2018年11月18日日曜日

奇跡のファンファーレ⑧最終章

>>>奇跡のファンファーレのまとめ

9月に携帯の画面が派手に割れた日、まさかそれが未来の大切なポイントに繋がっているなんて思ってもいなかった。

冷静に考えて、今の日本の中で、ボーッとして家に引きこもって何もしていない人の元へ、行方不明になった人がいるからその人を探す手がかりを石(ペンジュラム)を使って探して欲しい、とオーダーが入ってくる確率なんてほとんどないと思う。

あっても0.数%の確率だと思う。

その事実に気がついた時、それが私の人生なんだと思った。

しかも今回も宣伝もしてない、看板なんか掲げてない、事務所も職業名もない、その道で生きる覚悟もない、相変わらず夢は専業主婦♡とか夢見る夢子で(40を前にそんなこと思う自分に驚く)、そんな風なのに何の流れなのかそんなことが起こる。

第1号の依頼事がいきなりすっごいハードルが高くてそれにも驚いたけれど、私は今回のことは私と何の接点もなかった人が命懸けで、本当の命を懸けて繋いでくれた縁だと感じている。

そして、そこまでの事情がわかってそれでも私は「逃げる」とは言えなくなった。

数日前、私はどういうわけか今回の依頼についてこのブログに書いた。

もちろん、一番は自分の戒めのために。

気付けば私はこのブログを使って、自分を開示する練習を去年の今ぐらい、正確には12月から始めた。

その頃の私は、もちろんペンジュラムを日常使いしていても一切そういうことは言わなかったし、スピリチュアルとかも超ガチな王道?みたいなところを勉強したような格好だったけれど、それも黙っていた。

何かをするにも、スピリチュアルなことは隠していくつもりでいた。

私は自分が元々苦手だったから、というか断固じて近寄らない避けるを徹底していたから、世間でのウケの悪さも人並みに知っている。

どうしていいかわからない時期も長いことあった。

だけど、年齢を重ねるごとに自分の人生の体験が若干特殊だと気付く機会が増えた。

多くの人が体験している結婚とか子育てとかは体験せず、代わりに「何ですか、その体験?」みたいなのがやたらと多い。

しかも体験したからと言ってそれが次に活かされるようなものじゃなくて、体験は本番1回きりであとはありませんみたいな。

そしてやってきたホロスコープ。

ホロスコープの最初の目的は、どんどん怪しくなる私の人生の雲行き具合(雲と言うより、暴風雨に雷に竜巻巻いてますぐらいな訳の分からない具合にずっと入ったままみたいな)、それに対して何かしら対策しないとまずいと思ったからだった。

中年の危機に向けてのアドバイスみたいな。

お一人様でもいいから、もう心穏やかに過ごせる日常を下さい!と思った。

そしてホロスコープはそのヒントをくれるみたいなキャッチコピーを見て、これにとりあえず申し込んでみよう、そういう感じでしかなかった。

ところが、私の場合はそうじゃなかった。

軽い気持ちでヒントをもらうつもりが、知れば知るほど、ヒントではなく人生の設定そのものをどんどん知っていく感じになった。

ホロスコープで自分の人生の特徴を知るほどに逃げ道ないなぁと思った。

この間、その辺りを解説してくれてるブログに行き着いて読んだら、宿命的なものを持っている人なんてほとんどいなくて、大抵の人は自由意志で生きてるとあった。

でも読み進めると、ご丁寧に「例外的な人」が表記されていた。

例外的な人の例とそういう人たちのホロスコープの特徴が書かれていた。

例外的な人の特徴…私もあるとわかった。

夏に鑑定を受けた時の言葉が響く。

自分が星を使っていくというよりも、星たちにどうぞ自分をお使いください、という人生だということ。

3月で仕事を辞めた時点で、私は1つだけはっきりとわかっていた。

私がしていた大量のコピー取りとか資料の整理とかファイル作成とか、それが自分がする仕事じゃないこと。
(それはそれで大事な仕事で、やらなくていいなんて全く思っていない)

他にやることがあるだろうことは、「これ!」と言えなくても心の中では他にあることはわかっていた。

そしてこの7ヶ月ほどの時間をかけて、どうもそれはやりたいやりたくないと言うよりも多分逃げられないことなのも徐々にわかってきた。

やるとしたら、新たに技術習得してからとかではなく、今の自分でできることだというのも気付いてた。

それでも私は逃げた。

色んな理由で気が進まなかったのが一番だし、そもそもそういう自分の人生を受け入れられなかった。

ましてや私が関わるだろうことは、世の中において「カッコいい!」なんていう類いのものではなく、「怪しい…」と嫌煙されるようなもの。

ますます気は進まなかった。

そして色々起こっても、私は「気のせい…」と思い込もうとしてた。

だけど今回ボーッとしているところに、まぁ正しくは逃げてばかりいるところに、いきなり隕石落下のごとく想定外過ぎることが起こった。

だって、「結婚に繋がる出逢いはないかな?」とは思っても「人探しのお手伝いを頼まれないかな?」なんてただの一度も考えたことがない。

想定外も何も予測不能の域のことが起こって、そしてそれがましてや人の命に関わるものだったから、逃げようと考える余地がなくなった。

これが仕事を辞める辞めないとか、引越しをするしないの見極めとか、その程度の依頼であれば、私はまた逃げたし、そもそも今回色々体験をして感じたことや考えたことなんて1つも体験することなく終わっていたと思う。

だけど今回の話がやって来て、最初はするしないから、どこまでどうタッチするとかも皆目見当がつかない中、話はどんどん進んでいった。

1週間前のことを思い出した。

ペンジュラムは、私が積極的にやること・声をかけることはNOを出していたし、友達のペンジュラムでもそこは一緒だった。

でも、相手方から要請があった時は引き受けるにYES、友達のペンジュラムでもYESが出た。

私はその時は、単に積極的に関わってはいけないと解釈したけれど、そういう意味ではなかったと今は思う。

相手方からの要請ベースで動くというのは、もはや人知を超えたレベルのことで、することはするけれど、少し引いたところから見て自分なりに自分の人生の流れを見つめることの大切さを教えられてたような気がする。

1人の人の命に関わる色んな人たちの想いを見ることになった。

さらに、私がこの一連のことに関わるために、私に頼まれたという理由だけで3人もの人たちが惜しみなく色んなことを協力してくれた。

何をすることになるのかはこれからも未知数だけれど、少なくとも私は私を使うこと、そういうことがこれからの人生でやっていくことなんだと思う。



依頼主のAさんに会った日の夜、去年何回も通いつめた星がきれいに見えるスポットに立ち寄った。

理科がわからないからその原理は理解できないけれど、目の前の半月は22時23時と時計の針が真夜中に向かうごとにどんどん下に下がっていった。

普段月はその時間帯ならどんどん天空に上がっていくのに、不思議だなぁと思ってずっと眺めてた。

そして下がれば下がるほど、月の色は白っぽい感じから黄金色みたくなっていくのも不思議だった。

そしてなんとその月のすぐ横を2回も流れ星が流れた。

それもものすごいはっきりと見えるぐらいに。

朝からあり得ないことが山ほど起こった日の最後は流れ星が流れた。

これ以上ないものを見せてもらえた。



Aさんと会った翌日、雲ひとつない晴天に恵まれた。

そうだ!と思い立ち、Aさんから預かってきたご家族の直筆サインの紙のコピーとペンジュラムとを重ねて、陽当たり抜群の窓の前に置いた。

基本的に私は最後は何でも神頼み仏頼み色んなもの頼みだから、そうすることで本当に無事に見つかりますようにと祈りながら置いた。

置いてしばらくした時、薄いカーテンに蝶々の形の影が映った。

いくら晴天でも外は冬を迎える前の寒さになっている。

蝶々が飛んでいるなんてありえない。

でもそれを見て私は一目散に窓辺に寄って、カーテンと窓を一気に開けて、蝶々が飛んで行った方向に目をやった。

数メートル先の隣りの家の屋根の辺りに白い蝶々が舞っているのが見えた。

本気で驚いた。

しかも蝶々は、その紙とペンジュラムを置いた辺りのちょうど上辺りの窓際に来た。

まるで何かを知らせるように窓の近くに姿を表して、そしてまた違う方へ飛び立って行った。

私はAさんに報告を入れた。

まったく余計なことでだから何だ?ということだけれど…と前置きして、今の今現れた蝶々の話をした。

蜘蛛と言い、蝶々と言い、Aさんはこれが虫の知らせで無事に見つかるといい、そんな気もしている、家族ともそのまま私が連絡したことを伝えてそう話したとあった。

こういうことを伝えるのも正直迷ったけれど、私は本当に驚いたし、少なくともこの目で見たし、そして本当に紙の1メートルほど真上に飛んできたから、それは伝えてもいい気がした。

私はそれを見て明るい気持ちになれたから、そのままを伝えることでAさんにも何か伝わるかもしれないと思った。

Aさんからの返事を見て、伝えて良かったと思った。

本当に些細なことでも、何も伝えなければゼロ、反対にそれが小さな可能性でも伝えられて一瞬でも相手の心にも温かいものが広がるなら、伝えることも大切なのかなと思った。



今日も晴天に恵まれた。

これから雨降り雪降り大国新潟は、ひたすら天気の悪い日が続く。

私は今回ほど毎日天気予報を真剣にチェックしたことがない。

今日だけは晴れてください、と日々祈る気持ちでいた。

週間予報で、今日だけが唯一太陽のマークのある日だった。

そして、晴れた。

雲ひとつない青空。

私は今朝起きる寸前、夢の中で携帯ニュースを見た。

すごく変な設定で、私は学校みたいな建物の中にいた。

帰ろうとした時に、自分が使った下駄箱(一番下で、本当に小学校の頃の下駄箱そっくりだった)の方に身を屈めて靴を出そうとしたら、A4より一回り小さな数センチの厚みのある小包が置かれていた。

それはなぜか森三中の大島美幸さんが置いたもので、小包の上にメモ書きがされていた。

Aさん一家より預かった・携帯のニュースを見てください、とあった。

私はその場で自分の携帯を出して、いつも見ているニュース画面のページに行った。

ニュースのトップページに、「行方不明の人発見」というような見出しが出ていた。

「行方不明の人」というところがもしかしたら違う言い方だったかもしれないけれど、「発見」だけははっきりと読み取った。

というところで、少しすると目が覚めた。

私の願望がこのまま願望ではなく現実となって欲しい、必ず家族の元へ帰れますように、今日こそ家族と再会できますように、と起きて朝一番にそれを祈った。

そしてまた紙とペンジュラムを窓の陽の当たる場所に置いた。

最後は祈りしかない。

そしてたとえそれが届かなくても、今日は一日祈り続けたい、ふと頭に浮かぶたびに祈りを送ろう、そう思っている。

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