2019年5月28日火曜日

占星術中級編を前に

占星術中級講座を水曜日に控えて、今新しい境地に立っている。

数時間前まで、私は「ホロスコープ」というものを勘違いしていた。

重みがわかっていなかったというか、軽んじていたというか、とにかく自分側の覚悟みたいなのが完全に欠落していた。

数時間前、ホロスコープ用の備品を調達しに買物に出た。

間違いなく、今年の買物の中で絶対にベスト3には入る楽しい買物だった。

行き先がセリアやダイソーだろうが、楽しいは楽しい時間だった。

向かう道中の車の中だった気がする。

突然、「誰かのホロスコープを読む」という行為そのものが、私が思っていたことと全然違っていて、その奥深さにはたと気付かされた。

これから1〜2週間の間に書くと思うから今日は明言は避けるけれど、とにかくその行為の本当の意味が、突然カミナリに打たれたかのような衝撃を持って、頭の中を駆け巡った。

運転していた時間はトータルで1時間強だった。

そんな中、私は今日なんと自分の誕生日の311ナンバーの車を4台も見た。

盆と正月とクリスマスとバレンタインが一気に来たぐらいに、それもまたそれですごい衝撃だった。

そして、このブログを再開する前に、ブログを書こう!と決意するのを後押ししてくれた車も3台ないし4台見た。

これもまた珍しくて、その車は普段1時間運転して、1台見たら珍しいぐらい見ない。

しかも相当目を光らせてようやく1台見るぐらい。

なのに今日は3台4台と見て、日本三大花火大会が一斉に行われたぐらいのありえなさだった。

一度なんかは、311の車の前に、そのもう1つの幸運を示す車がいた。←右折レーンにいて、私は直進で追い越したから見えた。

そんなすごいシンクロ祭を堪能した後、さっきまでホロスコープの読み解きをしていた。

ホロスコープの神様が来たのかと思ったぐらい、これまで体験したことがないことを体験した。

占星術の人たちの中には「星が語りかけてくる」だの「星が言葉を紡ぐ」だの、それは国語で言うところの擬人法ですか?並みの表現をする方たちがいるけれど、私にはその感覚が全くわからなかった。

星は喋りもしないし(喋ったら逆に怖い)、難解な解釈たちはいつまでも難解で、私はあれに慣れることがあるんだろうか…?とずっと思っていた。

今でも難解なのは難解だし、わからないことの方が圧倒的に多いから、リサーチは欠かせない。

今日ももれなくリサーチだったわけだけど、調べてる途中で突然言葉が自分の中から出てきた。

これもまた、自分の中からなのか、相手の魂なり潜在意識からなのかはわからないけれど、突然言葉がいくつか連なって出てきた。

それはどこにも書かれていない情報だった。

キーワードだけならどこかには書いてある。

だけど、キーワード同士を繋げることが私はどうにもできなかった。

例えば今日なら、
・コミュニケーション
・知性
・自分のルーツ
・潜在意識
といったラインナップ。

中でも「自分のルーツ」は、本来の解釈の中にはない。

だけど、調べると出てくる。

同じことを調べて、いくつも「ルーツ」が出てくるから、この場合「ルーツ」は外せない。

でも、じゃあ何だ?って話で、いつもはそこで止まっていた。

ところが今日は突然言葉がスルスルと出てきた。

「自分のルーツを知るための知性」と。

スルッと出てきたはいいけれど、正直すごく戸惑った。

普通に解読したら、その言葉は出てこない。

だけど、その言葉が頭から離れない。

相手の子に確認して、私の感覚で書いてOKをもらった。

本当に理解してもらえてとても嬉しかった。

そう、初めて「星が言葉を放つ」という感覚を知った。

私の理解力が深まったというよりも、多分車を運転している時に、ホロスコープを見る際に何よりも大切なことに気付いたからこそ、星たちから見せてもらえる世界のような気がした。

ようやく私側の準備が整った…。

まだまだスタート地点だからゴールまでまだまだものすごく長いけれども、それでも少なくとも星は星の言葉で情報を届けてくれてると感じられるようになった。

誕生日ナンバーの車も幸運のシンボルの車も、どちらも「それが正解☆」と言ってくれてるみたいだった。

ということで、あと24時間したら新潟を出る。

これまでとは違う目線でホロスコープを学べるのが嬉しい。

この勢いに乗って、別件というか超本命案件もなんとか動いてはくれないだろうか…と思う( ̄∀ ̄)。

超本命案件はもうあとどのぐらいでもいいから、修行に修行を積んだ暁に叶えてもらえるなら、私はどんな修行も苦行も頑張るのに…と思っているv( ̄∀ ̄)v。

嘘じゃなく本気で。

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