2016年3月29日火曜日

久しぶりの断捨離と過去の完了

少し思い立って、断捨離をした。

「○○したい」と考える前に動ける感覚に感動を覚えた。

最近は、「さて次どうしようか?何しようか?」と考えてから動くことが多いから、そんな手順を

吹っ飛ばして、「この部分を整理したい」と体が勝手に進めるのが妙に新鮮だった。

そもそも今日の断捨離は少しイレギュラーな断捨離だった。

これまでは「断捨離をしよう!」と思ってから何か手を付けて始めるところ、今日はそういうつもりは

なかったけれど、ふとクローゼットの奥にしまってあった透明の袋を見つけてしまった。

もっと言うと、ティッシュボックスの在庫があるかないかを確認したくて、手探りで探してみた。

ティッシュボックスはなかった。

その辺りには他にも、電化製品の説明書とアパート全般に関する契約関連の書類がひとまとめに

なって置いてある。

日常的には一切必要ないものたちだから、奥の隅っこの場所が丁度良かった。

ところがその例の透明の袋まで置いてあるのが目に入った。

何だ何だ?と思い袋をクローゼットの奥から取り出し、実際に中身を見てみると。

おおよそ4年前+それ以前の思い出の品や大切な情報だけを残しておいたファイルや紙だった。

多分この1~2年で大規模断捨離をして、最後まで捨てられずに取っておいたものたちをまとめて

入れておいたのだろう。

透明の袋は、母親が会社からもらってきたちょっと小洒落た袋だ。

この冬一度も袖を通すことのなかったもらいもののコートを持っていた。

これからも絶対に着ないとわかり、その小洒落た袋の中身を取り出し、代わりにそのコートを入れ

さらにはシンク下より先日引っ越した友達からもらった45Lの名古屋市の可燃ごみ袋に袋ごと

入れた。

さぁ、またこの45Lがいっぱいになるまで少しずつ断捨離をしようとその場で決めた。

袋から取り出した紙やファイルをささっと、時々はじっくりと目を通した。

いくつかはもう「手放して大丈夫」と思い、さっと手放した。

まだ増えそうだったから、先日仕事の人からもらった大きなビニールの袋にその紙たちを入れた。

この後も、また紙関係のゴミが出るような、今だったらさっとゴミとして区分できるような気がした。

4年前、自分が企画した心理系のワーク用のコピーもたくさん出てきた。

原本はハードディスクに保管してあるから、またいつでも印刷できる。

しばらく使わないコピーの紙を見て、メモ用紙にすることを決めた。

気付かないうちにもう4年も経過したことに驚いた。

4年もあればもっと他のこともできただろうという思いもないわけではなかったけれど、それよりも

この4年という月日、本当に自分ががんばったなぁと思った。

何をやっても長続きせず、そんな自分に落ち込み、自分を責めて、どうするつもりなの?と自分に

喝を入れ…。

何もないようで色んなことがあり、さらには否応なしに自分の内面を見る羽目になったけれど、ここ

まで何だかんだとやってきたんだなぁと思ったら、「がんばった、がんばった」とそれが最初に自分

の中に出てきた。

透明の袋の中には、2009年の初めに1人でメキシコに旅した時のチケットやレシートがそのまま

になっているものも入っていた。

小さなノートに自分の軌跡を貼ろうと、ずっとそのままにしていたものだった。

ノートもそれ専用と言わんばかりにメキシコでメキシコ的なデザインのノートを買っておいた。

これまでも何度かやろうと思い、途中まで手を付けてあった。

ふと今やらずまたさらに先延ばしにしてどうするつもりだろう?と思い、30分もあれば終わるかな

と予測して、とりあえずのりを出してきてペタペタとチケットをノートに貼り付けた。

本当にその通り終わって、今とてもきれいな状態に落ち着いている。

そんな昔のものたちを、今も引き継ぎ残しておくことにどんな意味があるのかさっぱりわからない。

だけど、メキシコの軌跡については「捨てる」タイミングではないというのだけはわかった。

そしてもしかすると、一生捨てずに残しておくかもしれないということも。

関係ないけれど、その中の1つに「Gracias」と手書きで書かれたものがあった。

現地の人の文字で、「ありがとう」。

言葉を知ってるっていいなぁと久しぶりに感じた。

ファイルの中に、2005.6.19の日付で配られた資料があった。

この資料だけは、絶対に手放さない資料なんだということがわかった。

それまでの人生の中で、精神的に一番病んだ時に参加した福祉の勉強会でもらった資料だった。

資料そのものを読み返したのは、実は今日が初めてだった。

この資料を手放さない理由がある。

資料の余白にものすごくたくさんの書き込みがしてあるけれど、その書き込みがすごく良い。

落ち込みまくりだった当時、希望や闇の中に光る小さな光を見せてもらえた勉強会だった。

しかも、そのたった一度しか当たらなかった先生だったけれど、初めて福祉の現場で問題解決を

問題点ではなく本人の持ってる強みから解決しようという、当時のわたしにしたら奇想天外な方法

を教えてくれた初めての先生だった。

そしてその先生が実践を通して伝えてくれる言葉は、生き方そのものの大きなヒントがたくさん

詰まっていて、わたしは泣きながらその勉強会に参加したこともよく覚えている。

役目を終える過去、これから先にも続いていく過去、色んな過去と向き合いながら今回の断捨離

をすることになった。

良いものは良いし、いつか廃れるものは廃れる。

それぞれを区別しながら、今日という今をまた過去にする作業を続ける。

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