2013年10月18日金曜日

わたしの「ぶれてる」の答え

前々回のブログ『「ぶれがない」の新定義』を書いた後から、

じゃあ「わたしの中の『ぶれてる』って何!?」

と自分に問いかける形で質問が出てきた。



何をしていた時か忘れたけど、
時間を置いて、突然答えはやってきた。



「生き定まらない」



頭に浮かんだというか、心に浮かんだというか、
また違うことを始めたら忘れてしまいそうな言葉だったから、
あわててノートに「生き定まらない」と書き記した。


「自分の生きる軸が定まらないこと=生き定まらない
と本当に赤字で書いた。


わたしの中で「ぶれてる」というのは、


1、感情のアップダウンが激しいこと
2、自分の生きる軸が定まらないこと=生き定まらない


上の2つをずっと指していたことにようやく気付いた。



感情のアップダウンの激しさはさておいても、
わたしの中で「生き定まらない」ことはと~~~~っても悪い事になっている。


わたし以外の人がそうでも全然気にならないけど、
むしろわたし以外にもそういう人がいると思うと心強くなったりするけど(笑)、
だけど、自分の生き定まらない感じはどうにもこうにも許せる範疇を超えている。


「そういう自分もゆるしましょう!」
なんて言葉の通りにできたらどれだけ楽か!と思う。
言わんとしているところは頭ではわかる。
じゃあその通りにやってみましょう!と言われたら、
「で、どうやってやるの(ゆるすの)?」となる。


機嫌がよろしくない時にそんな言葉がきたら、
さらに怒り増幅まちがいなし(苦笑)。






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