2018年4月23日月曜日

たられば話

「◯◯したら、◯◯だったら」とか、「◯◯してれば、◯◯とすれば」という、実際にあり得なかったけれど、もしくは未来に起こりそうにもないことを言う時に使う言葉。

たられば話。

私は過去のことを振り返る時に使う「たられば」はすごく好きだったりする。

どうしてかと言えば、そのたらればではないことが現実として起こったから今がある、そのことがとてもよくわかるから。

だからたられば話をすると、今ある奇跡的な状況に胸が躍ったりする。

又は過去に起こったことの実際のストーリーがとてつもなく深遠でドラマチックだとそれだけで私は感動を覚える。

先週、前の仕事で一緒だったサノさんに会った時のこと。

最近の職場、という単なる挨拶程度の世間話をした時に判明したこと。

私が座ってた席にはすぐに次の新しい人が来ていて、私はてっきり私のしてた仕事と同じ仕事をするのかと思いきやそれが全く違ってた。

新しい方はCADができるらしい。

CADとか普通に言ってみたけれど、実際にCADが何をするものなのか私には全くわかっていない。

図面描くのに使うと仕事で説明されたけれど、あの画面の向こうは私にとって異次元の宇宙空間並みに意味不明な世界だった。

とにかく新しい方はCADができる人で、ほぼほぼCADの仕事のヘルプに入っているらしい。

だから自分の席、もとい私に与えられていたあの席に日長1日座って仕事に当たってるとのこと。

だから私の席から真逆の位置にいるサノさんの隣りに座って仕事をすることは今のところ皆無らしい。

そして私が作業机として愛用していた、その席のすぐ真後ろの大きなテーブルにもほとんど座らないらしい。

同じポジションで入ったにも関わらず、全く別の仕事をしてるらしく、それを聞いて驚いた。

ここからは、たらればの話になる。

私は仕事全体の中で50〜60%はその大きな作業机に座ってた。

しかも最初の3ヶ月は、ほぼほぼそこに座ってた気がする。

私は神様がいるとするなら神様に手を合わせて何百回とぺこぺことおじぎしたくなるぐらいに、そのポジションだったことを感謝してる。

私がその机でしてたことは、誰もが見てれば毎日毎日同じことをしてたから「武士俣さんは◯◯の係」というのが何となくわかると思う。

私はたった一度だけ私の名前を呼ばれた日のことをとてもよく覚えている。

今思い出してもあり得ないことが起こっていて、偶然の仕業にしては出来過ぎだったと思う。

その日、私は担当の人よりファイルをいくつか階下に運んで片付けてきて欲しいと言われた。

キャビネットがパンパンで、新しいファイルを入れるにはスペースを作る他なくて、それで担当の人が不要になったファイル収納Boxを抜いて、下に持って行って下さいと言ってきた。

これもまたよく出来ていて、当時の私はどれが終了分でどれが現在進行形又は未来に使うものか全く知識がなかったから、とにかく言われるがままに運んだ。

これがもう少し後だったら、今度は私が自分で調べてできるようになったから、その後に実際に起こったことは起こり得なかった。

とにかく私は言われるがままに階下に幾つかのファイルの入ったBoxを運んだ。

数時間後、現場に出ていた人が帰ってきた。

その人に呼び止められて、「武士俣さん、△△のファイルを入れるBoxを知りませんか?」と聞かれた。

私は質問よりも、まずはその人が私の名前を知ってたことに心底驚いた。

初日に自己紹介はした。

したけれど、私は知ってる。

「ぶしまた」という音は非常に聞き取りにくいらしく、一発で覚えられる人はすごく少ない。

一度覚えられたら忘れられないと色んな人に言われたけれど、とにかくたった1回、音だけで覚えるのは至難の技だと思う。

当たり前だけど、名刺も私はないから、相手の人は誰でも私の名前を音で覚えるしかなかった。

当時の長は事前にみんなに「武士俣さんという派遣の方が来ます」なんていう、みんなに周知するメールも出さなかったようで、だから本当に私の名前は耳で聞いて覚える他なかったと思う。

もっと言えば、在籍中、自分の名前を表すシールもなければ、印鑑を押すこともない、私だけ不要ということでメールアドレスもない、とにかく個人の名前を表すもので目で見てわかるものは1つもなかった。

女性の事務員さんたちが私の名前を時々呼んではいたけれど、基本的にすぐ近くで呼ばれていたから大きな声で「ぶしまたさん」などと言われることもなかった。

ましてや絡みのない男性陣なんかは、私の名前を呼ぶ用事さえないし、そもそも私の名前が覚えられたかどうかなんて全くもって重要ではなかったし、そしていつまでもいる職場ではないことも最初からわかっていたから、むしろ名前を覚えられてない方が私としては都合が良かった。

だからその人が私の名前を呼んだ時、私はとにかく質問なんて頭からぶっ飛びそうな位に驚いてた。

この人、私の名前きちんと覚えてたんだ、まずはそこだった。

続いては、その聞かれたBox。

私は最初何でないのか思い出せなかったけれど、過去に時間を戻して「そう言えば今日Boxを頼まれて下に運んだなぁ…」ということを思い出した。

とりあえず物を預かって、Boxを探しに行った。

Boxは確かに階下にあった。

だけどこれってあり得ないことだった。

少なくとも私に指示を出した人は、その日の予定も頭の中に普段なら入っているし、だから間違えてそれを下に下ろしてなんて絶対に言わない。

そんな間違いは当たり前だけど、その時が最初で最後だったし、私がある程度慣れてからは私がどれが終わったかを確認してBoxは選んでいた。

だからあの時1回だけ、本当に色々あり得ないことが重なって、それで名前を呼ばれるところに繋がった。

話をCADに戻そう。

CADをたった一度だけ、何かの調べ物でそこだけ使い方を習ってその日だけ作業をしたけれど、それ以外では全く触ることのないシステムだった。

私の教育係の人も私にCADの何かを頼みたくても頼めない状況だった。

いつだったかは忘れたけれど、私は手持ちの仕事がなくなった。

その手持ちの仕事がなくなったことで、サノさんのお手伝いに入ることになった。

それでサノさんの隣りに座って色々話す時間ができて、気付くととても仲良くなった。

サノさんは唯一職場の中で私が心許して色々話せる人だった。

忘れもしない、最初の手伝いの日。

それが入ってからすでにどの位の時間が経過してたのか全く覚えていない。

サノさんは私に
「仕事慣れましたか?どうですか?」
と聞いてくれた。

私は最初から最後まで、サノさん以外の人からそれを聞かれたことがなかった。

聞かれなくてもいいけれど、私はそうして気にかけてもらえたことが本当の本当に嬉しかった。

1日中黙って黙々と自分のペースで仕事を進められていたから周りの人たちにはさっぱりわからなかったと思うけれど(サノさんも全く気付かなかったと言ってた)、私にとってはあまりにも1つ1つの作業が不慣れで管理する資料の数も半端なくて、実はかなりアップアップしてた。

資料なんてどれ見ても一緒にしか見えなくて、それで私はその資料を並べ替える時なんかは、各資料のタイトルを小さく声に出して読み上げて確認しないと、単に見ただけではそれが合ってるのかどうかさえも分からなかった。

サノさんいわくきっちりしてる人というのが私のイメージだったらしい。

だから今プライベートで会うようになって、この間も私の抜けぶりに驚いてた。

私は今回も説明した。

素の自分はすごく抜けてるし管理なんてましてや超苦手分野だから、だから何でも細かく分けて管理したり、細かく手順をメモしてたのは、そういう自分を何とかフォローするためにしてたと説明した。

サノさんは仕事を私に教える最初の頃から、
「わからなかったら何回でも聞いてくださいね〜!」
と言ってくれてた。

サノさんの対応は流行語に相応しい、まさに「神対応」だった。

そしてサノさんは本当にその通りに私が何回も同じことを聞いても一度も嫌な顔をせず、同じことを1から丁寧に説明してくれた。

本当にすごい人だった。

だけど、サノさんいわく、新しい人はCADができるからサノさんの隣りに座ってサノさんの仕事を手伝うことは今のところ全くないらしい。

全てが仕組まれたかのように、私の仕事は生まれていた。

だから仕事をしに行ってはいたけれど、多分私の本当の目的は仕事じゃなかったんだと思う。

仕事の中で生まれた色んなことを体験したり、そこで大切な人たちと出逢わせてもらう、それが本当にあったすべてと言ってもいいくらい。

もっと言えば、CADができない私は、自分の本来の席で仕事をする時間が極端に少なかった。

あちらこちらに自分の身を移動させるのも私はお得なポジションだと思ってた。

なぜなら私の本来の席からは本当に見たいものが見えなかった。

作業机やサノさんの隣りの席はある意味スペシャルだった。

サノさんの隣りの席は1番の特等席で、見たいものが自分の好きなように見れる、誰に遠慮することもなく、バレたらどうしようなんて心配もしなくてよく、とにかく対象が近くを通ればガン見しても気付かれない素晴らしい位置にあった。

作業机は普段はあまり好きなポジションではなかったけれど(見たいものから背中を向けることになるから、何も見えなかった)、時々スペシャルなものをもたらしてくれる席でもあった。

作業机の向こう側は、色んな人たちが普通に行き来する。

しかも私が座る位置からは丸見えで、別に行き来する人を見てもそもそも体の向きがそちらだから、変な違和感はない。

だから頻繁ではなかったにしても、その前を行き来したりする時には私はガン見してた。

当たり前だけど、全員じゃない。

興味の対象だけが来たらガン見、しかも私に背中を向ける格好の時なんて、私は手もしっかりと止めて見ていた。

毎回ガン見するものの、心臓は口から飛び出すかと思った。

それくらい1人で勝手にドギマギしていた。

生理反応みたいなもので、私は自分の心臓がどうにかなることさえももう自分ではどうすることもできなかった。

そしてその席にいたからこそ生まれたやり取りもあった。

今考えたら、本当に丁度のタイミングで私はそこにいた。

さすがに朝から晩までずっとそこに張り付くこともないし、当たり前だけどトイレに行ったりコーヒーを入れに行ったりもしてた。

それは時間にして1、2分だったと思う。

私は1、2分のその瞬間の様子をずっと見てた。

見てたからすぐに相手の困ってる様子はわかった。

だから私は声をかけた。

「何か探してますか?」って。

10月11月位からは私は作業机でする作業が激減した。

だからあの日のあの時みたいに、探し物をしてる人を見かけることもほぼほぼなくなった。

というより、作業机にいないから、そもそもそちらの方に体と目を向けることがなくなった。

本当によく仕組まれてた瞬間瞬間だった。

だからもし私がCADができたとするなら、もし当時の仕事が今のように落ち着いていてする必要がなければ、起こったことのどれもが起こり得なかった。

そしてもう私はそこにはいない。

だから、数ヶ月前と同じ状況はもう永遠に生み出すことはできない。

あの日あの時あの瞬間、起こったことのすべてが一期一会だった。

生涯でただの一度しか起こらないドラマだった。

それを思う時、たられば話をすればするほど、どれだけの奇跡が自分の人生に降り注いでいたかに気付かされる。

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