2015年7月26日日曜日

舌の記憶

事の発端は、冷蔵庫の中にあった使いかけの「シュウマイの皮」。

使い切れなくて、保管していたことをすっかり忘れていた。

おそるおそるサランラップを剥がし、中の様子を伺うと、なんと使った当時のまま!

カビが生えてるんじゃないかと思ったけど、大丈夫だった。

ちなみに保管方法は、袋に入ったままのシュウマイの皮を袋ごとサランラップで包み、それをタッパ

に入れていた。

それで丸2週間きれいに保てた。

ということで、その皮を使い切ろうとアレンジを考えるため、クックパッドを開いた。

シュウマイは作る気になれず、かと言ってスープにしたり何か別のものを巻いて焼く気もなく。

クックパッドはそういう時に大いに役立つ。

そこに「ラザニア」がヒットした。

ラザニアはいいかもしれない。

若干手間はあるものの、そこまで大変じゃないし、スープや焼くよりも全然いい。

その流れでラザニアを作ることになった。

大学時代、ラザニアはわたしの中で定番料理だった。

数え切れないぐらいの回数作った。

ただ当時は、ミートソースのみを使ったラザニアで、ここ最近見かけたラザニアのレシピで、

「ミートソース+ホワイトソース」

という2段仕様もあることを知ってそれを試してみたかった。

両方作るのはあまりにも手間すぎる、ミートソースだけは市販のレトルトを使って楽をしよう、

そう決めて、おそらく人生で初めてレトルトのミートソースを買った。

結果から言えば、このレトルトのミートソースが全ての味を台無しにした。

食べれない味ではないし完食したけれども、とにかく市販のミートソースの不味さにびっくりした。

冷凍食品もレトルトもあれこれ食卓に並ぶ家で育ったけど、気付けばミートソースは母がいつも

手作りしていた。

そしてミートソースは手作りするもの、というのが定着しているから自分でも普段は作っている。

何をどうしたら今日口にしたレトルトのような味になるのかわからないけれど(材料はそんなに

自分が作るのと変わらない)、全く別物だった。

この舌の記憶は実に不思議で、例えばシュウマイなんかはわたしはつい最近まで「自分で作る」

なんていう発想は一切なく、常に出来合いのものを買ってレンチンしていた。

実家も同じで、母なんかはシュウマイを一度だって手作りしたことない人だと思う。

味噌汁のだしは、顆粒だしの代表「ほんだし」だ。

だから何でもかんでも手作りにこだわってもいないし、楽できる物は楽をしている。

ただ、子どもの頃からずっと慣れ親しんだ「レトルト」はOKでも、手作りで通してきたものは今さら

舌の方が受け付けないらしい。

そんなこと考えて食事を日々取っていたわけではないけれど、いつの間にか自分の舌には好み

が生まれていて、「レトルト」でもおいしいものとそうでないものがある。

ちなみにわたしが大いにはまっているコロッケは、スーパーで1個18円で売っているものだ。

値段も魅力的だけど、味がすごく好きだ。

実家ではそんなのは出てこなかったけれど、これももしかしたら冷凍コロッケの名残なのかも

しれない(冷凍コロッケはどんなに少なくても1ヶ月に1回は食卓にのぼった)。

食事は毎日のことになる。

基本的に食べることが大好きだし、好き嫌いもゼロではないけれど限りなくゼロに近い。

ただ、「舌」の方は知らず知らずのうちに「この味は好き」「この味はいまいち」というのを記憶

していて、今日みたいな「レトルト」に当たると、食べ慣れていないせいか不味く感じる。

反対に、食べ慣れたものであれば、レトルトでも美味しいと感じる。

その基準が何なのかはわからないけれど、それは間違いなく母が日々手掛けた食卓が大きな

土台となっている。

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