の人が男の人を意識して出す独特の雰囲気はすごい苦手なものがある。

年こそ自分の親とさほど変わらない風ではあったけれど、そのおばさんは現役の女だった。

納得したのは、「男の人を意識してる女の人」の部分だった。




おばさんの場違いな感じのヒールを見ていたら、おじさんが鑑定書と共に戻ってきた。

この後、おじさんからことごとく私の鑑定書にダメ出しを受ける。

「まずですね〜、この表紙に付けた手書きの紙がすでに【信書】扱いになるんですね」

これは私も迷ったことだったから、仕方ないなぁと思った。

「例えば、『よろしくおねがいします』と一言一筆箋を付けても、もうこのサービスの場合はご利用いただけないんですね」

郵便局超厳しいなぁと思いつつ、おじさんの話は続いた。

「これだけじゃなくて、他にも今回のものがダメな理由がありまして…」

なんだ?なんだ?と思ったら、

「まず、中に手書きで蛍光マーカーしてありますよね、これもダメなんですね」

Σ(꒪◊꒪; ))))

私の口は勝手に説明していた。

「これ、プリンターの調子が悪くて、プリンターさえ問題なければこんなことしなかったんですけどね〜」

まさかの白黒印刷&蛍光マーカーをこんな場で説明する羽目になるなんて、想像さえしていなかった。

そこはまだ序の口だった。

次にダメ出しをくらったのは、なんと親切心でやった手書きでの書き足し部分だった。

それはホロスコープ専用の特殊記号に名前を付けたもので、私も最初は全然それがなんなのかわからなくて無視したら、独学の時にはそれがわからないと話にならないと知って、それで相手の子はホロスコープに関して全く馴染みがないことと、自分をもっとよく知るためにいつかは自分で多分調べるんじゃないかな…と思って、それで書き足したものだった。

なんだか怒りさえ湧いてきてしまった。

おじさんにではなくて、郵便局のサービスに。

今運送系は本当に低価格で提供されるゆえ、それに見合わないドライバーの方たちの負担が大きくて色々社会問題になっているから、私は安くしてとかそんなことを言うつもりはない。

だけど、同じ紙類を送るのに、郵便局の基準から少しでもずれると、この後書くけれど、倍額以上の送料になるその意味がわからなかった。

しかも、基準からずれた部分っていうのは、全部個人の気遣い的な部分で、人間らしいものを差し出すとお金が余計にかかるという何とも世知辛い感じのサービスになっていた。

客単価を上げたいのはわかる。

だけど、同質のものでも、人工的な郵便物はコストが下がって、人間的な郵便物はコストが上がる、その差が私には釈然としなかった。

危険物とか形が変わってるとかで普通に対応できないものを持ち込んでるわけではないのに、何だろうこの差?と思った。

きまりはきまりだから、普通郵便でセットしてまた持ってきますと言って話は一旦終わった。

私はデスクコーナーに行って、A4の封筒と宛名シールとを使って、鑑定書2冊をセットした。

もう一度窓口で重さを測ってもらうと、なんと普通郵便だと400円ほどかかるとわかって、それでビックリした。

調べてもらったサービスなら100円台から出せるものが、普通郵便だと倍額以上の金額になる。

しかも、これならレターパックライトで出す方が安全だし安いとわかって、それで出せるかを聞いたらいけるということで、それでレターパックライトの封筒を買って再度書き直しをした。

せっかくの封筒も宛名シールも無駄みたくなって、がーん(T ^ T)となったけれど、もうこのまま入れようとそのまま封筒ごとレターパックの封筒に入れた。

色々すったもんだしたけれども、とにかく無事に発送できてホッとした。

レターパックをセットしてまた窓口で女性の方の担当者に手渡した時に「これっていつぐらいに届きますか?」と聞いた。

単にいつ着くのかを知りたくて聞いたに過ぎなかったけれど、わざわざ調べてくれてこんな風に返ってきた。

「通常名古屋までなら翌日午後到着なんですが、今名古屋方面の高速道路の◯◯工事をしていて、それで遅延する可能性もあるので、明日午後ないし日曜日に到着予定です」

何の工事なのか聞いててもわからなかったけれど、工事具合で遅くなるかもしれない…ということだけはわかった。

最後まで色々おまけ付きだったけれど、とにかくきちんと発送できて良かった。

そして、この最後の工事情報を聞いた時に「これ、本当に大丈夫だ」と私にはわかって、最後にわかりやすいサインをありがとうと思いながら、郵便局をあとにした。



帰り道色んなことを思いながら帰ってきたけれども、私はやっぱり自分のスタイルは貫きたいとわかった。

私自身が2回ホロスコープ鑑定を受けている。

2回とも見事に違うホロスコープ鑑定ではあったけれども、私は人生で初めての鑑定が初回の方で本当に良かったと思っている。

2回目の先生は内容が超マニアックで良かったけれども、これが初回と2回目が逆だったとするなら、それぞれの良さは今手にできてる量の半分以下になったと思う。

2回目の先生は口頭のみの鑑定だった。

そして、それはある程度占星術の知識を持ってから受けたものだったから、自分で読み解けないものをひたすら読み解くことに重きを置いた。

後から音声を聞いて情報を書き出したし、それを聞きながら勉強にもなったから良かった。

鑑定半分勉強半分みたいなものだった。

でも初回は、そもそもホロスコープたるものが何かも知らなくて受けに行ったから、だから本当に丸っと知識ゼロで何が伝えられるのかも知らずに行った。

鑑定書のデータを先にメールでもらっていたから内容は知っていたけれども、当日鑑定の場に行って驚いた。

私の鑑定書はプレゼントのように包装されていて、本当に自分自身というものがとても大切に扱われているみたいでめちゃくちゃ感動した。

その時の感動が忘れられなくて、私もなるべくそれに近いものを今回の鑑定書では再現したかった。

プリンターはじめ色んなことがすったもんだして、私のイメージしている形からは程遠い完成度は早い段階で確定した。

代わりに私は、中身で勝負することにした。

中身だけは、めちゃくちゃこだわった。

装飾的な部分どころかカラー印刷さえアウトな状態ゆえ、せめて中身は出せる限りのものを出そうと決めた。

そして、後から調べるにしても何も知らないとそこからのスタートで大変になるから、それだけはわかるように手書きのちょっとした説明も加えた。

相手の子が調べずに終わって無駄骨になってもそこは構わなかった。

少なくとも、私側が「あれ書かなくて後悔した」というのだけは避けたかった。

だから出せるものを出しきる、そして私だからこそ読み解けたものも書いて出した。

それは本人にはモニターを兼ねてして欲しいとお願いしたオプション的な感じではあったけれど、やってみてわかった。

それこそが私だからできることなんだと。

(私がやったことはまた未来のいつかに書く予定)

鑑定書だから本来は個人の意志を入れてる場合じゃないんだけれど、私的には「贈り物をする」ような気持ちがたしかにあった。

別記事で途中まで書いたけれども、今回ホロスコープ鑑定を正式にやってみて、やることは鑑定でも私的には「贈り物」というイメージの方が強かった。

しかもそれは私が贈るんじゃなくて、本人が本人に宛てて贈るもの、という感じがした。

私はあくまでもその贈り物の代行役・補佐役みたいな感じだった。

鑑定書は形として残る。

私が初めて自分の鑑定書を手にした時の感動は忘れられない。

これはデータだけの時には絶対に味わえなかったもので、その後全く同じものだけれど、それをプレゼントのように手渡してもらえて、私はすごくテンションが上がった。

中身は今はもうそこまで見ないけれど、何かと調べる時に私はその鑑定書を出してきて、そこにあるホロスコープの図や細かな情報を確認している。

活用はどっちでもいいけれど、最初に手にする時に何かしらの感動があるといいなぁとそれだけは思いながら作った。

形としてのクオリティーは今後要改善にしても、基本的なスタイルは今回のような気持ちでやりたい!!!、それだけは強く思った。

土曜の夜に無事届いたと連絡をもらって、相手のおかげで、本当にこの形で良かったんだと知ることができた。

今回のホロスコープ鑑定デビューの話は、2つないし3つぐらいのシリーズにして書く予定。



【追記】
10日ぶりぐらいに10日以上前の記憶がよみがえってきた。

6月のメッセージを発信する時に、本当はそっちをメインで書こうかと思って、でも書くと長くなるし今それ書く気力がないから後からにしよう…ってなって後からにしたことさえ忘れてて( ̄∀ ̄;)。

さっき当時のメモを見て、「あれ?なんかこれ書いた記憶がない…」となって、ようやく思い出した次第。

今月中に書けるといいなぁと思って、とりあえずまた延期。

他の記事も途中までのものがいくつも溜まってるけれど、それも順にアップ予定。

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