具合が悪かった時、やたらと食べ歩きブログを読んでいた。
過去に読んだ人たちのものは今回あえて避けて、これまで読んだことのない人たちを見つけて読んだ。
読み続けるうちにある法則を見つけた。
男性サラリーマンと思しき人たち数名、年齢も具体的な職業も知らないけれども、なんなら全国各地場所問わずな感じの方たち数名に共通していたこと。
「カツカレー」
とにかく「カツカレー」率が異常に高い。
私がたまたま読んだ人たちばかりかもしれないけれど、とにかく異常なほどのカツカレー率。
月1のペースじゃない、もしや週1は食べてる?というぐらいのペース。
私は、カレーライスもカツも好きだけれど、カツカレーは好んで食べない。
というか過去に一度もカツカレーを頼んだことがない。
家で一度だけ食べたような記憶があるけれど、その時も私はカツを別皿に盛って、時々カレーライスに乗せて食べても、基本はバラバラで食べた。
他の人は知らないけれど、私の中でハードル高い家ごはんの1つに「揚げ物全般」が挙げられる。
その中でも、フライ系は本当にしない。
やっても、天ぷら、素揚げ、そして唐揚げで終了。
カツとかコロッケとかエビフライとか、とにかくフライ全般作らない。
理由は1つ、「面倒くさい」。
小麦粉まぶして、卵つけて、最後にパン粉をはたく。
それから揚げる。
油は1回で汚くなる。
次は油こしをしないとだし、使えない可能性も高い。
そんなにも労力を求められる割に華やかさに欠け、さらには副菜がいる。
キャベツの千切りも面倒くさい。
副菜もたとえマカロニサラダでもその他の手間暇を考慮するともう「面倒くさい」の他に言葉はない。
だから、私の中で「フライ」=「買うもの」又は「外で食べるもの」になる。
ついでに言うと、カレーもけっこうな面倒くささを伴う。
玉ねぎをクタクタになるまで炒めるのもそうだし、じゃがいも入れるなら皮むきというあまり好きではない作業ももれなくついてくる。
アク取りもしないといけないし、具材が柔らかくなるのを時々巡回パトロールのごとくチェックしないといけない。
あの具なしのカレーにしたかったら、相当煮込むか、もしくはミキサーでバイーンとすることになる。
ミキサーは洗い物の中でも特に洗いたくないもののトップ3に入る。
だからそんなことは基本しない。
だから、とんかつなんかのカツの手間も、カレーの手間も色々わかる。
だから、とんかつならとんかつだけを味わいたいし、カレーならカレーだけに集中したい。
いや、そもそもフライを買ってそれを乗せるという以外に、その日カレーライスも作って、その横でとんかつなりチキンカツなりのフライも作ります!なんていう主婦の人なんているんだろうか?
仮に副菜なしにしても、これ以上ないほどに面倒な作業てんこ盛り過ぎでしょ?と思う。
私が見た中で「まだこれはいいな」と思ったのが、カツは完全別盛り、又はカレー別盛り、又はカツはごはんの上でカレーはかかっていないのどれか。
カレーの中にカツがガッツリと沈んでるタイプのカツカレーは、私の中で全く惹かれるものがない。
それ、もう全部カレー味になって、カツ本来のおいしさがわからなくなる。
しかも私はカレーなんかに揚げ物が入って、それで揚げ物の衣がブヨブヨになるのが好きじゃない。
変なこだわりがあって、例えば天ぷらうどんなんかでうどんの中で天かすがふにゃふにゃしてるのは大好き。
カレーうどんの時も気にならない。
だけど、カレーライスのルーの中でフライの衣がブヨブヨしているのは、なんだか許せない(←何様?)。
だから、サラリーマン男性たちがこぞって好む「カツカレー」のロマンがさっぱりわからない。
本当にみんな大好きで、ラーメンや唐揚げなんかに並ぶぐらいの人気ぶりを博していた。
とんかつじゃダメなの?カレーライスじゃダメなの?何でカツカレー?とひたすら思って見ていた。
せめて別盛りで別々に楽しんで、時々気が向いたらカレーをちょっとつけて食べるじゃダメなの?と、明らかにそのおいしさがわかってない私はそう思って見ていた。
ちなみに別盛りはどうも違うようで、基本はカレーの中にガッツリとカツが泳いでいたし、別盛りされていてもすぐにカツをカレーの中にドボンさせてた。
サラリーマン男性、私が予想するに、生家でも今の家庭でも、多分家でお母さんなり奥さんなりがカツカレーを出してくれることは多分そんなにないと思う。
理由は私が言った理由から。
そのせいなのか、やたらとランチのカツカレー率が高い。
なんなら、とんかつで有名なとんかつ屋でもカツカレーを頼む人たち続出で、しかも各々の人たちの食べ物のテイストは全く異なるにも関わらず、カツカレーだけはなぜか共通点みたいな。
そんなにカツカレーって魅力的なの?と思った。
初めて彼氏とか気になる誰かにごはん作る!なんていう、ある意味すごく気合の必要な日、もういっそうのこと献立で頭を悩ますぐらいなら「カツカレー」が一番男性ウケがいいんじゃないかとさえ思った。
手間暇の割にその労力が認められない上、まさかカツカレーオンリーというわけにもいかないだろうから(←初めての手料理なら)他にも副菜作るというような手間暇がもっとかかってしまうけれど、ウケはたしかに良い気がする。
ダイエット男子でもなければ、多分大丈夫。
それでも私は生涯を通じて、よほどのリクエストがなければ作らないと固く誓うけれども。
全く余計なお世話だけれども、基本的に料理をしない男の人たちは、食堂やとんかつ屋やカレー屋なんかと同じ調子で「今日カツカレー食べたい!」なんて家の中でリクエストしない方がいい。
それを「わかった♡」と言って了解する女の人は多分99%いないと私なんかは思ってしまう。
いても10%未満かと。
百歩譲って、「かつ買って帰るから、今日はカレーがいいな!それでカツカレーにして食べたいな!」ぐらいなら多分ギリギリOK!?
私ならそこがギリギリのラインだと思う。
2018年12月16日日曜日
2018年12月15日土曜日
白い顔
「白い!」
自分の顔を鏡で見て思った。
透き通るような白さで驚いた。
超高級牛肉のすきやきの時(木曜日)から怪しかったけれど、その後本当に具合がより一層悪くなって、そして2日ほど布団の中にずっといた。
喉も痛いし、鼻は詰まってるし、頭はガンガンするし、そしていつもより多く着込んでいるのに寒くて、久しぶりに「風邪」を引いたらしい。
熱を測る元気もなく、とにかく布団から一歩も出たくないぐらいのだるさだった。
姪っ子からもらった意味不明のお腹の風邪や、夏の初めに史上最高に具合が悪くなったサイキックアタック?的なものではなく、今回は本物の「風邪」なのかな…と思った。
なんだか今年はやたらと体調不良が多かった気がする。
さっき約3日ぶりにお風呂に入り、その時に自分の顔を見たら本当に白くて驚いた。
その少し前、鏡で目の辺りを見たらむくんでいるところに見慣れないシワが無数に刻まれていてギョッとした。
水分が足りてない上に、体がむくんでいる、太っているのかやつれているのかよくわからない様になっていた。
なんとも見苦しく、今日めったにない約束をキャンセルさせてもらえて良かった!と思った。
行っても体の不具合が邪魔しただろうなぁと思ったから、朝一で連絡入れて来週に延期してもらった。
で、今日も日長一日、少しスマホで何かを見ると疲れて寝落ちして、起きてまた少し何かを見て寝落ち…の繰り返しだった。
食欲は出てきて、ごはんに色んなものを乗せて食べて(炊き立ての白米+焼きたらこ+キムチ+ちくわのわさび和え+白髪ねぎ+たくわんの豪華丼)、おやつも食べて、体は快方に向かっているとわかった。
少なくとも、体を起こす時間が出てきたのが良かった。
改めて好きだなぁと思ったのが、ごはんの上に色んなものを少しずつ乗せて食べるもの。
高級食材でなくて良くて、あるものを少しずつ乗せてどんぶり風にして食べる。
身もきれいになって、夜は簡単な煮物にどんぶり再びとなった。
夜は、生たらことキムチ納豆とたくわんを乗せた。
少しずつ色んな味が楽しめて良い。
食べた後自分の顔を見てみた。
血が通ってふっくらとしていた。
ようやく健康的な色とツヤに戻ってきた。
顔が透き通るように白かった時、それはある種の感動を覚えるぐらいにきれいだったけれども、なんか精気がなくて生きている感じがしなかった。
体の中に栄養を入れるだけで顔ツヤが良くなるなんて、人間の身体ってすごいんだなぁと感心した。
自分の顔を鏡で見て思った。
透き通るような白さで驚いた。
超高級牛肉のすきやきの時(木曜日)から怪しかったけれど、その後本当に具合がより一層悪くなって、そして2日ほど布団の中にずっといた。
喉も痛いし、鼻は詰まってるし、頭はガンガンするし、そしていつもより多く着込んでいるのに寒くて、久しぶりに「風邪」を引いたらしい。
熱を測る元気もなく、とにかく布団から一歩も出たくないぐらいのだるさだった。
姪っ子からもらった意味不明のお腹の風邪や、夏の初めに史上最高に具合が悪くなったサイキックアタック?的なものではなく、今回は本物の「風邪」なのかな…と思った。
なんだか今年はやたらと体調不良が多かった気がする。
さっき約3日ぶりにお風呂に入り、その時に自分の顔を見たら本当に白くて驚いた。
その少し前、鏡で目の辺りを見たらむくんでいるところに見慣れないシワが無数に刻まれていてギョッとした。
水分が足りてない上に、体がむくんでいる、太っているのかやつれているのかよくわからない様になっていた。
なんとも見苦しく、今日めったにない約束をキャンセルさせてもらえて良かった!と思った。
行っても体の不具合が邪魔しただろうなぁと思ったから、朝一で連絡入れて来週に延期してもらった。
で、今日も日長一日、少しスマホで何かを見ると疲れて寝落ちして、起きてまた少し何かを見て寝落ち…の繰り返しだった。
食欲は出てきて、ごはんに色んなものを乗せて食べて(炊き立ての白米+焼きたらこ+キムチ+ちくわのわさび和え+白髪ねぎ+たくわんの豪華丼)、おやつも食べて、体は快方に向かっているとわかった。
少なくとも、体を起こす時間が出てきたのが良かった。
改めて好きだなぁと思ったのが、ごはんの上に色んなものを少しずつ乗せて食べるもの。
高級食材でなくて良くて、あるものを少しずつ乗せてどんぶり風にして食べる。
身もきれいになって、夜は簡単な煮物にどんぶり再びとなった。
夜は、生たらことキムチ納豆とたくわんを乗せた。
少しずつ色んな味が楽しめて良い。
食べた後自分の顔を見てみた。
血が通ってふっくらとしていた。
ようやく健康的な色とツヤに戻ってきた。
顔が透き通るように白かった時、それはある種の感動を覚えるぐらいにきれいだったけれども、なんか精気がなくて生きている感じがしなかった。
体の中に栄養を入れるだけで顔ツヤが良くなるなんて、人間の身体ってすごいんだなぁと感心した。
2018年12月13日木曜日
お風呂読書からのネガループ
そのお母さんも亡くなられたことを聞いて、ほとんど会ったこともない人なのに、深い悲しみを感じた。
あのお母さんが創った風景が私たち母子の散歩道にとって、かけがえのない輝きだったことを思い出したのだ。
私はこうしてその気持ちを、書きとめておくことができる。
エッセイの形でもそうだし、別の形に変えて小説に閉じ込めておくことができる。
あの日確かにそこにいた人たちの面影をほんの少しだけでも残すことができるのは、私にとって、この仕事をしている大きな喜びのひとつなのだ。
引用:『下北沢について』吉本ばなな
午前中、コーヒーを持って、お風呂の中でコーヒー読書タイムをした。
父宛に超高級和牛のすきやき肉のお歳暮が届いて、それで今夜父と母の長年の友達を呼んですきやきパーティーをすることになった。
昨日夜遅くて、出かける前にシャワー浴びたからいいかと思ったけれど、夜に来客があるとなれば、色々微妙すぎる。
今入ってしまえ!と午前中元気なうちに、コーヒーと本を持ってお風呂に入った。
食欲はあるけれど、体が風邪を引く前のようなだるさと喉の痛みを発した。
だから、夜のすきやきに向けて、今もう一度布団を敷き直して、安静にしている。
お風呂の中で上の文章を読んだ。
読んですぐに、自分が色々と書き残しておいたことに心から満足した。
夏の日と初秋の思い出を色んな形で記録に残した。
その人がいた風景を書こうとノートまで用意して書いた。
一万年永久保存ができると謳われたノート。
ノートに書こうと思って、メモしたものもたくさんある。
その人がいた風景を忘れないうちに、残りのメモの部分の物語もノートに書いてしまいたい、そう思った。
「かけがえのない輝き」は、私とて同じだった。
その人がいる風景はかけがえのないもので、どこまでもキラキラしていた。
私には書くという素晴らしい能力がある。
人に読んでもらうとかそういう意味ではなくて、言葉にしてその瞬間瞬間を残す、そのための能力を持っているという意味で。
当時の気持ちもその人の面影も文字にして残せる。
本当に素晴らしいものを私は自分の財産として持っているんだな…と思った。
午後からはそのことに取り組もう!
そう思っていた。
体の具合がイマイチだから、今体を布団に横にしながら書いている。
気が弱っている時というのは、ろくなことを考えない。
生産性のないことならまだしも、ネガティブな風到来的な心に良くないことまで考え出す。
最近どハマり中の婚活ブログたちを読んでいたことを初めて悔やんだ。
今の婚活ブログのトレンドキーワードは「クリスマス」。
最近このブログでも書いたけれど、基本的に1人でもクリスマスディナーを用意して1人クリスマスをして盛り上がれるおめでたいところがあるから、クリスマスは1人でも全く気にならず楽しめる。
だけど、よくよく考えたら、そんな体質の人、日本の中でどのぐらいいるかと言えば、どう考えてもマイノリティだと思う。
マイノリティなのは別にどうでもいい。
風邪っぽくてだるい体で考えたのは、もっと別のことだった。
その人をごはんに誘いたい女の人たち他にもいるんじゃないかなとか、その人だって誰かクリスマスデートに誘いたい人がいてもおかしくないなとか、もしかして誘ってもしくは誘われて予定を立てているのかもしれないなとか。
具合悪いところにさらに心まで具合が悪くなってきた。
イケメンに興味がない!とはっきり言う私の方が多分珍しくて、その人は黙っていてもイケメンだし、口開いてもさりげない感じがイケメンだし、普通に挨拶してもいけてるし、歩き方とか立ち居振る舞いも見ていて良い感じだし、声や話し方もいいし、まとってる空気や雰囲気も他の人たちにはない良いものを持っているし、ちょっとした気遣いなんかした日にはすごく絵になるし、仕事もできるし、一般女子ウケするスペックだってイケてる。
そして、私が勘違いしたように、その人が気遣いした行動をとった日には、多分ほとんどの女の人が胸キュンキュンする。
っていうか、なんでその人独身なの?っていうぐらい(今は独身かどうかも知らない)。
その人とデートしたいと思う女の人たちがいても全然おかしくない。
その人だって周りには綺麗な人でも可愛い人でもいると思う。
この間、丸の内のオフィス街を昼休み時間に歩いて「うわぁ〜みんな綺麗♡」と女の私が見ても感動するぐらいに、そういう人たちが日常の風景にいてもおかしくないところにいるんじゃないかと勝手に思ってる。
そしてそういう環境かどうかはさておいても、その人だって誰かいい人がいればその誰かに向かって何かしらのアクションを起こしても普通のこと。
突然、色々悲しくなってきた。
私はそもそも何をよくわからない、「ない」と言い切れる可能性に小さく、でも真剣に賭けているんだろう?
この1年以上、私は携帯を毎回ちょっとした可能性に賭ける気持ちと「そんなことあるわけない」という気持ちの両方で、ずっとチェックしていた。
あるわけない可能性を365日以上追いかけていたのかと思って、なんだか自分がさみしくなった。
携帯が9月に壊れた時も、そもそも無職で機種変なんてできるの?という心配もあったけれど、それ以上に私が気にかけたことは、そもそも携帯のメールアドレスとか電話番号とかLINEがきちんと引き継がれるかどうかだった。
全部のデータを失うのは怖くなかった。
幸いにして携帯のデータは何の痛手も負ってなかったから、データが飛んだとしても自分で入れ直せばいいだけだから。
でも、それらのアドレスとか番号やIDが使えなくなって新規に別のものを取得しなきゃいけないとかなったら、その人と連絡取れる可能性は永遠になくなるんだ…、そう思ったらそれが一番怖かった。
だから、私にはその個人情報がきちんと引き継がれるかどうかがとても大切だった。
何よりも大切だった。
でも、気が弱ってきたら、なんだかそういうことが突然色を失ったみたいになった。
どう考えても私の考え方に無理がある。
その人のことが忘れられなくても、時間は誰にも等しく流れる。
その時間の中で、その人にはその人の人生が流れてる。
私の人生にその人がいないように、その人の人生にも私がいない。
99.9%ない可能性はやっぱりない。
どんなに望んでも人生は交わってくれない。
私が毎日携帯眺めてもどうにもならないのと一緒。
その事実が突然目の前に現れて、いやずっとあったけれども見ないふりしてきただけ。
あのホロスコープの検証。
まだきっちりとはしていないけれども、見ただけのものでも相当すごい影響力のある配置なのはわかる。
その人との思い出の瞬間、ある程度時間が1、2分の誤差しかないものも、多少1時間前後は左右しそうなものも、何かしら天体の上でも重なったり、特殊な配置のものがあったりする。
なんなら、77777や88888キロを車のメーターが打ち出した日さえも私には意味ある配置を為していた。
その人と関わる何かの時はもれなく空模様も何かしら意味のある配置に勝手になっている。
私だけのことなら、例えば2月や7月のホロスコープ鑑定の時のものの方がよほど影響あるホロスコープになっていてもおかしくない。
なのに、それらの時、あまりにもほぼ何もないような感じで、逆に拍子抜けした。
その人が人生に関わっている瞬間たちは、なぜか空の星たちのエネルギーもものすごく強い。
元々星のエネルギーを受けやすい私だからそういう配置になったのかもしれない。
ホロスコープ鑑定のような、自分自身のタイミングの時はさほど何もないのが逆に気にはなるけれど。
意味を求めても仕方ないし、意味があれば現状が変わるわけでもないし。
でも、そんなにも色々あったのに何もない今がとてもさみしくて悲しい。
その人が近くにいないのがさみしい。
そしてその人のいる人生の中に自分がいられないのがさみしい。
あのお母さんが創った風景が私たち母子の散歩道にとって、かけがえのない輝きだったことを思い出したのだ。
私はこうしてその気持ちを、書きとめておくことができる。
エッセイの形でもそうだし、別の形に変えて小説に閉じ込めておくことができる。
あの日確かにそこにいた人たちの面影をほんの少しだけでも残すことができるのは、私にとって、この仕事をしている大きな喜びのひとつなのだ。
引用:『下北沢について』吉本ばなな
午前中、コーヒーを持って、お風呂の中でコーヒー読書タイムをした。
父宛に超高級和牛のすきやき肉のお歳暮が届いて、それで今夜父と母の長年の友達を呼んですきやきパーティーをすることになった。
昨日夜遅くて、出かける前にシャワー浴びたからいいかと思ったけれど、夜に来客があるとなれば、色々微妙すぎる。
今入ってしまえ!と午前中元気なうちに、コーヒーと本を持ってお風呂に入った。
食欲はあるけれど、体が風邪を引く前のようなだるさと喉の痛みを発した。
だから、夜のすきやきに向けて、今もう一度布団を敷き直して、安静にしている。
お風呂の中で上の文章を読んだ。
読んですぐに、自分が色々と書き残しておいたことに心から満足した。
夏の日と初秋の思い出を色んな形で記録に残した。
その人がいた風景を書こうとノートまで用意して書いた。
一万年永久保存ができると謳われたノート。
ノートに書こうと思って、メモしたものもたくさんある。
その人がいた風景を忘れないうちに、残りのメモの部分の物語もノートに書いてしまいたい、そう思った。
「かけがえのない輝き」は、私とて同じだった。
その人がいる風景はかけがえのないもので、どこまでもキラキラしていた。
私には書くという素晴らしい能力がある。
人に読んでもらうとかそういう意味ではなくて、言葉にしてその瞬間瞬間を残す、そのための能力を持っているという意味で。
当時の気持ちもその人の面影も文字にして残せる。
本当に素晴らしいものを私は自分の財産として持っているんだな…と思った。
午後からはそのことに取り組もう!
そう思っていた。
体の具合がイマイチだから、今体を布団に横にしながら書いている。
気が弱っている時というのは、ろくなことを考えない。
生産性のないことならまだしも、ネガティブな風到来的な心に良くないことまで考え出す。
最近どハマり中の婚活ブログたちを読んでいたことを初めて悔やんだ。
今の婚活ブログのトレンドキーワードは「クリスマス」。
最近このブログでも書いたけれど、基本的に1人でもクリスマスディナーを用意して1人クリスマスをして盛り上がれるおめでたいところがあるから、クリスマスは1人でも全く気にならず楽しめる。
だけど、よくよく考えたら、そんな体質の人、日本の中でどのぐらいいるかと言えば、どう考えてもマイノリティだと思う。
マイノリティなのは別にどうでもいい。
風邪っぽくてだるい体で考えたのは、もっと別のことだった。
その人をごはんに誘いたい女の人たち他にもいるんじゃないかなとか、その人だって誰かクリスマスデートに誘いたい人がいてもおかしくないなとか、もしかして誘ってもしくは誘われて予定を立てているのかもしれないなとか。
具合悪いところにさらに心まで具合が悪くなってきた。
イケメンに興味がない!とはっきり言う私の方が多分珍しくて、その人は黙っていてもイケメンだし、口開いてもさりげない感じがイケメンだし、普通に挨拶してもいけてるし、歩き方とか立ち居振る舞いも見ていて良い感じだし、声や話し方もいいし、まとってる空気や雰囲気も他の人たちにはない良いものを持っているし、ちょっとした気遣いなんかした日にはすごく絵になるし、仕事もできるし、一般女子ウケするスペックだってイケてる。
そして、私が勘違いしたように、その人が気遣いした行動をとった日には、多分ほとんどの女の人が胸キュンキュンする。
っていうか、なんでその人独身なの?っていうぐらい(今は独身かどうかも知らない)。
その人とデートしたいと思う女の人たちがいても全然おかしくない。
その人だって周りには綺麗な人でも可愛い人でもいると思う。
この間、丸の内のオフィス街を昼休み時間に歩いて「うわぁ〜みんな綺麗♡」と女の私が見ても感動するぐらいに、そういう人たちが日常の風景にいてもおかしくないところにいるんじゃないかと勝手に思ってる。
そしてそういう環境かどうかはさておいても、その人だって誰かいい人がいればその誰かに向かって何かしらのアクションを起こしても普通のこと。
突然、色々悲しくなってきた。
私はそもそも何をよくわからない、「ない」と言い切れる可能性に小さく、でも真剣に賭けているんだろう?
この1年以上、私は携帯を毎回ちょっとした可能性に賭ける気持ちと「そんなことあるわけない」という気持ちの両方で、ずっとチェックしていた。
あるわけない可能性を365日以上追いかけていたのかと思って、なんだか自分がさみしくなった。
携帯が9月に壊れた時も、そもそも無職で機種変なんてできるの?という心配もあったけれど、それ以上に私が気にかけたことは、そもそも携帯のメールアドレスとか電話番号とかLINEがきちんと引き継がれるかどうかだった。
全部のデータを失うのは怖くなかった。
幸いにして携帯のデータは何の痛手も負ってなかったから、データが飛んだとしても自分で入れ直せばいいだけだから。
でも、それらのアドレスとか番号やIDが使えなくなって新規に別のものを取得しなきゃいけないとかなったら、その人と連絡取れる可能性は永遠になくなるんだ…、そう思ったらそれが一番怖かった。
だから、私にはその個人情報がきちんと引き継がれるかどうかがとても大切だった。
何よりも大切だった。
でも、気が弱ってきたら、なんだかそういうことが突然色を失ったみたいになった。
どう考えても私の考え方に無理がある。
その人のことが忘れられなくても、時間は誰にも等しく流れる。
その時間の中で、その人にはその人の人生が流れてる。
私の人生にその人がいないように、その人の人生にも私がいない。
99.9%ない可能性はやっぱりない。
どんなに望んでも人生は交わってくれない。
私が毎日携帯眺めてもどうにもならないのと一緒。
その事実が突然目の前に現れて、いやずっとあったけれども見ないふりしてきただけ。
あのホロスコープの検証。
まだきっちりとはしていないけれども、見ただけのものでも相当すごい影響力のある配置なのはわかる。
その人との思い出の瞬間、ある程度時間が1、2分の誤差しかないものも、多少1時間前後は左右しそうなものも、何かしら天体の上でも重なったり、特殊な配置のものがあったりする。
なんなら、77777や88888キロを車のメーターが打ち出した日さえも私には意味ある配置を為していた。
その人と関わる何かの時はもれなく空模様も何かしら意味のある配置に勝手になっている。
私だけのことなら、例えば2月や7月のホロスコープ鑑定の時のものの方がよほど影響あるホロスコープになっていてもおかしくない。
なのに、それらの時、あまりにもほぼ何もないような感じで、逆に拍子抜けした。
その人が人生に関わっている瞬間たちは、なぜか空の星たちのエネルギーもものすごく強い。
元々星のエネルギーを受けやすい私だからそういう配置になったのかもしれない。
ホロスコープ鑑定のような、自分自身のタイミングの時はさほど何もないのが逆に気にはなるけれど。
意味を求めても仕方ないし、意味があれば現状が変わるわけでもないし。
でも、そんなにも色々あったのに何もない今がとてもさみしくて悲しい。
その人が近くにいないのがさみしい。
そしてその人のいる人生の中に自分がいられないのがさみしい。
迷走する英語教育
「迷走」もしくは「逆走」という言葉がピッタリ。
昨日子育て中の友達から聞いて驚いた。
これから先、中学や高校での英語の授業は英語でなされるとのこと。
段階的に導入している学校もすでにあって、2020年には完全実施と今調べたらそうなってた。
「バカじゃないの?」私は第一声でそう言った。
そこで初めて合点がいった。
友達の中3の娘が今年の英語の先生は基本的に英語でしか授業中話さないと言っていた。
説明も英語でするみたいだし、やたらと会話文や例文を作る時間が多いとも言っていた。
子どもは「わからない」と言い、何度か私が1から学校の授業で習う文法を説明するということをやった。
現場もさぞかし大混乱だろうと思った。
ちなみに私は説明する時にどうでも英単語を言わないといけない時、これ以上ないぐらいにはっきりとした日本語発音をする。
例えばseeなら「(スに近い)シィー」とは言わず、「シー」と言う。
「D」を「ディー」とは言わず「デー」と言う、あのバリバリ日本語的な発音にして説明する。
それは説明の時に正しい発音は不要だし、私の発音はそもそもクセがあるのもわかっているから正しい発音じゃない。
間違った発音で説明するよりも、確実にどの単語を発音されてるか聞いてる側が即わかる発音を徹底して、そして何よりも子どもが「理解できる」ところにしかポイントを置かない。
入試対策を昨日した。
この文章を見て欲しい。
Truly attractive things can be appealing to even people having different language or cultural background. This is one of the main reasons leading the trend of “Cool Japan” to the world. “Cool Japan” shows that truly attractive works, goods, services in a country can easily spread to other countries beyond the border.
これは新潟県の高校入試問題に準じた模試の長文読解の一部で、そして上の部分が訳せないと問題で聞かれている「理由を日本語で説明せよ」が答えられないようになっている。
この問題自体、A4で1枚半ほどの長文で、そこからまずは該当部分を抜き出せる力がないとダメなやつ。
ちなみにこれは、全員が受ける全県一斉の公立校入試の問題の方ではなく、2日目に各学校によって何を受けるかが3タイプほどある方の入試問題の方。
子供が目指す学校は上の長文読解が絶対にあるから、それでそのための対策をしている。
私の英文法の理解が怪しいから正式名称はわからないけれど、例えば上の文章なら分詞的な修飾がなされている。
havingやleadingがそれに当たる。
仮に「分詞的な修飾」でもいい(絶対に名前が違う気がする)。
それ、英語でどう説明するわけ?と思う。
多分、大人になって英語不要の生活をしている人から見ても「?」ってなる日本語なのに、それを大人に比べて語彙も乏しいだろう子どもたちに英語で説明するとは、愚の骨頂としか言いようがない。
私はこの子には徹底的に基礎を叩き込んだ。
もちろん「分詞的な修飾」なんていう説明はしない。
私が文法の用語で繰り返し使ったのは、基本的に
・主語
・動詞
の2点で、そこにさらに追加で聞くとしても
「品詞は何?」
「動詞の形は?」
だけだった。
品詞として教えたのも
・名詞
・動詞
・形容詞
・副詞
・前置詞
・代名詞
だけ。
品詞の種類、例えば形容詞と副詞はどう違うのかとかは徹底的に繰り返し言って叩き込み、本人にも都度都度問題を出して確認したから、今では8割から9割は言える。
動詞だけはやたらと種類があるから、be動詞・一般動詞に始まり、原型・過去形・過去分詞形・受け身・ing、その辺りだけは本人もわからないと辛いから入れ込んだ。
で、最初isとdoesとかdoとdoesの区別がつかなかった子が、この2年で長文読解、8割は自力で訳せる、それも完璧に訳せるところまで伸びた。
昨日、別の過去問の長文読解の和訳を見たけれど、私が違うと判断したのは4つの文だけ、あと口頭で少しだけ説明を必要とするものが3つないし4つ、あと残り8割以上は全部完璧に訳していて、超感動した!
しかも子どもの感想も良かった!
「今回の長文読解、すごい面白かった!」と言って、そんな言葉初めて聞いたなと思った。
実際にストレスの起こり方や対処の仕方が説明されていて私も面白いと思ったけれど、本人が長文を読むのが楽しいなんて最高だな!と思う。
教える立場になったり、自分も教わる立場になったりしながらわかったことは、とにかく「わかりやすく」が一番大事なこと。
例えば、さっきの「分詞的な修飾」について言えば、つい1ヶ月前ほどに子どもに説明した内容だった。
もちろん「分詞的な修飾」なんて一言も言っていない。
私が説明したのは、どういう時にingになってどういう時に受け身になるのかと、あとはingにしても受け身にしても実はそれは元の形は関係代名詞で、その関係代名詞がどんな風に省略されているのか、そうやって説明した。
そして、省略できる場合とできない場合も例文作って説明したから、本人も省略できるできないがはっきりとわかって、そこは間違うことが最初からなかった。
本人の日々の努力の賜物だといつも思う。
自分で言うのもなんだけど、私は自分の英語の説明はわかりやすいと思う。
その辺の文法書よりも断然にわかりやすい。
(正しくは、学術的に専門用語で説明できないだけ( ̄∇ ̄;))
だけど、自分が説明した内容を私は英語で説明しろと言われてもできない。
日本語でさえも相当神経使って説明している。
難しさを持ち込んだら、大抵の子どもは拒絶反応を示す。
だからいかに簡単な言葉でいかにわかりやすくが大切になってくる。
っていうか、何その文科省のアホみたいな方針?と思った。
ただでさえ、英語アレルギーな子は多い。
私もわからない人代表の座に就けるぐらいにわからなかったからわかる。
私はあまりにわからなさすぎて、独自の勉強法で克服したけれども、基本的に英語アレルギーになる理由は、いまいち文法のルールがわからないところにあると思う。
そして、私はその独自の勉強法によって、徹底的に基礎を築いて、そして実は英語にも単純明快な公式があって、それに沿って考えれば中学レベルのものはそれで理解できるとわかった。
数学や理科の公式と同じで、ある程度はルールがはっきりとしている。
で、私がその子に上のタイプの長文読解をする上での対策として、今回新たに宿題を課した。
本人には、超面倒くさい作業をすることになるけれど、それができるようになったら上のタイプの長文読解はかなり楽になるし、さらには高校でも絶対に必要な能力だから、やった方が長い目で見るといいことも説明した。
いつも通り、全文和訳を言い渡し(←最初こそ「えっ?((((;゚Д゚)))))))」って言っていたけれど、自分で力がつくとわかってからはもう全文和訳の宿題に対して全く反応しなくなった)、その他にすることとして全ての文章の中の主語と動詞に違う色のペンで線を引くことを言い渡した。
多くの文章は、becauseだのthatだのがついて文全体の主語と動詞、理由なんかを補足で説明する時に出てくる主語と動詞があるから、それらも別々に線を引いてやってと言った。
“Cool Japan” shows that truly attractive works, goods, services in a country can easily spread to other countries beyond the border.
例えば上の文章なら、
“Cool Japan” …文全体の主語
shows …文全体の動詞
truly attractive works, goods, services in a country …that以下の主語
spread …that以下の動詞
に分けられる。
そうすると、やたらめったらと長かった文章も、区切りが見えてきて訳しやすくなる。
Cool Japan…クールジャパンが
shows …示す
truly attractive works, goods, services in a country …国内の本当に魅力的な仕事、グッズ、サービスは
spread …広がる
(和訳:「クールジャパン」は、国内の本当に魅力的な仕事、グッズ、サービスは国境を越えて他の国に簡単に広がりやすいことを示している)
実際に子どもにも例を示しながら、そして子どもに「この文の主語は何?」とか「that以下の主語は何?」とか聞きながら線を引いて、それでやるべきこともはっきりと伝えて、子どもも「あー、これならわかりやすくなる♪」と感動しつつ、そうやって昨日は進めた。
友達に聞かれた。
「普通の塾に通っている子たちはどうやってこの筆答(←試験の名前)の対策をしてんの?」
私はわからないからわからないと答えた上で、多分私がさせているような対策は多分してないと思うし、そこまで見れないと思うとは言った。
これは個人だからできたにしても、たとえ個別の塾でも、大人でも辟易とするあの長文読解に対して、その問題の主旨を理解しながら子どもの特性に合わせて対策を練るなんて至難の技だと思う。
一個人、しかもかなりできる個人の子どもでさえこのレベルで、なのに英語の授業を英語でするとは、馬鹿も休み休み言え!と思う。
ますます英語アレルギーっ子が増えるよ!と言いたい。
友達には下に小学生の子どもが2人いて、上の子はすでに英語が授業としてある。
英語を習いに行かせようとしたら本人が嫌がり、苦肉の策で小学英語の問題集を買ってきてやらせてると友達は言った。
(昨日、ドラえもんの問題集を見せてもらった)
それとなく「もう下もぶっしーに頼んだ方がいいのかな?」と聞かれた時に、私は断ったし友達もその理由をそもそも考えていたから「そうだよね、私もそう思ってた!」と言って、なしになった。
要は、小学校ではあいさつや英単語を言うぐらいでしかないから、まだ文法的なことは1つもしていない。
学校でもしていないことを2年も先取りして教えても意味がないし、それが仮にわかっても今すぐのメリットがない。
今少しだけやっても、漢字を書かないと忘れるのと一緒で、英語もあっという間に忘れる。
そんなのは無駄でしかないから、本人がやりたければ別だけれど、そうでもなかったらやらなくていいと2人の間で話がまとまった。
いつも思うけれども、何で国が打ち立てる教育要領はいつもやり方がトンチンカンなんだろう?と思う。
国会議員と文科省のキャリア全員で、1時間でいい、isとdoesの違いを英語で説明される授業を受けたらいい。
そうしたらいかに自分たちの打ち出した指針がはちゃめちゃなのかがわかる。
短絡的すぎて、ますます英語苦手な子どもたちの数を増大させるだけだから。
この下の文章は、その子に関係代名詞を教えた直後に書いたもの。
いつかアップしようと思っていたものの1つで、今回一緒にアップ。
1ヶ月前に書いたもので、当時のことで私が唯一覚えていることは、例文に出てきた名前に萌えたことと、説明する上で「どうしても」その名前を連呼せざるを得なくて超絶萌えながら連呼しまくったことぐらい(笑)。
目がハート♡になりそうなぐらいに萌えてた時の記録。
すごい途中で終わっているけれど、もうそのままアップ。
思い出した。
当時、その超絶萌えたところだけはきちんと書いてアップして、こちらはちょっと余計だと思ってカットした部分だったと思う。
だから、実際にはこの後、11月10日あたりに書いた名前に萌えまくった話が続くようになっていた。
11月10日(土)
すごい余談だけど、私自分で自分の関係代名詞の説明を聞いて、「天才☆」かと思った←自画自賛。
もし私が中学や高校で今の私みたいな説明をしてくれる先生に出会えてたなら、私の英語力や意欲関心はもっと良くなっていたとさえ思う。
自分で言うのもどうかと思うけれど、本当にわかりやすいと思う。
基本的に私は、文法を説明する時、品詞の種類と主語・動詞以外は全て自分の感覚で説明する。
(主語・動詞・品詞の種類を抑えれば、あとは大抵何とかなる)
自分の感覚というのは、英語には一定の法則があって、その法則の部分を自分なりに理解したものを説明する。
元々文法書も読めない(用語や説明がわからなくてすぐに眠くなる)、英語の基礎基本も怪しくそして学校の授業だけでは理解できなかった私がしたことは、とにかく文章を解体しまくって和訳することだった。
1つの文に対し2行、3行にも渡る長文をまずはノートに3行ずつ空けて写す。
そして、これ以上解体できないという最小の塊に分ける。
「I(私は)」でさえも1つにしていたぐらいの分け方。
だから塊ごとにまずは訳して、わからない単語は片っ端から調べて、それから日本語で意味が通じるように全文をくっつけて訳していた。
そういう地道な作業を私は延々として、そしてまさかそれが大学で書く論文でも大活躍するとは思わず(4年間で3枚程度のものなら少なく見積もっても合計で80本は書いただろうし、最後は75枚書き上げたものをカットしたりフォントを変えて50枚に収まるようにして血の滲むような努力の結晶の論文を書いた←今書いたらまじめに倒れる)、そこでも文章の組み立て方はめちゃくちゃ鍛えられた。
そんな風だから、文法も専門用語では全く説明できないけれど、自分の感覚でなら説明できる。
しかもわからない人がゼロから積み重ねたものだから、非常に簡単な言葉で説明できる(というかそれしかできない)のが私の売りだとさえ思う。
そして、私は説明する時にはっきりと言う。
数学みたいに公式めいた決まりがあるものはその公式を説明するし、そういうのがないマニアックなものは「もうこれはこういうもんだから、こういうもんだと覚えて!」と。
単語はある程度自力で覚えてもらわないとダメだけど、英語も基本的な文法は数学の公式を覚える感じで対処できる。
だから昨日の関係代名詞も、その公式を教えた。
例えば、whoでもwhichでもthatでもいいけれど、どれを使う場合も中学生レベルの関係代名詞なら必ず決まりがある。
それらの1つ前の単語は必ず名詞。
というのは昨日文章見て初めて気付いて(←毎回見てから説明を考える)、そうなっていない英作文や並び替えになっていたら間違いだよ、と伝えることができた。
多分学校だと「人がくる」とか「場所や物がくる」なんて説明されると思うけれど(その説明もなくて本人大混乱してた)、要は名詞だから!と。
(ちなみに高校レベルだと、そのルールも一部変化するから、それは今だけのルールだというのも説明した)
そんな風にして説明して、私上手すぎ♡と一人で自画自賛しまくっていた。
一応言うと、子どもの方も見違えるほど理解力がアップして、自分の中でも確実に手応えを感じていた!
【後日談】
その直後の定期テストで、その子は全然できなかった関係代名詞をマスターし、いつもと変わらない高得点を取ってきたv(*^o^*)v!
【追記】
自慢だらけの話だったかもしれないけれど、英語だけは唯一「できます!」と胸張って言えるから、ついつい調子こいて書いた次第。
昨日子育て中の友達から聞いて驚いた。
これから先、中学や高校での英語の授業は英語でなされるとのこと。
段階的に導入している学校もすでにあって、2020年には完全実施と今調べたらそうなってた。
「バカじゃないの?」私は第一声でそう言った。
そこで初めて合点がいった。
友達の中3の娘が今年の英語の先生は基本的に英語でしか授業中話さないと言っていた。
説明も英語でするみたいだし、やたらと会話文や例文を作る時間が多いとも言っていた。
子どもは「わからない」と言い、何度か私が1から学校の授業で習う文法を説明するということをやった。
現場もさぞかし大混乱だろうと思った。
ちなみに私は説明する時にどうでも英単語を言わないといけない時、これ以上ないぐらいにはっきりとした日本語発音をする。
例えばseeなら「(スに近い)シィー」とは言わず、「シー」と言う。
「D」を「ディー」とは言わず「デー」と言う、あのバリバリ日本語的な発音にして説明する。
それは説明の時に正しい発音は不要だし、私の発音はそもそもクセがあるのもわかっているから正しい発音じゃない。
間違った発音で説明するよりも、確実にどの単語を発音されてるか聞いてる側が即わかる発音を徹底して、そして何よりも子どもが「理解できる」ところにしかポイントを置かない。
入試対策を昨日した。
この文章を見て欲しい。
Truly attractive things can be appealing to even people having different language or cultural background. This is one of the main reasons leading the trend of “Cool Japan” to the world. “Cool Japan” shows that truly attractive works, goods, services in a country can easily spread to other countries beyond the border.
これは新潟県の高校入試問題に準じた模試の長文読解の一部で、そして上の部分が訳せないと問題で聞かれている「理由を日本語で説明せよ」が答えられないようになっている。
この問題自体、A4で1枚半ほどの長文で、そこからまずは該当部分を抜き出せる力がないとダメなやつ。
ちなみにこれは、全員が受ける全県一斉の公立校入試の問題の方ではなく、2日目に各学校によって何を受けるかが3タイプほどある方の入試問題の方。
子供が目指す学校は上の長文読解が絶対にあるから、それでそのための対策をしている。
私の英文法の理解が怪しいから正式名称はわからないけれど、例えば上の文章なら分詞的な修飾がなされている。
havingやleadingがそれに当たる。
仮に「分詞的な修飾」でもいい(絶対に名前が違う気がする)。
それ、英語でどう説明するわけ?と思う。
多分、大人になって英語不要の生活をしている人から見ても「?」ってなる日本語なのに、それを大人に比べて語彙も乏しいだろう子どもたちに英語で説明するとは、愚の骨頂としか言いようがない。
私はこの子には徹底的に基礎を叩き込んだ。
もちろん「分詞的な修飾」なんていう説明はしない。
私が文法の用語で繰り返し使ったのは、基本的に
・主語
・動詞
の2点で、そこにさらに追加で聞くとしても
「品詞は何?」
「動詞の形は?」
だけだった。
品詞として教えたのも
・名詞
・動詞
・形容詞
・副詞
・前置詞
・代名詞
だけ。
品詞の種類、例えば形容詞と副詞はどう違うのかとかは徹底的に繰り返し言って叩き込み、本人にも都度都度問題を出して確認したから、今では8割から9割は言える。
動詞だけはやたらと種類があるから、be動詞・一般動詞に始まり、原型・過去形・過去分詞形・受け身・ing、その辺りだけは本人もわからないと辛いから入れ込んだ。
で、最初isとdoesとかdoとdoesの区別がつかなかった子が、この2年で長文読解、8割は自力で訳せる、それも完璧に訳せるところまで伸びた。
昨日、別の過去問の長文読解の和訳を見たけれど、私が違うと判断したのは4つの文だけ、あと口頭で少しだけ説明を必要とするものが3つないし4つ、あと残り8割以上は全部完璧に訳していて、超感動した!
しかも子どもの感想も良かった!
「今回の長文読解、すごい面白かった!」と言って、そんな言葉初めて聞いたなと思った。
実際にストレスの起こり方や対処の仕方が説明されていて私も面白いと思ったけれど、本人が長文を読むのが楽しいなんて最高だな!と思う。
教える立場になったり、自分も教わる立場になったりしながらわかったことは、とにかく「わかりやすく」が一番大事なこと。
例えば、さっきの「分詞的な修飾」について言えば、つい1ヶ月前ほどに子どもに説明した内容だった。
もちろん「分詞的な修飾」なんて一言も言っていない。
私が説明したのは、どういう時にingになってどういう時に受け身になるのかと、あとはingにしても受け身にしても実はそれは元の形は関係代名詞で、その関係代名詞がどんな風に省略されているのか、そうやって説明した。
そして、省略できる場合とできない場合も例文作って説明したから、本人も省略できるできないがはっきりとわかって、そこは間違うことが最初からなかった。
本人の日々の努力の賜物だといつも思う。
自分で言うのもなんだけど、私は自分の英語の説明はわかりやすいと思う。
その辺の文法書よりも断然にわかりやすい。
(正しくは、学術的に専門用語で説明できないだけ( ̄∇ ̄;))
だけど、自分が説明した内容を私は英語で説明しろと言われてもできない。
日本語でさえも相当神経使って説明している。
難しさを持ち込んだら、大抵の子どもは拒絶反応を示す。
だからいかに簡単な言葉でいかにわかりやすくが大切になってくる。
っていうか、何その文科省のアホみたいな方針?と思った。
ただでさえ、英語アレルギーな子は多い。
私もわからない人代表の座に就けるぐらいにわからなかったからわかる。
私はあまりにわからなさすぎて、独自の勉強法で克服したけれども、基本的に英語アレルギーになる理由は、いまいち文法のルールがわからないところにあると思う。
そして、私はその独自の勉強法によって、徹底的に基礎を築いて、そして実は英語にも単純明快な公式があって、それに沿って考えれば中学レベルのものはそれで理解できるとわかった。
数学や理科の公式と同じで、ある程度はルールがはっきりとしている。
で、私がその子に上のタイプの長文読解をする上での対策として、今回新たに宿題を課した。
本人には、超面倒くさい作業をすることになるけれど、それができるようになったら上のタイプの長文読解はかなり楽になるし、さらには高校でも絶対に必要な能力だから、やった方が長い目で見るといいことも説明した。
いつも通り、全文和訳を言い渡し(←最初こそ「えっ?((((;゚Д゚)))))))」って言っていたけれど、自分で力がつくとわかってからはもう全文和訳の宿題に対して全く反応しなくなった)、その他にすることとして全ての文章の中の主語と動詞に違う色のペンで線を引くことを言い渡した。
多くの文章は、becauseだのthatだのがついて文全体の主語と動詞、理由なんかを補足で説明する時に出てくる主語と動詞があるから、それらも別々に線を引いてやってと言った。
“Cool Japan” shows that truly attractive works, goods, services in a country can easily spread to other countries beyond the border.
例えば上の文章なら、
“Cool Japan” …文全体の主語
shows …文全体の動詞
truly attractive works, goods, services in a country …that以下の主語
spread …that以下の動詞
に分けられる。
そうすると、やたらめったらと長かった文章も、区切りが見えてきて訳しやすくなる。
Cool Japan…クールジャパンが
shows …示す
truly attractive works, goods, services in a country …国内の本当に魅力的な仕事、グッズ、サービスは
spread …広がる
(和訳:「クールジャパン」は、国内の本当に魅力的な仕事、グッズ、サービスは国境を越えて他の国に簡単に広がりやすいことを示している)
実際に子どもにも例を示しながら、そして子どもに「この文の主語は何?」とか「that以下の主語は何?」とか聞きながら線を引いて、それでやるべきこともはっきりと伝えて、子どもも「あー、これならわかりやすくなる♪」と感動しつつ、そうやって昨日は進めた。
友達に聞かれた。
「普通の塾に通っている子たちはどうやってこの筆答(←試験の名前)の対策をしてんの?」
私はわからないからわからないと答えた上で、多分私がさせているような対策は多分してないと思うし、そこまで見れないと思うとは言った。
これは個人だからできたにしても、たとえ個別の塾でも、大人でも辟易とするあの長文読解に対して、その問題の主旨を理解しながら子どもの特性に合わせて対策を練るなんて至難の技だと思う。
一個人、しかもかなりできる個人の子どもでさえこのレベルで、なのに英語の授業を英語でするとは、馬鹿も休み休み言え!と思う。
ますます英語アレルギーっ子が増えるよ!と言いたい。
友達には下に小学生の子どもが2人いて、上の子はすでに英語が授業としてある。
英語を習いに行かせようとしたら本人が嫌がり、苦肉の策で小学英語の問題集を買ってきてやらせてると友達は言った。
(昨日、ドラえもんの問題集を見せてもらった)
それとなく「もう下もぶっしーに頼んだ方がいいのかな?」と聞かれた時に、私は断ったし友達もその理由をそもそも考えていたから「そうだよね、私もそう思ってた!」と言って、なしになった。
要は、小学校ではあいさつや英単語を言うぐらいでしかないから、まだ文法的なことは1つもしていない。
学校でもしていないことを2年も先取りして教えても意味がないし、それが仮にわかっても今すぐのメリットがない。
今少しだけやっても、漢字を書かないと忘れるのと一緒で、英語もあっという間に忘れる。
そんなのは無駄でしかないから、本人がやりたければ別だけれど、そうでもなかったらやらなくていいと2人の間で話がまとまった。
いつも思うけれども、何で国が打ち立てる教育要領はいつもやり方がトンチンカンなんだろう?と思う。
国会議員と文科省のキャリア全員で、1時間でいい、isとdoesの違いを英語で説明される授業を受けたらいい。
そうしたらいかに自分たちの打ち出した指針がはちゃめちゃなのかがわかる。
短絡的すぎて、ますます英語苦手な子どもたちの数を増大させるだけだから。
この下の文章は、その子に関係代名詞を教えた直後に書いたもの。
いつかアップしようと思っていたものの1つで、今回一緒にアップ。
1ヶ月前に書いたもので、当時のことで私が唯一覚えていることは、例文に出てきた名前に萌えたことと、説明する上で「どうしても」その名前を連呼せざるを得なくて超絶萌えながら連呼しまくったことぐらい(笑)。
目がハート♡になりそうなぐらいに萌えてた時の記録。
すごい途中で終わっているけれど、もうそのままアップ。
思い出した。
当時、その超絶萌えたところだけはきちんと書いてアップして、こちらはちょっと余計だと思ってカットした部分だったと思う。
だから、実際にはこの後、11月10日あたりに書いた名前に萌えまくった話が続くようになっていた。
11月10日(土)
すごい余談だけど、私自分で自分の関係代名詞の説明を聞いて、「天才☆」かと思った←自画自賛。
もし私が中学や高校で今の私みたいな説明をしてくれる先生に出会えてたなら、私の英語力や意欲関心はもっと良くなっていたとさえ思う。
自分で言うのもどうかと思うけれど、本当にわかりやすいと思う。
基本的に私は、文法を説明する時、品詞の種類と主語・動詞以外は全て自分の感覚で説明する。
(主語・動詞・品詞の種類を抑えれば、あとは大抵何とかなる)
自分の感覚というのは、英語には一定の法則があって、その法則の部分を自分なりに理解したものを説明する。
元々文法書も読めない(用語や説明がわからなくてすぐに眠くなる)、英語の基礎基本も怪しくそして学校の授業だけでは理解できなかった私がしたことは、とにかく文章を解体しまくって和訳することだった。
1つの文に対し2行、3行にも渡る長文をまずはノートに3行ずつ空けて写す。
そして、これ以上解体できないという最小の塊に分ける。
「I(私は)」でさえも1つにしていたぐらいの分け方。
だから塊ごとにまずは訳して、わからない単語は片っ端から調べて、それから日本語で意味が通じるように全文をくっつけて訳していた。
そういう地道な作業を私は延々として、そしてまさかそれが大学で書く論文でも大活躍するとは思わず(4年間で3枚程度のものなら少なく見積もっても合計で80本は書いただろうし、最後は75枚書き上げたものをカットしたりフォントを変えて50枚に収まるようにして血の滲むような努力の結晶の論文を書いた←今書いたらまじめに倒れる)、そこでも文章の組み立て方はめちゃくちゃ鍛えられた。
そんな風だから、文法も専門用語では全く説明できないけれど、自分の感覚でなら説明できる。
しかもわからない人がゼロから積み重ねたものだから、非常に簡単な言葉で説明できる(というかそれしかできない)のが私の売りだとさえ思う。
そして、私は説明する時にはっきりと言う。
数学みたいに公式めいた決まりがあるものはその公式を説明するし、そういうのがないマニアックなものは「もうこれはこういうもんだから、こういうもんだと覚えて!」と。
単語はある程度自力で覚えてもらわないとダメだけど、英語も基本的な文法は数学の公式を覚える感じで対処できる。
だから昨日の関係代名詞も、その公式を教えた。
例えば、whoでもwhichでもthatでもいいけれど、どれを使う場合も中学生レベルの関係代名詞なら必ず決まりがある。
それらの1つ前の単語は必ず名詞。
というのは昨日文章見て初めて気付いて(←毎回見てから説明を考える)、そうなっていない英作文や並び替えになっていたら間違いだよ、と伝えることができた。
多分学校だと「人がくる」とか「場所や物がくる」なんて説明されると思うけれど(その説明もなくて本人大混乱してた)、要は名詞だから!と。
(ちなみに高校レベルだと、そのルールも一部変化するから、それは今だけのルールだというのも説明した)
そんな風にして説明して、私上手すぎ♡と一人で自画自賛しまくっていた。
一応言うと、子どもの方も見違えるほど理解力がアップして、自分の中でも確実に手応えを感じていた!
【後日談】
その直後の定期テストで、その子は全然できなかった関係代名詞をマスターし、いつもと変わらない高得点を取ってきたv(*^o^*)v!
【追記】
自慢だらけの話だったかもしれないけれど、英語だけは唯一「できます!」と胸張って言えるから、ついつい調子こいて書いた次第。
2018年12月12日水曜日
春分図とホロスコープ【分析編ー後】
【はじめに】
今回も引き続き、ホロスコープの春分図と自分の生まれた時のホロスコープを重ね合わせての検証。
完全に個人の備忘録。
「びぼう」と入れたら「美貌」と最初にヒットした(笑)。
美貌録ならいいけれど、美貌の美の字もない内容です。
良かったらお付き合いください。
(何の得もないですが…)
>2013年 (34歳)
・天王星牡羊座+火星牡羊座ー私の水星牡羊座 合
・ドラゴンヘッド蠍座ー私のDEC蠍座 合
(すぐ近くに私の天王星蠍座もある)
以上から読み解けるのは、
・改革の星天王星と野心的に活動する火星と知性やコミュニケーションを表す水星とが、労働や奉仕のところにある。
牡羊座=何かを新しく始めるエネルギーに満ちていることから、仕事で新しい分野を切り開いたり、自分が必要な知的活動を仕事と絡めて行ったりすることが考えられる。
・自分の頑固さを改めることが魂的なテーマになっていて、具体的には人間関係においての頑固さやこだわりを柔軟にすることが鍵になる。
この年に実際にあったのは、まず1つは派遣の仕事を始めたこと。
この年だけで2ヶ所の職場に行っていて、すごく対照的な職場で色々勉強になった。
ちなみに私がその後も派遣で働くことができたのは、1ヶ所目の職場がすごく良かったからだった。
人間関係がすごく良くて、それぞれの立場の人たちの役割がはっきりとしていて、とにかく上の人の采配がすごく良かった。
普段はそれぞれのやり方でやりやすいようにやって下さい、という感じで仕事を任せてくれて、いざトラブルが起こるとすぐに飛んできてくれて対応を代わってくれた。
残念なことに仕事の期間が最初から決まっていたから私はそこには3ヶ月しかいなかった。
その後2ヶ所目の派遣に行ったけれど、そこが最悪だった。
他のベテランの派遣の人たちはめちゃくちゃ仕事ができる人たちだったけれども、社員の人たちの多くがしょうもなさ過ぎた。
そこで初めて知ったけれども、基本的に派遣の人たちは何かしらの事情で一度はどこかの職場の正社員の立場を離れている。
で、ビックリするぐらいに仕事ができる人たちばかりだった。
だから、私は基本的な知識は派遣の人たちによく教えてもらってた(社員の人たちは、知識さえもうろ覚えな人たちがいて、本気で驚いたー!っていうか自分の不勉強が客に迷惑がかかるっていうのがなぜわからない?とよく思ってた)。
正社員の人たちに聞かなきゃいけない時は聞いていたけれども、みんな外の世界を知らないせいかトンチンカンな対応ばかりで、いつも「えっ?」と思ってた。
これ大口顧客の会社の重役出てきちゃうよ!というクレームが入った(←私はよくそういう電話に当たってた)。
誰がどう見ても私が行っている派遣先の会社側のミスだった。
しかも有り得ないミスで、本来ならこちらが菓子折りの1つでも携えて上の人が謝罪に行かなきゃいけないレベルの内容だった。
当然、クレーム内容はこちら側できちんと対応してお客さんにおかしな被害が出ないように対処することが普通。
それをなんと、ルールから逸れて申込をしたお客さんが悪いとなって(お客さんは会社の指示通りの手順を踏んだだけで完全な被害者)、それを私に何度もお客さんに向かって説明させ(←すげーやば!って思う案件なのに派遣に説明させるバカ会社)私もひたすら平謝りしながらも上から言われた通りの対応をした。
案の定、お客さん=大口顧客から再度電話きてもう一度対応の検討をお願いされ(←お客さん悪くないのに、お客さんがお願いするという)、それでも同じ塩対応を丁重に私が再度説明するという、本当に「何これ?」と思った。
本気で申し訳なさすぎて、私が謝れることはとにかく謝ったし、できることがあるならやりますとも言った(できると言っても、上の上に繋げるぐらい)。
私はその時点で、これ特大クレームになるよ、とはっきりとわかったから、それも上の社員の人たちに報告したけれど「うちの部署の間違いじゃないから」と取り合わず。
この人たち、お客さんから見たらどの部署の間違いかなんて関係なくて、この会社の対応としてしか見てないですけど!ということがわかんないのかな?と心の中では相当罵倒していたけれども、もう手の出せる範疇にないから、私は「これはクレームが来なきゃわからないんだな」と思った。
そしてどう考えても何一つ問題は解決してないどころかお客さんにお金の損失が出ることまでが明らかだったから(←なのに動かない鈍感さ)、言っても我関せずで無視されるから、もうあとはなるようにしかならないと思って他の仕事に移った。
1時間もしないうちに、大口顧客(大企業)の理事的な人から電話が来た。
あのアホな塩対応に関してのクレームと改善依頼を言われ、当然上の方の重大案件に一気に変わり、その後上の人が超丁重に謝罪し、内部のおバカななすりつけ対応に対してすぐにメスを入れて、お客さんには絶対に迷惑がかからないように対応が為されることに変わった。
というようなことが往々にして起こりまくって、私もすごい引きで、よくそういう変な案件に当たっていた。
これは今だから思うことだけれど、塾+派遣の顧客対応系のコールセンターや電話の仕事をしたことで、物事の本質を見る練習にものすごくなった。
私は良くも悪くもルールを遵守することよりも、その時々のルールに当てはまらない対応に当たることが圧倒的に多くて、だから色んなことを頭の中で総動員してそこからまずはやれそうなことを考えたり、他の人たちにおかしいと思ったら即相談報告する機会がたくさん与えられた。
常識に当てはまらない改革的な知性がバンバンと鍛えられた仕事だったのは間違いない。
もう1つこの年の内容にぴったりだと思うことは、写経もどきの書き写しだった。
あの本格的なお経を写す写経ではなくて、読んだ本の中で気に入った言葉や考え方があったらそれをひたすらルーズリーフかノートに書き写す。
私は元々20代の頃からそれを小さな習慣として気が向いた時にだけやっていた。
当時は小さなメモ帳2冊分しか溜まってなくて、それでも十分満足していた。
2013年あたりから本格的にそれを始めて、きちんと数えたことないけれど、1000枚分の紙に書き写した。
(↑基本的にハマると、異常なほどの数や量をやってしまう傾向がある)
この写経もどきは本当に大切で、私がこれから何をするにしても私の土台の一部、知性の部分になってくれる。
知性磨きをしてたなぁと思う(←「知性磨き」という言葉にうっとり♡…いつもながら目的がおかしい)。
ちなみに当時、私は仕事帰りに名古屋で一番大きな図書館に寄って、写経もどきを大きな木の見える窓の前の個人机でしたり、次の読む本を探したりしていた。
そう、仕事帰りにまでやるぐらいに私は楽しく写経もどきと読書に取り組んでいた。
>2014年(35歳)
・月蠍座ー私のDEC蠍座 合
無意識の部分を表す月と人間関係を表す地平線軸が重なっている。
そして、そこは蠍座。
蠍座は自分の命を懸けて特定のものを大切にしたり、特定の人と一体化することを望んだり、それらのために変容することをいとわなかったりする。
人間関係も狭くそして深くなる。
その年の秋から、私はそれから13ヶ月にも及ぶ引きこもりを始めた。
その時期に、色んな人間模様を冷静に見るようになった。
そして、人間関係において、本当に縁のある人たちしか残らない流れに入っていった。
>2015年(36歳)
・MC山羊座とIC蟹座ー私のMC山羊座とIC蟹座と合
・海王星魚座ー私の火星魚座 合
・キロン魚座ー私の太陽魚座 合
・月牡羊座ー私の水星牡羊座 合
読み解き
・軸同士が重なる=軸の意味が強調される。
この場合の意味は、起こっている現象や目に見えているものからメッセージを紐解くこと、そして広い視野で通用する価値観と自分の価値観とを照らし合わせて比較すること、その2つがカギになる。
・海王星と火星が重なると、スピリチュアルな力や知識が高まると言われている。しかも魚座だから、余計と無意識や精神世界に関するものに関わるから、より一層のスピリチュアル的な体験が増えると読める。
・魂の傷と社会活動に関わる部分とが重なり合う。自分の今世のテーマが浮かび上がりやすい。
・無意識の内に宿している知性と自分の知性とを掛け合わせて、さらに知性を深めていく。それらを自分の気の合う人たちと共有する流れにある。
この年に実際にあったこと。
ひきこもりは相変わらず継続していたけれど、ひきこもりはひきこもりでも日々色んなことをやっていた。
その日々やっていたことの中で、その上の読み解きと重なる象徴的なことが、ブログを2本毎日書いたことと、朝起きてすぐに日記のようなものを書き続けたことが挙げられる。
日記のようなものは、厳密には日記ではなく、心の中に思い浮かぶものをひたすら書いていた。
2本のブログは、1本はこれだし、もう1本は心理関係のことで自分が実際に使ってみて効果のあったことをひたすら実体験を交えて書いていた。
余談だけど、心理関係のブログで私が気をつけていたのは、自分の体験とスピリチュアル的な教えを相互に結びつけて、とにかく誰が読んでもわかるように心掛けた。
精神世界の本の多くは、抽象的な話が多くて、「で、何をするの?」というのが往々にしてある。
例えば「怒りを抑え込まず、解放しましょう」なんてのはよくある教えの1つ。
「怒りの解放」と言われてピンとくる人はいいけれど、私はピンとこない人。
だから色々実験的に自分で心理ワークをしたり日常の場面でも何か思いついた方法を実践する他なかった。
そして、不特定多数に向けて発信するブログという媒体で書いていたことが、自分の知性を気の合う人たちと共有するに当てはまるかなぁと思う。
実際に、ブログを通じて何人かの人たちとはやりとりがあった。
ちなみにこの作業の土台には、例の写経もどきも大いに役立った。
写経の途中からは、精神世界や自己啓発、心理系の本よりも、作家さんやエッセイストの方たちの日記本を読むようになって、そこからの引用が増えた。
その人たちの日常と精神世界の教えとが重なって、そういう部分をやたらと読み拾いしていることにある時気付いた。
だから、その辺のこと、よく言えば無意識下にある知性やスピリチュアル的なことが色々と組み合わせられるようになっていった。
そして、このブログは思ってもみない方向に話が進んだ。
このブログによって、外部の人からコンタクトが来て、そしてそのことにより私はひきこもり生活に終止符を打つ決断がついた。
魂の傷と社会活動の組み合わせの前座的な感じで、私は名古屋生活の強制終了のカウントダウンが始まってるとも知らずに、当時派遣の仕事を新たに始める。
当初は食べていくための仕事(派遣)と自分の個人活動を連動させる予定で社会復帰したわけだけれど、まさかの派遣の仕事で、社内における仕事に支障が色々出たレベルでの嫌がらせを受け、契約は更新せずに5ヶ月で辞めた。
私は1年は続けようと思っていたから、青天の霹靂だった。
その後も私は名古屋に残る気満々で仕事を探したし、あれこれ応募や面接を重ねた。
だけど、なぜか内々定みたいな感じで決まりそうだった仕事も落ち、急募で短期の仕事も落ち、他にも落ち、この時に「何か物事はとんでもない方向に向かっている気がする」と薄ぼんやりと思うぐらいの事態に入っていった。
>2016年(37歳)
・DEC水瓶座ー私の金星 合
・木星乙女座ー私のドラゴンヘッド乙女座 合
・金星魚座+海王星魚座8ー火星魚座 合
読み解くと。
・人間関係を表す地平線軸に恋愛や自分の美意識の価値観が関わる金星が重なっている。
人間関係や恋愛において何か変化が訪れやすい。
・魂的な課題が大きく広がっていく配置。
・愛にまつわるものと目に見えない世界とが融合し、その部分がいつも以上に強調されやすい。あと、海王星と火星が重なることで、引き続きスピリチュアル的なことが広がっていきやすい。
実際にあったことは。
2月末で名古屋の派遣の仕事を辞めて、その後もなぜか仕事が全く決まらず(今振り返ると、内々定のものと急募の短期のものとが通らなかった時点で、すでにもう道が違うよのサインだったと思う)、そのうちどう考えても経済が成り立たず、新潟の両親を頼る=絶対に避けたかった新潟戻りの運びになる。
たしかに、軸の上に天体が乗っただけあって、ヘビーだった。
ペンジュラムに出逢ったのも新潟に帰る直前の5月のことで、まさかそこからじわじわとスピ的な力が鍛えられてどんどん出てくるとは想像もしていなかった。
新潟に戻ってきてしばらくはニートだったけれども、その後派遣の仕事が決まって9月から働き始めた。
これは翌年17年のことにも関わってくるけれども、私はその仕事の時に自分のこれまでの社会人経験や学びの経験、大学での専門的な学びと、全てを組み合わせないとやれないような超特殊な役割を務めることになった。
某事業の事務的な仕事として入ったはずなのに、私が頼まれてしたことは事務でもなければ、日本中探してもそうそう存在しない不思議な仕事だった。
(もしかしたら、本気でオンリーワンの仕事かもしれない)
最近のブログに書いたけれど、この年、まさに新潟に戻った日、ドラゴンヘッドが私の生まれた時のドラゴンヘッドに帰ってきた。
ノード回帰と呼ばれるその時は、魂絡み的なことが起こりやすい、それも人知を超えてのレベルで起こる、一種の転機を迎える場合が多いとされている。
たしかにその通りになった。
あと、やたらと恋愛だの愛だのというところが強調されてたのに、何もなかったなぁと思った。
よくよく思い出すと、「もしやこれのこと?」というのが2つあった。
1つは見合い的なものに行ったこと。
ちなみに見合いは、本当の目的は見合いではなかった、と思っている。
私が勝手に思っているのは、相手の方のどこにも吐き出せなかった心の痛みを聞いてくることがその時間の1番の目的で、そしてそのために引き合わせられたと思う。
余談だけれど、この時にしたことがある意味私の今後の仕事のお試しじゃないけれど、その手の仕事になるよというお知らせだったのかなと思う。
今年2018年の7月にホロスコープ鑑定に行った時に、2016年の9月にいよいよスピリチュアル的な側面が私の人生において解禁、スタートした流れに入ったと説明されて、その2、3ヶ月後にそのお見合い的な会があった。
そしてそれよりも前に、迷子になったおかげで2017年の出逢いの場所の下見に行くことにもなった。
当時は何てことない点でしかなかったことが、後に爆発的な出来事に発展するんだから凄い。
この年のもう1つの出来事は、いつか占いのおばちゃんが説明してくれた通りのことを指してるんじゃないかな…と今回振り返ってみて思った。
この新潟に戻る前後は、私にとって絶体絶命のような状況で、その時にひょんなことから短期間ではあったけれど、連絡を取り合った人がいる。
おばちゃんがいつか説明してくれたことはこうだった。
現実的な婚姻関係を結ぶとかはなくても、あなたが本当に困った時苦しい時に現れて、それであなたを支えてくれたり守ってくれたりする人だと。
記憶が曖昧だけど、新潟に帰ると決める少し前あたりから新潟に帰って仕事が決まるまでぐらいの数ヶ月間、何てことはないやりとりを時々していた。
細かなやりとりは忘れたけれども、このやりとりのおかげで、自分の中で納得できたことがあったのと、本当に少しずつでいいから私は私の人生を生きていくんだなってようやく自分の中で腹決めできるようになっていった。
>2017年(38歳)
・ASC(地平線軸)天秤座+木星天秤座ー私の冥王星天秤座+私のバーテックス天秤座
・水星牡羊座6ー私の水星牡羊座 合
・火星牡牛座7ーキロン牡牛座 合
【注釈】
バーテックスは、周りの人たちから求められている役割を指して、やりたいやりたくないに関係なく、やらざるを得ない状況になるものを指す。
私の場合、冥王星とバーテックスがものすごく近くにあることで、占星術の先生いわく「カルマ絡みのことで回ってくる役回り」、輪廻転生の中で縁のある人たちとの結びつきによる仕事を意味してたりもするらしい。
この年は色々強い天体の配置が重なっていた。
地平線軸に天体が乗る時、特にトランスサタニアンと呼ばれる、天王星・海王星・冥王星が乗ると、とにかく色んなことが読めない出方をするのと、個人の力ではどうにもできないことが起こってきやすい。
天災なんかもそこに含まれる。
だから、個人レベルでも天災レベル級のことが起こってくる、と読める。
災害という意味ではなく、パワー的にそれだけ強いものが起こりやすい、という意味で。
そして、今回私の場合は、「破壊と再生」「生と死」「変容」を象徴する、ホロスコープ界では一番恐れられている冥王星が乗っている。
だから、天変地異のような、私の中の究極の変容を促すようなことを体験しやすいと読める。
この年の水星同士の重なりは、細かく読むと、潜在意識やスピリチュアルな世界の知性と仕事における知性とが合体する、と読み解ける。
魂の傷であるキロンは、潜在意識やスピリチュアルなことに関する傷とパートナーシップの中で生まれる魂の傷、その2つが組み合わさったもの。
上記3点以外にも、空の冥王星が生まれた時の冥王星と90度の角度になって、いわゆる中年の危機にも入っていて、残りの人生半分を生きていくための徹底的な調整が図られる。
そんなこんなの要素を兼ね備えたその年、要は去年、何があったかと言えば、一番大きかったのはある男性との出逢い。
本当に解釈通りのことが起こった。
その人が人生に登場したことで私の人生は大きく変わった。
日々の生活は一見同じように見えるけれど、内面の変化は究極を極めた。
気持ち的に悲しいことも辛いこともあったけれど、全体としてはとても良い感じだった。
生きることに関してあまり積極的ではない私が本気で毎日朝を迎えるだけで嬉しくて夜眠る前は「今日も良い1日だった!」と気持ちを高揚させて最高の日々を送っていた。
究極の変容のプロセスを体験していた。
そして、ずっとずっとあきらめていた、誰かを好きになるとか誰かを大切に思うとか、そういう経験をすることができた。
私からすると、この年はそれまで生きてきたすべての苦い経験が還元されて、代わりに人生のごほうびがプレゼントされた気分だった。
ここまでよくがんばったね!じゃあその印にこの出逢いを贈るね、絶対に気に入ると思うよ、と言われている気分だった。
付き合えてもないのに、なんなら迷惑がられ、嫌われてたんじゃないか疑惑まで浮上しているにも関わらず、私は人生の中で1番の至福体験を日々体験していた。
>2018年(39歳)
・月牡牛座ー私のキロン牡牛座 合
無意識に刻まれている魂の傷の修復。
しかもその傷は、自分の資質や感性にも関係している。
そしてそれは、心の拠り所にも関係している。
これまでの激しいものたちと比べて、今年はとても落ち着いていると思う。
で、今年の大きなことは、ホロスコープを学び始めたことと、ヒーリングのことを学び始めたこと、そして自分の能力に気付いたこと。
落ち着いている理由は、次の2020年に向けて準備するためだと思う。
2020年は春分図に始まり、その後「トリプルコンジャンクション」と呼ばれる木星と土星と冥王星がほぼほぼ同じような位置に並ぶ。
12月にそのトリプルコンジャンクションが出現すると思うけれど、その頃になると下のような感じになる。
【2020年12月のある日の星回り】
・土星ー私のMC 合
・木星ー私のMC 合
(これは直接的な「合」にはならないけれど、空の冥王星も「トリプルコンジャンクション」と呼ばれるだけあって私のMCの近くにいる)
・海王星ー私の太陽 合
・海王星ー私のドラゴンテイル 合
・海王星ー私のドラゴンヘッド オポジション(180度)
・キロンー私の水星 合(角度差2.32度と他より広め)
・天王星ー私のキロン 合
・金星ー私のDEC 合
・火星ー私の冥王星 オポジション
・火星ー私のバーテックス オポジション
[注釈]
・・MC…社会的役割を意味する子午線軸
(私の場合、『お茶の葉を読む女』)
・・DEC…他者との関係性を表す地平線軸
・・ドラゴンヘッド…魂の課題
・・キロン…魂の傷(傷となっているものに対し対峙することでしか癒せないものとされている。私の場合、自分の持って生まれたものに対しての傷で、それはスピリチュアル的なものとされている)
・・バーテックス…周りからやって欲しいと要請があったり、やらざるを得ない社会的役割
意味がわからなくても、通常の2倍3倍、今年2018年と比べたら10倍の天体エネルギーが2020年の師走には集結するわけで、何もなく淡々と日々が過ぎるとは考えにくい。
軸は3本に天体、しかもそのうち2つは重たい天体たちが乗るし、ドラゴンヘッドやキロンと言った魂絡みのものたちももれなく参戦、しかも個人の意志ではどうにもできないとされるトランスサタニアンの御三家(天王星・海王星・冥王星)が何かしらのものと関わっている。
太陽もMCも関わる=社会的なものに大きく影響が出る、と予測できる。
一言で言うと、「怖い」((((;゚Д゚)))))))。
さすがに何年もわけのわからない流れに翻弄されてきたから、学んだ。
自分の意思に沿わないことは辞めとこうと。
自分でもわかる。
頭では理解できないことばかりだけれど、もし大きく道が外れると「それ違います」と言わんばかりの出来事が人生に投下されてくる。
これは怖い。
不可抗力に抵抗すると、さらにしんどいものが日々の生活にもたらされる。
で、なぜにこのタイミングでホロスコープがやってきたのかもそれを見るとわかる。
ホロスコープが来て一番大きく私の中で変わったことは、「自分の意志とは関係なく物事が起こりやすい」という自分の人生そのものの特徴を理論的に理解できたこと。
これまでは「なぜ起こるのか」がわからなくて、わからないならまだしもそれが自分を責めてしまうきっかけの1つにもなっていた。
色々不具合だらけなのは、自分の何かがいけないんだと思い込んでいた。
でも、そういうことでもなかった。
何か壮大な計画があって、それに沿って自分の人生が回っていると考える方がしっくりとくるし、そしてその意味をホロスコープを知ったことで理解することができた。
トランスサタニアンの御三家と関わると、どんなに優秀でできる人であっても、何か大きな意志によるものに巻き込まれる。
(私が優秀でできる人ではなく、そういうタイプの人でも巻き込まれちゃうよという意味)
それは私の例から見ても良くも悪くもであって、必ずしも悪いこととは限らないけれども、とにかくもう自分個人の意志ではどうにもできないようなことが生まれる。
それを知るのと知らないのとでは全然違う。
今そうしたことを理論的に知った私は、心の準備もできるし、不要に自分を責めなくて良くなる。
例えば、塾で働いていた時、10回近く退職願を出したにも関わらず、辞めさせてもらえなかった経緯がある。
普通に考えておかしいし、さらに言えば辞めさせてもらえる人は辞めれて、私はなぜ辞めさせてもらえないのかの明確な理由がわからなかった。
この辺りは今でも真相は知らないけれども、当時きつかったことの1つに、そうした状況が全く理解されず好き放題に周りからあれこれ言われてしまうことだった。
ただでさえ精神的に相当追い詰められているところにプラスしてもっと追い詰められる。
そんなの無視しておけば良かったと思うけれど、余裕のない時はそんな風に気が回らない。
ちなみにそういうことは、この10年弱で色んな形で体験した。
でも今ならわかる。
自分の身に起こってくることは、到底日本中でそれが当たり前とか常識と信じられてることからは大きく外れていて、何で?とかどうしたらそうなる?とか、そんなの誰も説明できないようなものであること。
そうした特徴を帯びている人生だと知ることは、私にとってはとても大きなことだった。
もしホロスコープを知らないまま2020年を迎えることになっていたのなら、精神的に相当きつい時間を送ったのではないかと思う。
この情報があるのとないのとでは全然違う。
ちなみに私は、2020年の星に関しては細かくは読み解かない。
パッと見て「影響特大」なのはわかったから、もう細かく分析したところでどうしようもない。
もし読み解く必要があればそれ相応の知識を専門的に得るだろうと思っている。
それよりも、いかに自分が心も体も健やかにその時を迎えられるかの方が重要だから、そのために今年や来年があるんじゃないかと思っている。
【追記】
2020年以降、世の中でこれまで常識だと信じられてきたことが覆ったり、政治・経済・外交・貨幣価値なんかが大きく変わるだろうと言われているのは、このトリプルコンジャンクションと呼ばれる天体的な影響もかなり関係していると思う。
昨日人に説明していて気付いたけれど、トリプルコンジャンクションの1つ、冥王星は公転周期が249年。
だから、今生きている人たち、生まれたばかりの赤ちゃんや今おなかの中に宿ったばかりの赤ちゃん含めて、今の空模様の下で生きていくのは、最初で最後になる。
今と同じ配置にはならないにしても、冥王星が今ある位置と同じ場所に戻ってくるのは、単純に数えて今から249年後となる。
(実際にある地点のある瞬間と同じホロスコープの配置になるには、2万6千年の時を経ないと同じにならないと言われている)
木星と土星が重なり合うのは20年に1回ぐらいのペースで起こるらしい。
でもその重なり合う位置が山羊座の終わり、水瓶座の手前で重なるなんて次はいつか知らないし、さらにそのすぐ近くに冥王星がいるなんてのは、私はそこまで調べないから知らないけれど、多分生きているうちでは最初で最後だと簡単に想像できる。
そんな時の空模様と自分の生まれた時の空模様がいくつも重なるわけだから、影響が未知数なのは言うまでもない。
そして少なくとも、空の上では遅い天体周期が互いに近づくという滅多に起こらないことが起こる=世の中的にも色んな変化を経験することになるのはわかる。
ちょっと今調べたら、冥王星が射手座から山羊座に移動したのは2008年。
真っ先に思い浮かんだことは、リーマンショック。
世界の経済に大きな影響を与えた出来事。
冥王星が山羊座から水瓶座に移動するのは2023年。
そしてその前の2020年に木星と土星と冥王星で強力タッグを組むわけだから、過渡期の時は相当混乱が見込まれる。
だからこそ、個人の生き方が問われる時代に入っていくんだと思う。
政治や会社、大きな組織の旧然体質や隠ぺい工作的なものが今どんどん暴かれているのは、もうそうした悪しき習慣を新しい時代に持っていけないから、そのための調整が入っている、私はそう思って見ている。
まぁとにかく外側のことは何もできないから、自分にできる自分の内面を見ることや自分ができる範囲の行動を清く正しく美しく行えるような、そういうことを目指していきたい。
(道が外れたら大幅に修正が為されるだろうから、そこは痛みを猛烈に伴いそうだから避けたいのが本音。清く正しく美しく生きたいというよりも痛いのは嫌だから避けたいだけ( ̄∇ ̄))
今回も引き続き、ホロスコープの春分図と自分の生まれた時のホロスコープを重ね合わせての検証。
完全に個人の備忘録。
「びぼう」と入れたら「美貌」と最初にヒットした(笑)。
美貌録ならいいけれど、美貌の美の字もない内容です。
良かったらお付き合いください。
(何の得もないですが…)
>2013年 (34歳)
・天王星牡羊座+火星牡羊座ー私の水星牡羊座 合
・ドラゴンヘッド蠍座ー私のDEC蠍座 合
(すぐ近くに私の天王星蠍座もある)
以上から読み解けるのは、
・改革の星天王星と野心的に活動する火星と知性やコミュニケーションを表す水星とが、労働や奉仕のところにある。
牡羊座=何かを新しく始めるエネルギーに満ちていることから、仕事で新しい分野を切り開いたり、自分が必要な知的活動を仕事と絡めて行ったりすることが考えられる。
・自分の頑固さを改めることが魂的なテーマになっていて、具体的には人間関係においての頑固さやこだわりを柔軟にすることが鍵になる。
この年に実際にあったのは、まず1つは派遣の仕事を始めたこと。
この年だけで2ヶ所の職場に行っていて、すごく対照的な職場で色々勉強になった。
ちなみに私がその後も派遣で働くことができたのは、1ヶ所目の職場がすごく良かったからだった。
人間関係がすごく良くて、それぞれの立場の人たちの役割がはっきりとしていて、とにかく上の人の采配がすごく良かった。
普段はそれぞれのやり方でやりやすいようにやって下さい、という感じで仕事を任せてくれて、いざトラブルが起こるとすぐに飛んできてくれて対応を代わってくれた。
残念なことに仕事の期間が最初から決まっていたから私はそこには3ヶ月しかいなかった。
その後2ヶ所目の派遣に行ったけれど、そこが最悪だった。
他のベテランの派遣の人たちはめちゃくちゃ仕事ができる人たちだったけれども、社員の人たちの多くがしょうもなさ過ぎた。
そこで初めて知ったけれども、基本的に派遣の人たちは何かしらの事情で一度はどこかの職場の正社員の立場を離れている。
で、ビックリするぐらいに仕事ができる人たちばかりだった。
だから、私は基本的な知識は派遣の人たちによく教えてもらってた(社員の人たちは、知識さえもうろ覚えな人たちがいて、本気で驚いたー!っていうか自分の不勉強が客に迷惑がかかるっていうのがなぜわからない?とよく思ってた)。
正社員の人たちに聞かなきゃいけない時は聞いていたけれども、みんな外の世界を知らないせいかトンチンカンな対応ばかりで、いつも「えっ?」と思ってた。
これ大口顧客の会社の重役出てきちゃうよ!というクレームが入った(←私はよくそういう電話に当たってた)。
誰がどう見ても私が行っている派遣先の会社側のミスだった。
しかも有り得ないミスで、本来ならこちらが菓子折りの1つでも携えて上の人が謝罪に行かなきゃいけないレベルの内容だった。
当然、クレーム内容はこちら側できちんと対応してお客さんにおかしな被害が出ないように対処することが普通。
それをなんと、ルールから逸れて申込をしたお客さんが悪いとなって(お客さんは会社の指示通りの手順を踏んだだけで完全な被害者)、それを私に何度もお客さんに向かって説明させ(←すげーやば!って思う案件なのに派遣に説明させるバカ会社)私もひたすら平謝りしながらも上から言われた通りの対応をした。
案の定、お客さん=大口顧客から再度電話きてもう一度対応の検討をお願いされ(←お客さん悪くないのに、お客さんがお願いするという)、それでも同じ塩対応を丁重に私が再度説明するという、本当に「何これ?」と思った。
本気で申し訳なさすぎて、私が謝れることはとにかく謝ったし、できることがあるならやりますとも言った(できると言っても、上の上に繋げるぐらい)。
私はその時点で、これ特大クレームになるよ、とはっきりとわかったから、それも上の社員の人たちに報告したけれど「うちの部署の間違いじゃないから」と取り合わず。
この人たち、お客さんから見たらどの部署の間違いかなんて関係なくて、この会社の対応としてしか見てないですけど!ということがわかんないのかな?と心の中では相当罵倒していたけれども、もう手の出せる範疇にないから、私は「これはクレームが来なきゃわからないんだな」と思った。
そしてどう考えても何一つ問題は解決してないどころかお客さんにお金の損失が出ることまでが明らかだったから(←なのに動かない鈍感さ)、言っても我関せずで無視されるから、もうあとはなるようにしかならないと思って他の仕事に移った。
1時間もしないうちに、大口顧客(大企業)の理事的な人から電話が来た。
あのアホな塩対応に関してのクレームと改善依頼を言われ、当然上の方の重大案件に一気に変わり、その後上の人が超丁重に謝罪し、内部のおバカななすりつけ対応に対してすぐにメスを入れて、お客さんには絶対に迷惑がかからないように対応が為されることに変わった。
というようなことが往々にして起こりまくって、私もすごい引きで、よくそういう変な案件に当たっていた。
これは今だから思うことだけれど、塾+派遣の顧客対応系のコールセンターや電話の仕事をしたことで、物事の本質を見る練習にものすごくなった。
私は良くも悪くもルールを遵守することよりも、その時々のルールに当てはまらない対応に当たることが圧倒的に多くて、だから色んなことを頭の中で総動員してそこからまずはやれそうなことを考えたり、他の人たちにおかしいと思ったら即相談報告する機会がたくさん与えられた。
常識に当てはまらない改革的な知性がバンバンと鍛えられた仕事だったのは間違いない。
もう1つこの年の内容にぴったりだと思うことは、写経もどきの書き写しだった。
あの本格的なお経を写す写経ではなくて、読んだ本の中で気に入った言葉や考え方があったらそれをひたすらルーズリーフかノートに書き写す。
私は元々20代の頃からそれを小さな習慣として気が向いた時にだけやっていた。
当時は小さなメモ帳2冊分しか溜まってなくて、それでも十分満足していた。
2013年あたりから本格的にそれを始めて、きちんと数えたことないけれど、1000枚分の紙に書き写した。
(↑基本的にハマると、異常なほどの数や量をやってしまう傾向がある)
この写経もどきは本当に大切で、私がこれから何をするにしても私の土台の一部、知性の部分になってくれる。
知性磨きをしてたなぁと思う(←「知性磨き」という言葉にうっとり♡…いつもながら目的がおかしい)。
ちなみに当時、私は仕事帰りに名古屋で一番大きな図書館に寄って、写経もどきを大きな木の見える窓の前の個人机でしたり、次の読む本を探したりしていた。
そう、仕事帰りにまでやるぐらいに私は楽しく写経もどきと読書に取り組んでいた。
>2014年(35歳)
・月蠍座ー私のDEC蠍座 合
無意識の部分を表す月と人間関係を表す地平線軸が重なっている。
そして、そこは蠍座。
蠍座は自分の命を懸けて特定のものを大切にしたり、特定の人と一体化することを望んだり、それらのために変容することをいとわなかったりする。
人間関係も狭くそして深くなる。
その年の秋から、私はそれから13ヶ月にも及ぶ引きこもりを始めた。
その時期に、色んな人間模様を冷静に見るようになった。
そして、人間関係において、本当に縁のある人たちしか残らない流れに入っていった。
>2015年(36歳)
・MC山羊座とIC蟹座ー私のMC山羊座とIC蟹座と合
・海王星魚座ー私の火星魚座 合
・キロン魚座ー私の太陽魚座 合
・月牡羊座ー私の水星牡羊座 合
読み解き
・軸同士が重なる=軸の意味が強調される。
この場合の意味は、起こっている現象や目に見えているものからメッセージを紐解くこと、そして広い視野で通用する価値観と自分の価値観とを照らし合わせて比較すること、その2つがカギになる。
・海王星と火星が重なると、スピリチュアルな力や知識が高まると言われている。しかも魚座だから、余計と無意識や精神世界に関するものに関わるから、より一層のスピリチュアル的な体験が増えると読める。
・魂の傷と社会活動に関わる部分とが重なり合う。自分の今世のテーマが浮かび上がりやすい。
・無意識の内に宿している知性と自分の知性とを掛け合わせて、さらに知性を深めていく。それらを自分の気の合う人たちと共有する流れにある。
この年に実際にあったこと。
ひきこもりは相変わらず継続していたけれど、ひきこもりはひきこもりでも日々色んなことをやっていた。
その日々やっていたことの中で、その上の読み解きと重なる象徴的なことが、ブログを2本毎日書いたことと、朝起きてすぐに日記のようなものを書き続けたことが挙げられる。
日記のようなものは、厳密には日記ではなく、心の中に思い浮かぶものをひたすら書いていた。
2本のブログは、1本はこれだし、もう1本は心理関係のことで自分が実際に使ってみて効果のあったことをひたすら実体験を交えて書いていた。
余談だけど、心理関係のブログで私が気をつけていたのは、自分の体験とスピリチュアル的な教えを相互に結びつけて、とにかく誰が読んでもわかるように心掛けた。
精神世界の本の多くは、抽象的な話が多くて、「で、何をするの?」というのが往々にしてある。
例えば「怒りを抑え込まず、解放しましょう」なんてのはよくある教えの1つ。
「怒りの解放」と言われてピンとくる人はいいけれど、私はピンとこない人。
だから色々実験的に自分で心理ワークをしたり日常の場面でも何か思いついた方法を実践する他なかった。
そして、不特定多数に向けて発信するブログという媒体で書いていたことが、自分の知性を気の合う人たちと共有するに当てはまるかなぁと思う。
実際に、ブログを通じて何人かの人たちとはやりとりがあった。
ちなみにこの作業の土台には、例の写経もどきも大いに役立った。
写経の途中からは、精神世界や自己啓発、心理系の本よりも、作家さんやエッセイストの方たちの日記本を読むようになって、そこからの引用が増えた。
その人たちの日常と精神世界の教えとが重なって、そういう部分をやたらと読み拾いしていることにある時気付いた。
だから、その辺のこと、よく言えば無意識下にある知性やスピリチュアル的なことが色々と組み合わせられるようになっていった。
そして、このブログは思ってもみない方向に話が進んだ。
このブログによって、外部の人からコンタクトが来て、そしてそのことにより私はひきこもり生活に終止符を打つ決断がついた。
魂の傷と社会活動の組み合わせの前座的な感じで、私は名古屋生活の強制終了のカウントダウンが始まってるとも知らずに、当時派遣の仕事を新たに始める。
当初は食べていくための仕事(派遣)と自分の個人活動を連動させる予定で社会復帰したわけだけれど、まさかの派遣の仕事で、社内における仕事に支障が色々出たレベルでの嫌がらせを受け、契約は更新せずに5ヶ月で辞めた。
私は1年は続けようと思っていたから、青天の霹靂だった。
その後も私は名古屋に残る気満々で仕事を探したし、あれこれ応募や面接を重ねた。
だけど、なぜか内々定みたいな感じで決まりそうだった仕事も落ち、急募で短期の仕事も落ち、他にも落ち、この時に「何か物事はとんでもない方向に向かっている気がする」と薄ぼんやりと思うぐらいの事態に入っていった。
>2016年(37歳)
・DEC水瓶座ー私の金星 合
・木星乙女座ー私のドラゴンヘッド乙女座 合
・金星魚座+海王星魚座8ー火星魚座 合
読み解くと。
・人間関係を表す地平線軸に恋愛や自分の美意識の価値観が関わる金星が重なっている。
人間関係や恋愛において何か変化が訪れやすい。
・魂的な課題が大きく広がっていく配置。
・愛にまつわるものと目に見えない世界とが融合し、その部分がいつも以上に強調されやすい。あと、海王星と火星が重なることで、引き続きスピリチュアル的なことが広がっていきやすい。
実際にあったことは。
2月末で名古屋の派遣の仕事を辞めて、その後もなぜか仕事が全く決まらず(今振り返ると、内々定のものと急募の短期のものとが通らなかった時点で、すでにもう道が違うよのサインだったと思う)、そのうちどう考えても経済が成り立たず、新潟の両親を頼る=絶対に避けたかった新潟戻りの運びになる。
たしかに、軸の上に天体が乗っただけあって、ヘビーだった。
ペンジュラムに出逢ったのも新潟に帰る直前の5月のことで、まさかそこからじわじわとスピ的な力が鍛えられてどんどん出てくるとは想像もしていなかった。
新潟に戻ってきてしばらくはニートだったけれども、その後派遣の仕事が決まって9月から働き始めた。
これは翌年17年のことにも関わってくるけれども、私はその仕事の時に自分のこれまでの社会人経験や学びの経験、大学での専門的な学びと、全てを組み合わせないとやれないような超特殊な役割を務めることになった。
某事業の事務的な仕事として入ったはずなのに、私が頼まれてしたことは事務でもなければ、日本中探してもそうそう存在しない不思議な仕事だった。
(もしかしたら、本気でオンリーワンの仕事かもしれない)
最近のブログに書いたけれど、この年、まさに新潟に戻った日、ドラゴンヘッドが私の生まれた時のドラゴンヘッドに帰ってきた。
ノード回帰と呼ばれるその時は、魂絡み的なことが起こりやすい、それも人知を超えてのレベルで起こる、一種の転機を迎える場合が多いとされている。
たしかにその通りになった。
あと、やたらと恋愛だの愛だのというところが強調されてたのに、何もなかったなぁと思った。
よくよく思い出すと、「もしやこれのこと?」というのが2つあった。
1つは見合い的なものに行ったこと。
ちなみに見合いは、本当の目的は見合いではなかった、と思っている。
私が勝手に思っているのは、相手の方のどこにも吐き出せなかった心の痛みを聞いてくることがその時間の1番の目的で、そしてそのために引き合わせられたと思う。
余談だけれど、この時にしたことがある意味私の今後の仕事のお試しじゃないけれど、その手の仕事になるよというお知らせだったのかなと思う。
今年2018年の7月にホロスコープ鑑定に行った時に、2016年の9月にいよいよスピリチュアル的な側面が私の人生において解禁、スタートした流れに入ったと説明されて、その2、3ヶ月後にそのお見合い的な会があった。
そしてそれよりも前に、迷子になったおかげで2017年の出逢いの場所の下見に行くことにもなった。
当時は何てことない点でしかなかったことが、後に爆発的な出来事に発展するんだから凄い。
この年のもう1つの出来事は、いつか占いのおばちゃんが説明してくれた通りのことを指してるんじゃないかな…と今回振り返ってみて思った。
この新潟に戻る前後は、私にとって絶体絶命のような状況で、その時にひょんなことから短期間ではあったけれど、連絡を取り合った人がいる。
おばちゃんがいつか説明してくれたことはこうだった。
現実的な婚姻関係を結ぶとかはなくても、あなたが本当に困った時苦しい時に現れて、それであなたを支えてくれたり守ってくれたりする人だと。
記憶が曖昧だけど、新潟に帰ると決める少し前あたりから新潟に帰って仕事が決まるまでぐらいの数ヶ月間、何てことはないやりとりを時々していた。
細かなやりとりは忘れたけれども、このやりとりのおかげで、自分の中で納得できたことがあったのと、本当に少しずつでいいから私は私の人生を生きていくんだなってようやく自分の中で腹決めできるようになっていった。
>2017年(38歳)
・ASC(地平線軸)天秤座+木星天秤座ー私の冥王星天秤座+私のバーテックス天秤座
・水星牡羊座6ー私の水星牡羊座 合
・火星牡牛座7ーキロン牡牛座 合
【注釈】
バーテックスは、周りの人たちから求められている役割を指して、やりたいやりたくないに関係なく、やらざるを得ない状況になるものを指す。
私の場合、冥王星とバーテックスがものすごく近くにあることで、占星術の先生いわく「カルマ絡みのことで回ってくる役回り」、輪廻転生の中で縁のある人たちとの結びつきによる仕事を意味してたりもするらしい。
この年は色々強い天体の配置が重なっていた。
地平線軸に天体が乗る時、特にトランスサタニアンと呼ばれる、天王星・海王星・冥王星が乗ると、とにかく色んなことが読めない出方をするのと、個人の力ではどうにもできないことが起こってきやすい。
天災なんかもそこに含まれる。
だから、個人レベルでも天災レベル級のことが起こってくる、と読める。
災害という意味ではなく、パワー的にそれだけ強いものが起こりやすい、という意味で。
そして、今回私の場合は、「破壊と再生」「生と死」「変容」を象徴する、ホロスコープ界では一番恐れられている冥王星が乗っている。
だから、天変地異のような、私の中の究極の変容を促すようなことを体験しやすいと読める。
この年の水星同士の重なりは、細かく読むと、潜在意識やスピリチュアルな世界の知性と仕事における知性とが合体する、と読み解ける。
魂の傷であるキロンは、潜在意識やスピリチュアルなことに関する傷とパートナーシップの中で生まれる魂の傷、その2つが組み合わさったもの。
上記3点以外にも、空の冥王星が生まれた時の冥王星と90度の角度になって、いわゆる中年の危機にも入っていて、残りの人生半分を生きていくための徹底的な調整が図られる。
そんなこんなの要素を兼ね備えたその年、要は去年、何があったかと言えば、一番大きかったのはある男性との出逢い。
本当に解釈通りのことが起こった。
その人が人生に登場したことで私の人生は大きく変わった。
日々の生活は一見同じように見えるけれど、内面の変化は究極を極めた。
気持ち的に悲しいことも辛いこともあったけれど、全体としてはとても良い感じだった。
生きることに関してあまり積極的ではない私が本気で毎日朝を迎えるだけで嬉しくて夜眠る前は「今日も良い1日だった!」と気持ちを高揚させて最高の日々を送っていた。
究極の変容のプロセスを体験していた。
そして、ずっとずっとあきらめていた、誰かを好きになるとか誰かを大切に思うとか、そういう経験をすることができた。
私からすると、この年はそれまで生きてきたすべての苦い経験が還元されて、代わりに人生のごほうびがプレゼントされた気分だった。
ここまでよくがんばったね!じゃあその印にこの出逢いを贈るね、絶対に気に入ると思うよ、と言われている気分だった。
付き合えてもないのに、なんなら迷惑がられ、嫌われてたんじゃないか疑惑まで浮上しているにも関わらず、私は人生の中で1番の至福体験を日々体験していた。
>2018年(39歳)
・月牡牛座ー私のキロン牡牛座 合
無意識に刻まれている魂の傷の修復。
しかもその傷は、自分の資質や感性にも関係している。
そしてそれは、心の拠り所にも関係している。
これまでの激しいものたちと比べて、今年はとても落ち着いていると思う。
で、今年の大きなことは、ホロスコープを学び始めたことと、ヒーリングのことを学び始めたこと、そして自分の能力に気付いたこと。
落ち着いている理由は、次の2020年に向けて準備するためだと思う。
2020年は春分図に始まり、その後「トリプルコンジャンクション」と呼ばれる木星と土星と冥王星がほぼほぼ同じような位置に並ぶ。
12月にそのトリプルコンジャンクションが出現すると思うけれど、その頃になると下のような感じになる。
【2020年12月のある日の星回り】
・土星ー私のMC 合
・木星ー私のMC 合
(これは直接的な「合」にはならないけれど、空の冥王星も「トリプルコンジャンクション」と呼ばれるだけあって私のMCの近くにいる)
・海王星ー私の太陽 合
・海王星ー私のドラゴンテイル 合
・海王星ー私のドラゴンヘッド オポジション(180度)
・キロンー私の水星 合(角度差2.32度と他より広め)
・天王星ー私のキロン 合
・金星ー私のDEC 合
・火星ー私の冥王星 オポジション
・火星ー私のバーテックス オポジション
[注釈]
・・MC…社会的役割を意味する子午線軸
(私の場合、『お茶の葉を読む女』)
・・DEC…他者との関係性を表す地平線軸
・・ドラゴンヘッド…魂の課題
・・キロン…魂の傷(傷となっているものに対し対峙することでしか癒せないものとされている。私の場合、自分の持って生まれたものに対しての傷で、それはスピリチュアル的なものとされている)
・・バーテックス…周りからやって欲しいと要請があったり、やらざるを得ない社会的役割
意味がわからなくても、通常の2倍3倍、今年2018年と比べたら10倍の天体エネルギーが2020年の師走には集結するわけで、何もなく淡々と日々が過ぎるとは考えにくい。
軸は3本に天体、しかもそのうち2つは重たい天体たちが乗るし、ドラゴンヘッドやキロンと言った魂絡みのものたちももれなく参戦、しかも個人の意志ではどうにもできないとされるトランスサタニアンの御三家(天王星・海王星・冥王星)が何かしらのものと関わっている。
太陽もMCも関わる=社会的なものに大きく影響が出る、と予測できる。
一言で言うと、「怖い」((((;゚Д゚)))))))。
さすがに何年もわけのわからない流れに翻弄されてきたから、学んだ。
自分の意思に沿わないことは辞めとこうと。
自分でもわかる。
頭では理解できないことばかりだけれど、もし大きく道が外れると「それ違います」と言わんばかりの出来事が人生に投下されてくる。
これは怖い。
不可抗力に抵抗すると、さらにしんどいものが日々の生活にもたらされる。
で、なぜにこのタイミングでホロスコープがやってきたのかもそれを見るとわかる。
ホロスコープが来て一番大きく私の中で変わったことは、「自分の意志とは関係なく物事が起こりやすい」という自分の人生そのものの特徴を理論的に理解できたこと。
これまでは「なぜ起こるのか」がわからなくて、わからないならまだしもそれが自分を責めてしまうきっかけの1つにもなっていた。
色々不具合だらけなのは、自分の何かがいけないんだと思い込んでいた。
でも、そういうことでもなかった。
何か壮大な計画があって、それに沿って自分の人生が回っていると考える方がしっくりとくるし、そしてその意味をホロスコープを知ったことで理解することができた。
トランスサタニアンの御三家と関わると、どんなに優秀でできる人であっても、何か大きな意志によるものに巻き込まれる。
(私が優秀でできる人ではなく、そういうタイプの人でも巻き込まれちゃうよという意味)
それは私の例から見ても良くも悪くもであって、必ずしも悪いこととは限らないけれども、とにかくもう自分個人の意志ではどうにもできないようなことが生まれる。
それを知るのと知らないのとでは全然違う。
今そうしたことを理論的に知った私は、心の準備もできるし、不要に自分を責めなくて良くなる。
例えば、塾で働いていた時、10回近く退職願を出したにも関わらず、辞めさせてもらえなかった経緯がある。
普通に考えておかしいし、さらに言えば辞めさせてもらえる人は辞めれて、私はなぜ辞めさせてもらえないのかの明確な理由がわからなかった。
この辺りは今でも真相は知らないけれども、当時きつかったことの1つに、そうした状況が全く理解されず好き放題に周りからあれこれ言われてしまうことだった。
ただでさえ精神的に相当追い詰められているところにプラスしてもっと追い詰められる。
そんなの無視しておけば良かったと思うけれど、余裕のない時はそんな風に気が回らない。
ちなみにそういうことは、この10年弱で色んな形で体験した。
でも今ならわかる。
自分の身に起こってくることは、到底日本中でそれが当たり前とか常識と信じられてることからは大きく外れていて、何で?とかどうしたらそうなる?とか、そんなの誰も説明できないようなものであること。
そうした特徴を帯びている人生だと知ることは、私にとってはとても大きなことだった。
もしホロスコープを知らないまま2020年を迎えることになっていたのなら、精神的に相当きつい時間を送ったのではないかと思う。
この情報があるのとないのとでは全然違う。
ちなみに私は、2020年の星に関しては細かくは読み解かない。
パッと見て「影響特大」なのはわかったから、もう細かく分析したところでどうしようもない。
もし読み解く必要があればそれ相応の知識を専門的に得るだろうと思っている。
それよりも、いかに自分が心も体も健やかにその時を迎えられるかの方が重要だから、そのために今年や来年があるんじゃないかと思っている。
【追記】
2020年以降、世の中でこれまで常識だと信じられてきたことが覆ったり、政治・経済・外交・貨幣価値なんかが大きく変わるだろうと言われているのは、このトリプルコンジャンクションと呼ばれる天体的な影響もかなり関係していると思う。
昨日人に説明していて気付いたけれど、トリプルコンジャンクションの1つ、冥王星は公転周期が249年。
だから、今生きている人たち、生まれたばかりの赤ちゃんや今おなかの中に宿ったばかりの赤ちゃん含めて、今の空模様の下で生きていくのは、最初で最後になる。
今と同じ配置にはならないにしても、冥王星が今ある位置と同じ場所に戻ってくるのは、単純に数えて今から249年後となる。
(実際にある地点のある瞬間と同じホロスコープの配置になるには、2万6千年の時を経ないと同じにならないと言われている)
木星と土星が重なり合うのは20年に1回ぐらいのペースで起こるらしい。
でもその重なり合う位置が山羊座の終わり、水瓶座の手前で重なるなんて次はいつか知らないし、さらにそのすぐ近くに冥王星がいるなんてのは、私はそこまで調べないから知らないけれど、多分生きているうちでは最初で最後だと簡単に想像できる。
そんな時の空模様と自分の生まれた時の空模様がいくつも重なるわけだから、影響が未知数なのは言うまでもない。
そして少なくとも、空の上では遅い天体周期が互いに近づくという滅多に起こらないことが起こる=世の中的にも色んな変化を経験することになるのはわかる。
ちょっと今調べたら、冥王星が射手座から山羊座に移動したのは2008年。
真っ先に思い浮かんだことは、リーマンショック。
世界の経済に大きな影響を与えた出来事。
冥王星が山羊座から水瓶座に移動するのは2023年。
そしてその前の2020年に木星と土星と冥王星で強力タッグを組むわけだから、過渡期の時は相当混乱が見込まれる。
だからこそ、個人の生き方が問われる時代に入っていくんだと思う。
政治や会社、大きな組織の旧然体質や隠ぺい工作的なものが今どんどん暴かれているのは、もうそうした悪しき習慣を新しい時代に持っていけないから、そのための調整が入っている、私はそう思って見ている。
まぁとにかく外側のことは何もできないから、自分にできる自分の内面を見ることや自分ができる範囲の行動を清く正しく美しく行えるような、そういうことを目指していきたい。
(道が外れたら大幅に修正が為されるだろうから、そこは痛みを猛烈に伴いそうだから避けたいのが本音。清く正しく美しく生きたいというよりも痛いのは嫌だから避けたいだけ( ̄∇ ̄))
2018年12月11日火曜日
料理雑感【おいしいレシピ付き】
ホロスコープの解析はヘビーになってきたから、今日は一呼吸置いて料理についてのちょっとした雑感を。
昨日久しぶりに初めての料理を作った。
一番近いのは、中華で卵やニラ、豚肉、きくらげなんかが入ったふわっとした炒め物みたいなやつ。
あんかけみたいな、そこにふわふわの卵、スクランブルエッグみたいなのが入っているやつ。
私は料理は完全に習うより慣れろで覚えたタイプだから、実際に基本を知らないまま今に至っている。
それで困らなかったし、何ならとにかく適当が高じて調味料を作るとかもできるから(ゴマドレッシングとか普通に作る)、特に気にもなっていない。
ちなみにごまドレッシングは作れても、魚はおろせないし、なんならだしなど取ったことがないからだしの取り方も知らない。
男女数人でつまみかご飯の準備をしていた時のこと。
「はい、ぶっしーやって!」と言われて、ほんだしを渡された。
使い慣れているからもちろんちゃちゃっと使ったけれど、その時に男友達が言った言葉は忘れられない。
「俺の家、だしはいつも煮干とかかつお節で取っていたから、それならできるけれど、こういう化学調味料的なのは使ったことがないから分量がわからない」
開いた口が塞がらないとはこういうことを言う。
男友達はだしの取り方だけを知っていて、私は粉末のインスタントだしの使い方だけを知っている。
その事態を恥ずかしいとも思わず(←えっ?)、その後もだしの取り方をマスターせずに今日に至っている。
だから、私の作れるのレベルは色々トンチンカンな感じだし、強いて言うなら「邪道」の料理になる。
ほんだしで作った味噌汁でも煮物でも普通に人に出しても、誰もまずいとは言わず、上手くいけば「美味しい!」と褒められたから大丈夫、大丈夫( ̄∀ ̄)。
全く反省のない私の普段の料理はさておいても、時々「こういうのが作れるようになるといいなぁ」というのがある。
その1つが、先述のふわふわの卵やきくらげなんかが入った中華炒め。
あれは確実に順番や作り方がある。
その確実な方法がわからず、食べてみたいけれども作れない一品だった。
しかも正式料理名があるのかないのか、レシピ本やブログでもあまり見かけたことがない。
自分でもケチだなぁと思うけれど、私はどういうわけかそういうものを外で食べたいと思わない。
私が「食べる」ことを1番の主旨にした外食の時に選ぶ基準は、「自分では作らないもの」や「自分では作れないもの」だったりする。
頻繁には食べないけれども、ラーメンなんてその最たるもので、あのスープの手間暇、そしてチャーシューや味玉の完成度を思ったら、あんなの家で作れないとわかる。
あとここ数年はまっているスープカレー。
私は自分でも家でスープカレーを2回ないし3回作ったことがある。
作って、あの難易度がよくわかった。
何をしたらいいのかよくわからないけれど、家で作っても旨味が出ないのと、スパイス感もいまいちだった。
スープカレーの素が北海道の会社で作られていて、それを使ったけれども、店で食べてるものたちとはずいぶんと違う完成度に仕上がった。
まじめにスープカレー屋さんに修行に行きたいと思ったぐらい。
同じくインドカレーにもものすごく敬意を抱いている。
過去に一度だけ、スパイスとなるハーブをあれこれ買ってきて、自分で本を見てブレンドして、そして本格的なスパイスカレーを作ったことがある。
美味しくできたけれども、あまりの大変さに絶句した。
こういう成り行きを知っているから、私の中で外で食べる時は自分じゃ作らない作れないものを選ぶ傾向が高い。
ファミレスなんかでも、自分じゃ作らないとか、使ったことのない材料のものを選ぶことが多い。
そんな風だから、豚肉ときくらげと卵の炒め物は、材料はお手軽に入るし、がんばったら自分で作れそう!と思うとあまり手出ししなくなる。
名古屋にいた頃、女の先輩とよく行く中華屋さんがあった。
そもそも先輩に好き嫌いがあり過ぎるからあまり選べなかったのもあるけれど、その時によく頼んでいたのがなすとホルモンのピリ辛炒め。
ホルモンの下処理も抜群であれば、なすは一度揚げてその後トロトロに煮込んだみたくなっている。
どちらも家庭で同じようにするにはあまりにも難しすぎて(なすは相当色々試したけれども、未だにそのやり方がわからなくて同じにできない)、そういうのは食べる価値がすごく上がる。
だけど、豚肉ときくらげと卵の炒め物は、なんかできそう!なんて思って手出しをしなかった。
で、最近のこと。
某料理ブログで、豚肉と卵の炒め物が紹介されていた。
その人のレシピはいくつか作ったことがあって、どれもヒットしたのと、そしてレシピ検証型の人だから手順とかも自分で検証して上手くいく方法を伝えてくれてる。
それいけるんじゃない?と思って試したら、一発合格!
やり方は簡単だった。
先に卵だけ半熟のスクランブルエッグにしておく。
別皿に取り出したら、あとは普通の野菜炒め。
途中で水や調味料を足して煮て、水溶き片栗粉を入れてトロミを付けたら、最後そこに卵を戻す。
それがやり方だった。
しょうゆの入れすぎでしょっぱくなってしまったけれど、作り方の通りに作ったらうまくできた。
(レシピ通りだと私が用意した材料の量と調味料がアンバランスで味薄めになってしまって、足したら足しすぎて濃くなってしまった)
味付けはもう少し自分好みにしたらいいにしても、ふわふわの卵の炒め物の卵の調理の仕方がわかったから、それはこれからもいくらでも応用が利く。
レシピにあった調味料は、醤油・みりん・酒・オイスターソースだったけれど、私はそこに中華だしも加えた。
油はごま油を使用。
分量は適当(レシピはきちんとしていた)。
ちなみにごまドレッシングを作れるなどと言ったけれど、これもザ・適当で、マヨネーズ・白のすりごま・酢・みそ・しょうゆ・ごま油を適当に混ぜ合わせるとできる。
何事も適当に作ってきたから、分量も計らないし、だから毎回同じ味にはならない。
微妙に違う。
でも自分が食べる分には普通に食べれる味だから、毎回微妙に違っても気にならない。
ちなみにドレッシングを手作りしたり、鍋でごはんを炊けたりするのは、海外で生活していたおかげ。
ないものは自ら生み出さないといけなかったし、ましてや大学の頃は本気の田舎町で日本みたいにコンビニに行けばおにぎりもパンも弁当もある、という風にはならなかったから、だから自炊するしかなかった。
多少の冷凍食品やテイクアウトも利用したけれども、さすがに毎食は飽きるから食べられない。
だから、いかに手抜きしてごはんを作るかに私はかなり力を注いでいた。
そして、おかげで妙な自活力がついた。
鍋でごはんを炊くなんて日本じゃあまり考えられないと思うけれど、私は名古屋で1人暮らしをしていた頃も、新米の時期になると何回か土鍋でご飯を炊いていた。
銀シャリとはこのことで、本当にご飯が美味しくて感動した!
あとおこげのおいしさを知ったのも、土鍋でごはんを炊いてからだった。
いつだったか男友達の家で家飲みをして、次の朝、ご飯炊き専用の鍋で金目鯛の干物が入った炊き込みご飯が出てきた時はびっくらこいた。
もう1人の友達と「嫁いらんねー!」と言いながら、その超絶おいしいご飯をいただいた。
作り方も教えてもらったけれども、あれから一度も作っていない。
たしか米の上に干物を置いて一緒に炊くだけだったと思う。
炊き上がったらご飯と干物を混ぜて三つ葉とか散らしてたかも。
今過去の写真開いて見たら、もしかしたらシソかも。
その日の朝ごはん、超豪華だった!
目玉焼きに小松菜っぽい葉物のごま和え、ミニトマト、あさりの味噌汁、それに金目鯛入りの炊き込みご飯。
いちごのデザートまであった!
どこかの料亭のような、バランスの取れた一汁三菜な朝ごはん。
ついでに夜の宅飲みのおかずたちも見てみると。
・人生で初めて見た貝(←名前不明)の含み煮
・ディップとコーンチップス
・ひじきの煮物(←これは美味しくてレシピ聞いてきた!)
・たことさといもの煮物
・やまくらげときくらげの炒め物
・生ハム・チーズ・トマトの盛り合わせ
・焼きそば
もしかしたら、生ハムも手作りだったかもしれない!
もう1人の友達が生ハム持ってポーズ取ってたから。
一応その日聞いてきて、まだ一度も試してなかったことを思い出したレシピたち( ̄ω ̄;;)。
ご参考までに。
(メモはもっと端的だったから、一部書き足した)
この友達、自家製ベーコンとか作っちゃうぐらいに料理できるから、本当に味はものすごく美味しい!
【ひじき】
ごま油で炒める
みりん しようゆ 同量
水少なめで煮含める
(写真を見ると、ひじきと人参とあぶらげが入っている。このごま油がすごくおいしかった)
【きくらげやまくらげ】
もどす
やまくらげは何回か水変える
油多めでそこに干しエビ入れて干しエビの香りを移す
上の香りつきのごま油で炒める
ナンプラー・味の素・塩で味付け
すりごまを最後に和える
【ピクルス】
酒 対 酢=1:2〜3
混ぜて沸かす 沸騰させる
(瓶やタッパに)
1「ピクルスの素」というスパイスがスーパーに売っているからそれを使う
2具
3その上に沸かした液(←冷めたもの)でひたひたに漬ける
どのぐらい漬けるか忘れたけれど、翌日に食べれると言ったか、3日後と言ったか、その辺りは忘れた。
この日の具材は、きゅうり、ヤングコーン、うずらの卵だったけれど、基本的に何でもいいって言ってた。
ミニトマトやセロリなんかもおいしいと思う!
ちなみに、もっとどうでもいい情報だけど。
友達いわく、名前が真ん中で全部割れてしまうもの、例えば「林 俊輔」みたいなの(←今考えて出した名前で、本当にその名前の人がいたら例にしてごめんなさい)、それは離婚しやすいとのこと。
友達もその弟も林さんタイプでバツイチ。
いつか私はそれを妹に笑い話として話してたようで、姪っ子が生まれた時、本当は別の漢字を付ける予定でいたけれど、私のこの話を思い出して、急遽漢字を変更したと言っていた。
レシピ思い出したから、ひじきのごま油で炒めてからの煮物と、干物の炊き込みご飯は近いうちに作りたいな。
干物は何も豪華に金目鯛じゃなくても、あじとかで十分だよと言ってた。
話は変わるけれど、料理のレシピをブログでアップしている人たちは本気ですごい。
いちいち調味料を計って、さらには都度都度の工程を写真に納めて、それらを文章にして起こす。
今日も今日で生姜焼き的な肉と野菜炒めを作っている自分を見て、「本気で適当だな( ̄ー ̄ ;)」と思った。
そうそう、適当星人が人に聞かれて「それいいね!」と言われた料理の裏ワザ(?)。
その女の子は、自炊するものの、適当に作ることができなくて、いつもレシピを見ながら作るとのこと。
だから例えば「ネギ5㎝分」とかいう材料の時、残りのネギなり他の材料をどう使っていいかわからず、腐らせてしまうことも多いと言っていた。
そういう時に残った材料をどうするのかを聞かれた。
私がいつもしているのは、他の料理の時に何でも入れてしまうこと。
例えば今日の生姜焼き。
生姜焼きにエリンギなんて普通は入れない。
だけど、他の料理に使おうと思ってエリンギを冷蔵庫から出したら、カビが生え始めていた(汗)。
私の名誉のために言うと、基本的に私は食材を腐らせることはほとんどしない。
とにかく「使い切る」ことを徹底しているから、食材を廃棄することはほとんどない。
だけど、母はそのタイプじゃないから、よくそういう困った状況が出てくる。
で、今日もまさかエリンギがそんなことになってるとは知らずに、出してビックリした。
カビの部分は水洗いして手で取り除いて、それで生姜焼きに急遽入れることにした。
食べれると判断はできても、さすがに味付けの薄い料理には入れたくなかった(当初、グリルで素焼きにして、しょうゆや塩を付けて食べようと思っていた)。
生姜焼きなら味がしっかりしてるし、色々わからなくなる。
よく炒めてちょっと調味料で煮たから、まさかカビが生えてたとはわからない感じになったし、おいしくできた!
(こんなやり方がいいとは決して言えないけれど)
料理は失敗してわかることも多いから、色々試してみると面白い。
ありえない組み合わせがおいしかったり、合うと思ったらまずくはなくてもイマイチだったり。
それはやってみないとわからない。
失敗するのが嫌だったら、最初は味の濃い料理に入れてみるといい。
それは大体失敗しない。
相変わらず話があちこちに飛びすぎて収集がつかなくなった。
とりあえず書きたいことは書いたからおしまい。
昨日久しぶりに初めての料理を作った。
一番近いのは、中華で卵やニラ、豚肉、きくらげなんかが入ったふわっとした炒め物みたいなやつ。
あんかけみたいな、そこにふわふわの卵、スクランブルエッグみたいなのが入っているやつ。
私は料理は完全に習うより慣れろで覚えたタイプだから、実際に基本を知らないまま今に至っている。
それで困らなかったし、何ならとにかく適当が高じて調味料を作るとかもできるから(ゴマドレッシングとか普通に作る)、特に気にもなっていない。
ちなみにごまドレッシングは作れても、魚はおろせないし、なんならだしなど取ったことがないからだしの取り方も知らない。
男女数人でつまみかご飯の準備をしていた時のこと。
「はい、ぶっしーやって!」と言われて、ほんだしを渡された。
使い慣れているからもちろんちゃちゃっと使ったけれど、その時に男友達が言った言葉は忘れられない。
「俺の家、だしはいつも煮干とかかつお節で取っていたから、それならできるけれど、こういう化学調味料的なのは使ったことがないから分量がわからない」
開いた口が塞がらないとはこういうことを言う。
男友達はだしの取り方だけを知っていて、私は粉末のインスタントだしの使い方だけを知っている。
その事態を恥ずかしいとも思わず(←えっ?)、その後もだしの取り方をマスターせずに今日に至っている。
だから、私の作れるのレベルは色々トンチンカンな感じだし、強いて言うなら「邪道」の料理になる。
ほんだしで作った味噌汁でも煮物でも普通に人に出しても、誰もまずいとは言わず、上手くいけば「美味しい!」と褒められたから大丈夫、大丈夫( ̄∀ ̄)。
全く反省のない私の普段の料理はさておいても、時々「こういうのが作れるようになるといいなぁ」というのがある。
その1つが、先述のふわふわの卵やきくらげなんかが入った中華炒め。
あれは確実に順番や作り方がある。
その確実な方法がわからず、食べてみたいけれども作れない一品だった。
しかも正式料理名があるのかないのか、レシピ本やブログでもあまり見かけたことがない。
自分でもケチだなぁと思うけれど、私はどういうわけかそういうものを外で食べたいと思わない。
私が「食べる」ことを1番の主旨にした外食の時に選ぶ基準は、「自分では作らないもの」や「自分では作れないもの」だったりする。
頻繁には食べないけれども、ラーメンなんてその最たるもので、あのスープの手間暇、そしてチャーシューや味玉の完成度を思ったら、あんなの家で作れないとわかる。
あとここ数年はまっているスープカレー。
私は自分でも家でスープカレーを2回ないし3回作ったことがある。
作って、あの難易度がよくわかった。
何をしたらいいのかよくわからないけれど、家で作っても旨味が出ないのと、スパイス感もいまいちだった。
スープカレーの素が北海道の会社で作られていて、それを使ったけれども、店で食べてるものたちとはずいぶんと違う完成度に仕上がった。
まじめにスープカレー屋さんに修行に行きたいと思ったぐらい。
同じくインドカレーにもものすごく敬意を抱いている。
過去に一度だけ、スパイスとなるハーブをあれこれ買ってきて、自分で本を見てブレンドして、そして本格的なスパイスカレーを作ったことがある。
美味しくできたけれども、あまりの大変さに絶句した。
こういう成り行きを知っているから、私の中で外で食べる時は自分じゃ作らない作れないものを選ぶ傾向が高い。
ファミレスなんかでも、自分じゃ作らないとか、使ったことのない材料のものを選ぶことが多い。
そんな風だから、豚肉ときくらげと卵の炒め物は、材料はお手軽に入るし、がんばったら自分で作れそう!と思うとあまり手出ししなくなる。
名古屋にいた頃、女の先輩とよく行く中華屋さんがあった。
そもそも先輩に好き嫌いがあり過ぎるからあまり選べなかったのもあるけれど、その時によく頼んでいたのがなすとホルモンのピリ辛炒め。
ホルモンの下処理も抜群であれば、なすは一度揚げてその後トロトロに煮込んだみたくなっている。
どちらも家庭で同じようにするにはあまりにも難しすぎて(なすは相当色々試したけれども、未だにそのやり方がわからなくて同じにできない)、そういうのは食べる価値がすごく上がる。
だけど、豚肉ときくらげと卵の炒め物は、なんかできそう!なんて思って手出しをしなかった。
で、最近のこと。
某料理ブログで、豚肉と卵の炒め物が紹介されていた。
その人のレシピはいくつか作ったことがあって、どれもヒットしたのと、そしてレシピ検証型の人だから手順とかも自分で検証して上手くいく方法を伝えてくれてる。
それいけるんじゃない?と思って試したら、一発合格!
やり方は簡単だった。
先に卵だけ半熟のスクランブルエッグにしておく。
別皿に取り出したら、あとは普通の野菜炒め。
途中で水や調味料を足して煮て、水溶き片栗粉を入れてトロミを付けたら、最後そこに卵を戻す。
それがやり方だった。
しょうゆの入れすぎでしょっぱくなってしまったけれど、作り方の通りに作ったらうまくできた。
(レシピ通りだと私が用意した材料の量と調味料がアンバランスで味薄めになってしまって、足したら足しすぎて濃くなってしまった)
味付けはもう少し自分好みにしたらいいにしても、ふわふわの卵の炒め物の卵の調理の仕方がわかったから、それはこれからもいくらでも応用が利く。
レシピにあった調味料は、醤油・みりん・酒・オイスターソースだったけれど、私はそこに中華だしも加えた。
油はごま油を使用。
分量は適当(レシピはきちんとしていた)。
ちなみにごまドレッシングを作れるなどと言ったけれど、これもザ・適当で、マヨネーズ・白のすりごま・酢・みそ・しょうゆ・ごま油を適当に混ぜ合わせるとできる。
何事も適当に作ってきたから、分量も計らないし、だから毎回同じ味にはならない。
微妙に違う。
でも自分が食べる分には普通に食べれる味だから、毎回微妙に違っても気にならない。
ちなみにドレッシングを手作りしたり、鍋でごはんを炊けたりするのは、海外で生活していたおかげ。
ないものは自ら生み出さないといけなかったし、ましてや大学の頃は本気の田舎町で日本みたいにコンビニに行けばおにぎりもパンも弁当もある、という風にはならなかったから、だから自炊するしかなかった。
多少の冷凍食品やテイクアウトも利用したけれども、さすがに毎食は飽きるから食べられない。
だから、いかに手抜きしてごはんを作るかに私はかなり力を注いでいた。
そして、おかげで妙な自活力がついた。
鍋でごはんを炊くなんて日本じゃあまり考えられないと思うけれど、私は名古屋で1人暮らしをしていた頃も、新米の時期になると何回か土鍋でご飯を炊いていた。
銀シャリとはこのことで、本当にご飯が美味しくて感動した!
あとおこげのおいしさを知ったのも、土鍋でごはんを炊いてからだった。
いつだったか男友達の家で家飲みをして、次の朝、ご飯炊き専用の鍋で金目鯛の干物が入った炊き込みご飯が出てきた時はびっくらこいた。
もう1人の友達と「嫁いらんねー!」と言いながら、その超絶おいしいご飯をいただいた。
作り方も教えてもらったけれども、あれから一度も作っていない。
たしか米の上に干物を置いて一緒に炊くだけだったと思う。
炊き上がったらご飯と干物を混ぜて三つ葉とか散らしてたかも。
今過去の写真開いて見たら、もしかしたらシソかも。
その日の朝ごはん、超豪華だった!
目玉焼きに小松菜っぽい葉物のごま和え、ミニトマト、あさりの味噌汁、それに金目鯛入りの炊き込みご飯。
いちごのデザートまであった!
どこかの料亭のような、バランスの取れた一汁三菜な朝ごはん。
ついでに夜の宅飲みのおかずたちも見てみると。
・人生で初めて見た貝(←名前不明)の含み煮
・ディップとコーンチップス
・ひじきの煮物(←これは美味しくてレシピ聞いてきた!)
・たことさといもの煮物
・やまくらげときくらげの炒め物
・生ハム・チーズ・トマトの盛り合わせ
・焼きそば
もしかしたら、生ハムも手作りだったかもしれない!
もう1人の友達が生ハム持ってポーズ取ってたから。
一応その日聞いてきて、まだ一度も試してなかったことを思い出したレシピたち( ̄ω ̄;;)。
ご参考までに。
(メモはもっと端的だったから、一部書き足した)
この友達、自家製ベーコンとか作っちゃうぐらいに料理できるから、本当に味はものすごく美味しい!
【ひじき】
ごま油で炒める
みりん しようゆ 同量
水少なめで煮含める
(写真を見ると、ひじきと人参とあぶらげが入っている。このごま油がすごくおいしかった)
【きくらげやまくらげ】
もどす
やまくらげは何回か水変える
油多めでそこに干しエビ入れて干しエビの香りを移す
上の香りつきのごま油で炒める
ナンプラー・味の素・塩で味付け
すりごまを最後に和える
【ピクルス】
酒 対 酢=1:2〜3
混ぜて沸かす 沸騰させる
(瓶やタッパに)
1「ピクルスの素」というスパイスがスーパーに売っているからそれを使う
2具
3その上に沸かした液(←冷めたもの)でひたひたに漬ける
どのぐらい漬けるか忘れたけれど、翌日に食べれると言ったか、3日後と言ったか、その辺りは忘れた。
この日の具材は、きゅうり、ヤングコーン、うずらの卵だったけれど、基本的に何でもいいって言ってた。
ミニトマトやセロリなんかもおいしいと思う!
ちなみに、もっとどうでもいい情報だけど。
友達いわく、名前が真ん中で全部割れてしまうもの、例えば「林 俊輔」みたいなの(←今考えて出した名前で、本当にその名前の人がいたら例にしてごめんなさい)、それは離婚しやすいとのこと。
友達もその弟も林さんタイプでバツイチ。
いつか私はそれを妹に笑い話として話してたようで、姪っ子が生まれた時、本当は別の漢字を付ける予定でいたけれど、私のこの話を思い出して、急遽漢字を変更したと言っていた。
レシピ思い出したから、ひじきのごま油で炒めてからの煮物と、干物の炊き込みご飯は近いうちに作りたいな。
干物は何も豪華に金目鯛じゃなくても、あじとかで十分だよと言ってた。
話は変わるけれど、料理のレシピをブログでアップしている人たちは本気ですごい。
いちいち調味料を計って、さらには都度都度の工程を写真に納めて、それらを文章にして起こす。
今日も今日で生姜焼き的な肉と野菜炒めを作っている自分を見て、「本気で適当だな( ̄ー ̄ ;)」と思った。
そうそう、適当星人が人に聞かれて「それいいね!」と言われた料理の裏ワザ(?)。
その女の子は、自炊するものの、適当に作ることができなくて、いつもレシピを見ながら作るとのこと。
だから例えば「ネギ5㎝分」とかいう材料の時、残りのネギなり他の材料をどう使っていいかわからず、腐らせてしまうことも多いと言っていた。
そういう時に残った材料をどうするのかを聞かれた。
私がいつもしているのは、他の料理の時に何でも入れてしまうこと。
例えば今日の生姜焼き。
生姜焼きにエリンギなんて普通は入れない。
だけど、他の料理に使おうと思ってエリンギを冷蔵庫から出したら、カビが生え始めていた(汗)。
私の名誉のために言うと、基本的に私は食材を腐らせることはほとんどしない。
とにかく「使い切る」ことを徹底しているから、食材を廃棄することはほとんどない。
だけど、母はそのタイプじゃないから、よくそういう困った状況が出てくる。
で、今日もまさかエリンギがそんなことになってるとは知らずに、出してビックリした。
カビの部分は水洗いして手で取り除いて、それで生姜焼きに急遽入れることにした。
食べれると判断はできても、さすがに味付けの薄い料理には入れたくなかった(当初、グリルで素焼きにして、しょうゆや塩を付けて食べようと思っていた)。
生姜焼きなら味がしっかりしてるし、色々わからなくなる。
よく炒めてちょっと調味料で煮たから、まさかカビが生えてたとはわからない感じになったし、おいしくできた!
(こんなやり方がいいとは決して言えないけれど)
料理は失敗してわかることも多いから、色々試してみると面白い。
ありえない組み合わせがおいしかったり、合うと思ったらまずくはなくてもイマイチだったり。
それはやってみないとわからない。
失敗するのが嫌だったら、最初は味の濃い料理に入れてみるといい。
それは大体失敗しない。
相変わらず話があちこちに飛びすぎて収集がつかなくなった。
とりあえず書きたいことは書いたからおしまい。
2018年12月10日月曜日
春分図とホロスコープ【分析編ー前】
【※今日の内容、超マニアックなので、ホロスコープに興味のある方、私に興味のある方(←えっ?)、私の文章に興味のある方、どうぞ!】
各年の春分の日のホロスコープと自分のホロスコープとを重ね合わせて見てみた。
毎年春分の日のホロスコープは、その後次の年の春分の日の前日まで影響が及ぶと言われていて、ホロスコープ界では非常に大切に取り扱われている。
要は空の天体、太陽がぐるっと1周回って、またスタートの牡羊座に帰ってくる時だから、その始まりの日として見られる。
暦上は元旦が1年の始まりだけど、ホロスコープでは春分の日が1年の始まりとしてその後の1年の未来予測を立てる。
多分これ、「マンデン占星術」と呼ばれるもので、普通はどうやら政治や経済、外交、社会全体の流れというようなものを見るのに使うことが一般的のよう。
個人のホロスコープと重ねて読まないわけではないらしいけれども、あまり一般的ではない模様。
ただ、自分のものを調べた時に、異常なほど春分の日の天体配置(春分図)と自分の生まれた時の天体配置がやたらと重なるから、そしてことごとくその重なりのテーマをその1年でするから、私個人としては無視できない。
春分図と個人のホロスコープを重ねて見る人たちのブログを参考にすると、みんなけっこう細かなアスペクト(角度)まで見ているけれど、私個人で見たのは「合」のみ(合=2つ以上のものが360度ある中でほぼ同じところにピッタリと重なる)。
ドラゴンヘッドのみ、オポジション(180度)も含めて見た。
(これはハーフ・リターンのあった年のみ)
合だけでも毎年最低1つ、多い年は5つもあるから、そこを見るのに手一杯。
角度差(オーブ)は、調べたら0〜2度で見るらしいけれど、私のは2度越えのものはなくて、大体0.01〜1.5ぐらいの角度差のものを見ている。
マニアックな覚書だから、興味のない方はスルーして下さい。
本当にひたすら覚書。
天体の前に「私の」が付いているものが、私が生まれた時の天体の配置。
何も付いていないのが、その年の春分図の空の天体の様子。
年齢は、当時の年齢。
どの年も春分の日の10日ほど前に誕生日だから、おおよそ春分の日からほぼ1年はその年齢。
だから、実際は年齢+1歳が自分と同い年の人たちの年齢。
若く見せたいのじゃなく、自分が公転周期とかを計算するのに自分の年齢に合わせて考えないとわからなくなるから、それで当時の実年齢を入れている。
>1997年(18歳)
・天王星水瓶座ー私の金星水瓶座 合
・水星牡羊座+土星牡羊座ー私の水星牡羊座 合
簡単に解釈すると、変革を表す天王星と美的感覚や人間関係を表す金星がピッタリと重なり、さらには学びを表す水星と徹底的に取り組む土星が私自身の水星とピッタリ重なる。
学びの場や機会に対し徹底的に取り組むことや、真新しい人間関係が始まる、それによって自分の価値観もどんどん変化していくと読める。
また天王星は学びの位置にあって、そこに変革をもたらすとも解釈できる。
という年に何があったかと言うと、アメリカの大学に入学。
すごいわかる!と思った。
内容のまんまだった。
あともう1つ。
・ドラゴンヘッドがノード回帰
18歳7ヶ月位の頃に1回目のノード回帰だった。
たしかに、引越しも入学もしたから大きく人生が変わった年だったのは間違いない。
>2001年(22歳)
・MC(社会的役割を指す子午線軸)乙女座ー私の土星乙女座 合
・海王星水瓶座+月水瓶座ー私の金星水瓶座
合
上のことを読み解くと、
・社会的役割において、徹底的な鍛錬を積む。鍛錬の積み方としては、細かいことを正確に積み重ねるやり方。
・無意識の中にある夢や希望をどこまでも膨らませ、それが自分の学びのスタイルに影響が出る。
・恋愛関係において、枠を超えるようなことが起こる。
この年に実際にあったことは、大学卒業して日本に帰国。
児童養護施設での仕事が決まって社会人デビュー。
あと、当時付き合っていた人と遠距離が始まった。
>2004年(25歳)
これは個人云々よりも、「うわっ、これが噂のホロスコープの配置だ!」というもので、見つけたからついでに紹介。
この年の春分図で、地平線軸のディセンダントと呼ばれる軸に天王星がそのまま乗っていた。
12星座は四区分という分類があって、「火・地・風・水」のいずれかに属し、その時のディセンダントと天王星は魚座で「水」の星座に該当する。
地平線軸とか子午線軸とかに天体、それも公転周期の遅い天王星、海王星、冥王星が乗る時というのは、災害が起こりやすいというデータがあるらしい。
しかも、天王星は変革をもたらすという意味が元々あって、それが災害という形で出る場合もあるとされている(因果関係は知らない)。
私も何せ流し読みしているからはっきりとしたことはわからないけれど、2004年は少なくともそういう配置があった年だった。
で、何があったかと言うと、中越地震が10月に、そして全国ニュースになる大規模な水害が7月に起きている。
それこそ、3月まで行っていた職場のごく近くの川が氾濫して、職場の辺り一帯が大規模な水害に見舞われた。
(当時は別の職場だったけれど)
>2005年(26歳)
・地平線軸にあるアセンダント(蠍座)とディセンダント(牡牛座)が、そっくりそのまま私のアセンダント(牡牛座)とディセンダント(蠍座)と入れ替わる
・月蟹座ー私のIC(心の拠り所)蟹座と私の木星蟹座 合
・天王星魚座ー私の火星魚座 合
・火星山羊座ー私のMC (社会的役割)山羊座 合
この年、異常に色んなものが重なっていて、それを見ただけで激しいなぁと思った。
上のことから簡単に読み解けるのは、
・地平線軸同士がひっくり返っている=何か天変地異的なことが起こりやすい?
・無意識を表す月と心の拠り所を表す子午線軸ICと木星が重なっていることから、心の拠り所とするものに関して、良くも悪くも広がって何かしらの大きな変化が生まれやすい
・天王星と火星が重なることで、活動的なものがさらに一層激しくなり、そして変革をもたらすことが予想される
・社会的役割がいつも以上に活発になりやすい
で、この年何があったかすっかり忘れていた私は、過去の日記帳を引っ張ってきた。
見て納得した。
まず、何よりも大きかったことは、当時付き合っていた人と相当な修羅場を迎えていて、私の心は完全に壊れてた。
真面目に日記帳に「死にたい」とまで書くぐらいに、そして読んだ瞬間何がその時にあったかも克明に思い出して、あぁ…となった。
私は当時のことを追体験するぐらいなら、本気で一生1人でいいと思っている。
それぐらいに心が砕け散った。
そしてそれとは別に、仕事の上でもそれまでお世話になった大先輩たちが皆様異動か退職されて、なんと一番下っ端の私がその年の現場での一番の長老になってしまって、さらに本気の事故レベルで問題を起こす上司が春から着任して、仕事も超ヘビーになった。
そしてその年の6月に人生で初めて精神科を受診して、うつの診断が出た。
怖ーーー((((;゚Д゚)))))))と思った。
ホロスコープ、こんなにも忠実に出なくていいよ、と言いたくなるぐらいに影響がデカイわ。
>2006年(27歳)
・アセンダント水瓶座+キロン水瓶座ー私の金星水瓶座 合
【注釈】
・アセンダント=社会の中で見せる顔を表す地平線軸
・キロン=魂の傷を表すもので、傷と同じテーマに取り組むことでしか癒されないとされている
読み解くと、社会の中で見せる顔と魂として持ってきている課題とが結託して、何かしらの変化をもたらすとか。
あとは、私の金星がくっついているから、それが恋愛関係で起こりやすいと予測できる。
さらに、水瓶座で、ちょっと予測の立たない変わった形や今までにない方法でそれらが起こる可能性がある、と読み解ける。
で、実際にあったこと。
長い付き合いの人と別れて、そしてその後、当時の人生で一番好きになった人と出逢った。
どちらも、たしかに想定外過ぎる形でそうしたことがやってきた。
どちらの人との関係も、おそらく魂的な課題とかなり絡まった関係だったと思う。
特に後者の人は、30歳の時(2009年)にドミニカから日本に帰ってきて占い師のおばちゃんの元に行った時、相当な説明を受けた。
おばちゃんが何十年と鑑定した中で、私とその彼が持っている型と同じ型を持っていた人たちは過去に1組しかいない、と説明してもらった。
激レアな様相だったらしく、私はそのおばちゃんに最初に会いに行った時、自分のこれからどうなるかわからない人生の相談に行っているのに、そちらの話ばかりを9割もされて心底驚いた。
おばちゃんも私の鑑定よりもその激レアな何かの方が凄かったようで、何回か通った中で1番興奮して伝えられた。
おばちゃんが「運命と宿命」の説明をしてくれて、それによるとこういうことだった。
宿命というのは生まれてくる前から定められているもので、性別とか人種とか親とか、自分ではどうにもできないものを指す。
一方で運命は、「運ばれた命」と書くように、生きている間に色々遭遇してそこで得るものだから、仕事とかパートナーとか趣味とか、本人が選ぶことのできるものを指す。
そう説明されたのはもっと後で、最初はおばちゃんが何を言っているのか私には全然わからなかった。
で、おばちゃんは2人のことを運命ではなく宿命で出逢っている、強固な縁で繋がっている人だから現実的な人間関係の枠で考えられるような関係性ではないというような説明を私にした。
100%結婚しないとは断言できないけれど、現世的な結婚ではなくもっと違う形での関係に落ち着く可能性が高い、すごい強い縁の人だと説明された。
具体的にそれはどういう感じなのかをその次の時ぐらいに聞いたのかな?その辺りは忘れたけれど、たしかにおばちゃんが例を出して説明してくれた通りの関係だった。
おばちゃんいわく、その彼とはこれまでも何十回と夫婦や兄弟として生まれてきているとのことで、だから運命的な縁ではなく宿命的な定められた縁だとのこと。
当時は何を言っているのかわからなかったけれど、今回のホロスコープの振り返りをして、納得できるものが出てきた。
ホロスコープの話に戻ると、たしかにどちらの関係も相当強烈だったし、本当に魂というか相当深い意識の部分に大きく影響が出ていたから、「魂の傷」だとか「魂の課題」と言われると、ものすごく納得できる。
余談だけれど、これはまだ序の口の話で、私はその11年後に今度は自分でも自覚できるぐらいの「この人は並大抵の縁の人じゃない」という人に出逢う。
>2007年(28歳)
・土星獅子座ー私の月獅子座 合
・木星射手座ー私の海王星射手座 合
・ドラゴンヘッド魚座ー私のドラゴンテイル魚座と合、そして私のドラゴンヘッド乙女座とオポジション(180度)
ドラゴンヘッド絡みの部分は、ハーフ・リターンと呼ばれるものに該当する。
ここでも大きな転機が訪れやすい、と読み解けるけれど、実際にそうだった。
ざっと読み解くと、無意識の部分や心の深いところで感じているものを表に出す、それも表に出すことに関して徹底して取り組むことがわかる。
さらに、住む場所や心の拠り所において何かしらの変化が訪れるかもしれないこともわかる。
さらに自分の志や理想を打ち出すことをもっと広く展開していくことも予想できる配置。
その年にあったのは、児童養護施設の仕事を退職して、青年海外協力隊でドミニカ共和国に行った。
ドミニカでも色々あったけれど、星の通りのような大きな転機が訪れたことがわかる。
>2008年(29歳)
・水星魚座+金星魚座ー私の火星魚座 合
・天王星魚座ー私の太陽魚座 合
・子午線軸MC牡牛座+IC蠍座に対し、私の地平線軸ASC牡牛座+DEC蠍座が重なる
ここから読み解けるのは、
・知性と美的感覚を組み合わせたものを、超がつくぐらいに活動量を増やして表現する
・誰でも興味があったら来てね!というテーブルや場を自ら用意して、革命を起こす
・軸同士が重なるから、何か大きな出来事がおこりやすい?
その年にあったのは、2007年の夏にドミニカに行ってから私は毎日何をするでもなくずっと活動が滞っていたけれども、2008年のそれこそ春分の日の辺りから超絶忙しくなって、次から次へと活動を打ち出していって、何百人の現地の人たちとも会うようになっていった。
そして、私はテーブルというか場所を用意して、どちら様もどうぞというスタイルのものを本当に実際にやることになったし、当時の所属先から見て私のしたことは超革命的な感じだったから、それはものすごく評価してもらえた。
あと2009年の春分を迎える少し前に私はメキシコに3週間一人旅に行っている。
たしかに、とても非日常な出来事だったなぁと思う。
>2009年(30歳)
・土星乙女座ー私のドラゴンヘッド乙女座 合
・ドラゴンヘッド水瓶座ー私の金星水瓶座 合
・水星魚座ー私の太陽魚座 合
以上を読み解くと。
・枠の中でできる最大限のサービスを他者に提供する。相手は、自分と対等な関係。
・人のためになること+人の欲求に基づくものと、人間関係における自分の好みを組み合わせて何かしら奉仕する。
・無意識の知的探求と自分の社会的活動を組み合わせる。
この年に実際にあったのは、協力隊の活動は終盤に差し掛かっていて、色んな活動の総括に入っていったのと、それらの活動においてギリギリ限界までやりきったこと。
ちなみに色んな人たちのためになることは、どんな困難も全て解消して物事が信じられないぐらいにきれいに動いたし、次々と協力者も現れた。
日本帰国に伴い就活が待っていて、40社以上受けて、そして最終的に名古屋に決まって名古屋に引越し(11月末)。
どちらもだけど、自分の中にあるものをとにかく社会に対して出し切っていく、という感じだった。
>2010年(31歳)
・火星獅子座ー私の木星蟹座 合
・水星牡羊座ー私の水星牡羊座 合
(注:私の蟹座の木星は蟹座の終わり、すぐに獅子座になるところにある)
以上の情報から読み解けるのは、
・自分が表立ってする活動がどこまでも広がって活発になること。それは自分のテリトリー内で自分を目立たせて発揮していくようなもの。
・自分の資質に関わる学びと精神世界の学びとの融合が発展していく
実際に起こったことは、年間52日しか休みがない超ブラックな働き方(←どこまでも「活発」「活動過多」は本当( ̄ཀ ̄;;))で、さらに自分を表現する活動も決まったテリトリーの中で自分を打ち出すというのもその通りだった。
要は、学習塾で自分に与えられた教室を担当して、色んな子どもや保護者と関わって、そして生まれて初めて自分へのクレームを山ほど浴びた。
話は違うけれど、私が世の中で嫌われやすいコールセンターの仕事が平気だったのは、塾の時のクレーム対応をしていたから。
自分へのクレームは本気できつかったけれど、おかげでその後色んな仕事のクレーム対応をした時には、私にクレームを付けてるわけではなかったから基本気にならなかった。
そしてとりあえず謝ることも全く嫌ではなく、それで丸く収まるなら私は喜んでさっさと謝ってた(←これは何でも謝ればいいわけじゃないから、線引きのコツが要る)。
もう1つの水星同士の重なりには、本気でビックリした!
この年に私はコーチングに出合って、そこで自分の内面を見ることを始めたのと、そしてこの年が私の精神世界・スピリチュアルなものの学びをスタートさせた年だった。
コーチングのコーチがスピリチュアルなことにものすごく詳しくて、そしてコーチ経由で実に楽しく興味深く始められたから、だから何年も経つ今も変わらずに楽しく学べてる。
学びがきちんとしている人から学んだから、全然怪しいとも思わなかったし、むしろ心のカラクリなんかもわかって、私はこの年以降ますますスピリチュアルな学びを深めていった。
>2011年(32歳)
・月天秤座ー私の冥王星天秤座 合
・火星魚座ー私の太陽魚座 合
月天秤座と冥王星天秤座の組み合わせよりも、ちょっとひとひねりした読み方をすると。
月が労働を表す場所にあって、そこに破壊と再生、変容を表す冥王星がくっついてる。
そこから読み解けるのが働き方改革。
そして、天秤座だから、人間関係において、ふるいにかけて必要な人間関係だけが残る、無意識と魂レベルと両方においてGOサインの出た関係性のみ残る、とも読み解ける。
火星と太陽魚座に関しては、人との交流が盛んになるところで重なっていて、それは趣味仲間とか同士での付き合いが広がっていくと読み解ける。
実際にあったのは、本当に働き方改革が起こって、辞めたい私に対し辞めさせたくない会社から前代未聞の働き方が提案されて、それで私は年間52日しか休めなかった超ブラッキーな働き方から週休2.5日という、働くのは平日4日間と土曜日午前だけになった!
(会社でも初の試みなのか、やたらと色んな人たちからどうやってその仕事のポジションを手に入れたのかを聞かれた)
おかげでスクールに通えるようになって、コーチングスクールとNLPと呼ばれる心理療法的なものを習いに行くことができた!
そして、そこで色んな職業の幅広い年齢層の人たちと出会って、一気に趣味繋がりや同士的な感じの仲間みたいな人たちに恵まれるようになった。
>2012年(33歳)
・キロン魚座ー私の火星魚座 合
・火星乙女座ー私の火星魚座 オポジション(180度)
・MC 牡牛座ー私のキロン牡牛座 合
キロンは魂の傷を表すもので、それは傷となっていることと同じテーマに取り組むことでしか癒せないと言われている。
そこに空の火星と私の火星が綱引きのように引っ張り合っている=活動過多になる。
社会的役割を指すところと魂の傷が重なっている。
とにかく、自分がこの人生でテーマとして持っているものに取り組む時で、そしてそれは活動量としては半端なく多く、活動量が多い=色んなことが起こってくるとも予想しやすい。
実際にその年にあったことと重ね合わせて振り返ると。
社会的役割を表すMC(子午線軸)と私のキロンが重なったことについて、これかな?と思う人生の流れがあった。
ちなみに2つとも牡牛座で、牡牛座というのは牡羊座で自分自身というものをがむしゃらに打ち出した後、今度は「自分とは何か」というのを自分の五感や感覚を通じて認識していく段階に入る。
赤ちゃんが自分の手を口に入れたり、手当たり次第のものを口に入れようとしたり、自分の体を動かしてみてどうやって体の動きが自分の意思と連動するのかを探索したりする行為と似ている。
その年、私はNLP(神経言語プログラミングと呼ばれる心理療法の一種)を一緒に受講したSさんに誘われて、コーチングでもカウンセリングでも私の好きなようにプログラムを組み立てて、何かしらをサービスとして提供して欲しいと言われた。
部屋の契約や宣伝、集客はSさんが全て請け負ってくれた。
当時私は、心のクリーニングと銘打って、その時その場で思いついたことを毎回していた。
夏の夕日を窓から眺めるとか、ヒーリング効果のある音楽を寝っ転がりながら聴いて、その時に出てきたことをお互いにシェアするとか。
何なのこれ?という感じだとは思うけれども、これが驚くぐらいに個人個人の意識の深いところに毎回届いて、すごく面白いことが山ほど起こった。
はっきり言って私は何もしてなくて、本当にただそこにいて最低限の進行しかしなかった。
それは私にとっても自分自身の癒しに繋がった。
自分が良いと思うものをそのまま差し出す、そしてそれに興味を持ってくれた人たちと一緒にその場を囲む、それは自分自身が何よりも元気やパワー、癒しをもらった。
この活動の時、「自分とは何か」を行動に移しながら探っていた時期でもあった。
この年は、人間関係でもちょっと特殊な体験をした。
「魂が転生する中で繋がってきた人」というのに遭遇した。
正しくは、元々友達だった人だけれど、この年の少し前からかつて持ったことのないタイプの人間関係になった。
言うなら「同士」という感じで、現実世界の中でその関係に名前を付けようとしても付けられないような感じのものだった。
私はそういう異性の友達を持ったことがないからわからないけれど、彼女彼氏がいるのに何か大きな出来事や決断を前にした時には彼女彼氏ではなく別の異性に相談したり話をしたりするみたいな。
私は相当「えっ?なんで?」と思ったけれども、その友達は何か大きなことがあるとなぜか真っ先に私に連絡をしてきて、色々自分の中のことを話してた。
(彼女がいるというのを後から聞いて、私は1人になってからブチ切れた。体の関係とかは一切なかったけれども←友達だから当たり前、何でそういうリスクの高い役割を私には与えるのか[実際にリスクのある役割を頼まれてその役割をしたことがあった]、そんなのは彼女に頼んでくれ!と思って、それでブチ切れた。
彼女に心配かけたくない気持ちはわかるけれど、だからと言ってヘビーな相談や頼み事を使い勝手の良い女友達にお願いするのも違うと思う。)
本当に変な関係過ぎて、それで色々調べた中で魂の関係みたいなのに行き着いた。
ちなみにこんなの序章で、その後2017年にはもっと特大の出逢いが人生に投下された。
これもすごい余談だけど、私は2017年以前にすでにそうした魂がらみの人間関係というものの知識は多少持ってはいたけれども、2017年の出逢いに関しては、相手がいなくなる直前、それこそどんなに多く見積もっても10日ほど前まで「そうした関係の人かもしれない」とは1ミリも思わなかった。
本格的に調べ出したのは、いなくなって少し落ち着いた辺りからだし、2012年の時にもシンクロの起こり具合が異常だったからかなり調べたけれども、もうそんなのの比じゃないシンクロの起こり方が2017年だった。
さらなる余談だけれど。
占いのおばちゃんに言われた宿命の男性、この男友達、そして去年の夏に出逢った男性、たまたまかもしれないけれど、3人ともの名前の中に共通した文字が1つ含まれている。
これから先の人生で、その文字が含まれる男性が現れたら、「要注意」な気がする(笑)。
なぜなら。
3人とも全くタイプは違うし、何1つ共通点はないけれども、唯一1つだけ「もしやこれが共通点…?」と思うことがある。
今年2018年の7月のホロスコープ鑑定の時に言われた私が縁のある男性のタイプは「(何をするか、何を思っているのか)読めない人」「普通の女の人たちは選ばない難しいところがある男性」というもの、これは3人とも、少なくとも2人は完全にそう。
最後の1人も、あっけらかんとして単純明快なジャイアンとかクレヨンしんちゃん、ドラゴンボールの悟空みたいな感じよりも、同じくドラゴンボールの悟飯とかベジータみたいな、もしくは『ハウルの動く城』のハウルみたいな感じ。
「こじれ男子」という枠があるなら、3人とも当てはまる。←おまえに言われたくない!と言われそう。
そして、1人目より2人目、2人目より3人目の方がこじれ度高めな気がする。
今振り返ると、当時は1人目と2人目にしかまだ出逢っていなかったけれども、十分過ぎるぐらいに色んな傷や痛みが出まくって(←本人たちが何かしてくるというのとは違って、私の受け取り方の問題だと思う)、そういう意味でも傷の癒しが当時の1つの大きなテーマだった。
フォローするわけじゃないけれど、3人とも人間性は素晴らしいと私は思っている。
実際に人望も厚いし、しっかりしているし、筋が通っているし、誠実な人たち。
ただ、これが個人の関係になると「ええーーーーーーっ!?うっそーーーーー!?」みたいなことが出てくる。
ちなみに3人目は単に私が嫌がられてたということも考えられるから、その辺りは判断が難しい。
でも最初の2人からは私はものすごく好かれていたけれど(2人目は友達として)、関係そのものはそれぞれ難しいところがあった。
3人目の人と何かしら仲良くなる関係になっていたら、どうだったんだろう…。
ここは未知数過ぎて想像がつかない。
【私信】
読んでたら…
「こじれ男子」などと呼んでごめんなさい🙇♀️
あまりにも長いから、二部に分けることにした。
2013年以降は、また書き終わったらアップの予定(今途中まで書いた)。
この分析のおかげで、この間の試験補助員の仕事で暇な時(廊下に立ってるだけとか、次の指示が出るまで待機とか)、ひたすらこのホロスコープの読み解きをしていた。
例えばメモはこんな風だった。
4♎︎+ASC×PーV t
私には意味がわかるけれど、ホロスコープを全く知らない人からしたら、それ何?ってなる。
(私のメモ書きだから、ホロスコープ知ってる人たちからも「これは何?」って聞かれるレベルのメモ)
ちなみに4はその記号がなくて、実際はもう少し違う形になる(木星のサイン)。
PもPではなく、もう1本線を足して冥王星の意味になる。
紙に記号や数字を書いたところで「何これ?」って感じで、邪魔にもならなければ見ていて色々空想や回想できて楽しかった。
私には楽しいお勉強タイムだけど、他の人たちにはわかってもらえるなんて思っていない。
強いて言うなら、物理と化学がわからない気持ちがわかってもらえるかと。
「何これ(; ゚д゚)?」って、私が物理と化学の本を開くとそうなる。
ふと思ったけれど、ホロスコープはやっぱり知るためのタイミングがあると思った。
ホロスコープに生涯縁のない人は縁がないだろうし、ホロスコープに行き着く人は行き着くで何か理由があると思う。
私みたいに、ひたすら自分の人生の紐解きに明け暮れる人や自分の取扱説明書が欲しい人にはピッタリのツールだと思う。
どこかに書いた気もするけれども、ホロスコープは色んなことが明るみになることもあって、ある程度自分を見る準備ができてないと見れないような気がする。
親子関係や異性関係もかなり痛いことまで出てくる。
私はそうした心の痛みを見ることをずっと何年もかけてやっていた後のホロスコープだったから平気だったけれども、これ土台なくいきなりそういう情報だとキツイなぁと思う。
個人的にはこの各年の春分図の読み取りも飽きてきたから(←飽きっぽい性格)、昨日見つけた去年の夏から秋にかけての4つの重要なタイムポイントの分析を始めようかな…なんて思っている。
これが見れば見るほど面白い。
例えば当時、私はまだホロスコープの存在さえ知らないところにいた。
せいぜい新月と満月ぐらいなもので、それも魚座の新月とか言われたところで「だから何?」っていう感じだった。
そんな時に、例えば手紙を書こうと思った辺りから手紙を書いた時、本人に渡した時、時間にしたら3日ぐらいでしかないけれど、そこに表れている星のテーマはそれぞれにピッタリな内容になっている。
手元のメモを見ながら当時のホロスコープを出したら、いやいやいや、強烈な日はホロスコープも卒倒しそうなぐらいに強烈な感じになっていた(驚)。
ホロスコープ強烈な日=衝撃もでかい日に何があったかと言うと、本気で無視された瞬間(T_T)。
何この出来過ぎなホロスコープたち
((((;゚Д゚)))))))((((;゚Д゚)))))))((((;゚Д゚)))))))
ちなみにその時、六芒星と呼ばれる星が形成されてた(それだけじゃなく、他にも複合アスペクトと呼ばれる特殊なものがあと3つか4つある)。
超こじらせタイムが即席で生まれても不思議じゃない、そういう星の配置((((;゚Д゚)))))))。
むしろ、何もない方がおかしいぐらいの配置。
ということで、これから当時のホロスコープの検証。
各年の春分の日のホロスコープと自分のホロスコープとを重ね合わせて見てみた。
毎年春分の日のホロスコープは、その後次の年の春分の日の前日まで影響が及ぶと言われていて、ホロスコープ界では非常に大切に取り扱われている。
要は空の天体、太陽がぐるっと1周回って、またスタートの牡羊座に帰ってくる時だから、その始まりの日として見られる。
暦上は元旦が1年の始まりだけど、ホロスコープでは春分の日が1年の始まりとしてその後の1年の未来予測を立てる。
多分これ、「マンデン占星術」と呼ばれるもので、普通はどうやら政治や経済、外交、社会全体の流れというようなものを見るのに使うことが一般的のよう。
個人のホロスコープと重ねて読まないわけではないらしいけれども、あまり一般的ではない模様。
ただ、自分のものを調べた時に、異常なほど春分の日の天体配置(春分図)と自分の生まれた時の天体配置がやたらと重なるから、そしてことごとくその重なりのテーマをその1年でするから、私個人としては無視できない。
春分図と個人のホロスコープを重ねて見る人たちのブログを参考にすると、みんなけっこう細かなアスペクト(角度)まで見ているけれど、私個人で見たのは「合」のみ(合=2つ以上のものが360度ある中でほぼ同じところにピッタリと重なる)。
ドラゴンヘッドのみ、オポジション(180度)も含めて見た。
(これはハーフ・リターンのあった年のみ)
合だけでも毎年最低1つ、多い年は5つもあるから、そこを見るのに手一杯。
角度差(オーブ)は、調べたら0〜2度で見るらしいけれど、私のは2度越えのものはなくて、大体0.01〜1.5ぐらいの角度差のものを見ている。
マニアックな覚書だから、興味のない方はスルーして下さい。
本当にひたすら覚書。
天体の前に「私の」が付いているものが、私が生まれた時の天体の配置。
何も付いていないのが、その年の春分図の空の天体の様子。
年齢は、当時の年齢。
どの年も春分の日の10日ほど前に誕生日だから、おおよそ春分の日からほぼ1年はその年齢。
だから、実際は年齢+1歳が自分と同い年の人たちの年齢。
若く見せたいのじゃなく、自分が公転周期とかを計算するのに自分の年齢に合わせて考えないとわからなくなるから、それで当時の実年齢を入れている。
>1997年(18歳)
・天王星水瓶座ー私の金星水瓶座 合
・水星牡羊座+土星牡羊座ー私の水星牡羊座 合
簡単に解釈すると、変革を表す天王星と美的感覚や人間関係を表す金星がピッタリと重なり、さらには学びを表す水星と徹底的に取り組む土星が私自身の水星とピッタリ重なる。
学びの場や機会に対し徹底的に取り組むことや、真新しい人間関係が始まる、それによって自分の価値観もどんどん変化していくと読める。
また天王星は学びの位置にあって、そこに変革をもたらすとも解釈できる。
という年に何があったかと言うと、アメリカの大学に入学。
すごいわかる!と思った。
内容のまんまだった。
あともう1つ。
・ドラゴンヘッドがノード回帰
18歳7ヶ月位の頃に1回目のノード回帰だった。
たしかに、引越しも入学もしたから大きく人生が変わった年だったのは間違いない。
>2001年(22歳)
・MC(社会的役割を指す子午線軸)乙女座ー私の土星乙女座 合
・海王星水瓶座+月水瓶座ー私の金星水瓶座
合
上のことを読み解くと、
・社会的役割において、徹底的な鍛錬を積む。鍛錬の積み方としては、細かいことを正確に積み重ねるやり方。
・無意識の中にある夢や希望をどこまでも膨らませ、それが自分の学びのスタイルに影響が出る。
・恋愛関係において、枠を超えるようなことが起こる。
この年に実際にあったことは、大学卒業して日本に帰国。
児童養護施設での仕事が決まって社会人デビュー。
あと、当時付き合っていた人と遠距離が始まった。
>2004年(25歳)
これは個人云々よりも、「うわっ、これが噂のホロスコープの配置だ!」というもので、見つけたからついでに紹介。
この年の春分図で、地平線軸のディセンダントと呼ばれる軸に天王星がそのまま乗っていた。
12星座は四区分という分類があって、「火・地・風・水」のいずれかに属し、その時のディセンダントと天王星は魚座で「水」の星座に該当する。
地平線軸とか子午線軸とかに天体、それも公転周期の遅い天王星、海王星、冥王星が乗る時というのは、災害が起こりやすいというデータがあるらしい。
しかも、天王星は変革をもたらすという意味が元々あって、それが災害という形で出る場合もあるとされている(因果関係は知らない)。
私も何せ流し読みしているからはっきりとしたことはわからないけれど、2004年は少なくともそういう配置があった年だった。
で、何があったかと言うと、中越地震が10月に、そして全国ニュースになる大規模な水害が7月に起きている。
それこそ、3月まで行っていた職場のごく近くの川が氾濫して、職場の辺り一帯が大規模な水害に見舞われた。
(当時は別の職場だったけれど)
>2005年(26歳)
・地平線軸にあるアセンダント(蠍座)とディセンダント(牡牛座)が、そっくりそのまま私のアセンダント(牡牛座)とディセンダント(蠍座)と入れ替わる
・月蟹座ー私のIC(心の拠り所)蟹座と私の木星蟹座 合
・天王星魚座ー私の火星魚座 合
・火星山羊座ー私のMC (社会的役割)山羊座 合
この年、異常に色んなものが重なっていて、それを見ただけで激しいなぁと思った。
上のことから簡単に読み解けるのは、
・地平線軸同士がひっくり返っている=何か天変地異的なことが起こりやすい?
・無意識を表す月と心の拠り所を表す子午線軸ICと木星が重なっていることから、心の拠り所とするものに関して、良くも悪くも広がって何かしらの大きな変化が生まれやすい
・天王星と火星が重なることで、活動的なものがさらに一層激しくなり、そして変革をもたらすことが予想される
・社会的役割がいつも以上に活発になりやすい
で、この年何があったかすっかり忘れていた私は、過去の日記帳を引っ張ってきた。
見て納得した。
まず、何よりも大きかったことは、当時付き合っていた人と相当な修羅場を迎えていて、私の心は完全に壊れてた。
真面目に日記帳に「死にたい」とまで書くぐらいに、そして読んだ瞬間何がその時にあったかも克明に思い出して、あぁ…となった。
私は当時のことを追体験するぐらいなら、本気で一生1人でいいと思っている。
それぐらいに心が砕け散った。
そしてそれとは別に、仕事の上でもそれまでお世話になった大先輩たちが皆様異動か退職されて、なんと一番下っ端の私がその年の現場での一番の長老になってしまって、さらに本気の事故レベルで問題を起こす上司が春から着任して、仕事も超ヘビーになった。
そしてその年の6月に人生で初めて精神科を受診して、うつの診断が出た。
怖ーーー((((;゚Д゚)))))))と思った。
ホロスコープ、こんなにも忠実に出なくていいよ、と言いたくなるぐらいに影響がデカイわ。
>2006年(27歳)
・アセンダント水瓶座+キロン水瓶座ー私の金星水瓶座 合
【注釈】
・アセンダント=社会の中で見せる顔を表す地平線軸
・キロン=魂の傷を表すもので、傷と同じテーマに取り組むことでしか癒されないとされている
読み解くと、社会の中で見せる顔と魂として持ってきている課題とが結託して、何かしらの変化をもたらすとか。
あとは、私の金星がくっついているから、それが恋愛関係で起こりやすいと予測できる。
さらに、水瓶座で、ちょっと予測の立たない変わった形や今までにない方法でそれらが起こる可能性がある、と読み解ける。
で、実際にあったこと。
長い付き合いの人と別れて、そしてその後、当時の人生で一番好きになった人と出逢った。
どちらも、たしかに想定外過ぎる形でそうしたことがやってきた。
どちらの人との関係も、おそらく魂的な課題とかなり絡まった関係だったと思う。
特に後者の人は、30歳の時(2009年)にドミニカから日本に帰ってきて占い師のおばちゃんの元に行った時、相当な説明を受けた。
おばちゃんが何十年と鑑定した中で、私とその彼が持っている型と同じ型を持っていた人たちは過去に1組しかいない、と説明してもらった。
激レアな様相だったらしく、私はそのおばちゃんに最初に会いに行った時、自分のこれからどうなるかわからない人生の相談に行っているのに、そちらの話ばかりを9割もされて心底驚いた。
おばちゃんも私の鑑定よりもその激レアな何かの方が凄かったようで、何回か通った中で1番興奮して伝えられた。
おばちゃんが「運命と宿命」の説明をしてくれて、それによるとこういうことだった。
宿命というのは生まれてくる前から定められているもので、性別とか人種とか親とか、自分ではどうにもできないものを指す。
一方で運命は、「運ばれた命」と書くように、生きている間に色々遭遇してそこで得るものだから、仕事とかパートナーとか趣味とか、本人が選ぶことのできるものを指す。
そう説明されたのはもっと後で、最初はおばちゃんが何を言っているのか私には全然わからなかった。
で、おばちゃんは2人のことを運命ではなく宿命で出逢っている、強固な縁で繋がっている人だから現実的な人間関係の枠で考えられるような関係性ではないというような説明を私にした。
100%結婚しないとは断言できないけれど、現世的な結婚ではなくもっと違う形での関係に落ち着く可能性が高い、すごい強い縁の人だと説明された。
具体的にそれはどういう感じなのかをその次の時ぐらいに聞いたのかな?その辺りは忘れたけれど、たしかにおばちゃんが例を出して説明してくれた通りの関係だった。
おばちゃんいわく、その彼とはこれまでも何十回と夫婦や兄弟として生まれてきているとのことで、だから運命的な縁ではなく宿命的な定められた縁だとのこと。
当時は何を言っているのかわからなかったけれど、今回のホロスコープの振り返りをして、納得できるものが出てきた。
ホロスコープの話に戻ると、たしかにどちらの関係も相当強烈だったし、本当に魂というか相当深い意識の部分に大きく影響が出ていたから、「魂の傷」だとか「魂の課題」と言われると、ものすごく納得できる。
余談だけれど、これはまだ序の口の話で、私はその11年後に今度は自分でも自覚できるぐらいの「この人は並大抵の縁の人じゃない」という人に出逢う。
>2007年(28歳)
・土星獅子座ー私の月獅子座 合
・木星射手座ー私の海王星射手座 合
・ドラゴンヘッド魚座ー私のドラゴンテイル魚座と合、そして私のドラゴンヘッド乙女座とオポジション(180度)
ドラゴンヘッド絡みの部分は、ハーフ・リターンと呼ばれるものに該当する。
ここでも大きな転機が訪れやすい、と読み解けるけれど、実際にそうだった。
ざっと読み解くと、無意識の部分や心の深いところで感じているものを表に出す、それも表に出すことに関して徹底して取り組むことがわかる。
さらに、住む場所や心の拠り所において何かしらの変化が訪れるかもしれないこともわかる。
さらに自分の志や理想を打ち出すことをもっと広く展開していくことも予想できる配置。
その年にあったのは、児童養護施設の仕事を退職して、青年海外協力隊でドミニカ共和国に行った。
ドミニカでも色々あったけれど、星の通りのような大きな転機が訪れたことがわかる。
>2008年(29歳)
・水星魚座+金星魚座ー私の火星魚座 合
・天王星魚座ー私の太陽魚座 合
・子午線軸MC牡牛座+IC蠍座に対し、私の地平線軸ASC牡牛座+DEC蠍座が重なる
ここから読み解けるのは、
・知性と美的感覚を組み合わせたものを、超がつくぐらいに活動量を増やして表現する
・誰でも興味があったら来てね!というテーブルや場を自ら用意して、革命を起こす
・軸同士が重なるから、何か大きな出来事がおこりやすい?
その年にあったのは、2007年の夏にドミニカに行ってから私は毎日何をするでもなくずっと活動が滞っていたけれども、2008年のそれこそ春分の日の辺りから超絶忙しくなって、次から次へと活動を打ち出していって、何百人の現地の人たちとも会うようになっていった。
そして、私はテーブルというか場所を用意して、どちら様もどうぞというスタイルのものを本当に実際にやることになったし、当時の所属先から見て私のしたことは超革命的な感じだったから、それはものすごく評価してもらえた。
あと2009年の春分を迎える少し前に私はメキシコに3週間一人旅に行っている。
たしかに、とても非日常な出来事だったなぁと思う。
>2009年(30歳)
・土星乙女座ー私のドラゴンヘッド乙女座 合
・ドラゴンヘッド水瓶座ー私の金星水瓶座 合
・水星魚座ー私の太陽魚座 合
以上を読み解くと。
・枠の中でできる最大限のサービスを他者に提供する。相手は、自分と対等な関係。
・人のためになること+人の欲求に基づくものと、人間関係における自分の好みを組み合わせて何かしら奉仕する。
・無意識の知的探求と自分の社会的活動を組み合わせる。
この年に実際にあったのは、協力隊の活動は終盤に差し掛かっていて、色んな活動の総括に入っていったのと、それらの活動においてギリギリ限界までやりきったこと。
ちなみに色んな人たちのためになることは、どんな困難も全て解消して物事が信じられないぐらいにきれいに動いたし、次々と協力者も現れた。
日本帰国に伴い就活が待っていて、40社以上受けて、そして最終的に名古屋に決まって名古屋に引越し(11月末)。
どちらもだけど、自分の中にあるものをとにかく社会に対して出し切っていく、という感じだった。
>2010年(31歳)
・火星獅子座ー私の木星蟹座 合
・水星牡羊座ー私の水星牡羊座 合
(注:私の蟹座の木星は蟹座の終わり、すぐに獅子座になるところにある)
以上の情報から読み解けるのは、
・自分が表立ってする活動がどこまでも広がって活発になること。それは自分のテリトリー内で自分を目立たせて発揮していくようなもの。
・自分の資質に関わる学びと精神世界の学びとの融合が発展していく
実際に起こったことは、年間52日しか休みがない超ブラックな働き方(←どこまでも「活発」「活動過多」は本当( ̄ཀ ̄;;))で、さらに自分を表現する活動も決まったテリトリーの中で自分を打ち出すというのもその通りだった。
要は、学習塾で自分に与えられた教室を担当して、色んな子どもや保護者と関わって、そして生まれて初めて自分へのクレームを山ほど浴びた。
話は違うけれど、私が世の中で嫌われやすいコールセンターの仕事が平気だったのは、塾の時のクレーム対応をしていたから。
自分へのクレームは本気できつかったけれど、おかげでその後色んな仕事のクレーム対応をした時には、私にクレームを付けてるわけではなかったから基本気にならなかった。
そしてとりあえず謝ることも全く嫌ではなく、それで丸く収まるなら私は喜んでさっさと謝ってた(←これは何でも謝ればいいわけじゃないから、線引きのコツが要る)。
もう1つの水星同士の重なりには、本気でビックリした!
この年に私はコーチングに出合って、そこで自分の内面を見ることを始めたのと、そしてこの年が私の精神世界・スピリチュアルなものの学びをスタートさせた年だった。
コーチングのコーチがスピリチュアルなことにものすごく詳しくて、そしてコーチ経由で実に楽しく興味深く始められたから、だから何年も経つ今も変わらずに楽しく学べてる。
学びがきちんとしている人から学んだから、全然怪しいとも思わなかったし、むしろ心のカラクリなんかもわかって、私はこの年以降ますますスピリチュアルな学びを深めていった。
>2011年(32歳)
・月天秤座ー私の冥王星天秤座 合
・火星魚座ー私の太陽魚座 合
月天秤座と冥王星天秤座の組み合わせよりも、ちょっとひとひねりした読み方をすると。
月が労働を表す場所にあって、そこに破壊と再生、変容を表す冥王星がくっついてる。
そこから読み解けるのが働き方改革。
そして、天秤座だから、人間関係において、ふるいにかけて必要な人間関係だけが残る、無意識と魂レベルと両方においてGOサインの出た関係性のみ残る、とも読み解ける。
火星と太陽魚座に関しては、人との交流が盛んになるところで重なっていて、それは趣味仲間とか同士での付き合いが広がっていくと読み解ける。
実際にあったのは、本当に働き方改革が起こって、辞めたい私に対し辞めさせたくない会社から前代未聞の働き方が提案されて、それで私は年間52日しか休めなかった超ブラッキーな働き方から週休2.5日という、働くのは平日4日間と土曜日午前だけになった!
(会社でも初の試みなのか、やたらと色んな人たちからどうやってその仕事のポジションを手に入れたのかを聞かれた)
おかげでスクールに通えるようになって、コーチングスクールとNLPと呼ばれる心理療法的なものを習いに行くことができた!
そして、そこで色んな職業の幅広い年齢層の人たちと出会って、一気に趣味繋がりや同士的な感じの仲間みたいな人たちに恵まれるようになった。
>2012年(33歳)
・キロン魚座ー私の火星魚座 合
・火星乙女座ー私の火星魚座 オポジション(180度)
・MC 牡牛座ー私のキロン牡牛座 合
キロンは魂の傷を表すもので、それは傷となっていることと同じテーマに取り組むことでしか癒せないと言われている。
そこに空の火星と私の火星が綱引きのように引っ張り合っている=活動過多になる。
社会的役割を指すところと魂の傷が重なっている。
とにかく、自分がこの人生でテーマとして持っているものに取り組む時で、そしてそれは活動量としては半端なく多く、活動量が多い=色んなことが起こってくるとも予想しやすい。
実際にその年にあったことと重ね合わせて振り返ると。
社会的役割を表すMC(子午線軸)と私のキロンが重なったことについて、これかな?と思う人生の流れがあった。
ちなみに2つとも牡牛座で、牡牛座というのは牡羊座で自分自身というものをがむしゃらに打ち出した後、今度は「自分とは何か」というのを自分の五感や感覚を通じて認識していく段階に入る。
赤ちゃんが自分の手を口に入れたり、手当たり次第のものを口に入れようとしたり、自分の体を動かしてみてどうやって体の動きが自分の意思と連動するのかを探索したりする行為と似ている。
その年、私はNLP(神経言語プログラミングと呼ばれる心理療法の一種)を一緒に受講したSさんに誘われて、コーチングでもカウンセリングでも私の好きなようにプログラムを組み立てて、何かしらをサービスとして提供して欲しいと言われた。
部屋の契約や宣伝、集客はSさんが全て請け負ってくれた。
当時私は、心のクリーニングと銘打って、その時その場で思いついたことを毎回していた。
夏の夕日を窓から眺めるとか、ヒーリング効果のある音楽を寝っ転がりながら聴いて、その時に出てきたことをお互いにシェアするとか。
何なのこれ?という感じだとは思うけれども、これが驚くぐらいに個人個人の意識の深いところに毎回届いて、すごく面白いことが山ほど起こった。
はっきり言って私は何もしてなくて、本当にただそこにいて最低限の進行しかしなかった。
それは私にとっても自分自身の癒しに繋がった。
自分が良いと思うものをそのまま差し出す、そしてそれに興味を持ってくれた人たちと一緒にその場を囲む、それは自分自身が何よりも元気やパワー、癒しをもらった。
この活動の時、「自分とは何か」を行動に移しながら探っていた時期でもあった。
この年は、人間関係でもちょっと特殊な体験をした。
「魂が転生する中で繋がってきた人」というのに遭遇した。
正しくは、元々友達だった人だけれど、この年の少し前からかつて持ったことのないタイプの人間関係になった。
言うなら「同士」という感じで、現実世界の中でその関係に名前を付けようとしても付けられないような感じのものだった。
私はそういう異性の友達を持ったことがないからわからないけれど、彼女彼氏がいるのに何か大きな出来事や決断を前にした時には彼女彼氏ではなく別の異性に相談したり話をしたりするみたいな。
私は相当「えっ?なんで?」と思ったけれども、その友達は何か大きなことがあるとなぜか真っ先に私に連絡をしてきて、色々自分の中のことを話してた。
(彼女がいるというのを後から聞いて、私は1人になってからブチ切れた。体の関係とかは一切なかったけれども←友達だから当たり前、何でそういうリスクの高い役割を私には与えるのか[実際にリスクのある役割を頼まれてその役割をしたことがあった]、そんなのは彼女に頼んでくれ!と思って、それでブチ切れた。
彼女に心配かけたくない気持ちはわかるけれど、だからと言ってヘビーな相談や頼み事を使い勝手の良い女友達にお願いするのも違うと思う。)
本当に変な関係過ぎて、それで色々調べた中で魂の関係みたいなのに行き着いた。
ちなみにこんなの序章で、その後2017年にはもっと特大の出逢いが人生に投下された。
これもすごい余談だけど、私は2017年以前にすでにそうした魂がらみの人間関係というものの知識は多少持ってはいたけれども、2017年の出逢いに関しては、相手がいなくなる直前、それこそどんなに多く見積もっても10日ほど前まで「そうした関係の人かもしれない」とは1ミリも思わなかった。
本格的に調べ出したのは、いなくなって少し落ち着いた辺りからだし、2012年の時にもシンクロの起こり具合が異常だったからかなり調べたけれども、もうそんなのの比じゃないシンクロの起こり方が2017年だった。
さらなる余談だけれど。
占いのおばちゃんに言われた宿命の男性、この男友達、そして去年の夏に出逢った男性、たまたまかもしれないけれど、3人ともの名前の中に共通した文字が1つ含まれている。
これから先の人生で、その文字が含まれる男性が現れたら、「要注意」な気がする(笑)。
なぜなら。
3人とも全くタイプは違うし、何1つ共通点はないけれども、唯一1つだけ「もしやこれが共通点…?」と思うことがある。
今年2018年の7月のホロスコープ鑑定の時に言われた私が縁のある男性のタイプは「(何をするか、何を思っているのか)読めない人」「普通の女の人たちは選ばない難しいところがある男性」というもの、これは3人とも、少なくとも2人は完全にそう。
最後の1人も、あっけらかんとして単純明快なジャイアンとかクレヨンしんちゃん、ドラゴンボールの悟空みたいな感じよりも、同じくドラゴンボールの悟飯とかベジータみたいな、もしくは『ハウルの動く城』のハウルみたいな感じ。
「こじれ男子」という枠があるなら、3人とも当てはまる。←おまえに言われたくない!と言われそう。
そして、1人目より2人目、2人目より3人目の方がこじれ度高めな気がする。
今振り返ると、当時は1人目と2人目にしかまだ出逢っていなかったけれども、十分過ぎるぐらいに色んな傷や痛みが出まくって(←本人たちが何かしてくるというのとは違って、私の受け取り方の問題だと思う)、そういう意味でも傷の癒しが当時の1つの大きなテーマだった。
フォローするわけじゃないけれど、3人とも人間性は素晴らしいと私は思っている。
実際に人望も厚いし、しっかりしているし、筋が通っているし、誠実な人たち。
ただ、これが個人の関係になると「ええーーーーーーっ!?うっそーーーーー!?」みたいなことが出てくる。
ちなみに3人目は単に私が嫌がられてたということも考えられるから、その辺りは判断が難しい。
でも最初の2人からは私はものすごく好かれていたけれど(2人目は友達として)、関係そのものはそれぞれ難しいところがあった。
3人目の人と何かしら仲良くなる関係になっていたら、どうだったんだろう…。
ここは未知数過ぎて想像がつかない。
【私信】
読んでたら…
「こじれ男子」などと呼んでごめんなさい🙇♀️
あまりにも長いから、二部に分けることにした。
2013年以降は、また書き終わったらアップの予定(今途中まで書いた)。
この分析のおかげで、この間の試験補助員の仕事で暇な時(廊下に立ってるだけとか、次の指示が出るまで待機とか)、ひたすらこのホロスコープの読み解きをしていた。
例えばメモはこんな風だった。
4♎︎+ASC×PーV t
私には意味がわかるけれど、ホロスコープを全く知らない人からしたら、それ何?ってなる。
(私のメモ書きだから、ホロスコープ知ってる人たちからも「これは何?」って聞かれるレベルのメモ)
ちなみに4はその記号がなくて、実際はもう少し違う形になる(木星のサイン)。
PもPではなく、もう1本線を足して冥王星の意味になる。
紙に記号や数字を書いたところで「何これ?」って感じで、邪魔にもならなければ見ていて色々空想や回想できて楽しかった。
私には楽しいお勉強タイムだけど、他の人たちにはわかってもらえるなんて思っていない。
強いて言うなら、物理と化学がわからない気持ちがわかってもらえるかと。
「何これ(; ゚д゚)?」って、私が物理と化学の本を開くとそうなる。
ふと思ったけれど、ホロスコープはやっぱり知るためのタイミングがあると思った。
ホロスコープに生涯縁のない人は縁がないだろうし、ホロスコープに行き着く人は行き着くで何か理由があると思う。
私みたいに、ひたすら自分の人生の紐解きに明け暮れる人や自分の取扱説明書が欲しい人にはピッタリのツールだと思う。
どこかに書いた気もするけれども、ホロスコープは色んなことが明るみになることもあって、ある程度自分を見る準備ができてないと見れないような気がする。
親子関係や異性関係もかなり痛いことまで出てくる。
私はそうした心の痛みを見ることをずっと何年もかけてやっていた後のホロスコープだったから平気だったけれども、これ土台なくいきなりそういう情報だとキツイなぁと思う。
個人的にはこの各年の春分図の読み取りも飽きてきたから(←飽きっぽい性格)、昨日見つけた去年の夏から秋にかけての4つの重要なタイムポイントの分析を始めようかな…なんて思っている。
これが見れば見るほど面白い。
例えば当時、私はまだホロスコープの存在さえ知らないところにいた。
せいぜい新月と満月ぐらいなもので、それも魚座の新月とか言われたところで「だから何?」っていう感じだった。
そんな時に、例えば手紙を書こうと思った辺りから手紙を書いた時、本人に渡した時、時間にしたら3日ぐらいでしかないけれど、そこに表れている星のテーマはそれぞれにピッタリな内容になっている。
手元のメモを見ながら当時のホロスコープを出したら、いやいやいや、強烈な日はホロスコープも卒倒しそうなぐらいに強烈な感じになっていた(驚)。
ホロスコープ強烈な日=衝撃もでかい日に何があったかと言うと、本気で無視された瞬間(T_T)。
何この出来過ぎなホロスコープたち
((((;゚Д゚)))))))((((;゚Д゚)))))))((((;゚Д゚)))))))
ちなみにその時、六芒星と呼ばれる星が形成されてた(それだけじゃなく、他にも複合アスペクトと呼ばれる特殊なものがあと3つか4つある)。
超こじらせタイムが即席で生まれても不思議じゃない、そういう星の配置((((;゚Д゚)))))))。
むしろ、何もない方がおかしいぐらいの配置。
ということで、これから当時のホロスコープの検証。
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