2018年5月5日土曜日

運の強い人

私の順不同なホロスコープ解読。

5月に入ったらまた新しいテーマに首ったけで、今はその方面を調べてる。

そもそもは妹のホロスコープの解説を延々とwordで打ち込んだ時に、妹の分は天体の位置が境界線ギリギリに入っているのか、はたまた次のところに入るのかという微妙なものがあって、それを見極めるために無料のホロスコープ作成サイトを使って見ていた。

目一杯拡大しながら、どの位置になるのかを見た時に、妹の情報の方が追加の機能で詳しく出せることを知った。

自分のものもそのサイトで見たことあったかな?と思って、自分の分も出してみた。

そうしたら、これまでに見たこともない線がどんどん描かれていて(アスペクトと呼ばれる線)、それの解読をちょっとしてみたらめちゃくちゃ面白くてハマったと言う。

妹と比べても私の分はやたらと線が多かったし、どういう意味かわからないけれど太い対角線みたいなのがいくつかあって、それは妹にはないものだった。

その太い線とかやたらと整った二等辺三角形とか、良い悪いもわからず紐解いたら、出てくる出てくる私の人生模様。

ここ近年はそうでもないけれど、以前は「吉座相」「凶座相」なる区別がされていたようで、私のは後者の「凶座相」で目立つものがいくつかある。

だけど、近頃ではそう白黒判断せずに、凶座相なるものを持つ人はそれを自分の中で取り込んだり上手に付き合うことで、ある種普通にはできないようなことができるようになったりするから、それで凶ゆえにダメということではないらしい。

そういうものに付き合って自分なりの方向性を見出す、活用の方法を見出すのが大切らしかった。

それぞれの特徴を読みつつ、すんごくわかりやすい内容のものがいくつかあった。

まさに自分の人生に起こっていたことが端的に表現されてたものを目にして、ものすごい納得した。

そしてそれは私の気持ちをものすごく楽にしてくれて、そして希望まで見せてくれた。

私の30代の最大の学びは「自分の力ではどうにもできないことがあって、それはそういうものだと受け入れて前を向くこと」だと自分では思ってる。

本当によくわからない出来事の連続だったし、それで自分を責めたり自分の不甲斐なさに嫌気がさしたりと色々だったけれど、それでももうなるようにしかならないと腹を少しずつ括れるようにはなった。

そのような内容のことがその太い線や三角形が織りなすパターンから読み取ることができて私は感動した。

そして両極端を経験する意味も、自分にとっては不愉快だったり理不尽だと思うことをあれこれ体験することも、色んな意味でようやく納得できるようになってきた。

その辺りはまたどんどん理解を深めるにしても、今回最大の大きな希望は、私と同じタイプの二等辺三角形(「ヨード」と呼ばれるもの)を持ってる有名人たちを知れたこと。

印象に真っ先に残ったのは、大好きな作家の吉本ばななさんと野球のイチロー。

今もう一度見たら、オノ・ヨーコとか野球の野茂や新庄、ASKAとか酒井法子もいた。

ASKAと酒井法子を例に取るのは若干申し訳ない気持ちがあるけれど、でもすごくわかりやすい例ではあった。

このみんなに共通してるものは、相反する3つの違う性格を自分1人の中に持ってる感じ。

私の場合で言えば、①ふわふわと目に見えない世界に夢中になる自分(そしてひっそりとしていたい)と、②自分は唯一無二の存在として目立ちたいという自分(←ちなみにここはこれまでの人生でピンと来てなくて今一生懸命自分のことを解読中)、そして③完璧主義な自分が1人の人間の中に同席してる。

当然質の違うものが自分の中にあるわけで、そんなのは普通には相容れない。

相容れないし、その相容れないゆえの葛藤も大きい。

だけどそれらを統合したり、うまいことお互いの良い面を足して活かせるようになると、相当生きやすくなる上に元々持ってるものもさらに発展するらしい。

ASKAやのりピーをかばうつもりではないけれど、何となく予想すると、この相容れない自分の中の色んなものと向き合うのは相当しんどい。

自分のことなのに自分では手に負えない感もよくわかる。

私と同じかは知らないけれど、同じ傾向を持つ者としては想像できる。

そのしんどさがマイナス方面に強く働くとドラッグとかになるのかも知れない。

ちなみにASKAが逮捕された直後に、私はどういうわけか興味を持ってASKAの所属事務所が発表した声明文(謝罪含む)を読んだ。

私はASKAのしたこと云々よりも、その文から感じる人間関係の中に身を置いていたことや、自分の持ってる力、そして弱い部分の自分、そういうものがもう限界に達しての騒動だったんじゃないかなと想像した。

本当に才能があって、その才能で繋がってる人間関係の中では、多分ASKAじゃなくてもしんどい。

事務所の声明文を見る限り、組織としては機能してるところでも、1対1の血の通った人間関係ではなさそうだった。

私は見てないからわからないけれど、少なくとも今回のTOKIOの騒動でメンバー4人が開いた記者会見のような人間くささは皆無だった。

たった1人でもあれぐらいにガチに自分に向かって来る人がいたなら、また違ったんじゃないかなと思う。

大人だから、才能があるから、家庭があるから、じゃなくて、自分が自分でいられる所、それが欲しかったのかもしれない。

そういうものが社会的にマイナスになる方向で見つけた結果があのドラッグ使用で逮捕だったのかなと思った。

居場所どころかそれがますます閉ざされてるような印象を持つ事務所の声明文だった。

それをひしひしと感じる文面で、マイナスに働いてる行動の方は社会的にひどいことでも、そうでもしないと本人も死にそうだったんじゃないかと私は思った。

同情も擁護もする気はないけれど、マスコミでは決して取り上げられないそうした部分が私個人としてはとても気になった。

反対に、相容れない部分をうまいこと融合させると、イチローや吉本ばななさんのような感じになると思う。

吉本ばななさんは大好きでかなりたくさんのエッセイも小説も読んだから、感覚的にわかる。

彼女が強烈に惹かれるものとか、自分でも我慢できなかった怒りのスイッチとか、読んでいていつも自分のことみたいだなと感じてた。

だからスピ系の教えで難しくて理解できなかったことは、私は彼女をはじめ何人かの作家さんや文筆家の方のエッセイでその教えを日常レベル・現実レベルで理解しようとしてた。

その手の星の配置は、使い方次第、活かし方次第で、凶にも吉にもなることがわかった。

そして、そのヒントは今探せば至るところにあるし、そして私がこの30代で積み重ねた数々の学びがすごく役立ってる。

こんな言い方は普段は好きではないけれど、調べてる時に出てきた言葉ですごく共感した言葉がある。

「運の良い人」と「運の強い人」とがいる。

運が良いというのは文字通りで、そもそもの運が良い。

反対に運の強い人というのは、運気そのものは良いとは限らない(むしろ悪い)。

だけど、そこから自分なりに学んで、対応して、そしてそのマイナスなことさえもプラスに生かす、そういう人を指すみたいな説明だった。

さらには運の良い人にはない、本人が自らそこに飛び込んで自分オリジナルの方法で何とかしたり努力したりするから、ある意味とても強いものを人生の中で手に入れることができるんじゃないかとあった。

それは私自身が目指したいものでもある。

不屈の精神を培うつもりは一切なかったけれど、そういうものを必要とする出来事がいくつかあった。

心が折れようが朝は来るし、現実の毎日がいきなり起きたら刷新されるわけでもなかった。

そんな不遇な時に試されてたのはまさに私自身の力そのもので、まぁ私自身の力だけと言うと語弊がかなりあってたくさんの人たちから助けてもらったけれど、とにかく最後は自分で起き上がるしかなかった。

そういう意味で、運を強くする方法は知ってる。

そして立ち上がった分、運も強くなった気がする。


私はこの今の自分の状態でホロスコープに出合えて本当に良かったと思ってる。

しんどいところや生き苦しさ、生きづらさについて、この上ない説明を得た。

それは自分自身をここまで見つめ続けた今だから、すっと入る。

そして凶座相と呼ばれるものがいくつかあっても、それが私が選んできた人生なら多分大丈夫なんだろうと思ってる。

ホロスコープの解説の中に「運命に翻弄される(人生の)配置」という言葉があったけれど、それもすんなりと受け入れられた。

むしろそうだとわかって、ホッとした部分も大きい。

そしてそうしたタイプは、とことん自分と向き合うことが大切になるし、そしてその色んな自分と協同作業して自分の意思で自分と共に生きることが開運ポイント。

色々迷っても答えはやっぱり自分の中にあるだろうし、その時々で体験することが多分大切なんだとも思う。

それを望んで今回の人生をオーダーしたと仮定するなら、色々あってもそれが計画通りなのかもしれない。

そして今色んなことを一旦は整理して次へ…という段階に来て、じゃあこの自分でどう生きていく?ということを見つめる時間が与えられた。

もちろん見つめるだけじゃなくて、苦手な行動に移す時間も(苦笑)。

運が良いかはわからないけれど、運は強いと思う。

その自分の運の強さに賭けて生きてもいいのかもしれないと思ってる。

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