2019年8月31日土曜日

eat LOVE de ノム (3ーA面) 魂からのメッセージ

【ぶっしーには、その小さい、子どもの、月のぼくが見えていて、そのそもそものぼくをふまえて、今のぼくを見てくれている。】

(ホロスコープで「月」は、0〜7歳の年齢域を表している。)

これはノムにいつかお節介的なメッセージを送った時に返ってきた返信だった。

ノムからたくさん癒しの言葉をもらい続けているけれど、この一言はその中でも特別で大きな意味が私にはあった。

これはノムに限ったことではなく多分誰に対してもわりかしそうだと思うけれど、私には人の子どもの頃からのパターンとか感性みたいなのが、はっきりくっきりわかるわけではないけれど、なんとなく感じたりわかったりする。

言葉遣いに出る人もいれば行動パターンに出る人もいる。

言葉では何ともないんだけれど、言葉以外の無言の部分にそういうのが表れる人もいる。

1つ言えるのは、そこはとっても繊細な部分だから、人によっては触れられてしまうと怒ったり否定を私に向けたりする人も中にはいる。

私も触れる時は超慎重になるし、そもそも触れても大丈夫な関係かどうかも見るし、私にとっても結構な危険度合いのものだったりする。

怒られたり否定されたりもしたことのある行動ゆえ、私もかなり身構えるけれど、なんとなく言えそう…と感じられた時はそっと口に出してみる。

その時もノムにそっと言ってみた。

そうしたら上の文章が返ってきた。

私にとっては最大の賛辞だった。

そしてもしかして私はノムとそのようなことを積み重ねながら、その背後では虎視眈々(こしたんたん)と探し求めていたのかもしれない。

自分が自分の力を最大限に発揮しても、その自分の力を受け止めてくれる誰かを心の中でずっとずっと探していたのかもしれない。





その機会は思わぬ形でやってきた。

ノムにしても私にしても、どちらもその機会を望んでもいなければ、それをやろう!なんて相談も一切なかった。

顕在意識(自分たちが普段から認識できる意識の部分)では、共同で書く仕事をしよう!ということのみと、それとは別に互いにメールでやりとりするだけで、それ以外2人で何かをすることは全く計画にもなかった。

普段のメールとは違っていたけれど、私はそれを「魂からのメッセージ」だとは一切知らずにひたすら書いていた。

本題に入る前に、私が「魂からのメッセージ」と呼ぶものの内容を簡単に説明したい。




私の中で、人間1人の中には3つの意識レベルがあると思っている。

私の認識だから、実際の学術的説明とは違うけれども、私はそれで事足りてるからその認識のままでいる。

・顕在意識
・潜在意識
・魂意識

顕在意識は、「今日〇〇食べたいな」「〇〇するの面倒だな」「〇〇楽しみ」「あいつ超ムカついた」みたいな、普段自分の頭で認識できるもの。

潜在意識は、非常にわかりにくくて、普段私たちの意識には上って来ない。

例えば、顕在意識で「あいつ超ムカついた」だとするなら、潜在意識では「あいつは周りを味方につけてばかりいてズルイ」とか「あいつは都合が悪くなると全部こちらのせいにして、そうやって生きられて羨ましい」とか、言うなれば本心の方。

ダイエットなんかがわかりやすい。

痩せたいと思っても痩せる努力をしないのは、痩せるための努力が面倒だから。

さらには、太っている自分でも可愛いとかそれがいいと言われたいなどと、わりかしタブー視してるものが数多く含まれる。

だから、[太っていてもそのままの自分でいいと思われたい]という思い(=潜在意識)が強ければ、痩せる努力してうっかり痩せると、太った自分でいいと言われる機会を失ってしまうわけで、だから痩せない風になっていく。

実際はそんな単純なものではなくて、色々見ていくと「子どもの頃に太った自分をバカにされてそれが悔しい」とか、「ダイエット宣言したら周りから『ダサい』と言われて、堂々とダイエットしていると言えなくなった」とか、「お母さんは太ってないのに、お父さんから太ってると言われまくって、そのお父さんの見方がすごく差別的で嫌だから、痩せてたまるかと思っている」とか、「思春期に性的虐待をされて、容姿がブサイクなら誰も手を出さないかと思ってわざと太った」とか。

とにかく深い意識下では何が本当に思われたり感じられたりしているのかはわからない。

ちなみに心理学では、顕在意識:潜在意識の割合は3〜5%:97〜95%と言われている。

私が一番しっくりきた割合は、1:無限大(♾)だった。

ちなみに現実に反映されるのは、顕在意識側ではなく潜在意識側の方。

だから、思っていることや願っていることとあべこべなことが起こるのはそのせい。

魂意識というのは、潜在意識だけではなく、魂として生まれてきたその計画や、過去世・未来世合わせて魂が転生した・するとされるすべての記憶を司っている、と言われている。

スピリチュアル用語だと、「魂の青写真」「アカシックレコード」とかになるかと思う。

魂意識は潜在意識も含めてすべてを包括しているイメージ。

話は戻して、私が言う「魂からのメッセージ」。

今から1年半前、桜の樹の下で、「眠れない」と友達のような関係になりつつあった人から近況を聞いていた時だった。

その時に「ハーブティ、ハーブティ、ハーブティ」と言葉が出てきたのが、私が自分のこの体質に気付いた最初だった。

これまでに10数人の人に魂からのメッセージを書いていて、回を重ねるごとにパワーアップしていった。

ちなみに2人目ないし3人目にした人は、いきなり長年の身体の病気が寛解して、それと魂からのメッセージの関係は当然知らないけれど、そういう可能性をも引き起こすものだというのは何となく知った。

その後も関わった人たちに渡すと、その人たちの人生やその人たち自身のことに対して、大小様々な変化を引き起こすというのがわかってきた。

からくりは正直わからないし、魂からのメッセージだという本当の確証はどこにもない。

だけど、渡された人たちを見て、それがその人たちの人生にとって、とてつもなく大きな分岐点や大事な選択を前にした時に渡っていることもなんとなくわかってきた。

先に言うと、私側はそれがどういうタイミングで来るのかや、メッセージの来る来ないには一切関与できない。

ちなみにタイミングは「相手の人が自分の状況を私に話したら起こる」としか言えない。

対面・メール(LINE)・電話、どれでも良くて、とにかく来る。

相談されてるとかいうのとも違う。

顕在意識では相談してない場合の方が多い。

実際にそれがどうやって起こっているのか私はその仕組みはわからないし、何で自分はそういうことができるのかその理由もわからない。

ちなみに何かやり方があるのでもなくて、本当にそうなったら私側はメッセージを受信するだけだから、具体的な手法があるのでもないから、その細かなメカニズムは説明のしようがない。

ただそうなだけ。

本当に認識できたのは1年半前ぐらいだけど、実際には少なくとも10年くらい前から日常的にできていたと思うし、感謝されることもあれば罵倒されることもあった。

ちなみにキャッチしたら、この1年半くらいかけて、私もどうなるのかわかるようにはなってきた。

ただその辺りもまだまだ不明瞭なところがたくさんあって、さらに人の人生の根幹やその時々のその人にとっての大きなテーマを触ることにはなるから、私も相当神経を研ぎ澄ませている節がある。

容易くなんて当然できないし、それが一歩間違えたら、相手を傷つけたりする可能性もあるから、そこは本気で毎回全力で気をつける。

私がどこかためらって外に発信しないのは、私の中でもこれも含めて自分の人生にまだまだかなり不安や自信のなさはじめ色んな気持ちや想いがあるから。

しかもこれまでは自分の精度にも自信がなければ、かなり内容がヘビーなのもなんとなくわかるから、覚悟はもちろん、方法も伝え方もどこまでも色んなことを求められていた。

実はこの辺りは5月の終わりぐらいから良い意味で変化が起きていて、そして今回ノムの分をやって大爆発した。

大爆発というのはスパークしたという意味で、才能と呼んでいいなぁと思うけれど、それが一気に開花した。

その話を今回はしたい(前置き長っ( ̄∀ ̄;))




これはいつからそう思っていたのか具体的には思い出せないけれど、少なくとも5月にノムが私に絵を銀座のカフェで贈ってくれた時には確実に思っていたと思う。

ノムは書くことが好きなだけじゃなく、とても大切に思っていることは感じていた。

その辺りからメールやLINEを交わすようになってから、より一層そう感じるようになった。

ノムはそんな風には当時全く言わなかったけれど、そういうことって伝わる。

言葉にしなくてもものすごく伝わってくる。

だからこそ、ノムが文章を書くことを、ある種「頑なに」避けるみたいなのはうっすらと気付いていたし、私の書く文章を褒めてくれるのは単純にすごく嬉しかったけれど、何でノムは書かないのか、さらに謎は深まった。

今30枚以上、ページにして60ページ以上のノートをペラペラとめくって、ノムが発した言葉で「うん??」と思ったものを探し当てた。

7月25日、ノムが電話越しに私のホロスコープを読んでくれた時のこと。

ノムはこんな風に言った。

「ぼくもぶっしーも同じことをする。
メッセージを受信して、
ぶっしーは言語にする、
ぼくはビジュアルで物体化する、
それぞれオリジナルの回路で表現する」

(「ビジュアルで物体化する」=「絵を描く」)

これはとっても嬉しい言葉でありながら、私は「ノムは何で絵に限定するんだろう?私以上に言葉で表現できる人なのに」と一瞬思い浮かんだ。

だけどその時のメインは私のホロスコープの読み解きメッセージだったし、私も私でノムの星読みを聞いてメモするのに忙しかったから、そのままにした。

さらに、ノムは「もうライターを続けられない」となって、書く仕事から数年前に離れたという話をしていたから、そこは余計と深い事情あってのことだと思った。

そんなこんなの色々があって、ノムに書くことを私から触れるのは避けようと思った。

ノムが話したくなったら話すだろうし、そうでなければ自分の胸の中だけにしまっておきたいか、もしくは話すタイミングにまだ至ってないかだろうと思った。

ずっとそう思っていたのに、あの時の私は禁断の園に自ら侵入してしまった。

そんなつもりなかったはずなのに、言葉足らずで誤解を生む言葉を私は突然言い出した自分を見て驚いた。




前回のブログ『eat LOVE de ノム ⑵ 長電話の意味』より
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細かいことは忘れてしまったけれど、私はその6時間電話の時に、あるサイトに掲載されていたノムの文章について触れた。

ノムに出会う前にどうやってノムの個人ブログに行き着いたかを調べていたけれど、違うサイトばかりがヒットしまくりで、それでもしかしてそこから個人ブログに飛んだのかと思って、それで私は片っ端からヒットしたサイトを見ていった。

その中の1つに私は「違和感を覚えた」。

今思うと「他のとは『違う感じ』がした」ぐらいにも言えたのに、電話越しの私は、どストレートに「違和感を覚えた」とノムに直接言った。

それは批判とか非難では一切なくて、何かが違っていて、でもそれが何なのかわからなかったけれど、ノムと電話で話しているうちにそれが何かわかった気がしてきたのと、それを何とか伝えたくて言葉にしようとしたものの、その時の私は恐ろしいぐらいに言葉が出てこなかった。

代わりに、どストレートに「違和感を覚えた」しか出てこなくて、電話越しにもノムに負の何かを与えてしまったのはわかった。

全力で説明したけれど、絶対にどこかわだかまりなり喉に小骨が刺さったみたいなものは残してしまったと思う。

当たり前だけど、そんなことをしたかったわけじゃない。

もっとノムに伝えるべきことは他にあった。

あったけれど、私の言葉が完全に上手くなかった。

ノムは最初こそ「えっ!僕はあの文章だって本当に大切に書いたのに」みたいなことを言って、ぶっしーの言ってることは僕からすると違うとなった。
(ここは2人とも大人だからケンカとかじゃない)。

書いてて思い出した。

私が言ったことの1つに、その私が検索の途中で見た文章は、「ノムが書いていることには変わりないんだけど、ノムが書いているのにノムが書いていないみたいな印象を受けた」的なことを言った。←完全にやらかして火に油を注いだ人。

色々言葉が足らなさすぎて、全力で何とか伝えたいことを言うんだけれど、多分あの時すべてがすべて空回りではないけれど、何か噛み合ってないまま言葉だけが電話の電波に乗せられるみたいな感じだったと思う。

(中略)

もしあの時私が聞き心地の良い言葉だけを並べられたとしたなら、その後ノムにノムからの魂のメッセージを伝えることは絶対になかった。

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1つ1つ丁寧に振り返ると、本当にすべてがとってもよくできていた。

どうしてこの度、私からノムに書くことを触れられたかと言えば、そもそもは書く仕事を一緒にすることになったというのが大きい。

これが例えば、「ホロスコープ」とか「心のこと」や「内観法」みたいなので共同作業をしようとなったら、ノムの書くことに関して深い話をすることは絶対になかった。

ましてや自ら禁断の園的な話を振るなんて、しようとさえ思わなかった。

私のその辺りの危険回避術は相当高くて、相手が返答に困るものは、相手を困らせたくないのと同時に、仮に相手が答えた場合、当然聞いた側の自分も「ふ〜ん」で終わらせられるはずもなく、その返答に困りながらも答えてもらえたものに対して、今度は自分も言葉を用意しなきゃいけない。

そんなのどう考えても面倒でフル気遣い必須で、それは自分にとっても得策とは思えないから、そんな危険を自らは犯さない。

だけどあの時の私はなぜかノムが触れたがらない書くことについて触れ、そして電話の直前に見たノムの書いたある文章が、読む時にどうしても感じが他のものと違ったから、それについて触れた。

「私の口よ、何を言い出してくれる!?」と思いながらも口は止まらず、どんどん墓穴を掘った。

書いた通り、空気は普段の和やかで明るい空気ではなくなり、微妙な緊張感が漂うものになった。

自分の言葉を後悔しながらも、今さら言ったことは取り消せないし、そして電話が終わった後も、後味の悪さは残った。

私はノムの書いたものや書いたことを批判したかったわけでは一切なかった。

言うなれば(今初めて言葉にできそう)、ノムの書く文章はそれが私宛てのメールでも個人のブログでもこの度一緒にさせてもらえることになった書く仕事のサンプル文章でも、その空気に触れるだけで癒しが起きたり、気持ちを包んでもらえたり、自分がやさしい気持ちになったり、そういうことが起こる。

その度合いは色々でも、とにかく毎回毎回そのようなことが起こっていた。

心が動くというか感じるというか、そういう感触がいつもある。

そんな中、私が今回口にしたサイトに寄稿されたノムの文章には、それがなかった。

ノムが一生懸命書いているのも伝わってきたし、丁寧に言葉を紡いだだろうこともわかった。

なんだけど、他の文章たちで100%起こっていたことが、そのサイトの文章になると起こらなかった。

それが1つならたまたまと捉えたかもしれない。

でも何せ「検索」するのが大事だったから、サイト内の文章をいくつかは確実に読んだ。

私の感覚の問題だと言われたらそれまでだけど、あまりにも過去に体験したことないもので、だから私は違和感を覚えた。

とかいう丁寧な説明は電話では一切為されず、溝を掘ってしまった。

だからこそ、私はそんなことではなく、他の文章たちの方では100%起こることの内容とそれがどれだけ凄いことなのかをノムにきちんと伝えたかった。

これもまた何ということだろう、神々の審議会のいたずらか!?という感じではあるけれど、実はその内容でのメールを私は7月のある時から下書きで途中まで書いてあって、ノムに伝えようというのは元々する気持ちがあって、さらには気持ちを行動にも移してた。

なんだけど、色んなことがてんやわんやであるから、そのメールはなかなか進まず、当然送るのも延び延びになっていた。

だから、伝える機会はそれまでにだってあったはずなのに、そうはならず今回の時まで延ばされた。

今思うのは、てんやわんやでも他の理由でもいいから、今回のこのタイミングまで延びることが大事だった。

なぜなら、もっと早いタイミングだったのなら、私はその他の文章の雰囲気とは違うサイトの文章にも行き着かなければ、その差にも気付かず、さらに差に気付かなければ私の余計な話にも繋がらず、そしてその余計な一言によって生み出された魂からのメッセージで、それがないことには今ある結果には絶対に至らなかった。

私の失言というか暴言というかは、今回の一連の流れにおいて、一番重要な部分で、そして全ての流れを引き起こすトリガーだった。

ノムはノムでこのタイミングであることが、本当にこれ以上ないタイミングだった。

ノムにとって2つの大きな個人的テーマ(大きな悩みのタネ)がちょうど片がついた時に私から魂のメッセージが送られた。

大きなテーマの1つは、2ヶ月近く悩んだことで、その悩みにようやく自分の答えを出せて、そしてノムはそれと決別する決意をした。

もし渦中なら、ノムは、ここまで受け取ったり感じ取ったりできなかった、みたいなことを私に教えてくれた。

ノムにとってもこれ以上ないタイミングで、ノム自身の魂からのメッセージが行くようになっていた。




ノムの魂からのメッセージは、ノムだけじゃない、私自身もものすごく癒された。

過去からずっと傷となっていたこと、傷として抱えていたものがあったから自分自ら閉ざしていたこと、閉ざすことで自分の資質(能力)までも閉じかかっていたこと、そうしたものたちが一気に癒されることとなった。

ノムは相変わらず私を癒そうとはしていない。

気にかけてくれたり丁寧に関係を紡いでくれているけれど、決して私を癒すことを意図として私にメールを書いてはいない。

ノムはノムの話や感想を伝えている。

なんだけど、それが結局私の癒しにも繋がっていった。

そして、ノムの魂からのメッセージを書いたことは、私の回路をさらに拡大、発展させてくれるものとなった。

私にはどんな癒しが起こったのかを次は書きたい。

本当はそれもこの回に含めようとしたら、あまりに盛りだくさんで、あきらめた。

ノムがつい昨日(8/30)、『ふしぎな次元の8月の終わりに』と題してメールをくれた。

それ見て私も8月中にこれをアップしたくて、それで全部なんて書き終わらないから、途中であっても書けるところまでを書いてアップすることにした。

さらに余談だけど、今回は『eat LOVE de ノム』の後に(2)だけにせず、(2ーA面)とすることにした。

この続きは(2ーB面)に。

カセットテープのA面B面をイメージしている。

同じテープの中にAという側面とBという側面が同時に存在している。

今書いたのは外側の話。

今度は内側の話、B面を書こうと思う。

しかも、B面のBは「ぶっしー」の「ぶ」イコール「B」も兼ねていて、気に入ってる。

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