2019年12月11日水曜日

サイボーグなオペレーター


2019/12/10の朝焼け

2019/12/11の朝焼け





またもや途中シリーズをいくつかアップしていこうと思っている。

時系列もはちゃめちゃだけど、せっかく書いたし、この1年はあまりノートに何かを書かなかったから、覚書も兼ねてアップしたい。

ネタだけは毎日毎日いくらでも出てくるから、その中でも厳選して「これは!」と思うものを綴りたい。

ちなみに昨日(12/9)の夜にやってきたフレッシュな最新ネタは、ネタなんて呼んじゃいけない、とても大切な「生きる」ことの話だった。

友達の1人が東日本大震災の後もずっとずっと継続して被災地のいくつかの現地に入っている。

なんならこの週末も友達は現地入りしていて、私に電気の餅つき機の動画を送ってきた、しあわせのお裾分けと言って(笑)。

そこで友達はインタビューをひたすらしている。

そのインタビューの生の声を聞かせてくれて、それをブログに書くことも快諾してくれた。

友達の話は、どれもこれも言葉を失うものばかりだった。

生きることの本質を問う話満載で、凄かった。

九死に一生を得た人のインタビューも中にはあった。

間違いなく「心の時代」が到来する。

今私のところには、とにかく不思議と色んな情報が集まる。

その情報たちが何なのか、まだ点と点で全然繋がらないけれども、集まって印象に残ったものは極力文章に起こして発信したいと思っている。

なぜなら、その中に確実にヒントがあるから。

何がどう繋がるかわからないし、単なる私の自己満足みたいになって終わりかもしれないけれど、でも確実に意味のない情報は来ないと思うから、来たものは極力発信しようと思っている。

そんな前置きの後の今回の話は、またもや愚痴満載みたいなものだけど、これもまたこれで対比材料として大きな役目を果たすと思うから、あえてアップしたいと思ってアップする。
2019/12/10




家に残るための手段を確保するために始めた仕事探し。

1つ目は不採用だったけれども、個人的に面白い点というか毒吐きというかがあるから書いてみようと思う。

ここは本気で条件だけで選んだ仕事だった。

ただ最初から懸念事項があった。

名古屋にいた頃、私は人生で初めての派遣社員なるものになった後、いくつかの派遣会社に登録したけれども、数年の間に10社近くは何だかんだと登録に行ったと思う。

最初の3社ほどは大手の派遣会社で気付かなかったけれど、何社目かに小さな派遣会社に行った。

そこは今でも忘れられないけれど、派遣会社の中でも最低ランクで、別に派遣会社でなくても一般企業としても最低だった。

例えば、きちんとした履歴書の持参を催促されて登録会に持って行くと、普通であればそれを預かって終わりで、登録希望者(派遣希望側)が再度その場で入力することはない。

だいたいどちらかで、その場で希望者が入力するから履歴書・職務経歴書不要となるか、そうでなければきちんとした履歴書・職務経歴書を持参して、それを派遣会社側が入力するかのどちらか。

そこは、きちんとした物を持参させた上で、さらにもう一度今度はその会社のシステムに入力することをさせられた。

この二度手間はなんなんだ!?と思った。

さらには、怪しいと感じたことがいくつもあって、そこは早々と断って二度と関わらなかったけれど、そこがもっとやばいと知ったのはそれからしばらくしてのことだった。

別の大手の派遣会社に行った時にもらってきたきちんとしたパンフレットに見覚えがあった。

あれ?と思って家に帰ってから見てみたら、なんとそのやばい方の派遣会社は、大手の派遣会社のパンフレットをそのまんまコピペしていて、それを安い印刷で済ませたことがわかった。

よその会社のパンフレットをコピペして自社のパンフレットにするって、その会社以外そんなところはなかったから、派遣会社云々と言うよりも会社自体がおかしな体質なんだと思った。

そういうので会社の本質や体質が出るんだなとわかって、派遣会社だけはそれ以降選ぶようになった。

基本、派遣会社は大手や大元の親会社がきちんとしているところにしか行かないようになった。

そして、これは派遣に限らず、心理のプログラムとか各種スクールとか、そうしたものを見る時に私はかなりな確率で「代表者」とか「社長」のメッセージを見に行く。

それを見ると大体その団体のカラーがわかるのと、大事なものが伝わる度合いも見えてくる。

で、今回の1つ目の仕事の会社は、超きっちりはしているけれど、とにかく中身がない感じがした。

社長メッセージがひどいもので、何1つ伝わるものがなければ、私には1つとしてまともに読める文章がなかった。

国会の答弁みたいな文章で、これで何をこの人は伝えたいんだろう?と思った。

会社自体は一部上場でも、本当に何か大切なものが欠けてしまっている気がした。

これは勝手な想像だけど、最近ニュースになった関西電力の菓子折りの下に札束が入っていた、ああいう世界がリアルにありそうなだなぁという感じ。

申し込むにあたり、これまでの職歴を打ち込んでいったけれど、とにかく細かく聞いてくるところで、私は8個書いた。

途中嫌になって、1つはとうとう省いた。

これ長続きしなくてダメな人として見られる典型的なパターンかと思うけれども、私からすると、世間的な評価はさておいても、とにかく色んな世界の色んな仕事や人を知ることができたのは今となっては財産だなと思っている。

そして、ついでの話だけど、それだけ色々見てきてもやっぱり最後はどんな仕事や役職や肩書、立場でも、どの人もみんな「人」だというのは感じたし、どの人も等しく生きているというのも思った。

とかいうことが、多分あのコテコテの理論武装型のホームページの会社からは、粗末に又は雑に扱われるだろうことはなんとなく想像がついた。

2時間コースで自己プロフィールを何とか完成させた後、1時間くらいすると、その会社から電話がかかってきた。

人生の中で当たったオペレーター的な人の中で、ダントツで機械音声みたいな話し方をする人だった。

呆気にとられたぐらい。

丁寧だし言葉遣いもきちんとしているし、質問にもテキパキと答えてくれるんだけど、とにかく感情がゴッソリ抜け落ちてる。

この女の人、大丈夫だろうか?と、私が心配することじゃないけれど、本気で心配になるくらいだった。

本物のコールセンターは2つ、他にコールセンター機能兼の職場が3つ、合計5つ行ったから、中で働いている人たちの様子はわかる。

そして普段の生活の中でも、注文や故障なんかがあればコールセンターに電話するから、オペレーターの様子はけっこう数としてはそこそこ知っていると思う。

史上最高にサイボーグ型のオペレーターで、ほんと機械とやりとりしているみたいだった。

社長のメッセージや会社の理念なんかにものすごく似通ったタイプのオペレーターという感じだった。

で、これもまた不思議な話というか、これ資本ってどこから出ているの?と思ったこと。

今回の仕事は、ネットでしか見たことがないけれど、まるで東京の派遣の時給みたいな金額が設定されていた。

確実に名古屋の派遣の時給の相場よりも数百円上回る。

ある商品の導入をするための飛び込み営業が仕事だとサイボーグオペレーターの説明によって知ったけれども、それでもその時給や交通費などの諸経費のカバーなんかは、どこがお金を出すのかな…と思った。

私が想像するに、これ国が絡んでいて、相当な税金が投与されてるんじゃないのかと思った。

たしかに国が推進する一事業ではあるから、国からの補助金があってもおかしくはないけれど、名古屋のような地方都市ではなく「田舎市町村」のレベルに東京的な時給を発生させるのは普通に考えて難しいし、そして契約取れて導入したからと言って、そこからの契約料のペイバックなんかたかが知れていると思う。

どう考えてもおかしい背景がいくつも裏側に潜んでいる気がしてならなかった。

日本経済はたまた日本社会の闇の部分がかなりそこと癒着しているように感じる。

という印象の会社だったわけで、私の経歴側に問題ありだったのかは知らないけれど、そこは行く必要がない、縁のないところとして終わった。




ここからガラリと話が変わるけれど、今回の2時間コースの入力の時に、入力する際に初めて意識が違うところに飛ぶ場面があった。

緊急連絡先のところだった。

毎度毎度、緊急連絡先を書く時、「いつかは続柄に『夫』って書きたい!」と妄想する箇所ではあるけれど、今回だけはその妄想は登場してこなかった。

初めて、父の名前を入れることに、それが当たり前ではないことに気付かされた。

ずっと普通に緊急連絡先はいつも父だったし、そこに何かを思うこともなければ、それがいつかそうではなくなるなんて想像したことさえなかった。

初めてその部分に疑問が浮かんだ。

2019/11/9




ーーー2019/12/11  追記

父の続きの話。

10月〜11月頃の体調の悪さはどうなったのやら、父は普段の調子に近いものを戻しつつある。

結局のところ原因不明のままだから、また近いうちに何かしら検査は必要かと思うけれども、どうしたことか父はとにかく一時より確実に体調は良くなった。

看護師の友達から、もし検査結果異常なしなら、具体的に何科の何の検査を追加で受けたらいいのか、父が精密検査を受けた翌日に教えてもらった。

その友達の話も書き途中になっている。

当時の友達とのやりとりがなければ、私は今頃もっと不安だったかと思うけれども、あの時に1時間以上に渡って友達が電話越しに事細かに説明をわかるようにしてくれて、とても助かった。




上に書いたものは、先が長くなさそうな父のそばにいようと考えて、ひとつ目のフルタイムに申し込んでダメになった直後の話。

その時には全く選択肢にもなかった仕事に就いたわけだけど、結果的に出社当日の朝に知らされた配置替えの仕事、当時からすると仕事を探し始めて4つ目、正しくはここに書いた仕事の前に受けようとしていたものも含めたら5つ目のものに決まった。

これもまた昨日(12/10)女上司の人から初めて聞いたことだったけれども、実は私の前に別の人がエントリーをしていたとのこと。

ところが、会社の判断でその人の英語力では務まらないだろうと考えて、採用見送りになった。

ちなみに見送りになった人の方が、ビジネス英語を使う職歴を持っていて、そちらの方が確実に実務をこなせたと思う、私からすると。

ところが私の方が単純にTOEICの点数が高かったから(点数だけはたしかにズバ抜けて良い)、という理由から、英訳どころか英語関連の職歴ゼロの私に会社はあえて打診したという、すごい話だった。

しかも会社にとっても前代未聞の採用の仕方で、当たり前だけどその打診を受けた私もまさか出社初日の開始5分前に言われるなんて、事実は小説より奇なり状態だった。

女上司に私は当日の朝、それこそ敷地内の駐車場内で派遣会社から初めて話をもらったと言ったら、相手もひっくり返りそうなぐらい驚いていた。

社内ではさすがに前の週で話は動いていたけれども、社内の方でもバタバタで何も決まっていないままとりあえず私に打診してからどうなるかを決めようとしていたようだった。

その仕事になったおかげで、夜はいつも父と同じ時間にごはんを食べれるようになった。

実は、仕事がキャンセルになった英語の仕事以外の他の3つなら、父とごはんを食べるようには絶対にならなかった。

なんなら、始業が早いから、終業も17時前で、その後家に帰って私がごはんを作る日も週の半分以上を占めている。

昨日は
・かぶと肉そぼろの煮物
・白菜とあさりのグラタン
・レンコンと紫玉ねぎのサラダ
なんかをパパっと作った。

こうした諸々の話も書きたいけれど、とりあえず仕事探しをしていた11月の話は一旦終了。

個人的に、上の仕事は採用見送りになったけれども、2時間も実に無駄な入力の時間を費やしたけれども、受けて良かったと思っている。

世の中のある仕組みの裏側を少しだけど見れることになって、私はその裏側こそ大切なものが含まれていた、正しくはそちらは欠落していた裏側を見れた。

その裏側は相当裏に何かをはらんでいる気がするから、もしかしたら今日今すぐではなくても、これが1年2年と時間が経過した時にかなりおかしなことが発覚するんじゃないかとひっそりと思っている。

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