2018年4月29日日曜日

今日もホロスコープ

ホロスコープの独学を始めてそろそろ1ヶ月。

自分のホロスコープ全般を繋げて読み解くことをやってみた。

手順は図書館から借りた本にあったからその通りに進めた。

全部で30近い質問が並んでいたと思う。

最初の数個の質問もかなり怪しかったけれど、8個目あたりの質問でまずは質問の中の言葉が全くわからないことがわかった。

多分初歩的な質問だとは思うけれど、その言葉を見たことがないから意味がわからない。

本やネットで調べて、調べていくうちに別の情報も必要なことがわかった。

その追加で必要なものをさらにネットで調べたら、もうはっきり言って迷宮入り状態になってわけがわからなくなって止めた。

そう、ここで初めて気付いた。

自分ではかなり勉強したつもりでも、私の場合は興味関心に基づいて進めたから、基本がほとんどわかっていない。

そしてその基本を調べると、ますます混乱して結局は何が何かもわからずに終わってしまった。

実はその基本を調べる途中で、キャリアや仕事、天職についての調べ方のサイトにも行き当たった。

2つか3つは当たったと思う。

ところがその基本から見ていく方法だと、私は丸っと自分のホロスコープが読み解けなかった。

キャリアを指し示すところから読み解くと、恋愛や美の話ばかりになって、「いや、そこじゃなくて仕事は⁇」という状態だった。

さらには当たり前と言えばそうなのかもだけど、私が自分で気付いた自分の人生のテーマやこれを仕事にしていこう!と思った内容は、1つとしてその基本的な読み方からはそういう答えが出なかった。

全く違う職業やキャリアの提案ばかりで、全くピンとこなかった。

それに気付いた時、私はホロスコープで何を読み解いてたんだろう…?とそっちの方が気になった。

なぜなら、私の得た情報は普通には出てこない。

でも私はピンポイントで欲しい情報に行き着いて、さらにはその集めた情報たちを組み合わせることで自分のテーマをもっと掘り下げることができた。

それで気付いた、私のやり方に。

私は「仕事」や「キャリア」とかいう観点で自分のホロスコープは全く見ていなかった。

代わりに私が調べまくったのは、自分のことで納得のいかないことだった。

例えば、私はどうして自分の月星座がピンとこないのかそれがわからなくて、そこをまずは徹底的に調べた。

調べていくうちに、どうやらそれに多大な影響を与えてる「リリス」と呼ばれるものがあるとわかった。

リリスを今度は調べた。

リリスを調べるうちに今度は「キロン」と呼ばれる傷の存在が気になりだした。

キロンに関して言えば、自分が長いことスピリチュアルな世界を危ないものとして認識してたその理由と関連してそうだった。

こんな風にして私は読み解いていたから、だから基礎は何も知らないままだった。

でもそれでもどんどんハマって調べたのは、調べたことで自分が客観的にわかるようになったから。

そして調べれば調べるほど、自分のコアな部分と自分とが繋がっていく感覚が生まれたから。

例えば傷の部分に焦点を当てたことで、私は自分の人生のテーマの中にそもそも「心の傷を癒す」ことが含まれてるだろうことを突き詰めた。

ホロスコープにはそんなこと書いてない。

書いてないけれど、調べたピースと自分のこれまでの体験を結び付けるとそうなる。

反対に仮に「傷を癒すことがテーマ」として自分の人生を見るなら、本当にそのテーマに沿ったことが山ほど起こっていたし、そしてそれを癒す機会も知恵も色んな形で与えられていた。

そうやって両方向から自分の人生を眺めてた。

まずはホロスコープから見えてきたもの。

反対に今度は自分の人生を、ホロスコープから出てきたテーマに沿って振り返った時に見えてきたもの。

その通りになってた。

理論的(ホロスコープ)にも実践的(過去に起こったこと)にも、一貫して共通のテーマがきちんとあった。

今回基本に立ち返って調べた時にわかったことが3つ。

1つ目は、私は最初の週にいきなり大学院レベルの内容、それも単なる大学院じゃなくて教授になるべく博士課程ばりの内容に手を付けたと思われる。

カタカナ用語たちは、私にはそれが超基本的な用語なのか、それこそ博士課程、教授にでもなるんですか?ばりの超マニアックな専門用語なのか区別がつかなかった(今もどのレベルかはわからないまま)。

だから少しでも自分が気になったものから調べたせいで、私はいきなりそんな高レベルと思われる内容に手を付けた。

情報も少なくて要領をつかめず途中で放置したけど、また巡り巡ってその情報に触れることになって、そこから新たな読み解き方のサイトに行き着くことになった。

その新たなサイトは私に本当に色んなことを教えてくれてる。

そしてそれはホロスコープだけじゃなくて、それを活用しての心理的アプローチもものすごくわかりやすく伝えてくれる。

私はますますハマって、自分独自の読み取り方まで開発してしまった‼︎

その自分独自の読み方のおかげで、さらに私は自分が人生で大切にしたいテーマがもっと明確になった。

2つ目の気付きは、1つ目の話の通り、ピンポイントで欲しい情報がどんどんもらえた幸運に気付いた。

これは私の元々の才覚だと自分では思っているけれど。

ネットでも本でも情報を拾ってくる時、私は文の雰囲気で「役立つ」か「役立たない」かとか、「信頼できる情報」か「はたまた何かの論点がズレてるか」とか、「純粋な気持ちの上で発信されてるもの」か「人を金づると考えて発信してる情報」かというのを嗅ぎ分けるのが得意だったりする。

特に人を金づるとして発信してるかどうかは、もしかしたら発信者本人さえ気付いてないかもしれない微細なズレみたいなのがわかる。

今回はホロスコープに特化して見ていたこともあって、そして最近まで私はひたすら真っ直ぐに発信してる人たちばかりに行き当たってたから気付かなかったけれど、やっぱりそういう手の人はどこにでもいる。

全体を読み解こうとして8問目あたりでつまづいた私は、その言葉の意味を調べるべくネットサーフィンをした。

そこである1人の人の解説ブログに行き着いた。

言葉の感じは柔らかいし、わかりやすく型通りな説明もしてくれてる。

だけど言葉がとにかく心に響かない。

ちなみにその人の仕事やキャリアの読み取り方は本当に王道だと思うけれど、いかんせん言葉がピンとこない。

言葉が難しいんじゃなくて、何かが確実にズレてる。

それが何かというのは最後の方にきてわかった。

その方は東海地区の方で、明日お客さんが北陸地方からやってくるとあった。

私の違和感はそれだった。

何かと言うと、そんなのどこから来ても関係ないと私は考える。

もしかしたらそのお客さんに向けて「待ってますよ」的な意味で書いてたのかもしれない。

だけど私にはそちらよりも変な自己アピール風に見えた。

下世話な言い方をすれば「私はそんな遠方からお客さんが訪ねてくれる有能な者です」と言ってるような感じだった。

別にそれは構わない。

だけど発信されてる言葉がとにかく響かないのは、その人のそういう価値観の置き方にあったんだと思う。

肩書きではないけれど、そういう部分が大事だと思ってる節があるから、その軸でキャリアや天職に関するホロスコープの読み取りを発信されてても私とは違う価値観だから当然響かない。

私が惹かれまくったホロスコープのブログがいくつかある。

その人たちも普通に自分の宣伝もするし、当然お金も絡むからその辺りも普通に情報として書いてある。

だけどその人たちは、自分の持ってる情報を惜しみなく出してる。

そしてその根底にあるのは、その情報を目にした人たちにとって少しでも役立つように、せっかく時間を使って読んでもらうわけだから、本当に大切なことをそのまま発信してる。

そして同時に一般大衆向けとお客さん向けの情報の違いについてもはっきり区別してる。

何かと言うと、一般大衆向けの方は概論というかその基礎となる考え方や知識の部分を伝えている。

ホロスコープは一人一人違うから、当然それを知ってても個人のを読み解くのはまた別の力が必要になる。

それだから、その個人の方はもう完全なる個人対応になるから、そこはお金を払って頼むのが筋だとわかる。

しかもその方たちこそ全国各地からお客さんが来てるもしくはサービスを申し込んでると思うけれど、そんなことはいちいち書いてない。

もしお客さんのことで書くとしたら、そのお客さん向けの情報が一般の人たちにも使えるとわかるものを、本人の了承を得た上で発信している。

その心の軸の部分が何かで、随分と情報の響き具合も変わってくる。

だから、私は今回なぜか自分にとって本当に必要な情報たちにとことん行き着いてた。

おかげで、自分の読み解きを本当に必要な観点から見ることができた。

3つ目は自分の興味関心に沿って調べたことが吉となったこと。

例の大学教授目指すようなマニアックな情報は、私はそれが何かも知らず、だけどそれの説明を最初に読んだ時、すごく大切なヒントになる気がする、というその感覚だけで調べたのがきっかけだった。

反対に言葉や言葉の意味を知ってたら調べなかったと思う。

だって発展的内容すぎるし、基礎もわからない素人が読むにはあまりにも無謀すぎる。

だけど私はそんなこと知らなくて、ただ単にそれが自分を読み解くヒントになってくれる気がする、という思い込みだけで突き進んでいた。

根拠は「自分がピンときただけ」という理由。

さらには後々になって、その超ハイレベルな情報は、一般には扱わないのが普通だし、それを扱うなら基礎+応用をマスターしたら見るポイントらしいこともわかった。

知らぬが仏とは本当にこのことで、私は知らないまま、興味の赴くままに調べまくった。

でもだからこそ、本当に欲しい情報が手に入ったし、そういうものと基礎とを組み合わせてホロスコープを読み解く人たちのサイトにも行き着くことができた。

今書いてて気付いたけれど、私は最初からものすごく良質な情報に行き着いてた。

2月の対面ホロスコープ鑑定では、私という人間がどんな風なのか星から読み取れる情報をふんだんに与えてもらった。

鑑定士さんは最初からホロスコープのことを「魂の青写真」と呼んでいた。

こうした方がいいですよ、こんな仕事が向いてますよ、こんな恋愛・結婚が考えられますとかいうようなことは一切言わなかった。

私が聞いたら初めて答えてくれる、それもとても抽象的に、だった。

でも今ならその真意がよくわかる。

あくまでも人生の主人公は私で星ではないから、ましてや鑑定士さんでもないから、その私の人生に関して決めるのは私だということ、それをとことん大切にしてくれていた(そういうメールも鑑定後に実際いただいた)。

独学で始めた時も、最初は鑑定士さん一押しの海部舞さんという方の一冊の本から始まった。

その方のホロスコープの使い方は「自分を知ること」そして「その自分でどう自分の人生を生きていくか」ということに軸がある。

だからブログを読んだ中に、実際の講座の時はとにかく参加者が自分のホロスコープを見ることを徹底してするらしいことが書いてあった。

その人が答えを言うんじゃなくてとにかく自分自身のものを見てもらうこと。

その部分がやたらと印象的だったけれど、昨日自分のホロスコープを質問に沿って見た時にその意味がやっとわかった。

私が見てたのはひたすら自分だった。

その暗号や記号みたいなホロスコープから私という人物を紐解いてた。

だから人生のテーマだったり、体験することだったり、そこからまた発展させて自分が今後どう生きていくかだったり、そんなことが自然と見えてくるようになった。

先に書いたブログの人みたいに、キャリアや仕事はこの部分を見ますと言って見たとしても、私のは自分が出した答えだけは絶対に出せない。

なぜならそういう見方をしてもそこには一般論から導き出せるものはあっても、私から導き出せるものではないから。

だから一般論から出された答えは、まるで別人の話みたいになってた。

私の場合はこんな風だった。

私という人がどんな設定なのかをひたすら色んな手段で読み解いた時、「傷」とか「癒し」とか「スピリチュアル」とか「統合」とか「書く・伝える」というようなことがとにかく何回も出てくる。

全く違う人たちの全く違う情報に基づいて読み解いてるにも関わらず、いくつかの言葉がとにかく共通しまくっていた。

しかも本の中には1990年代に出されたものもあって、四半世紀前の情報さえあった。

なのに共通してる内容がいくつもあった。

さらには自分の色んな性格を1つにまとめて見ると、これもまた同じようなキーワードが出てくる。

そして自分のこれまでの実体験が色々重なる。

そうやって「心の傷を癒す」という言葉が自分の内側から出てきた。

何もサイキックな能力で導いたんじゃない。

色んな資料や情報を並べた時にたくさんの回数で同じ言葉が出てきたから、それでそれらを結ぶと1つの答えが出てくる、そんな風だった。

「自分を知ることが先だよ」という言葉、本当に納得した。

自分が何かもわからないままホロスコープを読み解いても多分あまり意味がない。

自分を知った上で例えば仕事でも結婚でも財産や才能でも紐解いたらいい。

ちなみに恋愛や結婚の紐解きは、全く嬉しくない情報ばかりがどんどん渡されるから、そこはしばらくお休みすることにした(苦笑)。

良い部分だけを何とか拾い集めても「ますます縁遠いのでは⁉︎」ということばかりが出てきて、私はもう見てもテンションが上がらないから止めた。

そして今そのことを踏まえて2月にもらった鑑定書を読むと、鑑定士さんのやさしさがにじみ出ていて感動する。

「結婚はホロスコープでは、あるかと思います。ただ必ず結婚がしたい強い主張のホロスコープよりは、お互いが自由な関係を求めるようなところがあります。相手と距離を置いておきたいような、常に新鮮でいたい感じがします。これも、ホロスコープにあっても史子さんが本気で結婚をしたいかどうかなので、必ず自分の意志や意図が大切になると思います。」

私が調べた内容はこんなやさしさはなく、かなりボロクソに書かれていた。

浮気するとか、複数の人と同時にとか、体だけとか、情にもろいから変な人に引っかかるとか。

あまりにも参考にならないから調べるのは止めた。

今気になってささっと調べた。

何せ上のような内容ばかりだったから詳しく調べもしなかったけれど、今よくよく見たらなぜ現実は違っているのか、その答えがきちんとあった。

年齢と共に気にならなくはなったけれど、私はある一定の年齢に達するまで、それは20代後半まで、並々ならぬ外見的なコンプレックスを持っていた。

今はもうだいぶその辺りも良くなったけれど、それも含めて自分だと受け入れられるようになったのは随分と後だった。

自分で勝手にコンプレックスに思うと言うよりは、私は外見に関してもかなり四方八方から傷となるような言葉を子どもの頃から受けて、それで大人になった。

一番変えようのないものに対して何か言われるというのは、想像以上に心に暗い影を落とす。

努力で何とかなるものとならないものがある中、私の場合は後者の部分を執拗に言われて、それが後のコンプレックスへと繋がった。

まさかそんなことが今の調べ物で出てくるとは⁉︎

そしてその部分だけは私と似たような配置の有名なホロスコープ家の方がいるらしく、記事によるとその方は痛みを解放してそして傷を芸術的な形で癒すことを体系化させた的に書かれていた。

こんなところでも「傷」だの「癒し」だのと出てくる(笑)。

でもこうして納得できない、まるで自分以外の誰かのことみたいと感じることは、必ずそれに対して答えがある。

こんな風にして私はホロスコープをひたすら読み解いてる。

それは自分のこれまでの色んな不具合に対して、「そういう設定がそもそもあった」と知ること、そしてそれを知るだけで私の場合はとても癒されること。

自分のせいや他の誰かや出来事のせいにする必要がなくなるから、本当に気持ちが楽になる。

すっかりそれで味をしめた私はこれからもホロスコープを紐解くことに全力を注ぐと思われる。

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