2019年12月30日月曜日

2019年ラスト心のボヤキ

超個人的なモヤモヤをこれから掃き出そう。

嬉しい言葉をもらった。

本当に嬉しかった。

だけど、脳内ではお願いしなくても別のテーマとその言葉を重ね合わせる。

同じ土俵に乗せること自体おかしいのもわかっているし、またもや妄想炸裂みたいな話なのもわかっている。

でも、自分がずっとこんなことを続けるのかと思うととてもしんどいし、とにかく外に出してしまいたい。

また何も起こらないと思っている。

だけど、こんなのをまた来年も自分の中で続くのかと思うと、自分の中の何か大切な部分がシクシク、チクチクと痛みを覚える。

すべてはなるようにしかならない事もよくよくわかっている。

起こらないことはどこをどうやっても起こりようがない。

だけど、そうだといくら頭で考えても納得できないものは納得できない。

書いたからと言って納得できないこともわかっている。

書くから納得できた!とならなくても、「伝える」ことでせめてもの納得を得ようと思っている。

一体全体私は何をしているのだろう…と思うけれども、もうどうやっても色々おかしいから、そのおかしいことや納得できないことをせめて100から99に減らせないかと奮闘して書く。

自分の欲深さや業も丸出しでかなり恥ずかしいことではあるけれども、そうやってしても伝えたいから書く。
2019/12/23 お昼過ぎ




上の続きを書く前にもう1つ付け足してから話をしたい。

これを書く前に『職場の風景』と題したブログを先にアップした。

時系列で言うと。

23日……激情型
24〜25日……穏やか型
26日……覚悟型

と同じ内容に触れるにしても変わっている。

まずは、激しい気持ちが、どちらかと言うと責めたくなるようなそういう手の激しさがドバドバと自分の中から出てきた。

それはこの後書く。

そして、何がきっかけかもはや忘れたけれども、途中からは穏やかな気持ちに推移した。

その穏やかな気持ちで書いたのが過去の職場で私が見ていた風景だった。

その後、本当に書くかは今の段階ではわからないけれども、年末年始を迎えるにあたって毎年恒例のごとく自分の中に強い余波を残しているものと、じゃあそれはそうと私がどうしたいのかを書けたらいいと思っている。

自分の本心を口にすることは、覚悟を問われる。

今日は〇〇が食べたいなみたいな話は緊張も何もないけれども、自分の気持ちや考えを言うのは覚悟がいる。

焦っているのとは違うけれども、来年2020年の自分のことを想像する時に、来年はもっと色んなことを言えなくなるかもしれない…と思う。

これだけ言ってもダメなものはやっぱりダメだから、ダメならダメで自分の気持ちの軸を少しずつ変えたい。
2019/12/26




年末年始は少し気持ちが重たい。

2年前、聞いてもいないその人の年末年始の恒例行事的な約束を知った。

その人はライブなのか音楽フェスなのかに出かけるらしかった。

1人じゃない。

相手がどんな人かまで、なぜか情報はやってきた。

聞いてもいないその情報は、真偽のほどはわからなくても私を大きく打ちのめした。

ちなみに、実際の関係性は知らないけれども、2年前の年末年始は面白いことが起きた。

その話を聞いた瞬間からそのことがずっとずっと頭にあって、気がおかしくなりそうだった。

さらにその時は魂の関係について暇さえあれば毎日調べていたから(毎日毎日、仕事行っていたにも関わらず最低1時間以上はやったと思う)、そうした情報だけはものすごい勢いで吸収していった。

調べた中で、そうした魂の関係の強い人に出会うのは、霊性開花のためとあって、私はそんなのは本気でいらなかったし、何が悲しくて一緒にもいられなければ、さらに本人はもういないのにどうしてそういう余計な情報まで来るのかと思っていた。

一緒にいられなくてもせめて情報はいらない。

苦しいことばかりが続いて、霊性開花なんぞくそくらえぐらいに思っていた

霊性なんかいらないから、その人と会える時間をくださいと思った。

そしてどういうわけか聞いていないのに知ってしまったその人の個人の予定なんか、記憶ごと消し去ってください、と本気の本気で願った。

1年の垢落としに天然温泉が良いと聞いて実際に出かけたけれども、温泉に入ろうが記憶など抹消されるわけもなく、悶々とする気持ちは続いた。

自分でも、認めたくなかったけれども、自覚は少しずつあった。

不思議なシンクロとか、とにかく私が自分の道にきちんと進むような、それらのメッセージを伝える人たちが次々に現れていた頃でもあって、色々普通じゃないことは気付いていた。

今(2019年)はまだかなりマシになったけれども、当時は今以上に反発も強ければ、絶対に信じない、自分の希望が何も叶わないのに何でそのわけのわからないことばかりが起こり続けるのか、そんなのは気のせいだと思おうとした。

そして、その人の年末の予定を聞いて、ますますその人と私とは何の関係もなくすべて自分側の一方的な気持ちや出来事だったんだと全力でそのように結論付けようとしていた。

というそんな時に、奇跡は起きた。

温泉に行く時も私は迷子になって(iPhoneでマップを見て進んだにも関わらず)、私は帰りはペンジュラムに聞いて進んだらどうかと思った。

そんなこと一度もしたことがなかった。

自分の気持ちはブレブレだし、メンタルは叩きのめされているし、色々ダメだと思って、ペンジュラムには何の期待もしなかった。

だけど、私はその時おかしなことを思った。

「もし本当の本当にその人が縁のある人なら、私にそうだとわかるサインを見せて欲しい」

大真面目にそう願ってからのペンジュラムを使っての運転だった。

ペンジュラムの道案内は本気で凄まじかった。

民家が建ち並ぶ道や見知らぬ地元民しか知らなさそうな道をバンバン案内された。

ペンジュラムまで狂ったと私なんかは思った。

最悪iPhoneでナビしたらいいと思っていたから、ペンジュラムへの期待もほぼほぼゼロで、まさかペンジュラムが道案内をしてくれるわけない、その人もその人の人生をいくから、その人と私とが交わらないように、ペンジュラムも道案内なんて芸当をするわけないと思った。

どこをどう走っているのかもわからず走っていたら、なんとお目当てのコンビニのある大きな国道の交差点に出た。

本当に驚いた。

ペンジュラムはまさかの道案内を完璧にして、しかも私が肉まんを買いたくて行きたいと思ったそのコンビニをピンポイントで案内した。

同じ道を走れと言われても私は同じ道を走れないし、夜だったから余計とどこをどう走ったのか知らない。

ペンジュラムはその時単なる道案内をしたんじゃなかった。

私がもう何も信じない、関係なんてあるわけない、すべて自分の勘違いで何か激しすぎる思い込みでひと夏が存在していて、その夏にたまたま相手の人がいるだけだった、相手の中から私は消えただろうし、相手は相手で新しい生活が始まっているから私はもはや何の人でもない、それがすべてだと思った。

そう思った矢先のペンジュラムの道案内で、ペンジュラムは完璧すぎるパフォーマンスを目の前で披露してくれた。

絶体絶命とは違うけれども、本当に何かを信じることも怖ければ、すべて否定して自分をなだめるくらいしか方法が思い浮かばなかったその時に、ペンジュラムは奇跡を見せてくれて、そっと私に寄り添うようにそこにいてくれた。

今でもあれが何かなんて言葉では説明できないけれども、ペンジュラムはそんな風にパワーアップする時は、どういうわけかその人が絡んでいる。

何でそうなのかは知らないけれど、実際にそうなっている。




その時に少し気持ちが落ち着いた私は、肉まんを買い終わると、今度はすぐ近くの大きな川の前の駐車場を目指した。

私にしたらすべてが始まった場所だった。

その川の駐車場は、その人の転勤を私の当時の教育係から聞かされた日の昼休みに行った場所だった。

ごはんに誘われたことが本当に嫌だったようで、あからさまに嫌そうな態度を目の前で見て、私はもうそっとしておこうと思っていた。

仕事に超行きにくかったけれども、元々仕事上絡みがなかったからそっとしておけば良いと、それで表面上だけでも穏便にできると考えた。

その2日後の朝、転勤を聞かされて、私は茫然自失となった。

その日の昼休みこそ、ペンジュラムが初めて新しい動きを見せてくれた時だった。

ペンジュラムの動きは決まっていて、当時は時計回りのYESと縦揺れのNOしかなかった。

それ以外の動きをしたことないって知っていたから、私はわざとそのペンジュラムを使って賭けに出た。

他の動き方を絶対にペンジュラムはしないって100%確信していた。

もしペンジュラムが見たこともない動きをしたのなら、私は自分の気持ちに従って動こうと思った。

そんなこと起こるわけないと知って、それでペンジュラムを手に取ってペンジュラムの動きを見たのが、その川の近くの駐車場でだった。

そこでペンジュラムは予想だにしなかった動きを披露して、そしてそこが私にとっての転機となった。

ペンジュラムがそのような新しい動きを見せてくれなければ、私はその後実際に動いたようには動かなかった。

その人が1人でいそうなところを狙って話しかけに行ったり(←撃沈)、嫌がらせみたいな長さの手紙を書いて渡したり、そういうおかしなことはしなかった。

その時のことがなければ、私は多分今は全く違う人生を歩んだと思う。

ペンジュラムがナビを完璧にしてくれたことで、私はそのさらに3ヶ月以上前に起こった新しいペンジュラムの動きを見た川へと出かけた。

この話には起承転結はないけれど、2年前の年末の風景は今も強烈に自分の中に残っている。

すごく悶々としていた自分と、その人がいたことで私側の人生のあれやこれやのスイッチが入ることを色々思った。

まさかその時、当時のことがその後2年もズルズルといくなんて、想像さえしていなかった。







「もし俺があと20若かったら、おまえさんに結婚を申し込んでた。

俺は女遊びはたくさんしてきた。
してきたけれども、翌日になると忘れる。
全部忘れる。

でもおまえさんは違う。
おまえさんは美人じゃない。
だけど、会うと翌日も印象に残る。
こう、何て言うかな、自分の中に残る」


これはクリスマス前の週末に米の仕事で知り合ったヨシダさんと飲んだ時に言われた言葉だった。

ヨシダさんから預かった農業の資料を作り終わったから、それを渡すのと一緒にヨシダさんが飲もうと誘ってくれてた。

これは単純に言われて嬉しかった。

私は美人じゃないし、男の人たちが遊びたくなるようなそういう女の人ではない。

ヨシダさんは70歳で、70歳からしたら40歳の私は若いだろうし、その差がこうした言葉を引き出せたのかもしれない。

そこにプラスして、私がするヨシダさんの資料作りはヨシダさんにとって想定外のことだった。

ヨシダさんが思っていた以上のことをどうやら私はしているらしい。

「ここまでしてくれるとは思ってもみなかった」と何度言われたかわからない。

そういう諸々がプラスアルファであったから、言われた言葉だったのかもしれない。

誰かの中に印象に残るというのは、とっても嬉しいことだった。

ヨシダさんはこうも言った。

「おまえさんはまだ飲み足らない」

そう言ってもっと飲めと言ってきたのだけれど、私が十分に飲んでるから大丈夫と言うと「いやいや、まだまだだ」とヨシダさんは言う。

ヨシダさんいわく、
「おまえさんは飲むとほんのり顔が赤くなる。
今日はまだ赤くないから、だから飲み足らない」
とのことだった。

そんなこと、飲むようになった年齢の頃から初めて言われた。

私はいわゆる酒豪、ザルと呼ばれるアルコールガンガンいけるタイプで、これまで色んな人たちと飲んできたけれども、誰もそんなこと私に言ってきたことがなかった。

飲んでもほぼ普段と変わらないし、たとえ多少上機嫌というか少しばかりテンションが高くなっても、絡むとか泣き出すとか怒り出すとか触るとか、そうした厄介なことは一切しないし、飲めば飲むほど相手側が深い話ができたりもするから、私はこれまで何人かの男友達や職場の男性たちから「一緒に飲みやすいし、楽しく飲める」と言ってもらえた。

実際に相手の人たちが酔い潰れても私は平気なんてこともざらにあるから、飲んで可愛く酔える女の人たちがある種羨ましく、あんなのは私は飲んでてもシラフとほとんど変わらないから、絶対に酔ったフリとか相手に擦り寄るとか絶対にできない。

飲める男の人たちと同じペースで飲めてしまうし、酔わないしで、飲んでいる時に何か私の変化について言ってきた人は、ヨシダさん以外には誰もいなくて、だからヨシダさんがが初めてだった。

しかももっと言うと、それは相当きちんと見ないとわからないことで、普段私は「飲んでも顔色ひとつ変わらないね」と言われるから、本当によく見ないとわからないことだと思う。

そんなやりとりがあって、2つのことを思った。




1つには、癒された。

ヨシダさんと会う数日前のことだったと思う。

職場であまりにもわからない内容を英訳する関係で、依頼者の設計男子が私と私の教育係の2人を連れて製作現場に行って具体的なものを見せて説明してくれた時があった。

今の職場には数百人従業員がいるかと思うけれども、女性はどんなに多く見積もっても数十人しかいない。

「女というだけで珍しい」みたいな環境下で、特に製作現場は99%男と言っても過言じゃない。

そんな場所へと行った。

設計男子の知り合い的な人たちに途中会った。

本当は見せたかった機械が1つも見当たらず、どうしたのかを設計男子は聞いていた。

その人たちいわく、みんな出荷されて出払ったとのことで、その短いやりとりの間の本当に小さなことだった。

3〜4人ほどいた男の1人の人が、話そっちのけで私の頭からつま先まで一巡して品定めするかのように見ていた瞬間があった。

それが好意的な視線とは違っていて、ブスだと言いたいのか、あの体型無いわと思っているのか、真相はわからないけれども、決してそれをされた側は気持ち良くはいられないタイプの視線だった。

こんなこと滅多に起こらないけれども、その時の私はその様子を見て少なからず傷ついた。

言葉にすると伝わりにくいけれども、好意的ではない、悪意とも違うけれども、品定め的な感じで見られるのが本当に嫌だった。

私の教育係の女の子みたいな可愛さや可憐さはなく、そちらと比べたら同じ女として私側はかなりいたたまれなくなる。

私は心底嫌だったけれども、人としてましてや社内の人なわけだから変な風にもできないから、他の人たちにするように会釈して、顔も相当表情に気をつけて笑いはしないけれどもそこそこ愛想良くするくらいのことはした。

でも内心は、本当に嫌で、あの目線1つに傷付いた私がいたのも本当だった。

そんな風なことがあった後のヨシダさんの言葉で、本当に嬉しかった。

ヨシダさんの言葉は好意的に見てもらえてることが伝わってきたし、同じ見るでも全然中身は違う。





ヨシダさんの言葉を振り返った時に、もしかして…と、少しよりもかなり、期待したことがあった。

ヨシダさんは私のことを「印象に残る」と言った。

もしかして、その人にとっても私は印象に残る人となったのかもしれない。

美人ではないし、その人の好みやタイプは知らないけれども、何も私をより好むなんてことは考えられない。

だけど、私という人物そのものは何かしら印象に残ったのではないかな…と思った。

本気で私が受け付けられなければ、私の書くこの文章をその人は読まないと思う。

ごはん行くとかはごめんでも、ブログを読むのは嫌ではないのだとするなら、ヨシダさんが言うように「印象に残る」ものを私が持っている、と思ってもいいのかもしれない。

心には残る、私の立ち位置はそういうものなのかもしれない。

ましてや魂の関係なら、余計とそうなんだろう。

なんだかよくわからないけれども、とにかく何かしら余韻が残る。

そういう感じの存在なら、なんとなく今の状況もこの2年ほどの状況も納得がいく。

別にブログを読むだけなら、形ある関係性は要らないし、そんなのなくても自分の読みたい時に読みたいものを読みたいペースで読めばいいわけだから、そういうことなら今の状況は、私の中で納得はできないけれども説明としてわからなくもない。





これはその人とは関係ないけれども、ヨシダさんみたいな感じで私を見てくれる人と一緒になりたいと思った。

私は美人とかスタイルが良いとかでもなければ、ある時はズバッと物を言って男の人たちの怒りの琴線に引火したり(←悪意はないけれども、私の無知さや世間ズレな部分が成果とか肩書とかを重視する男の人たちを過去に何人か怒らせた)、女子力も高くなければ、格好も適当、太ってもダイエットしないし、色々抜けてるところや欠点となるところを挙げたらキリがない。

だけど、自分という人間そのものに興味を持ってもらえるとか、飲んだ時の小さな変化に気付いてもらえるとか、そういうのは嬉しい。

外見的なものやふるまい的なもので勝負などはなからできない私は、そういう「個性」と呼べるべき部分を見てくれる人となら、相手の人も私と楽しく一緒にいられるだろうと少しは思う。

私に美貌だのスタイルの良さだの目に見える女子力だのを求められても、残念すぎるくらいに何も提供できない。

相手の人が私と一緒にいられて良かったなどと思ってもらうには色々ハードルが高いものがあるから、だから私に興味のある人とならその人も私といられて良かったと思ってもらえるかな…と想像する。

もし残りの人生でそんな人と出会えたとするなら、それは人生最大の奇跡になるなぁと今から想像している。





ここからが毒吐き本番。

ヨシダさんの言葉を後から振り返った時に、どうしてその言葉を私は言って欲しい人から言ってもらえないのだろう…と思った。

結婚を申し込まれたいとかそんなハードルの超高いものではなく、一緒に飲みたいでも時間を過ごしてみたいでもそのように思ってもらえないことがもどかしかった。

すごい悔しいと感じることもある。

ブログは読んでくれるのになぁ……、会うのや連絡するのはそんなに嫌なのかと思ったら本当にやるせない。

これを書いている今、超激情に呑まれていた時のようにはもう書けなくなっている。

毒という毒が次から次へと出ていた。

それが今は出てこなくなった。





2019/12/30

年の瀬も迫る今、今年のうちにアップしたいものはアップしようと思っている。

ご縁が無いというのはどうにもならない。

それは願ったり祈ったりしたら手に入るものじゃ絶対にない。

今日の昼間、高校からの友達に会ってきた。

みんなそれぞれ生きている世界は違うものの、今も繋がっている超希少な関係にある。

その中の1人が最近あった出会いについて話をした。

友達が婚活的な出会いの場に出かけた理由は、色々あった時に誰かに甘えたい、そう思って行ってきたとのこと。

そして、いざ1人の人とやりとりが始まったら、相手の求めているものが自分にとって重たいもので、自分は今の今、すぐに結婚したいのとは違うと気付いた、と言っていた。

既婚者たちはさらにすごい言葉というか、リアルな日常を教えてくれた。

「自己処理」

要は、色々重なって誰かに甘えたい、話を聞いてもらいたいと思っても、物理的に家族はいても家族は甘えられる対象ではない、むしろ旦那に話をしようものなら逆に疲れるだのしのごの言われてケンカの元になるから、だから余計なことは言わないのだそう。

そして、行き場のない気持ちや想いは誰かがいても結局は自分1人でなんとかするしかなく、そうなると最終的にいつも「自己処理」になる。

そのように既婚者たちは言った。

ちなみに自己処理が積み重なった結果、友達の1人は医者通いしないといけなくなったぐらいに体の一部に異変をきたした。

何でも口にするタイプの友達が体を悪くしたというのが本当に驚いた。

結婚しても夫婦の関係は出来上がるものじゃない。

ましてや寂しさや心許なさが薄まるということはないと改めて知った。





ふと、私は気付いたことがある。

私はどんなに強烈な状況下にあっても、男の人に甘えたいとならない。

何でもかんでも自分1人で何とかしようとしたり、1人で抱え込む方が楽だと思っている節がある。

甘えるのも本当に下手くそだし、自分の本音を上手く伝えられない。

そして、くだんの友達が言うように、いざ出会いがあって相手が気に入ってくれても、自分側が同じ温度で相手を想えないことや相手が気に入ってくれていても自分側がその人と結婚したいと思わなければ重たく感じることもあって、色々上手くいかないと説明していた。

そこまで聞いて、あれは本当に奇跡的な出逢いだったんだと改めて思った。

理性も常識もぶっ飛んで一緒にいたいと思える人と出逢えるなんて本当に普通にないことなんだと知った。

それってすごくしあわせなことなんだと思えた。

結果はどうあれ、この年になってそんな人と出逢えることがすごいと感じた。

行きも帰りもその人の誕生日のナンバープレートを見かけた。

行きは目の前を走る車がそうで、帰りはゴチャゴチャした道で対向車を優先させるのに止まった場所からちょうど見える位置に車が1台止まっていて、その車がそうだった。

年内はあと出かけない予定だし、年明けも今のところ家にこもる予定でいる。

しばらくは外に出ないだろう時に、そうやってその人の誕生日のナンバープレートをタイミングよく2台も見れて、今年も無事に年を越せそうだと思えた。

年の終わりにそのようなラッキーアイテムを見れて、それだけで私は気持ちが上向いて明るくなれた。

こういうところは自分のおめでたいところだと感じる。

その人から一緒に過ごしたいと思ってもらえた女の人たちというのは何と羨ましいことかと思うけれども、自分はそういうのは手に入らない代わりに、自分の気持ちを立て直したり温めたりする方法を手に入れることがもしかしたらしあわせに繋がるのかもしれない。

私のしあわせ定義とズレているだけで、本当はそれが大事なのかもしれない。

今でもその人の人生の中に自分もいたかったと思うし、一緒に時間を重ねたかったなぁと思う。

でも叶わないなら叶わないで、誕生日のナンバープレートを見て今年1年の締めもバッチリと結論付けられる自分は凄いし、暗く沈んでいるよりも頭の中お花畑みたいな明るい方が良い。

音楽イベントも格闘技も年越しそばもお雑煮もおせちも年賀状も、ありとあらゆる年末年始の1ページに私は加われないけれども、距離も時間も関係なく好きなように自分の気持ちを愛でられるのはある意味とっても恵まれていてしあわせなのかもしれない。
2019/12/30  21:43






結局のところ、読み返すとすごい毒吐きはしなかった。

毒吐き的な言葉や想いが一番強く渦巻いていた頃(クリスマスが終わったあたりだったと思う)、私はやるせなさと悔しさともどかしさみたいなのがあった。

ブログが届くと知った私は、さらに自分の欲を強めた。

2年前の秋の私は、ブログが届くなんて全く考えられなかった。

どんな確率かと思った。

ゼロに近い確率に賭けた。

たしかに私は文章を書くことに苦手意識はないし、普段から私生活でも仕事でもあれこれ記録することに慣れていたから書き続けることに対してできるかな?みたいな不安は一切なかった。

なかったけれども、書けるからと言って書き続けられるわけじゃない。

書き続けるには、それを支えるだけの気持ちがないと実行できない。

力を出す時に、どの部分を使っているのかを見る。

何とも重たい話かもしれないけれども、その人にまつわる何かを書く時の私は全身全霊という言葉がぴったりで、そうなってしまうくらいに「どうか届きますように」と超真剣に祈りながら書いている。

それがいつしか「届いたらいいな」から「届いているかもしれない」へ、そして「確実に届いている」に変わっていった。

今でも忘れられない。

2年前にその話をその時仲良くしていた子にした時に、「そんなことってある?何でそう思えるの?」と言われた時があった。

本気で悔しかった。

だけど、私が信じられたのは、その小さな可能性に賭ける自分の気持ちだけだった。

どんなにおかしいと思っても、私にはそれしか信じられるものがなかった。

魂の関係云々も、本当にそうだと知るのはもっと後の話で、それだって今も半信半疑みたいな気持ちもある。

その小さな可能性に賭けた私の願いが本当に叶って2年ほど。

欲とは恐ろしいものでもっと欲しくなる。

ブログを読んでくれるのなら、連絡くれてもいいじゃん!とまた勝手なことを思ったりする。

なんなら少しくらい会う時間を作ってくれてもいいのに…みたいな。

ちなみに私には何の記事がよく読まれるかまでわかるから、ついでに注文を付けると、他の記事たちももっと読んでくれたらいいのにな、なんて贅沢なことを思っていたりもする。

あまりにもたくさん読まれているものに関して、私は1〜2ヶ月に1回、自分でも読んでみようと試みている。

自分で書いといてなんだけど、最後まできちんと読めたためしがない(途中で飽きたり、長いと思って流し読みを私はする)。

どれも何がそこまで面白いのかさっぱりわからない。

そのわからない面白さよりも私書き手としては、こっちの方をもっと読んで欲しいのに…なんて思っていたりもする。←自分で自分が超面倒くさい。

今日、友達と会った後にハイスペ男子から連絡が来た。

私の知っている人の中で5本の指に入るハイスペ男子だと思う。

ハイスペ男子からは、共通の友人に会って私の話が出てきて、私の消息が気になりますとあった。

ハイスペ男子はその後続けて、ダウジング的なことはどうなったかも聞いてきた。

ハイスペ男子とやりとりして、その人も実はそういう変わったジャンルの変わった人に興味がある1人なのかもしれないと思った。

その人は私じゃなくて私の変わっていることに興味があるだけなのかもしれないな…なんて思った。

ここ最近、友人ノムから私の世間ズレしている「異端」と呼べるものが具体的にどういうものかの説明を何回かに分けて伝えてもらった。

内容は割愛するけれども、それは異端であると同時にそれを見た人たちからすると忘れられないことにもなったりする、というようなことを教えてくれた。

その人からしても私は異端だったのかもしれないし(一応普通の社会人風は装っていた)、それこそそういう意味でインパクトがあって印象に残る人なのかもしれない。

いずれにしても、ブログはどういうわけか届くようになって、今という時を迎えている。

これが一般的な人なら、何でごはんを一緒に食べるのは断ってブログは読むの?何なのそれ?となると思う。

私はその辺りそんな風には考えなくて、ごはんはごはん、ブログはブログ、もっと言うと2年前は2年前・今は今と思っている。

だから今から連絡1つあったのなら私はスーパーウェルカムだし、ごはん行こうなんて言われたら私は喜んで出かけていく。

あと、気になるのかもしれないから情報提供すると。

私が東京でホロスコープを受けた先生は、「リマーナすず」先生。

占星術講座の先生で個人鑑定もされているのが「桐吉謳子」先生。

すず先生の方は予約して受けれるのが1ヶ月先とかになるかと思う。

桐吉先生は春先まで骨折の自宅療養中で、それまでは鑑定休止と言っていたけれども、ゴールデンウィークの頃には鑑定を再開するかなと思う。

2人とも変わってなければ90分4500円で、対面だけじゃなく電話対応もしてくれる。

万が一武士俣鑑定希望なら、個人的に連絡くださいだし。

話を戻そう。

私は自分の気持ちが変わることを願ったりもしたけれども、これからだっていつ何時それを願うか知らないけれども、それでも少なくとも私は連絡が欲しいのも時間が欲しいのも全く変わらずにここまで来てしまった。

ブログは見つけてもらえたことも相変わらず嬉しいし、読んでくれてありがとうと思っている。

どんな気持ちで読んでくれているのか興味津々だし他にも聞いてみたいことはたくさんあるけれど、それがいつか本当に聞ける瞬間が訪れたのならとっても嬉しいし、そんな日が本当に来たのなら夢のようだなと思う。

私は常に一方的で、その人にはこの一連のことがどんな風に映っているのかを知らない。

だけど、私が色んなことを思ったり感じたりしたように、その人だってその人にしかわからない思いや感じがあったと思う。

いつかその人の時間軸と私の時間軸がもう一度交わることがあったのなら、本当に素敵だなと思う。

交わり方も第一希望は何回も何回も普通にやりとりできるようになることだけど、それがたった一度超ショートメールとか超ショートタイム的なやりとりでもいい。

このよくわからない状態に私も悶々とはするけれども、でもそれをネチネチと言ったり責めたりする気持ちはない。

私にとっても訳が分からないように、その人にしてみても訳が分からないこともたくさんあったんだろうと思う。

結局聞かずじまいで終わったけれども、その人のことを一言も話に出したことがないのに、その人がどういう人かということを突然私に伝えてきた霊視ができるヒーラーさんに去年の今頃だったと思うけれども、言われたんだった。

ヒーラーさんいわくあまりにも特殊な関係らしく、本人はただただ混乱するばかりで自分じゃ事の次第や何がどうなってるかなんて説明できないと思います、って。

本人からしても「これは何なんだ??」となって全く理解できない状態なんじゃないかと、この辺りは霊視して言っているのかヒーラーさんの個人予測で言っているのかわからなかったけれども、そのように言っていた。

だからホロスコープの記事をたくさん読むのかしら。

変な関係だよねー、なんかよくわかんないよねー、と言い合えたらどんなに良いかと思う。

これでこのことをこの記事の中で書くのはおしまいにするけれども、そもそも書こうと思ったのは、私のスタンスや気持ちを明らかにしようと思って書き始めたんだった。

覚悟を決めたと言ったのは、そこだった。

きちんと自分の意志表明をしようと思った。

かなり恥ずかしいけれども、何考えてるのかわからないではなく、せめて「私の考えはこれこれこうです」とわかるようにしておきたいと思った。

連絡は年中無休で待っているし、無視したり辛辣な返信をしたりもしない。

連絡が欲しいし、本当にやりとりできるようになったら良いなと思っている。

重たいと思われてもおかしくてぶっ飛んだ人と思われてもいい。

そのどれでもいいから、いつかのタイミングでやりとりできますように、とまた今年の年の瀬も一夜明けて新年迎えてもそう願うだろう。

今年1年も私は心の支えとしてその人のことがあったのは変わらずだった。

色々思うけれども、そういう人を心の中でもそっと持てるというのは本当に幸運なことだと感じている。

今年1年もありがとうございました。

おかげさまでなんとかなった1年。

ありったけの感謝を込めて。

2019年大晦日

(完)

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