2019年11月14日木曜日

カオスな日常ー2019年霜月

父の体調のことを妹たちに伝えた。

私はその瞬間、冷静に話すつもりが泣き出してしまった。

姪っ子のズボンに飾りをつけようと手を動かしながら話したけれど、言おうとした瞬間、気持ちがいっぱいいっぱいになって普通には最初話せなかった。

私はそんな風だったけれど、妹たちには事の深刻さが伝わっていなくて、なんなら真ん中の妹は私の気のせいではないかというようなことまで次の日かその次の日言い出した。

大きなため息をつきたくなるような気持ちをはじめ色んな気持ちが噴出しまくりだった。

私1人だけが父の死を意識してる人なのかと思うくらい。

言うなら私は死を意識して、妹たちは一過性の体調不良ぐらいにしか思っていなくて、私の目が節穴で私の感じ方が大袈裟過ぎるのかと思ったくらい、ものすごい温度差だった。

感じ方の程度の問題だから、感じ方を私が変えることはできない。

私の心の中では何とも不思議な空気が流れていた。




妹たちがいる間に、父はいつもかかっている内科の先生から紹介状を書いてもらうためにクリニックに通院した。

2年前なのか3年前なのか、父は何かの精密検査のために今回同様、紹介状を書いてもらってそれを持って検査を受けたことがあった。

父いわく、大きな総合病院に紹介状を持ってかかっても、初日は内診を中心とした初診で、その時に精密検査の検査予約をして、後日改めて検査をするとのことだった。

だから
1、かかりつけの内科にかかって紹介状をもらう
2、紹介状を持って大きな病院へかかる
3、2とは別日に大きな病院で精密検査を受ける
の三段階があると知った。

そんな風だと時間がかかるから、とにかく早く紹介状を書いてもらって、早々と大きな病院を受診するのが先決だと思った。

ところが今回は、総合病院のシステムの変更なのか、それとも父の健康診断の数値が悪すぎるのか、理由は知らないけれど、なんと直で精密検査の予約も取ってもらっての紹介状となった。

かかりつけ医がそのようにした。

そんな話を父は帰って一番に顔を見た私にそれを言ってきた。

そして「最初言われた今週の金曜は仏滅だから縁起が悪いと思って、大安の来週の金曜にしてもらった」と言った。

うちの父ほどそうしたことに無頓着な人もいなくて、唯一葬式の友引だけを気にするのみで、あとは基本仏滅だろうが大安だろうが何も思わないようだし、そんなことに何かの願をかけるなんてことはまずしない人だとばかり思っていた。

何でそんなことを言うんだろう…と私は普段とは違う父のあり方を知って、またひとつ、胸がキュッとなった。

そんなこと気にしない人が気にするって…。

本人も相当自覚してるとしか私には思えなかった。

そして、さらに驚いたのは、どうもそのことを父が言ったのは、私にだけらしい。

母にその話をしたら、「そんなこと言ってたの?」と返ってきた。

妹にも聞いたら、医師側の都合で日にちが変更になったことは言っても、大安だの仏滅だのに父がこだわって日にちを希望したことは言わなかったようだった。

父は何十回と同じ話を繰り返す、典型的なおじさんあるあるだから、こんなこと普段なら何十回だって話してくる。

なのに今回は、そんなネタとしては面白そうな内容を父は私にだけ言って、他の3人(母と妹たち)には言わなかった。

いつもと違うことを今このタイミングでされるのは、変に疑ってしまう。

いつもと同じであることをこんなにも強く願ったことはない。

ちなみにかかりつけ医経由で検査予約をしたら、大病院の先生の都合で大安の日は学会なのか何なのかで不在、前の日の予約に変わった。

結局、父の検査の日は仏滅となった。




その病院に長いこと勤務していた友達(今は同系列の別病院に勤務)がいて、その子に紹介状付の初診でいきなり検査予約までできるのかを聞こうと思えば聞けた。

過去10年以上に渡り、何かしら体の不具合や家族の不具合があると、それについて専門的知識で答えてくれる看護師の友達がいる。

その子にも連絡を取ろうと思えばいつでも取れる。

だけど、私は今回どちらにも連絡を取らないことにした。

もうなるようにしかならない、そう思った。

そして、もし今回の流れが通常とは異なると知ったら、それの方が今の私には受け止められるキャパがないから、どっちみち近くに検査をするから、色々知るのはその時でいいことにした。

今普通に生きている父だけを見ていたら良い気がした。




姪っ子や妹たちがいた時に、私は普段なら絶対にしないことをした。

基本的に姪っ子たちがいる時、私は最低限の連絡を誰かと取ることはしても、長電話をすることはまずしない。

そもそも電話もしない。

しても、メールやLINEのみ。

目の前の姪っ子たちとの時間が大事だからそちらを優先する。

今回は、待ったなしの事情が急遽浮上してきた。

長いメールを書いたり、長電話を2人とした。

1人は全く電話どころか連絡を取る予定もなかった。

だけど連絡が来て、当初はLINEだけであっさり済ませる予定が、共通の友達2人の危機的状況をその人はその人でやっぱり心配していて、それがわかって私から電話を持ちかけた。

なんか電話した方がいい気がすると思ったから。

電話して大正解で、社会的立場で今回の事の次第を見ると、本当の本当にとってもやばいことがわかった。

私は事の重大さをかなり甘く見ていたけれど、今回電話で話した友達Aは、それがいかに危ない橋で今後どのような危険をはらんだものなのか、私にとてもわかりやすく説明してくれた。

今私たち共通の友達2人の人生そのものがかかった大きな局面にある。

プライベートな仲間内でやりとりをする範疇なんか、本来ならとうに越えている。

本当は正式な社会に通用するやり方で事を解決するのが筋だと思う。

それを私が「お願いだからもう少しそれを待って欲しい」と渦中の1人にお願いして、当事者のもう1人側にも話をさせて欲しいと言って、正式な解決方法ではない別の友好的な方法で解決できないものかと、今超ギリギリのラインに立っている。

それを私は自分1人でやるつもりでいたし、そんな細かなことは周りの他の友達は誰も知らなくていいと思っていた。

だけど、別の友達Aから連絡が来て、Aも2人の先を案じていると短い文面からすぐにわかった。

Aもわかっている。

今回のことが、本当に一歩間違えたら、2人の選手生命を絶つぐらいのレベルなことを。

だから私がそこに首を突っ込んでいることを知って、連絡をくれた。

Aが野次馬的な感じではなく、本当の本当に2人の先々を案じていることが短い文章の中で即伝わってきたから、私も連絡しようと思った。

電話して正解で、Aは専門知識と経験をたくさん積んでる人ゆえ、今回の問題点と解決方法をズバリと言ってくれた。

それは社会的な立場でずっと色んなことに携わってきたAでなければ助言できない内容だった。

渦中の2人のうちの1人に近々連絡をするけれども、今回電話をしたAにお願いをした。

もし話がそこそこきちんとできて、そしていざ実務レベルでの対応の話にまで事が上手く運んだ時、私は実務に関してはパーチクリン、本気の無知無能だから、その時にAのことを引き合いに出して、Aが知っている実務レベルでの専門的助言をその電話する予定の渦中の1人に提案してもいいかと。

そこはスーパー上手く言う予定で、私がお願いしたということ、本当にお節介もいいところだけど、私が自分の勝手な考えで足りない知識を補うために電話して確認したこと、確認したらAがこの上なく専門知識を持ってそれを知識のない私みたいな人にもきちんとわかりやすく説明できる人とわかって頼んだことを説明するから、本当にお願いできるならお願いしたいとAには言った。

Aは二つ返事でやりますよと言ってくれた。

自分ができることなら、それは2人の人生をも左右することだから、やれることはやりますよ、と快諾を得た。

私の中で希望的観測を立てた。

渦中の2人は、今まともに2人で話ができる状態にない。

友達Xと友達Yの間のことで、X側からは一通り話を聞いた。

Xがあとは対応するだろうと思ったのと板挟みは単に面倒で、私はYには一切連絡を取らなかった。

そうしたらYから連絡が何日か前に来た。

Yの短い文面を見たら、放っておいて事の成り行きを見守ればいいレベルにないことを察知した。

Xではもはや大事な部分が伝わらないのは確実で、だからそこが少しでも伝わるように、まずは大きな心的ダメージの部分を話を聞くことで緩和できないものかと思った。

そこが緩和しなければ、心が抵抗しまくって本当に大事なことが伝わらない。

私は専門知識はないけれど、感情を動かして物事を動かすことしか今は多分無理だとXには説明して、それでそうした切り口からYとやりとりしようと思うから、それが終わるまでは他の社会的手段に出るのを待って欲しいとお願いした。

社会的手段では、形は解決するかもしれないけれど、事の重大さや真意が伝わらなくて、最悪な結果を未来に招く可能性がある。

なんなら、X・Y共に、2人それぞれの超マニアックなキャリアの道が閉じる可能性だってある。

2人のそれぞれのキャリアは何千人、何万人の人たちをも救うすごいことで、それを今の小さな事でこんがらがって社会的損失を生み出す方が痛いのは火を見ずともわかる。

現にXは私と超寸前のところでやりとりしたことで、周りの専門家からのアドバイスではなく、私が大事だと言い続けた方のやり方を採用した。

XにはYにも同じように心理的な対応をまずは試みたいと伝えた。

そして今回Aから連絡がきてAと話したことで事の重大さをようやく理解した私は、AならYも実務レベルのやりとりを話せるだろうと思った。

そして、YはAの話なら聞くだろうことや、Aになら素直に甘えて実務レベルでの色々ぶっちゃけた質問もできるだろうと踏んだ。

そんなこんながあって、当事者の友達Xにも連絡をその後入れて、事の次第を伝えた。

もうやれるだけのことはやろうと思った。

謎のお節介おばさんになっているけれど、とにかくやるだけやってダメなら仕方ないけれど、今ならまだとてもやさしい方法での解決への道の可能性が残されている。

それに賭けるしかない。

私がやらかす可能性も多大にあるけれど、とにかく誠心誠意を持ってやれることをやるしかない。

私は心理的な部分のほつれを担当して、Aには実務レベルの部分を担当してもらうことで今のところ話がまとまった。

そんなことを、3歳児主催のパーティーごっこなんかと時々テンションを入れ替えながらやっていた。




自分の名前を冠した書籍が、担当者の方より月曜日に届いた。

本当は家族全員がいる前で披露しようかと思ったけれども、色々ありすぎて心が落ち着かず、まだ封筒を開けたのみで中身は開いていない。

近いうちにそれはドヤ顔でブログにアップする予定だけど、そのことを家族に何かしら理解されず、思わぬ方向で言葉が飛んできても嫌だと思って、それでみんなに見せるのはやめた。

家族こそ、こういう時に一番喜んでくれる可能性と一番辛辣なコメントを言い出す可能性の両方を持っているから、私は後者におののいて、今回はとりあえず自分1人が先に見て落ち着いたら家族にも見せることに決めた。

そうでなくても、上の友達の件や父の体調の件であれこれ心が重苦しくなっているから、そこは慎重にいこうと思った。




今日水曜日(11/13)、派遣会社から電話がきた。

先週の金曜日に英訳の仕事のエントリーをしたいと申し出て、それに対する調整が終わって連絡が来たのかと思った。

電話は全く想像もしていなかった展開となった。

まずは事務方の担当者の方が事の次第を伝えて、「相手企業さんと調整中でもう少しお待ち下さい」と言われた後に、武士俣さん久しぶりですから営業担当のWに代わりますと言われた。

私はこの派遣会社から2つの仕事を過去に繋いでもらって行かせてもらったけれど、一度として内勤と外勤(営業)の2人と同時に電話口で話したことなんかない。

すでにおかしいと思った。

外勤の人は、2年前の春先まで勤めたところの担当者の人で、私が基本的に何でもずけずけと聞くのも、派遣先の企業と派遣元の会社のやりとりなんて本来私が聞くような立場に全くないのに、そういうことも聞いちゃう人だというのを知っている。

だからWさんは今回ももれなく、聞いてもないのに現在どのような事態に転じているのかを教えてくれた。

社会人をしている中で、初めて聞いた話だった。

今回エントリーしている会社は、地元では超がつく優良企業、大手企業。

これを書くにあたり、私は従業員数とか設立年月日とか調べてきたけれども、雇用形態は不明だけど従業員数は余裕の1万越え、設立もその業界ではおそらくものすごく古い歴史のある部類に属すると思う。

世界的に有名な某メーカーに某部品を9割以上提供している会社で、そんな凄い技術の会社がなぜこんな片田舎にあるのかは知らないけれど、とにかくある。

何が言いたいかと言うと、派遣先企業には潤沢な資金がある。

そして、世界的メーカーがこれから先も100年以上存続するような部門のものだから、余程のことがなければ倒産しない。

そういう企業への今回は応募になった。
(派遣会社に問い合わせた時は、会社名が伏せられていて仕事内容しか書かれてないから、電話するまでどの会社の仕事かは知らなかった。)

さてWさんの話。

Wさんいわく、先方の企業が、年度の途中、実際残すところあと4ヶ月ほどなわけで、そこに私1人を派遣で雇う資金源について、話し合われているとのこと。

同じ金額を捻出するなら、事務方よりもエンジニアを雇いたい(派遣会社の情報にはエンジニアの募集はない)、今現在、部門の部長レベルで英訳事務を雇うか見送るかの話し合いが行われている、だからそれ次第でそもそも私の雇用に向けての面談をするしないも変わってくるとのこと。

現実に、そのポジションに入っていた前任者がなかなかやらかしてくれて、本人ももたなかったのと派遣先の会社側も希望しただろう雇用打ち切りみたいな感じで終わったことは金曜日に聞いていた(内勤の人から)。

だから私は、前任者が実際にやらかした事態になった時どう対応するかを内勤の担当者から金曜日の時点で聞かれた(←こんなことも初めて)。

その部分はクリアできそうだったけれども、英語力の面でどの程度何を求められているのかわからなくて、企業さんの希望に合わない可能性もあります、というのは私の方から言った。

そうした前例もあって、そして私の履歴書的なものもさぞかしやばそうな感じで紹介されているだろうことも想像がつくから、色々難航しているのだろう…とは思った。

ヤバイというのは、転職しまくりな私の履歴書は一般社会からは見栄えが悪い。

今は就業期間や年齢を書かないことになっているらしいけれど、そうであっても私に積極的に会いたいとは、優良企業であればあるほど抵抗を覚えると思う。

そして、本当に何が真実なのかは知らないけれど、もしその資金云々の話し合いが本当であれば、それさえも私からすると「変」と感じた。

そんな派遣先の企業が雇う気があるのかないのかわからない仕事だと派遣会社は知らずに募集をかけてるわけがない。

少なくとも、派遣先の企業からこういう人材が欲しいと打診があって、正式な契約も交わして、派遣会社は募集をかけているわけで、何この訳の分からない実際は!?と思った。

派遣先企業が雇いたくて派遣会社に求人を出してるはずなのに、何で今さらになって雇用するためのお金があるとかないとかいう、そんなレベルの話なのか、はっきり言って支離滅裂な事態になっている。

もはや神ってる異常事態で、私にはとにかく「不思議」としか映らなかった。

そこまで来た時に、ピンときた。

行ってはいけなければ、今回は確実に落ちる。

反対に、絶対的に行く必要があれば、予算だの他の懸念事項だの全てクリアしてでも私は行くことになる。

そんなの神々の審議会レベルのことだから、私はもうどっちに転んでもいいと思っている。

ただ落ちるなら落ちるで、私の生活や親との諸々の(面倒な)やりとりがあるから、さっさと落としてねと思った。

落ちたら落ちたで私はすぐ次を探す必要がある。

もし採用の方向で話が動いたら、それは行って大丈夫だから何もごちゃごちゃ考えずに引き受けようと思った。

ということで、先々のことは今もなお宙ぶらりん街道をひた走っている。

そういう状況だけあって、そりゃ派遣会社も2人揃って状況説明を懇切丁寧にするよねーと思った。←こういうネタだけは、私の場合事欠かない。




姪っ子と妹たちを駅まで送った後、家で久しぶりにのんびりして、ドクターXの再放送を見て、少し昼寝しようかと畳の上にひっくり返っていた時だった。

米の仕事でお世話になったヨシダさんから電話がきた。

今は枝豆に関する期間雇用で同じ敷地内の別施設にヨシダさんは行っているけれど、それが明日で終わるとのこと。

飲み会があるから来ないか、代行代は俺が出すと言われたけれど、20キロ近い距離の代行なんて金額の想像もつかないから、それはお礼を言って、行くなら私は飲まずに顔を出すし、他の人たちにも声をかけて行けそうなら行くと伝えた。

それとは別に、本当の用事の、農作に関する資料作りのために金曜に集まりたいと打診があった。

ヨシダさんの方も資料の整理が終わったとのこと。

それはヨシダさんが何十年という農業技術に関して色んな角度から携わって、そこから導き出したこれからいつでもどこでも誰でも活用できる虎の巻みたいなもので、ヨシダさんはそれを自分が関わった何百軒という農家を回って配り歩きたいとのこと。

そのために見える化した資料が必要で、パソコンを使えないヨシダさんはずっとそのままにしていたけれど、私はそれをヨシダさんに代わって作るところだけ担当すると1ヶ月ほど前に会った時に申し出た。

それのための第1回目のミーティングを金曜にしたいとヨシダさんは言った。

私も、何せその英語の派遣の仕事が宙ぶらりんだから金曜などまだ余裕で空いていて、二つ返事で空いてると伝えた。

ということで、金曜日にヨシダさんと会うことになった。




現実的なお金を稼ぐ仕事の話は全くまとまらず先行き不透明だけど、そうではない超プライベートだけど人の人生がかかっている方の話はどんどん進む。

ものすごいカオスだけど、そして相変わらずはたから見たら引きこもりニートなわけで、それに対して弁明などする気もないけれど、とりあえず来たものから着手することにした。

プライベート側は、今のうちに積める徳は積んでおこうと思うv( ̄∀ ̄)v←色々考え方が腹黒い。

結婚とか、パートナーとか、そういうことに邁進したいのに、相変わらず逆走してるとしか思えないことになっている…(  ̄Д ̄;)|||

自分のことにも足踏みしている。

それでも今来たものは、個人的な何かや人でも、それはやっぱり今生縁があってこのようになっていると思うから、それだけは後悔のないように自分の最善は尽くしたいと思う。




今日の夜、大根をすって大根おろしにした。

焼肉に大根おろしをつけて食べたらおいしいだろうというのと、大根おろしは父の好物だからそれなら父は確実に食べてくれるだろうと思ったから。

大根をおろしながら、私はこの3年近い自分のやってきたこと、正しくはやってこなかったことをものすごい後悔いっぱいの気持ちで振り返った。

父は偏食大魔王で、そして好き嫌いも激しい。

大根おろしが大好きなのは子どもの時分から知っているけれど、私は大根おろしをするのが基本的に面倒だと感じる。

これまでなら面倒がって大根おろしなんか用意しなかった。

だけど今は違う。

父の好きな肉でも、今の父が食べるか食べないかはわからない。

何でもいいから、食べれるものを食べて欲しい、そう思うようになった。

もういつかは、どんなに食べさせたくても食べれない時、食卓を共に囲えなくなる時がくるから、だからもう今は何でもいい、食べれるものを1つでも2つでも増やしたい、その一心で作っている。

本当に私はそこだけは大変幻した。

私の変なこだわりはどうでも良くなった。

私のこだわりよりも優先させるものが出てきたから。

命があとどのくらいあるのかは知らないけれど、それに対して私は自分が「あの時こうしていたら…」というものだけは極力避けたい。

大根おろしを用意してもお父さんは食べなかったねー、の方がいい。

大根おろし面倒だから用意しなくて、当然用意されてないものはお父さんも食べないよね、なんてのは私が嫌なんだとわかる。

だから、用意できる今、食べても食べなくてもいいから、大根おろしを準備した。

大根を雑におろしながらそんなことを思った。

さすが牛肉も大根おろしも好物な父は、今日の夜両方をきれいに平らげた。

そんなに好きなら、父の牛肉だけさらに枚数を増やせば良かったと思った。

私のごはん作りのスタイルは変わった。

今は確実に父が食べるものを必ず1つは献立に含めるようにしている。

食べないかも知らないけれど、「確実に食べる可能性」のあるものを用意するようになった。

食べることは生きること。

大病をして何年間か食べられない経験をした私の好きな料理ブロガーさんの言葉が、今ならよくわかる。

父の食べる行為は、そのまま父が生きる今日や明日に繋がる。

そう思って今はごはんを作っている。

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