2018年4月1日日曜日

リセットの日

2017年12月21日〜2018年3月30日  合計100日。

仕事の終了と重なり、有終の美で終わった昨日。

次の100日はキリのいい4月1日スタートにしようと決めた。

だからぽっかり浮いた3月31日は「リセットの日」にすることにした。

リセットしたはずなのにリセットどころかますます勢いづいてビックリした。

これまで無事に仕事に行けたことのお礼を言おうと思って墓参りに出かけた。

お墓に手を合わせてる途中、カバンの中の携帯が鳴った。

私が唯一正社員として働いてた時の先輩だった。

約2年ぶりに話したと思う。

詳細はまた別記事で書くけれど、「ぶっしーに何度も相談しようと思った」ととても嬉しいことを言ってもらえた。

人生の大事な局面のことを話すのに私のことを思い浮かべてもらえたんだと知ったら感無量だった。

先輩の都合があまりよろしくなく、翌日に電話をもらう約束になった。

だから4月1日の初日、先輩の相談からスタートする。

その後、ツタヤに行った。

先日ちょっとしたことをしたら、それに対して謝礼をいただいた。

そのお金は意味あることに使いたくて、それで本を買うことにした。

しばらく少し時間があるから、勉強するのにいいなと思ったから。

本はホロスコープの読み方と捉え方の本を買った。

2月にホロスコープ鑑定を受けてからホロスコープのことを時々調べてはいた。

1つ1つの天体がそれぞれ私という人物の性質とでも言えばいいんだろうか、そういうのに影響を及ぼしていることは鑑定を受けて知った。

でも基礎知識があまりにもなさすぎて色々難しい。

せっかく書いてもらった20枚近い鑑定書もいまいち読みこなせていない。

その時鑑定師の方が口にした名前があった。

ホロスコープの分野で有名な方らしかった。

私は直後に一度その人のブログを見たような気がするけれど、今どきのキラキラ女子の発信なのかと勘違いしてよく読まなかった。

それがひょんなことから先週あたりにその方の書いたブログを再度読むようになった。

何か別のものを読んだらその方のブログもオススメなのかそんな感じで画面に現れたと思う。

開いて読んだら、鑑定師さんが絶賛するだけの人だということがわかった。

私がこの鑑定師さんの在り方が本気ですごいと思ったのと同じ理由でそのホロスコープの人もすごいと思った。

その人は本も出されていて、それがすごく面白そうでわかりやすそうだった。

ツタヤにに行くとその本が1冊だけあった。

帯が折れてるのが気に食わなかったけれど、本そのものはきれいな状態だったし、多分これを買えということなんだろうなと思った。

ペンジュラムもYESを出した。

迷わずに買って、そのままツタヤの中のTULLY'Sで優雅にお茶しながら読むことにした。

土日はいつも激混みで近寄る気さえしなかったのに、なぜか昨日は平日の夜みたいに空いていた。

買った本を早速読み始めて私はいきなり泣き出した。

これまで何百とはいかなくても200とか300ほどのスピリチュアル関係の本は読んだと思う(その位の数の本は手放した)。

そこから知恵をもらったり学んだりすることはあっても、泣くことはほぼない。

ゼロではないけれど、まぁ泣いてもちょびっと。

でもその本は全く次元が違ってた。

29歳あたりから自分の思い通りにいかない人生の存在に薄々気付いていた。

それは個人の努力ではどうにもならないレベルだった。

30歳で日本にドミニカ共和国から帰国して、1から人生の立て直しを図るけれど、ここから私の人生はどこまでもドツボにはまってく。

まさに「崩壊」だった。

自分自身が精神的に病まなかったのが奇跡としか言いようがない。

何年もかかって、ようやく数ヶ月前、数ヶ月も前じゃないかも、2018年が明ける前ぐらいに、もう自分の人生しか生きられないとあきらめた。

みんなが普通にできてることが何1つできてなくて、本当に悩みまくって、どうしたら少しでも自分が納得できる人生を送れるのか皆目検討がつかなかった。

もう色々どこに行こうとしてるのかわからなさすぎる自分の人生にあきらめがつき始めた。

もうそれが私の人生なんだって。

その辺りはまた詳しく書きたいけれど、そんな気持ちのところ、本当にいつぐらいだろう、少なくとも3月に入って誕生日を過ぎたあたりとかだと思う。

自分の人生を生きたいと思った。

そのあきらめの「これが私の人生」と思ったその人生をそのまま生きたい、そう思うようになった。

そうしたらその本にはそっくりそのまま私の心情が書かれていた。

「自分の人生を生きる」と決めた人に向けて書いてる、というような言葉が何回も出てくる。

読んでてボロボロ涙が出てくる。

何の涙かもわからずにどんどん出てくる、TULLY'Sで(苦笑)。

その本に辿り着けたことが奇跡だと思った。

この本はこれまで読んだどんな本とも違っていた。

「自分の人生を生きる」と決めないとわからない内容になってる。

そしてそこに至るまでの人生の学びがないとわからない。

私は数々のとてもじゃないけれど自分1人の力では消化できそうにもなかった出来事たちと向き合わざるを得ず、それで心理療法じゃないけれど心の状態を良くするために色んなことを試した。

思考も感情も魂のことももう本当にあれこれ少しでも気になったものは片っ端から手をつけた。

なんちゃって瞑想や断食やヒーリングミュージックや、本当に何でも気になったらやってみた(そしてすぐに飽きた)。

それらをしてもまだまだ良くならない自分の人生に、何が足りないのか、何をしたらいいのか、何がしたいのか、もうずっと迷宮入りだった。

そういう人生を自分の人生と良い意味であきらめて、でもその中でも少しずつ良くなることもあって、もうそうやっていくしかないなと思えるようになった。

それと同時にここ最近、人生をかけて学んでいきたいと思えることがいくつか出てきた。

オルゴナイトもそうだし、ペンジュラムもそうだし、ホロスコープも他のことも、とにかくいくつかのことが複合的になって学びを深めたいというものが出てきた。

私の中ではそういうことがこれから自分の仕事になってく、そんな風に思ってる(まだその割に何もしてないけれど)。

そうしたものも出てきて、色々不具合もないわけじゃない人生を見て、自分の人生を生きたい、それが初めて出てきた。

その想いはまた別記事で書く予定だけど(あまりに深遠すぎてここでは書ききれない)、そうした想いとそのためのヒントがその本には至る所に書いてあった。

そして訳のわからない涙と鼻が出て、ポケットティッシュを2袋使い切っても足りず、それで飲み物を飲み終える頃店を出た。

ご飯の後久しぶりにゆっくりお風呂に浸かってる時、一体何人の人にオルゴナイトを紹介したのか数えた。

私の先の人が紹介して代理で買いに行った分も含めて27人34個になることがわかった。

まだ全員には手渡せてないし、そのうちの1つは無期休止並みにいつ渡せるのか全く予測もつかないけれど、少なくとも23個は行き渡っていて、次の3個は週明けに旅立つ予定。
(先輩とそもそも連絡取ったのは、オルゴナイトのことだった)

ふと、制作者の方にその方が作ったものがどんなストーリーにその後なったのか伝えたいと思った。

なぜなら私はその20数人分のストーリーをあれこれ聞いてる。

色々有り得ないことばかりが続いてる。

それをせめてその方にも直接お会いして伝えたいと思った。

それができるのは私しかいないし、その情報は私しか今のところ持っていない。

私が口を開かなければその方は絶対に永遠に知ることがない。

その後の私の行動は速かった。

卸しを担当してるマッサージ師さんに直接連絡して、その方に今なら時間の自由もあって相手の都合に合わせて60キロは離れてるその場所に行けるから、直接会ってお話ししたいと。

その思ったことと物理的な可能性とを両方伝えてもらえないかお願いした。

二つ返事ですぐに連絡を取ってもらえて、そして全く使いこなせてないFacebookで繋がることができた。

まだ相手の方と直ではメッセージの行き来がなされてないけれど(私は送った)、多分近いうちに会えると思う。

ということがリセットの日に起こった。

自ら起こしたことももちろんあるけれど、何だか不思議なことがいくつもあった1日だった。

私の次の100日は、「自分の人生を生きる」と決めた上で始まる。

まだまだ怖いことも踏ん切りつかないこともたくさんある。

だけどもうそれでもいいんじゃないかと思った。

いや、ダメだと自分に駄目出ししたところですぐに何か変わるわけじゃないから、それなら否定するよりバガボンのパパみたいに「これでいいのだ」と開き直る方が精神的に健全だと感じる。

今年の誕生日、友達から「これでいいのだ」のバカボンのパパの待受画面の写真をもらった。

本当にその通りの人生なんだと思う。

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