図書館であと少しで読み終わるよしもとばななさんの本をゆったりとしたソファーに座って読んでいた時のこと。
60〜70歳ぐらいの女性が何冊か料理の本を手にして、私の数メートル先の同じ形のソファーに座った。
その人が料理のレシピ本を見る本当の理由は知らない。
だけど、多分、家族に美味しいものを食べさせようという気持ちが底辺にある、そんな風に見えた。
もう何十年と主婦してます、料理してます、という雰囲気が漂っている。
気になったレシピは隅々まで読み込んでいる。
読むだけで頭に入る=普段から料理している人だ。
私はその女性を見ただけで涙が出てしまった。
毒出しはまだまだらしく、昨日(8日)の夜からまた一気にドンと落ちた。
手元にあった占星術の本にあった。
・どうすれば、もっと自分の気持ちに正直になれるのか?
・もはや適切ではないような感情のパターンを追っているのではないか?
・どうすれば、これらを解き放ち、自分をいつくしみ育てるよりよい方法を見つけることができるのか?
(『占星術バイブル』 ジュディ・ホール)
コミュニケーションでも、人間関係でも、責任でも、自己主張でも、自己表現でもなく、今の私はひたすら感情らしい。
上の質問は、蝕が起こる時にどの天体に重なるかで変わる質問みたいなもので、私の場合は今回「月」。
11日新月までこんななのかと思うとゾッとするけれど、もう仕方ない。
自分の中の何とかしたい悪しきパターンを前に、もがいてもがいてもがきまくってる。
と言うよりも、もはや何もしたくなく(けど、これは書ける!)、呆然と時間を過ごした。
私は今のこの時間が何なんだろう?と思ってる。
記憶がかなり曖昧だけど、名古屋にいた頃、ものすごく面白いことをしている絵を描く私より少し?多分離れていても一回りぐらい年上の男性がいた。
官製はがきのサイズの個展のお知らせは、畳2畳分ぐらいの掲示板の中ではとてつもなく小さかった。
だけど、私はある夜の日、23時は回っていたと思う、名古屋ドームのすぐ横にあったその掲示板に釘付けになった。
一度は通り過ぎた。
しかも食料品の買い物もしたから、両の手は重たかった。
なのに、私はスーパーの袋ごと数歩戻って、その妙に存在感のあるはがきサイズの案内を見た。
理由は知らない。
見てすぐにその個展に行きたくなった。
私は後日、その人が出ているという日に、電車を乗り継いであるカフェに行った。
その人は今目の前で私の願いや話を聞いて、そこから得たイメージをそのままはがきに絵を描いてくれた。
1枚千円だったと思う。
その人はそれを全額東日本大震災の寄付金にすると言っていた。
で、その時に多分20分前後やり取りしただけの時に、こんな話をしてくれた。
「僕はこうして目の前の人たちからその人の人生のある1ページを聞かせてもらう。1人の人生には膨大な数のページの脚本がある。その中のたった1つのページを僕にシェアしてくれる。その瞬間が僕にはとても特別なものなんだ」
そんな風に言っていた。
その絵はその後の別の個展で使われた後、白黒の船の切手が貼られて私の手元に戻ってきた。
今もその絵を私は自分の部屋に飾っている。
(以下引用)
・いろんな価値観の人がいるからなあ。それはいいんだよ、戦うことはない。自分の世界を怖そうとしないかぎりは。でも、今回はちょっと壊れそうだったんだろう?そうしたら、ゆずれないことがなんだかわかってきただろう?
・人生は短いから、自分のいやすい場所を見つけたらそこをひたすら清めていくほうがいい。
・なんでなにかを決めなくちゃいけないと思っていたんだろう。風も波頭も気持ちも遠くの緑のざわめきも港に見える船も全部がバランスよくそれぞれに動いているその世界の中で…(中略)何も欠けたものなんかないのに、自分だけ狭い気分になって深刻ぶることさえも、許されているのだと。
(『王国④ アナザー・ワールド』よしもとばなな)
返す直前に読んで、心に残った部分。
今みたいな状況は「待つ、動きたくなるまで待つ」と今朝見たネットの文章にあった。
話は少し変わるけれど、こんな時でも文章はつらつらと書けるんだと感動した。
私にとって書くことは、好きだから書くとかそういうレベルとは違う。
書くことに関しては、それが好きかどうかは考えたことない。
だけど少なくとも20代の前半には生活の中にあったし、30代は自分を助けるために書いてるようなところがある。
しかも書く時の手段は何でもいい。
当初このスマホのメモに打ち込むことも苦手だったけれど、今は慣れた。
書くことに関してだけは慣れるんだなと思った。
だけど、慣れないものもあって、予め書き方が決まっているものは書けない。
一時期ネットライターを人から紹介されて登録したことがあった。
それがもう驚くぐらいに難しかった。
まず、スタイルが決まっている。
内容も自由度が低い。
そして、ビジネスらしく、ある程度読者のニーズに応えるような内容でないといけなくて、これがまた極端に規制がかかる。
どこぞのサイトは、私は体験談は持っているけれど、その型にはまった書き方はできないから辞退しますと連絡をしたら、手のひらを返して「貴方のスタイルで自由に書いてください」と来た。
私の中で、何か大切なものがズレてるとわかって、それっきりにした。
私の体験談は、経験者が少ないものだったから、普通なら知識よりもその体験談の方がリアルに役立つ。
私も調べたから知っていたけれど、その体験談を書いて発信してるなんて人は本当に少なかった。
だけど、変な規制だらけで、書けない。
何でこんなに枠だらけなんだろうと思った。
だからそうしたものたちからは早々と撤収した。
代わりに、決まりも何もないこのブログみたいなのは、ダラダラと書いていられる。
普段のメモノートもだけど、あれも決まりがないから書きやすい。
今手帳の使い方からメモの取り方から、本当に様々な本が書店に並んでいる。
そして、ノートや手帳もそれに合わせてたくさん種類がある。
だけどすごい窮屈な感じをそうしたものを見た時に感じる。
実際に買っている人を見たことがないけれど、商品としてあるということは需要があると仮定できる。
私にとって書くことは、子どもが好きな遊びをエンドレスでずっとやるのと似ている。
2歳の姪っ子のアイスクリーム屋さんごっこみたいな(本人にしかわからない謎のルールがたくさんあって、その謎のルール通りに遊ぶのが大好き)。
だから、多分他の人からしたら何がそんなに楽しいのかわからないと思う。
この書く行為、書くというよりも一種の自己表現活動、私はその型もホロスコープに刻まれている。
で、私の場合、それが長い時間をかけてようやく「これが自分のそうした本質に基づいてる」と気付くのが中年期以降とある。
この続きにピッタリな話が今ほど出てきたけれど、長くなりそうだからここで一旦終了。
2018年8月10日金曜日
2018年8月8日水曜日
毒出し効果
毒出し効果が来たーーーーー‼︎
今朝いくつかヒラメキが来て、そのヒラメキ具合に1人で心が頂点に登りそうなぐらい、やったぜー‼︎という感じだった。
忘れると悪いから、洗濯物放り投げて、速攻ノートにダダダッとメモした。
毒出しをしたおかげで、ちょっと心の中がクリアになって、「自分が本気で望んでいるもの」が見えてきた。
これからまたもっと詰めていくけれど、私が欲しいのは一言で言うと、心の安らぎと心からの繋がりだった。
言うのは簡単だけれど、実際は難しい。
「心が安らぐ」というのが私の場合は子どもの頃から脅かされていて、それが結局ズルズルと尾を引いてここまで来てしまった。
ある程度は心が安らぐようなこともたくさん覚えたし、実際にそれで何とかここまで来たわけだから安らぎが全くなかったとは言わないけれど、とにかく根底がグラグラしている。
人には贅沢だとか恵まれてるのに何で?とか言われたりもするけれど、これは私にしかわからない不安定感。
昨日の夜から、これまで一度も注目してこなかったホロスコープの一面を眺めてた。
本来は安心感を表す場所で、さらに私はそこに幸運の星とされる木星まであって、とても恵まれてるはずなのに、どうも違う。
(余談だけど、木星=幸運の星ではない。繁栄とか拡大を意味するから、よく雑誌とかの占いで幸運とされるけれど、実際はそればかりとも限らないとのこと)
実際に葛藤する配置が強く影響してるから、ある意味シナリオ通りな人生になってはいたわけだけれど、それにしてもこの不安定感は何?と思った。
そこで色々と情報を辿るうちに、行き着いた。
私は自分がそのままでいると、どうもよろしくない空気が生まれたり、話も聞いてもらえず一方的に決めつけられたり。
そうなると、自分の気持ちを押し殺すようになって、とりあえず立ち向かうのではなく、事無きを得るようにしてた。
せめて自分だけでも自分の心の声を聞いてあげたら良かったけれど、そんな余力はないまま大人になった。
大人になってからも、そうしたことはゼロにはならなかった。
そうした数々の経験を経て、私の中では知らないうちにこの不安定感が常駐していた。
そりゃおかしくなると思った。
自分のままでいると周りからは違う反応が返ってくる。
自分のままでいてはいけない、そんなこと誰も言っていないけれど、そういう空気感を私はよく感じてた。
かと言って周りを気にして自分を何とかしようとすると、今度は自分がへばる。
今はだいぶ「今の私と仲良くしてもいいと思う人だけ私と仲良くしてください!」のスタンスでいられるようにはなったけれど、それでもクセは残っているから、そしてそこをずい分とそのままにしてたから、今頃になって「あれ?」ってことになった。
私という人は、基本的に世間一般で価値のあるとされるものに興味がない。
物欲もそんなにはないし、出世欲もないし、社会的地位とかもさっぱり。
結婚や子育てなんてのも、もしそんなことを私が人生で体験できたら最高だけれど、そればかりは1人ではどうにもならない。
だから、どんなに外側のものが満たされてても私はちっとも満たされなくて、これは何だろう?と思った。
(読み返したら説明が足りないことがわかった。外側が満たされるほどの社会的地位とかは得ていない 苦笑。でも直す元気がないからこのまま上げてしまう)
私が欲しいのは心の安らぎで、そして人と繋がるのに心と心で繋がっていたい、ただそれだけのことだった。
それらの満たし方は色々ある。
そこをこれから見て色々策を練ってやってみようと思ってる。
ちなみに簡単に書いているけれど、ここに来るまでの毒出しは超強烈だった。
過去の嫌な思い出や傷付いた一言とか、まぁありとあらゆる傷を引っ張り出して見たから、そしてダメな自分を際限なく出してその自分へのさらなる駄目出し。
要はそれらを1つずつ取り出して、じゃあ私は本当はどうして欲しかったの?、何が欲しかったの?、そういうのを見る。
まだまだ書きたいことは色々あるけれど、猛烈に眠い。
ちなみに今日一番感動したのは、重軽の石がある神社でクリップを見つけたこと。
事はこうだった。
足首にベルトがくるタイプのサンダルを履いていた。
なんとベルトのボタンが神社に移動する直前に外れて、「えっ⁉︎」ってなった。
車運転するだけなら問題なかったけれど、それじゃあ歩けない。
そのベルトとサンダル本体を繋ぐためにクリップとかが欲しくなった。
どうしてもクリップが欲しい、それも今すぐ欲しい!となれど、持ち合わせはなく。
家に帰れば確実にあるのに、たかが30分程度の歩行のためにクリップを買うのは嫌だった。
接着剤も家にある。
買えば早いのはわかったけれど、自分の中でそこまでしたくなかった。
1人車の中で、何か良いものはないかと探した。
最終的に、私はペンジュラムの紐をハサミで切って(ハサミは筆入れにいつも入ってる)、それでベルトの応急処置をした。
そうしたら重軽の石の神社に入ってしばらくすると、なんと境内に続く途中の石畳の上にクリップが落ちてた!
もう用事は済んだからその時はいらなかったけれど、それでも自分が「欲しい!」と思ったものが、そういう思わぬ形ですぐに現実に現れたのは感動した。
これこそ引き寄せの法則じゃん!と思った 笑。
ちなみに家に帰ってきてから、ベルトを直した時のこと。
指の腹に瞬間接着剤が付いた。
皮膚も一瞬で硬くなってものすごい焦った。
説明書いわく、無理に剥がさずぬるま湯で剥がすように書いてあった。
ぬるま湯でもすぐには剥がれずあきらめて、お風呂に託すことにした。
お風呂に入ったら8割は取れた。
まだ残っているけれど、多分明日には全部取れそう。
クリップも瞬間接着剤もどちらもアホアホなエピソードだけど、そのアホアホなエピソードも私のある1日で、そういうのを愛せる自分でいたいと思った。
今朝いくつかヒラメキが来て、そのヒラメキ具合に1人で心が頂点に登りそうなぐらい、やったぜー‼︎という感じだった。
忘れると悪いから、洗濯物放り投げて、速攻ノートにダダダッとメモした。
毒出しをしたおかげで、ちょっと心の中がクリアになって、「自分が本気で望んでいるもの」が見えてきた。
これからまたもっと詰めていくけれど、私が欲しいのは一言で言うと、心の安らぎと心からの繋がりだった。
言うのは簡単だけれど、実際は難しい。
「心が安らぐ」というのが私の場合は子どもの頃から脅かされていて、それが結局ズルズルと尾を引いてここまで来てしまった。
ある程度は心が安らぐようなこともたくさん覚えたし、実際にそれで何とかここまで来たわけだから安らぎが全くなかったとは言わないけれど、とにかく根底がグラグラしている。
人には贅沢だとか恵まれてるのに何で?とか言われたりもするけれど、これは私にしかわからない不安定感。
昨日の夜から、これまで一度も注目してこなかったホロスコープの一面を眺めてた。
本来は安心感を表す場所で、さらに私はそこに幸運の星とされる木星まであって、とても恵まれてるはずなのに、どうも違う。
(余談だけど、木星=幸運の星ではない。繁栄とか拡大を意味するから、よく雑誌とかの占いで幸運とされるけれど、実際はそればかりとも限らないとのこと)
実際に葛藤する配置が強く影響してるから、ある意味シナリオ通りな人生になってはいたわけだけれど、それにしてもこの不安定感は何?と思った。
そこで色々と情報を辿るうちに、行き着いた。
私は自分がそのままでいると、どうもよろしくない空気が生まれたり、話も聞いてもらえず一方的に決めつけられたり。
そうなると、自分の気持ちを押し殺すようになって、とりあえず立ち向かうのではなく、事無きを得るようにしてた。
せめて自分だけでも自分の心の声を聞いてあげたら良かったけれど、そんな余力はないまま大人になった。
大人になってからも、そうしたことはゼロにはならなかった。
そうした数々の経験を経て、私の中では知らないうちにこの不安定感が常駐していた。
そりゃおかしくなると思った。
自分のままでいると周りからは違う反応が返ってくる。
自分のままでいてはいけない、そんなこと誰も言っていないけれど、そういう空気感を私はよく感じてた。
かと言って周りを気にして自分を何とかしようとすると、今度は自分がへばる。
今はだいぶ「今の私と仲良くしてもいいと思う人だけ私と仲良くしてください!」のスタンスでいられるようにはなったけれど、それでもクセは残っているから、そしてそこをずい分とそのままにしてたから、今頃になって「あれ?」ってことになった。
私という人は、基本的に世間一般で価値のあるとされるものに興味がない。
物欲もそんなにはないし、出世欲もないし、社会的地位とかもさっぱり。
結婚や子育てなんてのも、もしそんなことを私が人生で体験できたら最高だけれど、そればかりは1人ではどうにもならない。
だから、どんなに外側のものが満たされてても私はちっとも満たされなくて、これは何だろう?と思った。
(読み返したら説明が足りないことがわかった。外側が満たされるほどの社会的地位とかは得ていない 苦笑。でも直す元気がないからこのまま上げてしまう)
私が欲しいのは心の安らぎで、そして人と繋がるのに心と心で繋がっていたい、ただそれだけのことだった。
それらの満たし方は色々ある。
そこをこれから見て色々策を練ってやってみようと思ってる。
ちなみに簡単に書いているけれど、ここに来るまでの毒出しは超強烈だった。
過去の嫌な思い出や傷付いた一言とか、まぁありとあらゆる傷を引っ張り出して見たから、そしてダメな自分を際限なく出してその自分へのさらなる駄目出し。
要はそれらを1つずつ取り出して、じゃあ私は本当はどうして欲しかったの?、何が欲しかったの?、そういうのを見る。
まだまだ書きたいことは色々あるけれど、猛烈に眠い。
ちなみに今日一番感動したのは、重軽の石がある神社でクリップを見つけたこと。
事はこうだった。
足首にベルトがくるタイプのサンダルを履いていた。
なんとベルトのボタンが神社に移動する直前に外れて、「えっ⁉︎」ってなった。
車運転するだけなら問題なかったけれど、それじゃあ歩けない。
そのベルトとサンダル本体を繋ぐためにクリップとかが欲しくなった。
どうしてもクリップが欲しい、それも今すぐ欲しい!となれど、持ち合わせはなく。
家に帰れば確実にあるのに、たかが30分程度の歩行のためにクリップを買うのは嫌だった。
接着剤も家にある。
買えば早いのはわかったけれど、自分の中でそこまでしたくなかった。
1人車の中で、何か良いものはないかと探した。
最終的に、私はペンジュラムの紐をハサミで切って(ハサミは筆入れにいつも入ってる)、それでベルトの応急処置をした。
そうしたら重軽の石の神社に入ってしばらくすると、なんと境内に続く途中の石畳の上にクリップが落ちてた!
もう用事は済んだからその時はいらなかったけれど、それでも自分が「欲しい!」と思ったものが、そういう思わぬ形ですぐに現実に現れたのは感動した。
これこそ引き寄せの法則じゃん!と思った 笑。
ちなみに家に帰ってきてから、ベルトを直した時のこと。
指の腹に瞬間接着剤が付いた。
皮膚も一瞬で硬くなってものすごい焦った。
説明書いわく、無理に剥がさずぬるま湯で剥がすように書いてあった。
ぬるま湯でもすぐには剥がれずあきらめて、お風呂に託すことにした。
お風呂に入ったら8割は取れた。
まだ残っているけれど、多分明日には全部取れそう。
クリップも瞬間接着剤もどちらもアホアホなエピソードだけど、そのアホアホなエピソードも私のある1日で、そういうのを愛せる自分でいたいと思った。
0か100、そして毒出し続行中
働き方が0か100の自分について、このことを言うんじゃ⁉︎と思い当たったエピソード。
仕事が終わる今年の3月のこと。
先々は何も決めていなかったけれど、有休は今使わないと使えないと思った私は、何日か休みをもらって、土日祝日合わせて、後半に6連休を取って妹家族が住んでいる金沢に行った。
行く前はテンション上げ上げだったけれど、現実は2歳の姪っ子の風邪をまんまともらい、激ダルな時間を過ごした。
しかも春分の日からの話で、風邪はきっかけに過ぎず、多分ここ数年毎年恒例の春分の大浄化も掛け合わせての体調不良だったと思う。
妹も具合悪くて、2人で交代しながら姪っ子の担当をしてた(エンドレスアイスクリーム屋ごっこの刑)。
月曜の夕方、高速バスで金沢を出て、3時間かその位で新潟に到着、家に着いて次の日からは普通に出勤。
火曜日。
仕事終わってから、なんと職場からゆうに30キロは離れてるオルゴナイトの店に行って、予約していたオルゴナイトを何個か購入。
そこからまた30キロ以上ある道を運転して帰宅。
だから仕事が終わってからなんと60キロ以上も運転して、普通に1日を終える。
しかも遠出した翌日に。
次の水曜と木曜は、多少残業もしたかもしれない。
それは覚えていないけれど、私はその2日かけて、12人分のお礼の手紙と、そのうちの1人の一番お世話になったSさんにオルゴナイトをプレゼントするにあたりその説明書きも書いて、だから合計13通の手紙を書いた。
記録によると、木曜の夜は睡眠が4時間弱だったらしい。
そして、木曜の仕事終わりに最後に配るお菓子を買いに行ったらなんと店が閉まっていて、仕方なく翌朝、朝早くから開いてる私の中のパワースポット的な洋菓子屋に出勤前に行った。
(世界に1台しかないこの店の車を見ると、いつも何かとシンクロする、そんなすごいパワーのある美味しい洋菓子屋さん)
職場は家から普通に30分かかる。
だから出発をさらにいつもより早めた。
そう、色々切羽詰まってやること満載、むしろ自らやることを増やしていても、私の場合はやれてしまう。
体調不良でも、体に負担のかかるプラスα的なことも、自分さえ納得していたら平気でやってしまう。
むしろ今しかできないとわかるものは、全力でそちらを優先する。
後日Sさんに会った時、手紙の中の1人の人の分は、何を書いたのかを聞かれた。
Sさんと常々文句を言っていた人だったし、私は一度本気でブチ切れて「私辞めるし私がそれ言います!」と言って、Sさんともう1人の事務員さんに全力で止められたぐらい、ちょっと難ありの人だった。
悪い人じゃないけれど、仕事の仕方がズレてるから、それが私や他の人たちの苛立ちを誘発する人だった。
ちなみに私は頭をひねりにひねって、その人が入ってきたことで組織がどう良い方に変化したのかを書いた。
Sさんにそれは素晴らしいアイデアだととても褒められた。
(とても文句をつらつらと言ってたとは思えないぐらいに良いことを書いた。)
1人すごくぶっきらぼうで絡みゼロの人もいたけれど、私はその人の方が断然書きやすかったし、書くエピソードまであった。
ちなみにその人とは挨拶だけは最初から誰よりもとっても普通に交わしていて、だから私はその人の社内でのぶっきらぼうな感じよりも挨拶を私がしづらそうに思ってても普通にしてくれる人だったから、そっちの印象の方が強かった。
そのギャップたるやすごかったから、私は個人的にその人が口を開いたらどんな風なのかすごく興味津々だった。
話がそれた。
ちなみにその中の4人には本当にお世話になったから、本当にありったけの気持ちを込めて書いた。
っていうようなことをやった時のことを思い出して、「これが100のことを言うんじゃないか?」と思った。
ちなみに100の方に動いている時は、いつもよりも体力の限界値が上がるようで、色々やれてしまう。
これに似たエピソードをたくさん思い出すけれど、20代前半の自分も、40歳目前にした今もさほど変わらない。
体は基本頑丈だし、妙な体力もある。
無理はしようと思わないけれど、無理をしなきゃいけない時は、今はまだできる。
これがあと10年、20年後の自分はわからないけれど、気力だけは変わらなさそうだから案外いけてしまうかもしれない。
体に無理をさせないように気をつけたいとは思う。
子どもの頃からスーパー運動音痴だから、運動神経の良い人たちがあれもできなくなった、これもできなくなった、年だー!と嘆く気持ちが私にはさっぱりわからない。
反対に、年になればなるほど、「年だから」という素晴らしい言い訳が成り立つから、私なんかは今逆に自分のできないあれこれを年のせいにできて嬉しい。
体力的には、10代20代の頃とあんまり差がないから(元々持久力とかは強い)、だから無茶も未だに普通にしてしまう傾向がある。
そう言えばホロスコープの本やブログに書かれていた気がする。
何せ100の方にも行ってしまうから、過労とかにならないように気をつけてと。
【当時の記録より】
・仕事中、これが最後だなと、この景色を見れるのも最後なんだなと思ったら涙が出そうになった。特にSさんのとなりで作業して夕陽がトイレの前辺りをさしてキラキラオレンジ色に光ってた時、○○さんを思い出した。○○さんの周りはいつも空気がすっとしていて、目がキラキラしてて、そこだけ透明感がハンパなくて。あの感じに似てて、そしてもうそういうのも見ながら回想できないんだと思ったらとっても寂しくなった。
場所に対して涙するのはここが初めてだった。
・(毎週金曜日の仕事が)遅くなったけれど、そのおかげで「○○○○」の名前(表紙)をたくさん見れた。そしてそれが最後の仕事になった。
【毒出し日記 8/7】
色んな気持ちが交錯する。
今さっきネットを見て思い出した。
私のことだから何かを触ったのかもしれないけれど、最近やたらと表示される広告が「家やマンション」と「(私のような行き遅れの人向け)婚活パーティー」。
家やマンションはすごいよ。
今日思わず「15800万円」って何?となって、「あっ⁉︎1億5800万円ってこと⁉︎」と気付いた。
Googleさん、あのぉー、表示してる人間違えてるよ、と言いたい。
私、すごいお金持ちになるらしい 笑。
そんな1億もする物件なんて検索もしたことがないのに、どういうわけかこの毒出しの辺りから出てきた。
婚活パーティーもそうで、何で表示されるようになったのかはわからない。
場所はなぜか高松(四国?)。
上がってきた広告の中で個人的に惹かれたのは、「男性30代、女性40代の真剣婚活」みたいなのだった。
今はそういうのもあるんだ!と。
40過ぎて本気で結婚したくて何とかしよう!となったら、そういうのに出たいなと思った。
そういう前提なら、年齢で勝負しなくて良さそうだから。
そして私自身も、年下の人の方が気が楽チンでいい。
下の方に年が離れていれば離れているほど、本当に素晴らしい気遣いを男性側はしてくれる。
しかも私がして欲しいことやされると嬉しいことをさらりとしてくれると悶絶しそうなぐらいに嬉しくなる。
これは同い年や年上の男性からはされないもので、年下の人限定のスペシャルなものに私は感じる。
勝手な想像だけれど、ただでさえ年上というだけで負い目みたいなのがあるから、それを感じさせないように、むしろそれをプラスにしてくれてるんだと思う。
しかも私は女である自分のコンプレックスが異常なほど強いから、そういうのも和らげてくれる。
むしろそういう私を良いとしてくれるわけだから、最初から心が安らぐ。
だから最初からそんな年齢設定の婚活なら、いいなぁと思った。
年齢は関係ないと私が思っても、今でも年下の若い女性が好まれる社会的風潮はなんだろう?と思う。
もちろんみんなじゃないけれど、あの若さ信仰のような日本の文化を、私は若かりし頃から変だと思ってた。
婚活で思い出した。
この毒出しの渦中に、友達が結婚した!と連絡をくれた。
すっごい嬉しかった。
2人で去年の夏、彼女の提案で東京都内で有名な縁結びの神社に行った。
その時はまだ今の旦那様には彼女は出逢っていなかったけれど、それからほどなくして出逢って、そして最近入籍したらしい。
私はその子の元彼2人にも会ったことがあったから、多分結婚した人もさぞかし素敵なんだろうなぁと思った。
ちなみにその子は、去年の私の話を、「ぶっしー、上手く言えないけれど、私それ聞いてすごく嬉しい!」と本当に喜んでくれた。
だから縁結びの神社に行こう!と提案してくれたかどうかまでは覚えていないけれど、本当に素敵な時間と語らいを彼女は私にプレゼントしてくれた。
だから、この毒出しで本当に具合悪くなってた中、その友達の明るいニュースはさらに一層嬉しかった。
しかも自分のメンタルがかなり落ちてるにも関わらず、本気で嬉しくなってる自分を見て、それも感動した。
それを聞いてねたんだり、自分はダメだな〜なんて思うことが1ミリもなく、本気で友達の結婚を心から喜べた!
毒出しは一進一退だけれど、せっかくここまでやったから、もう少し飽きるまで?嫌になるまで?やってみようと思ってる。
毒の方は本当に「毒」過ぎて、新たにまたは改めて浮上するたびに本当に落ちるけれど、結局そういうものを普段見て見ぬフリしてたわけだから、やらずに放置するよりもとりあえず見るだけ見た方がいいかなと思ってる。
引きこもりの毒出しからちょっと抜け出して、明日というか今日(8/8)は小旅行してくる。
また重軽の石のある神社にも行って、今度はもっと色々と聞きたいことを詰め込んで聞いてこようと思ってる。
仕事が終わる今年の3月のこと。
先々は何も決めていなかったけれど、有休は今使わないと使えないと思った私は、何日か休みをもらって、土日祝日合わせて、後半に6連休を取って妹家族が住んでいる金沢に行った。
行く前はテンション上げ上げだったけれど、現実は2歳の姪っ子の風邪をまんまともらい、激ダルな時間を過ごした。
しかも春分の日からの話で、風邪はきっかけに過ぎず、多分ここ数年毎年恒例の春分の大浄化も掛け合わせての体調不良だったと思う。
妹も具合悪くて、2人で交代しながら姪っ子の担当をしてた(エンドレスアイスクリーム屋ごっこの刑)。
月曜の夕方、高速バスで金沢を出て、3時間かその位で新潟に到着、家に着いて次の日からは普通に出勤。
火曜日。
仕事終わってから、なんと職場からゆうに30キロは離れてるオルゴナイトの店に行って、予約していたオルゴナイトを何個か購入。
そこからまた30キロ以上ある道を運転して帰宅。
だから仕事が終わってからなんと60キロ以上も運転して、普通に1日を終える。
しかも遠出した翌日に。
次の水曜と木曜は、多少残業もしたかもしれない。
それは覚えていないけれど、私はその2日かけて、12人分のお礼の手紙と、そのうちの1人の一番お世話になったSさんにオルゴナイトをプレゼントするにあたりその説明書きも書いて、だから合計13通の手紙を書いた。
記録によると、木曜の夜は睡眠が4時間弱だったらしい。
そして、木曜の仕事終わりに最後に配るお菓子を買いに行ったらなんと店が閉まっていて、仕方なく翌朝、朝早くから開いてる私の中のパワースポット的な洋菓子屋に出勤前に行った。
(世界に1台しかないこの店の車を見ると、いつも何かとシンクロする、そんなすごいパワーのある美味しい洋菓子屋さん)
職場は家から普通に30分かかる。
だから出発をさらにいつもより早めた。
そう、色々切羽詰まってやること満載、むしろ自らやることを増やしていても、私の場合はやれてしまう。
体調不良でも、体に負担のかかるプラスα的なことも、自分さえ納得していたら平気でやってしまう。
むしろ今しかできないとわかるものは、全力でそちらを優先する。
後日Sさんに会った時、手紙の中の1人の人の分は、何を書いたのかを聞かれた。
Sさんと常々文句を言っていた人だったし、私は一度本気でブチ切れて「私辞めるし私がそれ言います!」と言って、Sさんともう1人の事務員さんに全力で止められたぐらい、ちょっと難ありの人だった。
悪い人じゃないけれど、仕事の仕方がズレてるから、それが私や他の人たちの苛立ちを誘発する人だった。
ちなみに私は頭をひねりにひねって、その人が入ってきたことで組織がどう良い方に変化したのかを書いた。
Sさんにそれは素晴らしいアイデアだととても褒められた。
(とても文句をつらつらと言ってたとは思えないぐらいに良いことを書いた。)
1人すごくぶっきらぼうで絡みゼロの人もいたけれど、私はその人の方が断然書きやすかったし、書くエピソードまであった。
ちなみにその人とは挨拶だけは最初から誰よりもとっても普通に交わしていて、だから私はその人の社内でのぶっきらぼうな感じよりも挨拶を私がしづらそうに思ってても普通にしてくれる人だったから、そっちの印象の方が強かった。
そのギャップたるやすごかったから、私は個人的にその人が口を開いたらどんな風なのかすごく興味津々だった。
話がそれた。
ちなみにその中の4人には本当にお世話になったから、本当にありったけの気持ちを込めて書いた。
っていうようなことをやった時のことを思い出して、「これが100のことを言うんじゃないか?」と思った。
ちなみに100の方に動いている時は、いつもよりも体力の限界値が上がるようで、色々やれてしまう。
これに似たエピソードをたくさん思い出すけれど、20代前半の自分も、40歳目前にした今もさほど変わらない。
体は基本頑丈だし、妙な体力もある。
無理はしようと思わないけれど、無理をしなきゃいけない時は、今はまだできる。
これがあと10年、20年後の自分はわからないけれど、気力だけは変わらなさそうだから案外いけてしまうかもしれない。
体に無理をさせないように気をつけたいとは思う。
子どもの頃からスーパー運動音痴だから、運動神経の良い人たちがあれもできなくなった、これもできなくなった、年だー!と嘆く気持ちが私にはさっぱりわからない。
反対に、年になればなるほど、「年だから」という素晴らしい言い訳が成り立つから、私なんかは今逆に自分のできないあれこれを年のせいにできて嬉しい。
体力的には、10代20代の頃とあんまり差がないから(元々持久力とかは強い)、だから無茶も未だに普通にしてしまう傾向がある。
そう言えばホロスコープの本やブログに書かれていた気がする。
何せ100の方にも行ってしまうから、過労とかにならないように気をつけてと。
【当時の記録より】
・仕事中、これが最後だなと、この景色を見れるのも最後なんだなと思ったら涙が出そうになった。特にSさんのとなりで作業して夕陽がトイレの前辺りをさしてキラキラオレンジ色に光ってた時、○○さんを思い出した。○○さんの周りはいつも空気がすっとしていて、目がキラキラしてて、そこだけ透明感がハンパなくて。あの感じに似てて、そしてもうそういうのも見ながら回想できないんだと思ったらとっても寂しくなった。
場所に対して涙するのはここが初めてだった。
・(毎週金曜日の仕事が)遅くなったけれど、そのおかげで「○○○○」の名前(表紙)をたくさん見れた。そしてそれが最後の仕事になった。
【毒出し日記 8/7】
色んな気持ちが交錯する。
今さっきネットを見て思い出した。
私のことだから何かを触ったのかもしれないけれど、最近やたらと表示される広告が「家やマンション」と「(私のような行き遅れの人向け)婚活パーティー」。
家やマンションはすごいよ。
今日思わず「15800万円」って何?となって、「あっ⁉︎1億5800万円ってこと⁉︎」と気付いた。
Googleさん、あのぉー、表示してる人間違えてるよ、と言いたい。
私、すごいお金持ちになるらしい 笑。
そんな1億もする物件なんて検索もしたことがないのに、どういうわけかこの毒出しの辺りから出てきた。
婚活パーティーもそうで、何で表示されるようになったのかはわからない。
場所はなぜか高松(四国?)。
上がってきた広告の中で個人的に惹かれたのは、「男性30代、女性40代の真剣婚活」みたいなのだった。
今はそういうのもあるんだ!と。
40過ぎて本気で結婚したくて何とかしよう!となったら、そういうのに出たいなと思った。
そういう前提なら、年齢で勝負しなくて良さそうだから。
そして私自身も、年下の人の方が気が楽チンでいい。
下の方に年が離れていれば離れているほど、本当に素晴らしい気遣いを男性側はしてくれる。
しかも私がして欲しいことやされると嬉しいことをさらりとしてくれると悶絶しそうなぐらいに嬉しくなる。
これは同い年や年上の男性からはされないもので、年下の人限定のスペシャルなものに私は感じる。
勝手な想像だけれど、ただでさえ年上というだけで負い目みたいなのがあるから、それを感じさせないように、むしろそれをプラスにしてくれてるんだと思う。
しかも私は女である自分のコンプレックスが異常なほど強いから、そういうのも和らげてくれる。
むしろそういう私を良いとしてくれるわけだから、最初から心が安らぐ。
だから最初からそんな年齢設定の婚活なら、いいなぁと思った。
年齢は関係ないと私が思っても、今でも年下の若い女性が好まれる社会的風潮はなんだろう?と思う。
もちろんみんなじゃないけれど、あの若さ信仰のような日本の文化を、私は若かりし頃から変だと思ってた。
婚活で思い出した。
この毒出しの渦中に、友達が結婚した!と連絡をくれた。
すっごい嬉しかった。
2人で去年の夏、彼女の提案で東京都内で有名な縁結びの神社に行った。
その時はまだ今の旦那様には彼女は出逢っていなかったけれど、それからほどなくして出逢って、そして最近入籍したらしい。
私はその子の元彼2人にも会ったことがあったから、多分結婚した人もさぞかし素敵なんだろうなぁと思った。
ちなみにその子は、去年の私の話を、「ぶっしー、上手く言えないけれど、私それ聞いてすごく嬉しい!」と本当に喜んでくれた。
だから縁結びの神社に行こう!と提案してくれたかどうかまでは覚えていないけれど、本当に素敵な時間と語らいを彼女は私にプレゼントしてくれた。
だから、この毒出しで本当に具合悪くなってた中、その友達の明るいニュースはさらに一層嬉しかった。
しかも自分のメンタルがかなり落ちてるにも関わらず、本気で嬉しくなってる自分を見て、それも感動した。
それを聞いてねたんだり、自分はダメだな〜なんて思うことが1ミリもなく、本気で友達の結婚を心から喜べた!
毒出しは一進一退だけれど、せっかくここまでやったから、もう少し飽きるまで?嫌になるまで?やってみようと思ってる。
毒の方は本当に「毒」過ぎて、新たにまたは改めて浮上するたびに本当に落ちるけれど、結局そういうものを普段見て見ぬフリしてたわけだから、やらずに放置するよりもとりあえず見るだけ見た方がいいかなと思ってる。
引きこもりの毒出しからちょっと抜け出して、明日というか今日(8/8)は小旅行してくる。
また重軽の石のある神社にも行って、今度はもっと色々と聞きたいことを詰め込んで聞いてこようと思ってる。
2018年8月7日火曜日
毒出し日記
「今は膿出しの時期です」は本当だったと思う。
ホロスコープ講座のU先生からは5月に、そしてヒーラーのOさんからは6月に言われた。
7月の終わりから、いよいよ本格的な膿出しが始まった。
見通しの甘さを感じる。
8月に入る頃、私は何かしら自分の方向性を出してるのかと思ってた。
それが全くで、どうするつもりでいるんだろう?と思った。
何日かあたふたした。
そして昨日7月31日から少し方向性を変えた。
多分外側を固めても今回はダメだろうこと。
とことん自分の内側を見ないと突破しないことに気付いた。
そこで今日(8月)1日の夜からは、ものすごいエグいことをしている。
自分が嫌だと思ってる自分や今の問題点をとにかく思いつくままに書き出している。
ここはまだエグくない。
エグいのはこの後。
「私がその全部が欲しくてそうした負のものたちを手にしてるとしたら、それでどんな私の願いが叶っている?」
おかしな質問だけれど、ここまで困った状況になってでもそれをある意味受け入れてる自分がいて、これは間違いなく潜在意識が見せてくれてる私の心の中なわけで、その意図を今見ようとしている。
頭ではそんなの欲しくないって思ってる。
でも現実手にしてるのは、その欲しくないものばかり。
もう小手先の解決法じゃダメだとわかったから、自分の中を見まくってる。
この困った状況を前に、私自身が本当に欲しいものも同時に手にしている。
それがわからないことには次適当に動いても多分また途中で息が切れる。
だから、もう徹底的に自分と向き合おうと思った。
8/2 0:53
毒出し何日目か知らないけれど、かなりいい線にまでたどり着けた!
久しぶりにかなりガッツリとワークをした。
ワークと言っても、すべて思いつきで、思いついたことをとにかくやった。
常に自分の中だけ見てると、精神的にかなりダメージを食らうから(1日中筋トレできないのと一緒)、行き詰まったら休んだり逃げたりしながらやった。
数日やった中で1つだけ決断できたこと。
とにかく自分のペースでいいから、今自分の頭の中にある方向で動いていくこと。
少しずつでもいいから、とにかくそちらに向かうこと。
ホロスコープもかなり調べた。
持ってる本の中で、ここ20年前後の日食と月食の一覧表があったから、それを見て色々調べた。
先月ホロスコープ鑑定のS先生の話を聞いた時、日食や月食の角度と自分の個人天体の角度がほぼぴったり重なるのは18年に1回ぐらいの確率と聞いてはきた。
私の見間違いとか間違えた解釈の可能性も十分にあるけれど、私の場合、元々天体自体が360度の円の中のあちこちに散らばってることもあって、18年に1回どころか毎年ぐらいな勢いで日食や月食が起こるたびに何かしらの天体と重なりを見せてた。
蝕が起こるたびに影響は出やすいだろうし(確かに結構なビッグイベントの時期と重なってた)、この確率具合だと18年なんて待つこともなくその前に何かしらの影響を受けやすいことだけはわかった。
さらに色々突き詰めていくと、はっきり言って「逃げられない」というのが私の感想だった。
話は少し変わるけれど、こんなことまでホロスコープに出てるの⁉︎と思ったことがあった。
今指折り数えて39ヶ月=3年3ヶ月、もしかしたら3年半ぐらい私は社会人になって以降トータルで働いてない期間がある。
出産・育児とか介護、療養、進学とかならわかる。
私の場合そうじゃない。
いわゆるニートの期間がトータル3年以上ある。
ちなみにこれ30歳過ぎてからの話。
働き方そのものは、0か100みたいな働き方をする。
例外的に3月までしてた仕事はそういう感じではなかったけれど、社会人になってから就いた仕事は、基本的に100と言うより100以上のエネルギーを使う感じだった。
(ちなみに3月までしてた仕事は、仕事では100のエネルギーは要らなかったけれど、別の部分に膨大なエネルギーが注がれた。)
私はそういう自分の働き方についてもかなり納得できないというか、自分で自分が何をしてるんだろう?と疑問に思ったり自分を責めたりしたことはかなりある。
そんなことを調べてたわけではなく、別のことを調べていたら、なんとその理由が出てきた。
しかも、何人もの占星術家が言うということは、かなり鉄板な法則なんだと思う。
私の持ってる星の特徴の1つは、働き方が0か100の両極端になりやすいということだった。
(ちなみにこの配置は、冥王星6ハウス。「冥王星とバーテックスの合」を調べていたら、そちらではなく0か100の働き方の話がやたらとヒットした。)
だからブラック企業みたいなところでも働いたし、能力以上の仕事が回ってくることも多々あった。
私どんだけ優等生なの⁉︎というぐらいに、働き方は星に出てる通りの働き方をしていた。
ちなみに引きこもりやすいこともしっかり出てるし、そういうのを好む傾向があることも、本当に嫌になるぐらいホロスコープに自分の性格や性質が出ている。
ちなみに引きこもりではなく、自分と志を同じにするような人たちと繋がっていくことがテーマとしてあるから、このすぐに引きこもるのも課題の1つだと思う。
多分だけれど、私がこれから少しずつでも本格的にやることは、多分死ぬまですること。
そして、私の場合、好きですると言うより、やらざるを得ないというような感じでやるんだと思う。
もうそういうタイプの相もはっきりとホロスコープに出ている。
(さっきの「バーテックス」と冥王星、そこに太陽と月、他にもいくつかの主要なものたちがコラボして、そういうタイプの意味を生み出してる。)
「そういう可能性もあります」じゃなくて、私のは「そうなっていきます」の方だった。
で、わかる。
そうなっていきますに相応しいアイテムがこれまでの人生の中でもたらされていたこと。
そして、その天体に合う自分の使い方を始めたら、私の場合は死ぬまで100の方向に行くと思う。
ガンガン働くと言うよりも、自分を捧げるぐらいな勢いで何かをやっていく、そしてそういうことがS先生が言う「プライベートがない」にも繋がっていくと思う。
プライベートなく仕事をするんじゃなくて、今このブログを書くみたいに、個人の活動の領域と社会活動の領域が常に表裏一体みたいな風になるんじゃないかと思ってる。
その境界線がなくなるとか、そんなイメージを勝手に持ってる(イメージと言うよりむしろそうなって欲しいという希望)。
これはまだ動いてないから、想像の域の話。
話が飛躍しないように気をつけるけれど、この数ヶ月でわかってきた自分の特質的なもの、能力と呼ぶにはずい分と抵抗があるけれど、そうしたものが何で(手元に)あるのか?ということもかなり考えた。
私の場合、欲しくてそれを手にしたわけでもなく、自分で必要と感じて習得したわけでもない。
気付いたらもうそうなっていたし、しかも私は気付くのに少なくとも10年はかかってる。
今回毒出しの時に、視点を変えてみた。
もしかして私が選んだんじゃなくて、その特質的なものの方からそれをする人を選んだんじゃないかと思った。
選民意識もないし、むしろもっと適当な人いるでしょう?と本気で思っているけれど、もうどういうわけか私のところにきた。
もしこれが与えられてるものだとするなら、使わなくていいから与えられてるとは考えにくい。
使うために与えられてるとするなら、余計と「使わない」選択肢はなくなる。
鑑定の時S先生も言ってたなと思った。
私が星を使うんじゃなくて、星にどうぞ私を使ってください、みたいな生き方だと説明された。
多分このことだと思う。
もっと言うと、30代以降出逢った人たちというのが、実はすごい特殊な人たちだと気付いたのは最近だった。
そういう「自分を使ってください」的な生き方の見本みたいな人たちに何人か出逢えた。
心理学でもコーチングでもカウンセリングでもヒーリングでも、とにかく今は色んなスクールや講座が溢れ返っている。
カオスなのは間違いない。
そして怪しいものや根拠のない詐欺まがいなものも横行してるのは知ってる。
そんな中、私が知り合った先生や個人事業の人たちは、みんな総じて何かの能力に秀でていて、そしてその秀でてるものは誰にも真似できないものだった。
各自がオリジナルで、そのオリジナルの感じは他に類を見なかった。
例えば、私が2年ほど受け続けたコーチングの個人セッションは、世間一般で認識されてるコーチングとはずい分と違っていた。
そのコーチングは、自分の深い意識にどんどん入っていくような、不思議な感覚のものだった。
やってることは、本当に話をしてるだけだった。
しかもかなり支離滅裂に。
目標は1つも立てなかったし、宿題や課題もなかったけれど、なんと私はその何もしない状況で、体の病気は良くなるわ、仕事の売上や契約率は上がるわ、働き方も良い風に自然に変わっていくわで、これが何なのだろう?と思っていた。
だから、その秘密が知りたくて、私はコーチングのスクールにその後2年ぐらい毎週通った。
一般に広く知れ渡ってるだろうコーチングも受けに行ったことがある。
あまりの違いに驚いた。
ちなみに、これは超主観だけれど、世間一般のコーチングで「本物」の力を持ってる人たちはごく一部だと思う。
今思い出した人が1人いて、ブログを見てきた。
こう言ってはなんだけど、はっきりと「深さ」が違うというのがわかったコーチの人がいた。
違うというのは、「こんなレベルでお金もらえるんだ⁉︎」という、失礼極まりないことを思った人だった。
私は話してすぐに「この人にはわかってもらえないし、多分話したところで表面的なことしか言えないだろうなぁ」と感じた人だった。
発する言葉にも考え方にも奥行きがなくて、表面だけきれいに生きてきた人、言葉は悪いけれどそう感じた。
その人自身も不妊治療しても子を授かれなかったという体験がある。
だけど、それ以外は順風満帆みたいな人で、コーチングも単に本人がしたくて始めましたというものだったから、何かが根本的にズレてた。
私の入り方が良いとは言わないけれど、私の場合、このままいくと人生がヤバすぎる!という生きてることそのものの恐怖感から藁にもすがる思いで受けたのがきっかけだった。
だから、受けたいとか興味があったとかではなく、もう何でもいいからこの状況を何とかしたい!という感じだった。
相手の人の人生が順風満帆かはわからないけれど、話してる時の感じでわかる。
この人には込み入った話は、どこをどう切り取ってもできる雰囲気は皆無だった。
そして深い話をしたとしても、多分この人返せないし、本当に私が必要とするフィードバックはできないと踏んだ。
だから私は当たり障りないテーマにして、その時間をやり過ごした。
コーチングではなく、ダメな例を学びに行ったお金だと割り切った。
で、その人。
名前も忘れたから、そこの地名とコーチングで検索して見た。
直近のコラムも読んだ。
本当に当時と何も変わってなくて、変わってないのに値段だけはビックリするぐらい高くなってた 苦笑。
ダメな例はさておき、私が「この人凄い!」と思った人たちは、もう何をどうしたらそんなことができるの?という人たちばかりだった。
同じようなジャンルなら、その人の右に出る人はいないだろうなぁというか、その人と同じことなんか誰もできないと思った。
その中には、本人が望む望まないは別にして、何かしらの技能を持っていて、それで仕事をしてる人たちもいた。
その中の1人が言っていた言葉があった。
そもそも見えない世界のことを仕事にする人というのは、本人がしたいとかしたくないとかいうレベルではなくて、やらざるを得ない流れになるし、その流れに行くまでにもそれ相応の体験をすると。
私はそれを聞いて「私はそちらから呼ばれてないからやらない」と思った。
それを思ったのは2015年と2016年の春。
今2018年になって、半信半疑で、自分もその体験をする側なんではないかと思い始めてる。
その人の言う霊的な世界とは交信しないけれど、人の心という意味では見えないものだから、そうした方向に行く、それもかなり深く入っていく、そんな気がする。
もう少し言うと、私は周りの人たちからそれとなくそういうことは言われてた。
私は言われるたびに気のせいだと流した。
私が凄いと思った人たちのようには到底できないし、足元にも及ばないどころか活動域が違うと言えども同じレベルの土俵になんて上がれそうにもない。
なんだけれども、気付くと私が今持ってることたちというのは、体験・経験という意味では世間一般ではあまりそんなに幾つも当たりカードを出すなんてないわけで、でもその当たりカードがいつの間にかかなり揃ってた。
例えば先に出した、私が低レベルだと感じたコーチングとかカウンセリングなんてのは、私の場合、対比材料として時々は体験してくる。
だけど、本物の方が体験した中の全体の9割以上を占める。
見えない世界のものを扱ってる人たちの9割はニセモノで、1割以下しか本物はいないと言われている。
その1割しかいないとされる本物たちに、私は9割の確率で当たる。
そしてニセモノの9割には、1割程度の確率でごくたまに当たる。
袋の中に、白い玉が1つ、黒い玉が9つあったとして、その中で無作為に選んだら毎回白なんて普通はありえない。
だけど私にはありえた。
それは見る必要や知る必要があったからだと思う。
でなければ、前情報を何も知らないのに毎回毎回そんな風に本物に当たるなんて普通はない。
さらに言えば、私はその中で自分が探し当てた人は多分2人だけ。
あとは全員人からの紹介だった。
探し当てたのだって、その後実際に流れた風な展開を期待して探したんじゃない。
先のコーチングのように自分に困ったことが起きて、それを何とかするべくプロの力を借りようと考えた先にいる人たちだった。
そうしたら、それ以上の何かを持ってる人たちで、心底驚いた。
もうそろそろそういう自分の生き方を受け入れざるを得ないところに来ている。
今も疑う気持ちも気のせいだと思う気持ちもある。
少しずつそちらに動こうと考え出した今、私の中で勝手に思っていることがある。
もし方向性が違えば、容赦なく違いますよのサインが来るだろうし、結果もついていかない。
違ってたらその時にまた仕切り直せばいいかと思った。
もうここまで来て今さら安定の仕事に就けるわけもない。
自分を生きていくしかない、そういう気持ちを徹底的に自分の中で確認した時間だった。
そんなこんなのことを毒出しとしてやっていた。
今さらだけど、自分がこれまで手にしてきた、心の中を見ていく手段もホロスコープもとても大活躍した。
自分の中を見るのは、最初はすごく抵抗が出るし、見たくない自分はじゃんじゃか出てくるし、できれば楽しく愉快に自分とは付き合いたい。
でも痛みだけは、自分に向き合った分、そこから少しずつ癒しのプロセスが始まる。
私は体を動かすことは興味がないからストレッチでも運動でも長続きしないけれど、心の中を見て自分に付き合うのはそうしない方が自分にとって毒だとわかるから継続して取り組めたし、これからも取り組むと思う。
そして何よりも、自分が楽になれる。
うやむやにして不安や恐怖を自分の中で拡大させるよりは、さっさと見てとりあえず知っておくだけでもいいから何かしらタッチしておけば、後々自分にとって楽になる。
そしてホロスコープ。
これは私の中で最高の自己肯定材料だと思ってる。
過去の色んな体験、そして社会的に後ろ指差されるような体験、又は自分でも扱いづらいと思う自分自身、それら全部がホロスコープには刻まれている。
大人の発達障害の人たちが大人になってから自分の障害を知って、自分の特性は障害だったと知ってホッとしたというのは、私は直接当事者からも聞いたことがあるし、テレビや書面での記事なんかでも見る。
私はあの気持ちがわかる気がする。
私のホロスコープにあるものは、まさに私で、自分はそういう設定で生まれてる、又はそういう人生を決めて生まれてきた、と思う方が本当に楽になれる。
ある意味あきらめがつくし、自分を責める必要がなくなる。
代わりに、今度はその自分で楽しめる方法を模索しつつ色んな方法を試しつつ生きたらいい。
世間一般で良しとするような生き方には多分ならない。
人と同じような生き方をしようとしても、どこか無理がある。
世間とか周りの人たちからもたらされた価値観ではなく、自分の中の価値観で自分を見ることができるのが、ホロスコープだと思う。
心理的なアプローチだけでは私なんかはどこか自分を疑う気持ちが消えないけれど、ホロスコープで私はこういうところを持ってると客観的に言われたら「そうなんだ」と納得しやすい。
訳のわからない能力的なものだって、そういうものを持って生まれてるとわかれば、もう仕方ないかと思える(気がする)。
↑多分ここまでが8/5書いた気がする
毒出し続行中。
やっと終わった!いいところまできた!と思ったけれど、そうではなかったらしい。
この心の具合の悪さは、日食の影響ということにしよう!と仮定してる。
そう思う方が自分責めなくてよくなるから。
今回の日食のテーマは、さすがに調べた。
普段は「あ〜、日食なんだね〜」ぐらいな緩い感じで、知ったとしてもスルーしてたけれど、今回は色々内側から毒的なものがどんどん出てくるから調べた。
ビンゴで、今はそういう時期らしい。
だから、この毒出しでぐったりしてるのは、日食の影響ということにした。
こういう時、感情のアップダウンの振り幅はかなりでかくなる。
アップよりもダウン側に↓↓↓。
これは何回体験しても未だに慣れない。
毎回強烈に不安になる。
もう一生このままならどうしようかと途方に暮れる。
落ちる時の振り幅はデカイくせして、上がる時は微々たるもので自分でも気をつけて見ないとわからないぐらい。
8/6 23:00
今日(8/7)も多分引き続き毒を出す作業をすると思う。
昨日も相当具合が悪かったけれど、日中に1つ、そして夜になってまた1つ、これまで自分が捉えてなかったヒント的なサイトにポンと突然アクセスできた。
私は行き詰まると、ネットサーフィンをする。
こういう時はそもそも弱ってるから、余計と言葉に対するセンサーが高まっていて、自分にとって良いものにアクセスできる可能性が高くなる気がしている。
このアクセスは大切で、自分の毒出し的な状況だけを見ても良くなったのかそれともまだ停滞したままなのかはわからない。
だけど、アクセスしたものたちを見て、毒出ししたことでスペースができたなと思った。
入って来た情報の質が自分の心のバロメーター的な役割を果たす。
これまでにない視点だったから、あぁそんな見方があるんだと目からウロコだった。
それは毎回私が毒出し的なことをする度に引っかかるポイントで、そのポイントはもう一生付き合って自分を少しずつでも緩めていくしかないかな…というものだった。
自己否定する力に色んな負の力と負の価値観が引っ付いて、それを私は日々見えないところで自分で自分に与えてる。
これまでも色んな形でメスを入れてきたけれど、もうそういう自分と上手く付き合うしかないかなと思ってた。
本当にそれはその通りなんだけど、今回確実に今まで思ってもいなかった形でのヒントが来て、とにかく驚いた。
心の反発も半端なく出るだろうことは想像できるけれど、どっちみち毒出しなんてのは反発や抵抗が出るから、それならそうと、ちょっと違うのを試してみようかな、という感じ。
毒出し日記はまだまだ続くから、とりあえずここで1回アップしてしまおうと思う。
8/7 7:06
ホロスコープ講座のU先生からは5月に、そしてヒーラーのOさんからは6月に言われた。
7月の終わりから、いよいよ本格的な膿出しが始まった。
見通しの甘さを感じる。
8月に入る頃、私は何かしら自分の方向性を出してるのかと思ってた。
それが全くで、どうするつもりでいるんだろう?と思った。
何日かあたふたした。
そして昨日7月31日から少し方向性を変えた。
多分外側を固めても今回はダメだろうこと。
とことん自分の内側を見ないと突破しないことに気付いた。
そこで今日(8月)1日の夜からは、ものすごいエグいことをしている。
自分が嫌だと思ってる自分や今の問題点をとにかく思いつくままに書き出している。
ここはまだエグくない。
エグいのはこの後。
「私がその全部が欲しくてそうした負のものたちを手にしてるとしたら、それでどんな私の願いが叶っている?」
おかしな質問だけれど、ここまで困った状況になってでもそれをある意味受け入れてる自分がいて、これは間違いなく潜在意識が見せてくれてる私の心の中なわけで、その意図を今見ようとしている。
頭ではそんなの欲しくないって思ってる。
でも現実手にしてるのは、その欲しくないものばかり。
もう小手先の解決法じゃダメだとわかったから、自分の中を見まくってる。
この困った状況を前に、私自身が本当に欲しいものも同時に手にしている。
それがわからないことには次適当に動いても多分また途中で息が切れる。
だから、もう徹底的に自分と向き合おうと思った。
8/2 0:53
毒出し何日目か知らないけれど、かなりいい線にまでたどり着けた!
久しぶりにかなりガッツリとワークをした。
ワークと言っても、すべて思いつきで、思いついたことをとにかくやった。
常に自分の中だけ見てると、精神的にかなりダメージを食らうから(1日中筋トレできないのと一緒)、行き詰まったら休んだり逃げたりしながらやった。
数日やった中で1つだけ決断できたこと。
とにかく自分のペースでいいから、今自分の頭の中にある方向で動いていくこと。
少しずつでもいいから、とにかくそちらに向かうこと。
ホロスコープもかなり調べた。
持ってる本の中で、ここ20年前後の日食と月食の一覧表があったから、それを見て色々調べた。
先月ホロスコープ鑑定のS先生の話を聞いた時、日食や月食の角度と自分の個人天体の角度がほぼぴったり重なるのは18年に1回ぐらいの確率と聞いてはきた。
私の見間違いとか間違えた解釈の可能性も十分にあるけれど、私の場合、元々天体自体が360度の円の中のあちこちに散らばってることもあって、18年に1回どころか毎年ぐらいな勢いで日食や月食が起こるたびに何かしらの天体と重なりを見せてた。
蝕が起こるたびに影響は出やすいだろうし(確かに結構なビッグイベントの時期と重なってた)、この確率具合だと18年なんて待つこともなくその前に何かしらの影響を受けやすいことだけはわかった。
さらに色々突き詰めていくと、はっきり言って「逃げられない」というのが私の感想だった。
話は少し変わるけれど、こんなことまでホロスコープに出てるの⁉︎と思ったことがあった。
今指折り数えて39ヶ月=3年3ヶ月、もしかしたら3年半ぐらい私は社会人になって以降トータルで働いてない期間がある。
出産・育児とか介護、療養、進学とかならわかる。
私の場合そうじゃない。
いわゆるニートの期間がトータル3年以上ある。
ちなみにこれ30歳過ぎてからの話。
働き方そのものは、0か100みたいな働き方をする。
例外的に3月までしてた仕事はそういう感じではなかったけれど、社会人になってから就いた仕事は、基本的に100と言うより100以上のエネルギーを使う感じだった。
(ちなみに3月までしてた仕事は、仕事では100のエネルギーは要らなかったけれど、別の部分に膨大なエネルギーが注がれた。)
私はそういう自分の働き方についてもかなり納得できないというか、自分で自分が何をしてるんだろう?と疑問に思ったり自分を責めたりしたことはかなりある。
そんなことを調べてたわけではなく、別のことを調べていたら、なんとその理由が出てきた。
しかも、何人もの占星術家が言うということは、かなり鉄板な法則なんだと思う。
私の持ってる星の特徴の1つは、働き方が0か100の両極端になりやすいということだった。
(ちなみにこの配置は、冥王星6ハウス。「冥王星とバーテックスの合」を調べていたら、そちらではなく0か100の働き方の話がやたらとヒットした。)
だからブラック企業みたいなところでも働いたし、能力以上の仕事が回ってくることも多々あった。
私どんだけ優等生なの⁉︎というぐらいに、働き方は星に出てる通りの働き方をしていた。
ちなみに引きこもりやすいこともしっかり出てるし、そういうのを好む傾向があることも、本当に嫌になるぐらいホロスコープに自分の性格や性質が出ている。
ちなみに引きこもりではなく、自分と志を同じにするような人たちと繋がっていくことがテーマとしてあるから、このすぐに引きこもるのも課題の1つだと思う。
多分だけれど、私がこれから少しずつでも本格的にやることは、多分死ぬまですること。
そして、私の場合、好きですると言うより、やらざるを得ないというような感じでやるんだと思う。
もうそういうタイプの相もはっきりとホロスコープに出ている。
(さっきの「バーテックス」と冥王星、そこに太陽と月、他にもいくつかの主要なものたちがコラボして、そういうタイプの意味を生み出してる。)
「そういう可能性もあります」じゃなくて、私のは「そうなっていきます」の方だった。
で、わかる。
そうなっていきますに相応しいアイテムがこれまでの人生の中でもたらされていたこと。
そして、その天体に合う自分の使い方を始めたら、私の場合は死ぬまで100の方向に行くと思う。
ガンガン働くと言うよりも、自分を捧げるぐらいな勢いで何かをやっていく、そしてそういうことがS先生が言う「プライベートがない」にも繋がっていくと思う。
プライベートなく仕事をするんじゃなくて、今このブログを書くみたいに、個人の活動の領域と社会活動の領域が常に表裏一体みたいな風になるんじゃないかと思ってる。
その境界線がなくなるとか、そんなイメージを勝手に持ってる(イメージと言うよりむしろそうなって欲しいという希望)。
これはまだ動いてないから、想像の域の話。
話が飛躍しないように気をつけるけれど、この数ヶ月でわかってきた自分の特質的なもの、能力と呼ぶにはずい分と抵抗があるけれど、そうしたものが何で(手元に)あるのか?ということもかなり考えた。
私の場合、欲しくてそれを手にしたわけでもなく、自分で必要と感じて習得したわけでもない。
気付いたらもうそうなっていたし、しかも私は気付くのに少なくとも10年はかかってる。
今回毒出しの時に、視点を変えてみた。
もしかして私が選んだんじゃなくて、その特質的なものの方からそれをする人を選んだんじゃないかと思った。
選民意識もないし、むしろもっと適当な人いるでしょう?と本気で思っているけれど、もうどういうわけか私のところにきた。
もしこれが与えられてるものだとするなら、使わなくていいから与えられてるとは考えにくい。
使うために与えられてるとするなら、余計と「使わない」選択肢はなくなる。
鑑定の時S先生も言ってたなと思った。
私が星を使うんじゃなくて、星にどうぞ私を使ってください、みたいな生き方だと説明された。
多分このことだと思う。
もっと言うと、30代以降出逢った人たちというのが、実はすごい特殊な人たちだと気付いたのは最近だった。
そういう「自分を使ってください」的な生き方の見本みたいな人たちに何人か出逢えた。
心理学でもコーチングでもカウンセリングでもヒーリングでも、とにかく今は色んなスクールや講座が溢れ返っている。
カオスなのは間違いない。
そして怪しいものや根拠のない詐欺まがいなものも横行してるのは知ってる。
そんな中、私が知り合った先生や個人事業の人たちは、みんな総じて何かの能力に秀でていて、そしてその秀でてるものは誰にも真似できないものだった。
各自がオリジナルで、そのオリジナルの感じは他に類を見なかった。
例えば、私が2年ほど受け続けたコーチングの個人セッションは、世間一般で認識されてるコーチングとはずい分と違っていた。
そのコーチングは、自分の深い意識にどんどん入っていくような、不思議な感覚のものだった。
やってることは、本当に話をしてるだけだった。
しかもかなり支離滅裂に。
目標は1つも立てなかったし、宿題や課題もなかったけれど、なんと私はその何もしない状況で、体の病気は良くなるわ、仕事の売上や契約率は上がるわ、働き方も良い風に自然に変わっていくわで、これが何なのだろう?と思っていた。
だから、その秘密が知りたくて、私はコーチングのスクールにその後2年ぐらい毎週通った。
一般に広く知れ渡ってるだろうコーチングも受けに行ったことがある。
あまりの違いに驚いた。
ちなみに、これは超主観だけれど、世間一般のコーチングで「本物」の力を持ってる人たちはごく一部だと思う。
今思い出した人が1人いて、ブログを見てきた。
こう言ってはなんだけど、はっきりと「深さ」が違うというのがわかったコーチの人がいた。
違うというのは、「こんなレベルでお金もらえるんだ⁉︎」という、失礼極まりないことを思った人だった。
私は話してすぐに「この人にはわかってもらえないし、多分話したところで表面的なことしか言えないだろうなぁ」と感じた人だった。
発する言葉にも考え方にも奥行きがなくて、表面だけきれいに生きてきた人、言葉は悪いけれどそう感じた。
その人自身も不妊治療しても子を授かれなかったという体験がある。
だけど、それ以外は順風満帆みたいな人で、コーチングも単に本人がしたくて始めましたというものだったから、何かが根本的にズレてた。
私の入り方が良いとは言わないけれど、私の場合、このままいくと人生がヤバすぎる!という生きてることそのものの恐怖感から藁にもすがる思いで受けたのがきっかけだった。
だから、受けたいとか興味があったとかではなく、もう何でもいいからこの状況を何とかしたい!という感じだった。
相手の人の人生が順風満帆かはわからないけれど、話してる時の感じでわかる。
この人には込み入った話は、どこをどう切り取ってもできる雰囲気は皆無だった。
そして深い話をしたとしても、多分この人返せないし、本当に私が必要とするフィードバックはできないと踏んだ。
だから私は当たり障りないテーマにして、その時間をやり過ごした。
コーチングではなく、ダメな例を学びに行ったお金だと割り切った。
で、その人。
名前も忘れたから、そこの地名とコーチングで検索して見た。
直近のコラムも読んだ。
本当に当時と何も変わってなくて、変わってないのに値段だけはビックリするぐらい高くなってた 苦笑。
ダメな例はさておき、私が「この人凄い!」と思った人たちは、もう何をどうしたらそんなことができるの?という人たちばかりだった。
同じようなジャンルなら、その人の右に出る人はいないだろうなぁというか、その人と同じことなんか誰もできないと思った。
その中には、本人が望む望まないは別にして、何かしらの技能を持っていて、それで仕事をしてる人たちもいた。
その中の1人が言っていた言葉があった。
そもそも見えない世界のことを仕事にする人というのは、本人がしたいとかしたくないとかいうレベルではなくて、やらざるを得ない流れになるし、その流れに行くまでにもそれ相応の体験をすると。
私はそれを聞いて「私はそちらから呼ばれてないからやらない」と思った。
それを思ったのは2015年と2016年の春。
今2018年になって、半信半疑で、自分もその体験をする側なんではないかと思い始めてる。
その人の言う霊的な世界とは交信しないけれど、人の心という意味では見えないものだから、そうした方向に行く、それもかなり深く入っていく、そんな気がする。
もう少し言うと、私は周りの人たちからそれとなくそういうことは言われてた。
私は言われるたびに気のせいだと流した。
私が凄いと思った人たちのようには到底できないし、足元にも及ばないどころか活動域が違うと言えども同じレベルの土俵になんて上がれそうにもない。
なんだけれども、気付くと私が今持ってることたちというのは、体験・経験という意味では世間一般ではあまりそんなに幾つも当たりカードを出すなんてないわけで、でもその当たりカードがいつの間にかかなり揃ってた。
例えば先に出した、私が低レベルだと感じたコーチングとかカウンセリングなんてのは、私の場合、対比材料として時々は体験してくる。
だけど、本物の方が体験した中の全体の9割以上を占める。
見えない世界のものを扱ってる人たちの9割はニセモノで、1割以下しか本物はいないと言われている。
その1割しかいないとされる本物たちに、私は9割の確率で当たる。
そしてニセモノの9割には、1割程度の確率でごくたまに当たる。
袋の中に、白い玉が1つ、黒い玉が9つあったとして、その中で無作為に選んだら毎回白なんて普通はありえない。
だけど私にはありえた。
それは見る必要や知る必要があったからだと思う。
でなければ、前情報を何も知らないのに毎回毎回そんな風に本物に当たるなんて普通はない。
さらに言えば、私はその中で自分が探し当てた人は多分2人だけ。
あとは全員人からの紹介だった。
探し当てたのだって、その後実際に流れた風な展開を期待して探したんじゃない。
先のコーチングのように自分に困ったことが起きて、それを何とかするべくプロの力を借りようと考えた先にいる人たちだった。
そうしたら、それ以上の何かを持ってる人たちで、心底驚いた。
もうそろそろそういう自分の生き方を受け入れざるを得ないところに来ている。
今も疑う気持ちも気のせいだと思う気持ちもある。
少しずつそちらに動こうと考え出した今、私の中で勝手に思っていることがある。
もし方向性が違えば、容赦なく違いますよのサインが来るだろうし、結果もついていかない。
違ってたらその時にまた仕切り直せばいいかと思った。
もうここまで来て今さら安定の仕事に就けるわけもない。
自分を生きていくしかない、そういう気持ちを徹底的に自分の中で確認した時間だった。
そんなこんなのことを毒出しとしてやっていた。
今さらだけど、自分がこれまで手にしてきた、心の中を見ていく手段もホロスコープもとても大活躍した。
自分の中を見るのは、最初はすごく抵抗が出るし、見たくない自分はじゃんじゃか出てくるし、できれば楽しく愉快に自分とは付き合いたい。
でも痛みだけは、自分に向き合った分、そこから少しずつ癒しのプロセスが始まる。
私は体を動かすことは興味がないからストレッチでも運動でも長続きしないけれど、心の中を見て自分に付き合うのはそうしない方が自分にとって毒だとわかるから継続して取り組めたし、これからも取り組むと思う。
そして何よりも、自分が楽になれる。
うやむやにして不安や恐怖を自分の中で拡大させるよりは、さっさと見てとりあえず知っておくだけでもいいから何かしらタッチしておけば、後々自分にとって楽になる。
そしてホロスコープ。
これは私の中で最高の自己肯定材料だと思ってる。
過去の色んな体験、そして社会的に後ろ指差されるような体験、又は自分でも扱いづらいと思う自分自身、それら全部がホロスコープには刻まれている。
大人の発達障害の人たちが大人になってから自分の障害を知って、自分の特性は障害だったと知ってホッとしたというのは、私は直接当事者からも聞いたことがあるし、テレビや書面での記事なんかでも見る。
私はあの気持ちがわかる気がする。
私のホロスコープにあるものは、まさに私で、自分はそういう設定で生まれてる、又はそういう人生を決めて生まれてきた、と思う方が本当に楽になれる。
ある意味あきらめがつくし、自分を責める必要がなくなる。
代わりに、今度はその自分で楽しめる方法を模索しつつ色んな方法を試しつつ生きたらいい。
世間一般で良しとするような生き方には多分ならない。
人と同じような生き方をしようとしても、どこか無理がある。
世間とか周りの人たちからもたらされた価値観ではなく、自分の中の価値観で自分を見ることができるのが、ホロスコープだと思う。
心理的なアプローチだけでは私なんかはどこか自分を疑う気持ちが消えないけれど、ホロスコープで私はこういうところを持ってると客観的に言われたら「そうなんだ」と納得しやすい。
訳のわからない能力的なものだって、そういうものを持って生まれてるとわかれば、もう仕方ないかと思える(気がする)。
↑多分ここまでが8/5書いた気がする
毒出し続行中。
やっと終わった!いいところまできた!と思ったけれど、そうではなかったらしい。
この心の具合の悪さは、日食の影響ということにしよう!と仮定してる。
そう思う方が自分責めなくてよくなるから。
今回の日食のテーマは、さすがに調べた。
普段は「あ〜、日食なんだね〜」ぐらいな緩い感じで、知ったとしてもスルーしてたけれど、今回は色々内側から毒的なものがどんどん出てくるから調べた。
ビンゴで、今はそういう時期らしい。
だから、この毒出しでぐったりしてるのは、日食の影響ということにした。
こういう時、感情のアップダウンの振り幅はかなりでかくなる。
アップよりもダウン側に↓↓↓。
これは何回体験しても未だに慣れない。
毎回強烈に不安になる。
もう一生このままならどうしようかと途方に暮れる。
落ちる時の振り幅はデカイくせして、上がる時は微々たるもので自分でも気をつけて見ないとわからないぐらい。
8/6 23:00
今日(8/7)も多分引き続き毒を出す作業をすると思う。
昨日も相当具合が悪かったけれど、日中に1つ、そして夜になってまた1つ、これまで自分が捉えてなかったヒント的なサイトにポンと突然アクセスできた。
私は行き詰まると、ネットサーフィンをする。
こういう時はそもそも弱ってるから、余計と言葉に対するセンサーが高まっていて、自分にとって良いものにアクセスできる可能性が高くなる気がしている。
このアクセスは大切で、自分の毒出し的な状況だけを見ても良くなったのかそれともまだ停滞したままなのかはわからない。
だけど、アクセスしたものたちを見て、毒出ししたことでスペースができたなと思った。
入って来た情報の質が自分の心のバロメーター的な役割を果たす。
これまでにない視点だったから、あぁそんな見方があるんだと目からウロコだった。
それは毎回私が毒出し的なことをする度に引っかかるポイントで、そのポイントはもう一生付き合って自分を少しずつでも緩めていくしかないかな…というものだった。
自己否定する力に色んな負の力と負の価値観が引っ付いて、それを私は日々見えないところで自分で自分に与えてる。
これまでも色んな形でメスを入れてきたけれど、もうそういう自分と上手く付き合うしかないかなと思ってた。
本当にそれはその通りなんだけど、今回確実に今まで思ってもいなかった形でのヒントが来て、とにかく驚いた。
心の反発も半端なく出るだろうことは想像できるけれど、どっちみち毒出しなんてのは反発や抵抗が出るから、それならそうと、ちょっと違うのを試してみようかな、という感じ。
毒出し日記はまだまだ続くから、とりあえずここで1回アップしてしまおうと思う。
8/7 7:06
2018年8月3日金曜日
想いをのせる打ち上げ花火
〜2017年9月15日以降の日記より〜
・不安しかなかったあの最初の日、私○○さんの笑顔に本気で救われた。この人、こんな人がいたら大丈夫って本気で思えた。
今思ったらあの○○さんは相当がんばっていたのか、普段の感じとはずい分違うって気付いたのはもっと後。
・私人生で1人でこれからずっと生きていくことになっても、小さな幸せたくさん見つけたり感じたりしながらも生きていける自信がある。どんなこともそこをくぐり抜けて生きていける、そういう自信さえある。○○さんのいない世界だってそれに慣れたらまたその慣れた新しい日常が始まっていくことも想像できる。生きていけないなんて思わない。だけど、心が寂しいのは埋められない。
・“あぁまた今日も朝がきてしまった”と思っていた自分に教えてあげたい。未来のある日、私はその日1日を元気に迎えられることに心から喜んで、そして会いたい人に会える喜びいっぱいで仕事に行く日がくるって。
・すべてのピース、過去の失敗もつまずきもそれで良かったんだよって自分を全面的に肯定できる。それ位の威力がある出逢いだった。
・○○さんが何であってもいい。そのどれか1つか2つが私の中で究極嫌なところだったとしても、それでも一緒にいたい人、毎日の中に一緒の時間や空間を共有したい人、そう思わせる人だということ。
・○○さんの日常の適当さというか無頓着な感じを思うと、あの時さっと△△を手渡してくれたのは、トイレの中に隕石が落ちてくるよりももっともっと確率低い気がする。他にも人はたくさんいた。だけど、あの時○○さんがしてくれたのはたとえ偶然であったとしても○○さんしか、○○さんだけがしてくれた出来事だった。
・自分の色んなこと、それをさらけ出したり、隠し事できないとか、実際に会って何話すの?とか。そういうことがもう全てどうでもよくないけど二の次になって、それよりも今ここで繋がれるかどうかの瀬戸際なんだと思ったら、「手紙書くしかない」って。いつ渡すとか、渡し方とかそんなの後で考えたらいいって。それよりもまずは心の中にあるものを文字に置きかえて伝わるようにしなきゃって。迷いなんかなかった。他に選択肢も思い付かなかった。それしか頭になかった。
・傷付いたりとか失望したりとか、そんなの自分の問題だから自分で何とか時間かけて自分をケアしたらいい。でも想いをどんな形でも伝えるって、それは一生のうちで今しか与えられていないチャンス。本当にいなくなってからではもう何もできない。
・後悔はない。結果がどうであろうと、出逢うべくして出逢った人、そういう感じがするから。
・私は単に○○さんと離れたくない、想いが届かなくても日常の中に○○さんの存在があって欲しい、それ位シンプルなものだって気付かされた。
・いつか○○さんに伝言頼まれて、目も合わせてもらえなかった時、あれさえも嫌は嫌だったけど愛おしい時間だったなと思う。あの超ド級の不器用さ加減も○○さんの一部だと思うと、そしてそれを知り得たと思うだけで、嫌だったことさえ何か別の新しい意味が今は加わってる。
・私ずっと書いてるけど、こんなにも書くことがあるんだ。それ位色んなこと感じて、心の中で色んなことが起きてる。
(その日だけで13ページ書いてた。普段は1〜2ページ、長くて4ページ)
・異動の話聞いてもうこの世の終わりみたくなった。
・○○さんのこと見たいのに見ちゃまずいって思って遠慮した。
・あの辺りから時間が伸びた。確実に時間の感覚が変わった。
○○さんとの時間を体に魂に刻もうと細胞が全身中でフル回転してる。寝ても覚めても○○さん一色になってる今、それを体に残そうと記憶に残そうとしてる。
・自分の中にある気持ちを大事にしたい。現実の別れがあと72時間の中で本当に訪れたとしても。
・いっぱいがんばって何とかなることなら、私はどれだけでもがんばれてしまうと思う。そう思えるだけの人に出逢えたということ。
・40代に入らないと次の恋はしないんだろうなってずっとずっと思ってたから、だからこんな風にいきなり心の中に現れられたらびっくりする。
私はずっと自分1人で生きていく生き方を思い描いてた。誰かパートナーが欲しいって思ってても、私の頭の中の計画は常に私1人しかいなかった。誰かと生きていきたいって全く考えていなかった。だからこんなにも色んなことが突然起こって、頭や思考の理解はついていかなくて、でも現実に心は全力で反応してる。
ただただ一緒にいたいです。
・こんな変な出来事が人生の中にありましたよって、相手の人生にわざと足跡残す。
・あの手の手紙は未だかつてない。せめて、あんなに長い手紙を書いて渡した初めての女になりたいな、○○さんの人生の中で。
・心に痛みを覚えたり寂しくなったりしても、とにかく毎日毎日顔を合わせられる奇跡。それって、私が思っている以上に本当はとってもすごいことなんだと思う。出逢いももちろん、そしてそうやって毎日逢えるということも。
・“never end”って今アムロのYouTube見てたらそう言った。私の心の代弁だ。この日常が終わって欲しくない。
・止まらない時間、嫌でも来てしまう明日。
・私本当に何も知らない。知ってることは数えたら両手使っても余るかも。それ位、知らない。狂気の沙汰かと思った。ねぇ知らないんだよ、相手のこと、あなたの勘違いじゃない⁇って自分に何回も何回も問いかけてみた。
・○○さんの目に映ってる日々の景色とか、口の中に入る好きな食べ物の味とか、無意識にしてしまうクセとか。そういうのを知りたい自分がいる。
・(最後の挨拶のために)1分だけ普通にふるまえるパワーをください。
(最終日)
・多分私は遅かれ早かれ今みたいに動き出してたと思う。○○さんに近付きたくて、○○さんをもっともっと知りたかったから。
・○○さんは最後まで気まずそうだった。
・○○さんのダウンがなくなった時、景色が大きく変わった。たった1枚の服がこんなにも存在感を持ってたなんてびっくりする位。あの時寂しさがまたグーンと上がった。
・あそこに書いたことが○○さんの心に魂に届いてたらいい。それが届いてるなら、もう十分。一緒にいることが叶わないなら、それがいつかのどこかのタイミングで○○さんに届いたら御の字。
・今日(最終日)29.9.××の○○印を押した。それも事務さんに頼まれて!返す前に記念に押しておこうと思って(別の紙に)押して持ち帰ってきた。
・お父さんのおばあちゃんの旧姓、○○さんの最後の文字と一緒だ。今朝気付いた。
まだこの後も続く。
その日が来たからと言って時間や人生が止まるわけじゃない。
今伝えなきゃいけない気がして、突如日記を読んで書き始めた。
私の「〜〜しなきゃいけない気がする」の気が自分の中に昇ってくる時、基本その根拠も理由もない。
ただそういう感情が湧いて出てきたというだけ。
そういう時はもう理屈とか目的とかそんなの関係なくて、体が先に動く。
自分でもどうしてそうするのかなんて言葉では説明できない。
1つだけわかっていること。
それは、ここに書いたことを知ってて欲しい人がいて、その人に届けたいから私は書くということ。
ちなみに文中の40代に入らないと次の恋はしないと書いたのには理由がある。
私が何回か見てもらった占いのおばちゃんが言ってたことだった。
おばちゃんの言うことはいちいち当たるから、もう怖いぐらいだけれど、私はその何回にも渡って言われ続けたことがあった。
おばちゃんは私にある年齢のあたりで結婚話が浮上すると言っていた。
ただしそれを逃した場合、次は40何歳か忘れたけれど、ずい分と先になって、とにかく晩婚の域なんか超えて結婚できて良かったねみたいな感じになることは、かなり記憶にはっきりと残った。
ちなみに結婚話は浮上しなかったけれど、おばちゃんがピンポイントで言ってた年齢の時、確かにずい分と不思議な人間関係を私はある男性と関わることで持つことになった。
異性とかパートナーシップとかいう類いの関係ではなく、自分の人生の道筋が明らかになったり、自分の泥々した感情が表出するような、どちらかと言えば受け取りたくないタイプのものがたくさん出てくる人間関係を体験した。
だから相手云々というよりも、自分自身と向き合うきっかけをくれた人という感じだった。
「自分自身と繋がる」という意味で結婚と出たのかな?と後からかなり思った。
そんなこんなのことがあったから、おばちゃんが次は40何歳かに相当する西暦何年が結婚に繋がるみたいな話をしてたから、私はもう30代で誰かに出逢うことはない、と頑なに思ってた。
自分の生き方に向き合えってことなんだろうなぁ、気が重いなぁと思ったから、よく覚えてる。
だから、去年の夏は想定外過ぎた。
自分の辿った足あとをこうしてまた言葉に起こす。
恥ずかしくて仕方ないけれど、他に手段が思いつかないから、私は「有る」とも言えない小さな可能性に賭けて書く。
届いて欲しいから。
伝わって欲しいから。
(以降、いなくなってからの日記)
・私ずっと事務所の掃除機を避けてた。○○さんの机に近付きたかったけど、もういつかいなくなる○○さんの机の変化、それも存在を消していく方の変化を目の当たりにするのが嫌だったから。自分なりに抵抗してた。
(辞める時までそれは同じ気持ちで、私はその後も他の人からたまには交代しましょう!と言われた1回ないし2回しか事務所の担当はしなかった。)
・○○さん、下駄箱なくて良かった。知らないから、下駄箱見る必要ないから。思い出が少ない方が傷が浅くて済むって学んだから私なりの防御策。
(ないわけないと思うけれど、私はその場所がどこか知らなかった)
・○○さんのあの拒絶してますよアピールには心へこみかなり参ったけど、それでも一度も○○さんのこと嫌にならなかった。嫌いになれなかった。
・振り向いてもらえなくても、避けられても、私の気持ちは止まらなかった。近付きたい気持ちも、ドキドキしてしまうのも、自分で心臓の動きを止められないのと一緒で、もう1つ1つどうにもできなかった。そういう人に出逢えただけで奇跡で、それで満足できたらいいのにね。もっと一緒にいたくて、もっともっと知りたくて、そういう気持ちは増すばかりで困った。
・○○さん不在の1日目。○○さんの机を何度も何度も見た。もう送るだろう荷物しかない机の上。きれいに前向いて収まってる椅子。当たり前だけど、駐車場に車もない。
・時間がとてつもなく長くて、こんなにも時間の流れってゆっくりだったんだと驚いた。午前中なんて、いくら仕事をこなしてもちっとも時間が過ぎなくて愕然とした。時計を何度も見てしまった。
・(不在1日目)Sさんから、○○さん某趣味が大好きで、その中の☆☆というのが好きで、だから私の名字が武士俣でものすごいテンション上げてたって教えてもらった。
・「○○○○あ」も常連だったらしい。私もしあそこ採用されてたとしても、そこでは○○さんと知り合えなかった。出会いの場は想像もつかない方法で導かれる。
(10月以降)
・今日ノートを買った。一万年以上永久保存がきくと謳っているノート。そこに○○さんとの様々なことを残そうと思った。
・私が見た光景をひたすら綴ってる。頭の中にある思い出を文字で綴ってしまえば、またそれをいつでも振り返れる。
・毎日毎日奇跡は起きてて、ちょっとしたことでもその通りに物事が運ばないと○○さんとのやりとりは生まれなかったことを知る。
・Sさんが趣味繋がりで○○さんと仲良くしてくれてたおかげで、○○さん情報を色々教えてくれた。その情報だって、私がSさんの隣りの席で作業しなかったら仲良くすることもなかったから、しかもみんなから離れてひそひそ話できる環境も大事で。
本当に縁があって人生で出逢えた人なんだと思う。縁がない人とはいくら隣りにいても心も体も動かない。そしてこんな風に記憶に残らない。
・本音はもっと近付きたかったし、もっと一緒にいたかった。色んなことを共有してみたかったし、反対の部分があるなら、似ているところがあるなら、全部全部知りたかった。
・仕事はきっちりしたい信念の私が、心が勝手に乱されて、しょっちゅう集中力を欠いてた。○○さんに近付くだけで、○○さんが近くに来るたび、心臓が飛び出る位ドキドキした。
・恋とも愛とも呼ぶのに抵抗があって、唯一自分の中で抵抗なく受け入れられたのが、ある日でてきた「愛おしい人」だった。何がどう愛おしいのかなんてわからないけど、それだけはしっくりときた。
・○○さんの空気とか波動みたいなものがまだ残っている事務所は、どこか自分の中でぬくもりを感じる。ここが職場で良かった。
・涙の理由はうまく説明できないし、自分でも正直わからない。でも○○さんの姿、記憶から消えてしまいそうな思い出のワンシーンを思い出すと胸の奥の方から色んなものが出てきて、それと同時に涙も出る。どういう感情なのか自分でもよくわからない。そのよくわからない気持ちと涙が連動している。
・見えないところで繋がっていてタイミングが来たら再会できるならそれを信じたい。
・(ファイルの片付けをした時に書き込みを見つけた)1日で最大5ヶ所回るわけで、だから1つ1つの作業はわりかし短時間の短工程なんだろうけど、そこに手も抜かず、1つ1つきちんとするところにものすごーく好感が持てた。そういう誰も見ないところも手抜きしないのがいい。
・○○さんの字すごく好きだな。決してきれいではない。だけど○○さんの文字は○○さんが書いているからいい。初めて見た時から“こんな字書くんだ”って感動があって、そこに○○さんの存在を感じられるからさらにプラスαで感動してる。きれいな字は他にいくらでもある。でも○○さんの字は世の中にたった1つだから、それがいい。
・ある人のブログ読んですっごく納得したこと。ドキドキしようと思ってドキドキはできないこと。勝手にドキドキしてしまうこと、そしてそのドキドキのおかげで相手が自分にとって特別って気付けるようになっていること。
・ハートで魂で体中の細胞で○○さんに惹かれたのは本当だからそれだけは自信を持ってそうだったって言える。
・朝車の中でダウンジャケットのことを思い出した。私はなぜかあのダウンに最初から目が行った。最初は季節外れのダウンだから目が行ったのかと思ってた。だけど色んな意識が薄れていく中で、そこだけは切り取ったように風景を思い出せる。そしてそれがなくなったこと、その日の衝撃もすさまじかった。広い空間の中にたった1枚の服が姿を消すだけでこんなにも悲しく切ないことがあるんだろうかと思った。
・そろそろ1ヶ月になろうとしているけれど、あの頃と変わらずに毎日毎瞬○○さんのこと考えたり想ったり、いないのが寂しいのは同じで、前より心のうんと奥の方から勝手に涙が溢れるということ。忘れることも気持ちが離れることもなかった。
・あの瞬間の○○さん、今でも思い出せる。○○さんは無意識だったかもしれない。自分で自分のことに気付いてないかもしれない。でもあの時、確実に○○さんは思いっきり心をさらけ出してた。さらけ出そうとしたと言うより、隠せなかったんだと思う。
・なんだか不思議。○○さんはそばにいないのに、寝ても覚めても思い出すのは○○さんで、そして、それに伴い大切なことをたくさん思い出し始めてる。
・○○さんがいなくなってからの方が○○さんの姿をたくさん思い出すようになった。目で見えない分、心で心の目で見ている感じ。
・自分でも感心する位に観察していた。背格好とか歩き方とかよく覚えてる。今も同じ歩き方なんだろうなぁって想像できる。
・○○さんのことを思い出すと涙が出てくる。前よりもたくさん泣いてる気がする。私ってこんなに泣き虫だった⁇って自分でも驚く。言葉にできない想いがいつも広がっている。涙が出る時は、寂しいのか悲しいのか切ないのか他の何かなのか、どれかなんて知らないけれど、涙が出てくる。
・貸出簿の○○さんのサイン見てもえる。そこに確実に手書きの文字があって一人でもえてる。○○さんの文字見るだけでほっこりする。
・変な感動だけど、○○さんの存在を忘れてる時間がある(笑)!今日K市の雑貨屋が入ってるビルに入ってた時、ふと気付いた。「あっ、私今○○さんのこと忘れてた!」って。
・人生であんなにトキメキを覚えたのなんて、あれが1番。あのトキメキなくしては○○さんの存在には気付けなかった。
・○○さんの視界に入りたくて、○○さんの世界に自分の居場所が欲しくて、だから…。
・お互いにたくさんの前世があって、そしてお互いにたくさんの30数年分の今生の軌跡があって、そして今やっと出逢えた。
物静かな○○さんの存在に気付けるように、物事はたくさん設定された。本当なら接点なんてないはずなのに。Tさんに代わってから1ヶ月経ったけれど、どれだけ○○さんとの間で起こったことがイレギュラーだったかがよくわかる。
・私は後悔してない。伝えなければもっともっと後悔してた。ようやく出逢えたこと、それは○○さんに伝えたかったから。もうこのまま生涯を通じて再会できなかったとしても、それでも伝えて正解なんだと思う。自分が生きてるうちに、出逢えたことの奇跡とそれに対しての感謝や想いを伝える、それって絶対に大事。それが○○さんに私が伝わって欲しい方法で伝わらない結果が出てきても、そういうことじゃない。伝えるのが大切だったから。
・心の中でいつもいつも“○○さん”って呼びかけてる。○○さんと繋がりたくて、○○さんの顔見たくて、多分会えない今に絶望して、思い出を思い出してふっと何かに包まれたり、○○さんのことを想うとボロボロ泣けて…忙しい。○○さんのことでとにかく忙しい。
・どんな言葉遣いで、どんな声のトーンで、どんなテンションで、どんな表情で、どんな仕草で話してたんだろう。知りたいことは無限大にある。知れないことがこんなにも物足りないことなんて他にない。
・私は○○さんに何されても嫌いになれなかった。苦しい気持ちがどんなに湧いて、気まずくなって、早くこの瞬間が終われ!と思っても嫌いにもならなければ気持ちも薄れなかった。
・今の人生で出逢うことのなかった私のご先祖様たち。その3人の命無くしては今の私の命は存在しない。受け継がれた今があって、そして○○さんに出逢えた。私の人生に現れてくれた大切な人。心から大切な人。
・どうか○○○○さんと人生でお互いに生きているうちに再会させてください。
・どうにもならないことの方が、自分のことをさらけ出さなくていいし、かくしたいことはそのままにできるし、傷付くことも避けられるし、そちらの方がいいのかなぁと思ったけど、それは違うってわかった。ただただ近くにいたくて、一緒にいたくて、それだけで私はすごく幸せだった。自分の世界の中に○○さんがいるだけで、本当の本当に幸せだった。○○さんに会えるだけで仕事に行くのも、自分がただただ生きていることも、全てのことが愛おしくて特別だった。
・4人から名刺をもらった時、フリガナまでふってくれたTさんより、○○さんの“*”の字の方が印象的だった。4人の中で一番変わったところのない名前なのに、私が心にとめたのは○○さんの“*”の字だった。
・このテーブルの上で○○さん時々書き物してた。唯一共有して使っていたものかもしれない。
・この間考えてみたら、私だけ社内メールもないから、(業務)メールをもらうこともない。本当に見える形での繋がりは1つもないんだと改めて認識した。そういうものが1つもなくても、ずっとずっといる、このずっとずっと心の中というか頭の中というか、とにかくずっといる感じもなんだろう?って思う。
・今朝(11月下旬)仕事に行ったらSさんからメモがきてた。そこに「BUSHI様」とあって思わず笑ってしまった。Sさんのところに行って、その話をしたら、「そうですよ!私の中で武士俣さんの字はBUSHIです!そしてそれ○○さんも一緒ですよ!」と言ってもらえた。それだけで私はうれしくて、今日1日そのことを思い返してはニタニタしてた。
・好きとか愛してるとか言葉は逆に言えなくて、それだと何か限定的で、そうではないそれ以上の言葉では言い表せないような気持ちが溢れてる。
・今日から12月。○○さんがいなくなったのは秋の終わりの9月。冬の格好の○○さん見たかったな。Sさんいわく、シャカシャカなるパンツをいつもはいてて、そしてはきものは長靴。
・今日また新しい情報。○○さん、Kさん並みに整理整頓に励んでたんだって。私が聞き間違いかと思ったとSさんに言ったら、「たしかに!あの机見たらそう思うよね」って笑って言ってた。やっぱりあの(事務所全体が)汚いの気になるみたいですごいやってたって。
・(Sさんと旧体制と新体制についての違いを話す)見えるところと見えないところ、そのどちらに力を入れているか(が差になって表れている)で、私は○○さんみたいに見てないところでもしっかりしてる、そういうのを大切にしてる○○さんの方が信用できると言ったらSさんに「すっごいわかりやすい!そうだよね」って言ってもらえた。
・昼休み、これ耳にあててみてって言われて耳にして、最初よく聞こえなくて、でもよく聞いたら○○さんの携帯の着信音だった。あれだよ!と目をキラッと光らせながら教えてくれたSさん。
・○○さんをまとっていたあの空気の特別感は私だけじゃなくて他の人にも見えてたと思う。色んな人を観察していて、あの空気感は○○さんにしかないのがよくわかる。
・こんな風に誰かを想えるって、すごいしあわせだ。もう目の前にいなくて、切なくなって、会いたくても会えない現実に泣きそうになることもあるけれど、それでも○○さんを想う時間は本当にしあわせで、体の奥の方から温かい感じで満たされてる。もう自由に、○○さんの目を気にすることもなく、自分が想いたいように想える。自分で納得するまで、あきるまで、想い続けよう、もう止まらないんだからって、自分で自分に言えるようになった。
・もう生涯通じて会えない人かもしれないのに、そんなの関係なくして本当に大切な人。
・この日記の中では○○さんの前でさえ素直になれなかった私をそのまま出せる。色んな想いに溢れていて、その想いを感じたまま吐き出せる。よく書いたな、ここまで。この日記の半分が○○さんで占められてる。すごい存在感。
・おととい○○さんの同期の男の人が地方の事務所を一度も見たことないから見たいと言ってひょっこりやってきた。今は同じ課にいるらしい。いくつの地方事務所があるのか知らないけれど、そのポストは1つ。その中でたまたま新潟のここに異動になるなんてどれ位の確率なんだろう。しかも○○さんが会社にそもそも入社しないとだし、私だってあの会社に行かないといけない。そう考えると、本当の本当にめぐり合わせによる出逢いだってわかる。
・(次の日記帳購入)
ちょっと違うけど○○さんのスケジュール帳の感じに似ている。
(スケジュール帳は遠目にしか見たことがないけれど、なんとなくの雰囲気は似てると思った。)
・この夏はすごく特別だった。○○さんのことで全部うめつくされていた。
・2017年10大ニュース
第1位:○○○○さんに出逢えたこと。
・石井ゆかりさんの年占いに「今年はギフトを受け取る」ってあって、本当にギフトを受け取った。一番のギフトは○○さんとの出逢い。
・2017年の一文字は「逢」この一言にすべてが集約される。本当に大切な人と出逢わせてもらえたことが大きい。
・(ホロスコープ鑑定を受けた日)
○○さんとのこともすごく納得できた。過去世で会っていたり、そして近くにいたとするなら、この色んな感覚がよくわかる。そして、生きて年とっていく様をとなりで見ていたいとか、そういうのもよくわかる。私の感覚は、本当に純粋な思いだったことがわかる。
・(日記の文面を読むと、どうやら私は現実の体験と似た体験を夢でも追体験したらしい)
○○さんは資料を探してた。現実の出来事と何ら変わっていなかった。
でも私は(現実と同じことを夢で見たことじゃなくて)そこに数メートルも離れていないあの近距離に○○さんも私もいたことに驚いた。
つい少し前までは、お互いに30数年生きていても何の接点もなくてそれが互いの当たり前の日常だったのに、何の因果か同じ土地の同じ会社の事務所の中にいて、そしてたまたま○○さんは資料探してて、そしてその資料のありかを知らなかった。だから私は声をかけた。何か探してますか?って。しかもあのタイミングだった。私が自分の席でもSさんの隣りでもなく、あの机で何かしらをしていた時だった。
たしかにその10日後にその資料に関する仕事が予定されていたけれど、それだっていつのどのタイミングで誰がそれを発注するのか知らないけれど、そういうことが重なり合っていた。すべてのことが1㎜もずれることなく起こって○○さんもその仕事に実際に行くことになっていて、それで資料を探す。それって当たり前のことじゃない。そこで触れ合えるように、水面下でいろんなことが動いていた。知らない者同士が出逢えるように引き合わせてもらえる。それも自分で探すんじゃない。自分の意思とは全く関係のないようなところで。
・(辞める直前)
Sさんに資料にあった(○○さんとは関係のない全く別人の)2人の名前をくみあわせると“●●(下の名前)”になると言うと「これ、忘れようとするのをじゃましてる感じですね」と言われて笑った。
・(辞めた次の日)
ずっと仕事の机の中にあって、昨日それを初めて家に持ち帰ってきた。ようやく公の顔の任務を終えて、家に来てくつろいでる、そんな風に見えた。この名刺はこれからも大切にしようと思ってる。
・○○○○さんへ。○○さんに会いたいです。○○さんと言葉を交わしたいです。
・ブログに最後aitaiって書いた。○○さんに伝わるように。ユーミンの「目に映るすべてのものがメッセージ」の歌詞をそのままタイトルにして。その文字が目に入るように、そこだけ目立つようにローマ字で書いて。伝わって欲しい。
・昨日は○○さんが私に△△を渡してくれた日から1年だった。あんなにドキドキしたこともなかったな。○○さんよく私がそれ持ってないって気付いたな。すごい鈍そうだし、そしてそういう気遣い、基本しなさそうなのに。たまたまにしてはよくできてた。外でしかも炎天下での作業なんて、はっきり言ってすごく嫌だったし、その時、社内の人とそうでない人の区別もつかなくてそれもイヤだった。誰とも関わらなくていいように、コンテーナーのかげに隠れて、背中向けるようにして作業してた。そんな中、なぜか○○さんだけが私が持ってないことに気付いて、わざわざ持ってきてくれた。そう、○○さんだけが。
鈍くても気付ける位に大きなものを用意してくれてた。
・冥王星パワー全開だった2017年の夏、私は○○さんという1人の人のおかげで無事に乗り越えることができた。
・(ホロスコープ上の冥王星がらみの中年の危機の時というのは、全く想像もしていなかったところから、違う「生きる熱源」という刺激が与えられ、相当びっくりする。
〜『続・まついさんの連絡帳』〜より《2009.11.7アップ分参考》
○○さんはまさに違う“生きる熱源”の人だった。私は新潟に帰って誰かに恋する予定もなかったし、そもそも誰かに出逢えるとは思ってもいなかった。
・知りたかったな、○○さんが本当はどう思っていたのか。私に最初会った日、○○さんはSさんに仕事中ラインをしちゃうほど何かを感じてたのかな。私の名字に反応してたのか、それとも私に反応してたのかな…生きているうちに○○さんの口から聞けるといいな。本当はどう思ってたのか。
(Sさんいわく、○○さんが仕事中にラインするなんて相当有り得ないことだと説明してくれた。その日他にもやること満載で忙しかったと思うけれど、どういうわけか○○さんはSさんにラインをしてた。Sさんが「ほら、これ見てください」と言って、当時のやり取りを見せてくれたほどだった。確かにそれは私の初日の日で午前中だった。)
文中に出てくるSさん。
Sさんには最後仕事を辞める直前に○○さんをいいと思っていたことは話した。
ずっとすっとぼけて色々情報をもらっていて隠し事してるみたいで申し訳なかったのと、その他にもペンジュラムだのオルゴナイトだのを話すのにその話をしないと色々とごちゃごちゃになるのとで、本当に辞める直前に言った。
Sさんは何も気付かずに私に色んな情報を教えてくれてた。
何でそんなことが起こったのかは知らない。
だけど、私は本人から聞けなかった代わりに本人の個人的な趣味やら他のことやらやたらとSさんに聞いてもないのに教えてもらってた。
又聞きのさらに又聞き状態で知り得た例年の年末年始の過ごし方なんてのもあった。
年末の時の話だった。
それを耳にして、私の心は荒れに荒れた。
でもどうにもできないから、私はひたすら時間が過ぎて自分が大丈夫になるのを待つ他なかった。
余談だけれど、この心が荒れ狂った年末の日、ペンジュラムがナビデビューした。
心は大寒波通過中でも、私が私の人生を信じて大丈夫!と言わんばかりに、迷子の私を目的地にしっかりと連れて行ってくれた。
ちなみにその時に聞いた話をうんと後日に友達に言ったら、友達は面白いことを言い出した。
それって、すごい変な言い方だけど、その同僚の人も言わせられたのかもしれないよ、と。
友達のぶっ飛んだ予想はこうだった。
人の意識と意識は見えないところでも繋がっている。
その見えないところで、例えば相手がどう思うかとかどう反応するかを見たい!と思ったら、その思いがとりあえず空に放たれる。
そこでその放たれた意図とは知らずに、今回で言えばSさんの口を通じてぶっしーが知ることになる。
ぶっしーは知りたくなかったわけだけど知ることになって反応して、しかもブログにそれらしいこと書いたんだよね?
最終的に無意識にでも意図した本人に、例えばぶっしーの実際の反応がブログを通じて届いててもおかしくないと思う。
友達はそう言った。
ちなみにこの友達は、他にも色んなメッセージを私に何回か伝えてくれたけれど、1つ面白いことがある。
1年前の打ち上げ花火の日。
○○さんも他県からヘルプで一時的に事務所にいた年下の男の子を伴って花火を見に行ったとされる日、私もその友達と花火を見に行った。
偶然と言えば偶然だったかもしれない。
その偶然が重なった日、○○さんも友達も私も少なくとも1キロ2キロ圏内にはお互い近くにいたと思う。
その時に磁場が重なったのか何なのかはわからない。
でもそれから数ヶ月後、友達は私に不思議なことを何回かに分けて伝えてきた。
それもなぜか友達からしたら全く関係もなければ接点もない○○さんについて、○○さんに関する話や○○さんを連想させるものだった。
友達は予知とか見えないものを読み解くとかそういうことができる人じゃない。
本人もこれ私じゃないから、と言っていた。
友達の言葉を借りると「私、これをぶっしーに伝えるために言わされてる気がする」とのこと。
あの打ち上げ花火さえも、一体全体何を一瞬で繋げてしまったのか、今もって謎すぎる(←私の発言の方がおかしいかも…)。
本来繋がりのないものたちが繋がり出すという、本当に不思議なことがいくつもいくつもあった。
だからと言ってまとめるのはかなり無茶苦茶だけど、私はこのブログがある意味伝言板のような役割をしてくれるような気がしている。
○○さんの登場によって私の人生は、本当に想像もしていなかった方向にどんどん進んだ。
「違う生きる熱源」というのが、大げさでも何でもなく、○○さんはその存在だけじゃなく、本当にたくさんの旋風を巻き起こす原動力的な人物だったと思う。
そして私は見えない部分でも色んなことが繋がっているということを、○○さんに出逢って以降、主にペンジュラムやオルゴナイトを通じて見ることになった。
あんなのは映画や小説だけの世界かと思ったらそうではなかった。
見えなくても、携帯電話が電波を拾って世界中の誰とでも繋がるように、それ以外にも人と人とが見えないところで繋がることをたくさん見た1年だった。
そして電波なんていうのは、個人個人の力で設置してるのではなく、あるプロ集団の人たちがそれを設定してくれてる。
○○さんと私の間にあったことも、○○さんや私が意図したというのとは別に、見えないところで見えない電波みたいなものによって引き合わされたような感じも私は少なくともしている。
だから、このブログを通じて○○さんにきちんと伝わることも、私はそれはもしかしたら本当にそうなるかもしれないと予感している。
限りなく0に近くても、本当に0%ではないと思っている。
十分起こりうる可能性の中にあることだと思っている。
今日の打ち上げ花火の1番のメインの時、平原綾香の『Jupiter』が流れる。
“Every day I listen to my heart
ひとりじゃない
深い胸の奥でつながってる
果てしない時を超えて輝く星が
出会えた奇跡教えてくれる”
去年○○さんも見ただろう花火。
今年も同じ花火が同じ場所で上がる。
そして、私はその花火に託すように想いをのせる。
届けたい人に向かって想いを放つ。
出逢えた奇跡があるなら、また別の奇跡もあっていいと信じてる
・不安しかなかったあの最初の日、私○○さんの笑顔に本気で救われた。この人、こんな人がいたら大丈夫って本気で思えた。
今思ったらあの○○さんは相当がんばっていたのか、普段の感じとはずい分違うって気付いたのはもっと後。
・私人生で1人でこれからずっと生きていくことになっても、小さな幸せたくさん見つけたり感じたりしながらも生きていける自信がある。どんなこともそこをくぐり抜けて生きていける、そういう自信さえある。○○さんのいない世界だってそれに慣れたらまたその慣れた新しい日常が始まっていくことも想像できる。生きていけないなんて思わない。だけど、心が寂しいのは埋められない。
・“あぁまた今日も朝がきてしまった”と思っていた自分に教えてあげたい。未来のある日、私はその日1日を元気に迎えられることに心から喜んで、そして会いたい人に会える喜びいっぱいで仕事に行く日がくるって。
・すべてのピース、過去の失敗もつまずきもそれで良かったんだよって自分を全面的に肯定できる。それ位の威力がある出逢いだった。
・○○さんが何であってもいい。そのどれか1つか2つが私の中で究極嫌なところだったとしても、それでも一緒にいたい人、毎日の中に一緒の時間や空間を共有したい人、そう思わせる人だということ。
・○○さんの日常の適当さというか無頓着な感じを思うと、あの時さっと△△を手渡してくれたのは、トイレの中に隕石が落ちてくるよりももっともっと確率低い気がする。他にも人はたくさんいた。だけど、あの時○○さんがしてくれたのはたとえ偶然であったとしても○○さんしか、○○さんだけがしてくれた出来事だった。
・自分の色んなこと、それをさらけ出したり、隠し事できないとか、実際に会って何話すの?とか。そういうことがもう全てどうでもよくないけど二の次になって、それよりも今ここで繋がれるかどうかの瀬戸際なんだと思ったら、「手紙書くしかない」って。いつ渡すとか、渡し方とかそんなの後で考えたらいいって。それよりもまずは心の中にあるものを文字に置きかえて伝わるようにしなきゃって。迷いなんかなかった。他に選択肢も思い付かなかった。それしか頭になかった。
・傷付いたりとか失望したりとか、そんなの自分の問題だから自分で何とか時間かけて自分をケアしたらいい。でも想いをどんな形でも伝えるって、それは一生のうちで今しか与えられていないチャンス。本当にいなくなってからではもう何もできない。
・後悔はない。結果がどうであろうと、出逢うべくして出逢った人、そういう感じがするから。
・私は単に○○さんと離れたくない、想いが届かなくても日常の中に○○さんの存在があって欲しい、それ位シンプルなものだって気付かされた。
・いつか○○さんに伝言頼まれて、目も合わせてもらえなかった時、あれさえも嫌は嫌だったけど愛おしい時間だったなと思う。あの超ド級の不器用さ加減も○○さんの一部だと思うと、そしてそれを知り得たと思うだけで、嫌だったことさえ何か別の新しい意味が今は加わってる。
・私ずっと書いてるけど、こんなにも書くことがあるんだ。それ位色んなこと感じて、心の中で色んなことが起きてる。
(その日だけで13ページ書いてた。普段は1〜2ページ、長くて4ページ)
・異動の話聞いてもうこの世の終わりみたくなった。
・○○さんのこと見たいのに見ちゃまずいって思って遠慮した。
・あの辺りから時間が伸びた。確実に時間の感覚が変わった。
○○さんとの時間を体に魂に刻もうと細胞が全身中でフル回転してる。寝ても覚めても○○さん一色になってる今、それを体に残そうと記憶に残そうとしてる。
・自分の中にある気持ちを大事にしたい。現実の別れがあと72時間の中で本当に訪れたとしても。
・いっぱいがんばって何とかなることなら、私はどれだけでもがんばれてしまうと思う。そう思えるだけの人に出逢えたということ。
・40代に入らないと次の恋はしないんだろうなってずっとずっと思ってたから、だからこんな風にいきなり心の中に現れられたらびっくりする。
私はずっと自分1人で生きていく生き方を思い描いてた。誰かパートナーが欲しいって思ってても、私の頭の中の計画は常に私1人しかいなかった。誰かと生きていきたいって全く考えていなかった。だからこんなにも色んなことが突然起こって、頭や思考の理解はついていかなくて、でも現実に心は全力で反応してる。
ただただ一緒にいたいです。
・こんな変な出来事が人生の中にありましたよって、相手の人生にわざと足跡残す。
・あの手の手紙は未だかつてない。せめて、あんなに長い手紙を書いて渡した初めての女になりたいな、○○さんの人生の中で。
・心に痛みを覚えたり寂しくなったりしても、とにかく毎日毎日顔を合わせられる奇跡。それって、私が思っている以上に本当はとってもすごいことなんだと思う。出逢いももちろん、そしてそうやって毎日逢えるということも。
・“never end”って今アムロのYouTube見てたらそう言った。私の心の代弁だ。この日常が終わって欲しくない。
・止まらない時間、嫌でも来てしまう明日。
・私本当に何も知らない。知ってることは数えたら両手使っても余るかも。それ位、知らない。狂気の沙汰かと思った。ねぇ知らないんだよ、相手のこと、あなたの勘違いじゃない⁇って自分に何回も何回も問いかけてみた。
・○○さんの目に映ってる日々の景色とか、口の中に入る好きな食べ物の味とか、無意識にしてしまうクセとか。そういうのを知りたい自分がいる。
・(最後の挨拶のために)1分だけ普通にふるまえるパワーをください。
(最終日)
・多分私は遅かれ早かれ今みたいに動き出してたと思う。○○さんに近付きたくて、○○さんをもっともっと知りたかったから。
・○○さんは最後まで気まずそうだった。
・○○さんのダウンがなくなった時、景色が大きく変わった。たった1枚の服がこんなにも存在感を持ってたなんてびっくりする位。あの時寂しさがまたグーンと上がった。
・あそこに書いたことが○○さんの心に魂に届いてたらいい。それが届いてるなら、もう十分。一緒にいることが叶わないなら、それがいつかのどこかのタイミングで○○さんに届いたら御の字。
・今日(最終日)29.9.××の○○印を押した。それも事務さんに頼まれて!返す前に記念に押しておこうと思って(別の紙に)押して持ち帰ってきた。
・お父さんのおばあちゃんの旧姓、○○さんの最後の文字と一緒だ。今朝気付いた。
まだこの後も続く。
その日が来たからと言って時間や人生が止まるわけじゃない。
今伝えなきゃいけない気がして、突如日記を読んで書き始めた。
私の「〜〜しなきゃいけない気がする」の気が自分の中に昇ってくる時、基本その根拠も理由もない。
ただそういう感情が湧いて出てきたというだけ。
そういう時はもう理屈とか目的とかそんなの関係なくて、体が先に動く。
自分でもどうしてそうするのかなんて言葉では説明できない。
1つだけわかっていること。
それは、ここに書いたことを知ってて欲しい人がいて、その人に届けたいから私は書くということ。
ちなみに文中の40代に入らないと次の恋はしないと書いたのには理由がある。
私が何回か見てもらった占いのおばちゃんが言ってたことだった。
おばちゃんの言うことはいちいち当たるから、もう怖いぐらいだけれど、私はその何回にも渡って言われ続けたことがあった。
おばちゃんは私にある年齢のあたりで結婚話が浮上すると言っていた。
ただしそれを逃した場合、次は40何歳か忘れたけれど、ずい分と先になって、とにかく晩婚の域なんか超えて結婚できて良かったねみたいな感じになることは、かなり記憶にはっきりと残った。
ちなみに結婚話は浮上しなかったけれど、おばちゃんがピンポイントで言ってた年齢の時、確かにずい分と不思議な人間関係を私はある男性と関わることで持つことになった。
異性とかパートナーシップとかいう類いの関係ではなく、自分の人生の道筋が明らかになったり、自分の泥々した感情が表出するような、どちらかと言えば受け取りたくないタイプのものがたくさん出てくる人間関係を体験した。
だから相手云々というよりも、自分自身と向き合うきっかけをくれた人という感じだった。
「自分自身と繋がる」という意味で結婚と出たのかな?と後からかなり思った。
そんなこんなのことがあったから、おばちゃんが次は40何歳かに相当する西暦何年が結婚に繋がるみたいな話をしてたから、私はもう30代で誰かに出逢うことはない、と頑なに思ってた。
自分の生き方に向き合えってことなんだろうなぁ、気が重いなぁと思ったから、よく覚えてる。
だから、去年の夏は想定外過ぎた。
自分の辿った足あとをこうしてまた言葉に起こす。
恥ずかしくて仕方ないけれど、他に手段が思いつかないから、私は「有る」とも言えない小さな可能性に賭けて書く。
届いて欲しいから。
伝わって欲しいから。
(以降、いなくなってからの日記)
・私ずっと事務所の掃除機を避けてた。○○さんの机に近付きたかったけど、もういつかいなくなる○○さんの机の変化、それも存在を消していく方の変化を目の当たりにするのが嫌だったから。自分なりに抵抗してた。
(辞める時までそれは同じ気持ちで、私はその後も他の人からたまには交代しましょう!と言われた1回ないし2回しか事務所の担当はしなかった。)
・○○さん、下駄箱なくて良かった。知らないから、下駄箱見る必要ないから。思い出が少ない方が傷が浅くて済むって学んだから私なりの防御策。
(ないわけないと思うけれど、私はその場所がどこか知らなかった)
・○○さんのあの拒絶してますよアピールには心へこみかなり参ったけど、それでも一度も○○さんのこと嫌にならなかった。嫌いになれなかった。
・振り向いてもらえなくても、避けられても、私の気持ちは止まらなかった。近付きたい気持ちも、ドキドキしてしまうのも、自分で心臓の動きを止められないのと一緒で、もう1つ1つどうにもできなかった。そういう人に出逢えただけで奇跡で、それで満足できたらいいのにね。もっと一緒にいたくて、もっともっと知りたくて、そういう気持ちは増すばかりで困った。
・○○さん不在の1日目。○○さんの机を何度も何度も見た。もう送るだろう荷物しかない机の上。きれいに前向いて収まってる椅子。当たり前だけど、駐車場に車もない。
・時間がとてつもなく長くて、こんなにも時間の流れってゆっくりだったんだと驚いた。午前中なんて、いくら仕事をこなしてもちっとも時間が過ぎなくて愕然とした。時計を何度も見てしまった。
・(不在1日目)Sさんから、○○さん某趣味が大好きで、その中の☆☆というのが好きで、だから私の名字が武士俣でものすごいテンション上げてたって教えてもらった。
・「○○○○あ」も常連だったらしい。私もしあそこ採用されてたとしても、そこでは○○さんと知り合えなかった。出会いの場は想像もつかない方法で導かれる。
(10月以降)
・今日ノートを買った。一万年以上永久保存がきくと謳っているノート。そこに○○さんとの様々なことを残そうと思った。
・私が見た光景をひたすら綴ってる。頭の中にある思い出を文字で綴ってしまえば、またそれをいつでも振り返れる。
・毎日毎日奇跡は起きてて、ちょっとしたことでもその通りに物事が運ばないと○○さんとのやりとりは生まれなかったことを知る。
・Sさんが趣味繋がりで○○さんと仲良くしてくれてたおかげで、○○さん情報を色々教えてくれた。その情報だって、私がSさんの隣りの席で作業しなかったら仲良くすることもなかったから、しかもみんなから離れてひそひそ話できる環境も大事で。
本当に縁があって人生で出逢えた人なんだと思う。縁がない人とはいくら隣りにいても心も体も動かない。そしてこんな風に記憶に残らない。
・本音はもっと近付きたかったし、もっと一緒にいたかった。色んなことを共有してみたかったし、反対の部分があるなら、似ているところがあるなら、全部全部知りたかった。
・仕事はきっちりしたい信念の私が、心が勝手に乱されて、しょっちゅう集中力を欠いてた。○○さんに近付くだけで、○○さんが近くに来るたび、心臓が飛び出る位ドキドキした。
・恋とも愛とも呼ぶのに抵抗があって、唯一自分の中で抵抗なく受け入れられたのが、ある日でてきた「愛おしい人」だった。何がどう愛おしいのかなんてわからないけど、それだけはしっくりときた。
・○○さんの空気とか波動みたいなものがまだ残っている事務所は、どこか自分の中でぬくもりを感じる。ここが職場で良かった。
・涙の理由はうまく説明できないし、自分でも正直わからない。でも○○さんの姿、記憶から消えてしまいそうな思い出のワンシーンを思い出すと胸の奥の方から色んなものが出てきて、それと同時に涙も出る。どういう感情なのか自分でもよくわからない。そのよくわからない気持ちと涙が連動している。
・見えないところで繋がっていてタイミングが来たら再会できるならそれを信じたい。
・(ファイルの片付けをした時に書き込みを見つけた)1日で最大5ヶ所回るわけで、だから1つ1つの作業はわりかし短時間の短工程なんだろうけど、そこに手も抜かず、1つ1つきちんとするところにものすごーく好感が持てた。そういう誰も見ないところも手抜きしないのがいい。
・○○さんの字すごく好きだな。決してきれいではない。だけど○○さんの文字は○○さんが書いているからいい。初めて見た時から“こんな字書くんだ”って感動があって、そこに○○さんの存在を感じられるからさらにプラスαで感動してる。きれいな字は他にいくらでもある。でも○○さんの字は世の中にたった1つだから、それがいい。
・ある人のブログ読んですっごく納得したこと。ドキドキしようと思ってドキドキはできないこと。勝手にドキドキしてしまうこと、そしてそのドキドキのおかげで相手が自分にとって特別って気付けるようになっていること。
・ハートで魂で体中の細胞で○○さんに惹かれたのは本当だからそれだけは自信を持ってそうだったって言える。
・朝車の中でダウンジャケットのことを思い出した。私はなぜかあのダウンに最初から目が行った。最初は季節外れのダウンだから目が行ったのかと思ってた。だけど色んな意識が薄れていく中で、そこだけは切り取ったように風景を思い出せる。そしてそれがなくなったこと、その日の衝撃もすさまじかった。広い空間の中にたった1枚の服が姿を消すだけでこんなにも悲しく切ないことがあるんだろうかと思った。
・そろそろ1ヶ月になろうとしているけれど、あの頃と変わらずに毎日毎瞬○○さんのこと考えたり想ったり、いないのが寂しいのは同じで、前より心のうんと奥の方から勝手に涙が溢れるということ。忘れることも気持ちが離れることもなかった。
・あの瞬間の○○さん、今でも思い出せる。○○さんは無意識だったかもしれない。自分で自分のことに気付いてないかもしれない。でもあの時、確実に○○さんは思いっきり心をさらけ出してた。さらけ出そうとしたと言うより、隠せなかったんだと思う。
・なんだか不思議。○○さんはそばにいないのに、寝ても覚めても思い出すのは○○さんで、そして、それに伴い大切なことをたくさん思い出し始めてる。
・○○さんがいなくなってからの方が○○さんの姿をたくさん思い出すようになった。目で見えない分、心で心の目で見ている感じ。
・自分でも感心する位に観察していた。背格好とか歩き方とかよく覚えてる。今も同じ歩き方なんだろうなぁって想像できる。
・○○さんのことを思い出すと涙が出てくる。前よりもたくさん泣いてる気がする。私ってこんなに泣き虫だった⁇って自分でも驚く。言葉にできない想いがいつも広がっている。涙が出る時は、寂しいのか悲しいのか切ないのか他の何かなのか、どれかなんて知らないけれど、涙が出てくる。
・貸出簿の○○さんのサイン見てもえる。そこに確実に手書きの文字があって一人でもえてる。○○さんの文字見るだけでほっこりする。
・変な感動だけど、○○さんの存在を忘れてる時間がある(笑)!今日K市の雑貨屋が入ってるビルに入ってた時、ふと気付いた。「あっ、私今○○さんのこと忘れてた!」って。
・人生であんなにトキメキを覚えたのなんて、あれが1番。あのトキメキなくしては○○さんの存在には気付けなかった。
・○○さんの視界に入りたくて、○○さんの世界に自分の居場所が欲しくて、だから…。
・お互いにたくさんの前世があって、そしてお互いにたくさんの30数年分の今生の軌跡があって、そして今やっと出逢えた。
物静かな○○さんの存在に気付けるように、物事はたくさん設定された。本当なら接点なんてないはずなのに。Tさんに代わってから1ヶ月経ったけれど、どれだけ○○さんとの間で起こったことがイレギュラーだったかがよくわかる。
・私は後悔してない。伝えなければもっともっと後悔してた。ようやく出逢えたこと、それは○○さんに伝えたかったから。もうこのまま生涯を通じて再会できなかったとしても、それでも伝えて正解なんだと思う。自分が生きてるうちに、出逢えたことの奇跡とそれに対しての感謝や想いを伝える、それって絶対に大事。それが○○さんに私が伝わって欲しい方法で伝わらない結果が出てきても、そういうことじゃない。伝えるのが大切だったから。
・心の中でいつもいつも“○○さん”って呼びかけてる。○○さんと繋がりたくて、○○さんの顔見たくて、多分会えない今に絶望して、思い出を思い出してふっと何かに包まれたり、○○さんのことを想うとボロボロ泣けて…忙しい。○○さんのことでとにかく忙しい。
・どんな言葉遣いで、どんな声のトーンで、どんなテンションで、どんな表情で、どんな仕草で話してたんだろう。知りたいことは無限大にある。知れないことがこんなにも物足りないことなんて他にない。
・私は○○さんに何されても嫌いになれなかった。苦しい気持ちがどんなに湧いて、気まずくなって、早くこの瞬間が終われ!と思っても嫌いにもならなければ気持ちも薄れなかった。
・今の人生で出逢うことのなかった私のご先祖様たち。その3人の命無くしては今の私の命は存在しない。受け継がれた今があって、そして○○さんに出逢えた。私の人生に現れてくれた大切な人。心から大切な人。
・どうか○○○○さんと人生でお互いに生きているうちに再会させてください。
・どうにもならないことの方が、自分のことをさらけ出さなくていいし、かくしたいことはそのままにできるし、傷付くことも避けられるし、そちらの方がいいのかなぁと思ったけど、それは違うってわかった。ただただ近くにいたくて、一緒にいたくて、それだけで私はすごく幸せだった。自分の世界の中に○○さんがいるだけで、本当の本当に幸せだった。○○さんに会えるだけで仕事に行くのも、自分がただただ生きていることも、全てのことが愛おしくて特別だった。
・4人から名刺をもらった時、フリガナまでふってくれたTさんより、○○さんの“*”の字の方が印象的だった。4人の中で一番変わったところのない名前なのに、私が心にとめたのは○○さんの“*”の字だった。
・このテーブルの上で○○さん時々書き物してた。唯一共有して使っていたものかもしれない。
・この間考えてみたら、私だけ社内メールもないから、(業務)メールをもらうこともない。本当に見える形での繋がりは1つもないんだと改めて認識した。そういうものが1つもなくても、ずっとずっといる、このずっとずっと心の中というか頭の中というか、とにかくずっといる感じもなんだろう?って思う。
・今朝(11月下旬)仕事に行ったらSさんからメモがきてた。そこに「BUSHI様」とあって思わず笑ってしまった。Sさんのところに行って、その話をしたら、「そうですよ!私の中で武士俣さんの字はBUSHIです!そしてそれ○○さんも一緒ですよ!」と言ってもらえた。それだけで私はうれしくて、今日1日そのことを思い返してはニタニタしてた。
・好きとか愛してるとか言葉は逆に言えなくて、それだと何か限定的で、そうではないそれ以上の言葉では言い表せないような気持ちが溢れてる。
・今日から12月。○○さんがいなくなったのは秋の終わりの9月。冬の格好の○○さん見たかったな。Sさんいわく、シャカシャカなるパンツをいつもはいてて、そしてはきものは長靴。
・今日また新しい情報。○○さん、Kさん並みに整理整頓に励んでたんだって。私が聞き間違いかと思ったとSさんに言ったら、「たしかに!あの机見たらそう思うよね」って笑って言ってた。やっぱりあの(事務所全体が)汚いの気になるみたいですごいやってたって。
・(Sさんと旧体制と新体制についての違いを話す)見えるところと見えないところ、そのどちらに力を入れているか(が差になって表れている)で、私は○○さんみたいに見てないところでもしっかりしてる、そういうのを大切にしてる○○さんの方が信用できると言ったらSさんに「すっごいわかりやすい!そうだよね」って言ってもらえた。
・昼休み、これ耳にあててみてって言われて耳にして、最初よく聞こえなくて、でもよく聞いたら○○さんの携帯の着信音だった。あれだよ!と目をキラッと光らせながら教えてくれたSさん。
・○○さんをまとっていたあの空気の特別感は私だけじゃなくて他の人にも見えてたと思う。色んな人を観察していて、あの空気感は○○さんにしかないのがよくわかる。
・こんな風に誰かを想えるって、すごいしあわせだ。もう目の前にいなくて、切なくなって、会いたくても会えない現実に泣きそうになることもあるけれど、それでも○○さんを想う時間は本当にしあわせで、体の奥の方から温かい感じで満たされてる。もう自由に、○○さんの目を気にすることもなく、自分が想いたいように想える。自分で納得するまで、あきるまで、想い続けよう、もう止まらないんだからって、自分で自分に言えるようになった。
・もう生涯通じて会えない人かもしれないのに、そんなの関係なくして本当に大切な人。
・この日記の中では○○さんの前でさえ素直になれなかった私をそのまま出せる。色んな想いに溢れていて、その想いを感じたまま吐き出せる。よく書いたな、ここまで。この日記の半分が○○さんで占められてる。すごい存在感。
・おととい○○さんの同期の男の人が地方の事務所を一度も見たことないから見たいと言ってひょっこりやってきた。今は同じ課にいるらしい。いくつの地方事務所があるのか知らないけれど、そのポストは1つ。その中でたまたま新潟のここに異動になるなんてどれ位の確率なんだろう。しかも○○さんが会社にそもそも入社しないとだし、私だってあの会社に行かないといけない。そう考えると、本当の本当にめぐり合わせによる出逢いだってわかる。
・(次の日記帳購入)
ちょっと違うけど○○さんのスケジュール帳の感じに似ている。
(スケジュール帳は遠目にしか見たことがないけれど、なんとなくの雰囲気は似てると思った。)
・この夏はすごく特別だった。○○さんのことで全部うめつくされていた。
・2017年10大ニュース
第1位:○○○○さんに出逢えたこと。
・石井ゆかりさんの年占いに「今年はギフトを受け取る」ってあって、本当にギフトを受け取った。一番のギフトは○○さんとの出逢い。
・2017年の一文字は「逢」この一言にすべてが集約される。本当に大切な人と出逢わせてもらえたことが大きい。
・(ホロスコープ鑑定を受けた日)
○○さんとのこともすごく納得できた。過去世で会っていたり、そして近くにいたとするなら、この色んな感覚がよくわかる。そして、生きて年とっていく様をとなりで見ていたいとか、そういうのもよくわかる。私の感覚は、本当に純粋な思いだったことがわかる。
・(日記の文面を読むと、どうやら私は現実の体験と似た体験を夢でも追体験したらしい)
○○さんは資料を探してた。現実の出来事と何ら変わっていなかった。
でも私は(現実と同じことを夢で見たことじゃなくて)そこに数メートルも離れていないあの近距離に○○さんも私もいたことに驚いた。
つい少し前までは、お互いに30数年生きていても何の接点もなくてそれが互いの当たり前の日常だったのに、何の因果か同じ土地の同じ会社の事務所の中にいて、そしてたまたま○○さんは資料探してて、そしてその資料のありかを知らなかった。だから私は声をかけた。何か探してますか?って。しかもあのタイミングだった。私が自分の席でもSさんの隣りでもなく、あの机で何かしらをしていた時だった。
たしかにその10日後にその資料に関する仕事が予定されていたけれど、それだっていつのどのタイミングで誰がそれを発注するのか知らないけれど、そういうことが重なり合っていた。すべてのことが1㎜もずれることなく起こって○○さんもその仕事に実際に行くことになっていて、それで資料を探す。それって当たり前のことじゃない。そこで触れ合えるように、水面下でいろんなことが動いていた。知らない者同士が出逢えるように引き合わせてもらえる。それも自分で探すんじゃない。自分の意思とは全く関係のないようなところで。
・(辞める直前)
Sさんに資料にあった(○○さんとは関係のない全く別人の)2人の名前をくみあわせると“●●(下の名前)”になると言うと「これ、忘れようとするのをじゃましてる感じですね」と言われて笑った。
・(辞めた次の日)
ずっと仕事の机の中にあって、昨日それを初めて家に持ち帰ってきた。ようやく公の顔の任務を終えて、家に来てくつろいでる、そんな風に見えた。この名刺はこれからも大切にしようと思ってる。
・○○○○さんへ。○○さんに会いたいです。○○さんと言葉を交わしたいです。
・ブログに最後aitaiって書いた。○○さんに伝わるように。ユーミンの「目に映るすべてのものがメッセージ」の歌詞をそのままタイトルにして。その文字が目に入るように、そこだけ目立つようにローマ字で書いて。伝わって欲しい。
・昨日は○○さんが私に△△を渡してくれた日から1年だった。あんなにドキドキしたこともなかったな。○○さんよく私がそれ持ってないって気付いたな。すごい鈍そうだし、そしてそういう気遣い、基本しなさそうなのに。たまたまにしてはよくできてた。外でしかも炎天下での作業なんて、はっきり言ってすごく嫌だったし、その時、社内の人とそうでない人の区別もつかなくてそれもイヤだった。誰とも関わらなくていいように、コンテーナーのかげに隠れて、背中向けるようにして作業してた。そんな中、なぜか○○さんだけが私が持ってないことに気付いて、わざわざ持ってきてくれた。そう、○○さんだけが。
鈍くても気付ける位に大きなものを用意してくれてた。
・冥王星パワー全開だった2017年の夏、私は○○さんという1人の人のおかげで無事に乗り越えることができた。
・(ホロスコープ上の冥王星がらみの中年の危機の時というのは、全く想像もしていなかったところから、違う「生きる熱源」という刺激が与えられ、相当びっくりする。
〜『続・まついさんの連絡帳』〜より《2009.11.7アップ分参考》
○○さんはまさに違う“生きる熱源”の人だった。私は新潟に帰って誰かに恋する予定もなかったし、そもそも誰かに出逢えるとは思ってもいなかった。
・知りたかったな、○○さんが本当はどう思っていたのか。私に最初会った日、○○さんはSさんに仕事中ラインをしちゃうほど何かを感じてたのかな。私の名字に反応してたのか、それとも私に反応してたのかな…生きているうちに○○さんの口から聞けるといいな。本当はどう思ってたのか。
(Sさんいわく、○○さんが仕事中にラインするなんて相当有り得ないことだと説明してくれた。その日他にもやること満載で忙しかったと思うけれど、どういうわけか○○さんはSさんにラインをしてた。Sさんが「ほら、これ見てください」と言って、当時のやり取りを見せてくれたほどだった。確かにそれは私の初日の日で午前中だった。)
文中に出てくるSさん。
Sさんには最後仕事を辞める直前に○○さんをいいと思っていたことは話した。
ずっとすっとぼけて色々情報をもらっていて隠し事してるみたいで申し訳なかったのと、その他にもペンジュラムだのオルゴナイトだのを話すのにその話をしないと色々とごちゃごちゃになるのとで、本当に辞める直前に言った。
Sさんは何も気付かずに私に色んな情報を教えてくれてた。
何でそんなことが起こったのかは知らない。
だけど、私は本人から聞けなかった代わりに本人の個人的な趣味やら他のことやらやたらとSさんに聞いてもないのに教えてもらってた。
又聞きのさらに又聞き状態で知り得た例年の年末年始の過ごし方なんてのもあった。
年末の時の話だった。
それを耳にして、私の心は荒れに荒れた。
でもどうにもできないから、私はひたすら時間が過ぎて自分が大丈夫になるのを待つ他なかった。
余談だけれど、この心が荒れ狂った年末の日、ペンジュラムがナビデビューした。
心は大寒波通過中でも、私が私の人生を信じて大丈夫!と言わんばかりに、迷子の私を目的地にしっかりと連れて行ってくれた。
ちなみにその時に聞いた話をうんと後日に友達に言ったら、友達は面白いことを言い出した。
それって、すごい変な言い方だけど、その同僚の人も言わせられたのかもしれないよ、と。
友達のぶっ飛んだ予想はこうだった。
人の意識と意識は見えないところでも繋がっている。
その見えないところで、例えば相手がどう思うかとかどう反応するかを見たい!と思ったら、その思いがとりあえず空に放たれる。
そこでその放たれた意図とは知らずに、今回で言えばSさんの口を通じてぶっしーが知ることになる。
ぶっしーは知りたくなかったわけだけど知ることになって反応して、しかもブログにそれらしいこと書いたんだよね?
最終的に無意識にでも意図した本人に、例えばぶっしーの実際の反応がブログを通じて届いててもおかしくないと思う。
友達はそう言った。
ちなみにこの友達は、他にも色んなメッセージを私に何回か伝えてくれたけれど、1つ面白いことがある。
1年前の打ち上げ花火の日。
○○さんも他県からヘルプで一時的に事務所にいた年下の男の子を伴って花火を見に行ったとされる日、私もその友達と花火を見に行った。
偶然と言えば偶然だったかもしれない。
その偶然が重なった日、○○さんも友達も私も少なくとも1キロ2キロ圏内にはお互い近くにいたと思う。
その時に磁場が重なったのか何なのかはわからない。
でもそれから数ヶ月後、友達は私に不思議なことを何回かに分けて伝えてきた。
それもなぜか友達からしたら全く関係もなければ接点もない○○さんについて、○○さんに関する話や○○さんを連想させるものだった。
友達は予知とか見えないものを読み解くとかそういうことができる人じゃない。
本人もこれ私じゃないから、と言っていた。
友達の言葉を借りると「私、これをぶっしーに伝えるために言わされてる気がする」とのこと。
あの打ち上げ花火さえも、一体全体何を一瞬で繋げてしまったのか、今もって謎すぎる(←私の発言の方がおかしいかも…)。
本来繋がりのないものたちが繋がり出すという、本当に不思議なことがいくつもいくつもあった。
だからと言ってまとめるのはかなり無茶苦茶だけど、私はこのブログがある意味伝言板のような役割をしてくれるような気がしている。
○○さんの登場によって私の人生は、本当に想像もしていなかった方向にどんどん進んだ。
「違う生きる熱源」というのが、大げさでも何でもなく、○○さんはその存在だけじゃなく、本当にたくさんの旋風を巻き起こす原動力的な人物だったと思う。
そして私は見えない部分でも色んなことが繋がっているということを、○○さんに出逢って以降、主にペンジュラムやオルゴナイトを通じて見ることになった。
あんなのは映画や小説だけの世界かと思ったらそうではなかった。
見えなくても、携帯電話が電波を拾って世界中の誰とでも繋がるように、それ以外にも人と人とが見えないところで繋がることをたくさん見た1年だった。
そして電波なんていうのは、個人個人の力で設置してるのではなく、あるプロ集団の人たちがそれを設定してくれてる。
○○さんと私の間にあったことも、○○さんや私が意図したというのとは別に、見えないところで見えない電波みたいなものによって引き合わされたような感じも私は少なくともしている。
だから、このブログを通じて○○さんにきちんと伝わることも、私はそれはもしかしたら本当にそうなるかもしれないと予感している。
限りなく0に近くても、本当に0%ではないと思っている。
十分起こりうる可能性の中にあることだと思っている。
今日の打ち上げ花火の1番のメインの時、平原綾香の『Jupiter』が流れる。
“Every day I listen to my heart
ひとりじゃない
深い胸の奥でつながってる
果てしない時を超えて輝く星が
出会えた奇跡教えてくれる”
去年○○さんも見ただろう花火。
今年も同じ花火が同じ場所で上がる。
そして、私はその花火に託すように想いをのせる。
届けたい人に向かって想いを放つ。
出逢えた奇跡があるなら、また別の奇跡もあっていいと信じてる
2018年8月2日木曜日
憧れの食卓(の妄想会)
久しぶりに料理ブログを開いた。
2〜3年、まずはクックパッドにはまり、その後料理ブログにどハマりして、毎日10人ぐらいの料理ブログを熱心にチェックしてた時があった。
今はその熱が冷めて、月に1〜2回気が向いた時にだけ見る程度。
どハマりした1人は、本物のセレブな方で、その方だけは今も面白いから読んでしまう。
基本的に常識やおもてなしの心を大切にする人で、それがズレているととことん毒舌家になっているけれど、その批判がちっとも嫌じゃない。
筋が通っているから、思わず「スッキリ」のボタンを連打したいぐらい。
あの「スッキリ」とかいうボタンを押しまくるテレビ番組は今でもあるんだろうか?
食べ物に関してもきちんとこだわりがあって、高いお店しか知らない人の舌は信用できなくて、高い店から庶民の店、ジャンクフードもお手軽な調味ソースも、色んなものを試した上でこれが美味しい!と言う人の舌が信用できる、と豪語する人。
だからその人自身も本当に色々試してる。
1枚7千円(!)もする魚の干物を食卓に上らせたかと思えば、話題のカップラーメンも普通に食べる人。
ランチ諭吉1枚では足りないコースを食べたかと思えば、ワンコインで食べれそうなそばも食べる。
関係ないけれど、本当に色んな意味で心が整っているように見受けられる人だから、個人的にその人のホロスコープを本気で見てみたい。
何をテーマにして生まれてきてる人なのか、ブログだけでは判断が全くつかない人だから、そういう意味で興味のある人。
ちなみに、この方のブログにどハマりした理由は、その人の食べ物の知識や感性、外食先の美味しそうなごはんたち、エッジの効いた話ももちろんだけれど、その人の器使いが超ツボでそれが好きで見てるのもある。
セレブはウン万円とする皿もさらりと普段使いする。
そして他の使いこなすのが難しいデザインも、とにかく普通に使いこなしてる。
ちなみに今回見た中で一番真似したい!と思ったのは、カゴの中に小さな小皿や豆皿をいくつも入れて、小さなおかずたちをあれこれ並べたもの。
温泉宿なんかに泊まった時の夕食のトップバッター的な前菜盛り合わせとか、朝食のカゴの中に細々としたおかずがいくつも入ってるあの手のもの。
超オシャレだった!
あんなの家で出したら、超テンションが上がる。
毎日はしないけれど、ちょっと余裕のある日にあのちょこちょこ盛りをカゴに入れてチビチビ飲む!なんて憧れて仕方ない。
豆皿買わなきゃ!と思った(←物から入る人)。
話は変わるけれど、先週東京は日本橋の三越に行った時のこと。
知人の方のガラス細工は本当に素敵で、いつか終の住処が決まったら、その人の日常使いできる作品をいくつか手に入れる!と決意して帰ってきた。
そのガラス細工も使い方の見本を見せてもらいながら話を聞いただけで、超ウットリとした。
しかもそこにあるのは一部で、実際の作品はもっと色んなバリエーションがあるとのこと。
その人は、自分はアートや芸術を目指してるのではなくて、普段使いできる生活の中のちょっとした彩りを意識してると言われた。
だから、そこに展示されてたものは普段使いのものばかりだった。
買う時はその人の工房を直接訪ねたいなと思った。
食器売場だったから、私はその作品展よりも食器売場にハマってかなり長い時間そこに滞在した。
その時にフランス産の焼き物を見つけた。
日本の器とは色使いが全く違っていて、ポップな色なのにシックというか落ち着いていて、私はその棚の前でもかなりな時間を過ごした。
小さなカタログみたいなのももらって帰ってきた。
私にしては珍しく何回もカタログを見ている。
1枚あたり3000〜4500円もするお皿でも、私はここのお皿だけは少しずつ集めたい!と思うほどの好きな色と質感だった。
お皿たちを見て、今回は料理は思い浮かばなかったけど、シチュエーションだけはやたらとリアルに想像した。
ちなみに真っ先に思い付いたのは、オシャレなワンプレート風の洋風の朝食風景だった。
色んな友達に笑われたけれど、食器に関してだけは私の結婚したら…妄想が止まらず、とにかく結婚してとか同棲しての食器をどう普段使いするのか、やたらと細部まで計画を立てられる。
なんなら、相手もいないのに常々2枚ずつ買っていると言って色んな人たちから笑われた(この場合は、笑ってくれる方が和む感じの笑い)。
実生活において計画とか目標とか本気で立てられない人が、食器を前にすると突然想像力だけじゃなく計画や目標もやたらとリアルになる。
仕事の営業の戦略会議みたいなので、周りの人たちはみんなきちんとした具体策を挙げていたけれど、私はそのどれもやりたくないことばかりで半分は嫌味ででも半分は本気で「念じる」と言ったら、失笑を誘ったり、吊るし上げじゃないけれどかなり突っ込まれた。
だって、どうせやらないのに、そのやらないことを言葉だけ並べて頑張りますみたいなの、何か間違えてると思った。
そんな人が、食器だけは真面目に計画を練ることができるんだから、あれは好きでないとできないことだなと思う。
ちなみに先の戦略会議。
これは冗談抜きで、「念じる」というのが威力を発揮?した結果を出した。
学習塾の時の話で、退職願は受理されずかと言ってやる気もなかった私は、とうとうやりたくない職務を完全に放棄した。
やるべきことだけは最低限やり、会社が求めるプラスアルファの営業戦略の実践を全部ボイコットした。
そうしたら、毎月1人ないし2人新入生が入ってくればいいような私の担当教室で、なんとその時1ヶ月で10人一気に入会した。
何もしなくなったら入ってくるとわかった私は、ますます何もしなくなった。
そしてそのますますやらない方が何もかも上手くいくことがわかって、私がそのスタイルを貫けるように会社側が妥協案を提示してきた。
無理に何かをするのは、最初の出発点がズレているから結果も思わしくないけれど、好きでとか楽しくてやってることは続くし勝手にやってる。
私の食器の妄想会なんてまさにそれで、誰に頼まれなくても毎回楽しく妄想して毎回とめどない想像力ならぬ妄想力を発揮している。
あとは、実践できる場を設けるのみ。
実践…、道具を揃えるのは実現可能レベルだけれど、これを実際のパートナーと囲むというのはいきなりハードルが上がり過ぎて叶う気がしない。
パートナー云々は神のみぞ知るの領域でも、さっきのカゴ盛り的なのは別に1人でも私はいずれやっていくと思う。
ヤバい。
今想像したら、木製のお盆みたいなランチョンマットとビール用の薄張りグラスが一緒に出てきた。
箸置きはこの間買ったのや他にもあるから、それを使ったらいい。
この手のことを考え出すと止まらなくなるけれど、これからその道具を少しずつ集める楽しみがある。
たとえそれを自分1人しか使わなくても楽しみは変わらない。
ただ、誰かがいたらもっと楽しいかな、というだけ。
2〜3年、まずはクックパッドにはまり、その後料理ブログにどハマりして、毎日10人ぐらいの料理ブログを熱心にチェックしてた時があった。
今はその熱が冷めて、月に1〜2回気が向いた時にだけ見る程度。
どハマりした1人は、本物のセレブな方で、その方だけは今も面白いから読んでしまう。
基本的に常識やおもてなしの心を大切にする人で、それがズレているととことん毒舌家になっているけれど、その批判がちっとも嫌じゃない。
筋が通っているから、思わず「スッキリ」のボタンを連打したいぐらい。
あの「スッキリ」とかいうボタンを押しまくるテレビ番組は今でもあるんだろうか?
食べ物に関してもきちんとこだわりがあって、高いお店しか知らない人の舌は信用できなくて、高い店から庶民の店、ジャンクフードもお手軽な調味ソースも、色んなものを試した上でこれが美味しい!と言う人の舌が信用できる、と豪語する人。
だからその人自身も本当に色々試してる。
1枚7千円(!)もする魚の干物を食卓に上らせたかと思えば、話題のカップラーメンも普通に食べる人。
ランチ諭吉1枚では足りないコースを食べたかと思えば、ワンコインで食べれそうなそばも食べる。
関係ないけれど、本当に色んな意味で心が整っているように見受けられる人だから、個人的にその人のホロスコープを本気で見てみたい。
何をテーマにして生まれてきてる人なのか、ブログだけでは判断が全くつかない人だから、そういう意味で興味のある人。
ちなみに、この方のブログにどハマりした理由は、その人の食べ物の知識や感性、外食先の美味しそうなごはんたち、エッジの効いた話ももちろんだけれど、その人の器使いが超ツボでそれが好きで見てるのもある。
セレブはウン万円とする皿もさらりと普段使いする。
そして他の使いこなすのが難しいデザインも、とにかく普通に使いこなしてる。
ちなみに今回見た中で一番真似したい!と思ったのは、カゴの中に小さな小皿や豆皿をいくつも入れて、小さなおかずたちをあれこれ並べたもの。
温泉宿なんかに泊まった時の夕食のトップバッター的な前菜盛り合わせとか、朝食のカゴの中に細々としたおかずがいくつも入ってるあの手のもの。
超オシャレだった!
あんなの家で出したら、超テンションが上がる。
毎日はしないけれど、ちょっと余裕のある日にあのちょこちょこ盛りをカゴに入れてチビチビ飲む!なんて憧れて仕方ない。
豆皿買わなきゃ!と思った(←物から入る人)。
話は変わるけれど、先週東京は日本橋の三越に行った時のこと。
知人の方のガラス細工は本当に素敵で、いつか終の住処が決まったら、その人の日常使いできる作品をいくつか手に入れる!と決意して帰ってきた。
そのガラス細工も使い方の見本を見せてもらいながら話を聞いただけで、超ウットリとした。
しかもそこにあるのは一部で、実際の作品はもっと色んなバリエーションがあるとのこと。
その人は、自分はアートや芸術を目指してるのではなくて、普段使いできる生活の中のちょっとした彩りを意識してると言われた。
だから、そこに展示されてたものは普段使いのものばかりだった。
買う時はその人の工房を直接訪ねたいなと思った。
食器売場だったから、私はその作品展よりも食器売場にハマってかなり長い時間そこに滞在した。
その時にフランス産の焼き物を見つけた。
日本の器とは色使いが全く違っていて、ポップな色なのにシックというか落ち着いていて、私はその棚の前でもかなりな時間を過ごした。
小さなカタログみたいなのももらって帰ってきた。
私にしては珍しく何回もカタログを見ている。
1枚あたり3000〜4500円もするお皿でも、私はここのお皿だけは少しずつ集めたい!と思うほどの好きな色と質感だった。
お皿たちを見て、今回は料理は思い浮かばなかったけど、シチュエーションだけはやたらとリアルに想像した。
ちなみに真っ先に思い付いたのは、オシャレなワンプレート風の洋風の朝食風景だった。
色んな友達に笑われたけれど、食器に関してだけは私の結婚したら…妄想が止まらず、とにかく結婚してとか同棲しての食器をどう普段使いするのか、やたらと細部まで計画を立てられる。
なんなら、相手もいないのに常々2枚ずつ買っていると言って色んな人たちから笑われた(この場合は、笑ってくれる方が和む感じの笑い)。
実生活において計画とか目標とか本気で立てられない人が、食器を前にすると突然想像力だけじゃなく計画や目標もやたらとリアルになる。
仕事の営業の戦略会議みたいなので、周りの人たちはみんなきちんとした具体策を挙げていたけれど、私はそのどれもやりたくないことばかりで半分は嫌味ででも半分は本気で「念じる」と言ったら、失笑を誘ったり、吊るし上げじゃないけれどかなり突っ込まれた。
だって、どうせやらないのに、そのやらないことを言葉だけ並べて頑張りますみたいなの、何か間違えてると思った。
そんな人が、食器だけは真面目に計画を練ることができるんだから、あれは好きでないとできないことだなと思う。
ちなみに先の戦略会議。
これは冗談抜きで、「念じる」というのが威力を発揮?した結果を出した。
学習塾の時の話で、退職願は受理されずかと言ってやる気もなかった私は、とうとうやりたくない職務を完全に放棄した。
やるべきことだけは最低限やり、会社が求めるプラスアルファの営業戦略の実践を全部ボイコットした。
そうしたら、毎月1人ないし2人新入生が入ってくればいいような私の担当教室で、なんとその時1ヶ月で10人一気に入会した。
何もしなくなったら入ってくるとわかった私は、ますます何もしなくなった。
そしてそのますますやらない方が何もかも上手くいくことがわかって、私がそのスタイルを貫けるように会社側が妥協案を提示してきた。
無理に何かをするのは、最初の出発点がズレているから結果も思わしくないけれど、好きでとか楽しくてやってることは続くし勝手にやってる。
私の食器の妄想会なんてまさにそれで、誰に頼まれなくても毎回楽しく妄想して毎回とめどない想像力ならぬ妄想力を発揮している。
あとは、実践できる場を設けるのみ。
実践…、道具を揃えるのは実現可能レベルだけれど、これを実際のパートナーと囲むというのはいきなりハードルが上がり過ぎて叶う気がしない。
パートナー云々は神のみぞ知るの領域でも、さっきのカゴ盛り的なのは別に1人でも私はいずれやっていくと思う。
ヤバい。
今想像したら、木製のお盆みたいなランチョンマットとビール用の薄張りグラスが一緒に出てきた。
箸置きはこの間買ったのや他にもあるから、それを使ったらいい。
この手のことを考え出すと止まらなくなるけれど、これからその道具を少しずつ集める楽しみがある。
たとえそれを自分1人しか使わなくても楽しみは変わらない。
ただ、誰かがいたらもっと楽しいかな、というだけ。
2018年8月1日水曜日
8月の名刺
いつからそうしたのかはわからない。
もらった当初から机の中に入れておいた。
だけどある時、自分で意識的に名刺を揃えて机の引き出しの右側の隅にセットした。
いつでも目に触れるように。
その引き出しの中がどんな風だったのか、今となってはきれいさっぱり忘れた。
だけど、名刺のことだけは、そこだけを切り取ったかのように覚えてる。
指サック?ペン?何を入れてたかは忘れたけれど、その引き出しはとにかく1日に何回も開けたり閉めたりするところだった。
だから、開けるたびにその名刺を目にした。
私の中では勝手にお守りぐらいな意味合いのものにいつからかなっていた。
名刺の主がいなくなってからは、より一層存在感が増した。
1日の始まりと終わりには必ずその名刺の名前を見た。
引き出しを開けるのは別に何てことない行為だったけれど、その名前を目にするのが楽しみで、かなり頻繁に用事もないのに引き出しを開けたこともあった。
一時期、何でかは知らなかったけれど、事務員さんたちがとにかくものすごく機嫌が悪くなって、私への当たりが強かった時があった。
1、2週間ぐらいで収まったし、その後は何事もなかったかのように最後までまた最初の頃と変わらずに平和に過ごせていたけれど、そのきつかった時もその名刺は大活躍した。
仕事の確認をどうでもしなきゃいけない時は、用事もないのにまず机の引き出しを開けて、名刺見て、気持ち落ち着かせて、それから用件を話しかけていた。
元気玉になる時もあれば、精神安定剤的なものになる時もあった。
そんな風にして、私にはなくてはならない名刺になっていた。
この名刺、今はもう使えないから、今この世で出回っているのは、私の手元にある1枚とあとは名刺交換した人たちがそのままにして残ってる分だけだと思う。
仕事の最終日、私は3つだけ前の職場から物を家に持ち帰った。
その名刺とメモ帳と週の予定表。
週の予定表は、その人がいた時までの分。
記憶があいまいだけれど、予定表はもしかしたら1週分だけかも。
その週の分だけは、ちょっとしたファイルケースみたいなのに入れた。
そこには、私がその人の存在に気付く行事的な予定が記されているから、それを記念に残した。
最後片付ける時、少なくともその人がいなくなって以降の分はいらないから職場で処分した。
メモ帳は要らなかったけれど、実はそこに仕事のメモでその人の名前を書いていたから、その記念に持ち帰った。
記憶にある限り、2回その人の名前をメモ帳に書いた。
1つは、初日に一番後ろのページに書いた座席表。
もう1つは、いつかの何か新しい仕事の手順で、「○○さんの印を押す」だったかそんな風で、その人の名前を書いた。
書類の作成の仕方か何かだったと思う。
メモの内容とかは忘れたけれど、私はわざと職名ではなくその人の名前を書いたことは覚えてる。
自分が一番わかりやすい言葉で書かないとわからなくなるから、だから私はあえて名前を書いた。
しかも私はそれがページのどの辺りに書かれてあるかまで覚えてる。
見開きの左側のページで、その名前は最初の数行の中にある。
その時の私は多分まだ自分の気持ちに気付いていなかったと思う。
気持ちに気付いていたなら、多分その名前さえも書く時にドキドキしたんじゃないかと思う。
本当はこんなことしてはいけないのは重々承知の上で、私は1枚だけ写真を撮ったものがある。
日付を見ると11月27日になっている。
その日私は頼まれて、受け取り伝票みたいなものにある人の名前を書いた。
その人の名前を書いたところで全くテンションが上がらず、どうせ頼まれるのであればもっと早くに頼まれたかったと思った。
その時に頼んできた事務員さんが、前は本人が書いていたから私たち書かなかったんだよね、みたいなことを言いながら、私に幾つかの指示を出しながら説明をしていた。
書きながら、これってもしかして前の伝票の控えもあるんじゃないかと思った。
何枚かめくった。
あった。
本人の名前直筆の、しかも日付は私がその職場に初めて行った日の日付だった。
私はそれを見た時に、本当に胸に色んなものがこみ上げるぐらいに嬉しかった。
きちんとその人と出逢えたんだな、あの日にきちんと出逢えたんだなと思ったら、そしてその日にその人がその場所にいたんだとわかったら、たった1枚の何てことない伝票がものすごく特別なものに見えた。
悪用しません、本当に私の心の中にあるものの証拠品として記念に撮っておきたいだけです、などと誰に言い訳してるのかわからなかったけれど、昼休みにその伝票をさっと写真に撮った。
伝票の細部ははっきり言ってどうでも良かったから、上の方の日付と本人の直筆の名前の部分だけが写るように撮った。
あの日が本当に人生の中で存在していたこと、それを証明するたった1つの証拠品みたいだった。
その人がいなくなってから私はその人の直筆の本人の名前を至る所で見るようになった。
それまでは全く見る機会がなかったのに、本人がいなくなってからなぜかそうした書類関係の仕事があれこれ回ってきて見かけるようになった。
ずっとずっとどんな字を書くのかな…とは思ってた。
初めて見た時は、ハートを鷲掴みにされそうなぐらいにドキドキした。
私は穴が開くぐらいに注視した。
私は即その字が好きになった。
可愛らしいなんて言ったらおかしいけれど、本当に可愛らしい字を書いていた。
そしてその字を好きだなと思えることにも感動した。
最後の最後まで自分の気持ちに言葉を付けなかった私にとって、その人の何かを「好き」だときちんと言葉を持って感じられるのはとても特別なことだった。
その後も、その文字だけは見飽きることなく、私は毎回新たに見かけると、じっくりとその文字を見た。
毎回同じ癖の中にも少しずつ違うところがわかって、それを見てることすら私は楽しかった。
だから、他の人が代筆しただろう文字はすぐに見分けがついた。
ある時私にチャンスが巡ってきた。
ある書類を整理した時に、その人のサインが必要なのにその人のサインが抜けてるところが数ヶ所見つかった。
別の人の名前も抜けていて、私はその2人の名前を代筆することになった。
(代筆を頼まれた)
もう1人の分は建前で練習したけれど、その人の分は本気で練習をした。
本人の署名を見ながら、その字の癖を真似して書こうと、適当な紙に何回も書いた。
そんな機会、たったの1回しかなかったけれど、私の中で当時の仕事の中で一番思い出に残っている楽しい仕事だった。
練習した紙は、記念に持ち帰った。
今朝「今日から8月かぁ…」と思った時に、名刺と目が合った。
名刺…。
名刺を見た時に、名刺の思い出を書こうと決めた。
月の初めに昨日から続いてる感情の吐き出し的なものは書きたくなかった。
そして同時に、「この名刺、もう少ししたら2回目の季節が始まる」というのもわかった。
季節が二巡もするなんて思ってなかったから、それはそれで複雑な気持ちを連れてきた。
私は自分がその名刺をどうするのかはわからない。
今すぐどうこうということではなくて、生涯を通じてどうするのかということ。
捨てはしないけれど、いつかはどこかに仕舞い込むのかな…なんて考えたりもした。
秋が深まる頃には二巡目の季節がやってくる。
想像すると色々気持ちは複雑だった。
その頃に私が他の人に出逢って恋にでも落ちてれば話は別だけど、そうでなかったら、なんとなく今ある感じをそのまま引き継いでるのかな…なんて思ったら複雑だった。
気持ちなんてのはもうどうこうできないから、あとは流れに身を任せようという今日この頃。
時間が経過するごとにもっともっと鮮明になる。
例えば、引き出しの中の景色なんて丸っと忘れたけれど、右端のその人の名刺がいつも見えてたその位置だけは覚えてる。
繰り返し何十回とした仕事のやり方は忘れても、たった1回その人の名前を代筆した時のことはとてもよく覚えている。
どうでもいいことはどんどん忘れ、自分にとって大切な瞬間だけは記憶にはっきりと残る。
そうした思い出だけが残るのは悲しいなぁと感じる。
とても大切な瞬間を持てたことは嬉しくても、もうそれしか残ってないんだと思うと悲しい。
その人が存在しない現実を今生きてると思うと寂しくなる。
でももうどうにもできないから、無駄に裁いたりあがくことは止めた。
そうなってしまったことはもう仕方ない…。
自分を変に陥れても何の解決にもならないどころか存在さえしてなかった余計な苦しみを生み出すとわかって、もう自分が辛くなるような考え方を自分に押し付けるのはなるべく避けようと思うようになった。
でも季節が二巡することはそんなに歓迎モードではない。
二巡するようになったら、逆に良い風にあきらめていくようになるかもしれない。
もう何もないから、自分に集中しよう!ってなるかもしれない。
まぁそんなの今から考えても仕方ないから、その時になったら考えよう。
多分なるようにしかなっていかないから。
これ書いてて思った。
私は好きこのんで名刺を手元に置いているけれど、私が押し付けた手紙はどうなってるんだろう…と思ったらゾッとした。
あんなの渡されて困るのも想像してたから、私の見えないところでシュレッダーにかけて欲しいというのは書いた。
私からしたら、シュレッダーにかけられることは、今となっては要らないのにどう処分しよう…なんて惑わせるぐらいならシュレッダーなり燃えるゴミに出されてた方がいいなと思ってる。
話は少し違うけれど、昨日私は男の人が書いた恋愛指南書的な記事を1つ読んだ。
言い訳みたいだけど、私が読もうとしてた女の人の顔写真のアイコンが、なぜかその男の人の記事とリンクしてて(どういうカラクリかはわからない)、それでその恋愛指南書に行き着いた次第だった。
それ読んで、色々思うことはあった。
その男の人いわく、一般的に男の人というのは出会って秒速でその目の前の女の人が恋愛対象になるかならないかを判断してるとのこと。
なる人はさておいて、ならない人は基本最後まで恋愛対象にならないとあった。
私、そうだったのかも…と思った。
かなり矛盾した話だけれど、私からしたらその人は本当に特別だったし明らかにこれまで出会ったことのない衝撃度の高い、そしてとてつもない影響の大きかった人なのは間違いなかった。
魂的な繋がりのある人だとする方が色々しっくりくるぐらい。
そういう風に仕立てたいと言うよりも、色々わけのわからない流れは、そういう繋がりがあったからだと説明する方が私的にも納得できるから。
だけど、それは私側の話であって、相手からしたら単なる職場に来た事務の派遣の人ぐらいでしかなかったのかもしれない。
で、その記事ではないけれど、はなから恋愛対象ではないと秒速で判断されたとするなら、あの手紙なんて持ってる方が重苦しいだろうなぁと思った。
ここまでくると、もうそれが適切な形で処分されてる方がいいなとさえ思う。
もちろん邪険にされるより少しでもプラスの意味になってる方が私としては嬉しい。
だけど、そうでなくてネガティブ寄りのものになってるとするなら、一層もうなくなってる方がいい。
月初めだから気持ちが和むことを書きたいと思って書き始めたのに、最後違う方向に行ってしまった。
名刺が大事と言うよりも、唯一その人から受け取ったものがそれだから、そしてそこにあるその名前が特別だから持ってるという感じ。
名前だけは私が妙にこだわって、当時も今もずっと名字にさん付けになってる。
本人に呼びかける時もそうやって呼んでいた。
もしその人のことをもっと別の呼び方をする時がくるなら、その時までの楽しみに取っておこうというのと、たとえ心の中でも違う呼び方をしたら越えてはいけない一線を越えるみたいで抵抗があったから、ずっとずっとスタンダードな呼び方を貫いた。
だから、他の人たちが違う呼び方をしているのがとても羨ましかった。
まぁ他の呼び方をする機会は訪れることなく今に至ったけれど。
関係ないけれど、金沢にいる妹の唯一の友達の名字もそれだし、母の最近の私生活で関係のある方もその名字で、2人とも「○○さんがね」と言って話してくる。
それはその人がいなくなってからの話で、だからやたらとその名前を聞く機会が増えた。
ちなみに最初2人からその名前が出た時は、度肝を抜かれた。
本気で驚いた。
こんな風にして、本人不在のまま、色んなところでその人の名前が私の周りで飛び交う。
それはいつまで経っても慣れない。
名刺の話から随分と飛躍したけれど、今年の夏、最後の月の8月の初めにその人にまつわることを書けたのは良かった。
去年のような心躍る瞬間はなくても、8月の最初の日の朝、その人の名刺と目が合ってそれを文章に紡ぐのは楽しい作業だった。
元気も出た。
いなくなってからもこうして元気玉のような役割をしてもらってる。
人との出逢いをプレゼントだと言った人がいたけれど、本当にその通りだと思う。
その人が私の人生に現れてくれたのは、本当にプレゼントそのものだった。
それはいなくなった今も変わらない。
もらった当初から机の中に入れておいた。
だけどある時、自分で意識的に名刺を揃えて机の引き出しの右側の隅にセットした。
いつでも目に触れるように。
その引き出しの中がどんな風だったのか、今となってはきれいさっぱり忘れた。
だけど、名刺のことだけは、そこだけを切り取ったかのように覚えてる。
指サック?ペン?何を入れてたかは忘れたけれど、その引き出しはとにかく1日に何回も開けたり閉めたりするところだった。
だから、開けるたびにその名刺を目にした。
私の中では勝手にお守りぐらいな意味合いのものにいつからかなっていた。
名刺の主がいなくなってからは、より一層存在感が増した。
1日の始まりと終わりには必ずその名刺の名前を見た。
引き出しを開けるのは別に何てことない行為だったけれど、その名前を目にするのが楽しみで、かなり頻繁に用事もないのに引き出しを開けたこともあった。
一時期、何でかは知らなかったけれど、事務員さんたちがとにかくものすごく機嫌が悪くなって、私への当たりが強かった時があった。
1、2週間ぐらいで収まったし、その後は何事もなかったかのように最後までまた最初の頃と変わらずに平和に過ごせていたけれど、そのきつかった時もその名刺は大活躍した。
仕事の確認をどうでもしなきゃいけない時は、用事もないのにまず机の引き出しを開けて、名刺見て、気持ち落ち着かせて、それから用件を話しかけていた。
元気玉になる時もあれば、精神安定剤的なものになる時もあった。
そんな風にして、私にはなくてはならない名刺になっていた。
この名刺、今はもう使えないから、今この世で出回っているのは、私の手元にある1枚とあとは名刺交換した人たちがそのままにして残ってる分だけだと思う。
仕事の最終日、私は3つだけ前の職場から物を家に持ち帰った。
その名刺とメモ帳と週の予定表。
週の予定表は、その人がいた時までの分。
記憶があいまいだけれど、予定表はもしかしたら1週分だけかも。
その週の分だけは、ちょっとしたファイルケースみたいなのに入れた。
そこには、私がその人の存在に気付く行事的な予定が記されているから、それを記念に残した。
最後片付ける時、少なくともその人がいなくなって以降の分はいらないから職場で処分した。
メモ帳は要らなかったけれど、実はそこに仕事のメモでその人の名前を書いていたから、その記念に持ち帰った。
記憶にある限り、2回その人の名前をメモ帳に書いた。
1つは、初日に一番後ろのページに書いた座席表。
もう1つは、いつかの何か新しい仕事の手順で、「○○さんの印を押す」だったかそんな風で、その人の名前を書いた。
書類の作成の仕方か何かだったと思う。
メモの内容とかは忘れたけれど、私はわざと職名ではなくその人の名前を書いたことは覚えてる。
自分が一番わかりやすい言葉で書かないとわからなくなるから、だから私はあえて名前を書いた。
しかも私はそれがページのどの辺りに書かれてあるかまで覚えてる。
見開きの左側のページで、その名前は最初の数行の中にある。
その時の私は多分まだ自分の気持ちに気付いていなかったと思う。
気持ちに気付いていたなら、多分その名前さえも書く時にドキドキしたんじゃないかと思う。
本当はこんなことしてはいけないのは重々承知の上で、私は1枚だけ写真を撮ったものがある。
日付を見ると11月27日になっている。
その日私は頼まれて、受け取り伝票みたいなものにある人の名前を書いた。
その人の名前を書いたところで全くテンションが上がらず、どうせ頼まれるのであればもっと早くに頼まれたかったと思った。
その時に頼んできた事務員さんが、前は本人が書いていたから私たち書かなかったんだよね、みたいなことを言いながら、私に幾つかの指示を出しながら説明をしていた。
書きながら、これってもしかして前の伝票の控えもあるんじゃないかと思った。
何枚かめくった。
あった。
本人の名前直筆の、しかも日付は私がその職場に初めて行った日の日付だった。
私はそれを見た時に、本当に胸に色んなものがこみ上げるぐらいに嬉しかった。
きちんとその人と出逢えたんだな、あの日にきちんと出逢えたんだなと思ったら、そしてその日にその人がその場所にいたんだとわかったら、たった1枚の何てことない伝票がものすごく特別なものに見えた。
悪用しません、本当に私の心の中にあるものの証拠品として記念に撮っておきたいだけです、などと誰に言い訳してるのかわからなかったけれど、昼休みにその伝票をさっと写真に撮った。
伝票の細部ははっきり言ってどうでも良かったから、上の方の日付と本人の直筆の名前の部分だけが写るように撮った。
あの日が本当に人生の中で存在していたこと、それを証明するたった1つの証拠品みたいだった。
その人がいなくなってから私はその人の直筆の本人の名前を至る所で見るようになった。
それまでは全く見る機会がなかったのに、本人がいなくなってからなぜかそうした書類関係の仕事があれこれ回ってきて見かけるようになった。
ずっとずっとどんな字を書くのかな…とは思ってた。
初めて見た時は、ハートを鷲掴みにされそうなぐらいにドキドキした。
私は穴が開くぐらいに注視した。
私は即その字が好きになった。
可愛らしいなんて言ったらおかしいけれど、本当に可愛らしい字を書いていた。
そしてその字を好きだなと思えることにも感動した。
最後の最後まで自分の気持ちに言葉を付けなかった私にとって、その人の何かを「好き」だときちんと言葉を持って感じられるのはとても特別なことだった。
その後も、その文字だけは見飽きることなく、私は毎回新たに見かけると、じっくりとその文字を見た。
毎回同じ癖の中にも少しずつ違うところがわかって、それを見てることすら私は楽しかった。
だから、他の人が代筆しただろう文字はすぐに見分けがついた。
ある時私にチャンスが巡ってきた。
ある書類を整理した時に、その人のサインが必要なのにその人のサインが抜けてるところが数ヶ所見つかった。
別の人の名前も抜けていて、私はその2人の名前を代筆することになった。
(代筆を頼まれた)
もう1人の分は建前で練習したけれど、その人の分は本気で練習をした。
本人の署名を見ながら、その字の癖を真似して書こうと、適当な紙に何回も書いた。
そんな機会、たったの1回しかなかったけれど、私の中で当時の仕事の中で一番思い出に残っている楽しい仕事だった。
練習した紙は、記念に持ち帰った。
今朝「今日から8月かぁ…」と思った時に、名刺と目が合った。
名刺…。
名刺を見た時に、名刺の思い出を書こうと決めた。
月の初めに昨日から続いてる感情の吐き出し的なものは書きたくなかった。
そして同時に、「この名刺、もう少ししたら2回目の季節が始まる」というのもわかった。
季節が二巡もするなんて思ってなかったから、それはそれで複雑な気持ちを連れてきた。
私は自分がその名刺をどうするのかはわからない。
今すぐどうこうということではなくて、生涯を通じてどうするのかということ。
捨てはしないけれど、いつかはどこかに仕舞い込むのかな…なんて考えたりもした。
秋が深まる頃には二巡目の季節がやってくる。
想像すると色々気持ちは複雑だった。
その頃に私が他の人に出逢って恋にでも落ちてれば話は別だけど、そうでなかったら、なんとなく今ある感じをそのまま引き継いでるのかな…なんて思ったら複雑だった。
気持ちなんてのはもうどうこうできないから、あとは流れに身を任せようという今日この頃。
時間が経過するごとにもっともっと鮮明になる。
例えば、引き出しの中の景色なんて丸っと忘れたけれど、右端のその人の名刺がいつも見えてたその位置だけは覚えてる。
繰り返し何十回とした仕事のやり方は忘れても、たった1回その人の名前を代筆した時のことはとてもよく覚えている。
どうでもいいことはどんどん忘れ、自分にとって大切な瞬間だけは記憶にはっきりと残る。
そうした思い出だけが残るのは悲しいなぁと感じる。
とても大切な瞬間を持てたことは嬉しくても、もうそれしか残ってないんだと思うと悲しい。
その人が存在しない現実を今生きてると思うと寂しくなる。
でももうどうにもできないから、無駄に裁いたりあがくことは止めた。
そうなってしまったことはもう仕方ない…。
自分を変に陥れても何の解決にもならないどころか存在さえしてなかった余計な苦しみを生み出すとわかって、もう自分が辛くなるような考え方を自分に押し付けるのはなるべく避けようと思うようになった。
でも季節が二巡することはそんなに歓迎モードではない。
二巡するようになったら、逆に良い風にあきらめていくようになるかもしれない。
もう何もないから、自分に集中しよう!ってなるかもしれない。
まぁそんなの今から考えても仕方ないから、その時になったら考えよう。
多分なるようにしかなっていかないから。
これ書いてて思った。
私は好きこのんで名刺を手元に置いているけれど、私が押し付けた手紙はどうなってるんだろう…と思ったらゾッとした。
あんなの渡されて困るのも想像してたから、私の見えないところでシュレッダーにかけて欲しいというのは書いた。
私からしたら、シュレッダーにかけられることは、今となっては要らないのにどう処分しよう…なんて惑わせるぐらいならシュレッダーなり燃えるゴミに出されてた方がいいなと思ってる。
話は少し違うけれど、昨日私は男の人が書いた恋愛指南書的な記事を1つ読んだ。
言い訳みたいだけど、私が読もうとしてた女の人の顔写真のアイコンが、なぜかその男の人の記事とリンクしてて(どういうカラクリかはわからない)、それでその恋愛指南書に行き着いた次第だった。
それ読んで、色々思うことはあった。
その男の人いわく、一般的に男の人というのは出会って秒速でその目の前の女の人が恋愛対象になるかならないかを判断してるとのこと。
なる人はさておいて、ならない人は基本最後まで恋愛対象にならないとあった。
私、そうだったのかも…と思った。
かなり矛盾した話だけれど、私からしたらその人は本当に特別だったし明らかにこれまで出会ったことのない衝撃度の高い、そしてとてつもない影響の大きかった人なのは間違いなかった。
魂的な繋がりのある人だとする方が色々しっくりくるぐらい。
そういう風に仕立てたいと言うよりも、色々わけのわからない流れは、そういう繋がりがあったからだと説明する方が私的にも納得できるから。
だけど、それは私側の話であって、相手からしたら単なる職場に来た事務の派遣の人ぐらいでしかなかったのかもしれない。
で、その記事ではないけれど、はなから恋愛対象ではないと秒速で判断されたとするなら、あの手紙なんて持ってる方が重苦しいだろうなぁと思った。
ここまでくると、もうそれが適切な形で処分されてる方がいいなとさえ思う。
もちろん邪険にされるより少しでもプラスの意味になってる方が私としては嬉しい。
だけど、そうでなくてネガティブ寄りのものになってるとするなら、一層もうなくなってる方がいい。
月初めだから気持ちが和むことを書きたいと思って書き始めたのに、最後違う方向に行ってしまった。
名刺が大事と言うよりも、唯一その人から受け取ったものがそれだから、そしてそこにあるその名前が特別だから持ってるという感じ。
名前だけは私が妙にこだわって、当時も今もずっと名字にさん付けになってる。
本人に呼びかける時もそうやって呼んでいた。
もしその人のことをもっと別の呼び方をする時がくるなら、その時までの楽しみに取っておこうというのと、たとえ心の中でも違う呼び方をしたら越えてはいけない一線を越えるみたいで抵抗があったから、ずっとずっとスタンダードな呼び方を貫いた。
だから、他の人たちが違う呼び方をしているのがとても羨ましかった。
まぁ他の呼び方をする機会は訪れることなく今に至ったけれど。
関係ないけれど、金沢にいる妹の唯一の友達の名字もそれだし、母の最近の私生活で関係のある方もその名字で、2人とも「○○さんがね」と言って話してくる。
それはその人がいなくなってからの話で、だからやたらとその名前を聞く機会が増えた。
ちなみに最初2人からその名前が出た時は、度肝を抜かれた。
本気で驚いた。
こんな風にして、本人不在のまま、色んなところでその人の名前が私の周りで飛び交う。
それはいつまで経っても慣れない。
名刺の話から随分と飛躍したけれど、今年の夏、最後の月の8月の初めにその人にまつわることを書けたのは良かった。
去年のような心躍る瞬間はなくても、8月の最初の日の朝、その人の名刺と目が合ってそれを文章に紡ぐのは楽しい作業だった。
元気も出た。
いなくなってからもこうして元気玉のような役割をしてもらってる。
人との出逢いをプレゼントだと言った人がいたけれど、本当にその通りだと思う。
その人が私の人生に現れてくれたのは、本当にプレゼントそのものだった。
それはいなくなった今も変わらない。
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