2017年12月29日金曜日

今年の一文字「逢」④愛あふれる再会

【Sさん】

Sさんとの再会は1年と3ヶ月ぶりぐらいだったと思う。

Sさんは私が名古屋にいた時に一番お世話になった年上の女性だ。

そして私に色んな生きる知恵を教えてくれ、どんな時も絶対にそばにいてくれた人だった。

今年のお盆、まだ三重のとある町に住んでいた妹家族を父と母、私の3人で訪ねた。

その時に私は1日名古屋に出てそしてSさんと会ってきた。

後からSさんに聞いたら、何せお盆の最中前日か前々日に連絡してそしてSさんと会える運びになったけれど、Sさんにとっても私の指定した日は最初都合が悪かったけれど、それが色んな風に物事が動いてあとは自分個人の用事を動かせばその日を空けられることになって、こうして会いたい人には会えるようになってるんだねと言われた。

久しぶりとは思えないぐらいにとても自然な再会だった。

Sさんは最後私が名古屋を出る時、まずは引き払うアパートに来てくれ、その後新潟に帰る時間までずっと一緒にいてくれた人だった。

何せほとんどの人に別れも告げずに出た名古屋だったから(本当に会いたい人・お世話になった人にしぼって最後会った)、最後の日そんな風に時間を作ってくれたSさんにはとっても感謝している。

Sさんは会って真っ先に私に「ぶっしーちゃん、何か(いいこと)あったでしょ?」と聞いてきた。

Sさんは相変わらず鋭いなぁと思いながら、その時の近況報告も含めてあれこれ話した。

Sさんは私の話を聞きながらそれをものすごく喜んでくれた。

そして「すべて順調だね。計画通りだね」といつもと同じように言ってくれた。

このSさんというのはすごい人で、私の人生の中で出逢った人の中で1番波乱万丈な人生を歩んでいる。

名古屋にいて引きこもってた時も、あれこれ大変なさなかも、どんな時も「ぶっしーちゃん、辛いだろうけれど大丈夫だからね!本当に大丈夫だからね!物事がたとえうまく運んでないように見える時も、それが本人にとって必要なことが起きてる、そういう大切な時なんだよ」とそれはそれは優しく伝えてくれた。

今年の夏以降は、本当にどうしたものかと思う位のことがたくさんあったけれど、そんな時もSさんはずっと遠くから、まるで目の前にいるかのように見守ってくれてた。

そんなSさんとこの夏に再会できたのはとても大きかった。

 

【おばちゃん】

秋頃、私の名付け親のおばちゃんから母経由である仕事が紹介された。

新潟県内なら知らない人はいないような地元優良企業での仕事だった。

父も母もそれはそれは熱心にその仕事を私に勧めてきた。

先行き不透明すぎる、そして不安定すぎる私を見て、それは親の心配ゆえの推しであったことはよくわかった。

だけど私はそれを頑なに固辞した。

その仕事に1ミリも興味もなければ、もし行くことになれば精神崩壊しそうなのは目に見えていたから、私はそれをとにかく断った。

父も母も激怒したけれど私がどうにも首を縦に振らないのを見て、最後はもう断るしかないと言っておばちゃんに断りの挨拶に出向いた。

私は行かなくていいと言われたからその挨拶には行かなかったけれど、私を知って紹介の話をしてくれてるのも知っていたから後日1人でこっそりとおばちゃんを訪ねた。

おばちゃんとの再会が何年振りかはもう覚えていない。

でも大人になってからまともにおばちゃんと2人きりで会ったのは、その時が初めてだった。

おばちゃんはただただ私が来てくれたことを涙をぼろぼろこぼしながら喜んでくれて、そして話してる間中、ずっとずっとぎゅっと手を握ってくれていた。

私の方が背も体もうんと大きくなったけれど、私も子どもみたいにわんわんと泣いた。

こんなにも自分のことを愛おしいと思ってくれる大人がいること、それだけで泣けて泣けて仕方なかった。



 

Sさんもおばちゃんも「愛」を体現した人たちだ。

「愛」ですべてをすっぽりと包み、持ってる「愛」を全身全霊で私に伝えてくれる。

そんな人たちに人生で出逢わせてもらえたこと、私はとーってもしあわせなことだと感じている。

0 件のコメント:

コメントを投稿