2020年3月9日月曜日

99999













99999キロ突入。

ずっとどこでその数字を打つんだろう…と思っていた。

6万6千キロほどの時に今の車は来た。

77777キロの時、私の人生にある人が登場していた。

それは自分が死ぬ頃になって人生を振り返った時に、生涯の中でもおそらく一番大切で一番哀しい時に数えられるように思う。

その2日後、その人はいなくなった。

もう二度と私の目の前に現れることのない、私の日常は翌日も翌々日も同じでも、もうその風景の中にその人はいないように人生が切り替わってしまった。

だけど、新潟にどのくらい住むつもりでいたのかもわからなかった当時、車がやってきて、全く楽しみも何もない中で77777キロを刻む時、どんな人生が展開しているのかだけは楽しみにしていた。

その時に自分がどこにいてどんな風景を見ているのか、とても楽しみだった。

それは想像を遥かに超えた風景を私に見せてくれた。

たとえひと夏だけでも、生涯忘れることのない時間を私にプレゼントしてくれた。

自分の人生に起こることの大半はのしを付けて返したいような出来事が満載過ぎるけれども、その時のことだけは一生続いて欲しいと私は本気で願った。

それが77777キロの時の生涯忘れることのない物語だった。

88888キロもこれまたすごい場所で迎えた。

職場の緊急連絡網的なものによって、私はその人の住所をその人がいなくなった後に知ることとなった。

今でも私は忘れないけれども、その人の当時の住まいの住所は一発で覚えた。

町の名前は私が昔住んだ町名と全く一緒だった。

よくある町名であっても、そういう偶然はあるようでない。

番地に至っては、今の住所の何丁目何番何号の何番のところだけ違うだけで、他の2つが全く一緒だった。

だから私はその住所を一発で覚えた。

そしてその場所というのは、高校時代毎日帰りのバスで通っていたから、見知った場所だった。

何も計画していなかったのに、なぜかその住所の標識が出ている交差点を88888キロの時は通過した。

他の人にはさっぱり伝わらない凄さだと思うけれど、私にはこれ以上ないくらいの驚きとサプライズプレゼントみたいで心底感動していた。

そしてそれを見て私は守られていると思った。

99999キロは何も期待していなかった。

まさかこんなに長く新潟にいるなんて思っていなくて、だからまさかの99999キロを樹立するなんて想像していなかった。

結果から言うと、99999キロは隕石落下地で迎えた。

昭和42年の2月にその田んぼに隕石が落ちてきたらしい。

それはそれで素敵な思い出になったけれども、もし…という仮定が私の中では捨てられない。

99100キロ辺りの時だと思う。

もしかして…と思った場所があった。

その頃には友達と40歳を振り返る会兼前倒し誕生祝いをすると決めていたから、そしてその振り返りの場所として、新潟県内で食べたレストランで一番美味しいと今のところ思っているアットホームなレストランで食べようと決めていた。

隕石落下地はそのレストランから1キロほど離れたところにある。

そうではなく、そのレストランに行くには、当時の職場のすぐ近くを通過しないと行けない。

だから私は99999キロはもしかしたらそこなのかもしれないと思った。

残念ながらそうはならなかったけれども、そうならなかったのではなく、私がそうしなかったという方がしっくりくる。

もし友達のプレゼントを買いに行ったのなら、おそらく本当に当時の職場近くがゾロ目9シリーズのキロを記録したと思う。





99999キロが射程圏内に入ってきた時、私は小さな賭け事をした。

賭け事というか、ある種の花占いみたいなものだった。

99999が本当に過去の職場付近のところを通る時になるとするなら、その人と私は強烈に強い縁があるということ。

もしそうでなかったら、縁らしきものはあってももうここから先の人生では互いに交わらないことを暗に意味してるのかもしれない…、そんな風に私は思いながら運転していた。

実際にそうではないと判明した時、友達とのおしゃべりを楽しみながらも地味に悲しんでいた。

小さなショックなのに、そのショックは確実に存在しているとわかるものだった。

そして、99999キロを隕石落下場所で迎えた時にあまり受け取りたいものではなかったけれども、そういうことなんだと悟った。

私はその場所以外に隕石の落下地も知らなければ、その隕石以外の本物の隕石も見たことがない。

そこだけが私が唯一知る隕石スポットで本物の隕石が飾られている場所だったりする。

そんな場所にどういうわけかきりの良いゾロ目のキロ風の時に到達したわけで、それがその前に食べた美味しいレストランでも、以前通っていた職場の近くでもなかった。

しかも、一応9が並んだ後は10万キロとなったわけで、それはすなわち何かの終わりと始まりを同時に意味するものだったと思う。

隕石自体が宇宙のもので、そんなところで99999キロを迎えたということは、私には目に見えない世界のことの重要性を伝えられてるみたいだった。

もしかして…と予想した。

100011キロ、要は10万キロを越えて初めてのゾロ目になる場所はここではないか…と予想した場所があった。

本当にその地点に到達する数十メートル手前で下2桁が11に変わった。

私に距離感なんてあるわけもなく、単に自分の仮説が当たっているとするなら…、という経験則からの予想だった。

その場所は小さな川と大きな川の中間ぐらいの大きさの川で、その川原の近くの駐車場で3年前の秋のはじまりに私が賭け事をした場所だった。

ペンジュラムがそれまで見たこともない動きを初めて見せた場所で、それをきっかけに私は自分の人生の選択を変えた。

理性とか常識とか社会人として大人として当たり前の気遣いではなく、自分の気持ちで動くことを決めた、その場所だった。

ただ今回は、隕石の件もあったから、宇宙エネルギーの流れからすれば、これまた科学では証明できないものを司るスポットに行くだろうと思った。

そうして真っ先に思いついたのがその小さな川とも大きな川とも呼べない場所だった。

友達にそこに少し寄りたいと一言断って、3年前の秋の日と同じ場所に降り立った。

3年前の秋の雨の日とは違って、青空が広がっていた。

友達と肌寒い外に出て、しばらくそこの空気を吸い込みながら、気持ちがいいね〜、ここならペンジュラムが開花するのもわかるわ〜、と友達が言った。

そして川のあるところというのがまた私やペンジュラムにとって大事な場所なのかもしれないね、とも友達は言った。

隕石の場所に行った時もそうだった。

何せ2年ぶり2回目の隕石落下地、しかも田んぼのど真ん中で何一つ目印もないような場所に突如ひっそりと姿を現すようなところで、地図が苦手な私はたかが数百メートルの距離でさえも「この道でいいかわかんない」とか言いながら車を走らせていた。

近づきつつある時も私は「うーん、この辺で良かったんだっけ?」と半信半疑でいた。←地図の確認はしたけれど、目印はない上に農道が途中から二手に分かれて余計と訳が分からなくなっていた。

すると隣りで友達が言った。

「ぶっしーここで合ってるはずだよ。田んぼのど真ん中で、すぐ近くを小川が流れていた、まさにこの道で合ってると思うよ」

隕石落下地点も川(小川)のある場所で、なんだかんだと水のあるところがある種のエネルギーが流れ込むようなスポットになっている。

99999もその後の小さなゾロ目も、私にとって必要なものや生きていくのに自分が大きく関与するものを見せられたような感じだった。

そして、その人を表す場所ではないのを見て、こうやって1つ、また1つとその人から離れていく、関係なくなることが人生で増えていくことが悲しいと感じてる自分がいた。

いつの日か、本当に関係無くなって跡形もない世界に自分が生きている、そのことの寂しさや空虚感は果てしないものだった。





家に帰ってきて1人になった時、突如出てきた。

その人が、私にこのたくさんの景色を、奇跡を見せてくれてる、って。

ここではかなり端折って書いているけれど、隕石スポットではもう1つ大きな出来事があった。

一言で言うと、その場所で私は自分に与えられているもの、自分にできることが何かというのを再認識する瞬間に引き合わせられることとなった。

友達に向けて用意した誕生日プレゼントをそこで渡した。

それは私が友達だけに向けたこの1年のメッセージだった。

星から読み解いたものを6枚くらいの可愛い便箋に書いて、それを渡した。

そこに至るまでに実にたくさんのことを経ていて、それは星読みの話だけじゃなく、そろそろ3年が経過するという時間の分だけすべての景色と奇跡を含めて、それら全部を通り抜けた自分のことを思った。

その全てを見せてくれているのが、その人なんだと思った。

全ての景色と全ての奇跡を、その人がいることで私は見せてもらえてるんだと思った。

何かをすることは、「する」ことだけじゃなく、「しない」ことも含まれる。

「しないこと」を「する」みたいな。

その人のいない世界は私をどこまでも打ちのめしたけれど、その代わり色んなものも結果的に見ることになった。

元々何がしたいとか何が欲しいとかも、この世的に称賛されるようなものにあまり頓着していない自分は、唯一本当に望むのは、自分が大切に思う人と日々過ごすことくらいなもので、他は特段何が欲しいとかいうのも本当に少ない。

だからもし、その人が私をその人の人生の中に含んでくれたとするなら、私はこのオカルト全開な世界や資質的なものは全て遮断したと思うし、そもそも欲しいものでもなかったわけで、そんなのあっさりと手放して、その人のいる場所に自分も近くに引っ越すなりなんなりしたと思う。

そうとは事が運ばなかった時間に、私は色んな景色と色んな奇跡を見ることとなった。

もし過去のどこかに戻って、その人が私といたいと思ってくれたり、一緒にいようと決断してくれたのなら、今の私は別の場所に立っている。

その人が「何もしない」ことを選んだ先には、私の方は新しい別のものが入ってきた。

それが欲しいかと聞かれると、欲しいとは言い難いけれども、それでも隕石スポットで大切な時間を友達と一緒に迎えたり、小さなゾロ目の数字を車が到達した時はペンジュラムが初めてパワーアップした場所にたどり着いたり、なかなか素敵な演出を色々見せてくれてる。

「心のお守り」

お守り本体はしゃべるわけでもないし、動くわけでもない。

だけど、それを持つことで心が安らいだり守られてると感じて心強くなったりする。

その人はちょうどそういうタイプのことを、本人からすると何もしてないみたいでも、私からするとこの上ない大切な役目を果たしてくれてる。

オカルトな世界も、その人が何かしら関わるものをサインとして見ると、「大丈夫」と私は思える。

色々あっても、根底は大丈夫と思える。

心の中で言い訳する。

「心のお守りにするぐらいいいよね」って。

本人に迷惑かけるわけでも、本人の時間を奪うわけでもない。

私1人がそっとそのようにするのはいいよね?って。




「彼がいることで皆少しはこの世を好きでいられる。」

『体は全部知っている』吉本ばななより





その人が私にもたらしたものは、そういうものだった。

その人がいることで、私は私の生きている世界を好きになった。

生きていることが本当に嬉しくて、毎日朝を迎えるのがとても楽しみで、目に映るすべてのものが本当に喜びに満ちていた。

自分の生きている世界が、なんとなく生きているけれど、心の中では好きなんて思うこともなく、むしろいつもどこか絶望していた。

自分の見ている世界は、どんなに素晴らしい瞬間やどんなに喜ばしいことがあっても、その根底に絶望が横たわっていた。

だから、自分の生きている世界が私は全然と言ってもいい、好きではなかった。

ところが、その人が私の人生に現れてからそれが変わった。

生きていることが当たり前ではなくなった。

自分もだけど相手のことはもっともっと生きているのが、今目の前にいてくれるのが当たり前ではなかった。

当時の私は、好きでもない興味もない仕事をしていた。

今の方が日々問題が勃発してもまだ興味があると言えるくらいに、当時は本当に興味のカケラもなかった。

だけど、たった1人、本当にたった1人の人が人生に登場してくれて、その人が自分の生きている毎日にいる、それは冗談抜きで文字通り「いる」にしか過ぎなかったけれども、それでも本当に私は私の生きている世界を好きになった。

大真面目に、奇跡はきちんと起こると知った。

生き続けることの努力は必要でも、他は特段何の努力も要らなかった。

生き続けた先に、根っこが絶望感満載な中でも生き続けた先に、その人は登場してきた。

大人になってから、というよりも人生の中で、誰かに会えるから明日が楽しみという状態を毎日継続して体験したのはその時が初めてだった。

それまで付き合った人たちがいなかったわけじゃないけれど、よくよく考えて、そんなに毎日来る日も来る日も相手に会えるから楽しみなんてただの一度も思ったことがなかった。

しかも、付き合ってるわけでもなければ、せいぜいいいところ挨拶できたら今日は御の字だねぐらいに関わりのない相手だった。

私の脳内がどこまでもお花畑で妄想狂みたいだったとしても、それでもそんな挨拶さえまともにできない相手が人生に日々の中にいるというだけで「生きる喜び」と「生きる目的」がセットでやってくるなんて、余程のことだと思う。

私は日々を愛した。

こんな素敵な世界があるなんて、当時はかなり半信半疑だったけれども、それでも日々の心の躍り方は半端なかった。

それがまた、自分のやることについて言えば、本当に興味のカケラもなかったからこそより一層その感覚が強くなった。

物もキャリアみたいな見えない何かも、何もかもなくても大丈夫だった。

生きてさえいれば今日も会える、それがどれだけ私を強くしたか知らない。

たった1人の人が人生にいてくれるだけで、私の生きている世界は激変した。

世界の色彩が変わった。

それまでがモノクロだとするなら、その人が現れたことで世界はカラーになった。

大袈裟に言っているのではなく、本当にそうだった。

心臓が今日も動いている、そのことに感動するなんてどんな詩人になったんだろうと思う。

そして、これもまた余談だけど、占星術を学んで星読みができるようになって、そして例えば今はコロナウイルスで世の中に激震が走っている時でさえも、私は「絶対に大丈夫」「絶対に良くなる」と信じていられる。

自分の人生そのものも、その人がいなくなった後は(も)激震でジェットコースター並みのすごいアップダウンを体験することになったけれども(できればそんなのはもう終わりであって欲しいけれども)、それでも私はどんなに強烈な天体たちの配置でさえも、怖くなったり不安になっても、それでも本当に根っこの部分、芯の部分では「大丈夫」と思えている。

それはなぜかと言えば、その人が人生に現れてくれた時こそ、天体配置が占星術の一般論として、一番強烈な時だったから。

誰しもが体験する「中年の危機」と呼ばれる時期がある。

その1つに生まれた時の冥王星の位置に対して、空の冥王星がガッツリ90度の角度を取る時期がある。

破壊と再生担当の冥王星と冥王星がダブルコンビで超ウルトラスーパー強烈なものを送り込んでくる。

それはどこかにも書いたことがあるけれども、一番わかりやすい喩えが、真っ白い画用紙に薄い薄い白に近い色さえ識別できない水色を塗り続けた結果、気付けば画用紙は水色になっていた、というような変化を冥王星はもたらすとあった。

気付けば水色になっていた時にはもう白い状態にはどんなに戻りたくても戻れない、過去とは違う今になっている、そういうタイプの大変容を体験するのが冥王星がらみの大変容だとどこかの説明に書かれていた。

実際には、私の場合、ピッタリ90度の時よりも2度ほど誤差がある時の方が強烈な出来事たちに見舞われたけれども、そのピッタリ90度、0.01度も誤差のないピッタリ90度の時というのが、まさにその人が日々いた頃のことだった。

自分の生きている世界を好きになって、自分が生きていることに本当に感動して、その日1日を迎えることに希望と喜びを抱く、それが破壊と再生担当の冥王星が一番強烈に効きまくっていた時の私の物語だった。

そのことは私に「絶対に大丈夫」という、普通ならどんなに心理セラピー的なものやスピリチュアル的なメッセージをもらったところでなかなか積み重ならない感覚だけれど、ましてや私の場合はその人から嫌われてたんじゃないか疑惑まで浮上するくらいの非常事態にあったけれども、それでも私はその時のおかげで、その人がいてくれたおかげで、本気で大丈夫と信じられるようになった。

人生大丈夫と信じられている。

それは、その人に出逢う1年半くらい前は、仕事に支障が出るくらいの意地悪を職場で受けていて、初めて人間関係を理由に仕事を辞めて、今でも当時のことは全く理解できないことだけれど、それでもそれがキッカケとなってその後も色々すったもんだしながらも、その先にその人がいた。

炸裂した冥王星パワーは本気で強烈だったけれども、私は当時をキッカケにして、自分の生きている世界のことを、自分の人生の流れを本気で信じられるようになった。

その人がいなくなってからも色々強烈だし、今だって色々ありがたくない事態が次から次へと舞い込んできているけれども、それでも私は根底で「絶対に大丈夫」と信じていられる。

その人というのは、その絶対的な感覚を私にもたらした人だった。

私の思い込みでも勘違いでもいい、それでも色々ハード過ぎる自分の人生の展開のあり方に対して、「大丈夫」と信じられるのはものすごく大きい。

思い通りではないことの方が多くても、その人がもう人生にいないことなんかその最たるものだけれど、それでも私は今も「大丈夫」と信じる強さと心がある。

だから、その人がいた世界を日々見ていた私は、日々奇跡を目撃していた。

人生にはきちんと奇跡が起きるんだって信じられるようになった。

さらに私は、その人がいる世界にいる時の自分のことがとても好きだった。

それだってとても大きな変化で、そういうことが人生で起こるってどれだけの確率なんだろうと思う。

だから私からすると、その人は命の恩人みたいな人だった。

いつも絶望感が自分の中から拭えなくて、何が面白くて生きているのかさっぱりわからなくて、もういつでも死んでもいいと大真面目に思っていた。

今は寂しいけれども、少し変わった。

今も生きるモチベーションは相変わらず低めではあるけれども、それでも私は「奇跡」というものが起こることを知っているから、それを信じることができる。

仮にもうあと40年生きたとして、またいつか今回の隕石スポットのような景色も見れるだろうし、そうした色んなことが重なった先の奇跡も見れると思っている。

だから「私と関わらない」その人の選択は、個人としてはとてつもなく悲しいことでも、中身はそれとは別の景色と奇跡を私に見せてくれてる。

そして、そういう特別な瞬間の時には、その人を表すサインが何かしら来るから、それを見聞きして私はいつも「大丈夫」と思えている。

何の話をしていたのかわからなくなってきたけれども、吉本ばななさんの本の一節にある言葉の通りのことを私はその人を通じて体験した。

彼がいることで少しはこの世を好きでいられる、少しどころじゃなかった、私には抱えきれないくらい喜びと好きに満ちていた。

自分の生きている世界が好きって、人生で一度でも思えたらそれだけで本当に御の字なのかもしれない。

99999キロはその人と関係ない場所で起こったけれども、それでも私にはどこかでその人のパワーが効いてるような気がした。

こうして記事を1つ書けるくらいのパワーがあって、そのパワーの源は間違いなくその人になる。

一緒にいることだけが幸せとは限らない。

こうしたことだって、十分にしあわせに数え上げられる、私はそう思っている。

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