2019年12月31日火曜日

今年の一文字「結」

今年の一文字。

今年はなんとなくやりたくなって、それで一文字選んでみた。








が候補に上がったけれど、どれもピンとこなくてやめた。

自分の弱さをたくさん見たなとか、激しい1年だったなぁとか、色んな形で動いたなとか、じっと静かにタイミングを待ったなとか。

でもどれも一部であって全部じゃない。

そこで「全部」と感じられる自分の今年に当てはまる漢字を他に探した。

「結」

しっくりきた。

「結ぶ」

今年は色んなものや人と新たな縁が出た年だった。

人はもちろんのこと、自分自身の気持ちと結ばれたり、自分の持っていた回路と結ばれたり、自分の能力と結ばれたり。

「繋がる」ではなくて「結ぶ」「結ばれる」の方だった。

繋がるの方は、なんとなく自然派生的に繋がっていくイメージがある。

その一方で結ぶは、自分の意志があって初めて人でも物でも自分と結ばれていく、能動的なものを感じる。

今年の大きな特徴の1つに、年初めの1月と年終わりの12月とではまるっと繋がっている人間関係が違うこと。

こんなにも違う年は初めてだと思う。

年初めの頃の人間関係を私はほぼほぼ断ち切った。

その事さえも、「繋がらない事」を選んで、繋がらない道と自分とを結んだという感じがする。

今年は前半と後半とで丸っと違っていて、前半はとにかくしんどいことがいくつも続いた。

そして、前半の私は、良き人間関係を自ら断ち切るとはいかがなものかと思った。

私が離れようと決めた関係は、どれもとてもお世話になった関係ばかりだった。

離れようと考える自分の方がどうかと思った。

だけど、私の中にある小さなひっかかりをどうしても無視できなかった。

小骨が喉に引っかかったみたいな違和感が心の奥の奥の方に余韻として残る。

たくさんの良きこととたくさんのお世話になったことが99.9%だとするなら、余韻の部分は0.1%未満となる。

私が選んだのはその0.1%の方だった。

それを無視して関係を続けた場合、その先の自分にどうしても明るい展望を抱けなかった。

その余韻部分というのは、本当に小さなことなのに、いつまでも自分の中で自問自答するようなもので、いつまで経っても消えないものだった。

思い出すと明るい気持ちになるものではなく苦しくなったり、自分が自分に対して選んだものが果たして合っているのか自信が持てなかったりするものだった。

渦中は渦中すぎてわからなかったけれども、今は離れて良かったと心底思っている。

あの当時の悶々としたものをもし今も持っていたとするなら、とんでもなく気持ちや自分自身が重たくなっていたことだろう…って簡単に予測ができる。

離れた人間関係の共通点はそこだった。

会ったり話したりした後に、悶々とする何かが必ずと言っていいほどあった。

それは私が持ちたいものではなかった。

そして、悶々とする先に、自分で自分の価値がわからなくなった。

誰かや何かの良きものとするのに適合した私は良くて、でもそれをやると自分が消耗することになってばかりいた。

この答えは、この2ヶ月ほどで取り組んだ米の仕事で知り合ったヨシダさんの農業資料作りの手伝いや、長年の友達の伝書鳩と会計監査役をしてはっきりとわかった。

実務面で言えば、圧倒的に資料作りと会計監査と伝書鳩の方が面倒だった。

面倒で手間暇かかって、やっていて楽しい作業とは絶対に言えなかった。

だけど、取り組んでいる時も終わった今も「関われて良かった。関わらせてくれてありがとう」という気持ちでいる。

いつになるかわからないけれども、私がそこでのやりとりを通じて見たもの感じたものは、今後全力で言葉にしていこうと思っている。

変わらない何かがそこにはあって、そして私が私のいる意味を見出せる、そんな風に感じられるものがあった。

このブログの中では色々言うし、弱音も文句も不満も山ほど吐き出したりはするものの、1つだけ私が本気で信じていることがある。

私は私の可能性に賭けているし、たとえ社会的にものすごく小さくなって隠れていなければいけないような状況の時でも、私が最後ギリギリのところで持ち続けているのは、自分の道が必ず拓くことを信じる気持ちだったりする。

断ち切った人間関係において、1つ大きなところは、私のそうした信じたい気持ちを踏みにじられてしまうことだった。

相手の人たちは何気ない気持ちで口にしたにしか過ぎないだろうと思う。

もしくは良かれと思って言ってくれたかもしれない。

だけど、そうしたものが私には凶器にしかならなかった。

家にほぼほぼ引きこもるみたいな、メンタル的には一番弱っていたような時が続いていたからこそ、小さな言葉や態度は私の奥深いところを刺した。

自分でも自分の先や未来なんかわからない。

しかもこれ!と言い切れるような何か手にしたいものもない。

何かあればすぐに「何で私生きているんだろう?」って暗く考えてしまうし、体が元気な自分を見て「今日も生きるんだな…」とかなり後ろ向きに思うことはたくさんある。

そうした自分ではあるけれども、私はこんな自分でも生きてていいんだということをあきらめたくない。

そして生きてるからには何かがあると思っていたい。

何かというのは、希望的な何かを指している。

そういう気持ちの部分に影が落ちていた。

相手のせいとは言わない。

だけど、どこかで私が否定されたり、利用価値のある私だけが必要とされた時に、私の中の何かがはじけた。

私からすると、私の尊厳に関わるところが完全に崩落してしまう、そういうものを相手の人たちは無意識に向けてくるところがあった。

だから0.1%のことであっても見過ごせなかった。

自分の中の一番守りたいところがグラグラする、そうしたことが続いていた。

だからあの重さは、そうしたことからもたらされるもので、私は当然耐えられなかった。

人間関係すべて失うことになるのを覚悟した、と今振り返って思う。

どの人たちも素敵なところがたくさんある。

世話にもものすごくなった。

その人たちなくしては、今の私が今の私にならないこともわかっていた。

今の私になるために、その人たちがしてくれたことは本当に偉大で、それは今でも本気で感謝している。

だからそうしたものをわかっていながらも私の一存で離れようとした自分は究極のバカだと思ったし、何してんの?ともものすごくたくさん思った。

もうそういう人たちには出会えない、それも何度も何度も思った。

そうした覚悟で1人また1人と離れて完全にリセットがかかったタイミングの後、占星術講座で一緒になったノムと個人的にやりとりする関係性が生まれた。

ノムは本当に色んなことを私にもたらしてくれているけれども、多分一番大きいのは、私を私の可能性を本気で信じてくれることだと思う。

ノムと出会った時も私はすでにニート真っ盛りな時期で、ノムにはわりかし早い段階でそのことを告白していたと思う。

ノムは事情を知らない頃から私のことを良い風に思ってくれていたけれども、私は最初の頃それが逆に心苦しかった。

もし私の素性を知ったのなら、ノムはどう反応するのか予測がつかなかった。

ニートな私が言う言葉や考えは、私の素性が明るみになったら綺麗事に思われるかもしれない…、そんな心配をした。

1つまた1つと知り合ってそして自己開示をしていくうちに知っていった。

ノムは私のことを外側についているもの又はついていないもので判断しない人だということ。

そして私が1つまた1つと色々言うたびに、ノムはそれでも私のことや私の可能性を全力で信じてくれた。

そして私のしてきたことや現在進行形でしていることに対して、本当の価値をそこに見出してくれた。

ノムは私が信じているものを、ノムも同じように信じてくれる人だと知った。

ノムも全力で自分自身を信じて、周りが何と言おうと自分の中にある絶対を大切にしている。

自分の中にあるものをたくさん言葉にしようとする習慣のあるノムは、私の言葉にできない部分をよく言葉にしてくれる。

そんな風にノムと過ごすようになって、私はV字回復のように人間関係や自分の心に大きな変化を得た。

ノムが登場して以降、ノムが紹介してくれた人たちや、自分が動いた先にいた人たちと新しく関係が始まったり、はたまた長年の付き合いのある友達とのやりとりが復活したりしている。

リセットされた後の人間関係には年初めのような重たさや悶々感はなくて、本当の深い部分で自分がそのままでいて大丈夫、という類いの安心感がある。

相手から必要とされる時も、本当に私は便利屋でも都合の良い友人でもなく、私という人が必要とされているというのを感じる。

そして、私の生き方でも考えでも、それが相手と違うからと言って否定されることもなければ、それと私の存在意義がごちゃごちゃにされることもなかった。

違いも含めて私を大切にしてくれる、そういうのを今年の後半は感じることが多かった。




「結ぶ」

自分で結ぶことを選んだ人間関係、反対に結ばないと決めた方の「結んだ道」、どの結ぶも絶対に自分の気持ちが一番にあった。

自分がどうしたいのか、それをひたすら丁寧に丁寧に聞き取るようになって、ようやくこの1年の後半で自分の気持ちと選択とにズレが少なくなってきたと感じる。

「やりたくない」とか「嫌」とか「関わりたくない」とかそういうのももちろんある。

万年文句垂れぞうな私がいきなり改心してそういう気持ちがなくなったなんてことは一切ない。

でも代わりに、「やりたくない」なら「やりたくない気持ち」と、「嫌」なら「嫌な気持ち」と、「関わりたくない」なら「関わりたくない気持ち」と自分とを結べるようになってきた。

自分に嘘が少ないというのはとても楽な状態で、そうしたことができるようになったのは今年の大きな収穫だったなと感じている。

今書いてて思った。

「結ぶ」っていうのは、言葉を変えると「選ぶ」っていうことだなぁって。

選ぶことは何もハッピーでウキウキするものだけじゃない。

痛みを伴うものや苦しくなってしまうものもある。

ただそのどれの場合も、自分の気持ちに一番近いものを選べば、その時々は痛みや苦しみがセットでも後から癒される。

もし私が「お世話になったのに関係を切るなんてありえない」としたのなら、関係はもしかしたら続いたのかもしれないけれども、自分はいつもどこか重たさがあって、自分の気持ちを無視している分苦しくなって、今みたいな自分とは違っていたと思う。

「ご縁を大事にする」という世間一般で言われる価値観ではなく、「0.1%程度の小さなことだけど、私は納得できない」自分の感覚を優先できたことが大きかった。

どちらを大事にしても間違いじゃない。

だけど、私は外の価値観ではなく自分の感覚や価値観を一番にしたいんだと気付いた。





「結ぶ」とした中に自分の持っているものと結ばれることも今年は含まれた。

2つ前に『おいせさん手帳』と題して、ノムのお誘いのおかげで書く仕事の完成品の宣伝をした。

最低限のきまり(文字数や日にち、日本的な〇〇の日の時季的な暦の内容を盛り込むこと以外は自由だった)を守ったのなら、あとは自由に表現して良いという中で、私は初めて自分の中に出てくるものを外向けに言葉を紡ぐという作業をした。

それはこのブログや手紙、他の諸々の書き物とは全く次元の違うもので、言葉と自分とを結ぶ作業みたいな感じだった。

言葉がスルスルっと出てきて、自分自身もその言葉に包まれるみたいな、なんとも言えない不思議な感覚だった。

どこかに習いに行ったり誰かから教わったとかではない。

それはひたすら自分の感覚と繋がっていく、結ばれていく、そういうタイプのものだった。

今思うと、それができたのは、自分の中にあった異質のものたちを1つ、また1つと整理して、自分の中で噛み砕いて、それで自分の中がある程度きれいに整って、そこに自分の中にあるものと結ばれるための土台が作られたからだと思う。

そして自分の中にあるものと結ばれて知った。

本当にそれが自分のもので生まれ持ってきたものなら、とてもスムーズに事が運ぶということ。

私は当時20数個のメッセージを紡いだけれども、私が唯一そのためにしたことは、自分の中にあるものを言葉にするために、自分の状態を整えることだけだった。

ウンウン唸りながら言葉を紡ぐなんてことはしなかった。

スルスルと出てくるために、時間を作って、気持ち良くそこと繋がれるように自分の内面や目に見える外面(部屋の掃除で整えられるもの)を整えるだけで良かった。

そんな風にして、自分と自分の持っているものを結んだ。

そうやって自分の本質を出迎えたりもした。




色んなものと結んだ2019年。

来年は本当にどうなるかわからないけれども、この1年で結んだものは今年だけじゃない、これから長い時間結ばれていくものという予感がする。

そういう気持ちでこの1年を締めくくれたことはとても大きい。

「結ぶ」というのは、辞書によると「つなぎ合わせる」とのこと。

つなぎ合わせることのできた色んなもの、繋がることのできた人との縁、そういうものをこれから長く大切にしていきたい。

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