2019年12月10日火曜日

武士俣流:世の中の見え方

〜はじめに〜

これから紹介するのは完全に個人のボヤキだけど、この話はみんなどこか繋がっていると思う。

先日から、どういうわけかそのような話が続いていて、一見1つ1つは無関係みたいに見えても、実は根底は同じものだと思っている。

そして、そこで感じていることが、おそらくこれからの時代を大きく左右するんじゃないかと思っている。







私→ノム

今日さ、◯麺とかを手掛ける本社の会社がテレビに映っていてね。
そこは高層ビルの30階とかで、すごいオシャレなオフィスなのね。カフェみたいなオフィス。
だけど私は一瞬だけ映った「新規開店部署」みたいなところの仕事の説明を見て(ヒルナンデスというお昼のバラエティ番組で、「ここは何の会社でしょうか?」みたいなクイズ形式のワンシーンだった)、それ見ただけですごい違和感を感じた。
洗練された都会のオフィスの人がクリック1つで次の新規オープンが確定するみたいな。もちろん下調べをしてると思う。だけど、現地も見たのか見てないのかは知らないけれど、テレビの向こうでは少なくとも見ていなくて、じゃあ次はここにしましょう、ここなら集客と儲けがたくさん見込めるでしょうみたいなデータ分析の結果1つで店がオープンする。
なんだか、人のことを、そこに携わる人たちのことを馬鹿にしているというか、敬意がないなぁと感じた。
その人のワンクリックで、ものすごい沢山の労働力が動く。たしかに労働市場に貢献するかもしれない。だけど、◯麺のスタッフの人たちは、地域の最低賃金なりそれに少し毛が生えた程度のお金で、信じられないくらいのマニュアル、それを徹底した労働力を提供する。食材を運ぶドライバーさんやその食材を作る農家さん、そうした人たちにも想いを馳せて、クリックすると次の新規開店を目指してるとはとても感じられない職場風景だった。そういう現場を支える人たちもそのオフィスみたいな優雅さがあるかと言えばそんなの皆無で、こうしたギャップは個人の好き好きとして片付けていいものとは少し違うように感じている。
消費者のニーズに応えるのも大事だけど、それ以上にそこに関わる色んな人たちが少しでも幸せそうに無理なく働ける、そして働いたことに対して本社の人並みに何か保証がある…、そういうのでないと、何もかも虚構の世界だなぁなんて私は思ってしまったよ。
そんなの無理だろうけれど、きれいなオフィスだけじゃなく、現場の店舗もそしてそこの休憩室も映して欲しかったな。現場も同じくらい大切にしてると感じたならまた違う風に映ったのかもしれないけれどね。



今回の様々な人とのやりとりから、一気に世の中の裏側というか、裏方で本当に信念持ってお仕事や活動している人たち4人に触れて、ものすごく考えさせられた。
色んな立場、色んな背景があって当たり前とは思うものの、今騒がれている安倍晋三事務所が大きく絡んでいるんじゃないかという桜を見る会とか、ああした権力争いや支援者集めに特化した軸も信念もないようなものから、儲け主義に走るものから、そして一言聞いた瞬間言葉を失うくらいの衝撃を与える真の、本物の命のバトンリレーみたいなものと。
最後の命のバトンリレーみたいなものは、目立たないし見えない。それは派手さもなければ、世の中に広く紹介もされてないし、知られてもいない。だけど確実に息づいてる。そして、小さな個人1人の小さな動きでも、聞いた瞬間百のことが伝わる、そういうものだった。
そうしたものが大事にされる社会がいいと本気で思った。◯麺みたいな高層ビルのおしゃれオフィスの仮面かぶりまくり、仮面かぶってることすら本人たち気付いていないみたいなのじゃなくて、洒落っ気もなければ綺麗でもない、だけど情熱や覚悟だけは半端ないみたいな、そういう世界の人たちの話を立て続けに聞いて、何か感じるものは言葉じゃ言い表せないようなものだった。



ノム→私

仕事ってことにフォーカスされているというか、目下のぶっしーのテーマみたいなときに、◯麺のテレビを見ているのも面白いね。ぼくは、プロフェッショナルという番組に出てた掃除のエキスパートに人が、フジテレビに番組に出るにあたり、打ち合わせにテレビ局へ行った際の密着映像を見たんだけどもね。彼女は、普段から、掃除が行き届いていないところを見過ごせないらしく、局に入ってから、打ち合わせの場所まで行くのに、ストレートに向かえば5分で着くところが、あそこもここも気になって1時間かかってて(やらせ的なこともあるのかもだけど)。とにかく、一見綺麗な、あるいは外から見ると綺麗でオシャレなフジテレビも、彼女の目には「ひどい!」ってなところで、滞在しているうちに「かゆくなってきた」と言い、「ここで働きたくありません」と言って帰ってた。なんか、ぶっしーの感じた◯麺のことと、ちょっと通じるものがある気がする。表面をとりつくろうとも、見る人にはごまかせないというか。ハリボテというか。かゆくなるような環境って、なんというか、精神的にも、ぞわぞわしそうだなー、って思う。一見華やか、中身は劣悪、みたいなね。

本当に今、そして今後は、これまでまかり通ってきたいびつな仕組みやら形は破壊されていくのかも、と、あらためて思う。風の時代になり、再生フェーズに入ったら、「あの頃はなんで、あんな嘘みたいなことがまかり通っていたんだろう?」と、世の中が反転しているかもだよね。今はほんとの端境期。これまでの型にこだわるほどしんどくなりそうだよね。



私→ノム

ノムのフジテレビの掃除の話、◯麺、そして私のこの度の英訳の仕事のキャンセルの話、なんかみんな同じだなぁと思った。
英訳の仕事のキャンセルは全然いいのね。そうなるべくしてそうなった流れだと思うから。
だけど私がこのことに違和感を感じたのは、固有名詞出した方が話しやすいから出すけれど、☆☆社って言う会社なのね。長岡市民からしたら、☆☆社って豊田市のトヨタ自動車みたいな企業なわけ。だから、企業の母体はでかいし、細々とした名前を聞いただけじゃ何の部署か想像もつかないくらい、とにかく色んな部署がある。
今回応募したのは、従業員1万5千人ほどの1人のポジションだったわけで、そんなのいくらでも吐いて捨てる駒なのは重々承知している。
なんだけど私が不誠実だなぁと思ったのは、今回私が応募したことで、実は社内の部署合併の話が持ち上がっていて、そもそもそのポジションを残せるかどうかわからない状態になって、それこそそうしたでかい会社の部長級の人たちで予算も含めて話し合うみたいな状態だったことが、派遣会社にしてもその時に初めて知らされたことなんだよね。
それがもう結果が出る、という直前のことで1日2日待つ話ならまだわかる。だけど、1週目の‪金曜の午後‬に私がエントリーして、2週目の水曜日に派遣会社の担当、内勤、営業2名の人がわざわざご丁寧に電話してくるも「(実はこれこれこういう状況で…の説明の後)まだ結果が出ないみたいでもう少しお待ち下さい」ってなって、それで‪金曜日の夕方‬に電話してもまだ結果が出ないと。朝の時点ではまだ動きが入っていませんでした、なのでまた確認して多分来週になります、ごめんなさいと言われた。ちなみに派遣会社は何も悪くない。
で、3週目の月曜、それは昨日ね、朝イチに近い時間で電話きて、☆☆社から仕事のキャンセルが来たと。
これね、私が☆☆社の正社員とか契約社員を申し込んでいてのこの時間を置くのはわかる。だけど、本来なら、社内で選考したり手続きしたりが面倒なのと、期間雇用的に今人が早急に欲しいということで派遣会社に求人を依頼している。向こうからしたらひとコマの人間でも、その1人の人生の時間、生活もあるわけで、そこには全く想いを巡らすことのできない人たちなんだなと思った。自分たちにとっては1週間以上結論を先延ばしにして相手をどうにも動かせなくする(応募上、他と並行はできないシステムになっている)ことなんか痛くも痒くもないわけで、別にそれはかまわない。実際に私も延びてくれたおかげでやれたことはたくさんあったからね(苦笑)。
だけど、毎年それこそ20年近く前から、だから私なんかが新卒と呼ばれるような時代から、新入社員の入社式には親を呼ぶような会社でものすごい福利厚生のしっかりとした会社で、表面的には人を大事にしている。でも、末端の人間でまだ見知らぬ誰かなら大事にしないできない、それが今回ものすごくはっきりとした。
メール1通、電話1本で良かったと思うよ、今社内での部署編成をしているから英訳の求人を今一度保留にして募集をストップしてくれませんか?と。予算が組めてまたお願いするでも、反対にこの度は求人キャンセルにしても、また決定次第すぐにご連絡します、の一言がなぜ言えない?と思った。
根回しできないような、小さなことに気付けない、大事にできないような人たちが今の日本の大半なのかもしれない。そしてそういう人たちが経済を支えるんだけれど、そりゃ崩壊するよね?と思った。経済破綻というより、システムの破綻というかね。人間を大事にできないシステムは必ず崩壊する、と私は思っている。
だってどんなに小さな仕事でも、それがロボットではなく人間がするのであれば、そこには必ず感情があるし、その人を大事にするのは当たり前のことだと私はずっと思っている。
話は少し変わるけれど、児童養護施設で働いた5年半のうち、4人の保育士トップ、保育園で言うなら園長にあたる人にあたったんだよね。特に最初の人はその中でも一番すごくて、まずは誰よりも毎日朝の‪3時‬間、又は夜の‪3時‬間だけ来てくれるパートさん3人を一番大切にしていた。給料は一番安いのに一番大変な時間を朝のパートさんは週6、夜のパートさんは法律的な雇用調整のために年に2回10日間休む以外は年中無休で来てくれてて、さすがに新人の私でもそれはものすごいことだと知った。
だからトップの人はお金はどうにもできない分、自分が夜勤明けとか日勤で特に担当する仕事がない時は、その人たちを仕事終わりに呼んで30分位、夜のパートさんも終わった後のほんの10分15分ね、「お茶入れたから飲んでって!」と誘って、一緒に茶菓子食べながらなんてことないおしゃべりをしていたの。月にそれぞれ3回ぐらいは最低でもしてたんじゃないかなと思う。そして必ずその人たちにお礼を言って、その人たちのおかげで施設が回ってるということも常々言ってた。実際にそうで、私たちが‪朝の6時から‬出勤することはないわけで、その部分を本当に手伝ってもらっていた。夜もパートさんが10日間休む時は私たちの勤務が特殊になって(日勤遅番の組み合わせで超キツかった)、ほんとに来てもらうことのありがたさはよくわかっていた。
だけど最後のトップは異動でいきなりトップとして入らなきゃいけなくて、そしてこの人というのがほんとに役立たない、気付かない人で、お礼の1つも言えない。お礼言わないならまだしも、パートさんたちの在り方で自分の考える保育と違うとパートさんたちにいきなりダメ出しを直に出す、なんなら保育理論まで持ち出して指導する。そんなんだったから全然合わなくて、パートさんたちも毎回怒って大炎上していて、なぜか若い私が当時からパートさんたちの話を聞いてなだめる役目だった(笑)。
それはそうと、末端の人を大事にできない人はダメだなとその時は日々その光景を見て感じていたし、それは今も変わらずに思う。
ノムのフジテレビで掃除のインタビューを受けた人も、◯麺の本社のワンクリックで新規出店とかふざけたことをまるで正しいと信じてる人も、今回の☆☆社の担当者も、みんな共通していると思う。
そうした1人の人間をどこまで大事にできるか、たとえ見えなくて生涯で直接会うことがない相手でもそこに想いを馳せて関われるか、それがいかにできるかできないかで今後の世の中のあり方は変わると思う。







元々の用事を話し終えた後、すーさんに「ねぇ、話すっごい変わるんだけど、ちょっと聞いてもいい?」と話をものすごい変えて聞いてみた。

「日本で働くおじさんたちは、みんな感情が死んだようになってるのは当たり前なの?」

すーさんに、来月から年度末まで派遣の仕事に行くことになったこと、そこに行ったら面談に同席したおじさんたちの感情が死んでいたことなんかを言った。

面談の様子を少し言っただけですーさんは
「ぶっしー、そこでかい企業だね」
と言った。

小さな情報1つですぐにわかるってすごいなぁと思いつつ、すーさんがどうしておじさんたちが感情が死んでいるのか、どうしておじさんたちが疲れているのか、それ故にどうしておじさんたちが的外れな質問を私にしてきたのか、それをわかりやすく解説してくれた。

すーさんも大きな企業で管理職しているから、自分の会社の例はね…、などと話しながら教えてもらった。

すーさんの説明の前に、私は1つ本当に疑問に思っていることも口にした。

「すーさんあのさぁ、何で命が絡んでいたり誰か死ぬかもとかじゃないのに、間に合わない、間に合わないって言って、常に急いで常に残業して、それって何なの?
人が死にそうならそりゃ急がなきゃなのはわかるけれども、別に今日やることをやらなくてもあしたも普通に来るのに、何でそんなにも急ぐの?そりゃ売上とかに関係するかもしれないけれど、そんなの無理に合わせるより、1日遅らせてもいいから目の前の人たちが少しでも働きやすくすることの方が大事じゃないの?」

30代の私は、営業とそして裏方事務だけども常に期限が付いている仕事をした時に、毎日毎日それらの仕事を不思議に思っていた。

裏方事務に関しては、トイレに行く時間もないくらいに本当に常に色んなものに追われていた。

変な社内ルールがあって、初期対応を問題発生後3日以内に行うというもので、それとは別にずっと継続している案件も同時進行で行う。

さらには待ったなしで来る顧客対応の各種電話にも出る。

だから、初期対応+継続対応+緊急対応を同時進行で行う。

それが慣例だったからそのようになっていたけれども、私は今でもその仕事は本来なら各対応ごとに人を1人配置してもいい仕事量だと思うし、本気でミス1つ許されない、ミスが出ると大きな金額の損失か大型の顧客クレームに繋がるから、常に緊張感の高すぎる内容をやり続けていた。

あの時の毎晩夢の中でも仕事をしてうなされて朝起きるとグッタリしていたことは忘れられない。

でも私は今でも思っているけれども、それを明日に繰り越しても、本気の初動部分以外は実は明日でも1週間後でも「差」はなくて、そんなの誰も死なないし命に関わるわけじゃないんだから明日でも明後日でもいいじゃん、と思っていた。

国は今「働き方改革」とか言っているけれども、本気で法律出した方がいいよと思う、命に関わるもの以外の業務は、人が自殺したり心身の病気になるような期限やノルマを課すのは禁止!!!って。

だって業務量は減らないのに働く時間だけカットされたら、その減らない部分の仕事はどうするの?と思う。

本気で人死ぬよ!というのが何故にわからないのか、そんなに生き急いでどうするの?と思う。

今度行くところは、行く前よりすでに「業務が滞って遅れている」と言う。

1日10時間働いても間に合わないのは、時間に対しての業務量が見合ってないか、やり方がおかしいか、もしくは働く人がサボっているかのいずれかしか普通には考えられない。

働く人が真面目にやってるとするなら、それは量か方法がおかしいわけで、そこを誰もテコ入れしないのか、要は抜本を見直さないのか、それが不思議でたまらない。

途中から私の頭の中の話になってしまったけれども、そんなこんなを経て、すーさんがとてもわかりやすい説明をしてくれた。




「これはあくまでも俺の今行っている会社の話ね」

そう前置きした上ですーさんが教えてくれた負のスパイラル。

「まずは、どの業界も基本は『成長前提』なんだよね。
去年より売上何%上げるとかいう目標が毎年毎年言われるわけ。去年より何%売上増って、去年も今年もその前の年もずっとずっと言い続けてるわけ。
それいつまで去年より何%増を目指すってやるの?と思うけれども、とにかくそうなわけ。
でさ、その目標に対して営業が仕事を取ってくる。仕事を取ってくるのはいいけれども、現場は去年も今年も人員配置同じだから、下手すると人員の数が減ったりしてるわけ、だけど目標は売上増だからそれに基づいて商品やサービスを提供するように動くしかないから、残業してでもやっていかないといけない」

そこで私が「えー、そんなの無理じゃん!ここでさ、そんなに急いでもみんなが倒れるだけだからちょっと納期遅らせましょうか?とかならないわけ?別に誰か死ぬわけでも命がかかってるわけでもないじゃん!」と聞いた。

「いや、本当そうなんだよ。別に死ぬわけじゃないし、誰かの命が危ないとかでもない。
でも仮に納期を遅らせたら、競合他社に今度は仕事を持っていかれる。そうすると売上が落ちる。
売上が落ちたら今度は現場の者は上から叱られる。上の者もさらにその上の者から叱られる。それは嫌だから何とか間に合わせようとする。そこでいちいち感情なんか出してたら身がもたないし、いちいち“どうして?”なんて考えたらしんどくなるだけだから、みんな感情を殺すしかなくなる。何も感じないフリでもしていないと自分がもたない。
だから、ぶっしーが見たおじさんたちもみんな感情が死んでたんだと思うよ」

「それって経営者がバカだね。
だってさ、無理な成長戦略を打ち出して、じゃあ仮に色んな人たちが無理をして達成したとしても、今度は人が倒れるじゃん。体なり心なり壊すじゃん。
売上と引き換えに失うものが大きすぎるよ。人はお金に替えられないじゃん。そういう人を失ってもいいからそんなアホな売上目標を達成するなんて、本気で馬鹿げてる」

「もうさぁ、製造系や工場はどこも万年人手不足だよ。本当に人が足りない。足りてないのに売上は去年より何%増とか言い出してる。もうね、すべて悪循環なの。
だからぶっしーが見たおじさんたちも、上には逆らえないし、感情もね押し殺してないとやっていけないからやる。そのうち感情があったことも忘れるくらいに疲れ果てる。だからおじさんたち、疲れた顔して感情が死んだみたいになってたでしょ?」

「そうだよ!
でもあれ、朝の10時半の話だからね!
別に1日の終わりに会いに行ったわけじゃなく、なんならその日は新潟県にしては珍しく晴れて天気良くて気持ちの良い日だったんだよ!
なのにみんな死んだような顔してるの」

「もう、想像がつく。
売上、売上ってなっていて、みんな右肩上がりの成長を目指す。そんなのどこまで上げるの?限界があるよって思っても、それでもまだ上を目指す。果てしなく、終わりがない。
その中で人はどんどん疲れていく。
来る日も来る日もやってもやっても終わらない、何かに追われてる。
そりゃ感情が死んだようになるよね」

「でさ、じゃあ仮に今の成長がしばらくは右肩上がりだとしても、いずれ世代交代するでしょ。
今の若い子たちは、生まれた時から週休2日なわけ。休むことやのんびりすることに慣れてるわけ。そんな子たちに今みたいな無茶ぶりを要求しても、ほとんどの子は耐えられなくなって転職するなり辞めるなりすると思うんだけど。
だから今のやり方じゃ絶対にいつか通用しなくなるじゃんね。もういい加減、右肩上がり、成長ありきみたいな戦略やめたらいいのにね」

「そう、そこなんだよ!
いくら新しい子たち、若い子たちが入ってきても、せっかく育てても、辞めますとかなるわけ。もう、すべてパーでまた1からやり直しになるんだよ」

「だから、上の経営陣が『この会社に残りたい。ここで働きたい』って思ってもらえるような環境を作らないことには、もう残るとか無理だよね、普通に考えて」

「このままじゃダメなのはわかってる。みんなわかってるんだよ。
でも、じゃあどうするの?ってなった時に、みんなその『どうする』がわからないんだよね、真面目に。
日本はまだまだ年功序列の色が強いし、年取るとやれなくても求められる。そして怒られないようにしても、それは上も下も関係なく、自分の上からは怒られる。
成長戦略ではもういずれ行き詰まるってわかっているのに、まだそれができると信じてそのように動いているところが多い」

「わかった!
おじさんたち、『どうしたらいい?』が聞けない。それは立場もあるけれど、困った時に1人で抱え込む人たちが本当に多い。
それじゃ仕方ないから自分が頑張るしかない!ってなって、余計としんどくなるばかりだよね」

「だからおじさんたちの感情が死ぬ。そのままじゃもたないからね」

すーさんに、そう言えば次のところは始業前に体操もあるんだった!と言ったらこんな風に返ってきた。

「ぶっしー見てごらん!
感情が死んでるおじさんたちは、ただ手や足をブラブラしてるだけで、体操になってないはずだから」

「せっかく体動かせるのにね。もったいないね」

「そんなもんなんだよ。何で体操するのかもわからない、とりあえず手足動かしておく、でも気持ちはもう全然そこにない、何もかも考えられなくなるぐらいにおじさんたちは弱ってる」

すーさんは自分も気持ちはよくわかると言いながら私に説明してくれた。




その後も私は実際に見学の時におじさんとやりとりして、おかしいと感じたことをすーさんにそのまま言ってみた。

表情がないだけではなく、他にも一般社会からはおおよそかけ離れた、社内ではまかり通っても一歩外に出たらそれ変だよと思ったことを赤裸々に言った。

すーさんはそれに同意しつつも何を言い出すかと思えば
「だから、ぶっしーが行くんだね!
ぶっしー、がんばれ〜(笑)!」
などと言い出した。

「いや、頑張んないよ。
仕事は真面目にするけれど、黙って黙々とこなして、他のことは気付いても自分に差し支えなければ何も言わないよ。
私はダンマリを通して空気のようにそこにいようと思うから。
それに私の席って、周りから背中向ける席だから何も見えないし」

「ぶっしーみたいな人がいたら、『いや、年度末とまで言わずもう少し残ってください』とか言われるだろうなぁ」

すーさんは私を評してくれたけれども、それは嬉しかったけれども、すでに行く前から9割9分9厘不安な私には、残る選択肢はないし、この間時間をもらうわけだから、次なる自分の身の振り方を考えたいと思った。

誰から時間をもらうわけでもないけれど、今決められないことを何かしら決める方にしたい、というのはずっと自分の中にある。

そのための時間が、父と過ごす時間と同時に与えられていると自分では思っている。







ノムと、恋人ミッチーがお風呂タイムの時間に突入した時間帯から電話をした。

ミッチーからは、ぶっしーも浩平さん(=ノム)も話したいだろうから、僕に遠慮せずに電話してねと言ってもらっている。

なのに、ノムはなぜかミッチーのいない時間を狙って、まるで浮気する人たちみたいだった(笑)。(正しくは、その時間が一番ノムが時間作りやすい。)

しかも、ノムは「これ人から教えてもらった!」と言って、ある時からiPadをジップロックに入れて、それをお風呂場に持ち込んでそのままお風呂でも長風呂して電話を続けることをいつからか始めた。

ジップロックの薄い膜が声を少し遠くさせるけれども、慣れてしまえば何てことはない。

ノムも私も毎回テーマなど決めずにベラベラとおしゃべりをするから(このおしゃべりは実はすごいセラピー効果がある)、今回のテーマはなぜかものすごく2人に関係のない、だけどノムの中で今話そうとなった話を聞かせてくれた(11/24)。




ノムのライター時代の先輩の話だった。

インタビュー記事を書く時は、当然その前にインタビューがある。

何でそんな話になったのか忘れたけれど、ノムが「これだけは引き継ぐことができない」と言った話がとても印象的だった。

その先輩はある現場を若い人たちに引き継いで自分は別のところへと移ったらしい。

それはどの業界も珍しくないから、若手への引継ぎと思えば、それで話は終わる。

ノムの話したことはこうだった。

現場入りする時というのは、手土産や差し入れを持参するのが慣例らしい。

何年も前のある時、ノムは先輩の差し入れの準備に同行した。

数人分の朝の早い時間の差し入れだったその時、ノムはその差し入れへの心くばりの凄さに驚いた。

おにぎりになったらしいけれども、どの味が良いか、みんな同じ味が良いか別々が良いか、別々ならどんな組み合わせが良いか、食べやすいか、などなど本当に細かいことで、もしかしたら誰も気付かないかもしれないけれど、その誰も気付かないかもしれないことにノムの先輩は丁寧に時間をかけて用意をしたとのことだった。

しかも差し入れというのは、必ずしも食べてもらえるとも限らなくて、食べてもらえない、手さえつけてもらえないこともザラにあると言っていた。

そうしたものにも、その先輩は律儀に礼を尽くして相手を今できる最大限の力でもてなそうとする人のようだった。

ノムはその先輩のその姿勢を「ホスピタリティの凄い人」と言った。

先輩の今回の現場離れは、世間でいうところの左遷みたいなものだった。

その先輩は業界では本来ご法度とされることをやったことが明るみになって、それで左遷のように現場を外された。

ご法度なことは、私のような素人が聞いてると、何がどうそんなに問題なのか正直よくわからなかった。

むしろ、ご法度と知ってもそれを実行するということは、常に危険と隣り合わせで自分の選手生命もかかっていたかと思う。

それを百も承知でやったということは、並大抵の覚悟ではなかっただろうと思う。

段取りとか現場対応とか、そうしたことは引き継いだとは思う、だけどあの先輩でなければやれなかったおもてなしの部分は誰も真似できないと思う、とノムは言った。

そういう素晴らしいものを、大人の事情で切らなければいけないことの無念さと損失の大きさをノムの話の節々から感じた。




ノムの話を聞きながら、米の仕事のヨシダさんの話を思い出した。

ヨシダさんは農協に勤めていた頃、主に農機具の部署を担当した。

ある時、ヨシダさんが農機具の大手3社に農機具の見積もりと見本とを依頼した。

A社、B社、C社からそれぞれ農機具の見本が届いた。

ヨシダさんはその後も長い付き合いとなるA社を選んで、そしてその後、地区全体に普及させる農機具全般をA社一択で農家や農業法人に広めていった。

何が違ったのか。

ヨシダさんは言った。

「A社だけだった、新品を用意してきたのは。B社とC社は中古を持ってきた。その差を見て、俺はA社1本でいくと決めて、そして農協の上の者にも全部掛け合って、地区全体でA社のものを使うように全部変えた」

ちなみにA社の当時の営業担当が後のA社の社長となった人だった。
(↑この話を聞いて、もしかしてヨシダさんが親交のあったA社の社長というのはこの人じゃないかと思って聞いたら、そうだと返ってきた。)







ファストフードに掃除のエキスパート、感情が死んでるおじさんたち、おもてなしの心を持った異業種の2人。

私はやっぱり最後は「心」だと思う。

ポチッとワンクリックでお店をオープンするのが今一番効率的なのかもしれない。

自分や家族を守るために感情を押し殺してまで働くこともあると思う。

ルール違反だからと言って現場を外すのはどの業界でもあるあるだろう。

なんだけど、「心」はどこに行っちゃったんだろう?と思う。




すーさんと別の日に話したことが忘れられない。

すーさんと私とで、あることに対して何ができるのかを話し合った日があった。

事態は思わぬ方向に転がりそうになっていて、緊張感をずっと持っていた。

その緊張感がある日頂点に達してはじけ飛んでしまったのなら、相当怖いことが起こるだろうことが予想された。

だからそのままにはできないね…、となって2人で対策を考えて、いざという時にはその対策を講じることを決めた。

すーさんは言った。

「あのね、迷惑をかけるとか、周りを振り回すとかはまだいいの。そんなのはこれまでもそうだったし、今に始まったことじゃない。
だけど、1つの行動が誰かを不幸にするのはダメだよ。それは絶対にあっちゃならん」

すーさんはこうも言った。

「感情をなめてたらダメ。
あまりにも感情が高ぶると、人は何をするかわからん。
感情1つで人を殺したりするんだから。
感情をそのままにしてたら危ない」

すーさんが言う「不幸」というのは、感情をそのままにして、それが本人や本人にとって大切な誰かを傷つけてしまうことだった。

すーさんはもはや事の顛末など些末なことと言わんばかりに注目もしておらず、それよりもそのことで心が大きく乱れているだろう相手のことを想像して、それの怖さを口にしていた。

本当に何が起きてもおかしくない、それぐらいの緊迫した様子となっていた。

だから2人で「この方法なら、もしかしたら“心配しているよ”の気持ちが伝わるかもしれないね」と、必殺技を考えた。

多分もう言葉での理解を求めても厳しいから、せめて態度で示そう、ということでウルトラCの方法が2人の中で採用された。

ちなみにウルトラCは、すーさんと私とで一緒に時間を合わせて電話することだった。

大の大人が2人も時間を合わせて電話してくるなんて普通はないから、それが事の深刻さゆえにうちらもそのくらい体制を整えてまで心配しているよ、のアピールにならないかと考えた。

言葉では入らない。

感情の暴走が本人だけにとどまらず、その先の大切な人にまで及んだらシャレにならないから、そこは何とか止めたいねとすーさんと話し合った。

そして、すーさんと私とで考えた最終の秘密兵器は「情に訴える」だった。




感情を押し殺したり、人を人として扱わない・敬わないようになったら、必ずそれが歪みを生むと思う。

私の小さなひっかかりだけど、例えば今日(12/9)、仕事上必要な席次表が渡された。

今日から着任した役職の人がいる。

私は1週間前に配属されている。

役職の人の名前はきちんと席に名前が入っていて、私の席は空欄のままだった。

業務の責任の重さから私の名前がないのは逆に願ったり叶ったりだけど(例:「誰このやらかした人?名前読めないし、席次表に名前もない!」とかなってバレないで欲しい←こらっ!)、これ私みたいな反応ではなく、違う反応をする人ももちろんいる。

あなたの居場所はありませんよ、とか。

あなたにはゴーストライターのように働いてもらいますから、あなたは存在してないも同然です、とか。

そう捉えたっておかしくない。

もう1つ席次表を見て気になったところがあった。

私が本来行く予定だったExcel入力1日10時間コースの仕事の場所が同じフロアにある。

こここそ、その会社の超底辺の土台部分を担っている人たちで、その人たちの働きが間違いなく会社の発展に大きく貢献する。

単なる入力ではなく、企業が発展するための入力だというのは事前に説明を聞いていたから、それだけが唯一私の中で「何かの役に立てるなら、その入力は悪くない」と思えたものだった。

そこには数名の派遣の人が雇われていて、そのものすごく長い拘束時間の仕事を担っている。

なのに、その手渡された席次表にはその人たちの席は存在さえしていなかった。

名前がないだけじゃない。

席そのものがかなりうやむやにされていて、そこに関わる一部の人たちしかその一番の土台を担ってくれている人たちのことを知らない。

そもそも私もひっそりとしたかったから、自分がそこに行くならそれで良かったけれども、会社の在り方として、それはどうなのかと思った。

本当に労力を提供して会社の発展に力を貸してくれる人たちなのに、その人たちの存在は抹消されている。

自分のことではないけれども、私はなんだかショックだった。

あそこで黙々と入力に打ち込んでいる人たち、会社の発展に貢献してくれる人たちは、書面では存在していないんだと知った。

明日はボーナス支給日だから明細を渡します、と朝礼で部長が言っていた。

短時間のパートさんにまでボーナスを支給する素晴らしい会社だと知った。

この素晴らしさがそうしたお金だけではなく、人にも還元されないかな…と思った。

派遣にボーナスを出せとかいうことではなく、せめて今協力してくれてる人たち、それもその入力の人たちは1年と長丁場なんだから、せめてその人たちが存在していませんまたいな在り方がどうやらおかしいぞーと気付ける人が1人でもいたらいいのになと思った。

(余談だけど、私のはずっと空席で通って欲しいと思っている。なんと数ヶ月勤務の私に、武士俣の名前入り検印用の印が初日に発注されていて、もはや恐ろしさしかない責任に早くもギャーーー!!!となっている∑(ΦдΦlll…)。

ごちゃごちゃと色んなことを書いたけれども、いかに自分が大切にされているかというのは、どんな立場のどんな年齢の人も共通して欲してると思う。

そこが転んでさえなければ、多分なんとかなる。

「心」や「心くばり」が全業界全業種共通だと思う。

しかもそれは仕事や社会生活だけじゃなくて、小さな個人のことも含めて、すべてはそこじゃない?と感じる。

ただいま色々余裕失いまくりだけど(頭のキャパシティが追いつかない)、頭の追いつかないのは仕方ないけれど、心だけはせめて深呼吸を自分のために心がけたいなぁと思っている。

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