2020年2月11日火曜日

心の伝言

「心の伝言」と題して、ことづて。

帰りの車の中でぼたぼたと降る里雪を窓越しに見ながら走っていた時だった。

「都合が悪いことがあるから連絡をしないんだな」

妙に納得した考えがふっとやってきた。

外は静かで、車もほとんど通らなくて、車の中は音楽の音と暖房の小さな音だけだった。

人が何かを行動に移す時は、何かしらそうすることの方がそうしないことより都合が良いからそうする。

それをする方が明るい気持ちになれるとか。

それをする方が上司に怒られなくて済むとか。

それをする方が周りから素敵に見られるとか。

それをする方が自分にとって何かしらの得があるからする。

反対に、行動に移さないのは、それをすることの方が不都合があるから。

それはどんな不都合なのかは知らない。

だけど、私に連絡する方がデメリットが多くて、私に連絡しない方がメリットが多い。

そう考えたらとても簡単なことだった。

そりゃ連絡しないよね、って。

私だって、相手の立場なら、私に連絡するメリットって何だろう?と思う。

勇気?を出して、覚悟?を決めて、そこまでして連絡するメリットって本当になんだろう。

私側はたくさんメリットがあるけれど、それに相応するぐらい相手側もメリットがなければ、そりゃ連絡は取らなくて当たり前だと思った。

連絡取らないことの方が、比較した時にメリットがあるからそうしてる。

そんな当たり前のことに今ごろ気付いたというか受け止めた。

私がこれだけ好き放題に書いて発信してそれを読んでるからこそ余計と何か言い出しにくいのかもしれないけれども。

私は彼女になれるとか特別な関係になれるとか、そういうことは全く思っていない。

「なりたい」と「なれる」のとでは全く意味が違う。

私の希望を言えば、連絡取れる関係になりたい。

そんなのに肩書きはいらないから、別に特別な関係どころか友達でもなくて、本当に底辺の「知人レベル」でいいから、連絡取れるならそれで十分と思う。

名もなき関係、スーパーウェルカム!

何が動機でもいいから、「連絡するメリット」が「連絡しないメリット」を上回ってくれたらいいなと思う。

私からして、「ホロスコープを見て欲しい」とかであっても十分嬉しい。

そして見るだけ見て伝えるだけ伝えて、はいサヨナラであったとしても、そういう役割だったんだと思えば少しずつ自分の中で納得することができると思う。

悲しくないと言うと嘘になるけれど、役割的なものはもう自分ではどうにもできないというのがわかってきたから、それが自分のところに回ってきているものなら、「そうだ」と受け止めようと心に決めている。

今のところ、不都合の方に軍配が上がっているから連絡をしないんだと思う。

だけど、未来のいつか不都合よりも好都合の方に軍配が上がる時があるとするなら、その時は連絡もらえたら嬉しいなぁと思う。

気軽に連絡して!なんて言うのも無理があるのかもしれないけれど、本当に切腹覚悟みたいなのじゃなく、「寒いですね。お元気ですか?武士俣」みたいなのでも十分な連絡だと大真面目に思っている。

なんだったら「渡されたもの、処分に困ってます。どうしたらいいですか?」でもいい。

書いてて結局何が言いたいのかよくわからなくなってきたけれども。

連絡することのメリットが連絡しないことのメリットを上回る時、もしそんな時が来るのなら、私はいつでもウェルカムです、ということ。

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